第十三話:果たされた約束
夢を見ている。
何度も繰り返した夢だから、目を覚まさなくても夢だとわかる。
彼女は最後に微笑んで、それから動かなくなった。
次は絶対に助ける。そう俺は誓って……。
「クーナ、顔が近い」
目を覚ますとクーナが俺の顔を覗き込んでいた。
「なっ、なっ、なっ、ソージくん、いきなり起きないでください! 驚くじゃないですか!?」
クーナがその場でしりもちをつき、後ずさる。
よほどびっくりしたのか、自慢のもふもふキツネ尻尾の毛が逆立っている。
「寝込みを襲ってくれても構わないが、やっぱりキスは起きているときのほうが嬉しいかな」
「ソージくん、別に私は寝込みを襲ったわけじゃ」
「いや、この状況はそれ以外考えられないだろ」
体を起こし、肩を回す。
少し頭痛がした。
武器づくりを頑張りすぎたようだ。限界を超えて体を酷使したせいでぶったおれたのだろう。
状況を推測。クーナは俺の世話をしてくれていて、ついむらむらして寝込みを襲おうとした。
「ちがっ……わないです。ソージくんの寝顔が可愛くて、つい、その魔が差したんです」
クーナが顔を逸らしながら弁明する。
男としては寝顔が可愛いと言われてもあまりうれしくないが。
クーナが自分からキスをしに来てくれたのはうれしい。
「クーナ、こっちに来てくれ」
クーナはおそるおそるといった様子でゆっくり近づいてくる。
右手でデコピンの形を作りクーナのおでこの前に手を伸ばす。
お仕置きだと思ったクーナが俺の目論見通りに目をつぶった。
デコピンの構えを解いて、クーナの顔を引き寄せてキスをする。しっかり舌を入れて絡ませた。
クーナが目を見開く。
たっぷりクーナを楽しんでから彼女を解放する。
「いきなり、何するんですか! 心臓が止まるかと思いました」
クーナが真っ赤な顔で、大きな声をあげる。
こういう反応をしてくれるから、からかうのをやめれない。
「キスをしたがってたから、してあげただけなんだけどね」
「ううう、そう言われると反論ができないです……」
彼女は恨めしそうに俺を見ていた。
さて、からかうのはこれぐらいにしておこうか。
「ここはどこだ?」
見慣れない天井だ。ライナに借りている部屋ではない。
「私の実家です。私とアンネはそれぞれに特訓がありますし、兄様とユキ姉様はお仕事で留守にしているので、母様たちがソージくんの看病をしてくれました」
「迷惑をかけちゃったな」
自分でも、無茶をした自覚はあった。
だが、あそこで無茶をしなければ新たな世界に踏み入ったことを無駄にしていた。
魔術士として必要な無茶だ。
「そう思っているんだったら、次から気をつけてください。ソージくんはまる二日も目を覚まさなくて。本当に心配したんですよ」
「そのことはあやまるよ。でも、今回と同じ状況になれば繰り返す。魔術士として譲れない一線だ」
クーナは俺の言葉を聞いて、頬を膨らませる。
だが、少しすると苦笑に変わった。
「ソージくんはしょうがいないです。魔法のことになるとぜんぜん譲ってくれないんですから」
「最強の魔術士になるってクーナに約束したんだ。無茶をしないでそこにはたどり着くことはできない」
立ち上がり、異常がないかを確認する。
少し体がなまっているが問題ない。
今からでも、特訓が開始できる。
「クーナ、俺が鍛え上げた武器たちはどこにあるか聞いてる?」
「それなら、父様が倉庫に運び込んでいます。案内しますよ」
「ああ、頼む」
「体は大丈夫なんですね?」
「問題ない」
クーナが疑わし気な目で俺を見ていた。
「強がりじゃないから安心してくれ。こういう嘘はつかないようにしてるんだ。強がりはクーナたちを巻き込むからな。無理なら無理って言うさ」
「信じます。じゃあ、行きましょうか」
クーナが尻尾を揺らしながら背を向ける。
クーナの尻尾、もふもふで可愛らしい最高の尻尾だ。
「ひぎゃっ、やっ、ん。ソージくん、いきなりふぉっくすなんて、尻尾。あっ」
たまらず尻尾を揉む。クーナの敏感なところを攻めると色っぽい声をあげる。
相変わらず、クーナの尻尾は最高だ。クーナが立っていられなくなってその場に座り込む。
そんなクーナを見ると、こっちもたまらなくなってくる。
彼女をお姫様抱っこいてベッドまで運ぶ。
「あの、ソージくん、まさか、今ここでですか」
息を切らせて、潤んだ瞳でクーナが俺を見上げる。
吸い寄せられるようにキスをして、クーナの上着に手をかけた。
