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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第五章:エルシエからの旅立ち
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第九話:近代魔術と古典魔術

 今日は一日、休憩だ。

 ランク3の魔物との死闘で精神的にも疲れているだろうから休んだ方がいいとうライナの判断だ。


 ライナの話では地下迷宮に入らずにできる技術的なものの指導は、大まかに終わっていて、あとは各自で、地道に積み重ねていくしかない。

 やはり一番の問題は、いまだにランクが低いことに早急にランク3に上げることを最優先に考えたほうがいいと考えている。

 それには俺も同意見だ。ライナの話ではこれからしばらくの間は、泊りがけでダンジョンに潜り、二日みっちりランク上げをして一日休み。

 このローテーションを繰り返していくらしい。

 何度もランク上昇を繰り返してきた俺だからわかる。おそらく、次かその次の探索でランク3に至る。自分よりも上のランクの魔物との戦いは、数年がかりでやっと一つあがるランク上昇を信じられない速度で成し遂げようとした。


「さて、覚悟を決めようか」


 俺は単独行動をしている。

 クーナとアンネはそれぞれ、明日からの地下迷宮探索に影響を残さない範囲での特訓を行うと聞いている。


 そして俺はが向かったのは……。


「よく来たな。ソージ。準備はできているよ」

「お時間をとっていただきありがとうございます。シリルさん」

「まあ、気にするな。結果的にそれがクーナを守ることに繋がるなら、父親として喜んで力を貸すよ」


 クーナの父親であるシリルの工房に来ていた。そこは鍛冶師の工房であり魔術士の工房でもある。

 シリルは、この世界で唯一のランク6の魔術士にして、ハイ・エルフ。

 金色の髪と、ハイ・エルフだけに許された【翡翠眼】が特徴の美しい男性。

 彼は、俺が超えるべき目標だ。最強の魔術士を名乗るには彼は絶対に避けられない壁だ。

 その彼に、鍛冶を学ぶために来たのだ。


「ソージには一本、魔剣を渡していたね。あれを見てどう思った」


 かつて王都でシリルに勉強用にと漆黒の魔剣を預かっていた。

 もちろん、俺はそれを自分なりに分析している。完成品があれば使われた技法を逆算することができるのだ。


「すさまじい魔剣だと思いました。それは材質や魔剣の加工技術についてもそうですが、とある点が通常の魔剣とは根本的に違います」

「ほう、どこか違った」

魔術付与エンチャントが二種類使用されている」


 魔術付与エンチャント。それは魔術式を武器や防具に刻み込むことによって魔術的な技能を持たせる技法のことを指す。


 例えば、俺の【魔鉱錬成:壱ノ型 槍・穿改】であれば、魔力を通すことで先端が回転するようなものを仕込んでいる。

 魔術付与エンチャント、原則として魔術付与エンチャントは、どんな武器でも一つしか刻めない。

 だが、ソージから勉強に貸与された黒の魔剣は少なくとも二種の魔術付与エンチャントがされていた。

 それの意味するところは大きい。武器としての次元が一つ違ってくる。


「さすがだね。自分でそこに気付くとは。俺とソージでは、こまごまとした鉱物の加工技術や知識、そこに無数の差異があるのはたしかだ。だが、そんなものは知っているか知っていないかの差でしかない。それらを全部伝授していけば、少しずつソージの鍛冶の腕はあがるだろうがね。それはただ、常識の枠内での変化に過ぎない」

「それだけでも、俺にとって十分すぎるほどです」


 そのわずかな違いが、無数にある。

 そのほとんどは、与えられた黒の魔剣を分析して気付くことができた。

 検証もほぼ終わっている。

 

 ……正直、震えたし嫉妬した。

 強い武器を手に入れるというのは、ゲーム時代のイルランデのすべてのプレイヤーが目指した。

 俺を含めたプレイヤーたちは積極的に、ありとあらゆる技法を探索し、実証し、切磋琢磨してきた。

 その集合知を使いこなす俺よりも、シリルの渡した剣に使われている技術は優れていたのだ。


 とはいえ、俺たちのプライドにかけて言うが、すべてが劣っているわけではない。

 プレイヤーたちが編み出した工程の方が優れている部分も少なくない。

 今の時点で、シリルの技法が優れている部分と、俺たちの技法が優れているところを合わせれば、今までの俺では作りえなかった剣が作れるだろう。


「十分ありがたいか……まあ、そうだろうね。君が普通の錬金術士としてならそれで満足するだろう。だけど、君はいまだに新たな剣を作っていない。俺が言いたいことはわかるね。些細な改良ではなく、次元を突き抜けた魔剣を作るには、二種の魔術付与エンチャントが必要なことに」


