第十五話:第二段階解放
「地下迷宮に潜るのは久しぶりですね」
「ええ、毎日のように潜っていた日々が懐かしいわね」
キツネ耳美少女のクーナと、銀髪美少女のアンネがつぶやく。
今日はエルシエの近くにある地下迷宮に来ていた。
距離的にはさほど離れていないが、高度な認識疎外の魔術がかけられており、まず偶然この地下迷宮に迷い込むことがないようになっていた。
封印都市エリンとは違って地下一階が荒野となっていた。
案内役として、エルシエの特殊部隊であるイラクサの隊長でクーナの兄でもあるライナ。
クーナと同じく、金色の髪とキツネ耳を持った筋骨隆々な大男だ。
「ライナ、来てくれてありがとう」
「まあ、気にすんな。エルシエに居る間、おまえたちを守るのが俺の仕事だ」
そう言ってにかっと男くさい笑みを浮かべる。
彼は護衛も兼ねている。
護衛が必要なのはエルシエの地下迷宮には強力な魔物が多いのが理由の一つ。
だが、それ以上に恐れていることがある。
俺たちが住ませてもらっているエルシエ全体には結界が張られていて、いかなる転移魔術もはじくらしい。
だが、エルシエから出れば、かつて、クーナを襲った神聖薔薇騎士団と名乗る連中。あいつらが転移魔術を作っていつ現れてもおかしくない。
そのときに、今の俺たちでは戦力が心もとない。
クーナが【九尾化】を身に身に着けつつあるとはいえ、完全に狂ったときほどの力は発揮できない。ましてや俺の【白銀火狐】は劣化模倣に過ぎないのだ。
「頼りにさせてもらう。今は」
だが、いつまでもその状況を甘んじているわけにはいかない。
早く強くなって自分の力でクーナを守る。
俺のその気持ちが伝わったのか、ライナはかすかに微笑む。
「ソージ、クーナ、アンネ、俺が先導してやる。気を引き締めろよ。ここの魔物は気性が荒いし強い」
俺たちはライナの言葉に頷き……そうして、探索が始まった。
◇
「くっ、確かに強いな」
今いるのは地下三階。
まだまだ浅い階層。だというのに。
岩のような外郭に全身が包まれた巨犬の魔物の突進を、【魔鉱錬成】によって剣に変化させたオリハルコンで受け止める。
犬の敏捷性と鋼鉄以上の堅さ。
相手の速度を活かしたカウンターだというのに、斬れない。
勢いに押しこまれ後退る。
相手の力はランク2の中位程度だ。
「ソージくん、援護します」
クーナが炎の槍を放つ魔術、【剛炎槍】を放った。
超高速で飛来したそれは石の魔犬に突き刺さるが、炎耐性があるのか、体の表面で炎がはじかれダメージは与えられない。
だが、それでいい。
「クーナ、助かる」
クーナの目的は攻撃じゃない。炎のマナを俺の周囲にばら撒くこと。
クーナの強力な魔術によって周囲に炎のマナが満ちた。
これなら、あれが使える。
「【精霊化】!」
周囲の炎のマナと自らの体内魔力を練り合わせる。
そうして練り上げた力を喰らう。
炎のマナと一つになり、身体能力と魔力が跳ね上がる。
これこそが、エルシエで新たに得た力、【精霊化】。
「うおおおおおおおお!」
叫びながら、岩の魔犬を押し返す。
そして剣を変化させる。この場に適し、もっとも俺が得意とする形へ。
「【魔鉱錬成:壱之型 槍・穿】!」
それは、槍だ。
体勢を低く、重心を前へ。
そして全身の力を使い跳ぶ、その勢いをそのまま一点集中した突き。
いくら堅い外郭だろうが、【精霊化】で高まった力を束ねた一撃。貫けない道理がない。
「ガッ、ギャ、ギャ、ギャギャ!」
魔犬が悲鳴を上げる。
槍が魔犬の額に深々と突き刺さった槍をさらに押し込む。
なんとか、奴を倒すことができる。
槍を引き抜き、俺は乱れた息を深呼吸した。
「なるほど、三階なのにランク2中位の魔物が当たり前にでるってわけですね」
「まあ、そういうこったな。気を抜くなよ。俺がサポートするたって限度がある」
ライナに言われるまでもなくわかっている。
俺たちは強くなるためにここに来た。可能な限り俺たちの力だけで戦う。
