第十一話:お風呂場での誓い
婚約発表が終わったあとは、悲惨だった。
次々に酒を片手に絡まれた。
何十人もの男に、泣きながらクーナ様を幸せにしてやってくれ、泣かしたら殺すと言われたのはなかなかに堪える。
よほど、クーナは愛されているのだろう。
クーナとアンネは女性たちに拉致られて、恋話をさせられていたようだ。
おかげで、祭りの間、まったく会えなかった。
◇
「いい湯だな」
シリルの厚意で、彼の屋敷の庭にある露天風呂を使わせてもらっている。
一時間ほど貸し切りにしてくれていた。
妙に凝っていて、地下水を温めたものにさまざまな効能をもつ薬草のエキスを入れているらしく、健康にいいようだ。
プライベートなお風呂なので邪魔も入らない。
今まではやけどを悪化させないために我慢していたが、治療が終わり心置きなく入れる。
肌を撫でる。そこには火傷のあとも瘴気のあともまったくない綺麗な肌で嬉しくなる。
まったく、あの人は本当の化け物だ。
「エリンにも、温泉があればいいのに」
湯船につかる習慣がないエリンでは、こんな贅沢はできない。
元日本人の俺としては、こうして風呂に浸からないと満足できないのだ。
鼻歌を鳴らしながら星を楽しむ。
そろそろ出ようかと思っていると、足音が聞こえた。
「ソージ、居るかしら」
どうやら、アンネが来たようだ。
俺が使っていることはみんな知っているからわざとだろう。
「ああ、居るよ」
「そっちに行くわね」
どこか、ためらいがちな足運びでアンネが近づいてくる。
そちらを向くと、全裸のアンネが居た。
一応、小さなタオルで前を隠しているが、いろんなところがはみ出ている。
本人も恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
アンネはお湯をかぶると、湯船につかり俺の隣に並んだ。
「こんな時間にどうしたんだ」
「二人きりで話がしたくて来たの。なかなか、二人きりになれる時間はないから、チャンスだと思って」
「なんだ、てっきり誘っているのかと思った」
「……私も、人様のお風呂で、そういうことをする勇気はないわ」
それも、そうだろう。いつシリルたちがやってくるかわからないし、いろいろと恥ずかしい。
「話したいことってなんだ」
「まずは、私を受け入れてありがとう。ソージに好きと言ってもらえて嬉しかったわ」
アンネが俺にもたれかかってくる。
彼女のきめ細かな肌の感触が心地よい。
「お礼を言うのは俺の方だよ。アンネみたいな子に好かれて嬉しくないわけがない」
もし、アンネが他の男に奪われたらと思うとぞっとする。
「それを言ったら、私だってソージみたいな人に好きと言われて最高の気分よ。ソージより素敵な人なんて、きっとこの世に居ないわ」
俺とアンネはほとんど同時にお互いのほうを向き、目が合って見つめあう。
しばらくそうしたあと、気恥ずかしくなって顔を逸らした。
「ごほん、ソージ。それはそうと、相談があるの。……強くなる方法について」
アンネが急に真面目な声音になる。
「実は、ソージと離れている間にいろいろと、エルシエで訓練することを教えてもらったわ。精霊化。マナを取り込んで、飛躍的に強くなる方法。そして、クーナとソージは、精霊化をマスターすることで、その先にある九尾の火狐化を極めることができるらしいわね」
「そのとおりだ。俺たちはまだまだ強くなるよ」
「ソージと、クーナはそれで強くなる。でも、私にはその才能がないの……マナとの相性が悪くて、どの属性の精霊化もできないらしいの」
アンネが悔しそうに唇を噛む。
それは努力ではどうしようもない問題。
もって生まれた適性だ。
俺はホムンクルスの適応能力と変質魔力……極めつけは一度無理矢理でも【白銀火狐】を行使したことで火の適性があがり、なんとか精霊化ができる基準になった。
アンネが同じことをしようとすれば壊れてしまう。
「やっとクヴァル・ベステの力を引き出して二人に近づけたと思ったのに、また取り残されるわ。ソージ、教えて。いくら自分で考えてもいきなり強くなる方法なんて思い浮かばないの」
「気にしすぎだと思うけど。クヴァル・ベステの力は十分強いと思うよ。攻撃力という一点なら、きっと精霊化したクーナでも追いつけない」
アンネの声が、ひどく落ち込んでいる。
アンネのクヴァル・ベステは暴食の刃。
触れたものは、魔力だろうが、瘴気だろうが、全てを喰らう。
格上であろうと、当てさえすれば致命傷を与えることができるのだ。
「確かにクヴァル・ベステの力は強いわ。だけど、この前の敵と戦って実感したわ。クヴァル・ベステの力も、当てられもしない相手なら意味がない。純粋な速さと力を増す何かが私には必要よ」
「それはもっともだね」
ランクが違うと動きの速さの次元がかわる。いくら剣技を鍛えても届かない領域がある。
「このまま、剣技と、ランクをあげるだけで本当にいいのかしら……私はソージとクーナの足手まといになるのが怖い。二人に取り残されてしまうのが怖いの」
アンネが顔を湯船に半分沈める。
アンネの不安はよくわかるし、的外れではない。
「アンネは一つ、大きな勘違いをしているよ。アンネはまだクヴァル・ベステの力を引き出せていない」
俺の言葉を聞いたアンネが目を見開く。
「うそ。私はちゃんと、クヴァル・ベステを解放状態にすることができているわ」
