第十話:魔剣の尻尾in露天風呂
二度目の泊まり込みの地下迷宮探索が終わり地上に出る。
本物の日の光がありがたく感じる。
「ううう、今回も疲れました」
「そうね。でも、確実に力はついているわ」
地上に出るなり、クーナが伸びをする。もふもふのキツネ尻尾がピンと伸びて可愛らしい。
アンネもいつもは身だしなみを気にしているのだが、今は若干髪が乱れている。おそらく、直す余力がないのだろう。
そして、俺と言えば。
「ふっ、ふっ、ふっ、ソージくんって体力ないですね。もうよろよろじゃないですか」
「うるさい。このチートキツネ」
アンネ以上に体力の限界に近かった。なにせリスクを抱えた力である【紋章外装】や【精霊化】でなんとかランク3の魔物とやりあっているのだから。
ノーリスクで力を引き出せるクーナとは消耗度合いが違った。
クーナは口では疲れたといいつつもかなり余力を残している。
「クーナ、あんまりからかっているとまた仕返しされるわよ。ソージは根に持つタイプだし、わりと器が小さいわ」
「たしかにアンネの言う通りですね。あんまりソージをからかったら後が怖いです」
アンネまで俺をからかってくるのか。
いい度胸だ。
しっかりと後で可愛がってやろう。前回の分も合わせてかなりのランク3の魔石が溜まっている。
魔石をたっぷり吸収させれば、クーナの情けないところをたっぷりと見れるだろう。
クーナが嫌な予感を感じて尻尾を震わせた。勘のいい奴だ。
「ソージ、妹はこう言っているが、だいぶ良くなってはいる。前よりも戦える回数が増えた。無駄がなくなってるぞ。火狐じゃないのに火のマナで【精霊化】してそれだけ戦えるのは恐ろしいな」
「ありがとうライナ。ちょっと、いろいろ試していてね」
実を言うと、俺の【精霊化】はライナたちの使うものと若干違う。
俺の体で使用することを前提に既存の術式は限界まで効率化している。
さらに、反動を受けながすための専用の術式を別に用意するなどをしていた。とはいえ、そこには限界があった。
今回の狩りでは、その限界に至った【精霊化】の効率化をさらに一歩進めた。
古典魔術を応用したのだ。
【精霊化】と古典魔術は相性がいい。
覚えたばかりの古典魔術の練度をあげながら、さらに現時点の手札と組み合わせていた。
今回の狩りは魔石の収穫以外にも得たものが大きい。
明日、シリルのところに行くまでにこの二日の経験を、さらに煮詰めてブラッシュアップしたい。
「兄様もソージくんも、おしゃべりしてないではやくお家に戻りましょう。タオルと着替えをとって、実家のほうに行きたいです」
「そうね。髪がべとべとしてる。はやく温泉に入りたいわ」
クーナたちは帰ってすぐにシリルの家の温泉を借りにいくつもりらしい。
俺も温泉を楽しもうと決める。あれはいいものだ。
前回の地下迷宮の探索を終えた際には、食事後にクーナと温泉を楽しもうとしたが、いろいろと邪魔が入って目的を達成できなかった。
おかげで、温泉ではなく自室でさみしくお湯で濡れた布で体を拭くなんて羽目になった。
そのリベンジを果たそう。
さっき、俺のことを体力がないとからかった仕返しもついでに行うと決める。
俺が、突然風呂場に現れるとクーナは驚くだろう。
……クーナもアンネも、普通に頼めば一緒にお風呂ぐらい入ってくれるだろう。
だが、それでは仕返しにならない。驚かせてやらなければ意味がない。
「ソージくん、なにか変なこと考えてないですか?」
「そんなことないさ。それよりはやくライナの家に行こう」
クーナのジト目を軽くいなす。
クーナはそれ以上追及するつもりはないのか、少し速足でライナの家を目指し始めた。
彼女のキツネ尻尾が揺れている。いつ見ても美味しそうな尻尾だ。むしゃぶりつきたい気持ちをこらえながら彼女の背中を追いかける。
「ソージ、今日お土産に飼ってきたモルグワイバーンは鍋にして食うとうまいって言ってたな」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ライナが問いかけてくる。
「スキヤキ……甘めのタレを浅めに引いて半分焼きながら食べる鍋にするとうまいんだ」
すっかり魔物料理にはまったライナのために今回も魔物の肉を持って帰ってきている。
新しい魔物に出会うたびにライナはこいつはうまいのか? っとしつこく聞いてくるぐらいのはまりっぷりだ。
ちなみに今回の獲物であるモルグワイバーンは、緑の鱗をまとった小型のワイバーン。身は筋肉質の筋だらけ、似ても焼いても食えないが、不思議と尻尾の肉は美味だ。たんぱくだが旨みが強く、少し硬いが噛めば噛むほど味が出てきてたまらない。
