第十六話:アンネの夢と未来の約束
武器の試し切りを兼ねた地下迷宮の探索が終わったあとは、シリルの屋敷で看病をしてくれた彼の妻であるクウとルシエに礼を告げてから、ライナの家にもどっていた。
食事が終わり、俺が借りている部屋に戻る。
「兄様、ひどいです。あんなに怒らなくても」
キツネ耳美少女のクーナが涙目になりながら頭を撫でている
ライナにはこっぴどく怒られて、拳骨をもらってしまった。
ちなみに俺もだ。
「愛されている証拠だと思うよ。あれは愛のある怒り方だ」
ずいぶんと長生きしてきたから、そういうのは見ればある程度わかる。
俺には兄弟がいないから少しだけ羨ましくはあった。
「怒っているのはライナさんだけではないわ。私も怒っているの。二人きりなんてずるい。私にも声をかけてほしかったわね」
銀髪の美少女アンネが少し口調をとがらせていた。
【魔剣の尻尾】のメンバーを仲間外れにするのは良くなかったと反省する。
危険な行動をとったこととは、別の種類の問題だ。
「悪かった。アンネには声をかけるべきだったな。楽しみすぎて待ちきれなかったんだ」
新しい装備をぶら下げて我慢できるほど、俺もクーナも大人じゃない。
「貸し一つね。ソージ、絶対にこの貸しは返してもらうわ。何をお願いしようかしら」
どこか、色っぽい仕草で笑いかけてくる。
これなら、あまりひどいことにはならないだろう。
「借りを作ったことは覚えておくよ。それより、今から魔石を使う」
クーナとアンネが息を呑んだ。
クーナほどではないとはいえ、アンネも結構乱れる。
二人とも、いろいろと想像しているようだ。
「ソージくん、ちょっと体を拭いてきますね!」
「私もそうするわ」
二人とも、自室に戻ろうとしている。
その二人の肩をもって止める。
「二人とも、針と違って別に服は脱がないでいいんだ。体を拭いていくる必要はないだろ」
たまに女性は理解できない行動をとる。
服も脱がないのに綺麗にして、なにか意味があるのだろうか?
疑問に思っているとクーナが口を開く。
「だって、ソージくんはちょっと隙を見せたら襲いかかってくるじゃないですか! 女の子としては身だしなみに気を使わないといけないんです!」
「そうね。最近のソージはけだものみたいだもの」
反論したいが、反論できない。
最近は確かに少しやりすぎている。
「今日は大丈夫だ。ぜったいに変なことはしない。安心してほしい」
今日は絶対にない。
病み上がりにも拘わらず、いきなりクーナを押し倒したからばかりだ。
「信じましたからね、ソージくん」
「本当に怒るわよ?」
二人が念を押してくるので、笑顔のままで頷く。
今回は本気で我慢しよう。愛想をつかされかねない。
俺の言葉を信じた二人が戻ってくる。
さて、どちらから魔石を投与していこうか。
魔石はしっかりと【浄化】済みだ。
自分よりもランクが上の魔石はかなり魔力と気力を消費する。今日のためにこつこつと、【浄化】をし続けてきた。
十分な数を貯めるのに苦労したものだ。
クーナとアンネが顔を見合わせる。
そして、アンネが手をあげた。
「私が先にやらせてもらうわ」
「珍しいな。いつもはクーナに譲るのに」
「クーナに譲ってばかりいられないもの。それにクーナはすごく乱れるから、クーナのあとはやりずらいのよ」
「アンネ、なっ、なっ、なっ、何言ってるんですか!」
クーナが顔を真っ赤にする。
たしかにクーナはいつも恥ずかしい姿をさらしている。
「そうして狼狽するのは自覚がある証拠よ。ソージ、お願い」
アンネがベッドに腰かける。
銀色の髪の隙間から見えるうなじが妙に色っぽく感じる。
「ああ、やろうか」
魔石を取り出し、アンネのそばにいく。
クーナは少し離れたところで椅子に座って、そわそわした様子で俺たちを見ていた。
いつもはあっという間に腰砕けになって、アンネがどうなっているのかを見る余裕もなかったはず。
だから、気になっているのだろう。
「クーナ、そんなにじろじろと見られると気になるのだけど」
「ごっ、ごめんなさい」
クーナは手で顔を隠しつつも指の隙間からしっかり見ている。
俺もアンネも気付いてはいるがあえて無視する。
言うだけ無駄だ。
「狩りのときも驚いたけど、ランク3の魔石って本当に綺麗な色ね」
「込められている力が段違いだからな。俺たちは無意識に惹かれるんだ」
