第十話:魔剣の尻尾
「さて、友達になったことだし取引をしないか? これはアンネだけじゃなくてクーナにも持ちかけている」
俺はにこやかにクーナと、アンネに話しかける。
「取引ですか?」
「内容によるわね。友達になった瞬間にそういうのをもちかけるのが少し怖いのだけれど」
宝石の件で今まで自分がだまされていたと聞いたアンネは少しだけ警戒心を持ったようだ。
「はっきり、言おう。俺は天才だ。普通にすれば、特待生の一位は間違いない」
得意げな表情をつくり、自信満々に言い切る。
「すごい自信ね」
「このクーナちゃんを差し置いて一位なんて、ぐぬぬぬぬ」
二人とも、疑い半分といった様子だ。
「なら、まず俺の実力を見せよう、【魔銀錬成:壱の型 槍・穿】」
いつもの魔術を起動。
二の腕につけられたミスリルのリングが溶けて、槍の形に変形し固形に戻る。
その槍で、得意な型をいくつか披露した。
「なるほど、言うだけのことはあるわね。魔術式の工数が信じらないほど多いのに無駄がない。ロスで漏れる魔力がほぼゼロ。処理速度も、はっきり言って異常。それだけの魔術を使いこなせる人を私は知らないわ」
魔石を喰らって力量をあげれば、魔力は強くなる。魔力が強くなれば威力があがるし、魔力消費の多い魔術が使えるようになる。さらに魔術式を発動した後の処理速度はあがる。
だが、魔術の行使そのものは技量を磨くしかない。【魔銀錬成】のように、複雑だが消費魔力の少ない魔術は、超一流の魔術師しか使えない。
「信じられない魔術の腕です。それに、槍の型も無駄な動きがないです。お父様には魔術も体術も二歩ぐらい劣りますが、それでもかなりの修練のあとが伺えます」
「だから、何者だよ! クーナの父親」
怖いのはクーナが真顔で本心から言っていることだ。
俺は、百六十八年もの間、この世界で鍛錬してきた。それなのに二歩劣る。想像がつかない化け物だ。もし、そんな奴がいるとしたら、この世界で唯一のランク6。地下迷宮を生み出した伝説の大魔導士のシリルぐらいだろう。
大魔導士シリルは異常だ。ランク6に到達した全盛期の俺が、ありとあらゆるプレイヤーメイドの魔術を使って、引き分けにしか持ち込めなかった正真正銘の規格外。
……引き分けというのは正しくない。拮抗して、消耗戦になりはじめたとき、見たこともない、まがまがしく巨大な銀龍が現れ、周囲の地形が変わるほどのブレスをいきなりぶちかました。俺は瀕死の重傷を負い、気が付けばシリルは消えていた。あとにも先にもランク6に到達した状態で勝てなかったのはあの一度きりだ。
だからこそ思ってしまう。もし、あの場でランク6が俺だけではなく、数人居たら銀龍が出現する前に勝てていたのではないか? だから俺は、俺自身が最強になるのではなく、最強のパーティを作りたい。
「見ての通り実技なら、俺はだれにも負けない。あと、クーナに渡した過去問あるよね」
「はい、ありますね」
「あれ、実は今年の問題。おそらく、九割五分はそのままでるよ。だからぶっちゃけあれを暗記すれば、座学は余裕なんだ。入手方法は秘密」
「そっ、そんな! 今日一日間違えたところだけじゃなくて、その周辺まで勉強した私の努力はなんだったんですか!」
「無駄にはならないよ。絶対どこかで役に立つ」
それは間違いない。
騎士学校が始まってからの予習にもなる。
「……つまり、座学は問題をあらかじめしっている上に、実技ではだれにも負けないというわけね。確かに一位は確実だわ。それで、取引とはなんのことかしら?」
アンネが顎に手をあててつぶやく。
そういう仕草がいちいち様になる少女だ。
「俺が残りの二枠を、クーナとアンネに取らせる。座学はさっき言ったように、今年の問題があるし、実技のほうも、何をするかも知っていて、その指導もできる。二人の才能があればそれで勝てる」
