96話 深夜、二人で
「王族なんてらら~ら~らららら~ら~……」
鼻歌が、寂しく夜の闇に溶けていく。
一人寝の夜は久しぶりだ。
今頃みんな、温かい部屋で眠っていることだろう。
ポリメニスが用意していたのは、黒いゴーレムと同じく魔石で作られた大きな馬車だった。と言っても、客室を引くのは本物の馬ではなく馬型のゴーレムだったが。
本物の馬では到底引けないような巨大な客室は三階建てで、一階に操縦室とポリメニスの部屋、二階に男部屋、三階に女部屋が設けられていた。
二階は、移動時の座席になるため、折り畳み式の座席が置かれている。なので、三階には四人分のスペースがあるのに対し、二階には三人が眠れるだけのスペースしかない。
最初は男が三階で女が二階のつもりだったってことか? しかし、二階は三階へ行くために通過することになる。そんなところに女子を寝かせるなど言語道断だ。
だからやっぱり女子は三階で、そしたら男の方に一人入れないから、しょうがなく俺が上で寝ることに…………って、展開になっていたのか。
クソゥ。考えれば考えるほど悲しくなってくる。
なんで俺は独りぼっちで眠っているんだ…………くすん。
ポリメニスの計画では、移動しながら就寝して……というつもりだったようだが、入れないのでは仕方ない。ここで一泊してから明日出発することになった。
ちなみに、俺たちを研究所に招くことはやめたらしい。
「もともと、交渉するために招こうとしていただけだし、……それに君を招待すると色々盗られそうだし……」
と、ポリメニスは言っていた。
……つくづく失敬なヤツだ。
こっそり盗んだりはしないぞ。
あくまで堂々と、有無を言わさず譲ってもらうだけだ。
というわけで、俺たちは当初の予定通りブレンドレルへ向かうことにした。
運河を越えたところまでポリメニスに送ってもらい、そこで四天王たちと別れる。
四天王はオイヴィへの報告に戻らなければいけないし、ポリメニスが四天王に渡したいものがあるとかで、寄り道した後でカジャへ送ることになった。
ついでに、シルヴァネールもカジャへ連れて行ってもらうことにした。
ブレンドレルでは激しい戦闘が予想される。力を使わせたくない思いから、シルヴァネールには一時避難をしてもらうことにしたのだ。ドラゴン襲撃の際には否応なしに力を借りることになりそうだからな。
だいぶ渋ったシルヴァネールだったが、ポリメニスが『遠く離れた相手と交信出来る魔道具』をシルヴァネールとルゥシールにプレゼントし、それで何とか納得してもらった。……便利なもん持ってるよなぁ。
まぁ、シルヴァネールもオイヴィのところに預けておけば安心だろう。なんだかんだで面倒見がいいしな、オイヴィは。四天王にポリメニスも加われば、俺たちと共に行動するよりはるかに安全になるはずだ。
ダークドラゴンを殺せないゴールドドラゴンもまた、ドラゴンに狙われる危険があるのだそうだ。
使えないゴールドドラゴンなら殺してしまって、新しい者に光の【ゼーレ】を誕生させた方がドラゴンたちにとっては都合がいいのだ。
そんなことさせるかよ。
そこいらの事情も含めて、オイヴィにはよろしく伝えてもらわないとな。
何にせよ、明日になったら出発だ。
ゴーレム馬車を使えば明日中には運河に着くらしい。驚異的な速度だ。
乗り物酔いを懸念して、フランカはたっぷり寝ておくと言っていた。寝不足は乗り物酔いの天敵らしい。……移動中に寝た方が酔わない気がするんだけどなぁ。
まぁ、俺も早く寝て明日に備えるとしよう。
ここから先は何が起こるか分からないのだから……………………寂しくて眠れないよぉ……しくしくしく…………
「……ご主人さん、起きてますか?」
と、テントの入口に人影が見える。
音を立てないようにこそっと、静かな声で問いかけてきたのはルゥシールだった。
テントの中を遠慮がちに覗きこんでいる。
「どうした? 何かあったのか?」
俺は努めて冷静な声で受け答える。
「ぅわ~ん、ルゥシール! 寂しかったよぉ~!」という言葉を必死に飲み込んだ俺を褒め称えてほしい。
「いえ、何があったわけではないのですが……その…………ご主人さん、どうしているかなって…………寂しがってないかなって、心配になりましたので」
「ぅわ~ん、ルゥシール! 寂しかったよぉ~!」
飛びついたね。
なに、この娘?
