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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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8話 赤毛の少女エイミー

「この店のメニューを、端から端まで全部持ってきてください!」


 朝からアホの娘がアホなことを言っている。


 大量の報酬を手に入れた翌日。

 俺たちは宿屋一階の食堂で朝食をとることにした。


 で、その時にルゥシールが発したのがさっきのセリフだ。


「……朝からどんだけ食うつもりなんだよ?」

「一度やってみたかったんです。大人食べです!」


 実に幸せそうにしている。

 もっとも、こうなったのは俺のせいでもあるのだが……


 昨日の夕飯。大金を手にしたというのにルゥシールは遠慮の塊のような質素な料理を注文したのだ。それを見て俺は、「お前は頑張ったんだから、遠慮せず好きなものを食え」と言ってやったのだ。

 しかし、注文はすでに受諾され料理が来てしまっては手遅れだった。

 だから、この次からはそうするようにと言った。

 それは事実だ。


 だが、だからと言って、全部頼むか?

 しかも、この店は『味はいまいちだがボリュームは凄まじい』で有名なのだ。


 俺はげんなりした面持ちで事の成り行きを見守った。


 はたして……俺の予想は的中し、有り得ない量の(美味しくもない)料理が山のように積み上げられたのだった。

 よく食べる子が大好きとでも言いたそうに、ここの店主がにこにこと俺たちを見つめている。


「お前、責任持って食いきれよ……俺はパンとスープだけでいいから」

「えっ!? きょ、協力しましょうよ! みんなで食べる食事は美味しいというじゃないですか!」

「どんな大人数で食っても、ここの料理は『イマイチ』の域を超えやしねぇよ。……武運を祈る」

「そんな…………分かりました。いただきますっ!」


 かくして、朝っぱらから見る者すべての胸をやけさせるルゥシールとイマイチ料理の真剣勝負が繰り広げられたのだった。

 結果は、ルゥシールの辛勝。


「や…………やりましたよ、ご主じ………………ぅおっぷ!」


 ……なんで、こいつはこんなに残念なんだろうな。


 その後、とてもとても長い食休みを経て、俺たちは武器屋へ向かったのだった。







 腹も膨れ、戦果も上々、懐も温かい。そんな状況に気分を良くして町の中を歩いていると……とても険のある声が俺たちを呼び止めた。


「ちょっと待ちなさいよ、アシノウラッ!」


 振り返ると、赤い髪を肩口でふたつに結んだ気の強そうな女の子が立っていた。あ、いや、『強そう』ではなく確実に気は強い。ちょっとした顔見知りの女の子だ。たしか、今年で十二歳だったか。

 着ているものと髪型のせいでどこか垢抜けていない感じはするものの、目鼻立ちがハッキリとした整った顔をしている。十二歳とは思えない大人びた雰囲気と相まって非常に目を引く美少女だ。


