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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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80話 帰路にて遭遇す

「折角用意したアイテムが、なんの役にも立ちませんでした……」


 大荷物を膝に抱え、帰りの馬車の中でルゥシールがうなだれている。

 狭い客室に大荷物を持ち込むなよ。客室の下に荷物入れが付いてんだからさ……


 客車の下に取り外し可能な箱形のソリが取り付けてあり、荷物はそこにしまってあるのだ。

 砂漠で引いていたソリがそれだ。

 結構な収納力を持つソリで、かなり重宝した。流石、国内の富裕国カジャの権力者所有の馬車だ。至れり尽くせりだな。

 鉱石や鍛冶製品を運びつつVIPも乗せられる馬車なのだろう。よく惜しげもなく貸してくれたものだ。

 オイヴィは、それだけカジャの街にとって重要な人物だということなのだろう。……どんだけ好きなんだよ、つるぺたロリ……


「……わたし、もうダウナーを卒業します。なんのお力にもなれないのでしたら、こんな技術など……」


 ルゥシールは完全に拗ねてしまっている。

 まぁ、ダウナーを卒業するのは、なんら問題ないけども。


「まぁまぁ、そう落ち込むな、ルゥシールよ」


 元気な声でテオドラが言い、L字の鉄の棒――ロッドを手に取る。


「これだって役に立つさ。ほら、背中の届きにくいところが掻きやすいではないか」


 ロッドを使い背中を掻いて見せるテオドラ。……それ、逆効果だろう? ある種ダウジング全否定じゃねぇか。


「なるほどぉ! そんな使い方もありましたか!?」


 あ、いいんだそれで。

 よかった、こいつがアホで。

 どことなく元気を取り戻したようなので一安心だ。


 俺は座席に深く腰掛けて、向かいに座るルゥシールを眺めていた。

 うんうん。ようやく笑顔が戻ってきたか。よいよい。


「わぁ! 見て見てぇ! 羊さぁ~ん!」


 窓の外へ身を乗り出さんばかりの勢いで景色を眺めているメイベルが大はしゃぎをしている。

【魔界蟲】に乗って移動していたんだから、馬車ごときたいして凄くはないと思うんだがなぁ……

 フランカが言うには「……子供は『乗り物に乗っている』という状況こそが重要で、速度や高度は二の次」らしい。楽しみ方のポイントが分からん。


「ねぇ、お姉ちゃん、見てぇ!」

「……えぇ。そうね…………」


 フランカは、行きに引き続き乗り物酔い真っただ中だ。

 一応、今回は気を遣って席順を変えたのだが……


 進行方向に向くようにルゥシールとフランカが座り、フランカの膝の上にはメイベルが座っている。

 ルゥシールの前に俺が、俺の隣にテオドラが座っている。……さすがのテオドラも、子供の目の前では刃物を出さないだろうと考えての席順だ。

 あの「とすっ」はヤバい……


「あ、オオカミさんだぁ!」


 窓の外を眺めて大はしゃぎしているメイベル。


「あの、ご主人さん……羊や狼って、そんなにウロウロしているものなんですか?」

「羊飼いが羊を放牧しているところへ、野生の狼が狩りに来たんじゃないのか?」

「一大事じゃないですか!? 助けに行きませんか!?」


 まぁ大丈夫だろう。羊飼いと狼は太古の昔からライバル関係にあるようなものだ。

 俺たちよりも狼の対処には慣れているだろうし、それで羊が守れないのであれば、それはそいつの腕が悪かったというだけのことだ。

 そんなことで時間を割いている暇はない。

 こっちはこっちで、天才鍛冶師に大急ぎで鉱石を届けなければいけないのだからな。


「あっ、オオカミさんを追いかけてデッカイ魔獣が出てきたよぉ! わぁ、火ぃ吹たぁ!」


 馬車の中の空気が一瞬凍りつく。


「…………あっ!」


 窓の外を見つめるメイベルが声を上げる。

 一同は次の言葉を無言で待ち構える。


「目が合ったぁ。凄い勢いでこっちに向かってくるよぉ!」

「おい、御者っ! ダッシュで逃げろぉ!」


 俺は馬車を操縦する御者に命令する。


「無理です! あんな巨大な魔獣から逃げ切れるわけありません! 諦めてください!」


 御者はパニックに陥っているのか、有り得ない要求をしてくる。

 諦めろって、どういうことだよ!?

