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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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77話 ご機嫌なフランカと不機嫌なルゥシール

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 なんなのでしょうか。


 フランカさんが無事に救出され、魔導ギルド四天王の一人、メイベルさんも倒し、みなさん無事で、いいこと尽くめです。……いいこと尽くめなはず、なんですが…………うまく笑えません。


 夕飯の時からずっと、ご主人さんの顔がまともに見られません。

 どうしても、視線が逃げてしまうんです。


 なんなんでしょうか、……わたしは。


 これじゃあまるで、フランカさんの無事を、ご主人さんの勝利を、喜んでいないみたいじゃないですか。


 そんなことは、ないんです。

 えぇ、それは誓って。

 フランカさんが無事で、本当によかったって、心の底から思っています。

 なにより、わたしがご主人さんにお願いしたんですから。もっとも、そうしなくてもご主人さんは助けに向かったでしょうが。

 でも、あの場面でわたしは、心底フランカさんの無事を願いました。変われるものなら、変わりたいと……わたしの命を代償にすれば助かるというのであれば、それすら……迷いに迷って、結局そのような行動をとっていたはずです。もし、ご主人さんがいなければ。それしか手段がないのだとしたら……


 だから、フランカさんが無事で、本当によかったと、心からそう思います。


 ……なのに。


 本当に小さな……小さな棘のようなものが、胸に刺さっているような…………嫌な痛みが走るんです。



 …………わたしは、嫌な娘です。



 そもそも、わたしがはっきりしなかったから……

 ご主人さんに『封印を解く』と言われた時に恥ずかしがってさえいなければ……

 きっとわたしがダークドラゴンの姿に戻り、空気の壁を突破し、フランカさんを捕らえていた巨大な竜巻もブレスで吹き飛ばし、メイベルさんともわたしが相対して……


 けれど、わたしはそれを躊躇った。拒否してしまったと取られても仕方がない選択をしたんです。


 結局、悪いのは…………わたし、なんです。


 恩返しをしたいなんて言って、ずっとそばに置いてもらっておきながら、わたしはいつもご主人さんを頼ってばかりで……恩はたまるばかりで、全然返せていない。

 ご主人さんの言うことを聞き、あのタイミングで封印を解いていれば、きっとすべてが変わっていたはずです。

 フランカさんも、あそこまで苦しまなくてよかったかもしれません。

 わたしの決意が足りないばっかりに、フランカさんを危険に晒し……ご主人さんにも無茶なことをさせてしまって……


 その時わたしは、空気の壁に阻まれて動けず……ただ、見つめているしか出来なかった。

 ご主人さんがフランカさんにキスを…………


「……っ!」


 また、小さな棘が……


 ち、違います!

 あれは、そういうのではなく……

 助けるために……いわば、人工呼吸というか…………仕方なくです!


 ………………あぁ、罪悪感が。

 わたしは、なんと腹の黒いあさましい女なのでしょうか。

「仕方なく」だなんて……ご主人さんが嫌がっているなんて、そんなそぶりもまるでないというのに、勝手に決めつけて……そもそも、そういう意味で言えば、わたしとのことだって、すべて戦闘中に行われたことで、仕方なくだったと言えなくもなく………………もしかして、凄く嫌なのを我慢していたのだとしたらどうしましょう…………


「うぅ…………心が折れそうです…………」


 わたしは、砂山の影に隠れ、身をひそめるように膝を抱いて小さくなりました。可能な限り小さく。蹲って、見えなくなってしまえばいいというように。


 夕飯を終えたわたしたちは、各々自由に時間を過ごしていました。

 テオドラさんは後片付けのあと、ずっと剣とカタナを眺めていましたし、フランカさんはメイベルさんに何やら真剣な表情で話を聞いていました。おそらく、また新しい魔法を覚えようとしていたのでしょう。


