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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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95話 悪魔と道化の契約

「奪い返す…………って」


 ルゥシールが不安げな表情で俺を見る。

 心配するなと、笑みを向けてやると、眉はまだ歪んだままだが、ホッとした表情を見せた。


「エイルマー――私の祖先は、王位を奪われたんですよ。邪な支配欲にとりつかれた悪王サヴァスにね」


 勇猛果敢と謳われた二代目国王を悪王と切り捨てるポリメニス。

 まぁ、あながち間違ってはいないかもしれんがな。


 俺の読んだ書物によると、マウリーリオには二人の息子がおり、当初王位継承権は長男であるエイルマーにあった。

 マウリーリオがこの世を去るまでは……


 ガウルテリオとの戦いに勝利し次元の穴を結界で塞いだ後、マウリーリオはブレンドレル王国を建国し初代国王となる。魔法の研究に取り組みつつも、壊滅寸前にまで追いやられた世界を復興させることに尽力していたそうだ。

 そんな中、マウリーリオの第一子が誕生する。エイルマーである。

 建国間もない王国に誕生した跡取りの知らせは瞬く間に広がっていく。魔族との戦いで疲弊した世界にもたらされた希望の一報として。

 マウリーリオはエイルマーを大層可愛がり、自身の技術のすべてをエイルマーに託した。

 しかし、エイルマー誕生から十年後、次男サヴァスが誕生したことで王国は少しずつ軋みを上げ始める。


 サヴァスの体内には、夥しい量の魔力が存在していた。

 それは、当時の人間には有り得ない、魔族クラスのものだった。


 空に魔法陣が誕生して以後、世界に魔力が巡回するようになる。停滞していた魔力が世界中に行き渡り、地上の全生物が魔力に晒されて生活するようになると、次第に強い魔力を持つ者が誕生し始める。

 古の遺跡の影響を受けて魔力が増したオルミクル村の子供たちのように、魔力に触れた、主に子供たちにその変化は現れた。

 それと同時に魔力の研究が進み、人間の体内に宿る魔力は常識として人々の中に浸透していく。

 人類が新たに手に入れた力。

 世界を変える力。

 魔族をも超えることが出来る、絶大なる力。

 そして、その力をもっとも多く有していたのが、マウリーリオの次男、サヴァスだった。


「十年の差が命運を分けたんだろうねぇ。魔力に満ちた世界に誕生した弟に比べて、長男のエイルマーには殆ど魔力が宿っていなかった」


 魔法陣の完成は、エイルマー誕生の数年後だった。

 魔法陣誕生以前に、魔力に触れる機会の少なかったエイルマーと、魔力が満ちる世界に生まれたサヴァスには明確な差があった。

 どちらも、魔界に侵攻して魔力の影響を大きく受けていたマウリーリオの血を引いており、他の人間たちよりも優れた素質を持っていた。

 素材が同じなら、大きな差が生まれるのは土壌。環境だ。


 正式な後継者と認められていたエイルマーは、マウリーリオからその技術を受け継いだ。

 だが、継承権を持たないサヴァスはマウリーリオにその技術を教わることが出来なかった。技術を二つに分けることで起こる大きな衝突を避けるために。

 マウリーリオの技術はエイルマーただ一人に伝承された。それは徹底されており、家臣たちにも情報は与えられなかった。……それが、後々尾を引くことになる。


 一方のサヴァスは、持て余すほどの時間をすべて注ぎこんで、王宮内で研究が始まっていた魔法を学び始める。これが、後の二代目国王――ブレンドレルを『魔法王国』へと変貌させた二代目国王誕生の原点となった。


「王宮内にはサヴァスを支持する者が多かったようだな」

「だろうね。誰にでも使える『神器』より、選ばれた者しか使えない『魔法』の方が選民意識の強い連中には都合がいいからね。おまけに、仲間外れにされた家臣たちの反発も大きかったんじゃないかな」


