第十四話:新たな武器の実力
クーナと共に地下迷宮に来ていた。
目的は俺が作り出した新しい武器を試すためだ。
浅い階層で武器を試すぐらいなら事故は起こりにくいとはいえ、二人だけで地下迷宮に来るのはリスクが高い。
頭では止めておいたほうがいいとわかっていても好奇心が抑えきれない。
「ソージくん本当に体は大丈夫なんですね」
「クーナは心配し過ぎだ」
二日寝ていたおかげで体が若干重い。だが、魔術回路や脳のほうは万全の状態だ。
戦闘には支障がない。
「わかりました。信じます。……ソージくんの作ってくれた短剣はどんな子なんでしょうね。楽しみです」
「短剣じゃなくて短刀だ。クーナにはそっちのほうが合っていると思うよ」
俺がそう言うと、クーナは俺が造り上げた短刀を引き抜いた。
一本は緋色の刀身。もう一本は空色の刀身。陽光を受けてきらりと輝く。
「言われてみれば刀身が薄くて鋭いです。それに若干反ってますね。片側にしか刃がありません」
剣ではなく刀を見るのは初めてのようで興味深そうにしている。
「刀は切ることと突くことだけに特化した武器だ。薄くて鋭い分切れ味は短剣より上だし軽い。ただ、重量が落ちている分破壊力は落ちている。刀身を反らせるのは切れ味を上げるためなんだけど、その形状では両刃にはできないから慣れが必要かな」
「なるほど、一長一短ってやつですね」
「クーナの場合、少しでも素早さに磨きをかけたほうがいいし、力任せに叩きつけるのは似合わない。短刀のほうが向いていると思ったんだ」
今まで、誰より近くで見ていた俺だからこそ断言できることだ。
クーナの速さと鋭い動き、それを最大に生かすために造り上げた。
「たしかにその通りですね。これですぱすぱと切っちゃいます」
クーナは二本の短刀を構えて、いくつか型を披露する。
「微妙に動きが悪いな」
「ううう、仕方ないじゃないですか。重量も重心も変わったんですよ。慣れるまでに時間がかかります」
「もっともだ」
剣の達人ほど振るう武器に神経を通わせ自分の体の一部のように扱う。
ある日いきなり、体が軽くなったり重心が変わったら誰だって戸惑うだろう。
最適化が必要だ。
通常なら一週間はかかるだろうが、クーナならわりとすぐ終わりそうだ。
彼女の戦闘センスは異常なまでに高い。
クーナの今のスタイルはシリルから教わったものと、俺の動きのいいところどりをしたうえで、自らの肉体に最適化したもの。
俺は何も教えていない。クーナは俺の動きを隣で見ていて、”なんか良さそう”そんな軽い気持ちで技を盗んでいく。
百年以上かけて身に着けた技術を簡単に盗まれていくので、たまに、こっそりとへこんでいる。
「いろいろと試しながら慣れていきますよ。……そういうソージくんこそ大丈夫なんですか。それものすごく大きい槍ですけど。私以上に慣れるのが大変じゃないですか」
「大丈夫だよ。俺が何種類もの武器を使いこなせることを知っているだろ? こういうものも極めている」
俺の作った槍、機械魔槍ヴァジュラは俺の背丈を超える巨大な槍。
それも長いだけでなく太い。俺の腕よりも三回りは太い。まるで馬上槍のような大味の武器だ。
「ソージくんらしくないです。そんな力任せに振り回すしかなさそうな大雑把な武器」
「大雑把とは失礼だな。見てればわかるさ。これ以上ないぐらいに俺らしい武器だよ」
にやりと笑う。
これは三つの姿を持つ槍。扱うには繊細さが求められる。
「また、変なもの作ったんじゃ……ソージくんはこういうことになると暴走するしますよね」
「安心してくれ、シリルさんも面白いと太鼓判を押してくれたよ」
「確信しました。正真正銘の際物です。父様が面白いなんていうのは、ぜったいアレなやつです」
シリルは案外、娘に信頼されていないらしい。
実際、今回のは際物だからな。
なかなか、楽しい仕上がりになっている。振るうのが楽しみだ。
◇
地下一階の狩り場についた。
今回は地下一階でのみ戦うつもりだ。ここは遮蔽物が少ない荒野。
封印都市と違い浅い階層からランク2の魔物が現れる。
最近はランク3の魔物と戦っているとはいえ、ランク3の魔物と戦うときに俺の切り札である、瘴気を纏う【紋章外装】。火のマナを取り込み一体化する【精霊化】の両方を使ってなんとか互角に戦えているだけだ。本来、俺の力量を考えるとランク2の魔物相手でも命がけ。気を引き締めないといけない。
今回は切り札を使わない。
舐めているわけじゃない。
あれらは、一歩加減を間違えたら行動不能になる。慣れてきてよほどのことがない限り失敗しないが、失敗する確率があるだけでもまずい。ライナという引率がいない状況でリスキーな技は使えない。
