表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/150

83話 銘々思う

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 突如出現した川に飲まれ流されていったご主人さんとテオドラさんを追いかけて、わたしたちはメイベルさんの風の魔法で川べりを移動してきました。

 付近にあった大きめの岩を風で浮かせ、それを風力によって高速移動させるという荒業でした。

 わたしたち三人が同時に移動出来るので非常に重宝しましたが、魔力の消費が尋常ではなく激しいそうで、追いついた後の戦闘には参加出来ないと断言されていました。


 それでも、追いつけるのなら問題ありません。

 後のことは、わたしとフランカさんでなんとかします。


 そして、ようやく追いついたと思った矢先、目の前でご主人さんが巨大な氷塊の直撃を受けたのです。


「ご主人さぁーんっ!」


 思わず叫んでしまいました。

 いつものご主人さんなら、あんなもの、片手であしらうほどの手軽さで回避してしまうはずなのに……

 氷塊が直撃した瞬間、ご主人さんの頭から血飛沫が飛び、わたしの心は一層かき乱されたのです。


 わたしは思わず走り出しました。けれど、ご主人さんの意識がなくなったからなのでしょうか……川を覆っていた氷が突然割れ、上流にて堰き止められていた大量の水が怒涛の勢いで押し寄せ何もかもを飲み込み押し流していってしまったのです。

 ご主人さんたちがいたすぐ先には滝があり……


「ご主人さんっ!?」

「……ルゥシール、行って! あいつは、私がなんとかする!」

「はい!」


 フランカさんに言われ、わたしは川沿いに走り出しました。

 すでにご主人さんとテオドラさんの姿は見えなくなっていましたが、あの二人がこれくらいのことでどうにかなるわけがありません!


 あぁ……こんな時、自分の意志でドラゴンに戻れれば…………

 いえ、益体ないことなどを考えている場合ではありません。

 今は、わたしに出来ることをやるのみです。

 すなわち、わたしはただ走るのみ。


 絶対に助けますからね!




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 こんな時に、後先考えずに駆けつけることが出来れば、どれだけいいだろうか。

 恥も外聞も捨て、感情を曝け出して、彼の名を叫びながら駆けつけることが出来れば、私はもう少し可愛げのある女になれるのかもしれない……


 けれど、私は考えてしまうのだ。

 今、自分が何をなすべきかを。冷静に。

 こんな時だというのに……こんな時だからこそ、私は誰よりも冷静になっていく……


「ぶはぁっ!? しっ、死ぬかと思った……っ!」


 崖の下へと押し流されていった【搾乳】とテオドラ。

 それに反し、この川の水を操っていると思われるキザったらしい男は、生への執着心丸出しのみっともない形相で川の中から顔を出す。

【魔界蟲】がこの男を守っているのだろう……


 私は、腹の底から湧き上がってくる感情を感じながらも、決して流されることなく、冷静に判断する。

 この男を敵と認定し、排除するための最良の方法を模索する。


 冷静に……

 感情に流されることなく……

 ただ、ひたすら冷静に………………………………この男を、許さない。


 もし、彼の身に何かあったら……いいえ、彼のことだから無事に決まっている。だから、この男には気の毒だとは思うが……彼の身に何があろうとなかろうと、お前は許さない!


「ん? おぉっ! メイベルじゃないか! 丁度良かった! 一緒にこいつらを始末するぞ!」


 忌まわしい濡れ鼠がメイベルに話しかけている。

 しかし、メイベルは取り合わない。


「あ~むりぃ。あたし、もう魔力使い果たしちゃったしぃ」

「ふん、情けない! 少しは僕を見習うがいい! いいか、僕はな……ふふふっ」


 濡れ鼠が川の上に浮上し、濡れた前髪をキザったらしく掻き上げる。

 飛沫が飛び、煩わしい。

 足元にいるのは、こいつの【魔界蟲】で間違いないだろう。


「あの王子を……一番厄介なあの王子を、この僕が、そう、『この僕が!』始末したのだ! 氷塊を後頭部にぶつけてやったら血を吹き出しながら意識を失いやがったさ! 僕に逆らうからこうなるんだ! 今頃は崖の下で潰れたトマトみたいになっているはずだ!」

「あ~ららぁ……ジェイルさぁ、あんたってバカよねぇ」


 ジェイルというのは、このウジムシの名だろうか?

