第十六話:久しぶりの魔石
ダンジョン探索を終えて俺たちはエルシエに戻った。
強敵との戦いの連続はひどく疲労したが、その分いい経験が出来たし、強力な魔石を得ることができた。
ここで一か月も狩りを続ければランク3に至ることも不可能ではないだろう。
「アンネ、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ」
アンネは大丈夫とは言うが、顔が真っ青だ。
まだ、クヴァル・ベステの力を引き出すのには無理があるらしい。肉体、精神共にかなり疲労している。
彼女が本当の意味で無理をすることがあれば強引にでも止めよう。
「クーナのほうは大丈夫だな」
「はい、絶好調です! 【精霊化】すると体がぽかぽかして元気になります」
俺は苦笑する。
俺は【精霊化】をすると若干だが消耗する。だが、クーナはむしろ回復してしまうのだ。
その差は、圧倒的な火の精霊との相性。
クーナは本当に火の精霊たちに愛されている。それは火狐の中でも飛びぬけているほどに。
【精霊化】を繰り返すのは、【九尾の火狐化】を制御する際に役立つだろう。
「クーナはまだ余裕があるな。エルシエに戻ったら今日も【九尾の火狐化】の特訓だ。それと、久しぶりに魔石を手に入れたし、あれもしよう」
「はい、ソージくん。がんばります」
昨日のことを思い出したのかクーナが顔を赤くして照れる。
俺の手をぎゅっと握ってくるところがいじらしい。
特訓のあとは、また変質魔力を吸収させてもらうとしよう。
後ろを向く、付き添いで来てくれているクーナの兄であるライナが難しい顔をしていた。
「ライナ、何かあったのか?」
もしかしたら、目の前でクーナといちゃついていることを気にしたのか? いや、それはない。それならもっと早くに機嫌を悪くしている。
「ちょっとな、今日は地下迷宮内の瘴気の流れがおかしかったんだよ。誰かが戦ったあとのように乱れていた。イラクサの連中が俺に断りもなく地下迷宮に来るわけがねえし、親父も薬の材料を取りに行った日以降は入ってねえはずだ」
もし、それが本当なら秘匿されているエルシエの地下迷宮に何者かが侵入したということ。
「……警戒を強めたほうがいいかもしれない」
クーナを襲った一味が下調べに入った可能性がある。
エルシエ内には過剰と言えるほど戦力がある。正面から突破できない以上、孤立したところを狙うしかない。
地下迷宮内はうってつけだろう。
「ソージ、しばらくここに来るのは控えるか?」
「いや、その必要はないよ。ライナがついてくれているし、俺たちもあの時より強くなってる。最悪でも逃げるだけはできる」
ライナはランク5の黄金の火狐。
全人類の中でも最強に位置する男だ。彼が居れば安心できる。
俺たちだってランク2だが、すでにランク3に匹敵する力は手に入れた。
やつらの影におびえていつまでも弱いままでは居られない。
「いい返事だ。俺も今まで以上に気を付けるが、おまえらも油断すんじゃねえぞ」
言われるまでもない。
俺はもちろん、クーナもアンネも頷いた。
◇
夕方の【九尾の火狐化】の特訓はうまくいった。俺もクーナもしっかりと手ごたえを感じている。
そのあとの変質魔力の吸収はキスだけで済ませた。この後にもう一つ必要なことが待っている。
久しぶりの魔石をつかってのランクアップだ。
ランクが上がれば上がるほど、クーナの【九尾の火狐化】も、アンネの第二段階解放も安定性が増す。魔石が手に入ったなら少しでも二人を強くしてやりたい。
もちろん、ただ魔石を使うだけじゃない。
俺は魔石を【浄化】することで、ランクアップの効率を二倍以上にすることができる。
さらに、本来瘴気を一緒に取り込むことで苦痛を感じる魔石の吸収、それを快楽に変えることができる。