「ソージくん、敵がいました。こちらに向かってきます。構えてください」
クーナがキツネ耳をぴくぴくと動かす。
彼女の耳は最高性能のセンサーだ。
クーナが指さしたほうを見ると、巨体の割にやけに軽やかな足取りで何かが近づいてきた。
魔力を目に集中させてようやく見えた。
「あの魔物はなんでしょうか」
「デスマンティス。カマキリの魔物だ。手ごわい魔物だよ。特に攻撃力が異常に高いし素早いし硬い。悪いが、俺一人で戦わせてもらう」
デスマンティス。
その名の通り、カマキリ型の魔物だ。
全長四メートル。俺の身長の二倍以上。両手は金属の光沢を放つ鎌。あの鎌は硬化した甲殻だというのだから驚きだ。
さらに、複眼まで硬化しており宝石のように輝いている。
虫型の魔物特有の理不尽なまでの瞬発力に加えて一撃必殺の鎌を持っている。ランク2の魔物の中でもかなり危険なほうに分類されている魔物だ。
どれぐらいやばいかというと、ランク2のプレイヤーがミスリルの剣でやつの鎌を受けようとしたところ、ミスリルの剣ごと叩き切られたという報告があるぐらいだ。
「手ごわいなら、二人で戦うべきです」
「手ごわいからこそ実験になるんだ。……あと、クーナは相性が良すぎて装備の実験にならない」
ランク2の中でトップクラスに凶悪な魔物とはいえ、あくまで近接戦になればやばいというだけで、炎を浴びせればよく燃える。奴の甲殻は物理的な強度は高くても耐火性は低いのだ。
ただ、勝つだけならクーナがお得意の【剛炎槍】を連打しているだけで勝負はつく。
「危なくなったら、横やりを入れますよ。比喩抜きの燃えているやつ」
「そうならないようにがんばるよ。じゃあ、行ってくる」
やつのほうへ歩きながら深呼吸、デスマンティスはもう目の前まで来ていた。
今回の武器は俺の長所を伸ばすと同時に弱点を補うことに重点を置いて造り上げた。
俺は今まで一撃の破壊力が低いこと、機動力ではなく純粋な最高速度が不足していることを問題視していた。
それを解消するための機構をこの武器には持たせている。
さあ、雷神の名を関する槍。その力を見せつけよう。
「さあ、戦いの始まりだ!」
短くつぶやき槍を正面に構える。
機械魔槍ヴァジュラは一見ただの巨大な槍だが、よく見ると二つのパーツで構成されていることに気づく。
使い慣れた両手槍、そして槍を纏う機械鎧。
その機械鎧がエックス字型に展開し左右に四つの噴射孔が現れる。
【突撃】の魔術付与を起動すると、四つの噴射孔から魔力の燐光が吹き荒れた。
魔力を推進力に変え、槍ごと体が飛ぶ。俺に足りない速度を手に入れた瞬間だ。そして速度はパワーだ。攻撃力となる。
「キキユ」
デスマンティスが想定外の速度で突っ込んでくる俺を見て警戒音を発し、さらに鎌を構える。このままいけば、鎌に突っ込んで真っ二つにされる。
噴射孔の数は四つ。エックス字に展開されている。そのうち一つを停止。四つのうち一つだけ噴射をやめたことで方向が急激に変わる。
俺を迎え撃とうとした鎌を回避し、脇腹に槍が激突した。手ごたえがない。手ごたえがないほどあっさりと貫通したのだ。
そのままバーニアを展開して奴の背後に回る。
もちろん、堅い甲殻をただの槍がこんなにも簡単に貫けるはずがない。
槍の先端部の機構が発動していた。魔術付与【穿孔】。
プレイヤーたちの中での正式名は、【穿孔粒子軌道放出魔術】。プレイヤーたちが生み出した対人攻撃魔術の極致の一つ。特殊な概念に染め上げた魔力を、一定パターンで回転させることで対象を共振粒子の渦に巻き込み、原子崩壊させるという、半ばSFじみた魔術だ。
SFオタクのプレイヤーがゲームの中で何十年もかけて執念で完成させた魔術だ。
それを魔術付与として槍の先端に組み込んだ。
バーニアをオフ。着地し踏ん張る。砂埃をあげながら、数メートルも引きずられた。
「クーナ、なかなか面白いだろ」
「一発ネタすぎますよ!」
クーナが大声でツッコミを入れてくる。
まあ、彼女がそういうのも無理もない。
強大な推進力と一撃必殺の威力。それを求めるためにそれ以外すべてを置き去りにした。
その重量により取り回しは最悪。方向転換できると言っても、限度がある。
おそらく、よほど格下じゃない限り対人では使えないし俊敏な魔物にも対応できない。
しかも、一発突けば、隙をさらす。スピードが速すぎて着地に苦労するのだ。
「キキュアアアアアアア」
デスマンティスが距離を詰めてくる。小癪にも蟹のように円の動きで的を絞らせてくれない。
意外と賢いようだ。
