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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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87話 戦いのその後の彼女たちの日常のこれからの関係の……

「出来たぞ。ヌシの新たな剣――ルスイスパーダじゃ」


 グレゴールとの戦闘から二週間。

 ついに俺の剣が完成した。


 俺だけが呼び出され、屋敷の『奥の間』に案内された。

 普段は誰も立ち入ることのない特別な部屋なようで、そこに漂う空気はどことなく重々しく感じられた。嗅ぎ慣れない香りに鼻をヒクつかせていると「それは火の香りじゃ」とオイヴィが教えてくれた。

 この場所は、神聖なる火の精霊に守られた鍛冶師にとっての聖域らしい。


 オイヴィは、自身が鍛えた作品をこの場所へと持ち込み、銘を刻むのだという。

 鍛冶師に銘を刻まれた時、その武器には魂が宿るのだという。

 本来はオイヴィ以外の者は立ち入り禁止らしいのだが、俺は特別に銘を刻む場に同席させてもらった。



 そして、刻まれた銘が『ルスイスパーダ』――光の魔剣だ。



 ミスリル特有の青みがかった輝きの奥に燃えるような真紅が紛れている。見る角度によって異なる輝きを放つ刀身は薄く、細い。向こうが透けて見える程度に透明であり、一見すれば脆そうにも見える……が、触れなくても分かるほどに、この剣は強い。

 武器に魂が宿るということを、俺は今本当の意味で理解した。

 頑丈とか、攻撃力が高いとか、そんな安易なことではない。


 この剣は、強い。


 放つオーラが、剣に込められた魂が、強い。


「持ってみよ」


 言われて、俺は台座に置かれていたルスイスパーダを手に取った。


 触れた瞬間、剣の持つ生命力が体内へと流れ込んできた。

 鼓動を感じる。

 激しく渦巻くエネルギーに圧倒される。が、とても心地いい。

 剣が、俺を持ち主と認めてくれている。そう感じた。


「うむ、気に入られたようじゃの」


 オイヴィが満足げに頷く。

 マジで、剣に意志があるようだ。


「試しに、炎の魔法を纏わせてみよ」


 ここにいる火の精霊が機嫌を悪くしないように炎の魔法をということらしいが……


「いや、だからな。俺は魔力がないから誰かに借りないと……」

「感じんかの?」


 オイヴィが得意顔で俺を指さす。

 いや、俺の手元……ルスイスパーダを指さしている。


 …………マジでか?


 俺はルスイスパーダを見つめ、そしてグッと握り直す。

 そして、意識を刀身に集中して、炎の魔法を展開させた。


「ほぅ……! 見事じゃの」

「…………出来、た」


 ルスイスパーダの刀身に、美しい橙の焔が宿る。


「これは……ルスイスパーダの魔力か?」

「うむ。この剣は大気中に漂う魔力を吸収し蓄積しておくことが可能なのじゃ。連戦には向かんが……ヌシが飛び込むような戦火に置いては十二分に威力を発揮してくれるじゃろうて」


 強力な魔物は、その場にいるだけで辺りに魔力を放出し続ける。

 その魔力が吸収出来るのだとすれば……こんなに心強いものはない。

 俺の弱点を補ってくれる最高の剣じゃねぇか!


「サンキュー、オイヴィ! 最高だぜ!」

「ふむ。久しぶりに本気になったわ。何せヌシはテオドラほど剣の腕が立つわけでもないからの。使い手補正がない分、剣の出来を良くしておいてやらんとの……不良品じゃとクレームをつけられては敵わんからの」


 テオドラは俺よりうまく剣を扱えるから、俺ほど気を遣わなくてもいいってか?