だが、その中で致命傷を食らってしまう可能性がないわけではない。
そうなれば、いかにライナといえど間に合わないだろう。
「ソージ、今のがあなたの【精霊化】というわけね。【紋章外装】を使っているときよりは劣るけど、すさまじい力が発揮できているわ」
アンネが俺を驚きの表情で見ている。
「そうだな、その認識であっている。力の向上は瘴気を使った【紋章外装】には届かない。だけどリスクがない。【紋章外装】は瘴気でダメージを受けながら使う諸刃の剣だし、演算リソースを喰いすぎる。だけど【精霊化】はどちらとも無縁だ」
【精霊化】は非常に使い勝手がいい。【紋章外装】を切り札とすれば、こちらは普段使いと言った感じだ。
魔力を消費するが、それだって【紋章外装】よりも消費量が少ない。
そして、俺は一つの可能性を考えていた。
【精霊化】……いや、【白銀火狐】状態で瘴気をまとう【紋章外装】を使う。
体内に精霊を宿す魔術と、鎧として瘴気を纏う魔術。
結果は一緒だが、根本が違う。だからこそ同時に使える。
問題は、演算リソースの不足と精霊と瘴気が反発し合うこと。そこの二つさえ手に入れれば、圧倒的な力を手に入れることができるだろう。
「ソージ、また悪そうな顔をしているわ。何か企んでいるのね」
「人聞きの悪いことを言うな。ちゃんとした考察だよ」
与えられるものを、ただたんにこなすだけではだめだ。
常に先を考えなければならない。
「ソージにはかなわないわね」
アンネが苦笑する。
そして剣を引き抜いた。
「ソージの【精霊化】は見せてもらった。なら、次は私が力を見せる番ね」
「まさか、もう第二段階解放ができるようなったのか?」
「いいえ、まだ駄目よ。でも、その入り口には至ったわ。ソージ、私が呑まれたら、止めて」
「……そういうことか。任せてくれ」
魔剣クヴァル・ベステに赤い筋がいくつも走る。
第一段階解放の証だ。
クヴァル・ベステは第一段階解放状態では【暴食】の力を発揮する。
それは、瘴気、加護、魔力、マナ。触れたもの全てを喰らいつくす力。
故にクヴァル・ベステを防ぐには純粋な物理的な硬度を上げるほかない。
「くっ、あああああああああああ、うわあああああああああああああ」
アンネが叫ぶ。
激痛に体が苛まれている。
クヴァル・ベステの刀身がどくんどくんと脈打つ。
アンネの魂がクヴァル・ベステと接続される。
アンネの叫び声がとまる。ふらふらとまるで幽鬼のようにふらつく。
「アンネ、大丈夫か」
「え、ええ、大丈夫よ。くひっ」
アンネが彼女に似つかわしくない、笑みを浮かべる。
凶暴な笑み。
まずい、半ばクヴァル・ベステに飲み込まれかけている。
気絶させてでも止めるか? そう考えたとき、アンネの眼が狂気に輝く。
「見つけた、獲物」
アンネが首をぐるっと回す。その先に居たのは、今さっき俺が倒したのと同じ岩の魔犬。
一直線に突っ込む。
まるで飢えた獣だ。
警戒心も、戦術も、何もない。ただ本能に突き動かされているようだ。
俺は舌打ちして彼女を追いかける。
岩の魔犬がアンネのほうを見る。
そして身構えようとした。しかし……
「遅いわ。なんてのろま」
アンネが横を通り過ぎた。そうとしか見えない速度ですれ違いざまに、首を撫でるように剣を振るった。それだけなのに首がゴロンと落ちる。
通常状態の俺では傷一つつけられず、【精霊化】した状態ですら槍の一点集中の突きが必要だった魔物を、軽く切断する。
「足りないわ、足りない、これじゃ、飢えが、もっと、もっと、もっと、欲しい、もっとぉ」
アンネが俺に向かって切りかかってくる。
槍を構えようとしたとき。
アンネ自身が剣を振りかぶった右手を左手で止めた。
「ソージ、ごめんなさい。見てのとおり、まだ不安定なの」
アンネが脂汗を浮かべつつ、歯を食いしばる。
剣との魂の接続を切ろうとしているが、クヴァル・ベステはアンネを手放さない。
それを無理やり彼女は断ち切った。