 シリルの言うことは正しい。

 俺が今まで、クーナの新しい剣を作らなかったのは、二種の魔術付与エンチャントの存在に気付き、どう分析してもその手法に気付けなかったからだ。

 小手先ではない根本的な強化ができるとわかっているのに。中途半端な剣を作るわけにはいかなかった。

 だからこそ、俺は今ここに来て直接教えを乞おうとしている。


「それは人間にできることなんですか? ドワーフにしかできない血統魔術の類では?」

「それは違う。これは一つの技法にすぎない。……まず、前提を確認しよう。君の知る魔術付与エンチャントは武器として形作ったあとに魔術付与エンチャントをかけるというものでいいか?」

「その通りです」

「君に教科書とした黒の魔剣は、一つは剣として完成したあとに刻んでいる。だけどもう一つは違う。鉱石を精錬する段階で刻み込み、それを材料として剣を鍛えた。これが二種の魔術付与エンチャントを可能にした秘密だよ」


 俺は息を呑んだ。

 それは想像すらしていなかった。

 なぜなら……。


「不可能だ。魔術式を刻み込む以上、その魔術式が壊れれば魔術付与エンチャントは意味を失う。素材段階で刻んだところで加工をすれば確実に術式が壊れる」


 そのはずだ。

 だからこそ、二種の魔術付与エンチャントができないという点に繋がる。

 二つの式を刻めば、それ自体が干渉しあう。

 人間が魔術を使う際には、その都度使う式を作り直すことができるが、武器であればそんな融通は利かない。刻み込んだものだけが意味を成すのだ。


「たしかにね。今、この国で主流になっている魔術体系が式を構築することで発現する魔術だ。だけど、こうは考えないか? 魔術のルールは一つじゃない。式に頼らない魔術体系も存在する。ようするに形にとらわれない魔術だ」

「そんなこと、考えもしなかった」

「まあ、そうだろうね。遥か昔に効率が悪いと切り捨てられた魔術だ。だが、それなら式を刻む魔術とは干渉しない。二つの魔術体系によって異なる階層に魔術付与エンチャントを刻む。それこそが、この魔剣の最大の秘密だ」


 鼓動が高鳴った。

 魔剣の秘密を知れたことにも興奮したが、それ以上の興奮があったのだ。

 それは、俺の知らない魔術体系そのもの。

 もし、それが実在し、身に着けることができれば魔剣の生成以外にも無数の可能性を手にすることができる。

 俺なら、その先を形にできる。

 楽しみだ。俺はまた強くなれる。


「ふっ、ソージはいい目をするね。そういう貪欲なところ嫌いじゃないよ。さて、ソージ。俺は今から君に、まったく新しい魔術体系を叩き込もう。そうだね、今までの君が使っていた魔術を、近代魔術。式を使った理論的なものとすると、今から君が学ぶのは古典魔術。魂と精神の祈りのようなものだ。並みの術者なら、初歩の初歩が使えるようになるのに三か月はかかるかな」


 並みの術者で三か月か。 

 面白い。なら、俺は……。


「半日あれば十分です。シリルさんが目の前で実演してくれるなら、必ずものにしてみせます」

「頼もしい、それができれば今日中に次のステップに進めるね。さあ、やろうかソージ。半日で覚えるなんて大口をたたいたんだ。俺もかなりスパルタに行こう。古典魔術がどういうものか、その身で体験してもらおうか」