 やかましいわ。

 けど、このルスイスパーダなら、テオドラとも互角にやり合えるかもしれない。

 まぁ、こいつで本気の手合わせなんか出来ないけどな。

 この剣が相手ならテオドラも本気を出さざるを得ないだろう……そんなもん、どっちかが死んじまうからな。


「ちなみにの、この剣が魔力を吸収する速度じゃが……」


 親指と人差し指でアゴを挟み、オイヴィは小首を傾げる。


「町の中では丸一日、戦場では小一時間でフルチャージというところかの」

「一時間か……」


 一度魔法剣を使うと、一時間はフルパワーが出せなくなるということだ。

 割と厳しいかもしれないな……


「なに、魔法剣を何度も使用せねばいかんほどの強敵が相手なら、もっと早くチャージ出来るじゃろうて。なんなら、敵の体内から直接奪い取ってやってもいいしの」


 なるほど。

 この剣で魔物を切れば、体内から魔力を奪えるのか。それは便利だ。


「それとの、ヌシの剣じゃということで、『らしさ』もきちんと付加しておいたぞ」

「『らしさ』?」

「むふん」


 オイヴィがここ一番のドヤ顔で俺に言う。


「おっぱいに挟めば一瞬でフルチャージじゃ」

「一気に格が落ちたな、この剣」


 この剣を挟めるほどのおっぱいと言えば、ルゥシールくらいのもんか……

 あの胸に、この剣を………………刃物とおっぱいのコラボレーション……有り、か。


「とりあえず一回挟んでくる!」

「食いつき方がハンパなくてちょっと引くのぅ」


 オイヴィが俺の服の裾を掴み、俺の退室を阻止する。

 離せ! おっぱいが俺を待っているのだ!


