第十三話:九尾の炎を従える
クーナの九尾化の知らせを受けて俺は走っていた。
彼女に万が一のことがあってはいけない。
クーナから離れているのに、体の中にあるクーナから吸い取った変質魔力が活性化し始めた。
クーナが九尾化を始めたせいだろう。
目の前を走るユキナに向かって口を開く。
「まだ、クーナの居場所につかないのか」
「もう少しでつく。森の中の開けた場所でクーナは、ソラ様たちと訓練をしてる」
ユキナも焦っているようだ。
いつも冷静な彼女の声が上ずっている。
エルシエの門を抜け、森に入る。
そこまでくると、俺の中の変質魔力が完全に活性化した。
そして、クーナの居場所が頭に浮かぶ
俺とクーナは変質魔力を通じて繋がっている。
「ついた、あそこ」
ユキナがまっすぐに指をさす。
そこにはクーナと、彼女の姉である金の火狐でどこかきつい印象を受ける美女ソラ。そして、彼女の兄である金の火狐で鍛え抜かれた体をもった男性ライナが居た。
クーナの目は緋色に染まり、朱金の炎をまとっている。半ば意識を失っているようで、目には光がない。
かつてみた九尾の火狐化の前兆。
まだ完全に九尾化していない。
九尾になるには、極限まで炎のマナを呼ばないといけない。
クーナが集めるようとしている炎のマナを二人がかりで奪い取ることで、九尾化を止めている。
ああなったクーナを押さえつけることができることに俺は戦慄を感じていた。
「ソラ様、父さん、ソージを連れてきた」
「ユキナ、助かりましたわ。……ソージさん。あなたは【白銀火狐】の準備をしてください。それまでは私とライナでクーナの九尾の火狐化を抑えて見せますわ」
ソラは額に脂汗を浮かべながら、俺にそう伝える。
「ソージ、悪いが急いでくれ。恥ずかしい話だがそうもたねえ」
ライナのほうも余裕がなさそうだ。
「わかった、すぐに対応する」
目を閉じ、術式に集中する。
体内で暴れる変異魔力を体で感じ取る。
かつてクーナから得た因子を疑似的に再現を始める……成功。
変質魔力により因子の活性化。
自らが内側から変わっていくのを感じる。
前回よりも随分とスムーズだ。
術式はわずかに改良を加えたが、それよりも変質魔力の制御がうまくなっているのが大きい。
【精霊化】で火のマナを自らの魔力と一体化して取り込む。あの感覚がそのまま使える。
ありがたい。これなら魔力回路をあまり傷めずに済む。
さあ、魔術を発動しよう。
「【白銀火狐】」
俺の体からクーナの朱金の炎とは対照的な白銀の炎が吹きあがる。
そして、その炎は折り返り一本の柱となる。
それは、キツネの尻尾のように俺の背後に佇んだ。
これこそが、クーナの九尾の火狐化を、彼女の変質魔力を使うことで再現する大魔術。【白銀火狐】。
「これが、【白銀火狐】。すさまじいわね」
「純粋な魔術の技量だけなら、親父に迫るな」
ソラとライナが俺を見て驚愕の表情を浮かべる。
「準備はできた。クーナを解放してくれ」
「わかりましたわ」
「あとは任せる」
クーナを押さえつけていた力がはじけ飛ぶ。
それと同時に、炎の嵐が吹き荒れた。
炎はクーナにまとわりつき、八本の光の柱となる。
元の尻尾と合わせて九本。これがクーナの九尾の火狐化。
「まったく、とんでもないですわね。私のかわいい妹は」
「それでも、あの時よりはマシだな」
あの時というのは、クーナが子供のころの話だろう。
今はクーナの体の変質魔力を俺が吸い取っているおかげで、変質魔力がほとんど枯渇している状態だ。もし、変質魔力が満ちている状態なら、クーナの九尾化はこんなものではない。
純粋な力の量なら、【白銀火狐】をした俺ですら、まったく足元にも及ばない。
「うわあああああああああああああああ」
枷を外されたクーナが咆哮をあげ、炎が吹き上がる。
ソラとライナは草木に引火した炎を散らして森が燃えるのを防ぐ。
完全に九尾の火狐と化したクーナが操る朱金の炎に干渉はできなくても、燃え広がった二次災害の炎は金の火狐の二人なら容易く制御できる。
そんな中を俺は突っ込む。
「炎よ従え!」
九尾の火狐の特性、炎の完全支配でクーナ本体の炎を奪う。
炎の完全支配ができるのはクーナも同じ、しかも力は圧倒的に彼女が上。それでも炎を奪えるのには理由がある。
彼女は理性を失っている。ただ闇雲に力を叩きつけているだけ。それに比べて俺は冷静に力を行使、制御している。
負けているのがただの力の大きさなら、雑な術式に割り込んで、彼女の炎を奪うことは俺にとって容易い。
クーナを包む朱金の炎が消え、逆に俺の白銀の炎の勢いが増す。
朱金の炎が減るにつれて、クーナの目に理性が戻り始める。
「そ、そーじくん」
「ようやく、目を覚ましたかクーナ」
「はい、まだ、頭にもやがかかっていますが。ちゃんと意識はあります。悔しいです。今度、こうなったら自分一人でなんとかするって決めてたのに」
彼女はまだ、自分の炎を御しきれていない。
朱金の炎は、術者を狂わせる効果がある。朱金の炎に振り回されているのだ。
俺の白銀の炎も術者を狂わせる。だが、似たような悪影響を与える瘴気の扱いに散々慣れているので自分を保てる。
