第十八話:【蒼銀火狐】へ至る道
宣戦布告があったらしくエルシエに神聖薔薇騎士団が攻めてくるのは三週間後だとわかった。
シリルから話を聞いてからすでに十日ほど経っていた。
もうほとんど時間がなかった。俺たちは残された時間で限界まで強くなるために努力している。
相変わらず、三日でローテーションを組んでいる。
一日目は地下迷宮に潜り、狩りをして野営。
二日目は地下迷宮で狩りをして日がくれるまでに戻り体を休める。
三日目はそれぞれの特訓。
強くなるには一番効率がいい方法だ。
それぞれに成長のあとが見えていた。
クーナは【九尾の火狐化】を七割の力なら解放し制御することに成功した。ときおり、七割以上の力を解放して暴走するものの戦争までに全力を解放しつつ制御できるように頑張っている。
アンネはクヴァル・ベステの第二段階解放の力をより強く引き出すことに成功している。そして俺は……。
「ソージくん、またですか」
表面上はそっけなく。でも、どこか嬉しそうにクーナがいった。
「悪い、ちょっと練習に力を入れ過ぎた」
今日は特訓の日で休憩中だ。クーナと二人、木の陰に隠れてキスをする。
舌を絡ませての大人のキスだ。
粘膜接触している部分から、クーナの変質魔力を吸い上げる。
純粋な九尾の火狐ではないので、クーナの変質魔力がなければ、俺は疑似の九尾の火狐化である【白銀火狐】を発動できない。
練習で貯めていた変質魔力を使い切った。
練習を続けるためにはクーナから変質魔力の補給が必要で、一番効率がいいのは粘膜接触からの魔力吸収なのでこうしてディープキスをしている。
「ぷはっ、やっぱりソージくんのキスはえっちです」
クーナが顔を赤くして、顔を逸らす。
「キスをするならお互い気持ちいいほうがいいだろう」
「むう、そうやってすぐにごまかす。でも、ソージくんのキスは好きです」
こうやって可愛いことを言うから、クーナに夢中になるのだろう。
無自覚に男を誘ってくる。
「……戻ろう。そろそろ休憩が終わる時間だ」
「あっ、ソージくん。急ぎ過ぎです」
クーナが慌てて追いかけてきた。
危ない。これ以上二人きりでいると、また我慢しきれなくなるところだった。クーナは魔性の女だ。
◇
「おっ、戻って来たか」
「しっかり、休憩できた。これで午後からも頑張れる」
「兄様、私もばっちりです」
木陰で休んでいたライナが立ち上がる。
今日は、アンネはシリルとクヴァル・ベステの力を引き出す特訓。
俺とクーナはライナとソラのもとで、それぞれ【九尾の火狐化】と【蒼銀火狐】を極めるための特訓だ。
「まずは俺からやります」
体の中に取り込んだクーナの変質魔力を強く意識。
疑似的な九尾の火狐になる【白銀火狐】は、体の中にある【九尾の火狐】の因子を活性化した変質魔力で励起させることで実現する。
俺が【白銀火狐】をする際に必要な要件が存在する。
それはクーナがとなりにいて変質魔力を活性化すること。
どうやっても、俺では変質魔力を活性化することはできなかった。
できたのは、クヴァル・ベステの精神世界だけ。
こっちの世界ではクーナが【九尾を火狐化】するために変質魔力を活性化したときにしか使えない。
そして、変質魔力さえ活性化すれば、あとは俺の力で技を使える。
俺の体には九尾の火狐の因子なんて存在しない。
だが、そちらはクーナとふれあい体に取り込んだものを元に俺に合わせて作り直した疑似因子を形成することで代用できる。
疑似因子の完成。これを励起していき……。
「【白銀火狐】」
銀色の炎が体を包み、高密度の炎の柱が背後にたつ。
これが疑似、九尾の火狐化。【白銀火狐】。俺の切り札の一枚。
「なんでみても信じられねえな。火狐ですらないソージが、まがい物とはいえ九尾の火狐になるんだからよ」
ライナは目を見開き、疑似九尾の火狐となった俺を見ている。
「愛の力って奴だよ」
「もう、ソージくんはからかって!」
クーナが頬を膨らませているが、正真正銘愛の力なのだから仕方ない。
クーナを失いたくない。その強い想いがなければ完成できなかった魔術。
「ここまでは、完璧にできる」
