62話 カジャの町×恋バナ×フランカの時代 ※新春特別ショートショート付
カジャの町は、とても栄えた大きな町だった。
石を敷いた道路は非常に歩きやすく、段差も少ない。ミスリルなどの鉱石を運搬するために道を平らで頑丈に作ってあるらしい。
建物は石造りの物がほとんどで、三階建て四階建ての建造物がざらにあった。
ブレンドレルほどではないにしても、かなり大きな町だ。山間の、どちらかと言えば閉鎖的な町としては異例な栄えっぷりだ。
「まずは、ヌシらをワの家へ招待するのじゃ。皆で泊まっていってくりゃれ。歓迎するでの」
にこにこと、オイヴィが俺たちの先頭を歩く。
こちらを振り返りながら、ほぼ後ろ向きに歩いている様は、その外見からも幼い少女にしか見えない。凄いはしゃぎぶりだ。
「パジャマパティーをするのじゃ! テオドラは礼儀正しいのじゃが、恋バナには疎くての。ルゥシールにフランカよ、ヌシらには、是非にもそのあたりを聞かせてほしいものじゃな」
「……わ、私は、特に……」
「わたしも……そう経験がある方ではありませんので……」
俯く二人の視線が、なぜか俺をチラチラとかすめて飛び交う。
俺に話題を振っているのだろうか?
「恋バナってのはあれだろ? 要するに、何回おっぱいを揉んだかって話だろ?」
「あぁ、そういうのではないので、ご主人さんは参加しないでください」
「……この線からこっちに入ってこないで」
「なんだよ!? 仲間外れにするなよ!?」
歩幅を調整されて、俺の周りにぽっかりと誰もいない空間が生まれる。
いじめはよくないぞ!
「小僧は我慢しておれ。こういうのは女子だけの特権じゃてな。女子会というやつじゃ」
「齢千歳を超えてるのが二人もいて何が女子会だ」
「わたしは超えてませんよっ!?」
必死に抗議してくるルゥシールだが、三桁も四桁も似たようなもんだ。
「オイヴィ。あまり皆さんに迷惑をかけてはいけませんよ」
テオドラが遠慮がちに諭すが、オイヴィはどこ吹く風という素振りだ。
「迷惑なもんかい。こういうのは、一度はっきりさせておいた方がいいじゃろうが。曖昧なままでは気持ちの整理もつかんじゃろう?」
オイヴィの言葉に、ルゥシールとフランカが背筋を伸ばし、お互いの顔を見合う。視線を交差させ、何とも微妙な表情を見せる。
どこか、緊迫したような雰囲気だ。
「それに、テオドラよ。おヌシもまんざらではないのじゃろ?」
「ワッ、ワタシは、別にっ!?」
テオドラが素っ頓狂な声を上げ、俺は思わずそちらを見る。と、ばっちり視線がぶつかり、瞬きの間に顔を逸らされてしまった。
なんだよ、この変な空気?
こいつらはなんの話をしてるんだ?
「して小僧よ」
「なんだ?」
急に無口になった女子たち三人が、俺から微妙に距離を取る中、オイヴィが俺の隣へとやってくる。
並んで歩きながら、上目遣いでこちらを見上げる。
「ヌシはどちらに惚れておるんじゃ?」
「はぁっ!? ど、どど、どちらって、なんだよ!? どっちとどっちとどっちだよ!?」
「ほうほう。候補は三人おるのか」
「いや、そうじゃなくて、それはたまたまここに三人いるから……」
「ワも入れると四人おるが? なぜ他の三人だけに限定したのかの?」
「うっ…………よ、幼女は、守備範囲外だからだ」
にやにやといやらしい笑みを浮かべるオイヴィの視線から逃れるように、俺は顔を進行方向へと向ける。
と、ルゥシールとフランカが物凄い形相で詰め寄ってきた。
「……では、エイミーは候補から外れると解釈して問題ない!?」
「ルエラさんやナトリアさんも幼女ですので除外で構いませんね!?」
「なんだよ、お前ら!? あ、当たり前だろう!?」
エイミーが俺の守備範囲に入るわけ………………あれ、なんだろう……今「ない」と口にすると酷い目に遭いそうな、そんな嫌な予感がした。
あれ? なんで背筋がゾンゾンしてるんだろう? なにこの寒気。
脳内に刻まれたエイミーの顔が、険しい表情を見せる。
記憶の中でも怖いな、あいつは……
「と、とにかく。俺は、目的を果たすまでは惚れた腫れた揉んだしだいた吸った挟まれたなんかしている暇はないんだよ!」
「揉んだ以降は必要ないです」
「……というか、揉んだ以降はする可能性が高い」
……まぁ、仰る通りだけども。
…………………………えっ!? 吸ったり挟まれたりする可能性あるの!? マジで!?