「ちゃんとクーナは成長しているさ。前のままだったら、こうやって話なんてできてない」
九尾の火狐化したまま、意識を取り戻した。
前回はここで気を失ったが、魔力回路の強化と慣れが彼女の負担を減らしている。
「でも、こうやって目の前で平然としてるソージくんを見ると自信がなくなります」
「経験の差だ。今から経験を積んでいけばいい。……さっそくだがクーナ。俺がクーナがぎりぎり耐えられるところまで朱金の炎を散らす力を抑える。炎が戻ってきて辛いが意地でも耐えろ」
「はい、ソージくん。任せます。どうしても耐えきれなかったら」
「そのときは尻尾を思いっきり握ってやるさ」
「もう、ソージくんのばか」
クーナが顔を赤くする。
はっきり言って、九尾の火狐化を使いこなすには慣れしかない。
ゆっくりと、クーナに炎の制御を返していく。
クーナの表情を歪めはじめ、目が虚ろになっていく。
「くっ、んっ」
短い、どこか色っぽい声がクーナから漏れ始める。
おそらく、ここが限界だ。そくざにクーナへの炎の流入を止める。
「クーナ、今、クーナの耐えられる限界のところで炎を止めた。このまま俺の話を聞いてくれ」
話す余裕もないのか唇をかみしめてクーナは頷く。
「いいか、クーナ。一番大事なのは慣れることだ。絶対に意識をもっていかれるな。意識をもっていかれれば、何度繰り返しても得るものはない」
ぎゅっとクーナの手を握る。
すると、彼女も俺の手を握り返してくる。
「よし、ちゃんと意識はあるな。なら、次は自分の魂を意識しろ。宝石のようなものを頭に浮かべろ色は、自分が信じる自らの色だ。朱金の炎に包まれる自分の魂をイメージしろ」
何かに耐える場合、自分が何に侵されつつあるのかをきっちりと明確化しないといけない。
クーナの目に力が宿る。
きっちりとイメージが出来ている証拠だ。
「なら、その魂に力を籠めろ。魔力じゃない。意志だ。魂を覆い隠す朱金の炎に包まれている自分の魂に強く強く意志を!」
俺の手を握るクーナの手がこわばる。若干の震え。
クーナの意識がもっていかれつつある。
「クーナ、あきらめるな。きっちりと魂に意志を込め続ければ、外からの力になんて屈しない! ここで負けるならそれはクーナの気持ちの弱さだ。俺の好きなクーナは、そんな弱い女じゃない」
俺の言葉にいらっとしたのか。
クーナの目が勝気なものになる。そして、思い切り彼女は力を込めた。
額の汗が引いていく。
「……好き勝手言って、でもそんなこと言われたら」
尻尾の毛が逆立つ。
そして……
「はああああああああああ!」
叫んだ。
一瞬、炎が吹き荒れる。そして穏やかになった。
吹き荒れる暴風のような炎ではなく、穏やかな清流のような炎。
クーナが微笑んだ。
「負けられないじゃないですか。ソージくんが好きな私で居たいです」
緋色に目を輝かし、金色の尻尾を八本背中にあるまま、クーナはいつものクーナになった。
九尾の火狐化を制御できたのだ。
「さすがは俺の大好きなクーナだ」
「ソージくん、急に辛くなくなりました。まるで、霧が晴れたみたいにさわやかな気持ちです」
クーナは不思議そうに、自分の体を見つめる。
「それが力を制御するってことだ」
「ふっ、ふふふ。完全にこの力を使いこなしたというわけですか! 見てください。このパワーアップした尻尾」
どや顔しながら、光の八本の尻尾を見せつけるクーナ。
あまりにも、調子に乗っているので、ちょっといたずら心が湧いてくる。
俺の散らしている炎の量を減らす。
クーナの朱金の炎が力をます。
「ちょっ、ソージくん!? くっ、うあああああ」
クーナの心が再び、闇に覆われる。
だめだ。まだ、完全に制御するには至ってない。
緊急措置で、クーナのもふもふ尻尾をぎゅっと握りつつ、朱金の炎を散らす。
尻尾を握った段階で強い驚きで、クーナの意識が起き、さらに朱金の炎が弱まったことでいつものクーナに戻る。
「クーナ、大丈夫か?」
「いきなり何するんですか!」
「突発的な発作が起きたときの訓練をしようと思ってね」
さすがの俺もクーナのどや顔にいらっと来たからなんて言えない。
「ソージくん、んっ、しっぽ、強く握りすぎです。放してください」
クーナが熱い吐息を漏らしはじめたので、慌てて尻尾を放す。
火狐にとって尻尾は性感帯だ。
「その、ごめん。尻尾、怒らないのか?」
「ソージくんは、私の将来の旦那様だからいいんです。むしろ、いっぱい握って欲しくて……ただ、ソラ姉様や、ライナ兄様の前は、ちょっと恥ずかしいです」
顔を伏せて顔を真っ赤にするクーナ。
少しだけ罪悪感がわいてきた。
「まったく、見せつけてくれるわね」
「独り身には応えるな」
そんな俺たちを二人の金の火狐が微笑ましそうに見ていた。
急に俺も恥ずかしくなってくる。
そんな空気に耐えきれずにごほんっ、と咳払いをする。
「クーナ、とにかく今日は変質魔力が尽きるまで少しずつ、強い力に慣れていこう。クーナが全力の炎を従えるのもそう遠くない」
一番難しいのは最初の一歩。
すでにそれは掴んだ。
なら、あとは少しずつ鍛えていけばいい。
そう遠くない未来、クーナは九尾の火狐の力を完全に自分のものにするだろう。