 皮肉めいた声でポリメニスが言う。

 エイルマーが継承したマウリーリオの技術は、多くの者に力を与える技術だ。

 片や、サヴァスが手に入れた技術は、選ばれた者だけが力を得られる技術――選ばれた者がそうでない者を支配しやすい技術なのだ。


「権力に目のくらんだ貴族が多くいたんだろうねぇ」


 ポリメニスは吐き捨てるように言う。が、おそらく貴族ではない者の方が熱狂したに違いない。

 なにせ、どうやっても覆すことの出来なかった身分を覆すチャンスなのだから。

 魔法が使えれば、一気に出世が出来る、そういう世界が目の前にちらついていたのだから。当時の魔導士は目の色を変えたことだろう。

 容易に想像がつくところが悲しいが……


 そして、事態はマウリーリオの思惑を大きく外れる。


 結果として、マウリーリオの死後、サヴァス派の者たちが王位継承者であるエイルマーを追放し王国を乗っ取った。その瞬間、魔法が世界を支配し、ブレンドレルは魔法大国として生まれ変わったのだ。

 そして、ブレンドレルはごく限られた数名の者に権力を与え、支配されるようになる。


「でも、仮にも正当な王位継承者を追放って……そんなことが可能なのでしょうか?」


 ルゥシールが疑問を投げかける。

 それには、俺が書物から得た知識をもって答えてやる。


「盛大なデモンストレーションを行ったんだよ」

「デモン……?」

「書物によれば、エイルマーの戴冠式当日に、巨大な魔物がブレンドレルを襲ったと記されている」

「魔物がですか?」

「あぁ、まるで戴冠式を待っていたかのように、ドンピシャのタイミングでな」

「国中の人が国王に注目していたことだろうねぇ」


 ポリメニスの言う通り、戴冠式という一大イベントを見ようと王国中から人々が集まる中、魔物は王城を襲撃したらしい。

 もちろん、偶然なわけがない。


「エイルマーは神器を持ってその魔物に対峙した。精鋭の騎士を連れてな」

「けれど、結果は惨敗…………まぁ、今ならよく分かるけど、神器って、取り扱いが簡単じゃないんだよねぇ」


 当時の精鋭たちは神器の性能を十分に引き出すことが出来ずに、巨大な魔物に蹂躙された。

 そして、人々が恐怖に飲み込まれた時、颯爽と現れたのが、サヴァスだった。


「サヴァスの強大にして神聖なる魔法により、凶悪な魔物は一瞬のうちに葬り去られ、王国に迫った絶望的な危機は救われた……って、書いてたぜ」

「賞賛に値するね、悪王は。殺しのプロだ」


 俺が語り部よろしく書物の一文を話して聞かせると、ポリメニスは手を叩いて笑みを作り、盛大な嫌味を口にした。


「国民の支持を得たサヴァスは、取り巻きの貴族共の根回しもあって、後日正式に国王として戴冠している。国を守れるのは絶大なる魔法の力だと、国民の支持を集めてな」

「その習わしが、今も受け継がれているんですね。かの国では」

「だな。以後、長男も末っ子も、男女も年齢も関係なく、もっとも強大な魔力を持つものが国王になるという習慣が定着したってわけだ」


 そして、魔力を微塵も持たない俺はお払い箱っと。


「それで、国を追われたエイルマーさんはどうなったんですか?」

「サヴァスほどの男がみすみす見逃すはずはない……と思っていたんだが……」

「おめおめと生き延びたみたいだよ、私のご先祖様は」


 皮肉たっぷりにポリメニスが言う。


 書物に明記されていないことから、俺もエイルマーは殺害されたと思っていた。

 けれど、エイルマーは生き延びてひっそりと己の血と技術を受け継いでいたわけだ。


「……酷いです」


 ぽつりと、ルゥシールが言葉を漏らす。

 酷い。

 そう言われればその通りなのかもしれない。

 けれど、国や貴族というのはそういう生き物なのだ。

 欲と利権は貴族を構成する成分のほとんどだ。


