98話 エルフの集落
「いや、オメさ、すんげぇなぁ。オラとこのハナコがここまで懐くなんてなぁ、初めてのことだっぺや」
絶世の美少女が、ちょっと聞き取れないくらいに訛っている。
いや、各国には方言というものがあって、方言女子は可愛いものなのだが…………
「おったまげただなぁ」
……これは、酷くないか?
いや、ギャップ萌えとかいうレベルじゃないんだ。
なんか、すげぇ残念な気持ちになる。
「な、なぁ。お前は……エルフ、なのか?」
「んだべや」
『んだべや』て……
見た感じ、このエルフに敵意はないようだ。
だが、木の上にいた時、こいつはこちらに弓を向けていた気がするんだがなぁ……漏れ出ていた殺気からして。
俺は、エルフの肩にかかっている弓へと視線を向ける。
「あぁ、これケ? オラとこの子が悪さしでかしてよそ様に迷惑さかけっことあったら、そん時ゃあオラの手で狩ってやらんば思ちょるけぇの」
じゃあ、さっきのはレッサードラゴンを狙ってたってことか。
にしても……
「なんでレッサードラゴンなんか飼ってるんだ?」
「こん森で仲良ぅ暮らしちゅう仲間だもんでの。昔っから共存しちゅうがよ」
エルフが手を差し出すと、レッサードラゴンはルゥシールの様子を窺いながらも、エルフの足元へと戻っていった。そして、エルフの足を囲むような格好で地に伏せる。
あれはきっと、護りの姿勢なんだろうな。
エルフに近付く者には容赦なく襲い掛かってくるのだろう。
「だったら、人を襲わないように躾けておいてくれ」
「すまんこってすなぁ。人様を襲うことは滅多っくたないんだども、おめぇさん方強ぇかんなぁ、それでハナコさ、びっくらこいちまったんかも知れんがのぉ」
『びっくらこいた』て……
「もすかすて、おめぇさのドラゴンの気さ感ずとって、立つ向かって行ったんかも知れんがの」
「わたしの、ですか?」
「んだ。ハナコは勇敢なドラゴンだもんでなぁ」
思いっきり服従のポーズしてたけどな。
「そん昔な……十五年ほど前だったかのぉ……オラがまだめんこい子供やったころだけ、たぶんそんくらいかの……この森におっかねぇドラゴンさ来たことがあるんだ」
訛りが酷いので、多くの言葉を補足と推測しながら理解していくと、以下のようなことになった。
エルフが言うには、エルフとレッサードラゴンは数百年も昔からこの森で共存関係にあり、平和に暮らしていた。時折紛れ込んでくる外敵を追い払い、森の平和は保たれていた。
しかし、十五年前に厄災が降りかかる。
この森に一頭の強力なドラゴンがやって来たのだ。
ドラゴンはこの森のレッサードラゴンをその支配下に置こうと目論み、森を蹂躙していった。
エルフが懸命の抵抗を見せるも、その力は凄まじく、誰一人としてドラゴンの蛮行を止めることは出来なかった。
「あぁ、こりゃもう、森さ捨ててどっか遠くへ逃げんばいかんかと、みんな諦めちょった……あん黒かドラゴンは強過ぎたもんでの……勝てる気がこれっぽっちもせんかったがよ」
「黒い……ドラゴン」
ルゥシールの口から言葉が漏れる。
俺も、首筋に寒いものを感じた。
黒いドラゴンと言えば……ダークドラゴンだ。
十五年前と言えば、ルゥシールの前のダークドラゴンということになる。
そいつは、この森にいたのか……
「レッサードラゴンもほとんど奪われちまってぇ、こりゃいかん、お手上げだ、降参降参じゃあと思いよっただが……、そん時にな、一人の男が現れたんだ」
その男は、背中に巨大な剣を携え、単身でドラゴンへ立ち向かったのだという。
そして、激しい戦いの末、見事黒いドラゴンを打ち滅ぼしたのだと……