超優しいんですけど!?
構ってほしい時に構ってくれる。それがルゥシールという名の天使だ。
胸に飛び込んだ俺の頭を、ルゥシールがよしよしと撫でてくれる。
あぁ、巨乳万歳。
後頭部まで埋もれてしまいたい。
「ご主人さん……ちょっと、くすぐったいです……鼻息が」
ふすーっ、そんなことは、ふすーっ、ないと、ふすーっ、思うのだが、ふすーっ!
あ、いけね……酸欠。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「ここで死ねれば、本望だ……」
「ダメですよ!? 生きてください!」
俺を胸から引きはがし、激しく揺さぶるルゥシール。
やめて……頭をそんなに揺さぶったら…………は、吐く……
危うく、夕飯で食べた獣の肉をすべてリバースするところだった。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……なんかこう、てんやわんやの方が落ち着く自分に今気が付いたよ……」
吐きそうだが、寂しいよりもはるかにマシだ。
ルゥシールは俺の背中をさすりながら、くすりと笑う。
「そうですね……わたしも、そう思います」
ルゥシールの微笑みは、夜の闇に彩られていつもより艶やかに見えた。
ほのかに色っぽい。
「少し、お話をしてもかまいませんか? あ、何か話があるわけではないんですが……世間話的な……そういうので」
「あ、あぁ、そうだな。少し話すか」
夜風が頬を撫で、背中が冷やりとする。
なのに、頬が少し熱いのはなぜだろう。
「……風が冷たいな………………入るか?」
「え……………………はい」
ルゥシールを伴って、テントの奥へと入る。
それほど広くはないテントだが、二人で座るくらいは可能だ。
やや湿ってはいるが、さほど気にはならない。
向かい合うべきか、隣り合うべきか……そんなことを悩んでいる間に、ルゥシールは俺の隣に腰を下ろす。肩が触れるか触れないかくらいの距離で、並んで座る。
「灯りをつけるか?」
「……いえ。このままで」
ランタンに手を伸ばしかけた俺だが、その動きを止める。
こんな暗いのに、灯りがいらないのか?
「たまには、夜の静けさを堪能するのも悪くないですよ」
そう言って、薄く輝く夜の闇に視線を向ける。
日中は霧が立ちこめていたこの谷底も、夜になると霧が晴れてきた。この付近は夜になると強い風が吹きつけて霧を吹き飛ばしてしまうのだそうだ。確かに夕飯前に激しい突風が吹き荒れて俺たちは避難を余儀なくされた。幸い、キモ男が川に落ちるという面白珍プレーが発生しただけで、被害は軽微なものだった。
それ以降は風も止み、霧も晴れ、穏やかに流れる川のせせらぎと辺りを柔らかく照らす月光が夜の世界のすべてになった。
何とも静かで穏やかな夜だ。
俺たちは、しばらくの間無言で夜に身をゆだねていた。
川のせせらぎと、微かに感じるルゥシールの気配。
ここだけ、世界が切り離されたような、そんな気がした。
「……ご主人さん」
「な、なんだ!?」
突然声をかけられて、体がビクッとしてしまった。
俺の反応に、ルゥシールも体を震わせる。
「あ、いえ……何か、話してほしいなと、思いまして」
驚いたためか、ルゥシールは胸を手で押さえつけている。
なんなら、手伝おうか? 押さえつけるの。大変だろ、そんなに大きいと?
いや、それよりもだ。
何か話題はないか……
って、こんな時はどんな話をすればいいんだ?
普段通りがいいんだろうが…………普段俺はこいつとどんな会話をしていたっけ?