「じゃあ、仕方ないかぁ」って、なるわけないだろう!?


「メイベル、なんとか出来るか!?」

「ん? よゆーだと思うけどぉ?」

「よし! じゃあ頼む、凌いでくれ!」

「えぇ~、どうしよっかなぁ~」


 このガキ……

 チラチラと俺を窺い見る視線が、何か見返りを求めている。

 これだからガキは……何かご褒美を寄越せってのか……


「うまく行ったら、フランカと一緒に寝ていいぞ」

「本当にぃ!?」


 そんなに嬉しいのか。

 想像以上に食いついてきた。


「いいだろ、フランカ?」

「……えぇ。速度を上げて、これ以上客車の揺れが激しくならないのなら……なんだってするわ……」


 どうやら、フランカはもう限界が近いようだ。


「メイベル。お前が頑張ると、フランカがご褒美をくれるそうだぞ」

「やったぁ!」


 諸手を挙げて喜ぶメイベル。

 本当にフランカが好きなんだな。


「じゃあねぇ、あたし、お姉ちゃんと二人っきりで寝たい!」


 …………この子は、大丈夫な子なんだよな?

 二人っきりを要求するとか……何を企んでいるんだ?


 客室内に、不穏な空気が流れる。


「だって、他の二人はなんかヤなんだもん!」

「えぇ、なんでですかっ!?」

「ワタシが何かしただろうか?」


 メイベルに「ヤ」と言われたルゥシールとテオドラが取り乱す。

 子供に嫌われるのは素でショック大きいもんな。特に女子的には。


「ルゥシールちゃんは、なんかずっとニヤニヤしてるし……たまに「はぅぅっ!」とか言って布団を抱きしめて身もだえてるしぃ!」

「へぅっ!? ……いや、アレは、その…………さ、昨晩は……ちょっと、色々と…………」


 ちらりと俺に視線を向けるルゥシール。

 ………………ほぅっ!? そうか、そういうことか!?


「こ、こっちを見るな、ルゥシール」

「み、見てませんよ! ……全然、見てませんでしたから。ご主人さんが見てるんです」

「見てねぇよ!」


 視線を合わせられず、俺とルゥシールは互いに逆方向へと顔を向ける。

 ……くっそ、向かい合う席になんかにしなければよかった……


「そう言えばぁ、夜中に聞こえた爆発音って何だったんだろうねぇ?」


 メイベルが小首を傾げて言う。


「なんかぁ、その音がした後、ルゥシールちゃん、一層気持ち悪いニヤケ顔してたんだよねぇ」

「そ、そんなことないですよ!?」


 爆発音……それはおそらく、ルゥシールと……その、……アレをした時に流れ込んできた魔力を俺が放出した時の音だろう。

 なんていうか、「うわぁーはずかしー!」って気持ちを感情の赴くままに吐き出したからなぁ……ルゥシールはそのことに気が付いていたってことか……


 そして、再び視線が交差する。

 はうっ!? 心臓がぁ……!

 俺、帰るまでに一生分の鼓動使い切っちまうかもしれない……


「そ、それで、テオドラさんはなんで嫌なんですか!?」


 ルゥシールが耐え切れずに話題をテオドラに振る。

 ……テオドラを犠牲に逃げる気だな。俺もその方がありがたいが……


「テオドラちゃんはねぇ……」


 メイベルが腕を組み、眉根を寄せて呟く。


「テオドラちゃんは、なんかちょっと変な匂いするし……」

「ちょっと待ってはくれまいかっ!? それは何かの間違いなのではないか!? もう一度! もう一度ちゃんと嗅いでみてはくれまいか!? 頼む! 今一度!」

「ヤッ!」


 テオドラが半狂乱だ。

 目には涙があふれている。相当嫌なんだろうな……

 っていうか、するのか、ちょっと変な匂い…………


「この際君でもいい! ワタシの全身を隈なく嗅いでみてはくれまいかっ!?」

「よしきたっ!」


 仲間に、それも美少女に涙目で頼まれたことを断れるはずがない! そんなものは男じゃない!

 全身の匂いを嗅いでくれなどという頼みならなおのこと断れるか! そんなものは男じゃない! あぁ、男じゃないさっ!


 が……


「ダメですからねっ!」

「……させない」


 向かいの席のルゥシールが俺の、フランカがテオドラの体を素早く取り押さえていた。

 なんていう連携プレーだ!?