 そして、ご主人さんは…………分かりません。

 どうしても、ご主人さんの顔が見られなくて……避けて、しまいました。


 いてもたってもいられなくなって、わたしは一人、皆さんのもとを離れ何もない砂漠を散歩していました。

 砂漠は平らではなく、風の影響で山や丘が自然に形成されていました。

 そんな山の中で、わたしをすっぽりと覆い隠してくれそうな大きな山の影に腰を下ろし、わたしはこんな益体もない思考に浸っていたのです。

 まん丸い月が煌々と輝き、夜の闇を際立たせています。

 夜風がひんやりと頬をなでていき、ぐるぐるこんがらがる思考を落ち着かせてくれました。


 要するに、わたしは子供のように拗ねているのです。

 みっともなく、ヤキモチを焼いているのです。

 ご主人さんを独占したいなどとは、思っていない…………そう思っていたのですが……


 胸に刺さった小さな小さな棘は、きっとそういうことなのだと自分に言い聞かせます。

 まずは認めることが重要です。

 そして、認めた上で、前に進まなくては。

 このまま、ずっとご主人さんの顔を見られないままじゃ、悲し過ぎますから。


 反省すべき点を洗い出します。

 悔い改めるべき点を見つめ直します。


 そうして、大好きな人達をずっと大好きでいられるように、胸の棘を抜いてしまわなくては。


「やっぱり、あそこが分岐点だったのでしょうね……」


 思い浮かぶのは、ご主人さんと二人で空気の壁に閉じ込められた場面。

 ご主人さんがわたしに『封印を解くぞ』と言った瞬間。


 過去のあれやこれやが一瞬のうちに想起され、わたしは軽いパニックに陥っていました。

 顔が発火したかのように熱くなり、冷静な思考が出来ませんでした。


 そして、わたしはご主人さんの意向に背いたのです。



 その結果が、今です。

 一人で砂漠の山の影で膝を抱えて泣き言を言っているという、みっともない現状です。


 すべては、わたしが恥ずかしがったから。

 戦闘中に、くだらない思考に捉われたから……

 自分本位で、まわりのことを顧みられなかったせい。

 誰も、ご主人さんでさえも、『そのようなつもり』では見ていないというのに、自意識過剰に羞恥心を燃え上がらせてしまった、わたしの責任。


「……そっか。そうなんですね…………うん」


 自分の中で答えが見つかり、心が、ほんの少しだけ軽くなった気がしました。


「……ルゥシール?」

「フランカさん!?」


 不意に声をかけられ、思わず大声を出してしまいました。


 砂の山の上から、フランカさんがこちらを覗き込んでいたのです。

 帰りの遅いわたしを心配して迎えに来てくれたのでしょうか?


「……何をしているの? ここにはサンドワームが生息しているから、一人で出歩くのは危険。避けた方がいい」

「そうですね。すみませんでした」」


 わたしは山を登り、フランカさんと合流しました。

 心配をかけたことを反省しなくては。

 ……けれど、この時間はわたしにとっては必要不可欠なものだったのです。

 一人で沢山考えたから。フランカさんとも普通の顔をして向き合えるのです。

 普通の………………


「……あの、フランカさん?」

「……なに?」

「口が…………」

「……なに?」

「ものすっごい、緩んでますけど?」

「……っ!?」


 声はいつもの通り、落ち着いた響きのあるもので、仕草も視線もいつもの冷静なフランカさんそのものでしたが……口だけがふにゃふにゃと締まりなく緩んでいました。

 わたしが指摘すると、フランカさんは咄嗟に口を手で覆い、確認するようにペタペタと触ります。


「…………緩んではいない」

「いや、緩んでましたよ。ふにゃんふにゃんでした」

「……気のせい」

「いや、でも」

「……錯覚」


 これは、梃子でも認めないモードでしょうか。

 ……やはり、フランカさんもご主人さんのことを………………


「……っ!」


 またです。

 抜けたはずの棘がチクリと胸を刺します。


 ダメですよ。

 もう、この痛みはいらないのです。

 わたしは、恩返しをするためにここにいるのだから。


 もう決めたんです。

 わたしは、変わるんです。

 ご主人さんに迷惑をかけないためにも。


 そうだ。

 その証明として、ここでフランカさんに宣言をしましょう。

 わたしが不抜けて、道半ばで挫折してしまわないように。

 証人になってもらいましょう。

 そうすれば、きっとわたしは変われる。変わらざるを得なくなる。


「フランカさん! あの、聞いて欲しいことがあります!」

「……なに?」


 わたしは変わります。

 今日のような失態は、もう二度と演じません!