「よう、エイミー。今日もなんでか怒ってるな」

「なんでかじゃないわよ、アシノウラッ!」


 エイミーは俺がこの村で知り合った少女で、彼女の家は村の外れで酪農を営んでいる。

 そう。エイミーはベルムドとアーニャさんの娘なのだ。

 これで、俺がアーニャさんからの誘いを必死で回避しようとしていた理由が分かると思う。……なんでこんなお子様を宛がわれなければいけないんだ、このナイスガイたる俺が。


「その女は誰なの、アシノウラ?」


 浮気現場を目撃した彼女のようなセリフを吐き、エイミーは俺たちの前まで歩いてくる。1メートルほど手前で立ち止まると、ルゥシールへ鋭い視線を向ける。

 エイミーの視線に射抜かれたルゥシールはビクッと肩を震わせ、そっと俺に身を寄せてくる。


「あ、あの……どちら様ですか?」

「あいつはエイミー。ベルムドんとこの一人娘だ」

「あぁ、牧場の! 言われてみればアーニャさんにそっくりですね」

「あぁ。胸部の薄さまでもな」

「もう。酷いですよ、ご主人さん!」


 ルゥシールが俺の肩をペシッと叩く、

 その瞬間、エイミーはさらに声を荒げる。


「公衆の面前でイチャイチャすんじゃないわよ、アシノウラッ!」


 大声にビックリしてルゥシールは俺から距離を取るが、困ったような、不安げな顔でさらに尋ねてくる。


「あの娘、語尾が『アシノウラ』なんですけど……何か、重い病気なんでしょうか?」

「語尾じゃないわよっ!」

「わぁ、ごめんなさいっ!」


 エイミーに牙を剥かれて、ルゥシールは頭を抱えて地面に蹲る。

 完全に力関係が構築されてしまったようだ。


「『アシノウラ』っていうのは、そいつのことよ!」


 と、エイミーは俺を指さす。


「え……ご主人さんって、アシノウラって名前だったんですか?」

「そんなわけないだろう……」


 そういえば、俺はルゥシールに名前を教えていなかったな、なんてことを今更ながらに気が付いた。

 まぁ、タイミングを見つけて名乗っておくか。


「えっと、じゃあなんでアシノウラなんて……?」

「それはねっ!」


 ルゥシールが俺に向けた質問に、エイミーが割って入ってくる。発育途中の薄い胸を張り、俺を睨んで高らかに叫ぶ。


「こいつがあたしに、『足の裏を舐めさせてくれ!』って言ってきたからよ! 初対面で!」

「……え?」


 ルゥシールの瞳が俺を見つめる。

「いくらなんでも、それはないですよね?」というメッセージがハッキリと読み取れる、縋るような目だ。

 なので俺はハッキリと言っておく。


「それには理由があるんだ」

「言ったんですか!?」

「だってお前、いくら子供だからって、チューしたりおっぱい揉んだりはまずいだろ?」

「子供じゃなくてもまずいですよ!?」

「だから、じゃあ仕方ないなってことで、足の裏を……」

「それも十分過ぎるほどアウトですよ!?」


 おかしい。

 どんなに説明を重ねても理解してもらえない。

 まずは大前提を理解してもらう必要があるかもしれないな。エイミーが体内に宿す魔力の量から話して、それから俺の特殊能力の説明をして……


 と、一人思案にふけっていると、エイミーが焦れたように声を荒げた。


「もう! そんなことはどうでもいいの!」


 なるほど。どうでもいいのか。

 言われてみればそのと通りだ。


「まったくもってその通りだ。俺がエイミーの足を舐めようが舐めまいが、そんなことはどうでもいいことだな」

「いえ、ご主人さん。あなたは犯罪一歩手前まで踏み込んでいることを自覚してください」


 ルゥシールの俺を見る目が心なしか冷たく感じる。

 いや、生温かいというべきか……


 きちんと説明をしたいのだが、当のエイミーがそれを許してくれない。

 エイミーは地面を踏みしめ、乱暴な足取りで俺のすぐ目の前にまで接近してくる。

 エイミーの頭が、俺の胸の付近で止まり、ゆっくりとこちらを向いた。小柄な十二歳の女の子が、俺を真下から見上げてくる。


「もうすぐ、王都からキャラバンがやってくるのよ」


 キャラバンは、この村のように、辺境の地にある町村を回る行商人の一団だ。

