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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:【魔剣の尻尾】の真価と進化
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第二十二話:明かされる真実

 クヴァル・ベステの魂世界から俺たちは戻ってきた。

 現実の体は地面に寝かされており、体の節々が痛い。


 今は木陰に居るようだ。目を開くと本物の光がやけにまぶしく感じる。

 アンネのほうも意識が戻って目を開き、体を起こしていた。


「無事、戻ってきたようだね。ソージ、アンネロッタ」


 大樹に背中を預けて本を読んでいたシリルが俺たちに微笑みかけてきた。

 俺たちがクヴァル・ベステの中に居た間、ずっとここで見守ってくれていたのだろう。


「俺たちを守ってくれてありがとうございますシリルさん」

「礼には及ばないよ」

「俺たちはどれくらい、向こうに行ってました?」

「二時間ちょっとだね……それより、クヴァル・べステは無事支配できたのかな?」


 俺はアンネに目線を送る。

 ここは俺ではなくアンネが答えるべきだ。

 アンネはクヴァル・べステをぎゅっと握りしめ口を開いた。


「支配できたわ。クヴァル・べステに打ち勝ったの」


 アンネが勝ち取った勝利だ。

 アンネでなければ、あの場でクヴァル・ベステに敗北し操り人形にされていただろう。


「それは良かったね、君の力を見せてもらっても構わないか」


 シリルの問いにアンネは頷く。

 そして、クヴァル・ベステを鞘から引き抜いた。


「応えて、クヴァル・べステ」


 刀身に赤いラインが脈打つ。

 そのラインがアンネの肌を侵食する。

 いつもはここでアンネは暴力的に豹変し、激痛に苦しむ。

 だが、今のアンネは涼やかな表情のままだ。

 クヴァル・ベステの赤いラインが、鮮やかな緑色に変わる。


「これが、本当の第二段階解放……力が溢れてくるわ」


 アンネが自分の体の変化に驚きつつも、自然にクヴァル・ベステの力を受け入れる。


 そして、目の前にある大木に目を向ける。

 腰だめにクヴァル・ベステを構え、横なぎの一閃を放った。

 その剣は停滞なく、大木を切り倒した。

 不完全な、第二段階解放状態でも出来たことだが、今はどこまでも静かで鋭い。

 力を解放した状態でアンネ本来の剣技を振るえている。


「これが本当のクヴァル・べステの力なのね。これなら、ソージやクーナについていけるわ。ねえ、ソージ。私はちゃんと強くなったわよね?」

「ああ、強くなった。それが本当のクヴァル・べステの力だ。初代以外のオークレールが果たせなかったことをおまえはやりとげた」


 文献上では、初代のオークレールだけは第二段階解放にまで至っていたが、それ以外に第二段階解放にまで至った剣士は存在しない。


 だからこそ、能力の一端でしかない第一段階解放がクヴァル・ベステの真の力と勘違いされていた。


「ソージのおかげよ。私はあなたに出会えてよかった」


 アンネが微笑む。

 その言葉で、かつて救えなかったアンネのことを思い出す。

 記憶が封印され、思い出せなかったアンネと出会い、共に戦った周回のことを。

 この記憶が戻った以上、今までよりもアンネのことを助けることができるだろう。


「俺もだよ。アンネに出会えて良かった」


 万感の想いを込めて俺はその言葉を放った。

 それは戦力としてだけじゃない。彼女の強さやひた向きさを尊いと感じているからこその言葉だ。


「あとで、クーナにも見せないといけないわね。クーナの九尾の火狐化とどっちが強いかを試してみたいわ」

「それは周囲の被害が大きすぎるからやめてくれ」


 俺とアンネはくすくすと笑いあう。

 そんな俺たちにシリルは話しかけてきた。


「まずは、おめでとうと言わせてもらおう。だけど、二人に伝えておかないといけないことがある」


 ひどく真剣な表情だ。


「まず、アンネロッタ。第二段階解放を習得できたのは素晴らしい。だけど、ここから先は進もうとしないほうがいい。第三段階はないものとして考えておきなさい」


 俺はそれも同感だ。

 あれは危険すぎる。今のクヴァル・べステは、歴代のオークレールたちの魂を自ら取り込んで、人に近い形に変化しているが、それを踏まえてなお異質。アンネが完全に一体化できるとは思わない。