「フランカさん!」

「……なに?」

「わたし、本日を限りに羞恥心を捨て去りますっ!」

「………………ルゥシール」


 フランカさんの両手が私の肩に置かれ、真正面から見つめられながら、はっきりとした聞き取りやすい声で言われました。


「……考え直しなさい」


 その迫力に、「……はい」としか、言えませんでした。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ルゥシールの様子がおかしい?」

「……そう」


 夕飯を終え、それから小一時間自由時間として各々が好きなことをし、それじゃあそろそろ寝ようかという段になって、フランカがそんなことを伝えてきた。


 一人で遠くまで散歩に行っていたルゥシールを迎えに行き、戻ってきてすぐに俺のところへやって来たのだそうだ。


「いや、まぁ……ルゥシールはデフォルトでそれなりに様子が変なヤツだぞ?」

「……それは否定しないけれど、そういうおかしさじゃない」


 否定はしないんだな。


「……ま、まぁ、思い当たる節はあるのだけど…………」


 珍しく、フランカが落ち着きを無くす。

 そわそわとして、視線を逸らす。

 顔を背けて、俺を見ないようにしているようだ。


「思い当たる節があるなら教えてくれよ」


 それを知っておけば、対処の仕様があるかもしれん。

 ――が。


「……教えない」

「あのなぁ……」


 なんの意地悪だよ。教えろよ。

 けれど、フランカは頑なに口を割らなかった。


「……絶対に教えない。特に、あなたには」

「なんだよ、それ」

「……絶対、ダメ」


 そう言って顔を背けた後……視線だけをこちらへ向け、じっと俺を見つめてくる。

 …………なにか、問いかけるような視線だ。

 ……………………いや、あの……あんま、見ないでくれないかな?


 フランカを救出した時に感じた、何とも言えない、もやもやした気持ちが湧き上がってくる。

 むず痒く、もどかしく、少し、……居心地が悪い。


「…………とにかく」


 俺が何も言わずにいると、フランカは視線を外し、再び口を開いた。

 視線を外す時に、微かに残念そうな表情をした気がしたのだが……気のせいか?


「……ルゥシールと話をしてあげて。あの状態は……きっと、よくない」

「あぁ。それは構わないんだが……」

「……なにか?」

「なんとなく、避けられてる気がするんだよな」


 食事の時も、一度も話しかけてこないし、こちらが近付くとそれを察知して自然と距離を取られていた気がするのだ。

 ……あれは、結構へこむんだよなぁ…………


「……それは、きっともう平気」

「なんで分かるんだよ?」

「…………女の、勘?」


 頼りのない根拠だな。


「……明日はルゥシールを主体にサフラージャンバリーを探さなきゃいけないのよ。こんままじゃいけない。明日までに、元通りになっておいて」

「元通りになれったって……ルゥシールが何を考えてるのかさっぱり………………おい」

「……なに?」

「なんか……具合悪いのか?」

「……どうして?」

「いや…………泣きそうな顔してんぞ」


 フランカの眉は寄り、下がり、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

 こいつ、まだどこか不調を抱えてるんじゃないだろうな?

 ついさっき死にかけたんだ。ないとは言えない。


「お前、早く休め。俺たちのことは気にしなくていいから」

「…………気にしないでいられるわけないじゃない」

「え?」

「…………」

「…………」

「……仲間、だもの」


 妙に長かった間が気になったが……


「……私は、平気。……平気よ」


 そう念を押されては、これ以上何も言えない。

 とにかく、夜風にあまり当たらないように注意をして、テントへ入るよう促す。


 フランカは、振り返ることなくテントへと入っていった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 少しだけ、無理をした。