 様々な町を巡り、様々な商品を仕入れ、それをまた様々な町を巡って売り歩く。

 この村の人間にとっては、外界の珍しい商品を手に入れることと、外貨を獲得する数少ないチャンスなのだ。キャラバンがやってくる前後は村人全員が張り切っている。

 活気づくというか、少々殺気立っているくらいだ。

 エイミーも、どちらかと言えば殺気立っている部類に入るだろう。


「キャラバンに来てほしくないのか?」

「そんなわけないでしょう!」

「じゃあ何を怒ってるんだよ?」


 意味が分からず話を促す。

 キャラバンと俺は無関係なのだがな。


「うちの牧場は、キャラバンにヤギのミルクと羊毛、それから、いくつかチーズを買い取ってもらうつもりなのよ」

「お前んとこのミルクは評判がいいからな。いい値が付くだろう」

「とんでもないわ……」


 一瞬にしてエイミーの表情が曇る。

 ……だから睨むなよ。俺は何も悪いことしてないだろって。


「日持ちのしないミルクには値段が付かないのよ。買い叩かれた上に、いつもちょっとしか買ってもらえないの」

「それも俺のせいじゃない」

「知ってるわよ!」

「じゃあ、なんなんだよ?」


 ここでエイミーは一度視線を外した。

 逸れていく顔は、どこか悔しさを滲ませていた。


「うちの商品だけじゃ大したお金にならないから、あたしが森で穴ウサギを狩ろうと思ってたのよ。穴ウサギの毛皮は高く売れるから」


 そういうエイミーの腰には木製の弓と矢筒がぶら下がっていた。

 なるほど、穴ウサギか。それならエイミーにでも狩れるだろう。すばしっこいだけで、基本は大人しい動物だからな。当然、ツチノコのような非常識な速さではない。

 穴ウサギは、森林などの湿気の多い場所に穴を掘って生活する大型のウサギだ。純白の毛皮は肌触りも良く、独特の獣臭さもない。王都でも人気の高い商品だ。


「この辺りには穴ウサギがいるのか」

「昔は沢山いたわよ……」


 再び顔を上げたエイミーは、眉間に深いしわを刻んで、俺に人差し指を向ける。


「あんたがこの村に来るまではね!」

「待て待て! 言いがかりもいいとこだ!」


 俺が穴ウサギにどんな影響を与えたというのか。


「……まさか、ご主人さん…………穴ウサギにまで変態的な行為を…………」

「お前は、俺をどんな目で見てるんだ、ルゥシールよ?」


 後でお仕置きをしてやろう。

 お望み通り、変態的なお仕置きをな……!


「あんたがこの村に来てから、森にグーロが出るようになったのよ! それで穴ウサギは怖がってどこかに行っちゃったの!」


 そんなわけないだろう。グーロは古の遺跡から漏れる魔力に引き寄せられて出てきたのだから、古の遺跡が出来た時――千年以上も前からこの付近にいたはずだ。

 少なくとも、俺がこの村に来た二ヶ月前から急に増えたなんてことがあるわけがない。


「いいえ! 二ヶ月前にはグーロなんて出なかったもん! あんたがこの村に来てからおかしくなったのよ! 森も、この村も、あたしも!」

「濡れ衣もいいとこだ。だいたい、俺がお前に何かしたか?」

「足の裏を舐めさせろとか言ったでしょう!?」

「なんだそのくらい。そんなもん、王都では普通だぞ?」

「…………え、そうなの?」


 エイミーと、ついでにルゥシールもが顔を青ざめさせる。

 いや、まぁ………………普通、では……ない、かな。


「みんな口にしないだけで、心では思っているに違いない」

「ご主人さん。その、『口にしない』ことこそが常識人として必要な理性というやつです」


 なんだ、言いたいことも言えないのか、この世の中は……嘆かわしい。


「……あ、あんたに変なこと言われてから…………その、人の視線とかが気になって…………と、とにかく、凄く居心地が悪いのよ!」


 エイミーが顔を真っ赤にして吠える。

 そういえば、こいつはずっとズボンを穿いているな。

 ズボンの上から自身の足を押さえるエイミー。

 村人が近くを通る度に振り返り、その視線を過剰に気にしている。


「ご主人さん……業が深いです」


 ルゥシールが哀れむような視線をこちらに向けている。

 ……俺のせいか?