いかん、普段のことが思い出せん。意識しないでおこうと思えば思うほど意識してしまう。
普通ってなんだ!? 普段通りってどんなんだ? 自然体ってどんな体勢だ?
「あ、あの、そんなに深く考えなくても……普段通りで構いませんよ?」
「ワインというのは、長い年月と職人の腕によって本当の美味さというものを……」
「そういう話は聞いたいことがありませんね。もっとご主人さんらしいお話でいいですよ?」
「『パイスラ』という言葉を知っているか?」
「その話題はやめましょう。『パイスラ』が何かは知りませんが、嫌な予感しかしないのでパスです」
「お前おっぱい大きいよなぁ」
「ご主人さんの引き出し少ないですねっ!? もう、底を尽いちゃいましたか!?」
なんだよ、なんだよ!?
そんなに言うなら、お前が何か話をしてみろよぉ!
「シルヴァがですね、ご主人さんのこと『とても優しい、いい人』って言ってましたよ」
「シルヴァネールは何が好きなんだ? お菓子か? ケーキか? 何でも買ってやると伝えてくれないか?」
「ご主人さん、あまりにもチョロ過ぎますよ!?」
あんなに素直ないい子は初めてだ。
リアルで妹にしたい。妄想の中ではすでに妹だがな!
「あの子が笑うのは久しぶりなんです。よほどご主人さんが気に入ったんでしょうね」
「何回か殴ってるから、謝ってやんないとなぁ」
「でも、それは……命をかけた戦いの中でのことですし……」
「あと、逆鱗、だっけ? あれも盛大にコスコスした」
「それは謝ってくださいっ!」
「ぅおうっ!? なんだ急に!?」
「逆鱗は触っちゃダメだと言ってるじゃないですか!? シルヴァは嫁入り前の女の子なんですよ!?」
「嫁入り、関係ある?」
「大有りです! いや、オオアリクイです!」
「なんで言い直した? 言い直した方、確実に間違ってるよな!?」
頬を膨らませ、俺に背を向けるルゥシール。
そんなに怒られることなのだろうか?
弱点だから、あまり触るなということか?
まぁ、あそこを触ると急に弱体化して「にゃあ」って鳴くしな。以後気を付けよう。
「で、お前のは触ってもいいんだっけ?」
「うっ……………………時と、場合により、やむなく…………可、です」
もじもじと、膝を抱えるようにルゥシールが項垂れる。
人間の時には逆鱗の痕跡は見受けられない。やはりウロコの状態でないと見分けがつかないんだな。
イタズラ心で。目の前の首筋に指でも這わせてやろうかとした、まさにその時、テントの外で泣き声が聞こえた。
「…………ぉ……ニィちゃ……ん!」
その声は、シルヴァネールのものだった。
俺とルゥシールは顔を見合わせ、すぐさまテントの出口へと向かった。
出入り口が小さいため、先に俺が顔を出す。
と、すぐ目の前に立っていたシルヴァネールが突然抱きついてきた。
「ぅう………………おニィぢゃぁん!」
鼻をぐずぐずいわせて、大泣きをしている。
「ど、どうした? 怖い夢でも見たか?」
頭を撫でて、背中をぽんぽんと叩き、優しい声を意識して話しかける。
するとシルヴァネールは首をぶんぶんと振り。さらにギュッと身を寄せてくる。
首に、涙の滴が触れる。
「……ル……ルゥが…………いなくなっちゃったよぉ……! ルゥッ! ……ルゥッ!」
大声を上げて泣き出すシルヴァネール。
きっと、目が覚めた時にルゥシールの姿が見えなくて取り乱してしまったのだろう。
「シルヴァ、大丈夫ですよ! わたしはここにいますから!」
俺が出入り口をふさいでいるため、顔を出せないルゥシールは、懸命に声を張り上げる。
その声に反応したシルヴァネールは、俺の体を巻きこんでテントの中へと突入してくる。物凄い突進力だ。
俺は押し出されるようにテントの中へと転がされ、その間にシルヴァネールはルゥシールの胸の中へと飛び込んでいた。
ルゥシールはシルヴァネールを抱きしめ、何度も何度も頭を撫でている。
