54話 かけられた嫌疑 ご主人さんは誘拐犯? ※クリスマス特別ショートショート付
突如現れた、赤髪の二刀流少女は、俺を指さしながらとんでもないことを言い放ちやがった。
言うに事欠いて、『幼女を誘拐しただろう』だとぅ!?
誰がするか、そんな、えっと……もう、ちょっと名前は忘れてしまったけれど、オルミクル村のギルド長みたいな真似! あぁ、残念だ。名前が思い出せない。
「まさか、ご主人さん……ドーエンさんのご病気が感染して……っ!?」
「お~い、ルゥシール。俺が折角その忌まわしい名前を忘れたフリしてたってのに、思いっきり口にしやがって。誰がドーエン病の末期患者だ。ふざけたこと言うとお尻ぺんぺんするぞ」
「……『ぺんぺん』と言っているにもかかわらず、手つきは『もみもみ』…………最低」
無意識にもみもみ動く手のことなど、今はどうでもいいのだ。
それよりも、だ。
「おい、お前! 俺が幼女を誘拐したってどういうことだ!?」
遠く、崖の途中に立っている少女に向かって大声を投げかける。
「しらばっくれるな! ここ最近、この付近で幼い子供が消息不明になるという事件が続いているのだ! 貴様らはその一味だろう!?」
酷い決めつけだ。
「どこにそんな証拠がある!?」
証拠もなしに決めつけているのだとすれば、それはかなり悪質だと言える。
実際、俺は幼女など誘拐していない!
「この足場の悪い崖で、あの身のこなし……おまけに背中に背負ったその大荷物こそが……ごほっ!ごほっ!」
「って! ずっと大声で話してっからむせるんだよ! 喉壊すぞ? いいから、一回こっち来い!」
なんで遠く離れて大声で怒鳴り合わなきゃいかんのだ。
けどまぁ、濡れ衣ならば、武力に頼らずとも解決出来そうだ。
「それは出来ん相談だ!」
「なんでだよ!? もう喉痛ぇよ! いいからこっち来いよ!」
「出来ん!」
「なにが気に入らねぇんだよ!?」
「ワタシはなぁ!」
そして、その少女はビックリするようなことをのたまいやがった。
「高いところが苦手で、今現在足がすくんでとても動けそうにない!」
「お前、バカだろう!?」
自分でそこまで行ったんじゃねぇか!
それも、崖の形を変えちまうほどの勢いで!
それで、何が「高いところが怖い」だ!?
「助けてくれたら、話を聞いてやる!」
「偉そうに言うな! ちょっと待ってろ、ボケェ!」
俺は、仕方なしに、二刀流少女の元まで駆けていく。
……命を狙われた俺がしなきゃいけないことか、これ?
「やぁ。待っていたぞ」
「うっせぇよ!」
いきなり人の首を取りに来たかと思えば、心底俺の到着を喜んでいるように瞳をキラキラさせている。
なんなのこいつ!?
「ほら、掴まれ」
「ま、待ってくれまいか! 抱っこは不安定というか、体が固定されないから怖いのだ! おんぶで頼みたい!」
「……お前、自分の立場分かってるか?」
厚かましくも、いい笑顔を向けてくる少女に俺は嘆息する。
「お前、名前は?」
「人に名を聞く時は自分から名乗るのが礼儀だろう」
「名も知らん奴を背負うことは出来ん」
「テオドラだ。よしなに頼む!」
こいつ、裏表がないというか、表から裏が透けているほど薄っぺらいというか……絡んでいると妙に疲れるヤツだ。
「それで、君の名前は?」
「人に名を聞く時は自分から名乗るのが礼儀だろうが」
「そうだったな! 失礼した。ワタシはテオドラという。……って、名乗ったよな、ワタシ?」
そうだっけか?
俺が背を向けてしゃがむと、テオドラは素直に俺に負ぶさってきた。
ライトアーマーに覆われた胸元は非常に硬く、なにひとつ楽しくもない。
けれど、太ももとお尻には鎧が付いていない。腰を守る腰当がぶら下がっているだけだ。
ん~…………まぁ、及第点か。
「それで、君の名前は?」
「マーヴィン・ブレンドレルだよ」
「そうか、しかと覚えたぞ。いい名だな」
「そうかい」
「で、ナントカ・ブレナントカよ」
「全っ然覚えられてねぇじゃねぇか!?」
びっくりして突っ込んだ拍子に俺は足を踏み外す。
「きゃあっ!?」
背中から可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。
ギュッと、俺の首に回された腕に力が入る。……バカッ! 締まるっ! 死ぬっ!