「単にあいつが、誰も見てないのに『私、注目されてる』みたいな勘違いを……」

「ご主人さん! もうこれ以上傷口を抉らないであげてください!」

「いや、あいつたぶん、自分のこと可愛いと思って……」

「ご主人さんっ!」


 ルゥシールに口を塞がれ、強制的に黙らせられる。

 ぉおぅ…………なんか、妙に柔らかいじゃないか、お前の手のひら……


「イチャイチャするなぁー!」


 エイミーが俺とルゥシールの間に体を割り込ませて、両腕を振り上げる。

 癇癪を起こしたようにキィキィと騒ぐ。


「とにかく! 全部全部あんたが悪いの! だから、これからしばらくあたしに付き合いなさい!」


 なんでそうなる?


「穴ウサギが近くにいないなら、森の奥まで探しに行ってでも狩るの! キャラバンが来るまでに、最低二十羽以上は!」


 勝手に行けばいいだろう。


「あたし一人で森の奥まで行くと危ないでしょう!? 村の人は自分たちのことで忙しいし」


 だからって、なんで俺が……


「全部が全部あんたのせいだからって言ってるでしょう!?」


 っていうか、俺しゃべってないんだけど、なんで会話になってるんだ?


「全部顔に書いてあるのよ! 物凄く分かりやすい顔ね! 見習いたくはないけどある意味尊敬するわ!」

「なんだか、仲良しさんですよね、お二人とも……」


 ルゥシールの見当違いな感想を聞き流し、俺はハッキリと言っておく。

 子供のわがままに付き合っている暇はないのだ。


「俺は忙しいんだ。諦めろ」

「穴ウサギを狩らなきゃ、生活出来ないの!」

「頑張ってヤギのミルクを売れ」

「無理だもん!」

「じゃあ、節約して何とか乗り切れ」


 ここで譲歩などすると調子に乗って次々要求を言ってくる。子供とはそういう生き物なのだ。

 なので、冷たいと言われようが突っぱねる。

 それがお互いのためだ。


 まぁ、これだけハッキリと言えばエイミーも引き下がらざるを得ないだろう。

 もしかしたら泣くかもしれないが……いや、こいつなら滅茶苦茶な罵詈雑言を撒き散らしながら大暴れするだろうな。どちらにしろ、一時的に騒がしくはなるが、出来ないことに時間は裂けない。

 心を鬼にしなければいけない時がある。それが今だ。

 俺はエイミーの出方を窺うように視線を向けた。


「…………うちの牧場、危ないの」


 しかし、エイミーが見せたのはこれまでに見たことのない表情だった。

 泣くでもなく、落ち込むでも悲しむでもない。

 それは、絶望と呼ぶに相応しい表情だった。


「このままじゃ、あたし…………売られちゃうかも……」

「そんな……っ!」


 エイミーの言葉に、ルゥシールの顔から血の気が引いていく。

 エイミーが、売られる……?

 ……はっ!?

 もしかして、俺がグーロを売ったように、冒険者ギルドがエイミーの肉を……?


「おのれ、冒険者ギルドめ!」

「いや、ご主人さん。詳しくは聞きませんが、間違ってますからね」


 違うのか?

 あぁ、あれか。鉱山で働かされたりするっていう……


「おのれ、炭鉱夫めっ!」

「ですから、ご主人さん…………いえ、もういいです」


 ルゥシールが、心が折れたような顔をしてうなだれている。

 なんなんだ、一体?


「ねぇ、アシノウラ……」


 俺が難問に首をひねっていると、エイミーから声がかかる。


「あんたは…………いいの? その…………好きな娘が、他の誰かに買われちゃっても……」

「好きな娘………………はて?」


 ゴリッ!――という凄い音がエイミーの奥歯から響いてくる。1センチくらい削れたんじゃないか、今の音?