「よしよし。ごめんね、シルヴァ。驚かせちゃいましたね」
「…………ルゥ、死んじゃったかと思った…………」
「死にませんよ。ご主人さんが守ってくれますから……」
「…………ホント?」
と、シルヴァネールは涙に濡れた大きな瞳を俺に向けてくる。
そんな目で見つめられたら「否っ!」とか言えるわけがない。
「あぁ。当然だ」
俺は体を起こし、シルヴァネールの頭に手を乗せる。
少しでも不安が紛れるように、少しでも体温が伝わるようにゆっくりと撫でてやる。
「何があっても、ルゥシールは俺が守る」
「…………ご主人、さん……」
シルヴァネールからルゥシールへ視線を向けると……ルゥシールが驚いたような表情で俺を見ていた。
唇が微かに開き、瞳がうるんでいる。
……そ、そんな顔で見るな。……照れる。
「……あの、ご主人さん」
「ん…………なんだ?」
しばしの沈黙。
ルゥシールはシルヴァネールの背をさすりながら、俯き、次の言葉の準備をしている。
言い出そうかどうかを迷っている、そんな風に見受けられる。
なので急かさず、俺はルゥシールのタイミングを待つことにした。
沈黙はもうしばらく続き、やがてゆっくりとルゥシールが口を開く。
「……わたし」
言葉を追いかけるように、視線が俺に向けられる。
柔らかい笑顔を、テントに差し込む微かな月光が照らす。
青く、白く、闇色で……でも、とても綺麗な笑顔だと思った。
「ご主人さんに出会えて、本当によかったです」
今、言葉を発するのはもったいないような気がして、俺は何も言わずにその微笑みを見つめていた。
口を開けば、時間が流れ始めていく気がして……今だけは、時間が止まればいいとすら思った。
「ふみゅぅ……」
静寂を破ったのは、何とも可愛らしい寝息だった。
「シルヴァ……寝ちゃいました」
腕の中の幼い少女を覗き込んで、ルゥシールはくすくすと笑いを零す。
俺もそっと近寄り覗き込む。ルゥシールが体をずらしてくれて、シルヴァネールの寝顔を見せてくれる。
目尻が涙で赤く染まってはいるが、それは安心しきった無邪気な寝顔だった。
こいつは、ずっと一人で不安と戦っていたんだろうなと思う。
頼れる者もおらず、大好きなルゥシールを探し、一人で旅をしていたのだ。
きっと、凄く……寂しかったことだろう。
「今日はうんと甘やかしてやるといい」
「そうですね……今日はずっと抱っこしたまま眠るとします」
そう言うルゥシールと視線が合う。と、どちらからとなく笑い合った。
あぁ、これだ。
これが俺たちの普段通りなんだ。
とても、居心地がいい。
「それでは、そろそろお暇しますね」
「あぁ。シルヴァネール、連れて行けるか?」
「はい。抱っこし慣れていますので」
「そうか。じゃあ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
シルヴァネールを起こさないように、声を潜めて会話する。
ルゥシールがシルヴァネールを抱いたまま立ち上がろうとする。……が、シルヴァネールの小さな手がしっかりと俺の服を掴んでいた。さっき寝顔を覗いた時に掴まれたのか? 寝ていたはずだが……
俺は、シルヴァネールを起こさないように、そっと、その小さな手を服から離す………………離す…………離……………………はなっ…………………………離れない。
「本当に寝ているんだろうな?」
「確かに寝てますね。熟睡です」
「なんで、こんなに……この細い腕のどこにこんなパワーが!?」
「シルヴァは、一度抱きつくと起きるまで離れない娘なんですよね……」
先に言え、そういうことは。
「どうしましょう……ねぇ?」
「どうするったって……なぁ?」
シルヴァネールが離してくれない限り、俺たちは離れることが出来ない。
ルゥシールの方も、がっちりと抱きつかれていて、そう容易く離してくれそうにない。
俺も一緒に女子部屋で寝るか?