なんだか、未来が明るくなった気がした。
俺、これからも強く生きていけるかも!
と、そんな希望に満ち溢れた俺に、テオドラが声をかけてくる。
心持ち、沈んだ声で。
「やはり、君の周りには、常に女の影がチラついているのだな」
女の影…………って、まさか、エイミーか!? やっぱり密偵とか忍びとか使い魔的なものを寄越していやがったのか!?
俺が身の危険を感じて辺りを窺っていると、「いや、そういうことじゃなくて……」と、テオドラに困った顔をされてしまった。
どうやら違うらしい。
「あ、あの……だな。その、き、君は…………えっと、例えばワタシのような粗忽者は、やっぱり、嫌…………いや、違う! そういう後ろ向きなことではなくて! そう! どういう女性が好きなのだ?」
「ん? 巨乳だが?」
「…………清々しいな、君の最低っぷりは」
「なぜだか、あまり褒められている気がしないんだが?」
「ほんの少しでも褒められている気がするなら、君は相当にポジティブな人間だと言えるだろうね」
なんとなくだが、呆れられている気がする。
巨乳が好きで何が悪い。
俺には、巨乳を愛でる権利がある!
「……【搾乳】、一つだけ言っておきたいことがある」
目の前にフランカが立ちふさがり、俺は半ば強制的に歩みを止められる。
ジッと俺の目を見つめてくるフランカ。
とても真剣な顔をして、明瞭な声で言い放つ。
「……巨乳の九割はアホの子」
「酷いですよ、フランカさんっ!?」
「そうだぞ、フランカ。巨乳でも知略知慮に優れたヤツだっている」
ガウルテリオなどはその筆頭だ。人格的に問題はありまくりだが、相当な切れ者だ。
「……ご主人さんっ!」
ルゥシールが嬉しそうな顔で、瞳を潤ませる。
その顔を見て、笑みを浮かべ、俺は頷いてみせる。
「まぁ、ルゥシールはアホの子だけどな」
「酷いですよっ!? わたしの心は頂点から真っ逆さまですっ!」
たぶん、頭に行くはずの養分が全部胸に行っちゃったんだろうなぁ。
いいことだけどな。
「……胸で女性の価値を図るのはよくない。考え直すべき」
そう言ってフランカが胸を張る。
と、その時。
「おい見ろ! あの人!」
「なんて美しいんだ!?」
「本当! うっとりしちゃう美しさね!」
「私もあんな女性になりた~い!」
フランカを見たカジャの住民たちが次々に賞賛を口にし、ついにはフランカを取り囲んでしまった。
「……な、なに?」
戸惑うフランカ。
しかし、群衆はそんなフランカに遠慮なく、矢継ぎ早に言葉を浴びせかける。
群衆の瞳は、誰も彼もキラキラと輝いていた。
「素晴らしい! どうすればここまで見事なつるぺたになれるのか!? 女性として身体的に成長しながらも、幼女のようなあどけない胸を維持している……っ! あなたは我が町に舞い降りた天使(幼女体型)だ!」
「……は?」
「あのっ! どうすれば、胸の成長を抑えられますか!?」
「……えっ!? 別に、意図して抑えては……」
「私、大好きな牛乳を我慢しているのに、こんなに胸が大きくなってしまって……どうすればあなたのように美しいぺったんこになれるのでしょうか!?」
「……え、自慢!?」
「こんなに美しい貧乳は初めて見ました! どうか、お名前だけでも!」
「……貧乳ではない」
「見事なまでにフラットですね! 拝んでいいですか!?」
「……フラットではない、生卵くらいの膨らみはある」
「ちっぱい万歳!」
「……ちっぱいではない」
「ちっぱい万歳! ちっぱい万歳!」
「……やめて。私は決してちっぱいでは……」
「「「ちーっぱい! ちーっぱい! ちーっぱい! ちーっぱい!」」」
「 ……ラーラバード・イープリアル――黒き焔、混沌の弔歌…… 」