「でね」


 重くなった空気をあえて無視するように、ポリメニスは底抜けに明るい声を上げる。


「そろそろいいんじゃないかなぁって思ってね。間違った流れを断ち切って、本来あるべき姿に戻したって」

「正式な王位継承者であったエイルマーの家系に王位を返せと?」

「そうそう。間違ってることは正さなきゃいかんでしょ?」


 指をパチンと鳴らし、ポリメニスは俺に人差し指の先を向ける。


「……けれど、そんなことをすれば【搾乳】は王子ではなくなる」

「主が継承権を取り戻して国王に就くことが出来なくなるな」


 フランカとテオドラがポリメニスの言葉を受けてそんなことを言う。

 いやいや、待て待て、待てってお前ら。


「俺は王位なんぞ欲しくもないぞ。元々俺には継承権はなかったし」

「ですが、それは王国の人間がそのように仕向けただけで、本来なら長男であるご主人さんが……」

「だから、その理論で行くと、そもそも王位はエイルマーのものだったはずだろってことだよ」

「過去は過去、今は今です!」


 都合のいい解釈だな、ルゥシール。


「とにかく、俺は王位なんぞ欲しくない。欲しいって言うんならそこのニヤケ顔にくれてやればいいんだよ、王位なんて」

「ニヤケ顔って……酷いなぁ」

「確かに酷い顔だ」

「おぉっと、重ね重ね酷いね君は」


 ポリメニスのニヤケ顔が若干引き攣る。


「どちらにせよ、俺はポリメニスに協力することになるだろうし、まぁついでだ、王位を持っていってもらおう」

「あの、ご主人さん……協力することになる、というのは?」

「……魔法陣を破壊して魔法の価値がなくなれば王様でいられなくなる、ということ?」

「魔法がなくてもこれまでの功績や血統で、そう簡単に王位を奪われることなどないと思うのだが?」


 ルゥシールに続いてフランカとテオドラも俺に疑問の視線を向けてくる。

 テオドラの言う通り、魔法が使えなくなってもしばらくの間は王位を奪われることはないだろう。そうころころ国王が変わってちゃ国がもたないからな。

 だから、そういうことではなくてだな。


「妹を、国王の座から引き離す」

「やはり、ご主人さんは…………妹さんが憎いのですか?」

「ばっか、ルゥシール! めっちゃ可愛いわ! 実の妹だぞ?」

「……では、なぜ?」

「俺は、あいつのお兄ちゃんだからな」

「いや、主よ。よく分からないのだが……」

「似合わないんだよ、あいつに王様なんて。それに……」


 知らず、俺は拳を握っていた。


「……ウチの妹が利用されるのは許せねぇしな」


 ついつい、怒りが込み上げてきてしまった。

 表情にも出ていたのだろう。俺を見ていた三人の顔が一瞬強張った。


「ぶっ壊さなきゃいけないものが、もう一つあるんだよ。そいつをぶっ壊すと、俺は自然にポリメニスに協力することになる」

「……ぶっ壊すというのは、王国の体制?」


 フランカの回答はある意味で正解だが、十分ではない。


「エイルマーの戴冠式当日、偶然魔物が城を襲ったと言ったろ?」

「まさか…………主よ、そうなのか?」


 テオドラは気が付いたようで、眉間にシワを寄せる。

 フランカも何かを感じ取ったのか、口を閉じアゴを押さえて考え込む。

 ただ一人、おろおろとするルゥシールに、俺は分かりやすく説明をしてやる。

 こいつは、俺と一緒に色々見てきたから分かるはずだ。


「明確な敵っていうのは、正義を示すために最も重宝するもんなんだ」


 人々に害をなす悪者、見た目が怖ければなおよろしい、そんな分かりやすい悪者を、分かりやすく倒す、分かりやすい正義の味方がいれば、国民は分かりやすく正義の味方を称賛する。


「つまり……」


 ルゥシールの喉が、ごくりと鳴る。

 古の遺跡の地下でバスコ・トロイは何をしていた?

