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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:地下迷宮への挑戦
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プロローグ:イルランデ

祝! 書籍化! 最新刊の三巻は2016/8/30発売予定!

 俺はさびれた農村で息を切らせて走っていた。細い道を選び、追手を撒いて掘っ立て小屋に入り込み息を殺す。残魔力は一割以下。加護も残り少ない。正真正銘のピンチだ。


「はっ、くそ、化け物め!」


 俺は、最強の敵と戦い身も心もボロボロだった。人数を集め、優位な場所に誘い込み、罠を仕掛け、それで引き分け。泣きたくなってくる。


 相手にも致命傷を負わせた……だが俺はこの様で一番大事な仲間を失った。涙で視界が滲む。

 いやだ、こんな結末を絶対に認めない。クーナが居なければ勝っても意味がない。やっと初めて笑ってくれたばかりなのに、こんなところで! この様で何が最強の魔術師だ!


「やり直す。また、ここまで来るのに何十年かかっても」


 この世界はゲームだ。セーブは出来ないが、ニューゲームはできる。

 今は現実からゲームに入って二十八日目だ。あと数時間で一度現実に戻らないといけない。現実に戻ればまた最初からはじめよう、次こそ最高の結末を迎えられるように。

 

 今プレイしているのは一人向けのVR-RPGの、イルランデ。

 よくある中世ファンタジーでモンスターが出て来るアクションRPG。

 だが、いくつか他のゲームに比べて圧倒的な違いがあった。


「魔術創造」


 壁にもたれかかりつつ俺が呟くと、頭の中に架空のウインドウが浮かび上がる。無数の文字列がウインドウの中を走っていた。


 このゲームの最大の特徴。オリジナル言語を用いた魔術のプログラミング。

 現状の残り少ない魔力で状況を打破するために、低消費の魔力で大威力の魔術が必要だ。手持ちに最適な魔術はないので、即興で作りあげる。


「いいメソッドがあがってきてる。ふうん、三か月前に俺が作ったメソッドの改良型か」


 魔術開発は数万人の協力のもと行われている。一人用のゲームだが、情報交換と開発した魔術の共有は活発だ。チャットはできるし、データベースに開発した魔術をアップすれば誰もがその魔術を共有できる。


「うん、だいぶ使いやすくなってる。これ弄った奴センスがある。開発者は……ハル。こんなアプローチがあるとは気付かなかった」


 メソッドの魔術式を読みながらつぶやく。

 メソッドは言うならば部品だ。


 例えば、火の矢を産みだす魔術と、火の剣を産みだす魔術がある。

 それぞれのプロセスを分解するとこうなる。

 火の矢は、1.炎を産みだす 2.矢の形を形成する 3.手から放出する

 火の剣は、1.炎を産みだす 2.剣の形を形成する 3.剣の形を固定する

 火の矢と火の剣。両方を一から作り出すより、共通で使う1.の炎を産みだす工程、これを切りだし部品として完成させておくとどちらの魔術も2の工程からの開発で済むし、今後新たな魔術を作るときにも便利だ。


 使用頻度の高いもののほとんどは、メソッドとして各プレイヤーが開発し、ゲーム内のデータベースに登録している。とある照準系のメソッドは自動照準魔術の九割に使用されているというデータがあるぐらいだ。


「うん、これはこのまま使える。あとは、お気に入りのこいつを組み合わせてっと」


 データベースにある魔術は、オープンソース(記載した魔術式を開示)状態で公開されているので、いいものがあるとすぐに別のプレイヤーが改良する。その繰り返しで魔術は洗練されていく。


 極論を言えば、今は一から魔術式を書かなくても、メソッドを組み合わせるだけでいくらでもオリジナル魔術が作れる。

 だが、それでは芸がない。


「あとはコーディングだ」


 メソッドの組み合わせでできた即席のオリジナル魔術を弄っていく。

 メソッドに求められるのは汎用性。ゆえにどうしても無駄ができる。そこをそぎ落とし、新たな魔術に特化させる。これで性能の次元が一つあがる。


 予定通り、少ない魔力消費で圧倒的な破壊を産む魔術が完成した。


「こんなところに逃げ込んでいたのか!! この反逆者! たった一人の女のために貴様はこの世界を!!」


 掘っ立て小屋を蹴破るシルバーメイルに身を包んだ敵の群れ。二十人は居るだろう。弱った俺を狩るためにここに来た騎士団だ。数は居るが一流の使い手はいない。せいぜいランク3のあつまり。