「【どらごんすれいやぁ】ば言うたがかのぉ……まんず、凄か腕っ節の男での、オラどもは救われたんじゃあ」
「【ドラゴンスレイヤー】が、ダークドラゴンを…………そうですか」
沈痛な面持ちで、ルゥシールが呟く。
その【ドラゴンスレイヤー】がダークドラゴンを倒したことにより、ルゥシールの中に闇の【ゼーレ】が目覚めたというわけだ。
……思うところがあるのだろう。ルゥシールの表情が色を無くしている。
「オメさも、あんの黒かドラゴンと似た感じがするの」
エルフの勘か、それとも気配を察知する能力に長けているのか、エルフはルゥシールを見つめてそんなことを言った。
ルゥシールの体が強張る。
が、エルフはそんなルゥシールに柔和な笑みを向けた。
「けんども、オメさはいいドラゴンみたいやのぉ。オメさからは悪い気は全然感じられんけぇのぉ。むしろ生き物みんな守っちゃろうばいう優しさを感じるっちゃもんな」
エルフの微笑みに、ルゥシールはほっと息を漏らした。
「力はな、持つことが悪いんじゃねぇち、うっとこの婆さまが言うとったわな。大きな力は時に不幸を呼ぶ。だども、それに負けずに良かことに使えるモンは、ほんにシンの強い、良かモンやぁいうてのぉ」
シン……心か?
確かに、強大な力を得た者は、その力に振り回されて悲惨な生涯を送ることが少なくない。
その力に負けずに、それを正しいことに使える者こそが勇者や聖人と呼ばれるに相応しい人物なのだろう。
「だもんで、オメさはえぇドラゴンなんじゃろうの」
エルフの言葉に、ルゥシールは複雑な表情を見せる。
謙遜でも不安でもない、アレは……自責の表情。
どうせ、「自分のせいで周りに迷惑をかけているわたしがいい人なわけがない」とでも思っているのだろう。……アホめ。素直に喜んでおけばいいんだよ、褒められた時くらいはな。
「……ルゥシールは、いい娘」
「うむ。大切な仲間だ」
「……みなさん」
フランカとテオドラが胸を張って明言する。
そう。
ルゥシールは俺たちの大切な仲間なんだ。
いいヤツで当然だ。
「ええ仲間ば、恵まれなすったなぁ」
「……はい」
静かに言って、ルゥシールが俺に視線を向ける。
何も言わなくても伝わる。そんな瞬間があるとすれば、まさに今がそうだろう。
けど、俺も何かを伝えたい。
ルゥシールに、「お前は大したヤツなんだぞ」と、そう言ってやりたかった。
だから、俺は絶対の自信を持って断言する。
「おっぱい、大きいしな!」
「よかったら、オラとこの村さ寄ってかねか? 案内するだでよぉ」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
「……是非お邪魔するわ」
「エルフの村か。興味深いな」
「……おっぱい…………お~っぱい…………!」
みんなが俺を無視する。
なぜだ…………
「んだば、オラたちはこっちなんで、気を付けての」
「おいおいおい! 待てこら! 俺だけ置いていこうとするな!」
「オラとこの村、『卑猥物』禁止なんだ」
「誰が『卑猥物』か!?」
なんとか説得し、俺もエルフの村へ連れて行ってもらうことになった。
あぁ、よかった。
エルフの村は、森の中にひっそりと存在していた。
ここがそうだと言われなければ見落としてしまいそうな細い道に入り、草木をかき分けて進むと……
「わぁ……」
ルゥシールが思わず感嘆してしまうような、美しい村落が姿を現せた。
木の上や大木の『ウロ』に家が建ち、美しい花々が咲き乱れる、木漏れ日が宝石のように輝く幻想的な村。
美しいエルフたちが楽しげに談笑し、可愛らしい子供たちが走り回っている。