 それに、第二段階解放と違って、少しずつ慣らすということはできない。全力で解放するか、解放しないか。その二択だ。

 一度起動したら最後、失敗すればアンネの存在が一瞬で消し飛ぶ。

 そんなものをアンネに使わせるわけにはいかない。


 とは言っても、いずれ使わないといけない状況に追い込まれることは否定できない。安全に第三段階を解放するための方法は研究し続けるつもりだ。


「わかっているわ。クヴァル・ベステの怖さは嫌というほど思い知らされたもの。第二段階解放だって、気を緩めたらきっとすぐにもっていかれる」


 その認識は正しい。

 クヴァル・ベステはひどく気まぐれで、残酷だ。


「そして、ソージ。【蒼銀火狐】はすさまじい魔術だが、ランク2のうちは現実世界で使うな」

「それはわかっています。あの世界じゃなければ、俺の肉体はもたなかった」


 疑似的な九尾の火狐となる【白銀火狐】。

 瘴気の鎧を身に纏う【紋章外装】。


 その二つの切り札を掛け合わせた【蒼銀火狐】。

 意思の力が支配する魂の世界では、魔術回路の損傷なしに数十秒間の起動が出来たが、現実でやれば二秒が限界。それも魔術回路の全損を覚悟した上でだ。

 ランクをあげなければ使いものにならないだろう。


「自覚があるならいい。アンネロッタもソージも自分の切り札が爆弾であることを自覚しておきなさい」


 俺とアンネは頷く。

 安定性のない技に頼るのはあまり好ましくないが、そうでもしないといけない状況に追い込まれている。

 少しでも負担を減らすために、ランクをあげていこう。


「そろそろ戻ろうか。君たちが何かを掴むことはわかっていたから、そのお祝いで、ルシエとクウにごちそうを作るように伝えてあるんだ。ソラとライナとユキナ。クーナの四人にも、今日は俺の家で夕食をとるように伝えている。パーッと行こう」


 ルシエとクウはシリルの妻だ。彼女たちの料理は美味だ。それにシリルが贅沢という料理、心が湧きたつ。

 今感じている疲れも忘れられそうだ。


「それは楽しみです」

「私も楽しみだわ。今日はハードな一日だったおかげでお腹がだいぶすいてるの」


 シリルが苦笑し、三人でエルシエに戻ろうとしたときだった。

 魔力の胎動を感じる。

 この魔力の動きを俺は知っている。

【転移】の術式。

 こんなものを使うのは……。


「エルシエの長、シリル・エルシエ殿。先日の返事をうかがいに参りました」


 二〇人ほどの集団が現れた。

 全員がランク3以上、複数人のランク4が存在する。

 特徴的なのは、白銀の鎧に薔薇の紋章。

 かつて、俺たちを襲った神聖薔薇騎士団であることは間違いない。

 一歩前に出ようとした俺をシリルがたしなめる。


「先日の返事とはなんのことかな?」

「火神の贄たる、クーナ・エルシエの引き渡し及び、あなたを含めたエルシエに対する世界を救うための協力の要請です。あなたほどのかたなら、それが必要であることは理解されているはず。共に世界を救いましょう」


 俺とアンネは絶句していた。

 シリルと神聖薔薇騎士団につながりがあった? 

