第十二話:機械魔槍ヴァジュラ
シリルの力を借りて俺の新たな武器を作りあげる。
武器を作る際には複数の魔術が必要となる。
素材を加工可能な状態に変質させる魔術。
素材を変形させる魔術。
素材を魔術・科学的に鍛えあげる魔術。
段階的に順番に行うのが普通だが、各工程を行っている間に素材にストレスがかかり続ける。最高の武器を目指す設計のため素材への負荷も大きい。負荷を与える時間を最小限に抑える必要がある。
一人でやればどれだけ手際よくやっても俺の設計通りに武器を作れば素材が耐えきれない。
すべての工程をほぼ同時に行う必要があるのだ。
なら、どうすればいい? 一人で駄目なら二人でやれえばいい。
そのためにシリルの手を借りて、ほぼ同時に複数の工程を走らせる。
シリルが俺とユキナの目を順番に見て口を開く。
「よし、ソージの目指す武器の最終形と工程は理解した。ユキナ、火の調整は任せる。おまえなら最適な炎を肌で感じて出し続けられるだろう」
「愚問。任せて」
ユキナが小さく頷く。今回の武器づくりにあたって、クイナの姉替わりである銀の火狐のユキナも力を貸してくれる。彼女により理想的な炎が提供される。
シリルが助手につき、ユキナが炎を管理する。これ以上に恵まれた作業環境はこの世には存在しないだろう。
「ソージ、材料は揃っているようだね」
「エルシエはすごいですね。まさか、ほしいものが全部売っているとは思いませんでした」
「高位の素材になるほど加工が難しい。扱える錬金術士がエルシエの外にいないからエルシエ内で使うしかなくてだぶつく。困ったものだよ」
シリルが苦笑した。
今回使う素材は、オリハルコン、ミスリル、隕鉄、チタン、タングステン。ほかにも金属と似た性質を持つティラノの逆鱗を混ぜ込んだものをメインに据えて合金を作り上げる。
これらの材料を適切な割合で混ぜた合金にすれば、しなやかで強い金属が生まれる。プレイヤーたちの研究成果の中でこれらを作った合金が、武器の素材としてはもっとも優秀だと結論が出ている。
ティラノの逆鱗は、俺たちがまだランク1のときに挑んだいわく付きの魔物の素材だ。俺の武器とクーナの武器に使おうとずっと温存していた。
この逆鱗は金属的な性質をもつだけではなく、ティラノの魔力を操るための中核となっていたものだ。金属に混ぜ込めば魔術的な親和性が大きく向上する。
刀身はこの合金を使うが、刀身以外には様々な魔物素材を使う。それらはエルシエで買いそろえた。
シリルやこの街の戦士たちが定期的に地下迷宮の最深部付近まで行って、迷宮から魔物が溢れないように間引きしているおかげで、信じられないほど高ランクの魔物の素材が売られている。
たとえば、ランク4の魔物クルレッド・スパイダーの糸。超軽量かつ、目に見えないほどの細さでありながら、五〇トンほどの重量を吊り上げられ、なおかつ魔力をよく通してくれる夢のような素材。オリハルコンを変形させた糸よりも性能がいい。
たとえば、ランク4の魔物インフェルノ・リザードの外皮。こちらも信じられないほど軽量ながら、斬撃に異常に強く炎や冷気に圧倒的な耐性を持ち、なおかつ生半可な魔術をはじく魔術耐性まである。これをグリップに使うなんて贅沢もできる。
非常に優秀な素材ではあるが、シリルの言う通り加工するにもそれなりの技術を要求される。使いこなせるものは少ないだろう。
シリルと見つめあい、お互いの呼吸をシンクロさせる。
全工程を二人で同時に進行する。そのためにはコンマ数秒以内の誤差で、超高難度の魔術を複数展開しながら相手に合わせる必要がある。。
もし、シリルが相手でなければ試そうとすら思わなかった。
それほどの無謀な作業だ。
