真夜中のラブレター ~男子学生より愛だけを込めて☆~
聖フランシス学園。それは、名門校へ行くにはちょいとばかし家柄や学力が足りない男子達の集う学び舎である。
だが、この学校は非常に高い評価を得ている。何故なら、ここに通えばどんな馬の骨も立派な紳士へ成長を遂げると言われているからだ。
その秘訣を語るには、ディヴァイデッド・ケルベロスと呼ばれる三人の教師の存在が欠かせない。
ファースト・ケルベロスと呼ばれるのは校長のモーリー。かつて国内で指折りの剣士だった彼の武術指導は、ときに生徒の人格をも変えると恐れられている。
紅一点のアーン副校長は、セカンド・ケルベロスと称される。彼女は教師の中で最も風紀に厳しい。おかげで、同じ空間にいる者達は呼吸音にさえ気を使うほどである。
サード・ケルベロスと名付けられているのは、同じく副校長のタリス。彼はアーンと違って生徒の素行には寛大だが、「浮かれた分、勉強も頑張るよね(はぁと)」と学業に関しては誰よりもうるさい。
この三位一体の教育が、石ころ同然の少年達を宝石のようなジェントルメェンに仕上げる。おかげで、卒業生は名門校出身者に引けを取らぬと評判なのだ。
「ふぃ~」
トマスは寄宿舎の部屋に入ると同時に、ベッドに倒れ込んだ。
「お~い、生きてるかぁ?」
「僕、もうダメ」
トマスは、田舎の商家の息子である。
近年急に訪れた好景気で、家は一気に栄えた。こりゃ上流階級とも渡り合うハメになりそうだと考えた彼の祖父さんによって、この学園にぶち込まれたのだった。
趣味はレース編みという彼としては、こんな男社会になど来たくはなかった。だが、十三歳の若さで家を追い出されるよりはと渋々従ったのだ。
同室のヘンリとジョンも、ここに来た経緯はさほど変わらない。ヘンリはあまりのバカさに危機感を抱かれ、ジョンは外国育ちでこの国特有のマナーに不安があるからと、それぞれの家族の考えで半強制的に入れられた。
「校長ってあんなに太ってるのに何で僕らの三十倍は動けるんだろ」
「でもさ、トマス。授業だからあのしごきもまだ耐えられるさ。セカンドなんか、微笑んだだけで分度器が出てくるんだぜ?」
ジョンのボヤキにヘンリは顔をしかめる。
「えー、授業だからってもさ、サードのなんてマジきつすぎ。ジョンは古典オタクだからいいけど」
「俺だってこっちの読み書きはまだ苦手だよ。それに、知識をどう活かすかはまた別だろ」
「ヘンリこそ、貴族だし礼儀はバッチリじゃない」
入学から一か月あまり。彼らの会話の内容は、ケルベロスら教師の愚痴が主だ。
ただし、例外もある。
「ジョン、例の彼女と進展は? 昨日外出日だったでしょ?」
恋バナ大好きなトマスの質問に、ジョンは肩を落とす。
「忙しそうで、会計のときしか喋れなくて」
彼は、町の花屋の娘に片思いしていた。
彼女の名はフィリス。快活な笑顔が魅力の少女だ。
フィリスはモテる。連日、町の男達が店に殺到し、商品の花束を買ったその場で彼女に渡すなんてことも日常茶飯事。なお、その花束は商魂たくましい彼女の母によって再度売り場に並べられる。
「俺、地味で古めかしい趣味しかないし、店には週一しか行けないし、セカンド恐いし、ようやく顔覚えてもらったくらいで」
「もう、そんなんじゃ誰かに取られちゃうよ!」
「うっ」
思わず涙目になるジョンの肩を叩くのはヘンリ。
「じゃあ、手紙なんてどうだ? 彼女には効果ばつぐんらしいよ」
「え、それ、どこ情報?」
ガバッと身を乗り出す友人に、ヘンリはニヤリと笑って囁く。
「町の女の子情報。最近仲良くなってさ」
「おい、セカンドの牙にやられたら」
「だーいじょうぶだって。あっちも事情はわかってるから」