 今晩、このまま二人を会わせれば、きっとあの二人のことだ、元通りの関係に戻るだろう。


 まったくもってバカだと思う。

 折角ほころびかけた糸を、もう一度結び直そうというのだから。

 奪い去る以外に、手に入れる方法はないというのに。


 けど……


「……憎いわけじゃないから」


 ルゥシールの苦しそうな顔は、見ていたくなかった。

【搾乳】にしても、心がどこかに飛んでいってしまっている。


 今回のことは、ただのラッキーだったのだ。

 それに、少なからず、今回の一件は水面に波紋をもたらした。

 この一石は大きい。


 未来はどうなるか分からない。

 もちろん、私だって、何もしないままおめおめと引き下がるつもりもない。

 …………どこまで夢中になってるんだ、私は。あんな、ちゃらんぽらんな男に……


「……くす」


 自然と笑いが零れ、そして、笑うと心が軽くなった。

 こんなイレギュラーは潔くない。

 正々堂々、真っ向勝負で奪ってやる。そうでなければ、きっと私自身が納得出来ない。


「……甘いな、私は」


 臆病なのかもしれない。

 自惚れているのかもしれない。

 その両方かも、しれない。


 とにかく、今回はチャラに戻してあげる。

 今回だけは……


 私は、無意識のうちにそっと……唇に触れていた。

 柔らかい。

 少し薄いかと思っている自分の唇だが、改めて触ってみると、瑞々しくて柔らかい。

 十分なんじゃないだろうか。

 欲を言えば、もう少し色付いていれば、見栄えももう少しはよかったかもしれないのに。



 この唇に初めて触れたあの人は……どんな感想を持ったのだろうか。



「……なんて、ね」


 自分で考えておいて、とても恥ずかしくなった。

 やはり、私も普通ではないようだ。

 早く寝て、明日に備えよう。


 私たち女子三人とメイベルが眠る大きめのテントへ足を踏み入れると、テオドラがいた。

 抜身の剣とカタナを布団の上に置き、その間に挟まれるような格好で寝転がっている。

 両手に花と言わんばかりに腕を回し、頬を擦りつけ、締まりのない顔をしている。


 ……あぁ、この人、真面目に見えていたけれど、ダメな人なんだ。


「……すみません、間違えました」

「ま、待ってくれたまえ! 間違えてないから! フランカ! 戻ってきて話を聞いてはくれまいか!?」


 テントから出てしまいたかったが、そうすると、外にいる【搾乳】とルゥシールに気を遣わせてしまうかもしれない……我慢しよう。


 刃物と添い寝をしようと考えていた危険人物の隣に自分の寝床を確保して、私はさっさと寝ることにした。

 明日も、早いのだから。


「……ここから、こっちへは入らないでね」

「そういうの、やめてくれまいか!?」


 そうして、私はさっさと布団へもぐりこんだ。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 明日までに元通りになれ。

 フランカはそう言ってテントへ入っていった。


 元通りっつってもなぁ……


 テオドラとメイベルは先にテントに入っていた。

 ルゥシールはまだ、外にいるようだ。


「とりあえず、話してみるか」


 俺は立ち上がり、尻に付いた砂を払う。

 夜の砂漠はグッと温度が下がり、分厚いマントが日中とは違う意味で不可欠となる。

 ザクザクと、自分の足音だけが聞こえる。

 起伏は激しいが、砂以外に何もない。殺風景な景色は、人の心に不安を植えつける。

 ルゥシールはこんな風景の中で、一体何をしているんだ。一人きりで……


 砂の向こうに、よく見知ったポニーテールが覗いていた。

 谷になっているのか、俺の歩いている場所よりも数十センチ低くなっているようだ。


「ルゥシール」

「は、はい!」


 声をかけると、ルゥシールは思いの外驚いたようで、凄まじい勢いで立ち上がった。

 直立して、こちらを振り返る。

 その腕は小さく前にならえの格好で、両手にL字の鉄の棒が握られていた。


「……ダウジングの練習か?」

「え? あ、はい。その……か、鍛冶師たるもの、常に鉱石と密接な関係を築く必要があり、こうして交信を……」


 交信ってなんだよ。

 鉱石がメッセージでも送ってきてるのか?

『わたしはここにいるよ』的なか?


「あ~……ちょっと、いいか?」

「え………………は、はい」


 少しぎこちなくなってしまったが、俺がそう切り出すと、ルゥシールは素直に頷き、そして、手に持っていたL字の鉄の棒をそっと差し出してきた。


「どうぞ」

「誰がダウジングをやらせろと言ったか?」

「ご主人さんも鉱石との交信がしたいのかと……」

「思うな。二度と思うな。絶対ないから」

「いや、でも、鉱石っていうのは土の中で息をひそめながらも常にわたしたちにメッセージを送り続けているんですよ。『気が付いて、わたしはここにいるよ』って!」

「あぁ、うん。そういう話がしたいんじゃないんだ、今は」

「では、この話は後日……」

「いや、後日もいいかな、別に」


 なんだよ。

 普段通りのルゥシールじゃないか。

 おかしく見えたのは俺やフランカの思い過ごしだったんじゃないのか?


 そう思った時――心臓が軋んだ。


 ルゥシールの目尻が光を反射したのだ。

 微かに赤く染まる目尻には、小さな雫が玉になっていた。

 ……泣いて、いたのか?