「ワは、今回……全身全霊をかけてその剣を打った。すべての雑念を捨て、その剣を打つことのみに集中して、この二週間を鍛冶場で過ごした」


 その言葉の通り、オイヴィはこの二週間、ずっと鍛冶場に籠っていた。

 俺やフランカはもとより、テオドラやルゥシールすらも鍛冶場に立ち入らせず、たまにバプティストに飯を運ばせるくらいだった。

 可能な限り他者との接触を無くし、ルスイスパーダを打つことのみに心血を注いでいた。

 鍛冶場からは朝と言わず夜と言わず、ずっと金属を打つ甲高く澄み切った音が漏れ聞こえていた。


 心配になるほどの入れ込みようで、鍛冶場から漏れ出て来る雰囲気に触れるだけでも、鬼気迫るものを感じていた。

 久しぶりに顔を見せてくれた時はホッと安堵の息を漏らしたほどだ。


 嘘偽りなく、オイヴィはこの剣を打つことに全精力を注いでいた。


「この剣は、ワの自信作じゃ…………最高傑作だと言っても、過言ではないと思うのじゃが、どうじゃ?」


 オイヴィの目が、静かに俺を見つめている。


『ワが、生涯最高の剣を打てた暁には、その剣で…………ワを殺してくりゃれ』


 以前、オイヴィは俺にそう言った。

 そして、今俺の腕の中にある一振りの剣。こいつは間違いなく最高の剣だ。これ以上の剣を、俺は見たことがない。

 マウリーリオの生み出した神器、魔槍サルグハルバでさえ、ここまでの躍動感を感じることはなかった。

 ルスイスパーダに宿る魂は、迸る生命の力強さを感じさせる。


 これ以上の剣が、今、この世界に存在しているとはとても思えない。


 では、これがオイヴィの最高傑作なのか……生涯最高の剣、なのか…………


「ダメだな」


 俺は裾を掴むオイヴィの手を取り、そっと引き離す。


「この剣で切っても、痛いだけできっと死ねない。こいつは確かに最高の剣だが、オイヴィの生涯最高の剣ではないだろう」

「……根拠はあるのかえ?」

「あぁ」


 俺はオイヴィの首筋にルスイスパーダの刃を添える。


「この剣が、お前を斬りたがっていない」


 これだけ刃を近付けても、一切の恐怖心がわかない。

 誤って首を掻き切ってしまってもおかしくないほど、鋭利な刃であるにも拘らず。


 この剣は意志を持っている。


 この剣は、オイヴィを斬りたいとは思っていない。

 むしろ、こいつは生みの親であるオイヴィを守りたいとすら思っている。俺にはそう感じる。


「こんな甘い考えの剣が、天才鍛冶師オイヴィ・マユラの生涯最高の剣なわけがねぇよ」


 剣とは、どんな御託を並べようが所詮は相手の命を奪うものだ。

 こんな甘ちゃんじゃ、天才鍛冶師の最高の看板は背負えねぇよ。


「それにな、オイヴィ。お前のその目」

「ワの、目……が、なんじゃ?」


 俺は、こちらを見つめてくるオイヴィの目を見つめ返す。

 その奥に揺らめく力強い輝きを。


「もっとすごい武器を打ちたいって言ってるぞ」


 目は口程に物を言う。

 あれは本当だな。


 オイヴィの目は、まだまだ満足していない。

 全身全霊でルスイスパーダを作ったせいで、余計に火が点いたのだろう。

 オイヴィの目は湧き上がる欲求を、実に素直に物語っていた。


「…………ふむ、なるほどの」


 俺に指摘され、オイヴィが自分の胸に手を当てる。

 自分自身に語りかけるように、かなりの間、俯いたまま口を閉じていた。

 そして、次に顔を上げた時には晴れやかな表情を浮かべていた。


「それじゃ、しょうがないの。またすごい武器を打って、ヌシを納得させてみせるわ。楽しみに待っててくりゃれや」


 くふふと、楽しげに笑い、オイヴィは奥の間のドアに手をかけた。

 ここでの話はこれで終わりらしい。

 俺はルスイスパーダを鞘へとしまい、オイヴィに促されるままに奥の間を後にした。


 奥の間を出ると空気が変わる。

 火の香りが弱くなり、空気も軽くなった気がする。


 そして俺はあることに気が付く。

 なるほどなと、納得もする。

 あいつに教えてやれば、きっと喜ぶに違ない。







 汗を流すために風呂に入るというオイヴィと別れ、俺は屋敷を出て庭へと出る。テオドラと剣の稽古をしていた裏庭だ。

 砂利を踏みしめて、石橋のかかる池のほとりへと向かう。


「あぁ、お姉さまぁ! 迷走している姿も美しい!」

「だからぁ、お姉ちゃんに馴れ馴れしくしないでって言ってるでしょぉ!」

「うるさいぞ! 姉さんが集中出来ないだろうが!」


 池の周りには、賑やかな連中が開いた。

 フランカと、それを取り巻く愉快な仲間たちだ。


「いい加減に黙れ、貴様ら。消し炭にしてやろうか?」


 変わったことと言えば、三人衆が晴れて四天王に戻ったところか。

 グレゴールも、あの戦闘の後この場所に留まりすっかり居候となっていた。

 俺や三人衆には以前と変わらない態度を見せるのだが……


「姉たまの邪魔をする者は容赦せんぞ!」


 ……姉たまって。髭面のオッサンの口から出ていい言葉じゃねぇだろ。

 グレゴールは、恐怖の水攻め地獄の後、すっかりフランカに怯えていたのだが、その後ふと現れたさりげない優しさに一発で轟沈し(夕飯を食べようとしないグレゴールに、「……食べなきゃダメ」と温かいスープを手渡したのだが、それが心に突き刺さったらしい)、今ではすっかりフランカに甘えまくりになってしまったのだ。

とはいえ、そこはフランカ。肉体の接触は厳禁で、こいつらが何を言おうが何をしでかそうが華麗にスルーを決め込んでいる。

 放置プレーってヤツか?