 くだらない知識が増えてしまった………………これから死にゆく者の名など、覚えるだけ無駄なのに。


「どうしてさぁ、自分の実力に自信持ち過ぎちゃうかなぁ?」

「自信? 持つに決まっているだろう!? 僕は、ブレンドレル王国屈指の魔導士なんだぞ!? 僕に勝てるヤツなど、魔導ギルド四天王のリーダー【炎のグレゴール】くらいものもさ! で、あるならば、僕に敵はないのと同義だ! 自信を持って何が悪い!?」

「うん、まぁ、そうかもねぇ。でもそれってさぁ、フルパワーの時の話だよねぇ?」

「……何が言いたい…………?」

「今ここには三人の魔導士がいてぇ、そのうち二人は魔力切れ寸前なわけぇ。あとはぁ……分かるよねぇ?」

「…………は?」


 ジェイルという名のムシケラが私の方を見る。

 汚らわしい……視界に入ることにすら嫌悪感を覚える。


「…………ひっ!?」


 情けない声を漏らし、ジェイルという名の微生物以下の価値しかない矮小な生物が恐怖に顔を引き攣らせる。

 ……人の顔を見て恐怖するとは、随分と失礼ではないだろうか? ……教育が、必要なようだ。


「…………呪う」


 出し惜しみはしない。

 メイベルとの戦闘以降、使うことなく回復にいそしんでいた私の魔力をすべて解き放つ。

 特大の魔法陣を展開して、一番得意とする魔法をお見舞いする。


「ちょっ……待…………っ!?」

「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」


 悲鳴は聞こえなかった。

 私も初めて知ったのだが……ゴヌーン・タァークルは極限まで威力を高めると激しいスパークを発生させるらしい。これまでには見たことのない現象だった。

 私の魔力がレベルアップしたということなのだろうか。

 それとも、怒りによって限界を突破したのか…………

 どちらにせよ、彼のおかげだ。彼がいたから私は強くなれた。


 彼がいるなら、私はもっと強くなれる……


「………………お姉ちゃん……怖いぃ……」


 そばでメイベルが呟いた言葉は辛うじて聞き取れたが……聞かなかったことにした。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 水が途切れた…………くっ! 足が……っ!?

 おそらく、折れてはいないのだろうが…………動くのは無理そうだ。


 ワタシは、腕の中で眠る彼の頭にもう一度触れる。

 温かい。

 まだ呼吸はある。

 彼のことだ……これしきのことでどうこうなるはずがないと信用はしている。だが…………


「…………頼む。死なないでくれ…………」


 手のひらにべったりと付いた血の跡が、ワタシの心を掻き乱し不安を煽る。


 背後にそびえるのは、高さにして30メートル程度の断崖絶壁。

 ワタシたちはここを落ちてきたのだ。

 だが、彼の傷は落下の際に負ったものではない。


 ワタシを庇うために、彼は己の身体を盾にして…………そして、あの男の魔法をモロに喰らって…………っ!


「すまない…………ワタシが不甲斐ないばっかりに……っ!」


 あの時、なぜか体から力が抜けてしまった。修行が足りないのか……それとも、ここ最近不抜けてしまったせいかもしれない…………新たに出来た仲間と共に過ごすことを楽しいなどと思っていたから…………彼のそばにいると、胸の奥がぽわぽわとして……女らしくあろうなどと思ってしまったから……


「すまない……っ!」


 ぬかるんだ大地に寝転がったまま、彼の頭を胸に抱く。


 ワタシは今、大地の上に仰向けになり、胸の上に傷付いた彼を抱いている。

 全身に激しい痛みが走っている。……生きている証拠だな。

 よく生きていられたものだ。


 意識を失った彼を何が何でも守るため、ワタシは落下の最中ずっと彼の身体を抱いていた。

 両腕がふさがっているから、体重移動で岩肌に接近し、落下中に何度か突き出た岩を蹴り、時にはあえて自分の背を岩肌にぶつけ、少しでも勢いを殺し、着地の瞬間だけ右腕を離し抜刀して落下の衝撃を相殺させるほどの気合いを込めてカタナを振るった。

 ここでも未熟さが出てしまい、勢いを完全には殺せなかった。

 ワタシは体を反転させ、彼と地面の間に自分の体を潜り込ませる。


 それだけのことをして、なんとか彼の身体に大きなダメージを与えずに着地出来た。

 だが、ワタシの体はもう動かない。

 不甲斐ない。

 これでは、助けを呼びに行くことも出来ないじゃないか。

 崖の上でルゥシールたちの声を聞いた。みんながいれば、彼を助けられるはずだ…………なんとしてでも、助けを……っ!?


