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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第五章:エルシエからの旅立ち
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第八話:アサシンリザードのタンシチュー

 地上に戻った俺は、ライナに頼まれてアサシンリザードのタンシチュー作りを始めていた。


 シチューは仕込みに時間がかかる。

 できれば、狩りで疲れているので手間のかかるシチューを作るのは避けたいが、これだけ恩を受けているライナが食べたいと言うのだ。多少の無理はするべきだろう。


「ソージくん、手伝いますよ」


 厨房で下ごしらえをしているとひょっこりとクーナがやってきた。

 仄かに石鹸の匂いがする。


「汗を流してきたのか」

「女の子ですからね。そういうのは気にします」

「俺が料理を作っている間にのほほんと体を洗ってきたのか、そうかそうか」

「むっ、微妙に引っかかる言い方ですね。ソージくんも誘おうとしたのに、帰ってきてすぐ居なくなったんじゃないですか」


 そういえば、そうだった気がする。

 食材をもって、速攻厨房に向かったような。


「悪かった、クーナ」

「きゃあああ、何するんですか。ソージくん、汗まみれの体で抱き着かないでください」


 クーナが俺の腕の中で暴れている。

 クーナの体は相変わらず、柔らかくて気持ちいい。ずっとこうしていたいぐらいだ。


「これで、また風呂に入る必要が出来たな。あとで一緒に入ろうか」

「ううう、ソージくんのエッチ」


 クーナが恨めしそうな目で俺を見ている。

 だが、嫌そうでないところが可愛らしい。エルシエの温泉は最高だ。それをクーナと一緒に楽しむともっと最高になる。


「というわけで、まずは料理の下ごしらえをしようか」


 いじけているクーナに笑いかける。

 クーナは頬を膨らませながらも俺が用意した野菜を洗い始めた。


「ずいぶんとたくさんの野菜を使うんですね」

「デミグラスソースが一番タンシチューには合うからね。これぐらいは必要だ。まあ、今回は手抜きをするつもりだ。五時間ぐらいで出来るかな。俺が本気でデミグラスソースを作るなら三日は煮込む」