 そして、エイミーの顔には分かりやすく「イラッ!」という文字が書かれていた。青筋が浮かび上がっている。


「好きな娘…………いるよね?」


 青筋を立てたまま、エイミーが強張った笑顔を作る。

 これが絵画であるならば、きっと可愛らしい少女の微笑みに見えるだろう。

 しかし、実物は可愛らしいとは程遠い。

 エイミーの背後にはゆらゆらと立ち上るオーラが見えるし、どこからか『ゴゴゴゴ……』という音も聞こえてくる。

 これはアレだな。回答を間違えると酷い目に遭うパターンだな。慎重に答えよう。

 とはいえ、好きな娘か…………


「いないな」


 今再びの『ゴリッ!』


「じゃあなに?……あんたは、好きでもない娘に『足の裏舐めさせろ』とか言うの……?」

「ん~……………………まぁ、言う、かな」


 突如、エイミーを中心に凄まじい魔力の渦が発生する。

 エイミーは無言で弓を引き、矢を俺へと向ける。


「待て待て待て! 弓矢を人に向けるなって教わらなかったか!?」

「えぇ、そうね……けど、『外道に向けるな』とは教わらなかったわ……」


 弓矢を構えるエイミーの腕に、相当量の魔力が集まっていく。

 エイミーは魔法を使えないはずだから、これはきっと無意識なのだろう。

 一流の戦士は、戦いの最中自身の体内に宿る魔力を操り身体能力を劇的に引き上げることが出来る。

 それと同じことを、十二歳の少女が無意識でやっているのだ……


「何がエイミーをそこまで駆り立てているんだ……」

「……ご主人さん、本気で言っているんですか?」


 隣でルゥシールが呆れきったというような顔で首を横に振る。

 何だよ!?

 何か知ってるなら教えろよ!


「若干、本当にほんのちょっとだけだけど……浮かれていた自分がバカみたい……あんたに声をかける時、緊張してた自分を殴ってやりたいわ…………だからね、代わりに……あんたを射るっ!」