 隣に座るテオドラに近付くことすら出来なかった。


「ねぇねぇ。魔獣がもうすぐそこまで来てるよぉ?」

「……メイベル、撃退して」

「うん! 分かったぁ!」


 メイベルが真っ直ぐに腕を上げ、元気よく返事する。


「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― だよぉっ! 」


 メイベルの高速詠唱と同時に、馬車の外から爆音が聞こえてくる。

 馬車が揺れ、馬が盛大に嘶く。

 御者が「うわぁっ!?」と悲鳴を上げるが、馬車は横転することもなく前進を続ける。

 きっと、巧みな手綱さばきで馬を制御したのだろう。出来る御者である。


「うん。もう大丈夫だよぉ」


 窓の外に首を出し、状況を確認するメイベル。

 魔獣をきちんと撃退したらしく、自慢げな笑みを浮かべている。

 客室内にいながら外の魔獣を倒すとか、使えるなぁ、こいつは。

 随分と楽が出来た。


 これで、何の問題もなくカジャの街へ戻れるだろう。

 そう思っていたのだが……


 突然馬車が急停車し、ルゥシールとフランカはつんのめるように座席から投げ出される。


「きゃっ!?」


 ルゥシールが俺の胸に飛び込んでくる。

 胸のあたりに柔らかくも弾力のある物体が押しつけられる。


「す、すみません! ご主人さん!」


 俺の腕に抱かれ、ルゥシールが頬を染める。


「い、いや。急ブレーキがかかると、こうなるよな、うん」


 急な接近に、俺は少々戸惑い、そんな味も素っ気もない返事をしてしまった。

 やっぱりおかしい。

 以前なら、「いぇ~い! おっぱいがボインでぽい~ん!」くらい気の利いたセリフが言えたはずなのに……妙に意識してしまって、いかんな。

 ……あぁ、ルゥシールはなんかいい匂いがするなぁ…………


 一方、俺の隣でも似たような現象が起こっており、フランカと、その膝の上に座っていたメイベルがテオドラに抱きついていた。


「……ごめんなさい」

「いや、気にするな。怪我はないか?」

「……えぇ、助かったわ…………クッションがあって……っ!」


 フランカは、なぜか憎々しげに顔を歪め、テオドラの胸を片方、これでもかと揉む。揉みとろうかという勢いで揉む!

 ……悔しがるなよ、そんなとこで。


「メイベルも無事か?」


 テオドラが声をかけると、メイベルが顔を上げる。

 しっかりと鼻をつまんでいた。


「平気ぃ。ちょっと変な匂いしたけどぉ」

「嘘だあ!?」


 テオドラが頭を抱えて絶叫する。

 ……そんなか?

 俺は全然感じないのだが……


「そ、それよりも、何があったんでしょうか?」


 客室内にテオドラの絶叫が響き渡る中、ルゥシールが空気を換えるように話題を振る。

 確かに、出来る御者がこんな荒い運転をしたのは初めてだ。


 俺は窓から顔を出し御者に尋ねる。


「見てください、川が出来てるんです」

「川が……『出来てる』?」


 おかしな表現に戸惑いながらも、御者の指さす方向へ視線を向けると、そこには大きな川が流れていた。

 辺りは、行きにも見ていた何もない広大な平地。山も見えないこの平地に、川などあっただろうか? 一体どこから流れてきてるのか、この大量の水は……


「道を間違えたのか? 行きには川など見なかったが」

「間違えてませんよ。我々がここを通過した後にこの川が突然出来たんでしょう」


 そんなことが有り得るのか?