果実のような甘い香りがほのかに漂い、小鳥たちのさえずりが聞こえ、目に耳に鼻に楽しい、夢のような世界がそこに広がっていた。
「したっけぇ、うっとこの婆ッパ様が『こがん舐めくさったマネしくさりおって、おどれぶちくらすぞ!』ば騒いで大変やったっちゃもんねぇ」
「へぁ~、あの婆ッパ様がかや?」
「おったまげだなぁ」
「んだんだぁ」
……訂正。
耳には、楽しくない。
「……全員訛ってんのかよ?」
「こがん森ん中だでな。外のモンっちゃ、滅多くそ来んけぇ、どがんしても言葉さ独特になっちゅうがやろうねぇ」
「…………黙ってりゃ絵画みたいな風景なのになぁ……」
「……【搾乳】」
「ん? どうした、フランカ」
「……言葉が理解出来ない。翻訳の魔法を使っていい?」
「ぁあ…………たのむ。助かる」
フランカがぽそぽそと、小声で高速詠唱を行うと、俺たちの体を暖かい風が包み込んだ。
これで、相手の言葉を翻訳してくれるはずだ。…………ブレンドレル国内で翻訳が必要になるとはなぁ……
「ん? どがんしたがと? (おや? どうかされましたか?) 」
「あぁ、いや、何でもない。気にしないでくれ」
よしよし。ちゃんと翻訳されている。
これで意思の疎通は可能だろう。
と、村の中を見渡すと、確かに、村のあちこちにレッサードラゴンがいた。
エルフが腰かけておしゃべりしていたり、家の前に繋がれていたり。
ほとんどペットのような扱いだ。
「昔は対等な関係じゃったけんど、レッサードラゴンさ、一度オラたちを裏切ったでな。しょうがなかことやったとはいえ、これまで築き上げてきた信頼を一瞬で手放したんじゃ。それば取り戻すにはもうちょっと時間さかかるじゃろうの。 (昔は対等な関係だったのですが、レッサードラゴンは一度私たちを裏切ってしまいましたので。仕様がなかったとはいえ、これまで築き上げてきた信頼を一瞬で手放したわけですから。それを取り戻すにはもう少し時間がかかるでしょうね) 」
ダークドラゴンの脅威にさらされ、エルフに牙を剥いたレッサードラゴン。
その結果、今はペットのような扱いを受けているというわけか。
まぁ、しょうがないことかもな。
と、レッサードラゴンに乗ったエルフがこちらに向かってきた。
レッサードラゴンライダーか?
「あんれ、トシコさん。そん人ら、誰ぇ? (あら、トシコさん。そちらの方たちはどなた?) 」
レッサードラゴンライダーが俺たちを見て、人懐っこい笑みを浮かべる。
……トシコ?
「あぁ、カズコちゃん。実はなぁ、こん人ら、外から来なすったんよぉ。 (あら、カズコちゃん。実はね、こちらの方たちは外からおいでになったんですよ) 」
「あんれまぁ! 外から!? まぁ、珍しい。こんな田舎さ何しに来たがのぉ? こんなとこなぁ~んもありゃせんがよ? けんどまぁ、よぅおいでくださいましたなぁ。ちょっとみんなぁ~! こん人ら外からおいでくださったがやとぉ! (まぁ! 外からですか!? なんて珍しいのかしら。このような田舎に何をなさりにいらしたんですか? このような場所には何もありませんよ? とはいえ、よくお越しくださいました。みなさ~ん! こちらの皆様、森の外からお越しになったんですって~!) 」
レッサードラゴンライダーは仲間を呼んだ。
訛りエルフたちが現れた!
……みたいな状況になっている。
レッサードラゴンライダーの一声で、そこらでのんびり話をしていたエルフたちがわらわらと集まってきたのだ。……つか、翻訳、丁寧過ぎないか? ちょっと気持ち悪いぞ。
いや、でもまずその前に!
