第十七話:エルシエが勝てない理由
今は昼過ぎ、シリルの屋敷に呼ばれていたので全員で向かう。
ライナが今朝、俺たちの特訓の進捗状況を伝えに行ったのだが、その場で午後になれば俺たちを連れてくるように言われたらしい。
朝からずっとクーナは不機嫌だ。
「ソージくんのばか! 嘘つき!」
「うすうす予想はしていたのだけれど本当にソージは下半身に正直ね」
二人に叱責された。
「いや、あれだけ派手に乱れられたら俺だって襲うさ!」
あれから、クーナにたっぷり魔石を注いでランク3にした。
予想通り、魔石になんて負けないと言ったクーナは一つ目の魔石で速攻、魔石に負けて、盛大に乱れた。
そして、ランク3に到達したあとは理性を失って誘惑までしてきた。
アンネも仲間外れは嫌だと言って参戦してきてお決まりのパターンだ。
「……たしかにクーナは文句が言えないわね。私も結局、その場の空気に乗ったわけだし」
「それはそれは、これはこれです」
クーナがふふんと鼻をならす。
「クーナはさんざん乱れて恥ずかしいから、ごまかそうとしているだけだろ」
クーナが顔を逸らして下手な口笛を吹く。
もふもふの尻尾まで器用に逸らしている。
相変わらず嘘が下手だ。
「それにしても、父様はなんで私たちを呼んだんでしょうね」
「おそらく、戦争のことだ。ランク3になったことで初めて言えることがあるんだろう」
今までの俺たちは戦力と思われていなかったのだろう。
ランク3になってようやく俺たちは一人前になった。
それぞれの切り札でランク一つ上の力を振るえる。つまり、今の俺たちはランク5相手でない限り後れはとらない。
ランク5というのは、エルシエのほかには片手で数えるほどしかいない。
「父様の話、気になりますね。私のための戦い、誰よりも私が戦わないといけません」
敵は神聖薔薇騎士団と名乗り、世界を救うためにクーナの命が必要だといった。
土・火・風・水。それぞれにもっとも愛された種族、ノーム、火狐、エルフ、水精、の四つの種族には生きたまま心臓を抜き出せばそれぞれの属性を象徴する魔石となる。
クーナは先祖返りの【九尾の火狐】。彼女の火の魔石は特別な力を持ち、それを欲しているらしい。
エルシエは、神聖薔薇騎士団から宣戦布告を受けた。
クーナを渡さなければ、エルシエを滅ぼすと。
「でも、エルシエが負けるところが想像できないわ。世界で唯一のランク6のシリルさんがいるのよ。それ以外にもライナさんやソラさんはランク5だし、精鋭部隊イラクサの十数人は全員がランク5と聞いているわ。その外にもエルシエには、ごろごろランク4やランク3の人たちがいるし、エルシエに勝てる国なんてこの世に存在しないと思うの」
アンネの言うことは正しい。
補足するなら、高ランクのエルフや火狐たちは、もとよりマナに愛されてランク以上の強さを持つ種族。加えてエルシエは魔術技術が異様に発達し、【精霊化】などの独自の強みまである。
エルシエが本気になれば、世界中の冒険者が集まる封印都市ですら数日で落ちるだろう。
「シリルさんは、それでもエルシエは勝てない。火と風にもっとも愛された火狐とエルフが主戦力だからこそ勝てないって言っていた。その答えがわかるかもしれない」
「それだと、私が役立たずになっちゃいそうです」
クーナが嫌そうな顔をした。
火狐の中でも特に強い力をもったクーナだからこそ、今回は役立たずになる可能性があるのだ。
◇
シリルの屋敷についた。
彼の妻であるエルフのルシエに案内されて客間に通される。
エルシエに来た初日にソラに案内された和室だ。
シリルとソラがいた。
俺たちが部屋に入った瞬間、ソラがお茶をたて始めた。
「やあ、よく来てくれた。座ってくれ」
シリルが俺たちに声をかけてきたので会釈をし、席に着く。
「ソージたちも予測をしていると思うが、今回呼んだのは戦争の話をするためだ」
俺たちは表情を硬くする。
エルシエを守りたいし、何よりクーナを守りたい。
絶対に負けるわけにはいかない。
「俺たちが戦いの鍵になると言っていましたね」
「その通りだ。ソージたちが居なければ諦めるしかなかった。そして、ランク2のままでも話にならなかった。クーナは九尾の火狐化をよく身につけてくれた。アンネロッタはクヴァル・ベステを第二段階解放までもってきた。ソージは人間でありながら、疑似的な九尾の火狐化と精霊化、そしてそれらと瘴気の力と組み合わせるなんて大技を見つけた。君たちは強い、だからこそ頼りにさせてもらう」
シリルの言葉に、俺たちは頷く。
全員覚悟は決めてある。ここで尻込みするような奴は【魔剣の尻尾】にはいない。
「俺はクーナのために、そして好きになったエルシエの人たちのために全力を尽くす。エルシエが勝てない理由を教えてほしい」
シリルが頷き口を開く。
「神聖薔薇騎士団には二つの切り札がある。一つは、絶対守護領域。クヴァル・ベステと同じように、この時代では作れないオーパーツだ。俺でも貫けないような結界を作れる。小さな十字架を中心に半径二百メートルほど展開する。動く無敵要塞ってやつだ。無傷で軍隊を届けられる。遠距離攻撃は一切無効だ」