目の前が若干暗くなりながらも、俺は空中で体勢を立て直し、岩を数度蹴って、地面へとたどり着く。
「着いたぞ! 着いたから、首を放せ! 息が出来ん!」
背中にしがみつくテオドラを払いのける。
「わぁああっ!」
大袈裟な声を上げ、テオドラは俺の背中で必死の抵抗を見せる。
いや、腕離せって!
「落ちる! 死ぬ!」
死なねぇ! つか、俺が死ぬ!
「もう着いたから! もう高くないから! 降りろ!」
「無理だ! 腰が抜けて立てない! ワタシを生まれたての小鹿にする気か!?」
なんなんだ、この女? 頭が弱い子か? 残念な娘なのか?
「申し訳ないが、今しばらくこのままでいてくれまいか?」
幾分落ち着きを取り戻したのか、テオドラは腕の力を緩め、静かな口調でそう言った。
……まぁ、しょうがねぇか。
俺はテオドラを背負ったまま、ルゥシールたちのもとへと戻る。
「ご主人さん!」
「……大丈夫?」
すぐに、ルゥシールとフランカが駆け寄ってきて、そんな声をかけてくれる。
心配してくれてたのか。いいヤツらだな。
「ご主人さん、いつまで美少女のお尻をまさぐっているんですか? 早く下ろしてあげてください」
「……大丈夫? この男に不埒なことをされていない?」
……こいつら、俺の心配してねぇな。
まぁ、たしかに、おんぶのどさくさで尻はまさぐっているけども。
それがなんだというのか?
ただのご褒美だろうに!
「いや、すまない。ワタシの腰が抜けたばかりに彼には迷惑をかけている。もうしばらくこの体勢でいさせてはくれまいか?」
「で、でも。お尻を触られてますよ?」
「はっはっはっ! おかしなことを言うな、君は。おんぶなのだから尻くらい触るだろう?」
「え……?」
テオドラの発言に、ルゥシールとフランカが固まる。
俺も一瞬耳を疑った。
……いいのか?
そうだよな。おんぶなら、尻、触るよな?
尻を触ったら揉むよな?
揉み始めたらエスカレートして揉みしだいたりまさぐったりするよな?
これが心理!?
これが世界というものかっ!?
「あざっす!」
「ご主人さん、ストップですっ!」
「本人がいいと言っているっ!」
「わ、わたしが嫌なんですっ!」
「…………え?」
顔を真っ赤にして、ルゥシールが叫ぶ。
……な、なんでお前が嫌がるんだ?
「あ……いや、あの…………あまり、ご主人さんが女性にだらしない姿を見るのは……その、ちょっと…………嫌です」
「お…………おぅ。そうか」
……なんだろう、この、何とも言えない気恥ずかしさは。
悪ふざけを物凄い正論で諭された気分だ。
「じゃ、じゃあ……太もも、持とう、かな?」
「そ、そうですね。お尻よりかは、太ももの方が」
背負ったテオドラを落とさないように注意して、俺は手を尻から太ももに移動させる。
……つもりだったのだが。
「ふっ! 太ももはダメだ!」
テオドラから待ったがかかる。
随分と焦ったような声で、俺の肩に置かれた手にギュッと力が入る。
「太ももを触るなんて…………エ、エッチじゃないか!」
お尻はいいのに!?
「……ご主人さん。わたしにはこの方の基準が分かりません」
「……私も」
ルゥシールとフランカが困り顔でテオドラを見つめる。
テオドラは『太もも』という言葉を聞いた直後から落ち着きなく体をもじもじさせ続けている。
「お、お前たちは……そうだな、まだ若いから、し、知らないのも無理はないが……」
肩で息をするように、呼吸が乱れ、あっぷあっぷしながらテオドラが教鞭をとるような口調で言う。
指を立て、「ここが重要だから聞き逃すなよ」とでも言わんばかりのジェスチャーを伴って。
「人間は、膝枕をすると……あ、あか、赤ちゃんが出来てしまうのだ!」
テオドラが言い切った後、辺りを静寂が包み込む。
空っ風がピューと吹き抜けていき、なんだかよく分からない丸まってカサカサしたヤツがころころと転がっていく。乾いた風に吹かれてよく転がっていくヤツだ。
「…………は?」
「…………え?」
ルゥシールは驚いたような表情で、フランカは怪訝そうな表情で、揃って短い言葉を漏らす。
一方の俺は……
やっぱりそうなんだ!?