 そのくせ、四天王の技術と知識だけは遠慮なく教わり自分のものへとしていた。


 女王様と下僕達以外の何物でもない。

 まぁ、四天王がこぞって幸せそうだから別にいいんだけどな。


 今も、周りで気持ちの悪い会話を繰り広げている四天王を無視して瞑想にふけっている。

 呼吸一つ乱れず、完璧な無の境地に至っている。大した集中力だ。

 この訓練を行っておけば、たとえ戦闘中に詠唱の妨害を受けたとしても、魔法を遅らせることなく発動させることが可能になるのだ。

 バスコ・トロイなどは、恐ろしいまでの集中力を持っていた。

 フランカも、相当なレベルに達しているようだ。真面目だなぁ、こいつは。


 よく見ると、フランカは五個積み重ねた石の上に立っていた。

 そこで適当に集めたような大きさも形もバラバラな石を適当に積み上げ、その上に立っているのだ。

 瞼を閉じ、呼吸を整え、無の境地へと旅立つ。

 ルスイスパーダが完成するまでの二週間で、フランカはまたさらにレベルを上げたようだ。


「お姉さまぁ、もう我慢出来ません! 僕の熱いハグ&頬摺りを受け取ってくださぁ~い!」

「貴様、ずるいぞ! 姉たまにすりすりするのは私が先だ!」


 キモ男とグレゴールが瞑想するフランカに飛びかかる。


 バプティストとメイベルが「やめときゃいいのに」みたいな目で見守っている。

 って、おいおい。それは流石にまずいだろ!?

 と、俺が助けに入る間もなく、キモ男とグレゴールが吹き飛んでいった。


 フランカの髪の毛がふわりと揺れる。

 積み上げられた石は微塵も揺らぐことなく、ただ、辺りを包む空気だけが拡散されていく。

 突風に煽られたキモ男とグレゴールは空中を舞い、おまけのように乱射された火焔礫を全身に数十発ずつくらい、そのまま池の中へと落下していった。

 激しい水音としぶきが上がる。


 古池や、変態飛び込む、水の音。


「姉さんにちょっかい出そうなんて考えるからだぜ」

「まったくぅ、男って変態ばっかりなんだからぁ」


 バプティストはフランカに忠義を誓っているようで、女性として接してはいないようだ。この中では一番安心な男である。

 メイベルだけはフランカへの接触を許可されているため、他の連中に対し余裕を見せている。


 こんな変態に囲まれて大変かと思ったが、フランカのガードは日に日に堅くなっているようで安心した。


 と、俺の中でむくむくとイタズラ心が湧き上がってくる。

 無駄だと分かり切っていることをあえてやる、これが少年の心というものだ!


 フランカにそっと近付いて「わっ!」と驚かせてやりたくなったのだ。


 俺が近付いていくと、バプティストが「あっ」みたいな顔をしたので、「しぃ~」と口に指をあてて黙らせる。

 そして、フランカの目の前に立つ。

 俺の目に、とてつもなく凝縮された強大な魔力の反応が映る。……あれ、マズったかな?

 どうやら、フランカの警戒区域に踏み込んでしまったらしい。冗談で済む威力じゃないかもしれない……おそらく、触れようとするとやられる。


 ならば。


「凄い集中力だな、フランカ」


 敵意はないですよアピール!

 ……うっさい、直前でヘタれたとか言うな! 怖いもんは怖いんだよ。


「……えっ、【搾乳】? あっ、きゃっ!?」


 さっきまで、鋼鉄の精神で微動だにしなかったフランカが、突然バランスを崩した。

 足元の石が崩れて、バランスを失って俺の方へと倒れ込んでくる。


「危ねっ!?」


 咄嗟に受け止める。と、フランカが真正面から抱きついてきたような格好になった。

 俺の両肩に手を置き、全体重を俺に預けてくる。頬と頬が触れ合う。

 ふわりと舞った髪の毛から甘い香りがした。


「……ご、ごめんなさい」

「あ、いや……こっちこそ、驚かせて、悪い」


 崩れた石が足元に散乱しているせいか、フランカは何度かバランスを崩し、その度に俺に体重を預けてくる。


「……あ、足が……」


 見ると、フランカの足が少し震えていた。

 長時間瞑想をしていて、足に負担がかかっていたのかもしれないな。あまり根を詰め過ぎるのは感心しないな。


「修行も、ほどほどにな」

「…………うん」


 なんというか、フランカは最近大人しいよな?