だが、不安はない。ここにいるのは世界一の魔術士であるシリルと世界一になる予定の魔術士である俺だ。
俺とシリルがいて、不可能な魔術などあるものか。
シリルと呼吸だけでなく心臓の鼓動までシンクロする。同時に術式をくみ上げ始める。
ともに、魔術の到達点とも呼べる美しい術式が紡がれた。
「「さあ、はじめよう」」
まったくの同時に同じセリフを放った。
次々に術式が展開する。
金属たちが溶けて、鍛えられて、重なりあって、混ざり合い、さらにいくつもの変化を受け入れ、強くなり、一つになる。
完成した合金に対して古代魔術による魔術式を使わない魔術が刻まれる。
存在そのものに対する魔術付与だ。
それを終えると錬金で加工し形を変えていく。
形を変えながら、今度は魔術式を刻み込み、形に意味を持たせる近代魔術による魔術付与を施す。
合金が一秒単位で次々に形を変え最終系に近づいていく。
もちろん、魔術だけではない。魔術による加工と並行して俺とシリルの腕は物理的な加工作業を行っている。
魔術と鍛冶技術の極致が目の前で広がる。
やばい、楽しくなってきた。
俺一人ではここまでできない。目の前の世界最高の魔術士に引っ張られている。
シリルがペースをあげる。到底ついていけない速度のはずなのに、俺自身の技量が上昇しそれができるステージまで引き上げられる。
景色が変わる。こんな景色を見るのは初めてだ。
間違いなく、俺は今魔術士として次のステージに進んだ。
熱い。どこまでも体が熱い。
最高の気分だ。
時間もまばたきも呼吸も忘れて、ただ武器づくりに打ち込む。
無数のパーツが目の前に完成、それらを組み立てる。
ハイになった頭が真っ白になっていく。
魔力も気力も集中力も体力も精神力も全部空っぽになりそうだ。
だが、あと少し、あと少しだけもってくれ。
パーツは完成した。あとはくみ上げるだけだ。
加工した合金たちと、下処理を施した魔物素材。それらが形作るは俺のためだけに作られた武器だ。
俺がもっとも得意とする槍をベースに様々な機構をもったからくりの槍。
機械魔槍ヴァジュラ。
巨大な両手槍。暗い銀色で機械槍独特のさまざまな機構が威圧感を与える。
神の雷撃の名に恥じない神域の槍。
「できた、これが俺の新しい武器」
全工程の終了。
立っていられず、その場に座り込む。そしてせき込んだ。ひゅーひゅーと情けない音が漏れる。
ドロッと生温かいものが口の上を流れていた。血だ。鼻血が流れ出ていた。
喉もからからでかすれている。
両手両足は震えだし、極限までの酷使に抗議をはじめ、焼けきれそうなほどに回転させた脳は思考をかき乱し不快な頭痛を発生させる。
出血は加護のおかげで止まったが、こういう疲労の類には加護が働かない。自力で治す必要がある。
ひどいありさまだ。剣を打っただけで死にかけている。今の俺ならゴブリン相手にすら勝てるか怪しい。
「ソージ、よくやった。認めるのは癪だが、槍を作る。その一点で俺を超えた。これほどのものは俺にも作れない」
シリルが微笑みかける。
あのハイ・エルフは俺がこうして死にかけているにもかかわらず余裕がある。恐ろしい。
なにせ、今回の作業の負荷はシリルのほうが多かったのだ。俺の頭に描いた工程にシリルが合わせている。俺以上の速度と精度がないと破たんしているのだ。
そんな状況で途中からシリルに引っ張られた。
ああ、悔しいな。ぜんぜん勝った気がしない。
呼吸を整えろ。魔力を魂から搾りだせ。気を集中して体を癒せ。
まだ眠るわけにはいかない。
よし、なんとか話せるようにはなった。
「さあ、シリルさん。もう一本行こうか。次はクーナの武器だ」
俺の武器だけじゃだめだ。クーナの武器を作る。
「やめておけ。死ぬぞ? それぐらいわかるだろう。おまえは今、自分の限界を超えた力を使った。体も魂も悲鳴をあげてる」