 そして、この男は返事を聞きに来たと言った。

 それはつまり、この男の言葉を、断らずに検討の余地があるとシリルが考えていたということだ。


「やんわりと断ったつもりだったのだが。まあいい、この場で明言しておこう。シリル・エルシエ個人も、エルシエも神聖薔薇騎士団には協力しない。……彼女にも伝えておいてくれないか。『俺は諦めない。希望を見つけた』と」


 シリルがそう言った瞬間、周囲の申請薔薇騎士団の団員の殺意が膨れ上がる。


「戦争になりますよ。あなたが作り上げたエルシエが滅びてしまうでしょう」

「それはどうかな?」

「地・火・風・水の司る頂点の四大種族であるエルフと火狐が主戦力である以上、我々には勝てないことは明白でしょう」

「やってみればいい。そして後悔しろ。君たちの自信の源はわかるけど、それを知っている俺が今まで何の準備もしていないと思うか? 俺たちエルシエは、こちらから侵略することはないが、けして平和主義というわけではない。降りかかる火の粉は全力で払う」


 シリルの異様な迫力の前に神聖薔薇騎士団の男がたじろぐ。


「話は終わりかな? その人数で来たのは脅しの意味もあると読んでいるだが、この場で実力行使に訴えるかい? それはそれで面白い。たかだかその程度の戦力で俺に勝てるとでも思っているのか?」


 シリルが風を呼ぶ。

 ただ、それだけで鳥肌が止まらない。

 ランク6の本気の殺意。それはもはや、物理的な攻撃力を伴っているかのようだ。

 アンネが自分の体を抱きしめ震えている。


「そっ、そのつもりはありません。ですが、シリル・エルシエ殿。その判断、後悔することになりますぞ。このことは、わが教主に伝えさせていただく」

「後悔とはなんだ? 戦争になってしまい国が滅ぼされ、俺が殺されることか? 娘を失ってしまうことの後悔に比べれば、些細なことだ。幸か不幸か、俺はその後悔を知っている」


 その言葉が最後になった。

 神聖薔薇騎士団の男たちが、【転移】で去っていった。

 シリルが戦闘態勢を解く。


「あまり、見られたくないところを見られたかな?」


 シリルが俺たちを見て苦笑した。


「シリルさん、あなたは神聖薔薇騎士団と繋がりがあったんですね?」

「肯定だ。とくに彼らのトップとは懇意にしていてね。そもそも地下迷宮自体、彼らの協力があってできたものだ」


 トップと懇意? 地下迷宮はあいつらが作った? シリルが何気なしに語った言葉の一つ一つが捨て置けない話だった。

 かつての世界でシリルは彼らに協力し敵に回った。

 そのことを考えれば、不思議ではないが、それでも動揺は大きい。


「さっきは、あいまいな返事をしてしまったと言ってましたが、それもわざとではないでしょうか?」

「それも肯定だね。最悪の展開を考えると、その可能性を消したくなかった。だけど、帰ってきたクーナや、君たちを見て確信した。運命に抗う道を選ぶ。最悪の結末を避けるなんて、弱気なことを言わずにね。君の言葉を借りるなら『運命をねじ伏せる』そうすることにしたんだ」


 真っすぐにシリルは俺の目を見つめる。

 そこに嘘は何一つなかった。

 この人は本気でクーナを守ろうとしている。それだけわかれば十分だ。


「俺はクーナを守りたい。そのためならなんでもします。だから……協力してくれシリルさん」

「俺からも頼もう。ソージ」


 俺たちは握手をする。

 そして、シリルがほんわかした表情で口を開いた。


「というわけで、さっそくお願いがある。さっき、あいつらが戦争になる。そうなればエルシエは滅びると言っていたよね」

「はい、覚えています」

「実は、あの言葉は正しい。エルシエは彼らに勝てないんだ。純粋な力量の話じゃなく、相性の問題が大きいけどね」

「はっ?」


 淡々と語るシリルの言葉に、俺は呆然としてしまう。

 エルシエが勝てない? これだけの戦力があって。


「もし、その戦況を変えられるとしたら、君とアンネロッタが鍵になる。頼りにさせてもらおう。……このあたりはおいおい話すとして、まずは帰って飯にしよう。みんなが待っている」


 話は終わりだとばかりにシリルは背を向けて歩き出した。

 俺とアンネは、釈然としないものを感じながらも彼のあとを追いかけた。

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