 腕を伸ばすと、ルゥシールが肩を震わせ身構える。

 気にせずにさらに伸ばし、ルゥシールの頬に触れる。


「……あ」


 小さく漏れた声は、何かに気付いたような、躊躇いに満ちた声だった。


「いや、あの、これは……ち、違うんです! 砂が目に入って……それで……」


 親指の腹で、グイッと目尻を拭うと、下まぶたが押し上げられてルゥシールの片目が閉じられる。

 そしてそこから、また新たな雫が溢れ出してきた。


「あれ……お、おかしいですね。なんででしょう? 実はちょっと嬉しかったりするんですが……あれれ……止まらないですね…………はは……変だなぁ」


 俺から体を放し、逃げるように背を向ける。

 両手で何度も顔を拭い、無理矢理絞り出したような乾いた笑いを漏らしている。


「すみません、ご心配をおかけして……全然大したことじゃないんですけど、ちょっと自己嫌悪というか……わたし、ヤなヤツだなぁって思っちゃったというか……なので、こうやって優しくされると、ちょっと困るというか、戸惑うというか……」


 笑っていた声が、徐々に震え出し、そして、静かで重いため息へと変わる。


「……何やってるんでしょうね、わたし」


 ゆっくりと振り返ったその顔は、涙と不安にまみれて、今にも消えてしまいそうな危うさを感じさせた。


「もう…………一緒にいられないかも、しれません……こんなわたしじゃ……そんな資格が、無…………っ」


 最後まで言わせなかった。

 強引に引き寄せ、細い体を力任せに抱きしめる。

 腕の中で、ルゥシールが小さく呻く。一瞬呼吸が止まり、恐る恐ると吐き出された息は、戸惑いに震えていた。


「……あ、あの…………ご主人さん……?」

「それはダメだ」

「え……?」

「俺は、まだ恩を返してもらったとは思っていない」

「…………すみません」

「お前、言ったよな? 恩返しが終わるまでそばにいるって。それを反故にするのか?」

「でも……」

「反故に、するのか?」

「…………したく、ありません」


 グッと抱きしめ、お互いの耳元で言葉を囁き合う。

 顔を見ずに行われる会話だが、触れ合った体から、腕から、温もりが伝わってきて、不安な気持ちは一切感じない。

 むしろ、こいつがここにいると思えて、安心する。

 俺がここにいると、確信出来る。


「お前は、アレだ。鉱石の声なんか聞いてないで、自分の意見をもっと口にしろ。『わたしはここにいる』は、お前が言うべき言葉だ」

「……『わたしは』…………『ここに』……っ」


 ギュッと、ルゥシールがしがみついてくる。俺の体に腕を回し、背中を掴んで、身を寄せてくる。

 そして、俺の頬に頭を押しつけるようにして、熱い息を漏らす。


「……『ここに、います』…………わたしは、ここにいますよ、ご主人さん』

「あぁ……分かってる」

「ここに……いたいです」

「……あぁ。いろ」

「…………ここに……」


 まったく、どうしてなんだろうな。

 こんな場面だってのに、『いてくれ』と言えないのは……なんでなんだろうな。


「あぁ…………ご主人さんだぁ……」


 そんな、分かりきったことを呟き、ルゥシールは俺の胸に顔をうずめ、大きく息を吸う。

 こら、匂いを嗅ぐな。なんか恥ずかしい。


「……それに、わたしの方が回数多いですし…………」

「回数?」

「……なんでもないです」


 ………………あっ!

 まさかこいつ、俺がフランカとキスしたことを怒っているのか?

 つまりその、ヤキモチ……的な?

 いや、でもお前、アレは仕方なく……っていうとアレだが……でも、仕方なかっただろう、あの場面じゃ。人名救護の観点から言っても、アレはそーゆー行為ではなく……まぁ、確かにフランカの唇が想像以上に柔らかくてドキッとはしたけども……いや、でも待て、呼吸が出来ない状況だったフランカを助けるためにはアレが最善の方法であってだな…………あぁ、もう!


