第六話:越えるべき壁
ランク3の強力な魔物が平然と現れるフロア。
そこで初めて出会った魔物は、悪魔の角を生やした獣の顔を持つ巨人。
その化け物に向かって、クーナは連続で【剛炎槍】を放っている。
一発一発に全力の炎を込めた【剛炎槍】は魔力消費の大きい魔術だ。
今までのクーナなら連射なんて芸当は不可能だった。
だが、【精霊化】した今なら無尽蔵に炎のマナが集まる。
極大の炎の槍が次々と悪魔に突き刺さる。
いくら、頑強な体を持つとはいえそれを受け続けることはできない。
手に持った巨大なこん棒での防御が必要になり、敵の手が止まる。
「【魔鉱錬成:壱ノ型 槍・穿(改)】」
俺はオリハルコンを槍に変化させる。
ただの槍ではない。消費魔力を増やして作り上げたより威力の高い、穿(改)。
一回り大きく、先端がらせん状になっている。
その形状の意味は……。
「はああああああ」
魔力を込めると先端が高速回転する。
そう、ドリルだ。
槍の貫通力を一層増す。
クーナの炎の防御に精一杯だった悪魔がこちらに気が付く。
俺の槍が脅威だと気が付いたらしい。
ダメージは負うが致命傷にはならない【剛炎槍】を無視して、俺に向かってこん棒を振り上げる。
鈍重な見た目から想像できない圧倒的な敏捷性。
巨大な体に見合うだけのリーチと速さが組み合わさったことで、ランク2の俺では、見えても反応できない。そんな攻撃。
だが……。
「今の俺なら!」
【精霊化】そして、【身体能力強化・極】を併用している。
わずかな時間だが、ランク3に匹敵する速さを手に入れた。その速さで突進する足に力をこめる。
ただし斜めに。
俺の横をこん棒がすり抜けていく。同時に距離が詰まる。
「らあああああああああ!」
槍を突き出す。
俺の力では、硬いランク3の魔物の皮膚を貫けない。
だが、高速回転した槍が相手の心臓を穿つ。
血しぶきが舞う。
だが、ドリルの回転が止められ、血しぶきが止まる。
武器を捨て俺は全力で後ろに跳ぶ。
奴の左手が数瞬前まで俺がいた場所にクレーターを作った。
もし、槍に固執して逃げるのが遅れたら潰されていただろう。
驚いた。
「まさか、筋肉で槍を止めるとはな」
心臓に届くぎりぎりで、悪魔は胸に力を入れ槍を無理やり止めた。
なんて馬鹿力。
俺の武器が奪われてしまった。
だが、構わない。ちゃんと紐はつけてある。文字通りに。
俺の手元には銀色の鋼糸があり、それは槍に伸びている。
第一、本命は俺の槍じゃない。
「ソージ、ありがと」
悪魔の足元にアンネがいた。
静かに迅く、体勢を低くして死角から忍び寄っていた。
あの巨体の魔物を一撃で倒すことは難しい。
だからこそ……。
「ギャアアアアアアア!!」
悪魔が悲鳴をあげる。
アンネが足首……。正確にはアキレス腱を切り裂いた。
悪魔が立っていられず崩れ落ち、両手を振り回す。
二足歩行の巨大な魔物共通の弱点は足だ。守りがおろそかかつ、簡単に機動力を奪える。
もちろん、ただの剣撃で硬い皮膚を切り裂くのは不可能。
クヴァル・ベステから伸びた緑のラインがアンネの腕に絡みつき脈打つ。
それは、クヴァル・ベステの【第二段階解放】。
立てなくなった、二足歩行の魔物などもはやただの的だ。
俺は糸を伝って心臓に突き刺さった槍に魔力を流して、溶かし手元に引き寄せオリハルコンを回収する。
そして……。
「【魔鉱錬成:参ノ型 弓・貫(改)】」
奴は、立てなくても必死にこん棒を振り回してこちらを威嚇してくる。
近づくのは危険だ。
だが、足を奪った魔物に近づく必要なんて存在しない。
弓に変化させる。
クーナと目くばせをする。
クーナが【剛炎槍】を連続で心臓に一点射をする。
肉がえぐれ、焼ける。
悪魔が悲鳴をあげる。
そして、その柔らかくなったところに俺は弓を引いた。
弓・貫の強化は、【電撃】を応用したコイルガン。
超高速の矢がクーナの攻撃を受け弱くなった心臓を貫いた。
「ギャギャギャ」