 俺は笑みを浮かべて手を前にかざす。


「俺にとっては、世界がクーナだ。【空間破壊】」


 つい、さきほど完成した魔術を使用する。魔術式が頭を駆け巡り演算を開始、世界の法則にアクセス。


 物理現象よりも上位のルールが一時的に世界により承認され魔術が発動した。

 空間そのものを強制的に歪め、解放する。すると空間の修復時の反動でとてもつないエネルギーが発生し、その余波は周りのすべてを吹き飛ばしてしまう。


 目の前が真っ白に染まった。


「うん、これは使える。問題は原理上手加減がいっさいできないところか。それでも消費魔力に対する破壊力は特筆に値する。間違いなく人気がでるな」


 敵は塵一つ残さずに消え、地面までも深くえぐれている。それどころか、二軒先の建物まで消滅した。

 脳裏にアラーム音がなる。

 時間切れ……強制ログアウトの警告だ。


 そっと目を閉じ、メニュー画面を開く。

 そこには三つの項目しかなかった。

 a.ログアウト b.データベースアクセス c.コミュニケーション


 ステータスもなければ、装備ウインドウも、パーティ画面もない。

 このアクションRPGはゲームらしきところがあまりない。

 レベルのようなものは存在する。


 だが、セーブはできない。切られれば血が出て痛みがある。老いは体を蝕む。死ねば終わり。

 飯を食うこともできれば、セックスもできる。

 言うならば、魔法が使える現実。そんな世界だった。

 俺は、aのログアウトを押してこの世界から抜け出した。


 ◇


 目を覚ます。

 棺桶のような、VRマシーンから俺は起き上がった。


 VRマシーンとは、五感をダイレクトにPCに繋ぎ、まるでPCの中に入り込むような感覚を与えてくれるマシーンだ。

 今では、各家庭に一台は設置されている。時計を俺は見上げた。


「23時59分。いつもどおりぎりぎりか。規制がなけりゃ、もっと入っていたのに」


 VR-RPGイルランデは世界で唯一の体感時間加速機能を実現したゲームだ。

 一時間につき、ゲームの中では一週間を過ごせる。


 ただし、ゲーム自体にプロテクトがかけられており、20:00~24:00の四時間しかプレイできない。


「はやく向こうに戻って一からやり直して、今度こそクーナを幸せに、笑顔にしないといけないのに」


 もう、六年間イルランデを毎日プレイしておりゲームプレイ時間に直すと168年も向こうですごしている。途中で何度か死を経験したし、一からやり始めた。


「こっちの世界でも、向こうと同じ体があればな」


 イルランデでの生活は、現実よりも成功しやすい。現実とは違い、天才的な才能をもったホムンクルスとして産まれ、イルランデの世界標準と比べて、控えめに言って数百年進んだプレイヤーメイドの魔術の二つが、人生に成功を約束させているのだ。


 おかげで、一生イルランデの世界で遊んでいたいと本気で思うプレイヤーがあとを絶たない。

 そんなことを考えていると、VRマシーンからシステム音がなった。

 空中に仮想スクリーンがうつされる。そこに表示されていたのは……


「イルランデ、サービス終了のお知らせ?」


 俺は顔を真っ青にして、拳を握りしめる。

 イルランデを続けていたい。俺は、やり直してクーナを助けないといけないのに! 


「いやだ、イルランデに帰れなくなる! これで終わりなんて、俺は認めない!!」 


 俺の世界とクーナを奪わないでくれ。俺は必死に叫んだ。

 祈りが通じたのか、VRマシーンからシステム音がなり、スクリーンがもう一つ浮かび上がった。


【もし、君が二つの条件を飲むなら、ニューゲーム状態でイルランデに招待しよう。その条件は……】


 一文字一文字、ゆっくりと声にだして読み上げていく。


【1.制限時間がなくなるが、一度現実に戻れば二度とイルランデに戻ってこれない 2.ニューゲームは存在しない。死ねば強制的にログアウト】


 俺は唇の端を釣り上げる。

 上等じゃないか。俺は向こうで幸せを掴む。クーナと一緒に。


【選択をして。1.イルランデへ行く 2.この世界に残る ただし、気をつけて欲しい。ここから先は現実だ。ゲームじゃない】


 俺は迷わず、1.イルランデへ行くを選択した。


【わかったよ。ゲームじゃない。本当のイルランデで待ってる。僕の英雄くん】


 そして、俺の意識は遠くなっていった。


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