俺は苦笑する。
アンネが勘違いするのも無理は無い。
アンネが今、クヴァル・ベステの力を解放できるのは、【第一段階解放】までだ。クヴァル・ベステには、第二段階解放、第三段階解放までが存在する。
第三段階解放はリスクが高すぎるにしても、第二段階解放ができれば戦力が跳ね上がる。
「今から言うことは、アンネにとって、いや、オークレールにとって屈辱的な話になると思う。だが、その事実を受けいれてほしい。クヴァル・ベステは段階的に、力を開放していく魔剣なんだ。アンネが今、使いこなせていると思っているのは、クヴァル・ベステの力の搾りかす程度に過ぎない。アンネだけじゃない、オークレールは初代を除けば全員、搾りかすで戦ってきた。そのせいで、クヴァル・ベステの真価に気づかずに、満足してしまっている」
クヴァル・ベステは、もうお伽話の中でしか全開の状態を解除出来ていない。搾りかす程度でも、圧倒的な性能をもっていたからこそ、それが全力だと勘違いされてしまった。
「そんな、お父様も、お祖父様も、みんな、クヴァル・ベステを使いこなせて居なかったと言うの?」
「そのとおりだよ。クヴァル・ベステの真価はもっと先にある」
アンネが意気消沈していた。
クヴァル・ベステの存在はオークレールの誇りだった。今の俺の言葉はその誇りを傷つけたことになる。
「あは、あはは、そう、そうなのね。……教えてくれてありがとう」
「すまない」
「いえ、嬉しいの。いい目標が出来たわ。ねえ、教えて。クヴァル・ベステの力をさらに引き出せば、私はもっと強くなれる?」
「そこは約束する。第一段階解放とは比べものにならない力が秘められているんだ」
「私はクヴァル・ベステを使いこなして本当のオークレールになる。そして、ソージとクーナに並びたつ!」
湯船から顔を出し、アンネは力強く宣言する。
アンネの目は、やる気に満ちあふれていた。
これなら大丈夫だろう。
「問題は、どうやってクヴァル・ベストの力を更に引き出すのかなのだけれど」
アンネが思案顔になった。
まあ、いきなりクヴァル・ベステには隠された力があると言われても、それをどう引き出すかは思いつかないだろう。
ましてや、代々のオークレールが生涯かけて届かなかった力だ。
「それは、俺も手伝うよ」
俺は第二段階解放まではしたことがある。ある程度の指針は示せるだろう。
第三段階解放は出来なかった……いや、しなかった。あれは生贄を強いる。
違う、してしまったんだ。俺は、とある周回で、クヴァル・ベステに大事に思っていた、俺を師匠と慕うあの子の願いを受けて、死にゆく彼女の血と魂を喰わせ……第三段階解放して。あの子って誰だ? あの子の面影は、いや、間違いないどうして今まで忘れ……。
「ソージ、どうしたの、頭を抱えて」
「いや、なんでもない」
ひどい頭痛がした。
そう、【クヴァル・ベステの第二段階までは解放したことがあるのでアドバイスができる。第三段階については存在だけは知っているが、解放方法は想像もつかない】。
頭に靄がかかってる。
「本当になんでもないの? 顔が真っ青よ」
「ちょっとのぼせたのかもね。でも、もう大丈夫だ。むしろ頭がすっきりして気持ちいいぐらいだ」
俺は立ち上がる。アンネがさっと顔をそむけた。
「当面は、第二段階解放を目指してがんばろう」
「ありがとう師匠、よろしくお願いするわ」
剣を教えるときだけ、アンネは俺をソージではなく師匠と呼ぶ。
「うん、任せて。それとシリルさんにも可能なら来てもらおう」
「どうしてかしら?」
「クヴァル・ベステはシリルさんが作った剣だから、俺より詳しいと思う」
「信じられないわね。クヴァル・ベステは五百年前の剣よ?」
「詳しいことは、言えないけど、それぐらいシリルさんなら不思議じゃない」
「まったく、あの人は本当の化け物ね。さすが、世界最強のランク6」
かつての王都でシリルはクヴァル・ベステを過去の俺が作った剣だと言った。
当時は意味がわからなかったが、シリルの【輪廻回帰】を見たあとならわかる。
あれは、前世のシリルが作った武器。ならばかなり深い情報をしっているはずだ。
「そろそろ出ようか」
俺は立ち上がろうとする。するとアンネが声をかけてきた。
「ねえ、ソージ。さすがにこの場で、やっちゃうのは問題だけど、少しならいいと思うの? ねえ、そういうこと興味がないかしら?」
アンネが目をうるませて俺を見上げている。
なにか、変なスイッチが入っているようだ。
そんな彼女を見て、俺も変な気持ちになる。
「………もちろん、興味がある。でも、いいのか」
「ええ、ソージになら。……今まで秘密にしていたのだけど。たまにソージを見ていると変な気分になったの。ついに結ばれたと思ったら、急に我慢できなくて」
そう、顔を真っ赤にするアンネを見て我慢できずに抱きしめる。
風呂で火照った体は、暖かくて柔らかくて、愛おしさがこみ上げてくる。
「アンネ、触るよ」
「え、ええ、ソージの好きにして」
そうして、そのあとたっぷりとアンネの体を楽しんだ。
鍼治療のときとは違い、しっかりと気持ちが通じあって触れ合うのは、本当に気持ちよくて、幸せだった。
俺とクーナが精霊化をマスターし、アンネがクヴァル・ベステの更なる力を引き出せば俺たちはさらに強くなるだろう。