見ているだけで、生唾がこみ上げてくる。うまそうだ。
瘴気が混ざっている状態なら、それほど魅力的だとは感じないが【浄化】により危険がなくなると強くなるために本能が魔石を求める。
「アンネ、覚悟をしておけ。今までとは段違いに強いから」
「ええ、緊張するわね」
ランク3の魔石を投与するのは初めてだ。
限界ぎりぎりの戦いを経験するためにあえて今まで使うのを我慢してきた。
器を広げるためには命がけの戦いが一番効率がいいので、使わずに置いたのだ。
だが、最近ではその命がけの戦いで器が広がるのにも限界がきた。もう、使うのをためらう必要もない。
あとは広がった器に、中身を注げばランク3に至る。
「いくよ」
アンネの額に魔石を押し当てる。魔石が光アンネの体に魔石が吸い込まれていった。
「んっ」
アンネが艶めかしい声を出して、体を抱きしめる。びくんびくんと体を痙攣させ体中が赤くなる。
「なに、これ、熱いのが私の中で暴れまわって、こんなの知らない」
圧倒的な快楽にアンネが翻弄されている。
「次々に魔石を与えていく。命がけの戦いで器はランク3になれるぐらいに広がっている。そこを一気に満たせばランク3だ。きついだろうが我慢してくれ。一気に満たすことが重要なんだ」
アンネは辛そうだが、ここで躊躇はできない。
最速でランク3になるために心を鬼にする。
アンネは歯を食いしばりながら、頷く。
そんな彼女に、次々に魔石を与えていく。
「あっ、これ、すごい。だめっ、これいじょう、んっ」
アンネがついに体を弓なりにしてつま先までピンと伸ばす。
これはアンネがいったときの反応だ。
さらに、魔石を投与するとアンネの全身から力が抜けてぐったりとする。目が完全にとろけ切っている。
なにかを懇願するようにとろけた目でアンネが見てくる。
ドキリとした。思わず、襲ってしまいそうなぐらいに色気がある。
ふと、アンネの太ももが目に入る。透明な液体で濡れていた。
首を振り、そんなアンネに魔石を投入。
すると、アンネの体からいっきに魔力と加護が噴き出る。
「ソージ、怖い。お願い、抱きしめて。変、私が、私じゃなくなるみたい」
泣きそうな顔で懇願するアンネを抱きしめた。
アンネが抱きしめ返してくるが、すさまじい力だ。よほど不安なんだろう。
「よく聞いて。アンネは今ランク3になろうとしてる。これはそのための変化だ」
「無理、これ、変よ」
ランク2のときよりも大きな変化だ。不安になるのも無理はない。
「アンネ、息を整えろ、魔力の流れを意識して正しい流れで循環させるんだ。加護は全身を一定の強さで覆うイメージ」
俺の言葉を聞いて、必死にアンネは正常な状態を取り戻そうとする。
その効果が出て少しづつアンネは落ち着いて行った。
そして、魔力と加護の嵐が止む。
そこにいたのは、いつも通り……いや、今までとは比べ物にはならない力を纏ったアンネだ。
ついに彼女はランク3へと至った。
「アンネ、今日からランク3だ」
そう言って、俺は彼女の背をぽんぽんと叩く。
アンネはしばらく俺を抱きしめたままだったが、ようやく落ち着いて離れている。
「本当に、私がランク3になったの?」
「力を感じるだろ?」
「ええ、わかるわ。力強い力が私の中にある。これがランク3の力」
「そうだ。今日からまた忙しくなるな。身体能力があがりすぎて困惑する」
ランク2にあがったときでも、急激な成長は体に染みついた動きのイメージを歪ませる。
矯正しないと、致命的なミスを晒すだろう。
「そうね、感覚を掴みなおさないと。ソージ、あとで練習に付き合って」
「構わないよ。……それと、おめでとう」
俺はアンネに微笑みかける。
ランク3になる。それは、アンネにとって特別な意味を持っていた。
「これで私は貴族になれる。一番下だけど、ちゃんとした貴族に」
アンネの目からぽろぽろと涙が流れた。
封印都市の騎士学校にアンネが来たのには二つの目的があった。
一つは強くなるため。オークレール家の当主として誰よりも強くなる必要があった。そのために地下迷宮を利用できる騎士学校は最適だ。
もう一つは貴族になるため。封印都市の騎士学校は卒業時にランク3を超えていると下級貴族になれる。アンネの父は国を救うために王子の罪を被った。それによりオークレールは貴族ではなくなった。アンネは父の無実を信じていて、名誉を取り戻すために貴族になる必要があったのだ。