スキヤキにすると絶品になる。高級な地鶏を食っているような気分になるのだ。
スキヤキの仕込みなら数分で終わる。
家に戻って仕込みをしてから、風呂に向かったクーナたちを追いかけても間に合うだろう。
◇
料理の仕込みを終わらせた俺は、シリルの家に向かう。
もちろん、温泉を借りるためだ。
数分先に出たクーナとアンネがすでに温泉につかっているはずだ。
俺のもてる技術のすべてを駆使して音を立てずに忍び込む。
一応、きっちりクーナの母であるクウには温泉を借りると伝えてある。彼女は、楽しそうに笑って、がんばってと言ってくれた。
理解がある人で助かった。
脱衣所で服を脱ぎながら耳を澄ませる。クーナとアンネの声が聞こえてきた。
「尻尾の毛が痛んじゃってます。たっぷりお手入れしないと。アンネ、そこの香油とってください」
「……いつも思うのだけど、クーナはいつも髪より先に尻尾の手入れをするのね」
「当然じゃないですか! 尻尾は女の命ですよ!」
「そっ、そう」
火狐独自の価値観にアンネは若干引き気味だ。
「好きな人には、いつも最高の尻尾を見て欲しいじゃないですか。それに、ソージくん、最近暇さえあれば、触ってくるんです。ふぉっくすは、そんな軽々しくやっていいものじゃないのに、まったくソージくんと来たら」
「あなた、台詞と口調があってないわよ。すごく嬉しそうだし、気持ちよく触ってもらうために手入れを頑張っているのよね?」
「ちっ、違います! 私はふぉっくすが大好きな、いやらしい子じゃないですから」
「そういうことにしておくわ。私もソージがたまに髪を手に取って匂いを嗅ぐのが、ちょっとだけ好きよ。少しはクーナの気持ちがわかるつもりよ」
「ソージくんがそうするのも納得ですね。アンネの髪、さらさらできれいで。私も触りたくなります」
そうして、二人のじゃれついてはしゃぐ声が聞こえる
きっと髪や尻尾を触りあって遊んでいるのだろう。
それにしても、そんなに俺のことを思っていてくれたのか。少し、照れるじゃないか。
勢いよく扉をあけて温泉に向かう。シリルの家にある温泉は広くて大きい露天風呂だ。最高の解放感を味わえる。
「クーナ、アンネ。とっておきの入浴剤を持ってきたんだ。ここの温泉の湯の質はいいけど、俺が調合したこいつをいれるともっと疲れがとれるんだ」
俺は堂々と風呂場に入り込んだ。
そんな俺を見て、クーナが顔を赤くして、なっなっなっ、っと言いながら顔を震わせる。
アンネのほうは若干顔を赤くすると手で胸を隠しつつ、しょうがないなと苦笑した。
「何、入ってきてるんですか、ソージくん!?」
「俺も汗をかいたから温泉を楽しみたくてね」
「私たちが出るまで待っていてください! っというか、母様は止めなかったんですか!?」
「三人でゆっくり温泉を楽しむって言ったら、まあまあ、若い人たちはお盛んですね。がんばってきてください。私も久しぶりに、シリルくんとルシエと一緒に三人で楽しみたくなりました。さっそく今晩にでも。って言ってくれたよ」
「母様のばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、絶対勘違いしているじゃないですか!? それに、親の情事の話を娘に聞かせないでくださいよ!!」
ふむ、動揺しているせいかいつもより声が大きい。
アンネのほうをみると、お湯を被ってから湯船につかり体を隠している。
惜しみなく、全裸を晒しているクーナとは大違いだ。
「クーナ、落ち着きなさい。一緒にお風呂ぐらいで今更騒がない。今までもっとすごいことをしているわよね」
「それは、そうですけど。というか、なんでアンネはそんなに落ち着いているんですか!?」
「一緒のお風呂は初めてじゃないわ。前回は私がソージの入浴時間に入り込んだわね」
「いったい、アンネは何しているんですか!?」
あのときは良かった。
お風呂だけではなく、その場の勢いでいろいろと楽しめたものだ。
「落ち着くんだクーナ。俺がここに来たのを今さらどう言ってもはじまらない。あとは楽しむしかないだろう」
「ううう、でも明るいうちからですよ。アンネと一緒ですよ。ここ、私の実家ですよ」
そう言って涙目になるクーナは非常に可愛い。
これでこそ、ここに来た意味があったというものだ。
俺はお湯を被り、湯船に向かう。
そして、お手製の薬効が高い入浴剤を溶かし湯船につかる。
ふむ、錬金術の粋を集めただけあって。いい気持ちだ。体の芯まで温かくなり疲れが消えていく。
「本当にいい入浴剤ね」
「無駄に気合を入れて作ってみた。薬効も当然だが魔術的な要素も少なくない」