 グレゴールたちは何を研究していた?

 それが分かれば、答えはすぐそこだ。


「ブレンドレルは、自ら魔物を召喚して国を襲わせているんだよ。自分たちが正義であり続けるためにな」


 ルゥシールが息を呑む。

 フランカとテオドラも表情を曇らせる。

 四天王の連中はそのあたりの事情を理解しているのだろう、気まずそうに視線を逸らしていた。


 魔物はマウリーリオの結界によって魔界に封じ込まれている。

 こちらの世界に出て来ることはほとんどない。

 だから、都合よく襲わせるためには召喚するしかない。単純な話だ。


 そして、その目論見は概ねうまくいっている。

 もっとも、魔物を取り逃がして世界に解き放った例はいくらでもあるがな。

 この世界にいる強力な魔物のほとんどは、そうやって地上へ出てきたやつらだ。


「おニィちゃん」


 その場の全員が黙り込んだせいか、シルヴァネールは遠慮がちに俺の服の裾を引っ張った。


「どうした、シルヴァネール?」

「……それも、書物から得た知識?」


 俺をジッと見つめるシルヴァネールの瞳は、まるで俺を心配しているかのように儚げだった。

 勘がいいのかもしれないな。

 過去の黒歴史を記した書物があったとしても、現在までそのようなことが行われているとは限らない。かつてはそうであったが、今は純粋な心で研究に取り組んでいる、そんな可能性もあるだろう。

 が、残念ながらそうじゃない。

 現在ブレンドレルが魔導ギルドにやらせている研究は、魔物を召喚し、あわよくば手なずけるためのものだ。

 いざという時は、『斬られ役』として使うために。


「書物には、魔物召喚の話は載ってなかったな」


 流石に口外出来なかったのかもしれない。

 どんな些細なことであっても知られるわけにはいかないと判断されれば、書物に書き遺すなんてことはしないだろう。


「書物にないものを、どうやってご主人さんは知ったんですか?」


 エイルマーの戴冠式を襲撃した魔物。そいつが召喚されたものだというのは推測でしかない。だが、確信はある。魔導ギルドの連中がこそこそと召喚魔法の研究をしていることも知っている。

 俺は随分と昔……九歳の頃にその事実を知ったのだ。


 なぜなら……


「魔界に捨てられた俺が、この世界に戻ってきたのは……召喚魔法でだからな」



 ……俺自身が召喚されたからだ。



「え……っ?」


 ルゥシールが固まり、シルヴァネールも目を見開く。

 フランカとテオドラも戸惑った表情を見せ、四天王も揃ってぽかんと口を開けている。

 ポリメニスは……知っていやがったのか、表情はまるで変わっていない。


「魔法陣はその制度によって通過出来る魔力の量が異なる。つまり召喚出来る魔物のランクが変わるってことだな」


 しょぼい魔法陣ではしょぼい魔物が、最高の魔法陣なら最高の魔神が召喚出来る。


「で、ある時。魔界に、魔神ガウルテリオですら召喚出来そうな最高級の魔法陣が出現した。その出来栄えは実にすばらしく、思わず見とれるほどだった」


 ガウルテリオも称賛していたな。

「ついに人間はここまでのモノを作れるようになったのか」と。


「まさか、王国はガウルテリオさんを召喚しようと?」

「いや、流石にそれはどうだろうな。勝ち目がゼロの魔神を召喚して、王国に旨みがあるとは思えない。多分、そこそこ強力な魔神を召喚するつもりだったか……恐ろしいまでの研究バカが自分『たち』の力を試したくてマニアックにこだわり続けた結果誕生してしまった最高級品だったか……ってとこだろう」

