第十二話:精霊化
翌日の早朝、俺はクーナ親衛隊の面子に呼び出されて、エルシエにある訓練場に来ていた。
そこで、男たちに取り囲まれて、精霊化の習得のための特訓をしている。
クーナとアンネは別行動だ。
今までクーナに精霊化の訓練をしなかったのは、ランク1で演算力に問題があったのと、精霊化の動きをすることで九尾の火狐化が早まるのではないかとの懸念があったためらしい。
その懸念は今も消えていない。彼女のほうにはいざというときに対処するため、彼女の姉のソラ、そして彼女の兄のライナがついている。あの二人はクーナと同じ火狐族であり、ランク5の最強の炎の使い手であるからだそうだ。
アンネのほうは、シリルが鍛えてくれる。シリルは数日間アンネの特訓を手伝ってくれるらしい。シリルならクヴァル・ベステの真の力を理解しており、アンネをうまく導いてくれるだろう。
「もっと、燃えろよ!!」
さっそく、クーナ親衛隊のリーダーである、筋肉のかたまりみたいなエルフのロレクに怒鳴られる。
ここの教え方はかなりスパルタで、まず精霊化をゆっくりと火狐の男が行い、さあやれと無茶ぶりをさせられた。
俺は見よう見まねで術式を行使しているのだ。
自身の魔力を餌に火のマナを集める。クーナの変質魔力と【白銀火狐】の影響で今の俺は火狐並みの炎適正をもっている。
「これ以上、マナを集めると制御する自信がない」
「だめだ。この程度のマナじゃ、精霊化なんてできやしない」
「だが、制御が」
「いいからやれよ。もっと熱く血を燃やしていけよ!!」
そうだ、そうだと後ろから野次が飛ぶ。
「わかった、だが、どうなってもしらないからな」
全力でマナを呼ぶ。すると、火のマナが増えるのはいいが、手元で暴れ制御が効かなくなってくる。
駄目だ、このままじゃ。
完全に制御が……
「俺から離れろ、このままじゃ吹き飛ぶ」
必死に叫ぶ。
だが、クーナ親衛隊の連中は微動だにしない。
そして、ついに火のマナ制御がはじけ飛んだ。
周囲が爆炎に包まれるだろう。そう予想したが、いつまでたっても何もおきなかった。
「さあ、もう一回だ。ソージ、次はもっと燃え上がれ。人は炎になったとき真の自分に出会えるんだ!! 今のおまえはただの火、もっと火を重ねて、炎となれ!」
ひたすら暑苦しいエール。
だが、その裏で冷静に半暴走状態の火のマナの制御を奪い、一瞬でなだめる超人的な技量を見せつける、クーナ親衛隊の火狐たち。
ここに居るのは超一流の魔術士ばかりだ。
「そうか、おまえたちが居るから、リスク度外視で全力でやっていいんだな」
俺がそう問いかけると、周りの連中が自信満々に頷く。
それに釣られてにやりと笑う。
今まで、マナを使用する精霊魔術には本気で取り組んで来なかった。
自分以外の力を使う魔術であり、暴走の危険が常にあったからだ。どうしても消極的になる。だが、ここでは失敗しても周りがなんとかしてくれる。
「うおおおおおおおおおお」
全力で炎のマナを呼び、意志の力でねじ伏せる。
失敗を恐れなければ、これぐらいはできる。
「いいぞ、いいぞ、ソージ、その調子だ! 燃えろ! もっと燃えろ!」
ロレクたちが満足気に頷く。
そんななか、俺は制御が吹き飛ぶか、吹き飛ばないかのぎりぎりの綱渡りを楽しんでいた。
そして、ついに燃え盛る炎を従えた。
「さあ、ソージ、次だ。炎を喰らえ。肉体じゃない、魂にマナを取り込んで、魔術回路で循環させろ!」
ロレクが叫んだ言葉は、【白銀火狐】を行ったときの感覚に似ていた。
いや、たぶん同じなのだろう。
俺はクーナを救うために【白銀火狐】になったときのことを思い出す。
炎は空気で、血液で、共にあり共に生きる。
炎を従えるんじゃない。俺が炎だ。
「できた、これが、精霊化」
体の中に炎のマナが巡る。景色が変わって見える。心地よい熱さが体のうちから溢れ出る。
そっと手を振るう。それだけで圧倒的に強くなった実感が湧いた。