「ソージのそういうところ嫌いじゃないわ」
アンネがしなだれかかってくる。温泉以上に触れた肌が温かい。
強烈な視線を感じてそちらを向くとクーナが頬を膨らませていた。
そして、こちらに大股で歩いてきて、アンネとは反対側に座りもたれかかってくる。
クーナは恥ずかしがり屋だが、それ以上に寂しがり屋だ。仲間はずれを一番嫌う。
「今回は特別ですからね」
「ああ、ありがとう。二人と一緒にはいると、いつも以上に気持ちいいよ」
「……気持ちいいことはしちゃだめですよ」
「ただ、お風呂に入るだけだよ」
クーナは三人で一緒にというのはすごく嫌う。
まあ、そういう性癖なんだろう。
俺的には三人一緒もそれはそれで好きなんだが。
「ソージ、クーナは嫌がっているようだけど。私にはしていいわよ。その気になったら、好きにしてね」
「ああ、もう、アンネは、もうぅぅぅぅ!」
アンネはそんなクーナをからかって楽しむ。
クーナの表情がころころ変わって面白い。
「ソージ、ちょっと悩んでいることがあるのだけど、相談に乗ってもらえないかしら」
「なんだ、話してみろ」
「避妊するかどうかを悩んでいるの。私はオークレールの血を絶やさないために、将来的に絶対にソージの子を作らないといけないけど、子供を作ると【魔剣の尻尾】として活動できなくなるわ。だから、避妊しようと決めていたのだけど……もしかしたら、私かソージが死んでしまうような戦いをすることになるって考えると。先に子供を作っておいたほうがいいかもって思うようになったの」
クーナは、一瞬顔を真っ赤にして突っ込みかけたが、アンネの顔が真剣そのものだったので押し黙る。
子供か。
確かに、今できると困る。俺たちは少しでも強くならないといけない。
だが、アンネの言う通り、俺でも勝てないような敵が現れて、どちらかが死ぬかもしれない。
そうなる前に、アンネの望みであるオークレールの血筋の継続を前もってしておくのはある意味正しい。
「避妊はしっかりしよう。俺はアンネに誓うよ。子供ができるまでは絶対に死なないし、アンネを殺させない。だから安心して強くなることに集中してくれ」
「わかったわ。もし、先に死んだら絶対に許さないわ」
「ありえないな。俺が死んだら、アンネを守れないから」
アンネが笑ってくれた。
これでひとまずは、問題の解決だろう。
クーナのほうに置いている左手が引っ張られる。
「……ソージくん、アンネばっかりずるいです。私とも約束してください。私だって、ソージくんとの子供が欲しいです。だから、いつか全部終わったら。ちゃんと」
「ああ、約束する。俺はクーナのことが大好きなんだ」
クーナがはにかみ、さきほどより体重を強く預けてくる。
駄目だな。ちょっとこれはまずい。
「クーナ、アンネ。こうやって押しかけてなんだが、実は俺はちょっと二人をからかって、温泉に入るだけで終わらそうと思っていたんだ」
「ええ、それは初めからわかっていたわ。ソージは変なところで小心者だから」
「わっ、わたしも、当然、見破ってましたよ」
さすがはアンネ。クーナはもう少しがんばりましょう。
「だけど、ちょっと今のやり取りで二人が可愛すぎて。今、この場でやりたくなった」
さすがに、この状況で我慢できるような鋼の精神をもっていない。
俺が悪いんじゃない。二人が悪いんだ。
「わかったわ。私にいい考えがあるの。クーナ、ソージがこのまえ教えてくれたじゃんけんをしましょう」
「へっ?」
「クーナは、三人でするのはずっと嫌がっているわよね。だから、負けた方が先に出ることにしましょう」
アンネのあまりにもぶっ飛んだ発言に言葉を失う。
クーナもそれは同じのようだ。顔を伏せて、可愛そうなぐらいに顔を真っ赤にする。
それからしばらくして、蚊の鳴くような声を漏らした。
「……今日だけは特別です。いいです。三人でも、その、今日はそういう気分です」
そういった。
あまりにも可愛くて、今すぐ押し倒したくてしょうがない。
「クーナ、おまえはやっぱり可愛いな」
俺はもう、その欲望に逆らわずクーナを押し倒し、キスをして、尻尾の弱いところを攻める。
「ひゃう、ソージくん、いきなり」
さあ、今日は初めての三人での情事だ。
それも昼間から温泉、なおかつクーナの実家。
そういったシチュエーションが逆に興奮に繋がる。
これはなかなか楽しめない。たっぷりと、味わわせてもらおう。
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次回の更新は、2/25(土)
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