「ぅおいっ! やめろ、落ち着けフランカ! 誰か、あいつの詠唱をやめさせろ!」
俺の指示にルゥシールが飛び出し、フランカの口と手を押さえつける。
フランカの表情に乏しい顔にくっきりと青筋が浮かび上がっている。
この町のつるぺた信仰は凄まじいものがあるな。
男女問わず大人気とは……
と、辺りを見渡してみるが、本当に若者しかいない。みんな十代か、行って二十代前半というところだ。
反応も、なんというか、若いなぁ……という感じだ。
ルゥシールに押さえられているフランカを、遠巻きに見つめてはキャーキャーとはしゃいでいる。
なぜつるぺたでそこまではしゃげるのか……
「もしかして、つるぺたって実はいいものなのか?」
「「……っ!?」」
ルゥシールとフランカが対照的な表情でこちらを振り返る。
ルゥシールは驚愕の、フランカはどこか嬉しそうな、そんな顔で俺をジッと見つめている。
と、フランカがルゥシールの拘束から抜け出し、こほんと咳払いをする。
「……私は、決してちっぱいではない…………が、【搾乳】の凝り固まった趣味嗜好を解きほぐし新しい視野を取り入れる余地を与えることには、ある一定の理解を示すことが出来る。よって、多少不本意な部分がないではないけれど…………群衆たち、彼に控えめな胸の素晴らしさを説いてあげて」
「「「「はいっ!」」」」
フランカからの指示が嬉しかったのか、町人たちが声を揃えて返事をする。満面の笑みで。
そして、呼吸をするよりも早く、俺は群衆に取り囲まれてしまった。
「いいですか。ちっぱい最大の魅力というのは……」
「ぺったん娘というジャンルの有用性についてはもはや語るまでもないとは思いますが……」
「女性から見て、控えめでつつましい貧乳こそが世の真理であり……」
「世界平和の観点から見ても、貞淑な女性の象徴たるまな板胸こそが……」
「逆説的に巨乳などという淫猥な脂肪の塊が存在すること自体が……」
ぅわああ、うるせぇこいつら!?
「「「ちーっぱい! ちーっぱい! ちーっぱい! ちーっぱい!」」」
おい、どこの宗教だ、これ!?
怖いよ!?
ちっぱい教、なんかスゲェ怖い!
「俺、やっぱり巨乳が好きです!」と、宣言しようとしたその時、群衆をかき分けて、一人の青年が現れた。
「みんな。その熱い思いには大いに共感するが、客人が困っているではないか。控えなさい」
青年が通る道を開けるように、群衆の波が左右に割れる。
微かに幼さを残した顔で青年はにこりと微笑む。
「おぉ、最長老のお出ましか」
オイヴィがその青年を最長老と呼ぶ。
最長老は、どう見ても二十代前半だった。……十代よりかは落ち着いているかな、くらいの風貌だ。
「初めまして。カジャの町の最長老、タルコット・イーガンです」
タルコットと名乗った青年は右手を差し出してくる。
俺はその手を取り握手を交わす。
落ち着いた物腰は、相対する者に安心感を与えてくれる。これまで、ろくでもない年上しか見てこなかったから、こういうタイプの人間に会うと安心する。
「最長老ってことは、この町のトップなのか?」
「いいえ。町長や議会の役員はみな中年者から選出されています」
かつて、ウジンたち重役どもが腐敗した政治を行っていたのは、覆すことの出来ない権力を持っていたからであり、その腐敗を二度と繰り返してはいけないと、カジャの町民たちは考えたらしい。
その結果誕生したのが、年中者為政制度だ。
年長者が役職に就き権力を持つことを禁止するのが特徴的な制度で、町の決定権を町の中間の層が行うというものらしい。
年少者では経験が不足しているという観点から、年長者のサポートを受けた年中者が政治を行う制度だ。
年齢に上限を設けることにより、為政関係者の中に流動性をもたせ、腐敗を防ぐのが目的だそうだ。