 そう、料理の道はいばらの道だ。

 最高のデミグラスソースを作るなら、それぐらいは必要なのだ。

 さらに赤ワインを使うのだが、今回はせっかくなのでエルシエワインを使う。


「……父様もたまにそれぐらい手の込んだ料理を作って、すごく美味しいですけど、母様たちにあきれられてます。ソージくんって変なところが父様に似てますよね」


 微妙に呆れの含んだ目でこちらを見る。

 このロマンを女性に言葉で理解してもらうのは難しいだろう。


「失礼な。俺も、きっとシリルさんも、あくまで必要だからやっているだけだ。それよりも支度だ。クーナ、そこにある野菜を刻んでおいてくれ」

「わかりました。クーナちゃんにお任せですよ」


 クーナは、慣れた手際で玉ねぎ、ニンジン、ニンニク、ブロッコリーに似た野菜のミルルを刻んでいく。


 俺は俺で、アサシンリザードの舌を捌いて【浄化】し、旨みの強いタンの根元の部分……焼き肉屋などで特上タンと呼ばれているところを厚切りにする。


 さらに切れ目を入れてスパイスと塩を練り込んでいく。

 ライナの家の厨房にはたくさんのハーブ類と調味料、スパイスがあって、料理好きにはたまらない。


 たっぷりとスパイスを練り込んだあとは、フライパンを熱して、厚切りにしたタンを強火で焼いていく。

 煮込む前にこうすることで、旨みを閉じ込めるのだ。

 そして、肉を焼いたときに使ったバターをシチューに加えるとコクが深まる


「ソージくん、すごくいい匂いですね。ちょっと一切れ……いたひっ」


 つまみ食いしようとしたクーナの手を叩く。


「止めとけ。アサシンリザードのタンは焼いて食べても美味しいけど、煮込んでとろけさせるように、厚く切ってるから噛み切れない」

「ううう、ソージくんの意地わる」


 クーナがキツネ耳をぺたんとさせて文句を言ってくる。

 俺は苦笑し、残していた材料のほうからタンを薄く切る。


 そして、両面をレアに仕上げる。

 焼肉として食べる場合は焼きすぎない。

 最後に塩を振ってできあがり。酸味の強いレモングラスというハーブを振りかける。


「クーナ、口をあけて」


 クーナがいぶかしげな表情で口をあける。

 そこに、今焼きたてのタンを放り込む。やけどしないように箸でつかんで振って冷ますことを忘れない。


「なに、これ、すごく美味しいです! ぷりっぷりで、肉汁があふれ出て、ソージくん、おかわり! 一切れじゃ足りません。もう、どんぶりいっぱい焼いちゃいましょう」

「試食はこれで終わり、焼肉も美味しいけどシチューはもっと美味しいから」


 さて、デミグラスソースを作っていくか。

 ここからが本番だ。まずは小麦をバターで炒めて……。


 ◇


「やっ、やっとできました」


 クーナが疲労困憊と言った様子で、ぐったりとしながら声をあげる。

 心なしか、もふもふのキツネ尻尾もしぼんでいる。


「やっと煮込みが終わったね。きっちり、五時間。うん、いい出来だ。これならちゃんと胸を張って食卓に出せるな」


 苦労しただけあって、デミグラスソースで煮込んだタンシチューは見事なできまえだった。褐色のスープからは甘い香りが立ち上り食欲を誘う。

 タンは厚切りにして煮込んだからボリューム感がすごい。


 ちょうど、夕食どきだ。

 さきほど、ユキナも酒蔵から帰ってきたのでそろそろ夕食にしよう。


 ◇


 そして、いよいよ夕食の時間だ。


「今日は、俺が夕食を作らせてもらった。いつもユキナに作ってもらっているからな」


 食卓には、俺、クーナ、アンネの【魔剣の尻尾】のメンバーのほかに、クーナの兄であるライナ、それにライナの養子の銀色の火狐ユキナがいた。


「ソージの料理、クーナから美味しいと聞いていたから楽しみ」

「今回は私も手伝いましたから、期待していいですよ。ユキ姉様!」

「ん。匂いからして期待できる。このシチュー、エルシエワインを使ったの?」

 

 さすがはワインを作った本人だけはある。

 本来、デミグラスソースを作るのには赤ワインを使うが、今回はエルシエワインを使っている。

 エルシエワインは非常に旨みが強い酒で、シチューとの相性もばっちりだった。


「ああ、そうするのが一番美味しいからな」

「そう、ソージ。もし、まずかったら許さないから」


 クールビューティでいつもどおりの無表情とはいえ、ユキナはいつも以上に迫力があった。

 手間暇かけて作った酒を台無しにされた場合には怒るだろう。


 だが、その心配はない。

 俺は最高のタンシチューを作った。


「食べてみればわかるよ」

「いい自信、ソージの料理楽しみ」


 にやり、そんな表情をユキナは浮かべる。


「ソージくんもユキ姉様も、お話はそれぐらいにして食事を始めましょう。今日はたくさん動いたのでお腹ぺこぺこです」

「そうね、私も早く食べたいわ」


 そうして、全員で食事前の精霊と森への感謝の祈りを捧げて食事を始める。

 さきほどから、クーナの兄であるライナがにやにやとユキナを見ていた。

 考えていることはだいたいわかる。


 きっと、食べたあとにユキナに魔物の肉と聞かせて驚かせるつもりだろう。

 ユキナが、スプーンで大きめにきったタンにふれる。

 するとスプーンが沈みこんでタンが切れた。見事なとろけっぷりだ。


「すごく、柔らかい」


 ユキナは驚いた様子で口に運び、噛みしめた。

 そして、眼を見開いた。


「口の中でお肉がとろける。シチューとお肉の旨みが絡まって、すごい。こんなシチュー初めて」


 このとろけるような柔らかさこそがタンシチューの醍醐味だ。

 イノシシの骨からとった出汁とトマト、それにエルシエワインをベースに何種類もの野菜とスパイスとハーブを加えた濃厚なシチューは、タンの旨みを受け止めるには十分、とろっとろのタンとシチューの旨みが口の中で花開く。


 よくできたタンシチューは旨いだけではなく、気品にあふれる味わいだ。

 これは、エルシエワインがなければ出せなかった味だろう。


「こいつは驚いたな。ソージが、うまいうまいって言ってたから期待してたが、想像の上を行った」


 いつもは、がつがつとかき込むライナも、一口一口味わって食べて放心している。


「この料理、私もすごく好きです。こんなとろけるシチュー、他では絶対に食べれないです」


 クーナもご満悦だ。自慢のもふもふのキツネ尻尾をぶんぶんと振っている。

 アンネのほうを見ると、眼から涙が零れ落ちていた。


「アンネ、どうしたんだ」

「いえ、あまりにも高貴な味だから。お父様が元気だったころを思い出してしまって。ソージ、この料理は貴族の食卓に並べられる料理よ」


 アンネは、どこか寂しそうに言ってシチューを口に運ぶ。

 俺はなんとなくアンネの頭を撫でると、彼女がもたれかかってきた。


 食事はいつもより、口数少なく進む。

 こういった料理は、ときに言葉をなくし食事に集中させる魔力がある。

 そうして、みんなが食べ終わったころ、ユキナが蕩けた顔になって口を開く。


「ソージ、ありがとう。ユキナのエルシエワインをここまで素敵な料理にしてくれて」

「こちらこそ、礼を言いたい。ここまでうまいシチューを作れたのはユキナのエルシエワインのおかげだ」


 自然な流れで俺とユキナは握手する。


「ソージ、聞かせて。これはなんのお肉? こんな美味しいお肉初めて。ちょっと気になった」


 何の肉かわからないのは当然だろう。

 魔物肉なんて好き好んで食べる奴は少ない。

 俺は笑顔になって口を開く。


「ランク3の魔物、アサシンリザードの舌だよ。狩りに行ってきたお土産だ」


 そういった瞬間、ユキナの表情が凍り付き、ライナが大笑いした。

 そのあとは、ユキナとライナが、ちょっとした喧嘩にはなったが愉しい夕食の時間がすぎていった。


 さて、お腹がいっぱいになったし、夕食の片づけはユキナががやってくれるらしい。

 これから、クーナと一緒にお風呂だ。たっぷりと温泉で体を癒しつつ夜を楽しむとしよう。

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