「痛………………っ!?」


 全身がバラバラになりそうな痛みが走る。

 しかし、いつまでも寝ているわけにはいかない。彼の出血量を考えれば、一刻の猶予もない。


 ワタシは悲鳴を上げる体に鞭を打って上半身を起こす。


「ぐぅぅぅっ!?」


 あまりの痛さに身を屈めてしまう。

 彼の頭の上に胸が乗っかってしまう……すまない、窮屈かもしれないが、少しだけ我慢してくれ……


「…………はぁっ……はぁっ……はぁっ…………大丈夫、いける」


 もう一度、体を持ち上げる。

 と、彼の体が地面へと転がり落ちてしまう。

 胸の上に頭を乗せ、その状態から上半身を起こしたせいで、彼の体が滑り落ちてしまったのだ。


「あぁ、すまない!」


 仰向けになった彼を、慌てて抱き上げる……はずが、全身が軋み上手くいかない。

 後頭部に傷があるのだ……ぬかるんだ土に触れさせておくわけにはいかない……


 何とか腕を伸ばし、彼の頭を持ち上げる。

 頭一つと言えど、軋む体でこの体勢を維持するのはきつい……どこか、汚れないところへ乗せないと…………体の上に乗せたままにしておいた方がよかったのか……しかし、今から同じ姿勢に戻るのも無理がある。自分が横になったあと、その上に彼の体を引き上げるだけの腕力がワタシにはもう残されていない。

 今持ち上げている頭を、どこかに乗せるだけで精いっぱいだ…………どこか、今すぐに準備の出来る、汚れない場所……近くに………………


「…………あ」


 ワタシは、座する己の体を見下ろす。

 仰向けに倒れていたせいか、体の前面には土がついていない。

 …………太ももの上なら、頭を乗せるのにちょうどいいかもしれない。いくら鍛えているとはいえ、ワタシも女だ。それなりの柔らかさもあるだろうし、彼も不快には思わないのではないだろうか……もちろん、硬い土の上と比較すれば、どちらかと言えばということではあるが…………


「……膝枕…………か」


 こんな時だというのに……

 それどころではないと分かっているのに…………


 心臓が暴れる。

 何をドキドキしているのだ、ワタシは!?

 緊急事態ではないか!

 仮に、『そういう行為』を行うことになったとしても、これは人命救助の一環ではないか!

 人工呼吸と同じだ!

 カウントされない!

 でなければ、ワタシの初チューは海でおぼれた際に父に受けた人工呼吸ということになる。

 それだけは嫌だ! 死んでも嫌だ!

 人命救助は別! 別枠! カウントには入らない!


 ……だから、これも………………


「……そうだ。これは…………カウントには、入らない…………」


 ワタシの初めてを、彼に捧げたとしても…………

 それにもし、万が一にもこの行為によって子を成したとしても……彼との結晶であるのなら…………


「……君には、不本意かもしれないが……どうか、気分を害さないでくれたまえよ…………」


 震える心臓を無視して、彼の頭を、そっと太ももの上に乗せる……


 …………膝枕を、してしまった…………っ!


 鼓動が危険な領域に突入している。

 呼吸が震える。……はは、おかしいな、少し、怖いだなんて……

 無意識に、涙が頬を伝う。

 けれど、決して嫌なわけじゃない。むしろ嬉し…………


「まったく、嫌になる…………」


 彼に出会ってからのワタシは、つくづく女の子なのだ。


「……君のせいだからな」


 自然と笑みがこぼれ、持ち上がった頬が涙の滴を掬い上げる。


「ふふ…………なんだろうな……この、満たされたような気持ちは…………」


 彼の髪を撫でる度、頬に触れる度、その温もりを実感する度に……愛おしさがこみあげてくる。

 心臓は落ち着きを取り戻し、少しだけ駆け足で鼓動を刻む。


 そう言えば以前、みんなで処女がどうとかいう話をしたな…………こんな形で捧げることになるなどと……彼に捧げることになるなどと……あの時は思いもしなかった。

 そう思うと、少しだけ残念な気持ちが湧き上がってきた。


「……これがカウントされないのは…………少し寂しいな」


 微かな呼吸を漏らす唇は少し薄く、とても柔らかそうだ。

 どうせなら、そっちも奪ってやろうか。そんなイタズラ心が頭をもたげる。

 ワタシをこんな風にした責任をとってもらわなければ……

 彼に思い知らせてやりたいよ。


 ワタシが、どれほど君を見つめているのかを。


 体が軋む。

 背を丸めるだけで全身が悲鳴を上げる。

 だが、それがなんだ。

 目の前にあるあの柔らかそうな唇に触れたい。その欲求の前には全身の痛みなど……瀕死の重傷程度は些末なことなのだ。

 二度と動けなくなってもいい……彼の唇を…………と、思ったその時。


「ご主人さぁーんっ!」


 心臓が破裂したかと思った。

 そして、正気に戻った。

 …………ワタシは、今、何をしようとしていたのだっ!?