 まぁ、四天王を調教してるんだから大人しいとは言い難いかもしれんが……俺に対しては随分と丸くなった気がする。危害を加えられることもなくなったし。どことなく優しいし。

 そう思うと、フランカのこの微かに甘い香りも、実に女の子っぽく感じるものだ。

 この香りは…………リンゴだな。

 そう言えば、フランカはいつも腰の布袋にリンゴを忍ばせていたな。それでか。

 リンゴが好きでよく食うのだろう。だから微かに香りが移っているのだ。


「フランカって、リンゴの匂いがするんだな」

「……っ!?」


 そう言った瞬間、フランカの顔がリンゴのように真っ赤に染まる。

 そして……


「どぅっ!?」


 腹部に鈍い痛みが……高圧縮された空気の塊をみぞおちに打ち込まれた……


「…………に、匂いとか……女性に言うのは、し、失礼……っ!」


 激しく肩を上下させ、フランカが怒気混じりに言う。


「……きききき……今日の、しゅ、修行は……おし、おおおおし、おしま、おし、おしまい! ちょ、ちょっと……お風呂をいただいてくる」


 それだけ言い残してさっさと屋敷の中へと引き上げていってしまった。

 ……おかしいなぁ。

 ついさっき、丸くなったとか、俺には優しいとか思ってたところなんだけどなぁ……あれぇ、気のせいなのかなぁ?


「王子……あんたって人は……」

「やっぱりぃ、あんたって変態だよねぇ」

「破廉恥なヤツめ!」

「恥という概念を学び直すがよい」


 四天王が各々吐き捨ててフランカの後を追う。

 ……って、後ろ二人には言われたくねぇよ! そこのずぶ濡れの変態ども! テメェらが濡れている理由を説明してみやがれってんだ!

 一緒にすんな。


「……それにしても、フランカのヤツ……詠唱速くなったなぁ……」


 ほぼ無詠唱と言ってもいいほどだ。

 これは、うかうかしてると越えられちゃうかもしれないな…………魔力がある分フランカの方が上か?

 いやいや! 俺にはルスイスパーダがある!

 フランカなんぞに後れを取るものか!


 と、そうだった。

 フランカを探していたわけではないのだ。

 ここにいると思ったんだけどなぁ……鍛冶場の方かな?

 痛むみぞおちを押さえながら、俺は鍛冶場へと足を運んだ。







「ドラゴンなんてらら~ら~ら~らら~ら~……」


 鍛冶場でルゥシールが黄昏ていた。


「何やってんだ?」

「ふぉうっ!? ご主人さん、どうしたんですか?」

「いや、ちょっとな……」


 鍛冶場の中を見渡してみる。

 火が落ちた鍛冶場は静かで、少し肌寒い。剣を打っている時はあれほどまでに熱く騒がしいというのに。そのギャップが、一層今の静けさを際立たせているようだ。


「何を黄昏ていたんだ?」

「……実は」


 火の消えたカマドの前で、ルゥシールは膝を抱き、丸くなって座っている。

 落ちていた枝を拾い、空っぽのカマドへとくべる。


「……わたし………………鍛冶師に向いてないんじゃないかと」

「向いてないんじゃないか?」

「即答ですか!?」


 いや、そもそも、お前鍛冶師目指してなかったじゃん。


「師匠の一世一代の武器制作に……一切噛めませんでした」

「噛む言うな」


 何をくだらないことでヘコんでいるんだ、こいつは?


 オイヴィは自分の人生をかけて、終了させるつもりで業火に向かい合ったのだ。

 部外者が邪魔出来るわけないだろう。


「最近では、雑務もわたしではなくバブ…………バポ……バ…………ば…………バスロマンさんに頼むようになられて……」

「うん。とりあえず、バプティストな」


 風呂の浪漫ってなんだ。


「師匠に、見放されてしまったのかもしれません……」


 本気で落ち込んでいるように見えるのだが……えっと、こいつはアホなのか?