「……それで、その召喚魔法を使って【搾乳】はこの世界に帰還したのね」

「あぁ。ガウルテリオに、魔法陣の中に放り投げられてな」


 突然の別れにも、ガウルテリオは表情一つ変えずに、「彼女が出来たらママに紹介しにこいよ!」と、豪快に笑っていた。


「で、召喚されてみれば、とても見知った顔に出くわしたわけだ」


 俺が召喚されたのは、ブレンドレル城の地下深く。

 最重要機密とされている研究所で、そこにいたのは当時はもちろん、近年において最高と誉れ高い二人の魔導士――


「先王と、バスコ・トロイにな」


 自信作から出てきたのは、五年前に自らが魔界へ捨てた我が子だった。

 先王はそのショックで寝込み、命を削り取られていった。最終的には、数年のうちに若過ぎる生涯を閉じることになる。

 そして、それを機にバスコ・トロイもおかしくなっちまった。

 当然というか、なんというか、あれだけ完成度の高かった魔法陣は封印され、現在では使用禁止扱いとなっている。

 縁起が悪いとか、思われてんのかね?


「ふむ。それで、各地でその魔法陣を越える魔法陣を生み出そうと研究がされているわけか」


 テオドラが得心いったように頷く。


「あぁ。もしかしたら、気候や土壌、周りに溢れる魔力の影響で結果が変わるかもしれないだろ? だから、国中のあちこちに研究所が設けられているんだ」


 四天王へ視線を向けると、四人揃ってうんうんと頷いていた。

 まぁ、こいつらは魔法陣の研究をそっちのけで【魔界蟲】に傾倒していったみたいだがな。


「では、ご主人さんがぶっ壊したいものというのは……」

「あぁ。召喚魔法の研究……そして、くだらないデモンストレーションさ」


 妹が、そんな八百長まがいのくだらないショーで見せものになっているのも気に食わないし、罪もない魔界の魔物が王国のエゴで虐殺されるのも、ちょっとだが、ムカつく。

 何より……


「もっとも許せないのは、王国維持のためという名目の裏に透けて見える、宰相ゲイブマンのイヤらしい企みだな」


 魔導ギルドを束ね、実質、現在の王国を操っている宰相ゲイブマン。

 けれど、ゲイブマンはそれだけでは満足していないのだ。

 そんな権力や地位など、ヤツが目指すものの前では無価値に等しい。


「ゲイブマンは、デモンストレーションで妹が負けることを狙ってやがる」


 魔物との死闘。

 命がけのデモンストレーションで負けるということは、命を落とすということだ。

 そして、国王である妹が魔物に敗れた時、颯爽と登場するのは、ゲイブマンの息のかかった魔導士だろう。


「ゲイブマンは、妹から王位を奪い取ろうとしてやがる」


 ルゥシールの眉間に深いしわが刻まれる。

 テオドラも険しい表情を見せ、フランカは無表情の裏に静かな怒りを見せていた。


 とはいえ、今の俺では、王国を意のままに動かせるヤツに太刀打ちすることは出来ない。

 魔導ギルドの魔導士を一斉に相手にするのは自殺行為だ。おまけに、王国騎士団もいる。

 魔法と物理攻撃、おまけに召喚された魔物の総攻撃を凌ぎきる自信は無い。勝つ自信はと言われれば、もっと無い。


 だから、魔法陣を破壊するのだ。

 妹を救うために。

 王国を、ゲイブマンに渡さないために。



 そして、ガウルテリオを救うためにも。



「つぅわけで、王位についてもいいことなんか何もない。悪だくみしていやがる現在の家臣どもはみんな解雇してやるつもりだし、そこから国を建て直すのなんか面倒以外の何物でもない。だったら、そっちのニヤケ顔に押しつけてやった方が、俺は楽が出来てハッピーだ」