いや……フランカとテオドラだけならともかく、メイベルがいるからなぁ……あいつ、俺に厳しいんだよなぁ。
痴漢だなんだと騒がれるのも面倒だ。
「じゃあ…………ここで、寝ていく、か?」
「ふぇっ!?」
だって、しょうがないだろ?
それ以外に方法がないんだから。
「え…………っと、あ~…………そう、ですね……」
ルゥシールは、何かを真剣に考えている様子で、首と視線をテント内のあちらこちらへと向ける。
が、ようやく決心がついたようで、遠慮がちに俺へと視線を向けてくる。
「……では、…………そう、します」
ルゥシールがここで眠る。
俺と一緒に、だ。
それが決まっただけで、俺の心臓は圧縮されたようにキリリと痛みを伴う大はしゃぎをしやがった。
「ま、まぁ……シルヴァネールが寝ちゃったんだし、しょうがないよな!?」
「そ、そうですよね!? 仕方ないですよね!?」
「それに、二人で寝るったって、昔はよくやっていたんだし」
「そうですよね! 二人っきりだって、毎日のことで」
「あぁ、そうだ。懐かしいもんだ」
「はい、懐かしいですね」
「…………じゃあ、まぁ。寝ようか?」
「…………はい。寝ましょう……ね」
もぞもぞと、無言で俺たちは眠る準備を始める。
シルヴァネールを真ん中に挟んで、川の字で横になる。
真ん中にシルヴァネールがいるとはいえ…………ルゥシールが近い。顔がすぐそこにある。
「お、おやすみ」
「は、はい! おやすみなさい」
「みゅぅ…………」
「……今のは?」
「シルヴァですね。お休みの挨拶をしたのかもしれません」
「寝てるのに器用なヤツだな」
「ですね」
ルゥシールはくすくすと笑い、シルヴァネールの頬を指で突っつく。
本当に姉妹のようだ………………ふむ。
「なぁ」
「はい。なんでしょうか?」
「龍名ってのは、望むと望まないとに関係なく勝手につけられるんだよな?」
「そうですね。何ドラゴンになるかで、ほぼ決まっているようなものですね」
「シルヴァネールも、あまり気に入ってるような感じはしなかったな」
「シルヴァは、……そうかもしれませんね」
「お前のも、なんかちょっと怖い意味だよな」
「まぁそうですね…………『滅ぼす者』、ですからねぇ」
ルゥシールも、欲しくてもらった名前ではないのだろうな……
「じゃあよ。俺もお前のこと『ルゥ』って呼んだ方がいいか?」
「ふぇえっ!?」
奇声を発すると共に、ルゥシールの顔が真っ赤に染まる。
そして、盛大に取り乱し始める。
「いや、あの、よ、幼名というのは、その……家族とか、本当に親しい……わたしでいえばシルヴァのような、幼いころからの知り合いくらいしか呼ばないもので……ですので、えっと…………ちょ、ちょっと恥ずかしいというか…………そう呼ばれると、なんだかもう……わたし、ダメになっちゃうというか……………………ぁあ、あのっ! と、とりあえず、『ルゥシール』と呼んでください…………今は、まだ」
「そうか?」
「は、はい! 是非! わたしは割と気に入っていますので」
「そうか。なら、今まで通り『ルゥシール』で」
「はい。それでお願いします…………今は」
それだけ言うと、ルゥシールは天井を見つめ、大きく深呼吸を繰り返す。
胸が膨らみ、しぼ……まない。
重力に逆らって、つんと上を向いている。……無敵か、こいつのおっぱいは?