この槍のもっとも致命的な欠点は横の動きにひどく対応しずらいことだ。
このままじゃ手詰まり……だから、対応できる形にしよう。
「【解除】」
槍を包む機会鎧の部分がごとりと地面に落ちる。
馬上槍のような巨大な先端は、そのさらに先端を覗いて脱落。
俺の手の中にあるのは、細見の使い慣れた両手槍。違いと言えば前のものより一回りだけ太くなっていること。
「やっぱり、普通の両手やりが一番しっくりくるな」
もっとも慣れた戦闘スタイル。
デスマンティスが自らの射程内で俺を捉え、鎌を振り下ろす。
デスマンティスの振り下ろす鎌を避けて、懐に入り足の関節を突く。
当然のように【穿孔】も発動している。
固いはずの昆虫の甲殻を容易く貫けた。
「キュ、キュアアアア」
「距離を詰めれば、有利になると思ったようだが残念だったな。ここも俺の距離だ」
さきほどまで俺の弱点だった小回りの利かなさが、重い機械槍部分を切り離したことで敵の弱点になる。
足元で暴れまわれば奴の鎌はおそるるに足りない。
距離を取るための機動力を着実に削る。足を三本も潰せば、のろまな亀になるだろう。
一本、二本、三本。
足の関節を貫くごとに目に見えてデスマンティスの動きが鈍る。
こうなれば、あとは料理のし放題。すべての足関節を貫き終わった。
ついに、やつが崩れ落ちる。さきほどまで身長差でとどかなかった頭が落ちてきた。
あとは背後に回り、頭部を突けば勝ちだ。
だが、そうはしない。
あえて、正面に回る。試したいことがあった。
「さあ、最後のチャンスをくれてやる」
デスマンティスの宝石のような複眼が俺を捕らえた。
言葉は通じていないだろう。だが、野生の本能で鎌を振り下ろす。
今日、最速の一撃だった。
見事だ。生きるために必死なのだろう。だからこそ……いい実験になる。
よくみると、俺の槍には継ぎ目がある。その継ぎ目を指ではじく。すると美しい刀身が現れ、槍の穂先がついている部分と分離する。やくざのドスのような直刀。
槍の中には細身の直刀が隠されていたのだ。
放つは、基本技であり、同時に到達点となる剣術。アンネの代名詞となりつつその技は……。
「【斬月】」
振り下ろされた鎌と、槍という鞘から抜き放たれ、横なぎに振るわれた直刀が接触する。
刃が切断され、くるくると宙を舞う……切り飛ばされたのはデスマンティスの鎌。
俺はそのまま距離を詰め、デスマンティスの頭を落とす。
「うん、いい魔術付与だ」
直刀に込められていたのは、使い勝手がいいエンチャントである。高振動によって対象の分子構造を突き崩す刃。【溶断】だ。
ミスリルの剣ごとランク2のプレイヤーを叩き切る鎌を切り飛ばせた。いい仕上がりだ。
「巨大機械槍も両手槍も、直刀も全部いける。ちゃんと起動してくれた」
絶対の自信があったが、こうして無事作動してくれると喜びも一塩だ。
クーナが駆け寄ってくる。
「ソージくん、一体一つの武器にどれだけ機能を盛り込んでいるんですか、めちゃくちゃすぎます」
クーナが飽きれるように言った。
「実は一つの武器じゃないんだ。取り回しのいい両手槍、先端以外の穂先とバーニア機能を持つ外装、槍の柄に隠された直刀は全部別の武器だ。それを組み立てたのがこの機械魔槍。状況に応じて使い分ける」
俺は気付いたのだ。一つの武器に複数の魔術付与を施すのが難しいのであれば複数のパーツそれぞれに魔術付与を施してから組み立てればいい。
それぞれの三つのパーツは主機能と、それをサポートする機能の二つの魔術付与を施している。
それこそが俺の機械魔槍ヴァジュラだ。
「めちゃくちゃです。でもいい武器です。大型の魔物相手には圧倒的な攻撃力を持ち距離を一瞬でゼロにする巨大槍、中距離では対応力の高い中間距離の両手槍、距離を詰められたときにクロスレンジで戦う直刀。どの距離でも使えるのは便利そうです」
「本当は俺の得意な武器を全部突っ込みたかったんだけどね。弓とか両手剣とか斧とか。でも、これがバランスのとれる限界だった」
「いえ、これでいいと思います。ソージくんの武器が大成功なら、次は私の番です。見ていてください、かっこよく使いこなして見せますから」
「無理はするなよ。まだ、新しい武器に体が追いついていないんだから」
「心配はご無用です。……もう馴染みました。問題なく使いこなして見せますよ」
一瞬、ぽかんとしてしまった。
クーナなら、すぐに慣れるとは思っていたがここまで早いの想定外。
さすがは天才様だ。
なら、その天才様の戦いを見せてもらおう。
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