 魔力を見ることが出来る俺の目が、とんでもない光景を映し出す。

 エイミーの全魔力が矢の先端に集結し、その貫通力を殺人的に飛躍させている。

 身体能力の向上にとどまらず、武器に魔力を纏わせているのか。さながら、あの矢がひとつの魔法と言ってもいい。

 あの魔力……グーロだって射抜けるほどの強さだ。

 かわすことは容易だが……ここは村のど真ん中だ。周りには行き交う人々も沢山いる。俺がかわすと確実に人死にが出る。それだけは避けなければ。


「分かった! 手伝う! 狩りでもなんでもするから、その弓を降ろせ!」


 俺が要求の受諾を表明すると、エイミーは不満そうな表情を残しながらも、ゆっくりと弓を降ろした。

 それに合わせて、矢を覆っていた魔力が霧散していく。

 危なかった……


 再確認した。やはり、エイミーはこの村で一番魔力が高い。

 俺が足の裏を舐めたくなった理由も、これで分かろうというものだ。


 隣に目をやると、ルゥシールが腕を組み難しい顔をしていた。

 こいつも、エイミーの発した魔力の渦を察知したのだろう。


「ルゥシール……気が付いたか?」

「はい……」


 ルゥシールは神妙な顔をして、真っ直ぐに俺を見る。


「ご主人さんは、もう手遅れです」

「何に気付いてくれてんだ、お前は」


 誰が手遅れか。


「色々、納得できない部分はあるけど…………約束したからね! 狩り、付き合いなさいよ! あたしが納得するまで、ずっとだからね!」


 弓を腰に提げ、不遜な態度で胸を張る。


「分かったよ」


 ここで村人から犠牲者が出るようなことがあれば、それはきっと俺のせいになるのだろう。

 何にせよ、いい気はしない。

 狩りくらいなら手伝ってやってもいいか。

 どちみち、俺も生活費を稼がなきゃいけないからな。ついでに俺も何羽か狩っておくとするか。

 ……もっとも、俺が一緒に行って穴ウサギが逃げ出さないかは、分からんがな。


 わがまま娘のお守を受諾し、なとか機嫌を直してもらう。


「だが、今日は勘弁してくれ。この後武器屋に寄って、それから行きたいところがあるんだ」

「どこよ?」


 古の遺跡だ。

 だが、そんなことを口にすれば「あたしもついて行く!」と言われかねない。いや、絶対言う。

 さすがに、お守をしながら遺跡探索は出来ない。危険過ぎる。


 もっとも、入り口をふさぐ結界を壊せる保証はないが、ダメかもしれないと思いながら行動するのは俺の好みではない。俺は常に、きっとうまくいくと信じながら行動するのだ。


 結界を突破すれば、危険な遺跡探索に突入するのだ。やはりどう考えてもお子様を連れていくわけにはいかない。

 なので、適当に誤魔化しておく。

 そうだな…………うん。子供が絶対に行けない場所へ行くことにしておこう。


「いかがわしいお店に行くんだ」

「はぁっ!?」


 エイミーの顔が憤怒に歪み、その向こうで、ルゥシールもぽかんとした表情を見せる。


「あたしとの狩りより、いかがわ……そ、そんなところに行く方が大事だっていうの!?」

「もちろんだ。大人、だからな」

「……最っ低!」

「何とでも言え」

「却下よ却下! そんな店に行くのなんかやめて、あたしと狩りに行きなさい!」

「残念ながら、今日中にいかがわしい店に行かないと死んでしまう病にかかっているんだ、俺は」

「…………じゃあ死ねばいいじゃない」

「それとも何か?」


 俺は、不貞腐れるエイミーに顔を近付けて、あくどい顔を意識しながら言ってやった。


「お前が代わりにしてくれるのか? いかがわしいこと」

「ふなっ!?」


 エイミーの顔が小さな爆発を起こす。

 近くにいるだけでこっちの肌まで焼けそうだ。マグマのような熱量を感じる。


「す、す、するわけないでしょう!? バカァ!」


 叫びながら、エイミーは腰の矢を乱射し始めた。


「って、こら! やめろ、オイ! 危なっ、危ねぇだろ!」

「ちょ、ちょちょちょっ! わたしまで巻き込まないでくださいよぉ!」


 乱れ飛ぶ矢をかわしながら、ルゥシールの腕を取る。


「とりあえず、逃げるぞ!」

「え、えっ? あ、はい!」


 ルゥシールの腕を握ったまま走り出す。

 幸い、今の矢には魔力はこもっていないから脅威はないだろう。

 というわけだ、村人たちよ、きりきり避けろ!

 俺たちは村人の悲鳴が飛び交う大通りを駆け抜けていった。

 このまま武器屋へ駆け込んで、さっさと遺跡に行ってしまおう。


「こらぁー! イチャイチャするなぁー!」


 背後からエイミーの声が飛んでくる。


「いかがわしい店に行くなら、その人必要ないでしょうー!?」


 矢を撃ちながら追いかけてくるエイミーの声に、ルゥシールが「確かに」と頷いている。

 納得してどうする。お前は遺跡についてこい。エイミーと違って、何かと役に立つだろうしな。

 しょうがない、また誤魔化しておくか。


「こいつと二人でいかがわしい店に行くんだよ!」

「「はぁっ!?」」


 後方と隣で同じような声が上がる。


「いやいやいやいやっ! い、行きませんよ、わたしは、そんな、いかがわしいお店なんて!」

「馬鹿ヤロウ。方便だ」

「にしてもっ…………もうちょっと、なかったんですか?」


 耳まで真っ赤に染めて、ルゥシールは恥ずかしそうに俯きながら走る。

 道端で立ち話をしていた奥様方から、「まぁ、こんな昼間から」とか、「若いわねぇ」とかいう声が聞こえてきて、ルゥシールの顔はますます赤く染まっていく。


「わたし、……もう、この村の中歩けません……」


 半泣きで漏らすルゥシール。

 まぁ確かに、昼間っから二人でいかがわしい店に行くなんて、恥じるべきことかもしれないな。


「ところで、ご主人さん、分かっているんですか?」

「なにがだ?」

「いかがわしいお店って、その……どんなことをする場所か?」

「膝枕だろ?」

「膝っ…………?」

「あぁ。ちょっと薄暗い部屋でな、綺麗なお姉ちゃんが膝を貸してくれるお店のことだ。それくらいは知っている。おっと、見損なったなんて言うなよ。俺も健全な男だからな。そういう知識くらいは持っているんだよ」

