第七話:今の限界とライナとの決闘
大きな翼が生えたサソリの化け物を、弓で貫いた。
サソリが地面に墜落し、暴れているところに近づいて急所である目を槍で貫く。
しばらくして、サソリが絶命した。
【白銀火狐】を解除。【精霊化】では奴をとらえきれず、クーナの変質魔力を使用した。疑似的な九尾の火狐となる、この力に頼らざるを得なかった。
反動で全身が軋む。
乱れた息を必死に整える。
鼓動の音がうるさい。
なんとか、最低限の体調を整えてから翼サソリの化け物の魔石と素材をはぎ取っていく。
今は、ランク2の体でランク3の魔物相手の狩りを行っていた。
ゲームとして経験してきた過去では、自殺行為として避けていたものだ。
想定していたよりも、疲労がたまっている。
一撃もらったら終わり、その状況が精神を摩耗させているのだ。
「ソージ、もうへばったのか」
たくましい肉体を持つ黄金の火狐のライナが、ちゃかした口調で問いかけてくる。
今は、ランク5であるライナがサポートに入り、エルシエにある地下迷宮に訪れていた。
さすがの俺も尻尾の魔剣だけでランク3の魔物に挑む勇気はない。
「……そうだな。もう限界だ。これ以上は、どこかでミスをする可能性が高い」
強がってもしょうがないので正直に話す。
ここまでで、四体のランク3の魔物を相手にした。
魔力と体力には若干の余裕があるが、これ以上は集中力を保つ自信がない。
「ふはは、正直なのはいいことだな。ちゃんと自分の限界がわかっているようだ。さすがは、クーナが選んだ男だ」
ライナが笑う。
彼の言うことはもっともだ。下手な強がりは自分だけでなく、仲間を危険に晒す。
平常時ならともかく、こんな危険な場所で強がりを言うのは愚か者だ。
「もう、兄様。こんなところでからかわないでください!」
金色のキツネ耳と尻尾を持つ美少女のクーナが、顔を赤くしてライナに抗議する。
彼女は俺の恋人で、ライナの妹だ。
「悪いな。まあ、可愛い妹を奪われたんだ。からかいたくもなる。そろそろ戻ろう。今からなら昼過ぎには戻れるさ」
ライナが先頭を歩き出す。
そんなときだった、隣を歩いていたクーナのキツネ耳がぴくりと動く。
そして表情を固くした。
あの仕草は、敵を感知したもの。クーナの感覚は非常に鋭い。俺たちの誰よりも先に敵を見つける。
「ライナ!」
ライナに警告の言葉を発する。
だが、それは不要だったようだ。
彼は黄金の炎を纏う。そして、消えたと錯覚するような速度で跳んだ。
全身の炎を拳に集中させ、一見、何もない空間を殴りつける。
鈍い音がした。
そして、激しく何かが燃え上がる。そのシルエットは巨大なトカゲだ。
あの魔物は知っているランク3の魔物。アサシンリザード。
その特性は、ステルス。不可視になり、ほとんど音を立てずに忍び寄り、巨大な口で冒険者を丸呑みする非常に危険な魔物だ。
そして、アサシンリザードはこういった魔物にありがちな、身体能力が低い。柔らかい、そんな欠点は一つもない。強いくせに、隠密性が高い厄介な魔物。
それをライナは一撃で屠ってしまう。
これが、エルシエで鍛え上げられたランク5の力。
「さすがは、兄様です」
「ライナはすごいな。ただ、炎を纏って殴っているだけに見えて、見事な術式で全熱量を攻撃力に転嫁させている。感知能力の高さと判断力もすさまじい」
もし、あの魔物を俺たちが相手にしたら確実に苦戦するだろう。
ランクの差だけじゃない。まだまだ、ライナから学ぶことは多そうだ。
「ソージ、わりいな。もう、おまえが限界だと聞いたから俺が倒しちまった」
「いや、いい。むしろ助かった」
九割がた勝てるだろうが、今の俺では確実に勝てるかは怪しい。一割も危険がある。そんな状況で戦いたくはない。
「それとだな、ソージ。一つ頼みがあるんだ」