そんな揺れるおっぱいを見つめていると、徐々に眠気が襲ってきた。
おっぱいには催眠効果まであるのか……
おっぱいがひとつ……おっぱいがふたつ……おっぱいがみっつ…………おっぱいが………………おっぱいが………………いっぱい……
そうして、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
早朝。
私は静かに瞼を開けた。
まだ随分と早い時間だが、目が覚めてしまった。
体を起こすと、自分の両サイドにルゥとおニィちゃんがいた。私を挟むような格好で眠っていたようだ。
昨晩、ふと目覚めるとルゥがいなくなっていて、私は取り乱してしまった。
龍族の刺客がルゥを襲ったのかもしれないという嫌な想像が脳裏をかすめ、途端に泣き出してしまった。
どうしていいか分からなくなった私は、とにかく頼れそうな人物に会いに行くことにした。
おニィちゃんだ。
おニィちゃんなら何とかしてくれそうな、そんな気がした。
おニィちゃんは凄い。
何でもお見通しみたいだ。
私は確かに、ルゥより少しだけ子供だ。本当言うと、もう少し甘えていたいと思っている。
けれど、光の【ゼーレ】が体内に誕生してからは、一人の大人として生きてきたつもりだ。
誰にも頼らず、弱みを見せず、自分の信じる道をひたすらに突き進んだ。
寂しさや孤独などという感情は心の奥深くにしまい込んでいた。
なのに、おニィちゃんはそんな私の心を見透かしたように言った。
『シルヴァネールも、もう一人で頑張らなくていい』と。
そして、……『よく、頑張ったな』と。
私は堪らず泣いてしまった。
どんなに大人ぶっていても、心の奥底で私は寂しいと思っていたのだ。
誰かに寄りかかりたいと……そして、『頑張った』と認めてほしかった。
自分でも気が付いていなかったことを、おニィちゃんに言い当てられた。
その瞬間、この人には敵わないのだと悟った。
だから、困ったことがあればおニィちゃんに頼ろうと決めた。
おニィちゃんなら、本当に…………どんな奇跡でも起こせそうだから。
それで、私は昨晩ここを訪れたのだ。
ルゥはここにいて、おニィちゃんとテントの中でお話をしていたようだった。
安心した。その途端、眠気が押し寄せてきた。
ルゥが背中をさすってくれて、ますます堪らなくなる。
そしてついに、私は完全に意識を手放した。
今眠れば、幸せな夢が見られそうな気がした。
結局、夢は見なかったけれど、目覚めはすっきりとしていた。
それにしても、ルゥはあんな夜中に何をしていたのだろう。
おニィちゃんのテントに入って、二人っきりで………………あっ!
そして私は発見する。
眠っているルゥとおニィちゃんの手がしっかりと繋がれていることを……
遅まきながらに理解する。なんだ、そういうことか…………
つまり、私は空気を読まずにお邪魔虫になってしまったようだ。
これは恥ずかしい。
迷惑をかけてしまった。
ルゥより少し幼いといえど、私も【ゼーレ】を持つ大人のドラゴンだ。
これ以上の野暮はするつもりはない。
私は、眠る二人を起こさないようにそっとテントを抜け出し、そして巨大な馬車へと戻った。
まだ少し眠い気がする。
今度は、自分に宛がわれたベッドで寝よう。
大丈夫。ルゥの無事が確認出来たのだから、もう一人でも眠れる。
昨日は、久しぶりの再会で甘えたい感情が溢れてしまっただけなのだ。もう大丈夫。何も問題はない。
そうして私は、軽快に客室の階段を上っていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……【搾乳】、起きて」
「ルゥシール。起きるのだ」
誰かが俺を起こしている。
この声は……フランカにテオドラか?
瞼を開けると、フランカが俺を覗き込んでいた。
……なんだ? 寝過ごしたか?
俺が身体を起こすと、隣で同じように起き上がってくるやつがいた。ルゥシールだ。
顔を向けると視線がぶつかる。
その瞬間思い出す。
昨日はこいつと一緒に寝たのだと。少し顔が熱くなる。が、大丈夫だ。やましいことなど何一つない。
なにせ、俺たちの間にはシルヴァネールが…………………………いない?