 意識のない彼の唇を奪うなど、犯罪ではないか!?

 なんと破廉恥な!? なんとふしだらな!?

 ワタシのエッチ! エッチ!

 きっと彼のそばにいて伝染してしまったのだ!

 彼のエロスは伝染するのだ!


「テオドラさん! ご主人さんは!?」

「だ、大丈夫だ! 彼の貞操は守られた!」

「……貞操?」

「いいや、なんでもない!」


 崖を駆け下りてきたのだろうか、ルゥシールは全身に擦り傷を作っていた。

 それなのに、ワタシと……そして彼の顔を見ると安堵の表情を漏らし、極上の笑みを浮かべたのだ。

 少し、胸が痛んだ。

 ルゥシールに内緒で、ワタシは…………アンフェアなことを……


「すまない、ルゥシール」

「え、なんですか?」

「そ、その…………か、彼を……その、ひ、ひざっ……ひざま……」

「あぁ、膝枕ですか」

「女子が軽々しくそんな言葉を口にするな!」

「えぇっ!? なんでですか!?」

「破廉恥な!」

「膝枕がですか!?」


 膝枕が破廉恥でなければ何が破廉恥だというのだ!?

 いや、違う。怒ってどうする。謝るのだ。

 潔く、言い訳などせずに!


「ち、違うのだ! 後頭部に酷い傷を負っていてだな、ぬかるんだ土につけるとバイ菌とかが心配で……それで、ワタシの太ももなら泥よりかは幾分か、誤差程度かもしれんが清潔かと思ってそれで…………別にやましい気持ちがあったわけでは……いや、なくもないが……でもあの!」


 物凄く言い訳してる、ワタシ!?

 潔くはどうした!?

 剣士たる者、いついかなる時も潔くあるべきだろうに!


「ありがとうございます」

「…………え?」

「バイ菌、入らないように配慮してくださって」

「あ…………いや、礼を言われるようなことでは……」


 ルゥシールが微笑んでいる。

 微笑んで、こんな卑劣なワタシに礼を…………彼女は、聖女か?


「聖女って…………おっぱいが大きいのだな」

「どうしたんですか、テオドラさん!? まさか、ご主人さんを膝に乗せたせいでウツりましたか!? ご主人さん病が伝染しちゃいましたか!?」


 ルゥシールが慌てふためいてワタシの肩を掴む。


「痛っ!」

「あぁ、すみません! テオドラさんも全身傷だらけなんですよね!?」


 咄嗟に手を引っ込めてぺこぺこと頭を下げてくるルゥシール。

 彼女の手のひらに血が付いている。

 ワタシの出血も相当なものなのだな。


「もう、ご主人さん。早く起きてください! テオドラさんとご主人さんの怪我を治せるのはご主人さんだけなんですよ?」


 ルゥシールが彼の頬に手を添える。

 口調とは裏腹に、慈しむような、包み込むような、優しい手つきで。


 彼女もまた…………彼のことを本気で…………


 全身の傷とは種類の違う痛みが胸の奥に走る。

 体の痛みは我慢出来ても、この痛みは無理そうだ……


「あれ? 傷口が塞がってますね」


 彼の後頭部に指を伸ばしたルゥシールが驚いて声を上げる。

 傷が塞がっているって……そんなバカな。あれだけの大怪我を負っておきながら……


 しかし、彼の後頭部に触れてみると確かに傷は塞がっていた。ごつごつとした指触りは血が固まった後だろう。

 一体なぜ……


「あの、テオドラさん……その胸の血は?」


 ルゥシールがワタシの胸元を指さして尋ねてくる。

 視線を落とすと、比較的汚れていないワタシの体の前面において、その箇所だけが大量の血で汚れていた。


「あぁ、さっき蹲った時に彼の後頭部に触れていたのだ」

「それです!」

「え?」


 突然、ルゥシールが真面目な顔で言う。

 一体、何がそれなのだ?


