第二十話:俺の魔術で偽りの運命をねじ伏せる
無事、8/30三巻発売!
クヴァル・ベステの魂の世界で、俺はかつて救えなかったクーナとアンネと対峙していた。
彼女たちは俺の魂に刻まれた記憶だ。
今のクーナたちよりも美しく成長した姿。
そして、成長したということは。
「ソージくん、なんでおとなしく死んでくれないんですか?」
クーナの爆炎が襲い掛かってくる。
モーションから軌道を読んで、最速の回避をしたというのに、ギリギリの回避になった。
「師匠、今度は私たちを自分の手で殺すつもりなのかしら? 利用するだけ利用して、邪魔になったら殺すのね」
クーナの一撃を躱したところにアンネの鋭い剣戟。
俺が彼女に剣を教えた、それゆえに知り尽くし見慣れた太刀筋。
だというのに、反応が追いつかずに右腕を掠めて血が吹き出る。速すぎる。
「ちっ」
成長したということは、強くなったということ。
ランク4に至った彼女たちは、恐ろしいまでに強い。ランクだけでなく、かつて共に過ごし俺が鍛えたのだ。強くないはずがない。
今の俺では全力で戦っても勝てない。
それに加えて、彼女たちを傷つけようとすると、心が悲鳴をあげる。
例えば、今のアンネの攻撃は油断からか大振りだった。いつもの俺なら反撃の一撃を放っていた。
「二人とも聞いてくれ。俺は、本当に心の底から二人のことを好きだった。守りたかったんだ」
叫ぶ。まぎれもない本音だ。
過去のクーナを心の底から愛していた。師匠と俺を慕うアンネを愛おしく思っていた。
ずっと一緒に居たかったんだ。
「嘘つき」
「口だけならなんとでも言えるわ」
俺の言葉は届かない。
二人の攻撃は苛烈になっていく。
どんどん削られる。攻撃ができない俺は一方的になぶられるだけ。
二人は、クヴァル・ベステが作った幻影。
それでも、俺の心に住んでいた二人をかたどったものだとしたら、それは本当のクーナとアンネなんだ。
「くそっ」
理性ではわかっている。
たとえ、この場にいる二人を倒してでも、アンネを追いかけて彼女の力になるべきだ。
だけど、心が動いてくれない。
「無様ですね。ソージくん。逃げまわるだけで、攻撃してこない。いっちょ前に懺悔のつもりですか?」
「つまらない男。自分から死ぬ勇気も私たちを傷つける度胸もない」
「……そうかもしれないな」
本気で贖罪したいなら、自分から首を差し出すべきだ。
そうでないなら、ためらわず攻撃するべきだ。
そのどちらも選べない。頭も心もぐちゃぐちゃで、何一つ決められない。
「あなたはここで、私たちに償うために死んでください。それがあなたの運命です。運命って言葉好きでしたよね? ソージくん」
クーナの言葉が心に突き刺さる。
それで彼女たちが喜んでくれるならそれもいいかと思う自分が居る。
いや、だめだ。
この世界のクーナとアンネを置いて先に逝くわけにはいかない。
「俺にはまだやることがある。死んでやるわけにはいかない」
そう誓ったんだ。
「そうですかあくまで、罪を償うつもりはないと。あなたの考えなんてどうでもいいですけどね。死んでもらうことに変わりはありません。あなたに出会わなければ良かった」
「そのとおりね。あなたのせいで不幸になった。あなたが私たちの人生をむちゃくちゃにしたのよ」
二人の言葉で、頭を殴られたような衝撃を受けた。
今、なんて言った。
俺に出会わなければ良かった?
俺のせいで不幸になった?
なんだそれは。
クーナとアンネがその言葉を放った?
「死んでください」
「さよなら師匠」
クーナが極大の炎の魔術を放ち、アンネが縮地からの居合切りで首を狙う。
頭が急激に冷えた。思考がクリアになる。
淡々と、対応策を実行する。
最大効率で敵を排除することだけを考える。
「【瘴気発勁】。続けて、【白銀火狐】」
アンネの居合切りを【瘴気発勁】で迎撃、刀身から瘴気を伝道させることでアンネにダメージを与える。
続けて【白銀火狐】で銀色の火狐に変化し、炎の完全支配を実行。
クーナが放った炎を吸収し、そのままはじき返す。
アンネが瘴気に、クーナが炎に苦しむ。
俺はここに来て、はじめて反撃をした。
「私たちを攻撃した。どうして? 私たちのことを好きじゃないんですか?」
「師匠はやっぱり、私たちを利用することしか考えてなかったのね」
二人の悲痛な叫び。
だが、それはもう心に届かない。
俺は、俺の心に住んでいる彼女たちを傷つけたくなかった。この世界のクーナたちが居なければ殺されてもよかった。
しかし……。
「黙れ、偽物。確信したよ。おまえたちはクーナでもアンネでもない。俺の記憶を読み取って形だけを真似て歪められた人形だ。おまえたちに魂はない」
怒りが込みあがってくる。どうしようもないほどに。
「違います。私たちは、ソージくんの魂に刻まれた本物です!」
「それはありえない」
今でも目をつぶると思い出せる。
クーナとアンネが最後に語った言葉を。
「クーナは死ぬ間際、『俺と出会えて幸せだった。ソージくんと出会えてから、冷たい世界があったかくなった。私は先に逝くけど、ソージくんは一人でも幸せになって』。そう言ってくれたんだ」