「……目が覚めたところで、一つ答えてほしいのだけれど」
フランカが、静かな声で言う。
俺の背筋に言いようのない冷気が駆け抜けていく。
ルゥシールも似たような気持ちでいるようで……額から脂汗を大量に垂れ流していた。
「……なんのつもりかしら?」
答えにくい質問が来た。
「何をしていた」ならば、シルヴァネールのことを交えて説明のしようがあるのだが……「なんのつもり」かと問われてしまうと……なんと答えていいのか、回答に迷ってしまう。
けれど、説明をすればきっと分かってくれるはずだ。
なにせ、何一つ嘘がないのだから。
夜中にシルヴァネールがやって来て、眠ってしまったからここで三人並んで眠っていた。
何も後ろめたいことなどないのだ。
俺がそのように説明しようとした時、テオドラがすっと人差し指を下へ向ける。
その指先をたどっていくと、俺の手にたどり着いた。
俺の手は、しっかりとルゥシールの手を握りしめていた。
しかも、指と指の間に相手の指が絡む、なんかいい感じの方の手の繋ぎ方でだ。
……あ、これ、弁明、無理だわ。
「……では、これより裁判を始めます」
フランカの厳かな声に、テント内の空気がピリッと張り詰める。
「……被告人は、正座」
「え?」
「……正座」
「あの、フランカさん……その前にわたしたちの話を……」
「……せ・い・ざ」
「「……はい」」
俺とルゥシールは大人しく言う通りに正座をし、大人しく裁きの時を待つことにした。
テントのシート越しとはいえ、河原での正座は、割と辛かった。
いつもありがとうございます。
「……で、どうする?」
「え……どうするって?」
「いや……だから…………どうする?」
「……どうするの?」
「え~…………俺は、別に、…………いいけど?」
「……私も……別に…………いいけど、さ」
みたいなこの感じ!
お前ら二人とも全然ウェルカムじゃねぇかよ!?
けど、お互いの微妙な距離を壊さないよう、慎重にって?
甘酸っぱいんじゃい、ボケェ!?
…………失礼、取り乱しました。
なんだか久しぶりに二人っきりな感じのお話でした。
まぁ、ちっちゃい子がいましたが、
寝ちゃってましたので。
今回の話ですが、
ルゥシールがご主人さんのテントに向かう前を想像してみますと……
「さぁ、もう寝ましょう。あ、フランカさんがもう寝てる……」
みたいな時に、真っ暗な部屋の中でふと……
「ご主人さん、大丈夫でしょうか?」
と、思ったわけですよね。
で、
「一人で寂しがってるんじゃないでしょうか? そう言えばエイミーさんの家に泊まった時も一人寝はどうとか言っていたような……きっと寂しがってますよね……泣いたりは流石にしていないでしょうが………………してないですよね?」
と、もやもやし始めて、
「あぁ、やっぱり心配です! ちょっと、ちょっとだけ様子を見に行きましょう。もしもう眠ってしまっていたのなら、そのまま帰ってくればいいだけですし。うん、そうしましょう。ちょっとだけ、軽く覗いてくるだけです」
って、自分になんか言い訳しつつ、
「……皆さんを起こさないようにそぉ~っと……」
と、足音を忍ばせて寝室を抜け出し、外に出たら夜の風に吹かれて、
「寒っ! ……こんなに寒くて、ご主人さん平気でしょうか? ちょっと急ぎましょう!」
って早足でテントに向かったんですよ、きっと!
可愛くない!?
この娘、なんか可愛くないですか!?
いつでもちょっと気にかけていてくれる系女子、大好きです!!
風邪引いたらお見舞いとかきてくれてさ、
「おじや作ったから食べてね」みたいな?
で、おでこに手とか乗せちゃって、
「まだちょっと熱いね。ちゃんと寝てなきゃダメだよ」みたいな?
かと思ったら風邪うつっちゃって、お見舞い行ったら、
「風邪うつっちゃうよ?」みたいな?
「でも、来てくれてありがと」みたいな?
そんなことやってんでしょうかね、世のリア充さんたちは。
ははっ、爆発すればいいのに。
すみません。
甘酸っぱい話書くと、ちょっとアレですね、
……病みますね。
「あ、雨降ってきたよ」
「えぇ~……早く病まないかなぁ」
「えっ!?」
「え?」
「…………」
「…………え?」
みたいなね。
……うん。少し、療養いたします。
今後ともよろしくお願いいたします。
とまと
 