「傷口はおそらく体内と似た扱いになるはずなんです」

「なんの話だ?」

「魔力伝導率です。傷口に胸を押しつけたことにより、テオドラさんの魔力がご主人さんの中に流れ込み、そして、体内の魔力が自身の体を修復するために使用されたんだと思います。バインしていないのがその根拠です!」


 言っていることはよく分からないが……押しつけたって言うのはちょっと…………まぁ、傍から見ればそう映らなくもないかも知れなくもないが……いや、でも……


「見てください、額と頬に大きめの切り傷が残っています」


 彼の体は、細かい切り傷が無数に出来ていたが、額と頬には一際大きな裂傷が見られた。

 後頭部の最も大きな傷が先に凝固しているのは、そこにルゥシールの言うように魔力が注ぎ込まれたからなのか?

 じゃあ、この傷にも魔力を注ぎこめば、もしかしたら、彼が目を覚ますかもしれないのか。


「そんなわけで、ご主人さんの顔に胸を押し当ててください!」

「なっ!? な、なに、何を言っているのだっ!?」

「胸もまた、魔力伝導率の高い箇所なのです」

「しかし……!」

「早くしないと、テオドラさんもご主人さんも危険です」

「けど……恥ずかしいではないか、そんな、胸を顔に押しつけるなど…………」

「テオドラさん」


 落ち着いた声で、ルゥシールに名を呼ばれる。


「わたしは、もう二度と羞恥心のせいで判断を誤りたくないんです」


 判断を誤る……


「ご主人さんとテオドラさんを救うためなら、胸くらいいくらでも、です!」


 そう言って、実に立派な胸を彼の顔面に押しつけた。


「それに、ご主人さんなら…………構いませんし」


 やや恥ずかしそうにしながら彼女が言う。

 羞恥心のせいで判断を誤る…………ルゥシールだって、恥ずかしくないわけはないのだ。

 なら、ワタシが恥ずかしがっている場合ではない。

 身を挺してワタシを守ってくれた彼に……ワタシに新たな道を示してくれた彼に、今こそ報いたい!


 少し体が軋むが……それ以上に身を裂かれるほど恥ずかしいのだが……ワタシは身を屈めて彼の額に自分の胸を乗せた。

 大きくてよかった。届いた。

 まぁ、隣にルゥシールの胸があるのでどうしても見劣りはしてしまうが…………あれは反則だと思う。


 胸を押しつけてぎゅむぎゅむすること数分。彼に変化があった。


「おぉっ!? ここは天国か? 俺、死んだのか?」

「ご主人さん!」


 彼が意識を取り戻した。

 ルゥシールは大喜びして彼を呼ぶ。

 ワタシもそうしようとして……言葉が出なかった。


 ワタシは、彼のことを何と呼んでいただろうか?


『彼』と。

『君』と。

 そんな風にしか呼んでいなかった。

 …………なんてことだ。こんな時に乗り遅れてしまうなんて……


 体を起こした彼は、自身の体を見回し、腕を上げて、首の骨をコキコキ鳴らし、全身の調子を確認する。

 そして、何か異変を見つけたのか、彼が表情を歪める。


「ん…………なんで魔力が? あ、ヤベ、出る!」

「ご主人さん、テオドラさんがご主人さんを守るために全身傷だらけです。回復を!」

「ん、そうなのか?」

「い、いや、ワタシは別に……」

「ありがとうな。助かったよ」


 …………その笑顔は反則だ。

 胸がきゅんとしたじゃないか。


「ルゥシールも傷だらけだな。駆けつけてくれたのか、ありがとうな」

「い、いえ! わたしは当然のことをしたまでで……それにご主人さんも酷い怪我なんですよ」

「そうか。んじゃ、みんなまとめて回復しとくか」


 言うや、彼が魔法を使ったのが分かった。

 まばゆい光があふれ出し、ワタシたちを包み込んだのだ。

 温かくて優しくて、まるで彼の腕に抱かれているような安心感を覚えた。


 あぁ……ダメだ。まいったよ…………



 ワタシは、完全に彼のことが……



 目も眩むような光の中で、ワタシはそんなことを考えていた。








いつもありがとうございます。


今回は女の子ターンでした。

ご主人さんはただ気を失って、ぎゅむぎゅむされてただけです。

えぇい、羨ましい!



そして、久しぶりのドSフランカ。

こうしてバプ……ナントカさんを調教したんでしょうね。


そして、

サラッとキザ男の名前が登場です。

が、まぁ、たぶん今後もキザ男のままでしょうね。

メンドイですし。




というわけで、今回の要点をまとめてみましょう。


・ご主人さんは伝染する

・聖女はおっぱいが大きい


この二点だけ押さえておけば、大丈夫です!

テストには出ませんけども!




次回もよろしくお願いいたします。



とまと

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