特にクーナはこの快楽に弱く、反応を見るのがなかなか楽しい。
俺は期待に胸を膨らませながらクーナとアンネの部屋に向かう。
「ソージくん、来てくれたんですね!」
「ソージ、疲れているのにごめんなさい」
クーナとアンネが俺を出迎えてくれた。
二人とも風呂で汗を流して薄着の寝間着に着替えている。
少しどきりとする。どうして風呂上りはこんなに色気があるのだろうか。
「明日もあるし、さっそくだけど、魔石を使おう。まずはクーナから」
「でっ、では、クーナ行かせていただきます」
クーナを先にする。
【浄化】を済ませた魔石を彼女に手渡す。
おそるおそるといった様子で魔石を額にあて、えいっ! とクーナは声をあげる。
すると、緑の燐光を放ち魔石から立ち上った粒子がクーナの体に吸い込まれ、どんどん小さくなった魔石は消えた。
「やっぱり、いいです。ぽかぽかして、体の奥がじんとして、変になっちゃいそうです」
クーナが不思議そうに自分の身体を抱きしめる。
俺もクーナの言っている感覚はわかる。自分のランクが上がる感覚は快感だ。
普通の探索者たちは、瘴気の不快感でその快感を味わうことができない。これが味わえるのは俺のパーティの特権だ。
「ほしいです。もっと、ほしいです。ソージくん、もっとぉ、もっとクーナにください」
クーナが顔を赤くして潤んだ目で見てくる。心なしか息が荒い。
俺は耐えきれずに、もう一つ魔石を取り出しクーナの額に押し付けた。
「ひゃう、ソージくん、熱い、もっとぉ」
クーナがしなだれかかってきた。
だめだ、今日はキスだけで済ませるつもりだったのに、その先がしたくなる。
アンネが咳払いをした。それでなんとか正気に戻る。
「一度休憩、次はアンネの番だよ。もっている魔石全部交互につかってあげるから、しばらくお預けだ」
「いじわるですぅ。クーナは今欲しいのにぃ」
「クーナは本当にエロいわね。女の私でもおかしくなりそうだわ」
アンネはクーナを後ろから抱きしめる。
クーナが尻尾をびくりと震わせる。
「クーナがエロいのは今さらの話だろう」
「そうね。クーナだもの」
アンネと顔を見合わせて笑うと、クーナのとろんとした目に正気が戻ってきた。
「失敬な! あれっ、今私何を」
「気にすることないよ。いやらしくおねだりするクーナは可愛いよ」
「ええ、とんでもない女狐っぷりはあなたの魅力だわ」
クーナをからかいつつ。俺は次々に魔石を二人に使っていった。
◇
「もっ、もう、らめぇれす。立てないです」
「私も、クーナほどではないけどきついわ」
今まで、経験をしたことがないほど連続で高位の魔石をつかったおかげか、ここ最近見ないぐらいにあられもないことになっている。
肌は上気して服もかなりはだけている。
「ソージくん、久しぶりに一緒に寝ましょう」
「ええ、私も賛成だわ」
二人がそれぞれ右腕と左腕に抱き着いてきて、俺を布団に引きずり込み、寝息を立て始めた。
甘い匂いと柔らかい感触で脳みそがくらくらとする。
二人は気を失うように眠ってしまったが、俺は完全に目が覚めている。
二人のはだけた薄い寝間着からはいろんなところが見えている。
……もう、ここまでされて襲わないほうが男として問題があるような気がしてきた。
ただ、二人の顔を見てそんな気分も吹き飛んだ。
安心しきった顔だ。
そんなふうに信頼されているのなら裏切れない。
俺は苦笑し、全身全霊を込めて煩悩を振り払い眠るように努力した。
なかなか寝付けないなか、悪い予感が俺を襲っていた。俺たちは順調に強くなっている。だが、ほんとうにこのままでいいのか。こんなことを続けて、あいつらがまた襲ってきたときにクーナを守れるのか?
まだ、できることがあるはず。俺は眠りにつくまで必死にクーナを守るためのすべを考えていた。