「……トシコって、誰だよ?」
「ん? オラん名だども……あっ! いっか~ん! オラとしたことが、すっかり名前さ名乗んの忘れとったがやねぇ。いや、オラとこのハナコさ、あんな懐かせる人ば初めて会うたもんでテンションさ上がちまっだだねぇ。いや~お恥ずかしなぁ、失礼ばこいてもて。 (え? 私の名前ですが……あっ! いけない。私としたことが、すっかり自己紹介を忘れていましたね。いえね、うちのハナコをあそこまで懐かせてしまう人に初めてお会いしたもので、少々興奮してしまいまして。お恥ずかしい限りです。大変失礼を――???――) 」
おいおいおい!
『こいてもて』が翻訳されてねぇぞ!?
翻訳の魔法が戸惑っちまってるじゃねぇか!
「どがんしたとや? さっきっからボヘーっちしくさってねぇ。 (どうかしましたか? 先ほどから様子が変ですよ?) 」
「い、いや、なんでもない。つか、俺たちもまだ名乗ってないし……こちらこそ、こいちまって悪かったなってな」
「こく? こくって、何を? (こく、ですか? こくというと、何をでしょうか?) 」
いや、こいたこいた言ってんのはお前の方だろう。何がかは知らねぇよ。乗っかっただけだし。
つか、こっちから使うと通じねぇって、なんか複雑なルールでもあんの『こく』には!?
「んで、こっち、カズコちゃん。ヨシノのおばちゃんとこの娘さん。 (そして、こちらはカズコちゃんです。ヨシノのおばさまの娘さんです) 」
まず、ヨシノのおばちゃんを知らねぇから。そんな嬉しそうに「ほら、あの子だよ」的に言われても……
レッサードラゴンライダーことカズコはぺこりと頭を下げる。
あぁ、もう! 仕草は可愛いんだよなぁ! しゃべりさえしなければ!
なに、このもったいない感!?
と、そうこうしているうちに、俺たちは無数のエルフに取り囲まれていた。
マジで『仲間が現れた!』状態だ。
「外から来なすったん? (外からおいでに……) 」
「ちょっと見て、この娘! 胸んばおっきかねぇ。 (ねぇ、見て……) 」
「やっぱ、外の人はオシャレさんばかりだなや。 (やっぱり、そ……) 」
「おみかん食べる? うっとこで作りよる無農薬のみかん。 (おみかん……) 」
「それかアメちゃんがええがかな? イチゴとハッカのんがあるがぞ。 (そ……) 」
「オラ、外の街さ行ってみたいだども、何か気を付けることあるだか? オラ、一人で外さ行けるだかなぁ? (オラ、外の街さ行……) 」
「オメさに外の街は似合わんわ。裏で畑でも耕しとるんがお似合いだぞ。なぁ? ほら、見てみぃ、外の人らもそう言うてごたるわ」
翻訳の魔法が追いつかなくなった!?
最後の方普通に「オラ」って翻訳を放棄しやがったし!
「オラがね」
「オラとこがね」
「うっとこも」
「だどもねぇ」
「ほんにねぇ」
よぉし、お前ら全員、一回黙れ!