「気を遣ってくれてるんだろうよ」

「気を……ですか?」

「あぁ」


 俺は、ルゥシールの隣に行き、普段オイヴィが座っている地面すれすれの低い椅子に腰を下ろす。カマドの真正面に配置され、左右には鍛冶に使う道具が所狭しと並んでいる。

 座ったままですべてに手が届くよう計算された配置なのだろう。人が一人、無理して二人が入れるような狭いスペースだ。

 なので、自然と身を寄せ合うように、詰めて座ることになる。

 肩や腕に、ルゥシールの温もりを感じる。


「お前が鍛冶師の才能を開花させちまったら、俺の旅はどうなるんだよ? ここでお別れか?」

「まさか! わたしは、どこまでもご主人さんのお供をしますよ!」

「けど、鍛冶師に興味が出てきたんだろ?」

「う……それは、あの……空いた時間に……」

「そんなので究められるような仕事なのか、鍛冶師ってのは?」

「いいえ! 鍛冶師は朝から晩まで炎と向かい合い、十年二十年かけてようやく一人前に…………あ」

「そういうことだ」


 ルゥシールは本当に筋がよかったのだろう。

 オイヴィがついついいろいろなことを教えたくなってしまうほどに。

 相槌を打たせてもらったと言っていたところを見ると、その入れ込みようがよく分かる。

 だからこそ、オイヴィはルゥシールを鍛冶仕事から遠ざけたのだ。

 この先の旅立ちに、迷いが出ないように。

 ルゥシールの心が、一欠けらもこの街に残らないように。


 やはり、オイヴィは大人だな。


「まっ! 俺の旅が終わって、お前の恩返しが終わって、それでもまだ鍛冶師に興味があるなら、その時改めて弟子入りさせてもらえよ」


 きっと、オイヴィなら歓迎してくれるだろう。


「そう……ですね」


 寄せ合った体を微かに動かして、ルゥシールは俺の顔を覗き込んでくる。

 首を傾げるようにして、俺の目を見上げてくる。

 そして、少し照れたように微笑んだ。


「でも、わたしはずっとご主人さんと一緒にいたいです。それが、最優先です」


 ふわりと、ルゥシールの香りが鼻をくすぐる。

 胸の奥がくすぐられるような、ざわざわと落ち着かない感情が膨れ上がってくる。

 それは、木苺の香りのような……甘酸っぱい気持ちだった。

 そうだ、ルゥシールのこの匂いは木苺に似ているのだ。


「お前、木苺みたいな匂いするよな」

「臭いですかっ!?」


 ルゥシールがガバッと立ち上がり、俺から距離を取る。

 が、狭い鍛冶場の中のこと。ルゥシールは敷き詰めるように並べられた作業道具に足を取られカマドに向かって倒れる。


「危ないっ!」


 咄嗟に立ち上がり、ルゥシールの腕を掴み引き寄せる。

 胸の中にルゥシールが飛び込んできて、それを受け止める。


「す、すみません……」

「ひや、ひにふるな……」


 俺の声がなんでこんなことになっているのかと言えば……

 胸に飛び込んできたルゥシールが、俺の鼻を摘まんでいるからだ。

 肩に手を置くとか、胸に頬を当てるとか、そういうことよりも前に鼻を摘まみにきやがった。……なんの真似だ?


「あの……とりあえず……わたし、お風呂に入ってきます!」


 ルゥシールが慌てた様子で鍛冶場を後にする。

 ……蹴散らかされたこれらの道具は俺が片付けるのか?