「いいですね。俺の体で、知るのが一番手っ取り早い」

「じゃあ、早速いこうか。ソージ、死ぬなよ」


 シリルが微笑み、彼の【翡翠眼》が鮮やかに輝く。

 そして、ポンと俺の肩を叩いた。

 次の瞬間、俺という存在が軋む気がした。

 式が見えないのはもちろん、理屈もなにもない。ただ、まとわりつき、締め上げてくる事象だけが存在する。


 ぎりぎりぎりと、俺の魂が潰されていく。

 これが古典魔術。

 俺の理解できない領域。


 だが、必ずそこには術利がある。式という慣れ親しんものではなく、まったく俺の知らない何かが。


 そして、これはシリルが使った魔術ではない。

 シリルが俺の体を操り、無理やり魔術を使用させた。俺は今自分の魔術で自分を傷つけている。


 魔力と精神力が消耗しているのがわかるのに、どうやってこの力を理解できていない。


 シリルは笑っている。自分でつかめと言うことか。

 先入観は捨てろ。

 俺の常識では図り切れない。

 だから、すべての変化を第六感で探し出せ。それぐらいできずして、何が最強の魔術士か。

 シリルに操られて無理やり発動させられているとはいえ、紛れもなく俺の体が行っている魔術。

 認識できていないだけで、かならず俺の中に答えがあるのだ。

 集中しろ、どこまでも深く。

 

 ここまでおぜん立てはされたんだ。すぐにその正体を突き止めてやる。


 ◇


 冷たい。息苦しい。

 

「ぷはっ」


 慌てて、跳び起きる。

 顔に冷水をぶちまけられたようだ。


「起きたか、ソージ」

「ええ、ばっちり」

 

 ずいぶんと、荒っぽい手で起こしてくれる。

 そうか、俺は気を失っていたのか。


「驚いたね。本当に半日で身に着けるとは。自分で、今までの認識の存在の外にあった理に気付いて、荒いが制御した。古典魔術のやり方で」

「じゃないと死にましたからね。容赦がなさすぎますよ」

「古典魔術は、理屈よりも感覚と意思の世界だ。こうして死にかけて掴むのが一番早い。実際にソージは生きている」


 感覚を掴み、古典魔術の理を掴むまで数時間、自分の魔力で自分自身を傷つけ続けた。そして魔力が枯渇して死ぬか、魂が壊れるかの寸前でようやく、その実態を掴みシリルから制御を奪うことができた。

 そのおかげで、ようやく嫌というほど古典魔術というものを味わうことができた。


「シリルさん。古典魔術は、術理じゃなくて。魂の祈りだ。存在自体で放つ魔術。とはいえ、それにもそれの理がある。ちゃんと、俺の魂が覚えた」


 俺の知るルールとはまったく別のもの。

 だけど、それにはそれの必然がある。


「そこがわかれば、あとは応用だ。起きてくれたことだし。同じように、色んなタイプの古典魔術をその場で受けてもらおう。別のタイプになれば、また感じ取る感覚も発動するやり方も変わる。こうするのが一番早い」

「望むところです」


 今は一つの魔法を知っただけ。

 だけど、さまざなパターンを知れば、より古典魔術の規則性とルールがわかる。

 重要なのは一つでも多くの魔術を空で覚えること。

 十分なサンプル数が揃えば、わざわざこんなことをしてもらわなくても、残りのすべてを想定で埋められる。

 懇切丁寧に教えてもらわなくても、俺にとってはそれが一番早い。


「いい覚悟だ。今日は限界までさまざまな古典魔術を教えよう。それでおしまいだ。次のオフの日、また来るといい。そのときは、鉱石という存在そのものに、魔術を刻む方法を教える。存在に刻むことこそ古典魔術の神髄だ。明日と、明後日は地下迷宮に潜りながら、どんな魔術を刻むかを考えておくといい」


 言われなくてもそのつもりだ。

 狩りの二日は、今日刻まれた経験を、この身になじませ発展させ、それによって俺が目指すべき剣のイメージを固めるのに使う。

 そして、次は魔術付与エンチャントを覚えるだけでは済ませない。

 俺の望む剣を作るのだ。


「ソージ、次だ。殺さないようにだけは気を使ってやる。だから……死ぬなよ」


 シリルの言葉に俺は笑い返す。

 上等だ。

 そうして、俺の体に古典魔術を刻み続けた。

 三度ほど倒れたが、その価値があるものを得られた確信して言えるだろう。

 古典魔術。なかなか面白い。

 必ず使いこなしてみせよう。

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