思わず魔法をぶっ放してやろうかと思ったのだが、それを察知したのか連れの三人に腕をがっしりと押さえられてしまった。
「ご主人さん、ダメですよ!」
「む……そうか」
「……今、エルフの胸を揉もうとした」
「え? いや、俺は魔法を使おうと……」
「そのための魔力をエルフの胸を揉んで得ようとしたのだろう?」
「……まぁ、平たく言えば」
どうやら、止められたのは魔法の使用ではないようだ。
「ほれほれぇ! みんなでそがん騒ぎよったら、外ん人らびっくらこいてしまうがやろ! みんなちょっとは落ち着きやぁ! (ほら、みなさん! そんなに騒ぐとこちらのみなさんがビックリ――???――しまうでしょう!? 少し落ち着きましょう) 」
トシコが手をパンパンと叩いて訛りエルフたちを一歩ずつ後退させる。
で、今もサラッとこいたよな? ついには翻訳がエラーと認識したみたいだぞ。
「ごめんなぁ、うるさいとこで。失礼なこといっぱい言われて、機嫌悪ぅしたがか? (申し訳ありません、騒がしいところで。失礼なことを沢山言われて気分を害されましたか?) 」
「いや、大丈夫だ。八割方聞き取れていないから」
聞き取れても意味を把握出来ていない。翻訳魔法も匙を投げたしな。
「なぁ、みんな。こん人ら、ブレンドレルさ行きたいがやと (ねぇ、みなさん。こちらの方々はブレンドレルへ行きたいのだそうです) 」
「おぅ、ほならうっとこのジロキチばつこうたらええが。ジロキチん体はイカーばだけが取り柄やもんで、ちと遅いが、歩くより速かろうて。 (おぉ、だったらうちのジロキチを使えばいいよ。ジロキチは体が――イカー――なだけが取り柄だからね、少し遅いけれど歩くよりかは早いんじゃないかな。あはは) 」
おい。また翻訳されてない言葉が出てきたぞ。
で、それを補うように余計な爽やか補正入ってたけど?
確かに超絶イケメンエルフで、爽やかさが半端ないけども!
でもな、この超絶イケメンエルフなんだが……薄汚れた野良着を着ている。首には手ぬぐいを巻き、尻のポケットに軍手を突っ込んでいる。
明らかに「たった今まで畑仕事してました」と言わんばかりの出で立ちだ。
顔だけなら、どこかの国の王子様でも通用しそうなイケメンなのに!
なんなの、この残念ワールド!?
イケメンに同情したの、生まれて初めてだよ!
と、そんな爽やかなエルフの言葉に、他のエルフたちは一斉にうんうんと頷き始める。
「んだんだ。トミオんとこのジロキチなら安心だ」
「んだんだ」
「んだなぁ」
「ほんになぁ」
「んだんだ」
トシコが俺たちの向かう先を伝えると、こちらの意見はまるで聞かずに今後の予定が決定されたようだ。……なんだろう、この置いてけぼり感……
つうか、また翻訳魔法が拒否しやがったな……
と、いう具合に、今後の方針が円満に決まり、俺たちはトシコの家で少し寛がせてもらうことにした。
ここで一泊して、翌朝ジロキチとかいうレッサードラゴンに乗っけてもらって出発するのだ。
これで少しは落ち着ける。
と、思ったのだが…………田舎者を舐めていた。
「これ、うちの畑で採れたフキ。食べてなぁ。 (これ、うちの畑で採れたフキです。よかったら食べてくださいね) 」
「オラが育てた自然薯だぁ。すりこぎですってなぁ、塩ちょっと振って食ってくれなぁ。 (私が育てた自然薯――ヤマイモの一種――です。擂り粉木で摩り下ろして、塩味をつけてお召し上がりください) 」
「うっとこの山で採れたゼンマイ。炊いて食べてぇ。 (うちの山で採れたゼンマイ――山菜の一種――です。炊いてお召し上がりくださいね) 」
村中のエルフが自家製の食材を大量に持ち込んできたのだ。
っていうか、ラインナップが地味!
お肉ないの、お肉!?
「すまんことだども、許してやっておくれなぁ。みんな、外からの人が珍しいだけだでな。 (また騒がしくて申し訳ありません。けれどどうか許してあげてくださいね。村のみんなは外から来たあなた方が珍しいのですよ) 」
「まぁ……どの国でも、田舎の婆さんは、大体こんなノリだよな……」
ただ、見目が麗しいばっかりに侘しさが募るだけでな。
「外から人が来たのは十五年ぶりだで、みんなはしゃいどるんよぉ。 (外からのお客様は十五年ぶりですので、みんなはしゃいでいるんですよ) 」
「十五年前の【ドラゴンスレイヤー】というのは、どんな方だったんですか?」
お茶の準備を手伝いながら、ルゥシールが尋ねる。
やはり、気になるのか?