「それだけなら、対処のしようはいくらでもある。敵は内側から攻撃できるわけじゃないでしょう」
「その通り、それだけなら向こうが攻撃のために結界を解除した瞬間を狙えばいい。だが、もう一つが厄介だ」
シリルが肩をすくめて、言葉の続きを言う。
「やつらは魔物を使役する。その魔物の名は精霊喰い。名前の通り、周囲のマナを根こそぎ食らう。それだけじゃないんだ。付近の精霊を狂わせる。俺たち、エルフや火狐のような精霊に愛された存在は、【精霊化】してなくてもある程度精霊たちを体に宿している。体内の精霊を狂わされると、まともに立っていることすらできない」
なるほど、だからこそ精霊に愛された四大種族だからこそ勝てないというわけか。
「精霊喰いの数は、どれぐらい」
「俺が知っているのは十年前の情報だけど、百と少し。その倍は覚悟するべきだ」
「なるほど、精霊を狂わせる範囲と精霊喰いの強さは?」
「だいたい、五十から一〇〇といったところかな。精霊喰らい一体一体の強さはランク2相当だ。百体以上を相手にする場合、ランク4相当じゃないと話にもならない。だから、ランク3になり、それ以上の強さを発揮する切り札をもった君たちに話した」
厄介な相手だ。
精霊喰いがいる限り、火狐とエルフが主戦力であるエルシエの戦力を当てにすることは難しい。
今回の戦いは、いかに俺たちが精霊喰いを始末できるかにかかっている。
「もし、邪魔な結界がなければどうにでもなるんでしょうね」
「ソージの言う通りだ。エルフの弓の腕は超一流だ。数百メートルから精密射撃ができる。精霊喰いの効果範囲外からハチの巣にしてやれた。やつらの戦法はいたってシンプルだ。ランク4とランク3を含めた騎士たちと精霊喰いを絶対守護領域で守りながら近づいてきて、精霊喰らいの脳直でエルフと火狐を無力化する」
厄介だ。
最強の盾と最強の矛が両立している。
無敵の結界に
「その状況でシリルさんが俺たちに期待しているのは二つ。まずは精霊喰いの始末。そして、アンネのクヴァル・ベステによって結界を破壊、侵入、媒体になっている十字架の破壊」
「その通りだ。そこまですれば確実に勝てる」
かなり厳しい。
敵は精霊喰いだけではなく、その護衛の高ランクの騎士たち。
何より……。
「それだと、私もただのお荷物です」
クーナが悔しそうに手を強く握って震わせる。
彼女ほど火の精霊に愛された存在はいない。精霊喰らいの影響をモロに受ける。
「九尾の火狐になっていれば問題ないんだ。あれの絶対支配なら精霊喰いに狂わされた精霊を正常に戻せる」
「良かったです! ソージくんと一緒に戦えます!」
クーナが目を輝かせる。
「ただのエルフじゃない。ハイ・エルフの俺も少しは戦える。とはいえ、火を限界以上に極めた九尾の火狐と違って、全属性を使えて風が強化されるハイ・エルフの俺では、影響を受けてかなり弱体化するし、長くも戦えない。ランク4とランク5の間ぐらいの強さだ。護衛は俺が引き受けるから、ソージたちには結界の破壊を頼みたい」
頼りになる。
ランク4よりも強い存在というのは非常にありがたい。
最後の最後には、シリルの【輪廻回帰】がある。シリルは転生を繰り返しており、過去の自分に数分間だけ戻れる。
戦える過去のシリルとなれば、一気に状況は好転するだろう。
それでも、シリルが俺たちを頼ったのは一度きりの切り札かつ、一度使えばシリルが完全に戦えなくなるからだ。
そんな札が切れるのは、他の保険があるときだけ。一つの策が失敗すれば負けるという状況で戦うのは愚策だ。
「シリルさん、状況がわかりました。俺たちはより強くならないといけない。そしてランク3になった力を使いこなせないと話にならない」
まだ、ランク3になりたてだ。体を慣らさないと。
「はい、私も本格的に【九尾の火狐化】を極めます」
俺も負けていられない。
今までも、【精霊化】と【紋章外装】の合わせ技は何度か試した。
だが、【精霊化】の先にある疑似的な九尾の火狐である【白銀火狐】と【紋章外装】を組み合わせた奥義、【蒼銀火狐】。クヴァル・ベステの中でだけ実現できたそれを今こそ極められる。
ランク2の状態では、物理的に不可能な状態だったがランク3になった今なら、挑戦できる。
神聖薔薇騎士団との戦いまでにマスターして見せる。
「私も、クヴァル・ベステから力をまだまだ引き出せると思うの」
アンネがクヴァル・ベステの柄を握る。
彼女の言う通り、無意識にセーブをしてしまっている。
クヴァル・ベステに対する恐怖心が捨てきれていない。そこを捨てればアンネはまだまだ強くなるだろう。
俺もクーナもアンネもまだまだ課題が山積みだ。
「ソージ、クーナ、アンネロッタ。期待している。強くなってくれ」
シリルの言葉に俺たちは力強く頷いた。
さあ、どんどん強くなろう。
もう、何も失わないために。