「…………ちなみに、ご利用されたことは?」

「…………」

「ないんですね?」

「う、うるさい……まだちょっと入るのに抵抗があるだけだ」

「………………ある意味、貴重な方ですよね、ご主人さんは」


 さっきまで真っ赤に染まっていたルゥシールの顔が、今は憐れみに満ちている。

 よく表情の変わるヤツだ。

『昼間から綺麗なお姉ちゃんの膝枕で昼寝をしようとしている女』という目で見られることにはもう慣れたらしい。なんて順応性の高い女だ。……こっちはまだちょっと気恥ずかしいというのに。


 矢が尽きたのか、体力が尽きたのか、後方からの攻撃がやんでしばらく経つ。

 無事武器屋にたどり着けそうだ。

 あの角を曲がれば、目の前が武器屋だ。

 踏み込む足に力を入れ加速する。


 と……


「遅かったわね」


 角を曲がると、エイミーがいた。


「この村であたしを撒こうなんて十年早いわ」


 この村で生まれ育ったエイミーの方が地の利があったようで、先回りして待ち伏せされていた。


「っていうか、よく考えたらこの村にいかがわしいお店なんかないじゃない! 嘘ついてあたしを仲間外れにしようとしたんでしょ!?」

「い、いや、そうじゃない……」


 まずいな、このままだと、子連れで遺跡探索だ……なんとかしなければ…………


 俺は、握っていたルゥシールの腕を引き寄せ、力任せに肩を抱く。


「えっ! えっ!?」


 抱き寄せられた肩をびくんと震わせて、ルゥシールが軽いパニックを起こす。

 いいからお前は黙ってろ。

 俺がうまいことこの場を乗り切って見せるから。


「俺とルウシールは、これから『森で』いかがわしいことをしてくる予定だ!」

「「えぇーっ!?」」


 またしてもルゥシールとエイミーの声が重なる。


「ご、ごごご、ごしゅ、ご主人さん!? それはいくらなんでもあんまりにもあんまりなのではないかと、わたしはそのように思ったり思わなかったりするわけなのですが!?」

「あ、ぁあ、あ、あん、あんたたちって、つまりその、いわゆる、そういう…………そういう人たちなの!? そ、外でとか、スリルとか!?」

「違います! わたしは全然、そういうんじゃないですよっ!?」

「じゃあ、染められちゃったのね!?」

「染められちゃってませんってばっ!」


 なんだか、女子二人が騒がしい。

 ついでに、周りにいる村の人たちもヒソヒソとこちらを見ながら密談を繰り返している。


「う~ん………………」


 おかしい。

 なぜかしゃべればしゃべるほど深みにはまっていく気がする…………

 よし、傍観するか。


 と、俺が諦めの境地にたどり着いた時、目の前の武器屋から野太い男の怒号が聞こえてきた。


「いいから寄越せっつってんだろう!?」


 直後に激しい破砕音が轟いたところで、俺は駆け出した。

 武器屋へ飛び込むと、馴染みの店主の前にやたらとデカい男が立っていた。


「なんだぁ、テメェは?」


 じろりと、こちらを睥睨したその男はいかにも傍若無人で悪そうな悪人顔をしていて…………そいつの顔を見た俺は、「あぁ、俺きっと、こいつをブッ飛ばすんだろうなぁ、流れで」と、そんな直観めいたものを感じていたのだった。









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