と、オルミクルの天才魔導五歳女児ルエラに教えてもらったことが事実であったのだと確証を得る。
「……こういう思考の方を、わたしは一人知っています」
「……奇遇ね。私もよ」
生あたたか~い目で、ルゥシールとフランカが俺たちを見つめる。
なんだよ、その目は?
「だ、だから、太ももはやめてくれまいか? そ、その、結婚とかに興味がないわけではないが……ワタシにはまだやらなければいけないことがあるのだ。だから、もう少しの間だけで構わない……せめて、式を挙げるまでは清い関係でいようではないか。な?」
「え? お、おぅ」
「な?」と言われ、思わず「おう」と返してしまったが……え? 結婚するの、俺たち?
って、そんなバカなことあるか!
出会ったばかりだぞ?
つぅか、命狙われたんですけど、俺!?
有り得ねぇよ!
こんな変な女は今すぐ叩き落としてやる!
「その代わり、尻ならいくらでも触ってくれていいからな!」
「あざっす!」
「ご主人さんストップです!」
指を激しく酷使する前に指の体操を入念に行う俺に、ルゥシールが飛びかかかってくる。
えぇい、離せ! 尻が! 尻が俺を待っているのだ!
「この方のお尻がいいと仰るのでしたら、わたしのお尻枕使用権は永久に剥奪ですよっ!」
「膝の下とかどうだろう!? こう、俺の腕を腰の前で曲げてな、そこに足をかける感じでだな? 膝枕って言っても、本当は膝じゃなくて太ももだし、膝はセーフだと思うんだよね! どうかなテオドラ君、そんな感じで!?」
「え、あ、あぁ。そうだな。それなら、きっとセーフだ。エッチじゃない!」
ちょっとお尻はたる~んってぶら下がることになるけども、背後から見られなければ恥ずかしさもないだろう。エッチじゃない! 決してエッチじゃない!
だから、俺のお尻枕を奪わないでっ!
恐る恐る、俺はルゥシールに視線を向ける。
と、「ん~、まぁ、いいでしょう」と、ルゥシールは大きく頷いた。
ほっと胸をなでおろす。
よかった。……危うく、未来が閉ざされるところだった。
「……お尻枕って、なに?」
フランカが、なんだか怖い目で俺を見ている。
あぁ、そうか。
こいつは知らないのか。
まぁ、しょうがないよな。俺よりも一つ若いわけだし。
「ふふ……っ。お子様め」
「……私は正常なだけ。あなたたちと違って」
「ちょっと、フランカさん!? 今の、わたしもこっち側に含まれてませんでしたか!?」
「……今の自分の発言を顧みてみるといい」
「違うんです! あれはご主人さんに正気を取り戻してもらうために……やめてください、そんな『ダメな時のご主人さん』を見るような目でわたしを見ないでください! わたしは正常ですっ!」
ルゥシールが「よよよ……」と泣き崩れる。
……なんか、それだとまるで俺が正常ではないみたいじゃないか。失礼な奴らめ。
「ふふ……実に愉快な関係だな、君たちは」
俺の背中で、テオドラがくすくすと笑う。
「見ていると、羨ましくなってくるよ」
声音は柔らかく、トゲトゲしていた口調も角が取れて丸みを帯びている。
まぁ、とりあえず話し合いは出来そうだな。
誘拐とはなんだったのか。そこら辺を話してもらいたいものだ。
この付近で起こっているというのであれば、俺たちがこれから向かうアルジージャにも、なにか関係があるかもしれないからな。
「ところでナントカ・ブレンナントカ」
「おぉ、ホントに一切覚えられてないんだな、お前」
「大人しく幼女を返さないと、この首を切り落とすぞ?」
突然、首筋に刃が付きつけられる。
片刃の、カタナという方の剣だ。
「って、おい!? この流れでなんでそんな物騒な行動に出るんだよ!?」
「ワタシを助けてくれたことには感謝しよう。しかし、幼女を誘拐したことは許せることではない。ワタシは公私混同するような意志の弱い者ではないのだ」
「だから、幼女なんぞ誘拐してねぇよ!」
「ワタシを抱えてあの崖を軽々飛び降りれたではないか!?」
「それがなんだ!?」
「それくらいの芸当が出来ねば誘拐出来ないような状況で、その幼女は誘拐されたのだ! 正直に話せ!」
「だから、知らねぇっつってんだろ!?」
「嘘を吐くな! 幼女が大好きだと言わんばかりの顔をして!」
「どんな顔だ!?」
「こんな犯罪者っぽい顔を、ワタシは見たことがない!」
「ほっとけや!? 誰が犯罪者顔だ!?」
ダメだ。こいつは人の話をまるで聞かない。
俺は視線でルゥシールとフランカに助けを求める。
お前たちの口から教えてやってくれ、俺がいかにジェントルマンで紳士的でナイスなガイであるかを!