わかっている。
限界を超えて次のステージに踏み入れた。そこはまだ俺には早い。
だけど、今でないと駄目な理由がある。
「限界を超えた力を振るう感覚をつかめそうなんだ。今、ここでもう一度その領域に踏みこまないと、二度と立ち入れない。今じゃないと俺は殻を破れない」
今、眠ってしまえばこの感覚をものにできない。
俺は完成した魔術士だ。その魔術士が先に進める機会はそうはない。だから、命をかける必要がある。
俺はクーナとアンネに誓った。世界最強の魔術士になると。そのためには、ここで先に進む。
「ぷっ、あはははは。すごいな。ここまで魔術馬鹿だとはね。いいよ、君の覚悟は受け取った。しょうがないな。まさか、ここで使うとはね」
シリルが小瓶を投げわたしてくる。
青い液体が入っている。
「これは?」
「エリクサー。伝説の霊薬だ。これを飲めば魔力も気力も体力も戻るし、傷も癒える」
「そんな都合のいい薬があるのか」
この世界では傷を負えば、加護が癒してくれる。
だけど魔力や気力、体力が戻る薬なんて聞いたこともない。
「まあね。加護があるからそこまで使う機会もないけど、俺の切り札の一枚だ。ハイ・エルフである俺にしか作れない霊薬だよ。一つ作るのに一年かかる。心して使うことだ」
ハイ・エルフ……つまりはシリルしか作れず。一年もの歳月がかかる霊薬。
その価値は計り知れない。金をいくら積んでも手に入らないだろう。もし、無理に値段をつけるとすれば城二つ分ぐらいの価値はある。
「いいんですか。こんな貴重なものを」
「君はやめろと言っても聞かないだろう。君の行きつく先を見てみたい。こんな刺激的な時間は久しぶりだ。実は俺も興奮しているんだ。第一、可愛い娘を未亡人にはしたくないんだ」
「お言葉に甘えます」
エリクサーを飲み干す。
体に力が満ちる。
内心疑っていたがこれは本物だ。体調が万全の状態になる。
深呼吸。息が整う。頭が冴えた。これならいける。
「では、シリルさんもう一ラウンド行きましょうか」
「そうだね。夜食をルシエとクウに用意するようにお願いしている。それまでに完成させよう」
再び、俺とシリルはシンクロする。
さあ、行こうか。さきほどたどり着いた限界の先、そこに再びたどり付き感覚をものにする。
俺は、その先に至る。
極限の集中状態入り、そして……俺たちはクーナの剣を鍛え始めた。
◇
そして、ついに完成する。
緋色の剣が俺の手の中に二振りの短剣がある。
よろめいて、かべにもたれ、そのまま崩れ落ちた。
もう駄目だ。指一本動かせない。
夜食、作ってもらってるのに悪いことをしたな。食事なんて絶対無理だ。
だけど、きっちり目的は果たせた。
この剣はクーナが与えられていた【紅空】を上回る。名前はクーナに決めてもらおう。
それに俺は掴んだ。もう、あの領域に自由に立ち入れる。
「ソージ、君はすごいよ」
シリルの声が遠い。意識が遠のいていく。
「さすがはクーナが選んだだけはある」
返事をしないと。
「ああ、聞こえていないか。さすがにエリクサーはもうあげられないかな。素直に眠るといい」
そうさせてもらう。もう目を開けていることすら面倒だ。
「……俺がいなくなったあとも安心かな。君になら任せられる。ソージ、君を巻き込んですまない。そしてありがとう。娘を頼む」
俺は目を閉じる。
瞼を閉じると、クーナの笑顔が脳裏に浮かんできた。きっと、この剣を渡せば、俺の脳裏にある笑顔より素敵な笑顔を見せてくれる。
それが楽しみだ。
俺は剣を抱いて眠りに落ちる。はやく、クーナに会いたいな。
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