クヴァル・ベステの刀身を這う赤いラインが収まる。
アンネが正気にもどっていく。
「クヴァル・ベステとつながりすぎたな」
「ええ、そうね。でも、慣れないと。第二段階解放は、力を引き出しつつ、支配することだから」
彼女は力ない笑顔を浮かべた。
クヴァル・ベステの暴食。
その喰らった力は消えるわけじゃない。ちゃんと存在している。
そう、クヴァル・ベステ自身がその名のとおり喰らいため込んでいるのだ。何百年もの間、ずっとずっと。その総量は想像を絶する。
第一段階は、クヴァル・ベステにとって、食事を助けてもらうに過ぎず協力的だが、第二段階は、クヴァル・ベステがため込んだ力を吐き出させる。そのためには心と魂を繋いだ上でクヴァル・ベステに打ち勝たないといけない。しかし心と魂をつなぐということは、自らがクヴァル・ベステに喰われる危険を伴う。
クヴァル・ベステは力を喰らうために便利な人形に持ち主を支配しようとしてくる。
クヴァル・ベステは生きて、意志がある魔剣。その意志の強さは人間の領域を超えている。
アンネは今、食べ残しを少しかすめ取っただけ。本気でクヴァル・ベステの力を引き出そうとすれば壊れていただろう。
それほどまでに危うい力。
「アンネ、よく抗った。危なっかしいことに変わりないが、力を引き出すことには成功しているんだ。大きな進歩だよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。もし、連れていかれそうなら、引き留めて。ソージならそれができるでしょう?」
「ああ、任せておけ。アンネを連れて行かせなんてしないから」
魂に関連する魔術は得意分野だ。
それも、よく知っているアンネ相手なら介入できるだろう。
戻ってこれなくなるなんてことはありえない。
「だが、約束してくれ。絶対に今以上に深く潜ろうとするな。そして、俺かシリルさんが居ないときには第一段階解放以上の力はやめるんだ」
「もちろんよ。そこまで馬鹿じゃない。第一段階の先に行く怖さは、嫌と言うほど知っているわ。実際、練習のときもシリルさんが居なければ、私は消されていた。そのときの恐怖、脳裏に焼き付いているの」
アンネが自分の体を抱きしめる。
その恐怖を知っているなら無茶はしないだろう。もしかしたら、シリルはその恐怖をわざと擦り付けたのかもしれない。
「でも、不思議ね。怖いのにクヴァル・ベステとつながるとどこか温かい気持ちも感じるの」
「あるいは、歴代のオークレールの心が宿っていて、アンネを守ってくれているのかもな」
ありえないことではない。
第一段階の力を解放しなくても常に、クヴァル・ベステは周囲の力や意志をわずかながら喰らっている。
何代もオークレールの剣士と共にあったのだ。何かしらの影響を受けていても不思議じゃない。
いや、確実にある。ずっとクヴァル・ベステと共にあったオークレールの剣士。彼らの心と魂が彼女を守ってくれている。
だからこそ、短期間で食べ残しとはいえ、力を引き出した。クヴァル・ベステは本当の意味で、オークレールの剣なのだ。
とは言っても力を引き出すほどに指数関数的に危険度は高まる。第二段階すら超えた、その先。もしそこに至るには剣士一人ではどうしようもない。強力で、友好的かつ魔剣と相性がいい魂をクヴァル・ベステに同化させる。そう言った手段をとらないといけない。だからこそ……。
「ソージ、どうかしたの?」
「いや、少し立ちくらみをね。それより、俺とアンネは力を見せた。次はクーナだ。特訓の成果を見せてみろ」
「任せてください。ソージくん。二人だけにいい格好はさせませんよ」
クーナが【精霊化】を始める。
彼女は暴走せず、普通の【精霊化】は使えるようになっているようだ。
そうして、久しぶりの狩りは新たな力を存分に発揮しながら進めていった。
魔王様の街づくりが落ち着いてきたので、連載再開! 次の更新は土曜だよ!