民主主義を大原則として、『うまく回す政治』よりも『みなが納得する政策』を信条に掲げているらしい。
とはいえ、すべてがうまくいくわけではなく、そういう時に頼りにされるのはやはり年長者なのだ。
「そんなわけで、最長老というポジションが必要になってくるのですよ。お飾りであり、相談役であり、時にはトランキライザー――皆の心を鎮める役割を担っています」
最長老は、腐敗していた最悪の世代の経験者であり、新生カジャの中心にいた人物だそうで、この町の象徴的人物なのだとか。
町民からの信望も厚く、かなりの人格者だとオイヴィが太鼓判を押す。
「まぁ、ただ、重度のつるぺたマニアじゃけどの」
「それだけで十分信用を失う危険があるんですよ、外の世界では」
ルゥシールの冷静な突っ込みもどこ吹く風で、最長老タルコットは柔和な笑みを浮かべている。
おぉ、まるで気にしていない様子だ。メンタル強ぇ~……
「オイヴィ様のお客様であり、このような美しい方のご友人であらせられる皆様を、カジャの町は全力で歓迎いたします。どうか、滞在中はごゆるりとお寛ぎ下さいますよう。何かありましたら、ボクに申しつけてください。可能な限りお力になりますよ」
そう言って、俺たちに笑顔を向けた後、フランカの前で片膝をつく。
守衛長のように無粋に手を取るような真似はしない辺り、最長老は紳士的でもある。
「あなた様のような美しい女性が我が町を訪れてくださったことを女神様に感謝したい気持ちでいっぱいです。今日という良き日を、この町の祝日とし、後世に語り継いでいきたいと思います」
フランカが町を訪れたことで、この町に祝日が増えるのか?
なんか凄いことになってきたな。
「今日は、今、この瞬間から、『つるぺたの日』と呼称することにいたします」
「……燃やすわよ?」
「ボクは、常日頃から考えていたことがあるのですよ。……『つるぺたになら殺されてもいい!』と」
「……可哀想なほどに手遅れな変態ね」
「その言葉すら、ボクにはご褒美です」
「…………ダメだ、私には扱いきれない……【搾乳】、パス」
「パスされても困るっつの!」
ややげんなりした表情で、俺の隣に戻ってくるフランカ。……一回は自分でけしかけたくせに。
タルコットが群衆を説得し、無暗にフランカを襲わないことを約束させていた。
その代わり、フランカが暇な時は町民の相談に乗ったり、話し相手になったりしてほしいとの事だった。
「…………まぁ、それくらいなら……」と、フランカが呟いた瞬間、カジャの町が歓声に揺れた。
アルジージャでの冷遇分を取り返すかのような人気ぶりだ。
……これらすべてが、もとを辿ればドーエンの病気に影響されてるんだよなぁ…………あいつ、野放しにしといていいのか、マジで?
「ヌシとテオドラの剣を鍛え直すには、それなりの時間がかかるでな。しばらくはこの町でのんびりしていってくりゃれ。気に入ってくれるといいんじゃがの」
「では、滞在中のことは、ボクにお任せ下さい、便宜を図るよう、議会に掛け合ってまいります。まぁ、おそらく、満場一致で協力してくれるでしょう」
オイヴィとタルコットの会話はサクサクと進み、いつの間にか、俺たちはしばらくの間カジャの町に滞在することになっていた。
まぁ、それは別に構わんのだが……
「……滞在中に、ご主人さんが洗脳されないか…………それが一番心配です……わたしがしっかりしなきゃ……アウェーなんかに負けるなわたし、ですっ!」
ルゥシールが誰もいない場所で呟き、一人で何かを決意したかのように拳を固く握る。
「ご主人さん! わたし、頑張りますから!」
……なんか、またよく分かんないことに闘志を燃やしているようだ。
あぁ、やっぱりあれなのかな?
巨乳の九割はアホの子、なのかな?