「母様たち、来ちゃうかもしれないです。んっ、ソージくん、そんなところ舐め……」
ここまで来たら止まれない。
「クーナが尻尾で誘惑して、エッチな反応するからがまんできなくなった」
「そんなっ、いいがかりです」
「クーナもそういう気分になってない」
「……少しだけ。きゃっ」
よし、同意はとれた。
なら、少しだけ楽しもう。
◇
「ソージくんのばか! ばか! ばか!」
シリルの倉庫で真っ赤な顔をしたクーナにぽこぽこぽこと殴られていた。
いや、びっくりした。
まさか、クウさん……クーナの生みの親が本当に来てしまうとは。
空気を読んだ彼女は、ごゆっくりと言ってすぐに出ていったがクーナはかなりショックを受けていた。
まあ、その後も楽しんだが。
「悪かった。今度、クーナの好きな甘いお菓子を作るから許してくれ」
「ううう、そんなので許さないです! ソージくんのエッチ! どこでも発情して! 少しは自重してください!」
珍しく、本気で怒っている。
それでも、ちゃんと倉庫へ案内してくれるあたり、クーナの人の良さがうかがえる。
「ソージくんなんて知らないです。もう、私は帰ります」
踵を返して去ろうとするクーナの手を俺は掴む。
「待ってくれ」
「なんですか、今度はここで押し倒すつもりですか?」
それもいいかもと思っていると、ゴミを見る目を向けられた。
うん、ある程度の自重は必要だな。
「クーナに渡したいものがあるんだ。さっきのお詫びというわけじゃないけど。少しだけ時間をくれ」
見つけた。
今回、クーナのために作った剣だ。
二振りの短刀。
短剣ではなく短刀だ。片刃かつ細身。反りがある。
クーナの戦闘スタイルに合わせて、すべての力をこめて作ってある。
「受け取ってくれ。これがクーナへの結婚指輪だ」
「これ、もしかして」
クーナが二刀を鞘から抜き放つ。
一本は緋色の刀身。もう一本は空色の刀身だ。
「クーナが炎を込めるとそれぞれに特別な力を発揮するように作ってある剣で自信作」
「本当に、私のために剣を作ってくれたんですね」
昔のことを思いだす。
かつてのクーナは剣を使うことを拒んでいた。
それは、望まぬ婚約を祝ってシリルに剣を贈られたからだ。
その剣を使うことは、婚約を認めることになるし、シリルに反抗して家出したのに、父の剣に甘えることはできないという想いが彼女にはあった。
だが、パーティの危機に陥ったとき、内心の葛藤を抑えこんで彼女は俺たちを守るために、シリルの与えた剣である【紅空】を使った。
戦闘が終わったとクーナは落ち込んでいた。そんなクーナが見ていられず、俺は一つの約束したのだ。
いつか必ず【紅空】を超える剣を作ってクーナにプレゼントする。
「遅くなってすまなかった。でも、ようやく【紅空】を超えたと胸を張れる剣ができたんだ。受け取ってほしい」
クーナの目が涙で潤んでいる。
そして、次の瞬間飛びついてきた。
予想外の行動に対応できず、尻餅をついてしまう。
「ソージくん、うれしいです。本当にすごく、すごく嬉しいんです」
「なんだ、そんなに新しい武器がほしかったのか」
「違うんです。ソージくんが作ってくれたのがうれしいんです……もしかして、倒れたのってこれを作るためだったんですか」
「ああ、そうでもしなきゃ。【紅空】を超えるものなんて作れなかったからな」
クーナが抱き付いている腕に力をこめる。
彼女の頭を優しく撫でてやる。
「すごいぞ、その剣の機能は」
「そんなの、あとでいいです。今はこうさせてください」
俺は苦笑する。
好きなだけ、抱き着いてもらおう。
俺もこうしているのは好きだ。
しばらくすると、クーナが落ち着いて離れていった。
よし、話を切り出そうか。
「クーナ、今日はまだ時間があるし、さっそく剣を試してみようか」
「いいですね。二人っきりのデートです」
色気はないが、楽しいデートになるは間違いない。
「俺の槍も試したいしね」
クーナの剣は左右で効果が違う贅沢仕様だが、俺の槍はもっと贅沢仕様だ。ただの槍ではない。変形したり分離したり、形態ごとに能力が違ったりとそれはそれは遊び心……もとい対応力に優れた武器になっている。
「じゃあ、いきましょう! 早くしないと夕ご飯に間に合わなくなります」
クーナが笑って、まだ座り込んでいる俺に手を伸ばす。
その手をとり立ち上がった。
新しい俺たちの武器、その強さを試すとしようか。




