第九話:クーナとアンネと恋の形
今日で連載百回目! ここまで頑張ってこれたのはみんなのおかげです! 本当にありがとう
クーナと二人で舞台袖で、壇上を見つめていた。
クーナは顔を赤らめ、少し気恥ずかしそうに俺の手を握った。恋人つなぎ。
少しこそばゆい。
既に前座として、シリルたちが俺たちを祝うための歌を贈ってくれている。
シリルが横笛のような楽器、オファルを奏でて、エルフの美女、シリルの妻の一人であるルシエさんが踊り、もう一人のシリルの妻でありクーナの母親であるクウが歌う。
この場に居る誰もが三人に魅入っていた。
シリルのオファルはどこまでものびのびと、そこにクウさんの歌が乗る。情緒あふれる、素晴らしい歌声。シリルのオファルの音と交じり合い、魂を直に掴まれているような圧倒的な音が響く。
さらに、その最高の音をルシエの踊りが引き立てる。
妖精。どこか怪しげで、妖艶で、それなのに楽しそうな躍動感がある踊り。
それぞれが最高のクオリティをもつのに絶妙に絡み合いお互いを高めあう。
あまりにも圧倒的な光景だった。
クーナの話では、あの三人は祭りの度にこうして力を合わせて皆を楽しませていたようだ。
「なあ、クーナ、俺たちもあんなふうになりたいな」
「はい、父様は浮気者で、母様を泣かすこともあるけど、ちゃんと母様を愛してくれているし、幸せにしてくれるんです。そこは認めています」
クーナの目は母親であるクウを追っている。そこにあるのはあこがれ。
心の底からシリルを愛して、幸せでなければ、あんなふうには歌えない。
俺にもそれぐらいはわかる。
そして、一曲目が終わった。少し時間をおいて二曲目が始まるらしい。
「ねえ、ソージ、クーナ」
隣で俺たちと同じように、シリルたちの演奏を楽しんでいたアンネが問いかけてきた。
銀色の髪が風になびいている。
「なんだ、アンネ」
俺は、振り向き問いかける。
「正直に答えてほしいことがあるわ。あなたたちを見ていればわかることだけれど、ちゃんとあなた達の口から聞きたい。……あなたたちは結ばれたの?」
アンネが、真剣な表情で俺の目を見つめて問いかけてくる。
俺とクーナは顔を見合わせる。
クーナには、アンネにはまだ黙っていて欲しいとお願いされている。
だが、ここではぐらかすのはアンネに対して失礼だと思う。
悩んでいるとクーナが先に口を開いた。
「アンネ、ごめんなさい。九尾の火狐になった私を、ソージくんが傷だらけで助けてくれたとき、私は本当の気持ちに気づいちゃったんです。私はソージくんが大好きでした。愛してます。だから、ソージくんの気持ちに応えることにしました。私とソージくんは愛し合ってます」
申し訳無さそうにクーナはつぶやく。
もともと、アンネはずっと俺のことを好きだと言い続け、逆にクーナは俺への気持ちを否定してきた、きっと負い目があるのだろう。
「……そう、ちゃんとクーナの気持ちを聞けて良かったわ。本当なら、私はソージを諦めないといけないのはわかっているわ。でも、やっぱり諦めきれない。馬車の中で言った、ソージが許すなら、クーナと一緒に愛して欲しいっていうのは冗談じゃなくて本気なの」
アンネは、そこで一度言葉を切り、気持ちを落ち着けた。
そして、覚悟を決めた目をして話を再開する。
「クーナ、お願い。私もソージのことが好きなの。ソージが許せば、私も一緒に愛することを許してほしい」
アンネは頭を下げた。
気丈な彼女なのに、肩が震えていた。
そんなアンネを見ながらクーナが口を開いた。
「私は、他にも好きな人がいる父様と結ばれた母様を見て育ちました。そんな母様の辛さを知っています」
シリルにはクーナの母親であるクウ以外にも嫁が居る。
「寂しそうにしてました。他の女の人に嫉妬もしていました。父様が母様だけを愛してくれればってずっと思ってました。母様だけじゃなくて、私も寂しかったです。他の子はみんな毎日父親に会えるのに、どうして私だけって何度も思いました。アンネのことを許せば、きっと私も母様と同じように寂しくなるし、アンネに嫉妬もするし、子供にも寂しい思いをさせます」