「強いのに、優しい男でなぁ。無暗やたらとドラゴンさ退治しとるんヤない~言うとったがぁ。 (強いのに優しい方でした。無暗やたらとドラゴンを退治しているのではないと、そう仰っていました) 」
ハンターではなかったようだな。
己の利益のためにドラゴンを狩るようなヤツなら、今からでも探し出してぶっ飛ばしてやるところだったが……この村を救うために、そいつは剣を抜いたのだろう。
それが分かってか、ルゥシールは少しだけホッとした表情を見せた。
「なんでもな、ここを襲った黒かドラゴンは、何かに対抗するためにでっけぇ軍隊さ作ろうとしとったがやと。 (彼が言うには、この森を襲った黒いドラゴンは、何かに対抗するために巨大な軍隊を作ろうとしていたようです) 」
「それで、最初に目をつけたのがレッサードラゴンだったのか」
おそらく、ゴールドドラゴン対策のつもりだったのだろう。
力で負ける分、数で対抗しようとしたのか……もしかしたら、先代のゴールドドラゴンなら、弱いレッサードラゴンを盾にすれば凌げると踏んだのかもしれない。
なにせ、先代のゴールドドラゴンはルゥシールの母親だからな。弱い者には牙を剥かなかった可能性がある。ま、俺の想像でしかないけどな。
でも、娘を見ていると親のこともなんとなく分かる気がするんだよな。
うん、あながち間違ってはいないだろう。
「んでな。【どらごんすれいやぁ】は『仲良しのエルフとレッサードラゴンの仲さ引き裂くち、なんばしようとか、このばかちんがぁ!』言うて、黒いドラゴンさ退治したがやよ。 (それで、その彼は『仲良しのエルフとレッサードラゴンの仲さ引き裂くち、なんばしようとか、このばかちんがぁ!』と仰って、黒いドラゴンを退治してくださったのです) 」
おいこら、翻訳の魔法よ……【ドラゴンスレイヤー】も訛ってんのか?
「ふむ。義のために剣を振るうか……。ルゥシールに迷惑をかけた男故、ワタシの敵になるかもしれんと思ったのだが……」
「あの、テオドラさん。ドラゴンが討たれるのはある意味では仕方のないことですので、どうかお気になさらずに」
「……気にしていないわ。私たちはただ、『自分が気に入らない』から言っているのよ」
「フランカさん……」
こいつらにとって、『ルゥシールを悲しませる者は敵』なのだろう。
ルゥシールのためではなく、自身の敵と判断しているようだ。
もちろん、俺もそうなのだが。
しかし、いざとなったらドラゴンの軍団を壊滅させなければいけないという覚悟はある。
ルゥシールの目の前で同族を手に掛けなければいけないこともあるだろう。
けれど、俺たちの心にあるものは一つ。
『仲間を傷付けるヤツは許さない』
それさえ忘れなければ、自分の立ち位置を見失うことは無いだろう。
「しかし、一人でダークドラゴンを倒したとなると……その男、相当な剣の腕前を持っていることになるな」
テオドラが腕組みをして唸る。
まさか、テオドラよりも腕の立つ剣士なのだろうか。だとしたら、そいつは相当強いぞ。
「そん【どらごんすれいやぁ】は、名をディエゴち言うとっただ。イカー剣ば背負っての。 (その【ドラゴンスレイヤー】は、お名前をディエゴさんといいました。――イカー――剣を背負っていましたよ) 」
「その『イカー』ってなんだよ?」
「大きいっちゅうことさね。 (大きい、という意味ですよ) 」
じゃあ、ジロキチはデカイってことだな。
「頬のここんとこにイカー傷ばあらっして、で、背は割と低かったかねぇ。 (頬のこの辺りに大きな傷跡があって、それから、背丈は割と低い方でした) 」
「……そんな特徴の凄い剣士に心当たりは無いの、テオドラ?」
「う~む……」
「あと、ほんのちょこっとだけ加齢臭がきつかったかね? (あとは、ほんの少しだけ加齢臭がきつかった気がします) 」
「父だっ!? 間違いなくワタシの父だ!」
「そこで気付いてやんなよ!? っつうか、さっき名前出てただろうが!」
なぜテオドラは加齢臭にしか反応しないのか!?