はっきり言ってズルだ。
だが、それでも俺はこの二人を勝たせてやりたい。
友達として……そして今後のためにも。
「代償に何を求めるのかしら」
「絶対、エッチなことですよ」
「クーナ、こういう時に冗談はやめなさい。たぶん、この人はそういうことは言わない」
「ごめんなさい。ソージくんにそんな度胸ないですよね」
クーナの俺への評価が低すぎる。いつか、痛い目に合せてやりたいと思ってしまう。
「ごほんっ、それで取引内容だけど。三人とも特待生で入学できればパーティを組んで地下迷宮に挑んでほしい。ソロで挑めば待っているのは死だ。騎士学校だと、学生同士でパーティを組むのがいい。かと言って上級生の下につくのは嫌だ。同級生でも才能のないやつを抱えて挑むのは自殺行為になる。才能がある二人がほしい。三人で頂点を目指したい」
人材の確保、それが成功への第一条件だ。
俺の言葉を聞いて、クーナとアンネが顔を見合わせる。そして笑った。
「何かと思えば、なにをそんなあたりまえのことを聞いてくるんですか」
「そうね、私たちは友達だわ。友達が協力し合うのは当然よ」
胸が熱くなる。
こういう、やりとりにはずっと憧れていた。
この感覚を味わうために、俺はゲーム時代のイルランデにはまり込んでいたかもしれない。
「いっそのこと、ここでパーティを結成しちゃいませんか。ソージくん、アンネ」
「それがいいわね。ここから先は協力していくのだから」
「でも、肝心のパーティ名がありません。どうしましょう」
「適当でいいわよ。そんなの」
「ダメですよ。人生で初のパーティ結成ですから」
「それもそうね、一番、自分のシンボル……大事なものとか、得意なものをそれぞれ上げていくのはどうかしら? それを由来にした名前はどう?」
「あっ、アンネちゃんそれいいです。私たちらしい名前になりそうです」
「俺も賛成だ。じゃあ、それぞれがこれだというものを教えてほしい」
俺は自分に問いかける。俺のシンボルはなんだろう。
「では、私から行きますよ。なんと言っても私の一番の自慢はこの尻尾です。ふさふさですよ、もふもふですよー。エルシエで一番の尻尾美人の母様の尻尾と瓜二つのこの尻尾が私のシンボルです」
ドヤ顔で尻尾を体の前に持ってきて、どうだ! と尻尾をアピールするクーナ。
「なら、私はこの剣ね。オークレール家の象徴として受け継がれ、お父様が私に託した剣。そして、この身体に刻み込まれた剣術こそが私の誇りで魂。だから、この剣こそが私のシンボルよ」
アンネは剣を天に掲げる。その眼には希望があった。
「なら、俺が掲げるのは魔術の腕だ。【魔銀錬成:即興 像・誓】」
俺は魔術を起動し、剣にキツネの尻尾を絡ませるオブジェクトを作り上げた。
即興なので、ところどころ歪だ。
「俺は世界一の魔術師になる。だから魔術そのものが俺のシンボルだ」
それだけは誰にも負けない。昔からずっと、オリジナル魔術を提供する側だったプライド。この世界に選ばれた自負。だから魔術そのものをシンボルとした。
「尻尾、剣、魔術。シンプルに合わせると、尻尾剣魔術?」
「もう少しかっこよく言い換えましょうよ」
「そうね。なら、こういうのはどうかしら? 魔剣の尻尾」
「アンネ、ちょと、ださい……でも」
俺は苦笑しつつ口を開いた。
しかし、最後まで言い切る前にクーナが割り込んでくる。
「かわいいですね。それに響きがいい。私はそれがいいと思います」
「俺もそう言おうと思った」
「なら、これでパーティ魔剣の尻尾が誕生ね」
三人で笑いあう。
「まずは、このパーティのファーストミッション、全員で特待生になる、それを目指そう」
「ですね、試験後にパーティ解散なんて笑えないです」
「これだけアドバンテージがあるのだから、必ず勝てるわ」
「うん、俺たちならやれるさ」