 妹を、これ以上王位に縛りつけておきたくもないしな。


「あとは、王族の親類として、ちょいちょい便宜を図ってくれりゃ言うことなしだな」

「まぁ、その辺はご期待に添えるとは思うけど…………なんだろうねぇ、君と話していると、君が一番の小悪党に見えてくるから不思議だね」

「別段、不思議では無かろう」

「王子は小悪党だからね」

「おまけに変態だしぃ!」

「女ったらしな上に鈍感で……姉さんが不憫だぜ……」

「うるさいぞ、髭、キモ男、ロリ巨乳、バプなんとか!」


 俺のまっとうな抗議を受けて、四天王が何やらぴーちくぱーちく文句を垂れているが聞く価値がないので一切を無視する。

 怒り心頭でピョンピョン跳ねて抗議するメイベルのたゆたう巨乳だけは一見の価値があったがな。


「マーヴィン君」

「なんだ、ニヤケ顔。そっからだとよく見えないのか? こっちから見ると絶景だぞ、来い来い」

「なんの話をしているんだ?」

「揺れるおっぱいの話だが?」

「……なんでそんな話をしているんだ?」

「揺れているからだろ」

「…………君は、真面目に会話出来る時間に制限でもかかっているのかい?」

「バカヤロウ! おっぱいのことを語る時はいつだって大真面目だ!」

「あ、ごめん、フランカのお嬢ちゃん。交渉の代理人引き受けてくれないかな?」

「……さじを投げないで、自分で頑張って、あなたと血の繋がりがある親族でしょう?」

「心を抉るようなこと言わないでよぉ……」


 ポリメニスが盛大に項垂れる。

 黒いゴーレムの肩に身を投げ出し、だらけきった体勢でこちらに視線を向ける。


「じゃあ、協力するから王位返して」

「おう、いいぞ」


 あっさりと交渉が成立すると、なぜかポリメニスは喜ぶ素振りも見せずに頭を抱えた。


「……私の十九年はなんだったんだ……緻密に計画を練って、慎重に慎重を重ねて行動してきたというのに……マーヴィン君のことだって、生まれた時からずっと調査していたのに……」

「おい、ストーカー」

「君のストーカーだと思われるくらいなら死んだ方がマシだ」


 ストーカーのくせに偉そうに。


「……長年【搾乳】を調査していたくせに、彼の性格を把握出来なかったあなたの落ち度」

「私の半生を全否定された気分だよ、フランカのお嬢ちゃん……君の言葉は心に刺さるねぇ……」


 フランカがポリメニスを泣かせている。

 ドSの本領発揮といったところか。


「とりあえずは、契約成立ということでいいんだな?」

「あぁ。これからは仲間。お友達。仲良くしてね、マーヴィン君」

「じゃあ、その黒いゴーレムでなんか飯を取ってきてくれ」

「はぁ!?」

「だってよ、お前の襲撃でこっちは荷物を全部失っちまったんだ。あ、そうだな、寝床も用意してくれ」

「私を小間使いにする気かい?」

「協力だよ、協力。そのゴーレムに『魚獲り機能』とかついてるんだろ、どうせ?」

「そんな不要なもの、ついてるわけないだろう?」

「何でもいいから、急げ、新入り」

「……ちょっとさぁ、誰かなんとか言ってやってくんないかな?」


 髪の毛を掻きむしり、ポリメニスが他の面々に視線を向ける。


「お魚が無理なら、木の実とかでもいいですよ。上の山まで行けば沢山あると思いますし」

「……魔力が尽きないゴーレムなら、獣の捕獲も容易」

「そうだな。では食材はお願いするとしよう。シルヴァネールは嫌いな食べ物はあるか?」

「特に…………あ、土ガエルが嫌いだから、それは避けてねニヤケさん」

「まぁ、新入りが走るのは当然のルールだから、しょうがねぇッスね」

「だよねぇ、あたしたちぃ、これでも先輩だしぃ、最初の頃は色々やらされてたしねぇ」

「なるほどな。なら新入りが全てを用意してしかるべきだな。あ、僕はベッドで寝たいからそれもよろしくな!」

「私は、姉たまが快適に過ごせる寝所を所望する。悪い虫が付かぬよう、カギ付きのものが好ましい」


 視線を向けた者たちが銘々好き勝手言っていて、ポリメニスは完全に脱力していた。


「……これ多分、マーヴィン君の小悪党成分が全員に感染したんだろうねぇ」

「「「「「「「失敬な!」」」」」」」


 ポリメニスの言葉に全員が一斉に反論する。

 って、失敬なのはお前ら全員だ!