 しかし、川の周りを見ると、確かにおかしいのだ。

 川というのは、長い年月をかけて地形を削り流れる道を作るものである。故に、川の周りには砂利や小石が多く見られるはずだ。水の流れによって運ばれ、削られた石たちが。

 しかし、その、いわゆる『河原』と呼ばれる部分が、この川には存在しない。

 まるで、一瞬のうちに何者かが強引に大量の水を押し流したかのように、平地を抉り取った雑な水路がそこに横たわっているのみなのだ。


 とにかく、これでは馬車が進めない。

 一度降りて見てみるか……


「何があったんですか?」


 首を引っ込めると、ルゥシールが俺に尋ねてきた。


「川が出来ているんだ。それも、かなり広い川だ」

「川……ですか?」


 ルゥシールも困惑しているようだ。

 そりゃそうだろうな。川が突然出来るなんて、誰しも困惑してしまう。

 ただ、ここに一人、そうならなかったヤツがいた。


「川だって!? つまり水なのだな!? ありがたい! ワタシは少し水浴びをしてくるぞ!」


 制止する暇もなく、出入り口側にいる俺とルゥシールを押しのけて、テオドラが飛び出して言った。

 ……どんだけ気にしてんだよ…………


「ったく。あからさまに怪しい現象だってのに飛び出すヤツがあるかよ! 先に行くぞ!」


 ルゥシールとフランカに断って、俺は馬車から飛び出した。

 見ると、一心不乱に川へと突撃していくテオドラの背中が見えた。


「おい、待て! テオドラ!」


 大急ぎで後を追う。

 あの川が安全かどうかも分からないのだ。下手に近付かない方がいい。


「ややっ!? なぜついてくるのだ!?」

「なぜって……決まってるだろうが!」

「覗きか!?」

「違うわっ!」

「水浴びをすると言っているのだ、気を利かせてはくれまいかっ!?」

「こんな、あからさまに怪しい川で水浴びなんかするな!」

「君には分からないのだ! 『なんか変な匂いがする』と言われた乙女の気持ちなど!」


 いや、確かに分からんけども…………つか、お前も似たようなことを父親に言ったんだろうが。……因果応報ってやつなのかな、これ?


「とにかく、安全が確認出来るまではこの川には近付くな!」


 俺がテオドラに追いつき、腕を掴んだのは川のすぐほとりでだった。

 やばいな。すぐに離れなければ……


 と、思った時にはもう遅かった…………


「ふはははっ! 見つけたぞ王子っ!」


 高笑いが聞こえると同時に、川の水が突然盛り上がり、巨大な波となりこちらに向かってきた。

 なんで川で高波っ!?

 有り得ないだろう!? 


「あそこに人がいるぞ!」


 テオドラが指差したのは高波の天辺。

 頭上10メートルにまで成長した波の頂。

 そこに、一人の男が立っていた。


 まるで波に乗っているように、サラサラの長髪を風にたなびかせて、爽やかな高笑いを発している。


「……関わり合いになりたくないタイプの男だな」

「あぁ、俺も同感だ」


 テオドラが珍しく嫌悪感を露わにする。

 そうか、ああいうタイプが苦手なのか。


「前回は、よくもこの僕をスルーしてくれたな!? だが、今度はそうはいかないぞ! 僕の華麗なる魔法をお見舞いしてあげるよ!」


 前回、というのがよく分からんが……


 その男の左目の横に青い刺青が施されているところを見ると、あいつも魔導ギルド四天王の一人なのだろう。……まったく、次から次へと…………


 メイベルに対応させてやりたいところだが……時間がないな。


「テオドラ、息を止めろ」

「えっ!?」

「窒息しそうだと判断したらチューするからな!」

「なっ!? そんなこと……っ!」

「来るぞ! 息を吸え!」

「……っ!?」


 巨大な影が頭上から落ちてくる。

 巨大にそそり立った高波が、俺たちをまとめて飲み込む。


 テオドラの体を引き寄せて、離れないように抱きしめる。

 飲み込まれる瞬間、テオドラが精いっぱい息を吸っていたのを確認して少しだけホッとする。



 ……仕方なしでも、あんまりキスはなしにしたいからな…………特に、あいつの見ているところでは。



 そんなことを、激しい水流にのまれながら考えてしまうあたり、俺も結構変わっちまったのかもしれないなぁ……と、思った。








いつもありがとうございます。


三人目の四天王登場です!

サラサラヘアーさらぁ~! な、男です。


はい、さっさと始末しちゃいましょうね。

ヤローに興味はないザマスっ!




というわけで、

因果応報が絶賛大炸裂中のテオドラのターンです!


一つ言っておきたいのは、

メイベルは決して「臭い」とは言っていないのです!

「ちょっと変な匂いがする」だけです!

「臭い」ではないです!


ここ重要です!



「どんな匂いなのか気になるなぁ」という方、もう少し先のお話までお付き合いくださいませ。


「どんな匂いか嗅いでみたいぜ! 是非! くんかくんかさせろやぁ!」という方、その道は危険です! 戻ってきてください! 手遅れになる前に!



というわけで、

次回からまた四天王との戦いです!



今後ともよろしくお願いいたします。


とまと

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