実技で、クーナや、アンネに勝てるようなのがごろごろいたら逆に怖い。どんな黄金世代だという話だ。
「あっ、ちょっと待ってくださいね。いいことを思いつきました」
クーナが紙にさらっと絵を描く。
俺が作成したオブジェを、平面に直しつつ、彼女のセンスで改良したもの。正直、かっこいいと思った。同じく剣と尻尾をモチーフにしながら、俺のと次元が違う。
「これ、私たちのエンブレムにしましょう。その、できればですけど……」
「うんわかった」
再びの【魔銀錬成】の起動。
リングからミスリルを一部切り出して、薄い板にクーナのデザインした絵を再現する。
それに鎖に変化させたミスリルを通して首飾りにした。
「これが俺たちのパーティの証だ」
クーナとアンネの首に、エンブレムをかける。
二人とも愛おしそうににエンブレムを撫でた。
「じゃあ、遊びはここまでだ。徹底的に今日中に座学のほうはやって、あしたから実技の対策をするぞ」
「ええ、よろしくお願いするわ」
「あっ、冷静に考えると私は家庭教師代のお金を払ったのに、アンネずるいです」
「もちろん、借金だ。アンネからも金をとる。ちゃんと出世払いで返してもらうよ。あと、まずは一万バル」
「あの、ソージ、これは何かしら?」
「クーナにも渡したけど、現金がないと困るだろ。試験に受かるまで、俺が宿と食事の面倒をアンネの分も見る。だから、その指輪は大事にもっておきなよ。母親の形見だろう?」
「でも……」
「さっき、アンネは言ってたよね。母の形見にこだわり過ぎて死にかけた自分は間抜けだって。でも、命にも代えられないものはあると俺は思う。だから、俺に借金をするだけで済むならそうしておけばいい」
「……勘違いしてたわ。あなたいい人ね」
「うん、でも忘れないほうがいいよ。医療費と食費、それに宿代で五万バル。試験問題と俺の教師費で十五万バル。今の現金で一万バル。二十一万バル貸していてるし、十日で一割増えていくからね。複利で」
「いい人だって言葉を撤回するわ。あなたは守銭奴……いえ、そうでもないわね。得られるものに比べたら良心価格ね。結論を言うわ。あなたはどちらかというといい人よ」
アンネは苦笑する。
そして、かつてのクーナと同じように俺と握手した。
「アンネ、夜は覚悟してくださいね。ベッドこの一つしかないですから。この二人部屋しか宿空いなかったんです」
もう、宿は部屋がいっぱいだったので、ここで三人一緒に眠るしかない。
その分、三人部屋よりも安くしてもらっているので財布に優しい。
「男の人と、一緒のベッド……はしたないわ。でも、別の宿をとるお金なんてないし、仕方ないわね」
「アンネ、もし変なことをされたら二人で、ぼこぼこにしましょう」
「ええ、二度と変な気が起きないように切り落としましょうか」
「何を!?」
さすがに、女二人、男一人だと立場が弱い。
「一応、今二人用のベッドを使って三人で眠るのにも意味があるんだよ?」
念のため、俺の評価を回復させておこう。
「地下迷宮の探索は基本的に日帰りで終わらない。テントを持ち込むんだけど、荷物を減らすために、三人だと一つしかもっていかないのが普通だ」
テントはかさばるし重い。男女別にするために二つも持っていくやつはあほだ。
「はっきり言って狭い。そこで、一緒に眠るなんて嫌だとか、異性が気になって眠れずに疲れを残すと死につながる。今のうちに慣れておく必要があるんだ」
俺が力説すると、クーナもアンネも白けた目で見てくる。
「一見筋が通っているように見えるのが、かえってむかつきますね。アンネ」
「そうね、クーナ。もし、この人が手を出したら地下迷宮で寝る時も、外で眠ってもらうことにしようかしら」
「ひどい!」
きついことを言っているが二人とも目と口調が笑っている。
そうして、徹夜で勉強しながら夜は更けていく。
ただ、勉強しているのに三人で居ると楽しくて仕方がなかった。