クーナの言葉には寂しさとやるせなさがあった。実体験からくるぶん、その言葉は重い。
「……クーナ、ごめんなさい。悪かったわ」
アンネが寂しげに、どこか諦めた声音で言った。
そんなアンネにクーナは言葉を続ける。
「でも、それでも母様は幸せでした。今、歌っている母様を見てください。あんな歌、幸せで、愛して、愛されないと歌えません。それに、私も父様との時間は少なかったけど、他の母様も私を愛してくれたし、姉様も大好きです。きっと、普通の家に比べて不幸な分、普通の家にはない幸せがあったと思うんです」
クーナは微笑んだ。
「だから、アンネ。私は許すことに決めました。実は、もともとソージくんにはアンネなら許すって言ってるんです。あとはソージくんの気持ちだけです。私が許してもソージくんがアンネのことをどう思っているのかはわかりません。それに、ソージくんがアンネのことを好きになっても、ソージくんの一番は譲りませんから」
そう言うと、クーナが俺に抱きつき、さり気なく尻尾を擦りつけてくる。
自分のものだというアピールだろう。
「ありがとうクーナ。……それとごめんなさい」
アンネが涙を流しながら、その言葉を絞り出した。
「あとは、ソージくん教えてください。ソージくんはアンネのことが好きですか?」
その問いの答えはずっと探し続けてきた。
ずっと一緒にすごしてきたアンネ。俺は彼女の強さも、弱さも、何もかも知っている。
一緒に笑って、一緒に泣いてきた。目をつぶれば彼女の笑顔も涙も頭に浮かぶ。
答えなんて初めから決まっていた。ただ、認めるのが怖かっただけだ。
「俺はアンネのことが好きだよ。こんな頑張り屋で、強くて、気高くて、でも脆くて寂しがり屋な女の子、好きにならないわけがない」
そう、俺はアンネが好きなんだ。
俺の言葉を聞いたアンネはほほを赤くし、目を涙で潤ませる。
「ソージ、その、嬉しい」
「俺もアンネにここまで思われて嬉しいよ。だから、こんな男だけどついてきてほしい」
アンネがよりいっそう、涙を強く流す。
クーナが俺に抱き着いたまま、アンネに手招きする。
アンネが首をかしげながらも、こっちに歩いてくる。
アンネが近づくと、クーナは一度抱擁をとき、そして、アンネと俺二人まとめて抱きついた。
「これからも、三人一緒です。みんなで幸せになりましょう!」
この、しんみりとした空気をぶち壊す底抜けに明るいクーナの声。
こんな彼女だから、俺はきっと好きになったんだ。
「そうだな、三人で幸せになろう」
「ええ、ソージもクーナも幸せにするわ」
みんなで笑い合う。
「これで、円満解決ですね。あと、アンネ。実はソージくんに伝えていることがあるんですよ」
「それはなにかしら?」
「惚れた弱みで、アンネと浮気をすることは許すって話をしたんです。でも、浮気を許すのはアンネまでで、それ以上、他の女の人に手を出すなら、アレを切り落とすって」
背筋に冷や汗が流れる。
あれはやはり、冗談じゃなかったのか。
「アンネ、もし、私たち二人に手を出しておきながら、別の女性に手を出すようなら、協力してやりましょう。あっ、ソージくん。本気ですよ。私は本当にやりますからね?」
最近よく見せてくれる。目が笑ってない笑顔でクーナは俺を見つめる。
「それはいい案ね。でも、切り落とすのは子供が出来てからにしましょう。ソージとの子供は欲しいわ」
「おい、アンネ」
アンネが少しずれた答えを返してくる。
そんな俺を尻目に二人はくすくすと笑っていた。
そうこうしているうちに、シリルたちの演目は終わる。場に割れんばかりの拍手が鳴り響く。
次は俺たちの番だ。
まったく、婚約発表の直前までこんなことをしているなんて……でも、それが俺たちらしいと思った。