そして手を天に向ける。
魔力を高めて、束ね、天に放つ。
それは術式によって収束し、密度をあげ、化学反応を起こし、圧倒的な熱量によりプラズマ化した閃光。
いい、感じだ。これが精霊化なのか。
「どうだ、ロレク、ちゃんとできているか」
「おっ、おおう」
「えっ、えっ、マジで? たった一日で」
「こいつ、化け物かよ」
ロレクたちが若干引き気味に返事をする。
「なにか、へんな感じだが、言い難いことがあるのか?」
俺が問いかけると、ロレクがバツの悪そうな顔をした。
「いや、さすがに一発で決めちまうのは予想外でな。ちょっと信じられねえだけだ」
クーナ親衛隊の火狐の男が口を開く。
「俺たち親衛隊だと、どんな才能がある奴でも三か月はかかったからな。さすがはクーナ様が選んだ男だ。シリル様にも勝ったんだから、これぐらいはできるのか」
「最短記録じゃね?」
「だよな。たしかライナ様で一週間か」
なるほど、そういうことか。
おそらく俺も、クーナの変質魔力を体に宿して研究をし続けた時間と、【白銀火狐】を使った経験がなければ、ここまではやく習得できなかっただろう。
何が手助けになるかわからないものだ。
「それが出来たなら、ソージ。今から組手だ。俺たちの中で精霊化したランク2の連中と戦ってもらう。精霊化した自分の体の感覚に慣れろ! まだ術式が甘い」
「胸を貸してもらう!」
それはわかりやすくていい。
実戦が一番の訓練だ。
◇
そうして、次々とクーナ親衛隊の連中と戦った。精霊化した身体能力も魔術の腕もすさまじいが、体術の基礎レベルがたかい。
クーナには劣るが、そのあたりの騎士たちなんて比べ物にならない練度だ。
勝率はかなり低い。急激に増した力に振り回されているし、精霊化を制御しながらの戦闘行動は、俺ですら手に余っている。
【身体能力強化・極み】の併用と難易度は変わらない。だからこそ、ある程度は対応できているが、それでも全くの異質な感触で慣れが必要だ。
結局、手ごたえはあったものの今日は負け越してしまった。
一汗流して、礼を言ったあと、一度借りている部屋に戻ると決めた。
汗がまとわりついて気持ち悪い。服を着替えたい。
帰る途中で、銀色の火狐のユキナが見えた。訓練場の方向に走ってきている。
俺と目があうと、彼女が目を見開いた。
どうやら、俺に用事があるらしい。
「ソラおば……ソラ様たちが呼んでる。来て」
かなり、急いでいる様子だ。
「今、行く。クーナに何かあったのか」
俺が駆け寄るとユキナが走り始めた。
その後に俺は付き従う。
「クーナが、九尾の火狐に目覚めかけてる。精霊化の訓練の影響。いきなり初日からっていうのは、驚きだけど、ある意味想定通り」
「それはまずいな」
「そこまで、深刻な状況じゃない。完全に九尾の火狐になる前に止めようと思えば、止められるって、ソラも父さんも言ってる」
「なら、止めればいいじゃないか」
「ソラが決めたの、あえて九尾化させて、その状態で制御の仕方を覚えることで九尾化の制御をマスターする。ソージが居ればそれができるって」
なるほど、確かに理にかなっている。
クーナの変質魔力が活性化すれば【白銀火狐】は使えるようになるだろう。その状態なら、九尾の火狐化したクーナの炎すら支配できる。
そして、シリルに最適化された魔術回路なら、【白銀火狐】を使っても魔力回路の破損はないはずだ。
この前みたいに、ボロボロになってクーナを泣かせるなんて無様は晒さない!
「わかった、急ごう」
クーナが自由に九尾化できるようになれば、いつでも変質魔力の活性化が可能になり、俺も【白銀火狐】を自由に使えるようになる。大きな戦力アップが見込める。
それに、クーナにはなんとしても九尾の火狐の力を使いこなして欲しい。俺が居ないときに暴走したら目もあてられない。
そんなことを考えながら、足を速めた。