急所を撃ち抜かれた悪魔が悲鳴をあげる。容赦なく、クーナは弓の直撃した場所に【剛炎槍】を連射し、俺も、第二射、第三射と放っていく。
しばらくして、ようやく悪魔型の魔物が事切れる。
なんという耐久力。さすがはランク3の魔物だ。
魔力感知をして、それが偽装でないことを確認し【精霊化】を解く。
背中にぶわっと大量の汗が流れる。
ひどく緊張した。
今回は、一方的に攻めて倒せたが、一撃喰らったら終わりという状況はひどく精神を消耗させる。
「クーナ、アンネ、よくやってくれた」
「ソージくんこそお疲れ様です」
「ええ、今回の戦いはあなたが中心だったわ」
「それは、中衛の定めだからね」
中衛は前衛と後衛両方の仕事をこなす必要がある。
それぞれのスペシャリストであるアンネとクーナに、それぞれのフィールドで及ばない以上、俺は手札の数を生かすしかない。
「さっそく、解体しよう。俺は魔術で解析して、あの悪魔の体で使える部位を切り分けたい。とくにあの角。鉱物の性質があるし、魔力を制御していたみたいだし、いい素材になりそうだ」
「ソージくんは抜け目がないですね」
「いい加減、クーナとの約束を守らないといけないしな。そのためにも素材は必要だ」
「覚えていてくれたんですか!?」
クーナが目を輝かせる。
彼女とかわした約束とは、クーナに彼女の父親が作った短剣である、紅空。それ以上の剣を作ってプレゼントするというものだ。
俺は、クーナのために最高の件を作って見せる。
「俺がクーナとの約束を忘れるわけないだろう」
「すごく嬉しいです! 楽しみにしています」
クーナがよほどうれしいのか抱き着いてくる。
俺はしばらくクーナの柔らかさと匂いを楽しんだあと、彼女の体を引き離す。
そして、俺は苦労して悪魔の角を切り落とした。
肉のほうはさすがに硬すぎて食えそうにないので夕食にするのはNGだ。
特大の魔石も確保できて初戦は大成功だと言っていいだろう。
これで一息つける。
呼吸を整え、体力を回復する。
「ソージ、おまえは今の戦闘の消耗から考えてあと何回戦える」
そうしていると、ライナが無遠慮に聞いてきた。
「万全の体調でと言うなら、あと四回。パフォーマンスを落としていいなら七回。死力を尽くして八回」
「わかった。なら、あと四回で撤収だ」
「そうしてくれると助かる」
【魔剣の尻尾】で、一番消耗が大きいのは俺だ。クーナの【精霊化】も、アンネの【第二段階解放】も、いまやノーコスト。
だが、俺の瘴気を纏う【紋章外装】も、火のマナを纏う【精霊化】も消耗が激しい。
彼女たちとは違い、あくまで俺のは技術にすぎない。代償は踏み倒せない。
情けない。
だが、あと四回も戦うころには撤退をしないといけない時間になっているだろう。
「にしても、ソージの武の腕はとてつもないな。一つ一つの動きが達人クラスだ」
「まあ、そっちはだいぶ練習したからな。経験量じゃ俺はライナより上だよ」
ライナが少しいぶかしげな顔で俺を見ている。
無理もない。俺の年齢で到達できない域にいるのだから。
普通なら、そんなわけないと一笑されるが、ライナクラスになると、俺の言葉が嘘でないと動きを見ればわかる。
「さあ、次に行こうか。ランク3と後ろを気にせずに戦える機会なんて、エルシエから出たら絶対にない。少しでも強くならないと」
そう言った俺にアンネとクーナが微笑みかける。
まだ魔石を吸収していないが、感覚でわかる。
強敵と戦うことで、ランク3への壁がどんどん崩れていく。
これはランク3に至る最短。全力で駆け抜けないと。いつまでこんな機会が与えられるかわからないのだから。
もう、クーナを泣かせない。アンネを守る。
そのためにランク3に至るのは必須だった。
チート魔術四巻が1/30に出ます。書き下ろしは四章で語られなかった、ソージが秘密をクーナとアンネに語るシーン、必読ですよ! 表紙は↓に!! 次回更新は次の土曜日! しばらく更新とめててごめんなさい。次は土曜の夜ですよ!!