と、そんなことを思いながら、俺はオイヴィの家を目指して歩き始めたのだった。
いつもありがとうございます。
迎春のお慶びを申し上げる意味も込めまして、
ささやかなお年玉をお贈りいたします。
楽しんでいただければ幸いです。
次回もよろしくお願いいたします。
とまと
☆新年特別ショートショート 『初夢』☆
東方にある何とも雅な国で、俺たちは年越しという行事を経験した。
一年が終わり、また新たな年を迎えるために、この町の人々は実に様々な準備をし、心構えをしていた。
大掃除をして、細長い麺を食い、町の喉自慢が集まって歌合戦を繰り広げる。男女で紅白に組み分けされた歌合戦は日付が変わる直前まで行われ、その後は家族や仲間内で静かに年越しを迎える。
俺たちも、宿の一室に集合してその時を待っていた。
新年になり初めて迎える日の出を拝み、一年が幸せであるようにと初日の出に願いをかける。
という手はずだったのだが……
「むにゃむにゃ……もうお腹いっぱいですよぉ……」
「……小豆よりもきな粉の方を多めに…………大豆にはイソフラボンが……むにゃむにゃ」
ルゥシールとフランカは日の出を待たずに眠ってしまったようだ。
「まぁ、慣れていない者には少々酷な行事かもしれないな」
テオドラがみかんをつまみながら眠ってしまった二人を眺めている。
ちなみに、俺たちは「こたつ」と呼ばれる寝具とテーブルが一体化した斬新な家具に足を突っ込んでいる。これ、かなり温かい。ハマりそうだ。
テオドラはこの町と文化圏の近い国の生まれなようで、年の瀬と新年の過ごし方について詳しく、こんな話をしてくれた。
「新しい年を迎えて初めて見る夢を『初夢』と呼ぶのだが、この初夢で見ると縁起がいいと呼ばれているものがいくつかあるのだ」
「へぇ、なんだ?」
「一フジ二タカ三ナスビと言ってね……」
テオドラが詳しく説明してくれる。
フジと呼ばれる高い山。タカと呼ばれる強い鳥。ナスビと呼ばれるテオドラの好物。
……ナスビだけ、ひどく個人的な意見のような気がするが……それを見ると縁起がいいのだとか。
折角なので見てみたいものだ。
それらの夢が見られるように、俺は念じながらこたつへと潜り込む。
明日起きたら、ルゥシールたちにも教えてやろう……
えっと、たしか……いちふじ、にたか、さんなすび…………だったか?
……いちじく、あたま、さんすくみ…………?
……ささづか、かまた、しんこいわ…………ん? なんの名前だ、これ?
……とこなつ、ビキニ、ぽろりも……ある……よ…………
そんなことを思いながら、俺は眠りに落ちた。
そして朝。
「やぁ、おはよう。いい夢は見られたかい?」
「……それが、さっぱりだったよ」
テオドラが朝一番で俺に尋ねてくるが、俺の返事を聞くと「そうか。残念だったね」と慰めてくれた。
その後、テオドラは朝食を取りに行くと部屋を出て行った。
しかし、残念だ。どうしても見たかったのに……
俺が見た夢は、物凄く高くて山頂付近に雪が積もった台形の山に、大きな羽と鋭い爪を持つ強そうな鳥がいて、紫色の太く反り返った野菜を狙っているという、わけの分からん夢だった。
縁起のいいものは何一つ見ることが出来なかったのだ……
「あれ、どうしたんですか、ご主人さん? 浮かない顔をして」
「……何かあった?」
「実はな……」
俺はルゥシールとフランカに事の経緯を説明する。
「へぇ、見ると縁起のいい夢ですか」
「そうだ。テオドラに教えてもらったんだ」
「……興味深い」
「ホント……俺も見たかったんだがなぁ……」
「なんなんですか、見るといいものって? 三つあるんですよね?」
「……情報提供を望む」
「あぁ、それはな」
俺はテオドラに聞いた縁起のいいものを三つ、聞いた通りに教えてやる。
「『横乳、谷間、右乳首』だ」
「え…………?」
「…………は?」
ルゥシールとフランカが固まる。
「だから、『横乳、谷間、右乳首』だよ。口に出して言ってみ? 語呂がいから」
「いえ……結構です」
「……口にしたくない」
「何言ってんだよ!? 口にしたいだろう!? 右乳首とか、特に!」
「『口にしたい』の意味が変わってますよねっ!? 確実に!?」
と、そこへ全員分の朝食を持ってテオドラが戻ってくる。
「なにかな? なんの話をしていたんだい?」
「……テオドラ、話がある」
「ちょっと、こちらへ」
「え? なになに!? なんなんだい!?」
ルゥシールとフランカに両腕を掴まれて、テオドラが引きずられていく。
「……【搾乳】に変なことを吹き込んで……お説教が必要」
「ご主人さんの取り扱いには十分気を付けてください!」
「え、なに!? 分かんないなだけど!? ちょっと、なんなのさぁー!?」
遠ざかっていくテオドラの叫びを聞きながら、俺は、「二度寝すれば横乳の夢見れんじゃね?」と気付き、もう一度こたつに潜り込んだのだった。
 




