第五話:ランク3の魔物との邂逅
早朝、まだ少し起床するには早い時間、俺はテントを抜け出していた。
どうしても、そうする必要があった。
「あっ、ソージくん。こっちです」
クーナに会うためだ。
同じようにテントから抜け出したクーナが小声で俺を呼んでいる
クーナは緊張のためか、若干もふもふキツネ尻尾の毛が立っている。
二人でテントの裏側に移動する。
「悪いなクーナ」
「いえ、その、私も悪くない気分ですし、その、いいです」
クーナが顔を赤くしながら、顔を伏せる。
その伏せた顔をあげさせるために、彼女の顎に手を添える。
クーナが上目遣いに俺の顔を見た。目が潤んでいる。
クーナの唇に俺の唇を合わせた。
そして、舌を入れる。
「んっ」
クーナの熱い吐息が触れた。
舌と舌が絡まる。
ひどく興奮する。昨日、滋養強壮効果のある蛇肉なんて食べたせいだ。
たっぷりとクーナを堪能してから口を離す。
「はぁはぁ、ソージくん、いつもよりちょっとエッチでした」
「その今日は、だいぶ興奮した」
「……実は私もです」
お互い、顔を赤くして恥ずかしそうに小さく笑いあう。
「ありがとう。これで【変質魔力】を溜められた。もしものときは【白銀火狐】になれる」
「ううう、そういうの口にしないでください。なんていうか、寂しいです。そのためだけにキスしたみたいで」
クーナが拗ねた口調でそう言うので、不意打ち気味にキスをする。
クーナが目を見開き、俺に体をゆだねた。
「クーナとのキスをするのは、作業じゃない。ちゃんと嬉しいよ。ちなみに今のキスは、ただのキスだ。クーナが好きだっていうだけのね」
「ううう、ソージくんのばか、すごくくさいです。でも、その、少し、嬉しいです」
クーナが機嫌を直してくれてうれしい。
そうだ……。
「地下迷宮の探索が終わったら、たっぷり愛し合おうか。その、そうでも思わないと、我慢できなさそうだ」
「はい……。私も、少しそんな感じです。戻ったら、しましょう」
そうして、朝の密会は終わる。
俺の切り札の一枚、疑似的な【九尾の火狐化】である【白銀火狐】にはクーナの変質魔力が必要だ。
最近、使ったきり補充してなかった。
これで万が一の際には使える状態だ。ランク3の魔物と戦う前に切り札が欠けた状態は避けたかった。
さあ、朝食の準備をしよう。
気持ちを切り替えていかないと。
◇
朝食を終えたあと、いよいよ狩りを始めた。
ランク2の魔物と戦いながら、より深く潜っていく。
次は地下十階。
「ソージ、クーナ、アンネ。ここから先は敵が一気に強くなる。約束を三つしてくれ」
ライナが指を立てる。
「一つ目、魔物が一度に二体以上現れればすぐに俺のところに逃げてこい。なんとかしてやる。常に一対複数で挑め。間違っても複数の魔物を相手にしようとするな。死ぬぞ」
その声には凄味があった。
俺たちは頷く。
なにせ、ランク2の俺たちはランク3の魔物の攻撃を受ければ致命傷になりえる。
複数体を相手にするとどうしたって隙ができる。そんな状況で戦うことはできない。
「二つ目、防御力を高める手段があるなら使っておけ。不意打ちを喰らって即死なんて事態は避けたい」
すでにクーナは【精霊化】、アンネはクヴァル・ベステの【第二段階解放】を行っている。
彼女たちは、能力の底上げのおかげで若干安全度が増している。
俺は、常時発動なんてすればすぐに力尽きるので戦闘時のみに、切り札を使う。よりいっそう周囲への警戒が必要だろう。
「三つ目だ。俺の命令には何があっても絶対に従え。ここでは俺の経験が一番信じられる」
これも、当然だ。
三つの約束事を全員で共有し、そしてついに地下十階に足を踏み入れた。
◇
地下十階は巨大な岩がごろごろと転がった荒野だった。
地下十階に入った瞬間、空気が変わった。
肌がぴりぴりとし、本能が警告を鳴らす。
瘴気の濃さも段違いだ。
そのことは、クーナもアンネ気が付いているようで表情が固い。
俺は、探知用の魔術を全方位に放つ。
せいぜい、10m程度だがその領域での不意打ちは確実に気が付く。
クーナのほうを見ると、キツネ耳をぴくぴくと動かしていた。彼女の耳なら不意打ちを防げるだろう。
全員で陣形を組み、周囲を警戒しながら歩く。
複数の敵が現れたら勝ち目がない。単独の敵が現れたとしても、次の敵が来るまでに瞬殺しないといけない。
そして、ついに一体目の敵が来た。
俺とクーナがその存在に気付く。
俺とクーナは目くばせをし、アンネたちと共に岩陰に隠れる。
「悪魔型の魔物か」
「はじめてみますね」
十メートルほど先にいたのは二足歩行の魔物だ。
獣の顔に、悪魔のように巻いた角。体長は三メートルほど。赤褐色の筋肉で膨らんだ体。下半身は体毛に包まれ足には蹄があり、手には成人男性よりも大きい無骨なこん棒。
どうみても悪魔だ。
「クーナ、アンネ、幸い魔物は一体だ。仕掛けるぞ」
「はい、ソージくん」
「ええ、覚悟は決まったわ」
俺の問に二人が頷く。
ライナも何も言わない。
「いつも通り、クーナが後衛、俺が前・中衛、アンネが前衛だ。クーナの遠距離攻撃を合図に突進する」
一番慣れ親しんだスタイルでもあり、もっとも効率的な戦い方でもある。
相手がランク3だからといって、特別な戦い方はいらない。
俺たちはいつもどおり全力を尽くせばいい。
悪魔がきょろきょろと首を振って周囲を確認している。
そして、俺たちと反対方向を向いた。
それが戦い開始の合図となる。
俺たちは、岩陰から飛び出す。
俺とアンネは、岩陰から飛び出し全力で敵に向かって疾走し、クーナが炎の魔術をくみ上げていく。
魔術回路が全快し、【精霊化】までしたクーナの本気の炎の槍【剛炎槍】が悪魔に向かって飛来する。
悪魔がその攻撃に気付き振り向いたことで、胸に着弾。
その槍は皮膚を焼き、肉をえぐる。
「グガアアアアアアアアアアアアア」
悪魔が怨嗟の声をあげる。
致命傷には程遠い。だが、効いている。
もとより、この程度でランク3の魔物が倒せるだなんて思っていない。
クーナは、【剛炎槍】を連射する。
悪魔が怒声をあげながら、【剛炎槍】を撃ち落とす。
おかげで、俺とアンネが安全に近づく隙ができた。
さあ、ランク3の魔物を狩らせてもらおうか。