ヘンリは片目をつむる。おバカなところさえ無視すれば、彼は将来有望な色男だ。
「えっと、それで、手紙?」
話がずれそうになるのをトマスが戻す。
「そう、彼女の初恋相手、うちの学生だったんだとさ。普段チャラいのに実は教養に溢れた優等生で、そのギャップにやられて、そいつの影響で手紙や詩が好きになって。つまり憧れのお兄さんってやつ?」
「チャラい、教養、ギャップ、詩……」
呪文を唱えるように繰り返すジョンを見て、トマスは苦笑する。
「教養なら、ジョンは問題ないよね」
彼はこの国の習慣に疎く、まだ作文も完璧ではない。しかし、知識量だけは学年でもトップクラスだ。
「だな。あ、その男も古典大好きだったって」
「まさに俺!」
思わず叫ぶジョンの口を、同室の二人は慌てて塞ぐ。
「落ち着けよ。セカンドは地獄耳なんだからさ」
若い男子達が集団生活を送る場ではあるが、アーンの素晴らしき指導によって、寄宿舎内は常に静かだ。
「教養か。そういえば昨日サードも言ってたな」
フィリスと一分も話せず肩を落として戻ってきたジョンは、偶然タリスに会った。
恋多き男性と名高い彼にジョンがアドバイスを求めると、同性ですら見惚れてしまうほど色気を振り撒いて、サード・ケルベロスはゆったりと笑ったという。
「君は若い、まだ焦る必要はないよ。急いても恋はうまく育たないさ。まずは愛の詩でも読んで勉強したまえ。教養は男の武器だよ」
艶っぽい彼の声を脳内再生しながら、トマスとヘンリはそろって溜息をついた。
「タリス先生が愛の詩を読んでいる姿なんて見たら、たいていの女性は落ちるよねぇ」
「あの人、若い頃は貴族中の女性を虜にしたって話だからな」
うっとりとする友人達を尻目に、ジョンは口を尖らせる。
「俺だって焦りたくないけど、毎日は会えずライバル多数だと不安だよ。そっか、手紙か」
「フィリスは男が群がるのを営業妨害だと思ってるぽいし、邪魔にならないって意味でも俺的にはオススメ!」
ジョンはグッと拳を握る。
「よし、書こう! 今すぐ!」
「今すぐ?」
目を丸くするトマスに、片思い男は愛読書である古典詩集を差し出す。
「サードはああ言ってたけど、恋の炎の矢は燃えているうちに相手に放て、とここにある!」
「よし、俺も協力するぜ!」
「おお、友よ!」
ジョンがヘンリを抱きしめた瞬間、扉がパシンッと開く。
セカンド・ケルベロス、アーンがアイスブルーの瞳を彼らに向けていた。
「何を騒いでいるのです?」
「すみません、アーン先生。つい、議論が白熱して」
トマスはとっさに教科書を掲げた。それを見た副校長は表情を変えずに頷く。
「なるほど。私も、勉学に夢中になることを禁じはしません。お咎めはなしとしましょう。ただし、一度だけですよ」
ゆっくりと扉は閉まった。三人は胸を撫で下ろす。
「危なかったな」
「極秘かつ速やかに進めよう」
三人は一晩かけてじっくり話し合うことにした。
「でもさ、手紙だけじゃ弱い? 相手の男超えるには、ジョンならではの何か欲しいよな」
ヘンリの言葉を聞いたトマスは指を鳴らす。
「そうだ、ジョンは楽器上手でしょ。それ個性じゃない? 女の子向け小説でもそういうキャラ結構出てくるよ」
ジョンは頬を赤く染め、楽器のケースを撫でた。
「実は、俺の育った国では、女性を口説くときに音楽を奏でる習慣があったよ」
「そ・れ・だ!」
アーンに気付かれない程度の音量で、三人は拍手する。
「自分で作詞作曲したのを演奏するのはどう? 古典テイスト出してさ!」
「なるほど。昔作った曲があるから、これに詩をつけてみようか」
友が広げた譜面を眺め、ヘンリは親指を立てる。
「いいじゃん。あ、こっちもギャップ萌え狙ってみようぜ。ジョンは逆にこんな感じで」