「やれやれだ……」


 俺は散らばった道具を片付けてから、テオドラがいそうな場所を考えていた。

 あいつに用があるんだけどなぁ。







 テオドラは、キッチンにいた。

 よく考えたら、夕飯前のこの時間はキッチンにいる確率が一番高いのだ。何せ、テオドラは毎日俺たち全員分の料理を作ってくれているのだから。


「やぁ、もう少しで出来るから、しばらく待っていてくれまいか?」


 割烹着を着たテオドラは、手慣れた様子で料理を作っている。

 お玉がよく似合う。けど、有事の際はあのお玉でさえ凶器に変えるのだろうな、こいつなら……


 火にかけた鍋をお玉でかき混ぜつつ、テオドラは鼻歌を口ずさむ。

 随分とリラックスした表情だ。家事が好きなんだろうな。とても真似出来そうもないし、非常に助かっている。

 この後もついてきてくれるそうで安心だ。家事が出来るヤツがいるといないとでは大違いだからな。

 ルゥシールも、『鍛冶』は好きみたいなんだけどなぁ……


「そう言えば、主よ。主は嫌いな食べ物はないのかな?」

「ん? まぁ、ないけど…………『あるじ』?」

「はっ!?」


 リラックス状態で油断した。……とでも言わんばかりに、テオドラは慌てた様子でこちらへと振り返り驚いた表情を見せた。

 お玉を俺に向けて構えている。


「や、あの……ち、違うのだ! ワタシだけ、君のことを呼ぶ時に『君』としか言っていなくてだな……咄嗟に呼ぶ時に『君ぃー!』ではその……味気ないというか……分かりにくいかと思って、君を指す呼び名がないものかずっと試行錯誤していたのだ!」


 まぁ、確かに『きみー』と呼ばれるよりかは、呼び名があった方がありがたいが……

 お前はずっとそんなことを考えていたのか?


「名前でいいんじゃないのか?」

「な、名前は、…………恥ずかしい」


 そんなもんか?


「じゃあ別に、ご主人さんでも【搾乳】でも、好きに呼べばいいだろうに」

「そんな…………他人と同じなんて……しかも二番煎じだし…………」

「呼び名って、そんないくつもあるもんじゃないだろう?」

「しかし! …………ワタシだって、少しは特別に……」


 どんどんと声が小さくなり、ついには囁くような大きさになってしまった。

 そんな小声でテオドラが呟く。


「…………迷惑、だろうか?」

「いや、何でも好きに呼べばいいけどよ」


 どんな呼び名だろうと俺は気にしない。

 なにせ、【搾乳】呼ばわりだもんな。アシノウラとか呼んでるヤツもいるし、何でもこいだぜ。


「で、では、主よ! すぐに完成させてしまうから居間で待っていてくれまいか」


 嬉しそうに微笑むと、テオドラは俺に背を向けて鍋を掻き回し始めた。

 鼻歌も軽快なものへと変わっている。


 と、ここで俺はテオドラに言いたかったこと、その確認を行う。


 鍋を見るテオドラの背後にそっと近付き……首筋に鼻を近付けてスンスンと鼻を鳴らす。


「ぅきゃあぁああああっ!?」


 突然、テオドラが凄い悲鳴を上げる。


「な、なんだよ!?」

「なんだよは、こっちのセリフだ! 何のつもりなのだ!?」

「いや、メイベルがお前のこと『変な匂いがする』って言ってたろ?」

「臭いのか!? やはりワタシは臭いのか!?」

「いや、そうじゃねぇよ」


 そう言って、俺はもう一度テオドラに顔を近付ける。


「ひっ!?」


 テオドラが身を固くする。

 うん。やっぱりこの匂いだ。


「テオドラお前、火の匂いがする」

「…………火?」


 オイヴィが連れて行ってくれた奥の間。そこで嗅いだ火の香り。その匂いが微かにテオドラからしているのだ。

 長くこの屋敷に滞在しているせいだろうか。

 それとも、刃物を抱いて寝るようなヤツだからだろうか……フランカから聞いたんだが、テオドラは抜身の剣を抱き枕にして眠るらしい……アホなのか、やっぱ?