「分かったよ! 用意するよ! すればいいんでしょう!?」


 半ばヤケクソ気味に、ポリメニスが叫び、黒いゴーレムが動き始めた。


「実を言うと、君たちには僕の研究所に来てもらうつもりでいたから移動用の乗り物を用意してたんだ。もちろん寝泊まりの出来る快適なものをね」


 なんだよ。そういうことは先に言えよ。


「ただ、予定より人増えたからさ……」


 と、ポリメニスがシルヴァネールを指さす。

 ルゥシールが「シルヴァを追い出すようなことはさせませんよ!」とでも言いたげにシルヴァネールを抱きしめる。

 ポリメニスもそのつもりはないようで、ルゥシールに手のひらを振って「そんなことはしませんよぉ」と合図を送る。


「なので、ジャンケンで負けた人は、あっちのテントで寝るということでどうかな?」


 ポリメニスが指さしたのは、俺たちが用意していたテントだ。

 川に落ちたせいで若干濡れている。

 元々男用として用意した小さ目のテントで、寝心地はそこそこというところか。

 男は常に一人以上見張りに立つ予定だったので、詰めればなんとか三人眠れる程度のサイズだ。


 正直、ポリメニスが用意した方が快適そうだ。


「よし、グレゴール。お前だけパーを出せ」

「ふざけるな! 貴様と姉たまを同じ屋根の下で眠らせるわけにはいかんのでな! 貴様に負けてもらうぞ!」

「そうだね。お姉さまを守るためにも、僕たちは全員ポリメニス側に泊まる必要がある」

「あたし女の子だしぃ、じゃんけん免除してほしいなぁ~」

「じゃあ、男だけでジャンケンってことでいいですかね?」


 おのれ、バプティストめ!?

 何を一人で優しい男子アピールしてやがんだ!? ずるいぞ!


「俺だって最初からそうするつもりだったもんね! ルゥシール、フランカ、テオドラ、それにシルヴァネールも、お前たちはそっちでゆっくり休むといいぞ」

「ありがとうございます、ご主人さん! よかったね、シルヴァ」

「うん。おニィちゃん、優しい」

「……そういう部分がたまにあるから、【搾乳】は、ずるい」

「ふむ。男を見せてくれるな、主は。連れとして、ワタシも誇らしいぞ」


 うむうむ、好感度がいい具合に上がったようだ。


「……ずるいよな、王子って」

「「うんうん」」


 バプティストの言葉にキモ男と髭が何度も首肯する。

 何がずるいんだよ?

 何もしてねぇだろ?