ヘンリの口にした例文は、トマスの心をおおいに盛り上がらせる。
「確かに良さげだね。きっと彼女びっくりするよ。あの詩を書いたのが彼だったなんてって」
目を輝かせる友人の横で、肝心のジョンはやや不安げになる。
「でも、俺そういうの書けないよ」
「任せとけ。三人いるんだ、皆で考えればどうにかなる」
ヘンリは棚から紙を数枚取り出す。学園の備品ではあるが、生徒は好きなだけ使うことを許されている。
眠気と戦いながら、三人は議論を重ねた。夜が深まるにつれて彼らのテンションも高くなり、アイディアも続々と出てきた。
「トマス、こっち何かいい案ないか? 乙女ゴコロがシュピーンってなるの」
「オッケー。ここ、ジョンの気持ちが出てて、しかも古い詩パロってるしキャッチーだね」
「ありがとう、照れるな。なぁヘンリ、これくらいハメ外して大丈夫か?」
「平気平気。パンチ効かせてやれ。うーん、このフレーズ文字足りねえな」
「うまく韻踏みたいよねぇ」
たくさんの言葉が紡がれ、白い紙はどんどん文字で埋め尽くされていった。それを見つめ、ジョンはふと頬を緩めた。
「友情って良いもんだな。こっち来たときは、こんなに誰かと仲良くなれるなんて思わなかった」
「僕も!」
トマスは自作のレースにそっと触れる。
「君達は僕のこと女々しいとか笑わなかったから、嬉しかったんだ」
三人は微笑み合う。
「これは最高傑作だよ。だって、皆で一生懸命考えたんだから!」
そして黎明の頃には、アイディアはほぼ出揃った。感動のあまり、三人は涙を浮かべる。
「これ、すっごくいいよ。ちょいチャラ!」
「しかも情熱的!」
「フィリス、喜んでくれるかな?」
採用フレーズの一つ一つに番号を振りながら、ヘンリはしっかりと頷いた。
「ジョン、今日お前発表あるだろ? 先に寝とけよ。俺達で整理と清書しておくから」
「ありがとう二人とも。ああ、この学校に入ってよかった」
ジョンをベッドに投げ入れ、残る二人で新しい紙に順番に言葉を書き写す。
「これ本当完成度高いよな」
「三人で力を合わせたからこそだね」
「だな。よし完成!」
差出人の正体はサプライズ。手紙を無記名でフィリスに送り、彼らは運命の日を待った。
○●○●○●○●○
俺の可愛い仔猫 フィリス
俺はもう君にメロメロだ。
この熱いパッションを詩にして君に贈る。
Oh 麗しのmy mistres!
その姿は花屋のpixy
瞳の輝きはgalaxy
君のお母さんはsexy
上を見上げれば輝く月
あれはこの街の君だね
たくさんの星≪ひと≫が周りで瞬いているけど
僕が君を守るよ
いつでも君を見つめている
気づいてくれなくても
遠くから君を
だけど本当は
Falalala…
春の花 それは君のface
夏の星 それは君のeyes
秋の月 それは君のhair
そして
冬の風 それは俺のheart
ブリザードが吹き荒れる中
会いたくて会えなくて
雪の下の花のように
震えているよ
君の微笑みだけが
凍える俺に火をつける
その瞬間≪とき≫
この世界は花祭りの季節になる
跪いて君の名を呼ぶから
どうかこの弱い男を救ってくれ
出会ったときのお前の一言が
今もshine
あの日俺たちの愛は永遠になった
女神も嫉妬しているぜ
こんなにも深い闇から
君が僕を助け出した
Ah この心は燃えている
君のために焔≪ほむら≫をあげて
Fyre fyre my heart!
お前の眩しいSmileが 俺を焼き尽くす
Burning…この炎は誰にも消せやしない
悪魔すらエンジェルに変えてやろう
Wow wow
俺の恋人の座はお前だけのものさ
Forever love… Etarnal love…
Only you…
どうだった?