なにやら、やたらと楽しそうにライナが俺の方を見てきた。
「俺にできることなら、たいていのことは聞くが」
「そっか、今日のおまえの戦いを見てな、一度やりあいたくなった。その極まった体のこなし、武術の力、神速かつ精密な魔術。親父以外の戦いに見ほれたのは初めてだ。全力でおまえと戦ってみたい」
「……それは面白いな」
その言葉は願ってもないことだ。
強者との闘い。それ以上に成長できるものはない。ライナとの闘いで得られるものは多い。
「もちろん、ハンデなしにやりゃあ、ランクの差がありすぎてただの弱い者いじめになる。親父に頼んで、封印の腕輪を借りて強さは調整する」
封印の腕輪とは、かつてクーナの父親であるシリルと戦ったときに、彼がつけていたものだろう。
魔力と存在の力を著しく弱める拘束具。
シリルとの決闘には一応は勝った。
だが、それはシリルがエルフの最大の武器である風の魔術を封印したうえ、俺の一番得意な土俵にあえて乗ってもらい、しかも隙をついたというものだ。
おそらく、まともにやれば負けていた。
その苦い記憶が頭によみがえる。
「そのハンデ、ありがたくいただくよ。俺もライナと戦いたいと思っていたんだ」
「気が合うな。弟よ」
俺とライナは拳を合わせ、そして笑いあう。
「ねえ、アンネ。男の人っていいですね」
「ええ、クーナ。少し嫉妬するわ。……いいことを思いついたの。私たちも久しぶりに本気で戦ってみましょうか?」
知らないうちにクーナとアンネも盛り上がっていた。
アンネは自慢の銀色の髪を風になびかせながら剣に手を触れた。
彼女もまた、俺の恋人だ。
「面白いですね。アンネにはいつかリベンジをしたいと思っていたんです! 入学試験で負けっぱなしでしたから!」
そういえば、封印都市の騎士学校の入学試験で行われたトーナメント。
そこで、クーナとアンネが決勝で戦いアンネが勝った。
もっとも、クーナは準決勝で調子に乗って無駄に魔力を使い果たして、へろへろの状態で挑んだのだが。
「がはは、ソージ、おまえのパーティ、【魔剣の尻尾】は血の気が多いな。そうだ。俺とおまえの戦いなら下の連中の勉強にもなるだろう。せっかくだし、ギャラリー付きでやるか。前座で、二人にも戦ってもらおう。クーナは親父に仕込まれてるし、アンネの嬢ちゃんも中々の腕前だ。場を盛り上げてくれるだろうさ」
「兄様、面白いですね。ふふふ、クーナちゃんの美技が炸裂しますよ」
「……クーナ、あなたの大きな欠点を教えてあげるわ。すぐに調子に乗って隙を作るところよ」
どんどん話が大きくなっていく。俺は苦笑しながら、その様子を眺める。
まあ、悪くない。
むしろ楽しみだ。
「それと、ソージ。今倒した透明とかげの魔石と武器の素材になりそうな部位ははぎ取ってみたが、この魔物、食えるのか?」
ライナが急に真顔になって問いかけてくる。
ステルスリザードは確か……。
「肉は固くて筋張って食えたものじゃないんだけど、こいつは舌がうまい。こいつで作ったタンシチューは絶品だな。普通の肉では絶対に味わえない旨さだ」
「ほう、そいつはいい。なら持って帰るぜ」
ライナが鼻歌交じりに舌を切り取る。
どうやら、俺が作った魔物料理を気に入ってくれたらしい。
魔物料理愛好家が増えて、俺としても喜ばしいことだ。
そうして、初めてのランク3の魔物を相手にした狩りは終わり、意気揚々と俺たちは地上に戻っていった。
ライナが楽しみにしてくれているようだし、がんばって俺の自慢のタンシチューを作るとしよう。
さて、1/30にチート魔術の四巻が発売ですよ! 買ってもらえるとすごく嬉しい!
書き下ろしは、ソージが自分の秘密をクーナとアンネに打ち明ける話。必見です!
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