「じゃあ、ジャンケンするから、ニヤケ顔もこっち来い」

「私もかい!?」

「当たり前だろう!?」

「私は持ち主だよ!?」

「でも、男だろ?」

「…………ねぇ、君たちの中の誰でもいいからさ、なるべく早く彼に『遠慮』と『良識』って言葉叩き込んでおいてよね」

「……それはちょっと無理」

「主には難しい概念だからなぁ」

「ご主人さんは自然体な方なので」

「おニィちゃんは、何者にも影響されない」

「そうやって甘やかすから、ああ育っちゃうんだよ……もぅ」


 女性陣に小言を漏らしてから、ポリメニスはゴーレムから降りてきた。

 並んでみると、俺より背が高いのか。

 まぁ、顔は俺の方が上だからイーブンってとこか。


 男が全員集まり、円を作る。

 皆一様に真剣な表情だ。


「俺は、グーを出す!」

「なに!? それは本当かい!?」

「待てジェイル! 騙されるな!」

「そうだぜ、グレゴールの言う通りだ。この人、王子だぞ? あの、王子だからな!?」

「心理戦とは……小癪だねぇ。まぁ、受けて立つけどさ」


 ふふふ……これでこいつらは俺の手中にハマったも同然だ。

 俺がグーを出すと信じ込んだこいつらは全員最初にパーを出してくるに違いない。だから、俺が『最初にチョキ』を出せば、俺の一人勝ちだ。

 後は誰が勝とうが負けようが関係ない。俺があのテントを回避出来ればそれでいいのだ!

 この勝負、もらった!


「じゃあ、恨みっこなしの一回勝負で行くぜ! 最初はグー!」




 全員の拳が突き出される中…………俺だけチョキを出していた。




 夜を迎えた河原で一人。

 俺は、テントに横になった。


 チョキを出すのが、早過ぎた………………くすん。








いつもありがとうございます。



まず最初に、


『91話 シルヴァネール』と


『93話 ルゥとシルヴァとご主人さん あとフランカとテオドラも』の、


ルゥシールのシルヴァネールに対するお姉ちゃん口調を敬語に修正しました。

やはり、口調が変わるとルゥシールっぽくないので。



はい、というわけで、

ブレンドレルの過去のお話でした。


タイトルの悪魔と道化は、

悪魔と呼ばれたご主人さんと

王位奪還を虎視眈々と狙い道化のフリをしているポリメニスです。



そして、魔導ギルドの目的と、

ご主人さんの目的なんかもチラホラと……

物語も佳境に入ってまいりました!


前半真面目だったので、後半は遊んでみました。

本当は6000文字程度で終わる予定が……みんな遊び過ぎるんだもんなぁ……

10000文字オーバーになってしまいました。

真面目パートと同じだけ遊びました。


遊び盛りか!?




☆★まとめ★☆


・マウリーリオの後継者だったエイルマーは魔力が少ない点を突かれ追放されたよ。

・サヴァスを支持する人も結構いたんだねぇ。

・それで、サヴァスはまんまとブレンドレルを『魔法王国』にしちゃったんだ。

・その慣習が今も続いているんだね。

・でも、そのシステムには大きな闇が付きまとうんだ。

・妹ちゃんがピンチなんだね。

・年齢に関係なく王位につけるから、利用されちゃうんだね。

・王位には就いているけど、本当に国を操っているのは宰相ってわけか……

・妹ちゃんは王様だけど、本当の王様じゃないんだね。

・なら、俺が本当の王様を見せてあげますよ。一週間後、もう一度ここに集まってください。

・数日後……

・帰ってきませんね

・デカい口を叩いたくせに、本物王様を見つけられないんだろうよ。

・あんな強気なこと言って……本当に、本当の王様なんて見せられるのかしら……

・一方そのころ、博多では……

・よし、いいぞ! これで、本当の王様を見せられる!

・約束の日……

・みなさん、これが、本当の王様です!

・こ、これは!?

・話は後です。とにかく、食べてみてください。

・んっ!?

・まぁっ!

・むほっ!

・おいしいっ!

・芳醇な香りが食欲をそそり、舌の上で溶けてなくなっていくわ!

・かぁ~! こりゃうまいっ!

・博多の大海原で激しい波にもまれた王様は身が引き締まり、これだけのうまみが凝縮するんだ。

・まさに、本当の王様に相応しい風格ですね!

・くっ……これで勝ったと思うなよ!





あれれ~おかし~ぞ~?

いつの間にか究極のメニュー作ってるぞ?




というわけで、真面目な話も増えていくかと思います。

けど、基本は楽しい話でいきたいと思います!!



今後ともよろしくお願いいたします。


とまと

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