泣き笑いになりながら、絞り出すように言ってくれたクーナ。
その彼女の強さを俺は忘れない。
「アンネのことだって覚えている。『師匠、最後に師匠の力になれたことがうれしいわ。今までありがとう。師匠と、師匠がくれた剣。それは私の何物にも代えられない誇りよ』」
気丈な彼女は、最後の最後、彼女を犠牲にすることを躊躇っていた俺の背中を押してくれた。
俺の剣を誇りだと伝えてくれた。
「クーナも、アンネも、たとえ俺のことを恨んでも、俺との出会いが間違いなんて言うはずがない」
それは、俺の中の真実だ。
絶対に揺るがない。
彼女たちと過ごした時間が間違いだったなんて、神様にすら言わせない。
「おまえたちは、そんな俺たちの絆を利用して、捻じ曲げて、傷つけたんだ! 絶対に許しはしない!」
目の前に居るのは、俺の記憶を覗き見て、俺を傷つけるためだけに最適化したただの人形。
滅ぼすことにためらいはない。
いや、一秒でもはやく消滅させる。
「あははははは」
「くすくすくす」
クーナとアンネの姿が異形のものに変わっていく。
翼が生え、爪が生え、醜く、それでいて顔だけはそのままで。
「動揺して、泣きそうな顔をして面白かったのに残念です」
「どっちみち死ぬことは変わらないのに。残念ね。好きな人に殺されたほういが幸せだったんじゃないかしら? ここで死ぬ運命は変わらないわ」
クーナとアンネ、いや二つの異形が襲い掛かってくる。
焦りはしない。
相手はランク4相当。
俺が【白銀火狐】を起動した状態でも、ランク3相当だ。勝ち目はない。
【紋章外装】を起動しても同じ。
「運命か。俺は運命が好きじゃない。むしろ、それをねじ伏せるのが好きなんだ」
いつだってそうしてきた。
そしてこれからも。
偽りの過去に絡み取られる。そんなものが運命なら……。
「俺の魔術で偽りの運命をねじ伏せる!」
その言葉と共に新たな魔術を起動する。
【白銀火狐】状態で、さらに【紋章外装】を重ねる。
火のマナと、瘴気が反発し合う。
それを解消するために、双方に俺の魔力をまぜ性質を変えていく。火のマナと瘴気両方を完璧な精度で同時に変質させる必要がある。
その難易度ゆえに、今まで一度も成功したことがない。
だが、ここは意思の力が支配する世界。
今、俺はかつてないほどブチ切れている。かつてないほどの強い意思があった。失敗するはずがない。
すべてのありえないを乗り越え、俺の魔術が完成する。
白銀色の炎は、俺の魔力の色である蒼に染まり、俺の体表に瘴気の魔術文字が綴られ、蒼炎の尻尾が背後に現れる。
この魔術の名は……
「【蒼銀火狐】」
この世界で俺だけに許された魔術が完成した。
「また、ソージくんの好きな小細工ですか。私はソージくんの手札は全部知ってますよ?」
クーナを模した化け物に突貫。
奴は炎を口から吐く。クーナとは似ても似つかない不格好な赤い炎。
そんなもの、炎を完全支配した俺には通用しない。まっすぐに尽きぬける。
ほとんど密着するような距離。
「【黒爪】」
瘴気で黒くて長い三本の爪を作り出す。
突き刺し、その傷口に蒼銀の炎を注ぎ込む。一瞬で内部から焼き尽くされて灰にになる。
「クヴァル・ベステ、俺の記憶を読んだなら、今までの俺の手札は知っていただろうな。だが、覚えておけ。人間は先に進んでいく」
そう独白し、もう一体の化け物のほうを向く。
アンネを模した化け物は、全身から無数の剣を生やして転がってきた。
俺は両手に瘴気を集め、形を変える。正気は剣を形どり、蒼銀を纏わせた。
蒼銀を纏った全長五メートルの黒剣が完成した。
「はあああああああ!」
それを思いっきり横なぎに振るった。
体に生やした無数の剣ごと、化け物を真っ二つにする。
それでは飽き足らず、何度も剣を振るい、細切れに焼き切る。
しばらくして化け物が粒子になって消える。
俺のほうも限界がきて、【蒼銀火狐】が解除された。
魂世界でも負担が大きいことに変わらない。
この世界なら二十秒ほど使えたが、現実世界ならランク2の状態だと、もって一秒だろう。
「アンネ、クーナ」
一人になった俺は、かつての彼女たちを思い浮かべた。
かつての彼女たちを見て、寂しさと悔しさ、さまざまな感情が沸き上がった。
きっと、あの時の彼女たちは俺を恨んでいない。
それでも、後悔は消えない。
だから、俺は。
「もう二度と失わない」
そう決めた。
たとえ、この世界のクーナとアンネを救っても彼女たちを救うことにはならない。
そんなことはわかっている。
それでも俺は今のクーナとアンネを幸せにしたい。
決意を新たにして、俺はアンネを追いかけた。
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そして、チート魔術三巻が8/30に無事発売されました! 下に表紙を公開したよ! 書下ろしは本編ではけして書くことができない”こんこん”。お楽しみに!