「火の、匂い…………ちょっと、分からないが」

「俺の体からもしてないか? さっき奥の間に行ってきたんだ」


 俺は首の付近を曝け出し、テオドラの前へと突き出す。


「……し、失礼する」


 一言断って、テオドラが俺の首付近に鼻を近付けてくる。

 くんくんと鼻が鳴り、テオドラが匂いを嗅ぐ。

 くんくんと……

 くんくん、すんすんと……

 くんくん、すんすん、ふんふん、ふんがふんが、くんかんくか、すはーすはーと……って、嗅ぎ過ぎ!


 堪らず、俺は首を押さえながら体を離す。

 瞼を閉じて嗅覚に集中していたテオドラは、はっとした表情を見せる。


「お、おぉっ!? すまん! ちょっと夢中になってしまった」


 匂いを嗅がれるのって、ちょっと嫌かも……

 フランカとルゥシールには悪いことをしたかもしれない……

 あぁ、俺もお風呂に入りたくなってきた。が、今はオイヴィとフランカとルゥシールが入っているのだ…………ますますお風呂に入りたくなってきたぁっ!?


「とにかく、メイベルが言った『変な匂い』は、『臭い』んじゃなくて『嗅ぎ慣れていない』からだったんだよ」


 そのことを教えてやりたかったのだ。

 なんだか気にしていたようだったし。


「それを言うために、わざわざ……ワタシが気にしているから………………そうか」


 ふふっ……と、テオドラは笑みを零し、「やはり優しいな、主は」と、漏らす。


「しかし、だからと言って急に匂いを嗅ぐのはやめてほしかったぞ」

「あぁ、すまん。今俺もその嫌さ加減を実感したところだ。もう二度としないよ」

「ワタシはたまに主の匂いを嗅ぎたいがな」

「いや、嗅ぐなよ」

「しかし、なんだか気恥ずかしいな。よし、ワタシもお風呂に入ってこよう。主よ、鍋を見ていてくれまいか? これが温まれば完成だから」

「お、おう。それはいいが、嗅ぐなよ?」

「では、よろしく頼むぞ。主よ。これがお玉だ」

「うん。お玉は分かったから、嗅ぐなよ?」

「では、失礼する」

「『では』の前に『嗅がない』って約束してくれないかな!? なぁ、テオドラ!? テオドラァー!?」


 結局、テオドラはこちらを振り返ることなくキッチンを出て行ってしまった。

 ……もしかして俺は、とんでもないヤツを目覚めさせてしまったのではないだろうか…………匂いフェチという、恐ろしい魔物を…………っ!







 その後、風呂から上がってきたオイヴィとフランカは、なぜかまた深く落ち込んでいた。

 前も女子みんなで風呂に入った後にヘコんでいたことがあったよな?


「……あれは、凶器」

「驚異の胸囲よのぅ……」


 そんな言葉が、夕食前のリビングに寂しく溶けていった。








ご来訪ありがとうございます。


章分けはしておりませんが、今回でこの章は終わり、というところでしょうか。


戦闘の後のちょっとまったりした日常。

そんな話なのでサクサクっと終わらせるつもりが……長い。

ここ最近で一番長かったですね。

でもこの話を二つに分けるのはちょっと違うなと思い、

一話でたっぷり書かせていただきました。



というわけで、


テオドラは臭くないです!



あれです、

アロマ的な香りは、慣れてない人が嗅ぐとちょっと「……うっ」ってなるみたいな、

そんな感じだったのです。

臭くはないのです。




さて、

オイヴィが魔法剣を作りましたが……


マウリーリオの技術が確立されているということなのでしょう。

才能と技量さえあれば出来てしまうのです。

特にオイヴィは、マウリーリオ本人に会っているわけですから。


その技術が受け継がれているとも、言及していましたし。


そんなわけで、魔力を吸収出来る魔剣の誕生です。

これで、ご主人さんが胸を揉まなくなる日が来るかも!?


……まぁ、来ないでしょうね。



次回もよろしくお願いいたします。


とまと

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