そう、疑似的な九尾の火狐化である【白銀火狐】だけなら、クーナさえそばにいてくれればできる。【精霊化】を学んだことで【白銀火狐】を極めることができた。
問題はその先だ。
偽物の九尾の火狐になったところで、本物の九尾の火狐にはまったくかなわない。
クーナに並ぶためにはその先へと進む必要がある。
それこそが、瘴気を纏う力をも組み合わせた【蒼銀火狐】。
クヴァル・ベステの精神世界で成功させた、俺の考えうる最高の魔術。
それを、実現しようともがいていた。
「続けて、【紋章外装】」
ポシェットの中にある瘴気の塊から瘴気の力を取り出す。
ランク3の魔石を大量に【浄化】したせいでとんでもない量の瘴気が溜まっていた。
体の表面をなぞるように瘴気の紋様が刻まれていく。
九尾の火狐の炎と瘴気の力が反発し合う。
ここからが俺の腕の見せ所だ。
俺の魔力を、瘴気と九尾の火狐の炎両方に溶け込ませつなぎにして制御する。
白銀の炎と瘴気が暴れる。
理論上はできる。あとは俺の腕の問題だけ。
力づくで抑えようとしても無駄だ。一秒ごとに変わり続ける炎と瘴気を相手に、最適な魔力のバランスを計算し制御。
よし、混ざって来て炎の色が俺の魔力の色である蒼色に染まる。
あと、少しだ。
「ぐっ、がああああああああああああああああああああああああ」
瘴気と炎が暴走する。
今、意識が飛べば死ぬ。
【加護】の光が体から漏れ始めている。傷ついた体が【加護】で癒されているのだ。
【蒼銀火狐】の練習は中止だ。生きるために炎と瘴気を止める。
焼かれて、瘴気に犯されながらそれだけに集中。
なんとか、収まった。
「はあ、はあ、はあ」
「ソージくん、大丈夫ですか!?」
クーナが駆け寄ってくる。
「大丈夫だ。【加護】がなくなるまえに止められた」
この世界では【加護】がある限り傷は癒える。
その総量はランク3になったことでかなり増えていた。
とはいえ、今の失敗で四割近くもっていかれた。
「ソージ、その技は諦めたほうがいいんじゃねえか? 【白銀火狐】と【紋章外装】を別々に使ってもお前は十分に強いぞ」
たしかにライナの言う通り、その二つを効果的に使い分けることでランク差を覆す戦闘力を発揮できる。
だけど……。
「最強を目指している男が、目に見えている最高を諦めて最強になれるわけがないだろ。今日は、あと一回はチャレンジできる。死なないように見張っていてくれ」
俺は男の意地としてクーナよりも弱い、今の状況を受け入れるわけにはいかない。
【蒼銀火狐】を完成させて、瞬間的な力だけでもクーナを上回る必要がある。
「ソージ、それでこそ男だ。妹が選んだだけはある。なにがあっても死なせねえから、好きにやってみろ。だが、命を賭けるんだ。意味のある命の賭けかたをしろよ」
「わかっている。ちゃんと、一回ごとに失敗したにしても得るものは得ている。無駄な失敗は一度もない」
考えなしに、ただ同じことを繰り返しても、得るものはなく同じ失敗を繰り返すだけだ。
毎回、どんな意図で何を試すのか。失敗したらなぜ失敗したのか。次にうまくいくのは必ず考えている。
「私も、ソージくんに負けないぐらい頑張ります」
クーナがよりいっそう気合を入れいてた。
俺の頑張りに当てられたのだろう。
「応援しているよ。次はクーナの番だな」
「はい、見ていてください! 私、少し反省したんです。七割の力を完璧に制御するなんて、そんなことを目標にしてました。でも、ソージ君を見てそれじゃ駄目だって気づきました。十割の力を完全に制御して見せます」
「俺たち似たものカップルだな」
「ソージくんのせいですよ。ソージくんを近くで見ていたからうつっちゃいました。がんばるソージくんの前で妥協なんてできません!」
嬉しいことを言ってくれる。
クーナが九尾の火狐化を始める。
それをじっと見ていた。
【紋章外装】はともかく、【九尾の火狐化】はまだ理解が浅い。
クーナの練習を見ることは必ず俺のプラスにもなる。
長年の勘が言っていた。今回の突破口はそこにあると。
クーナの炎を見ながら、俺は全力で頭を回し続けていた。