「ありがとう、ソージ。ソージがいなかったら、絶対ここまでこれなかったわ」
アンネがぽろぽろと涙を流し、そして俺の胸に顔を押し付けてきた。
泣き顔を見られたくなかったのだろう。
「よく、頑張ったな」
アンネの頭を撫でてやる。
アンネは本当によく頑張っていた。その頑張りは誰よりも知っている。
ただ、一つ言わないといけないことがある。
「アンネ、喜びに水を差したくはない。だけど、聞かせてくれ。アンネは父親の真相を知ってしまった。貴族になっても父親の名誉を取り戻すことができない。それでも貴族になりたいのか」
そう、もともとアンネは父親の無実を証明するために貴族になりたかった。貴族でなければ話を聞いてもらうことすらかなわないから騎士学校でランク3に至ることで貴族になろうとしたのだ。
だが、今となっては貴族になったところでアンネの目的は果たされない。
「父の罪は、父の誇りよ。父は国を救った。もう、そのことは納得したの。私が貴族になりたいのはオークレールを新しく始めるためよ。祖父や父が愛し続けたオークレールを私が一から始める。そして次につなげるの。過去じゃない、未来に進むために私は貴族になる」
強い言葉だ。
アンネの信念が込められていた。俺の心配なんてまったくの杞憂だ。近くにいながらどこかでアンネの強さを侮っていた。
「素敵な夢だな」
「何を他人事みたいに言ってるの? ソージは私の婿よ。一緒にオークレールを盛り上げてもらうわ。それに、後継ぎも作ってもらわないと困るわね」
アンネが顔をあげ、まだ涙にぬれた顔で微笑みかけてくる。いたずらっぽい目の輝き。
「そうか、そうだな。あはは、言われるまでそんなこと考えていなかった。でも、面白そうだ」
新しいオークレールには俺も協力しよう。
それはそれで楽しそうだ。
「ソージくん、なに勝手に決めてるんですか。ソージくんはエルシエで王様になるんです」
部屋の隅にいたクーナがやってきた。
心なしか頬が膨れている。
「いや、エルシエにはソラさんもライナもいるだろう」
「子供がいないんです。だから、ソージくんと私がいつかはかえってこないと駄目なんです」
そっちも考えていなかった。
というか、忘れがちだけどクーナはエルシエのお姫様だ。
そんな彼女に手を出した以上、当然か。
「クーナ、いい考えがあるわ」
「教えてください、アンネ」
「ソージが、オークレールの当主とエルシエの王をやって、私たち二人に後継ぎを生ませればいいのよ」
「完璧です」
「過労死するは!」
思わず突っ込んだ。
体がいくつあっても足りない。
「ふふ、ソージなら大丈夫よ」
「はい、なんだかんだ言ってできちゃう気がします」
二人が期待を込めた目で見てくる。
そんな目をされるとできないなんて言えないじゃないか。
「わかったよ。やってやるさ。三人で幸せになろう」
「ええ!」
「はい!」
それぐらいできないと、最高の女を二人手に入れるなんてできるわけがない。
「じゃあ、今日はここまでですね。アンネ、部屋に戻りましょう」
クーナが笑って背を向ける。
「ひにゃっ、なっ、何するんですか。ソージくん!」
逃げようとしたクーナの尻尾を掴んでひっぱり、ベッドに押し倒す。
「次はクーナの番だ。何を逃げようとしているんだ」
「べっ、別に、我慢強いアンネがあそこまで乱れて怖くなったわけじゃないですよ」
目を逸らしながら、小さな声でクーナが言った。
クーナは恐ろしいほど嘘が下手だ。
「そういうわけね。ソージ、私がしっかり押さえつけているから、たっぷり可愛がってあげて。クーナ、かなり恥ずかしかったわよ。あんな姿を見られるって。だから、クーナもたっぷりよがって」
「ちょっ、アンネ、後ろから抱き着いて、完璧に関節が極まって動けないんですけど!?」
「クーナ、特大の魔石から行こうか」
わざとらしく、一番大きな魔石を目の前でちらちらと動かす。
クーナが息を呑んだ。
「くっ、来るなら来てください。私だって成長しているんですから! 最後まで毅然とした態度で耐えてみせます! 魔石なんかに絶対負けません」
力強い言葉だ。
俺は微笑んで、クーナを信じて魔石を額に押し当てた。
まあ、どうせ落ちは見えているがそれはそれで楽しめるのでいいだろう。
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