「ルゥシール」

「は、はい……」


 そんなくだらないことでいちいち悩むな、落ち込むんじゃない。


 ――そう、言ってやろうとしたのだが…………


 顔を上げたルゥシールの目は涙にぬれて煌めき、目尻は化粧を施したみたいに赤く華やかに色づき、顔をうずめていたせいで頬が赤く染まって上気して……突然呼びかけたせいだろう……何かを期待するような眼差しがジッと俺を見上げてくる。


 その表情は……卑怯だろ。


 俺の中で何かが弾け飛んだと、自覚した。

 何も考えずに、本能の赴くまま……


 俺はルゥシールの唇に、唇を重ねた。


 ルゥシールは一瞬体を固くさせたが、次第に力が抜けていき、最後は俺に身をゆだねるように寄り添ってきた。

 冷たい砂漠の風が吹き抜けていき、触れ合った肌の温もりを強調させる。



 世界の中で、ここだけが温かい。

 そんなことを思った。



 唇を放すと、途端に恥ずかしさが込み上げてきた。


 何してんだ俺!?

 え、何した、俺!?

 えっ、痴漢? 誰が痴漢だ!? ……俺、痴漢か?


 表情が固まり、頭の中は盛大にパニクって、何も出来ず、何も言えず、ただルゥシールを見つめていた。


「……あ、あの……」


 怒られる!?

 今すぐ飛び退いて土下座すれば間に合うか!?

 穴掘って、頭そこに埋めようか!?


 思考が先行して、行動が伴わない。

 俺はジッとルゥシールの言葉を待った。死刑執行を待つ囚人のような気持ちで。


「『仕方なく』じゃないのは……初めてですね」


 一瞬で顔の温度が上がる。

 脳みそが沸騰するには十分な熱量で、唇なんか、燃えるように熱い。


「そ、そうだな!? っていうか、そういうのは、俺、初めてだし、お、お前だけだな、今のとこっ!」


 とろけた脳みそは、意味の分からない言葉を生成し強制排出していく。

 何言ってんだ、俺!?

 なんだよ、この突然のモテない宣言。

 色恋沙汰と無縁だったと白状したようなもんじゃねぇか!


「……そう、…………でしたか。ふふ……」


 笑われた!?

 小馬鹿にされたのか!?

 えぇい、ルゥシールの分際で!


「とにかく、もう休め! 明日はお前のダウジングを頼りに砂漠を歩き回るんだからな! 途中でへばっても、休ませたりしてやらねぇぞ!」

「それは、大変ですねっ。しっかり睡眠をとっておかないと! 倒れたりしたら迷惑ですもんね」


 いつもの声で、いつもの笑顔だ。

 ルゥシールが、いつものルゥシールに戻った。

 やっぱり、ルゥシールはこうでないとな。


「ま、まぁ。休ませないとは言っても……無茶はさせたくないし……あぁ、そうだ! 疲れたら俺が代わってやろう」

「ダウジングはそんない甘いものじゃありません!」


 なんだよ、急に。怖い顔をして。


「もし、ダウジングをやりたいのでしたら、本気で取り組む覚悟を見せてください! わたしの厳しい指導に耐えられますか?」

「指導? お、おぉ! 上等だ! やってやるぜ! こう見えても俺は、幼少期に『ダウジンガーZ』と呼ばれていたのだ! ダウジングの指導くらい、余裕でクリアしてみせるぜ!」

「その言葉…………忘れないでくださいね」


 不敵な笑みを浮かべ、ルゥシールは俺から体を離した。


「では、たっぷりと睡眠を取っておいてください。明日はビシバシしごきますからね!」


 俺に指を突きつけて元気良く宣言すると、ルゥシールはすたすたとテントへ向かって歩いていってしまった。

 足取りが軽やかだ。


 ……で、なんで俺がしごかれる流れに?


 なんだか釈然としない気分になりながらも、俺は俺専用のテントを目指して歩き出した。

 …………テント、一人用なんだよなぁ…………寂しい。









ご来訪ありがとうございます。



ラブコメです。


ラブコメ好きなもので、

ついつい長く書いてしまいました。


決着がついたような保留なような、

そんなうやむやな感じでとりあえず元通りというところです。



こうしてみると……テオドラ、残念女子だな。

カタナと添い寝って……


彼女が、いつか恋愛合戦に参戦する日が来るのでしょうか。




そして、ロリ巨乳ことメイベルは、

泣き疲れてずっと寝ていたため、登場せずでございます。

もともと20時にはおねむになる体質なのです。

次回は割と出ます。




というわけで、次回は、

羞恥心を捨て去ったルゥシールとダウジンガーZの異名を持つご主人さんによる

ダウジングストーリーです!


二本の鉄の棒が平行からその角度を開く時、彼らは宝に出会う……




(そこまでダウジングにスポットは当たりませんのであしからず)





次回もよろしくお願いいたします!


とまと

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