実はこれにはメロディーがついてるんだ。気になるかい?
それなら次の満月の夜、城門近くの橋に来てくれ。
二人の愛の音楽を一緒に奏でよう。
○●○●○●○●○
雲一つない夜空だ。弱い星を打ち消すように、月が輝いている。
「く、来るかな?」
楽器を構えて、ジョンは唾を飲み込む。
「それよか、うまく歌えるか心配しろよ」
「大丈夫、あんなに練習したんだから」
そのとき、石畳の道を歩く足音が響いた。
「来た!」
「トマス、俺達は隠れ……うぇ!」
蛙がつぶれたようなヘンリの声。トマスとジョンも振り向く。
そこにいたのは――
「セカンド?」
アーン副校長が、冷気をまといながら立っていた。
「こんなところで何を?」
三人は歯をガタガタと震わせる。
「ちょ、ちょっと、天体観測を」
彼女は見覚えのある紙を取り出した。
「それは! どうして先生が?」
「町の娘から苦情が寄せられました」
手紙の差出人がわからないフィリスは、友人に相談した。
ラブレターを読んだ少女達は、その内容に戦慄。得体の知れない、うすら寒いキモポエムは回し読みされまくり、数日のうちに町全体に騒ぎが広がった。
「でも、どうして僕達だと」
「貴方達、学校の紙を使ったでしょう?」
彼女は手紙をかざす。すると、月光が魔法をかけたように、紙面に校章が現れた。
「あ、透かしが入ってる!」
これに気付いた彼女の友人達は、フィリスを連れて学園に突撃。教師陣に知られることとなった。
説明し終えたアーンの額には、青筋が浮かんでいる。紙を持つ指も震えている。ポエムの素晴らしい出来に感動しているわけではないことは、アホ三人組もさすがに察した。
「学園に恥をかかせたのはもちろんのこと! つづり間違い! 不届きな言葉の羅列! どれをとっても不愉快千万!」
今にも地獄の門を開放しそうなほど、沸騰しているアーン。その眼差しだけで殺人事件が発生しそうだ。
「これまで様々な生徒がおりました。皆、最初から完璧であったわけではありません。しかし、貴方達ほど当校の品位を傷つけた者はいません!」
ビームを発射するかのごとく、クワッと目を見開くセカンド・ケルベロス。そんな彼女の肩を叩く手があった。
「校長……」
モーリーはこれぞお手本と言えるような紳士の微笑みを浮かべる。その横に立つのはタリス。
「まあまあ、アーン。まだ入学して一か月じゃないか。彼らはこれからだよ」
「そうですよ、アーン先生。こういう生徒ほど伸びますから」
三バカは、祭壇に祈るようにして、ふっくらとした校長と色気むんむんの副校長の一人を見つめた。
そんな生徒達に、モーリーは慈愛に満ちた声をかける。
「だが、町の人に迷惑をかけたなら、何らかの処罰は必要だな」
「ふぁ!?」
ファースト・ケルベロスは、ニコリとしながら彼らを見渡す。
「予習のつもりで、私のオリジナルメニューを百セット、一週間連続でこなしてごらん」
「それに加え、二週間かけて全校舎、隅から隅までしっかりお掃除なさい! 一片でも埃が残っていたら、最初からやり直しです!」
タリスは、他の二人の顔をチラリと見ながら苦笑する。
「すまないね。こうなったら、僕も課題を出さないわけにはいかない。
古代帝国から中世王国時代までに成立した詩を百ほど選んで、各々の特徴や背景、評価された点についての考察を提出してくれ。二次資料は出典を明記すること。
こんなに独創性豊かで、若々しい作品を仕上げた君達にはぴったりだね。他の罰もあるし、長引かせない方がいいだろう。明後日まででいいよ」
彼らは、ディヴァイデッド・ケルベロスの恐ろしさを改めて思い知った。
ちなみに、怪文書の差出人と知られた彼らは、花屋に出入り禁止を食らった挙句、町の乙女達に避けられ続けた。