こいつの頭の中の父親はひたすら加齢臭のイメージしかないのか?
「ほなら、アンタがあの人の娘っこ? いや~、ホンマにめんこい人やったがねぇ!? (ということは、あなたがあの方のご息女なのですか? あらあら、まぁまぁ、なんということでしょう。本当に可愛い女性だったのですね!?) 」
トシコがテオドラの顔を覗き込み、パッと表情を輝かせる。
「いや、ディエゴさんね、娘が生まれたばっかりち言うで自慢ばーっかしとったがやと。『オラが娘ばめんこい~めんこい~』言うてな。 (実はですね、ディエゴさんが、娘さんが生まれたばかりだと仰って、ずっと自慢ばかりされていたそうですよ。『オラが娘ばめんこい~めんこい~』と、仰っていたそうです) 」
「なぁテオドラ。お前の父親、そんなに訛ってたのか?」
「どうだろうか……記憶があいまいで……」
もっと関心持ってやれよ、父親に!?
お前、探してるんだよね!?
なに? まさか、臭いを頼りに探し出すつもりなの!?
「ワタシは四歳になるまで母と暮らしていた。おそらく、その時代にここへ立ち寄ったのだろう。母は体の弱い人だった故、父の旅には同行出来なかったのだ」
その後父と二人暮らしをすることになったのであれば、おそらく母親はもう……
「龍族に伝わる薬があれば、母の病気が治ると……父は言っていたのだがな」
間に合わなかった……と、いうことだろう。
「いや、待てよ……『龍族ん薬ばあれば、おっかあの病気もケローっち治っちまっがぞなもし!』……だったかな?」
お前の中の父親のイメージ、ぐわんぐわん揺らぎまくってるな。
大丈夫か? 偶然再会した時にちゃんと認識出来るんだろうな?
「しかし、父が【ドラゴンスレイヤー】だったとは……ワタシといる時は一切ドラゴンと戦うことなど無かったのだが……」
「……薬が必要なくなって、龍族を探すのをやめたのかもしれないわね」
「ですね。龍族に人間が干渉しても、いいことはあまりありませんから」
テオドラの父はかつて【ドラゴンスレイヤー】で、ルゥシールの前のダークドラゴンを退治した。そのことがこいつらの関係を気まずくさせるかと思ったが……取り越し苦労だったようだ。
強いもんだ。どっちもな。
意外な情報を手に入れ、ヘンテコではあるが非常に頼もしい人脈も出来た。
エルフたちに任せておけば、この森を抜けることも容易だろう。
戸惑いはしたが、この村に来られたことはよかったな。
「トシコさぁ~ん? うちで炊いたおイモ、御裾わけに来たんだども? 外の人に食べさせてあげてぇ (トシ……――待機モードに入ります――) 」
「うちの漬物、い~っぱいあるけぇ、これも食べやんね?」
「オラが山の山菜だぁ、揚げて食えばほっぺた落っこちっかんな」
「イモが!」
「ゴボウが!」
「レンコンが!」
「ワラビが!」
「タケノコが!」
「シメジが!」
「モヤシが!」
「豆食え豆な!」
……これさえなきゃ、いい村なんだけどなぁ…………そんなに食えるかよ。いいから肉を食わせろよ。
あと、翻訳魔法……お前、使えねぇ!
「トシコさん、おるぅ? うちの婆ッパが外ん人に『でざぁと』食ってもらえって、これ持たせてくれたが。 (トシコさん、いらっしゃいますか? うちのお婆様がお客様に『デザート』を食べていただきなさいと、こちらを皆様に届けるよう申しつかって参りました) 」
「まぁ、すごかね~。みなさん、甘い物ば好いとぉと? (まぁ、それは素晴らしいですね。みなさん、甘いものはお好きですか?) 」
甘い物というワードに女性陣の瞳がきらりと輝く。
かくいう俺も、甘い物は大好きだ。
しかも、山菜とか根菜とか地味な色合いの食いものばかりを山積みにされた状況での甘味だ。思わず身を乗り出してしまうというものだ。
「たぁっくさんあるで、たぁんと食べてねぇ。 (たくさんご用意しております。存分にお召し上がりください) 」
そう言ってカズコが差し出してきたのは……サトイモだった。
「甘いよぉ、こん人が婆ッパのサトイモ。 (とても甘いですよ、こちらのお婆様のサトイモは) 」
「…………お、おぅ。ありがとよ」
美味しいけど……サトイモも好きだけども!
俺たちの求めてた物と違う!
俺たちは視線を交わし、明日の朝一番でここを発とうと無言で誓い合ったのだった。
いつもありがとうございます。
当初、エルフの言葉に翻訳はなかったのですが、
書いたものを読み返してみると……
「何言ってるのか分からんっ!?」
ということに気が付きましたので、フランカさんにお願いして翻訳の魔法を使ってもらいました。
まぁ、ちょっと責任感の薄い魔法ですけども……
出来上がったものを見直したりすると、こういう新しい発想が出て来るので面白いですね ^^
人の意見とかも、活かせるものは積極的に取り込んでいきたいですね。
エルフたちの方言なんですが、
最初は『おもひでぽろぽろ』を意識していたはずが、
いつの間にか『海が聞こえる』になっていましたね……なるべくまぜこぜにして、
日本に存在しない方言にしないと……
「オラが村の言葉さ、バカにすっどかぁ!?」
とか、クレームが来るかもしれませんし……
あくまで架空の言葉です。
ご主人さんとか、みそくそにこき下ろしますが、
架空の言葉ですからね!
それにしても、
方言っ娘って可愛いですよね。
東北訛りとか、九州とか、堪らんですね。
「こがんお願いしちゆうに、なして聞いてくれんがとぉ?」
とか、ちょっと拗ねた感じでお願いしたいです。
あと京都弁。
「おおきになぁ」
って、ふんわりした感じでお願いします!
あ、方言と言えば、この前新幹線で関西弁の女の子、(たぶん女子中学生が)こんな会話をしていたんです。
A「あんなぁ、先週うっとこにな、親戚の人仰山来はてんかぁ」
B「なんかあったん?」
A「うん。お爺ちゃんのなぁ……なんやっけ?」
B「ウチ、知らんやんww」
A「死んでからするヤツやん」
B「お葬式?」
A「ちゃうんねん。お葬式もう終わってん。えっとなぁ……あ、せや! 初夜!」
B「はぁ!? なんで初夜やねんww!?」
A「え、違うのん?」
B「あ、それ初七日ちゃうん!?」
A「あぁっ! それや!」
B「お葬式の後に初夜やったら、あんたんとこのお父さん生まれてへんやん!」
A「ホンマや!? で、なにお爺ちゃんの初夜に親戚一同集まって来とんねん!?」
B「いや、自分やん、言うたんww!」
関西弁って、楽しそうでいいですね。
女子中学生だったからかも、しれませんがね。
さて、書きにくい上に読みにくいのでエルフの集落はサクッと通過して、
次はいよいよブレンドレルです!
また移動の間に一ヶ月ほど経過するのですが、
遂に、戻ってきましたブレンドレル!!
お兄ちゃんと一緒にお風呂に入ってくれる可愛い妹…………もとい、
幼いながらも、誰よりも巨大な魔力を持っているために王位についているパルヴィ・ブレンドレルのいる王国です。
ご主人さんが国を出てから、実に六年ぶりの帰国です!
何かが起きそうなヨ・カ・ン♪
ご期待ください。
次回もよろしくお願いいたします。
とまと
 