「……【搾乳】、幼女にまで興味があったとは……」
おい、フランカ!?
なんでお前はテオドラの意見に流されちゃってんだよ!?
これまでの道中、俺の何を見ていた!?
「あの、テオドラさん……で、いいんでしょうか?」
「なぜワタシの名を!? 貴様、忍者か!?」
「あの……ニンジャというものがどういうものかは存じませんが、違います。先ほどご主人さんがあなたをそう呼んでいらしたので」
「洞察力が鋭いな!? 貴様、忍者か!?」
「いえ……ですから……」
困り果てた感じでルゥシールが俺を見る。
そんな目で見られても、俺もこいつの『人の話を聞かなさ加減』にはお手上げ状態だ。
「ご主人さんは誘拐などするような卑劣な方ではありません。あの大きな荷物は、わたしたちの荷物です。調べていただいても構いませんので、ご主人さんに向けている刃物をしまってください」
「うむぅ……しかし…………」
「でないと……わたしも、本気を出さなければいけなくなりますので」
ルゥシールを覆う空気の色が変わった。
透明に違いはないのだが、もっと密度の濃い……見えざる闇が迫ってくるような圧迫感を放っている。
ルゥシールは、俺の身に危険が迫ると、本気で怒ってくれる。
……嬉しいじゃねぇか。
「テオドラ。俺たちはお前の言う幼女を知らん。会ったこともない。これは真実だ」
「……そうか。…………すまない」
テオドラがカタナを退く。
ルゥシールの真剣な怒りと、俺の真摯な物言いに、ようやく納得してくれたようだ。
テオドラがカタナを鞘に納めると、ルゥシールを取り巻いていた怒気が霧散していく。
いつもの、柔らかい笑みを浮かべている。
「焦って、あらぬ疑いをかけてしまったようだ。申し訳ない」
「分かっていただけたなら、もういいんですよ」
ん? なんでお前が言うの、ルゥシール?
カタナを突きつけられたのも、割とひどいことを言われてたのも俺なんだけど?
「そもそも、ご主人さんが幼女を誘拐しそうな顔をしていたのが始まりなんですし」
「そこ始まりじゃないよね!? 身のこなしじゃなかったっけ、疑われたきっかけって!?」
「あ、いや。顔も判断基準に含まれていたことは事実だ」
「事実かよ!?」
もう、叩き落とすぞ、テオドラ!?
「……しかし、気になるわね。その『有り得ない状況での誘拐』というものは」
フランカが静謐な視線をテオドラに向ける。
「そうですね。詳しく話してくださいませんか?」
ルゥシールも、テオドラに視線を向ける。
「しかし……犯人が分からない以上、下手に騒ぎを大きくするのは……」
と、ここまで散々大騒ぎしていたテオドラが躊躇する。
まったく、何言ってんだか。
「いいから話せよ」
「……むぅ」
「力になれることがあったら、協力してやるっつってんだよ」
「え?」
俺の言葉に、ルゥシールは力強く、フランカは静かに、頷いて見せる。
「君たち……」
基本的には悪いヤツではなさそうだし、こうして会ったのも何かの縁だ。
キャラバンへ車輪の軸を届けなきゃいけないのは分かっているが、幼女誘拐は放っておけない。
サクッと解決させて、遅れた分は走れば何とか巻き返せるだろう。
「聞かせてくれ。お前が必死に探している幼女のことを」
俺の言葉に、テオドラはしばらく黙り込んだ。
そして、ゆっくりと息を吐く。
「分かった。君たちを信用しよう」
そうして語られた話は、俺たちにとっても無視しては通れない内容だった。
いつもありがとうございます。
クリスマスという特別な日にまで見に来てくださる皆様に、
ささやかな贈り物を……
楽しんでいただければ幸いです。
そう、みんながいるから大丈夫!!
次回もよろしくお願いいたします。
とまと
☆クリスマス特別ショートショート 『フランカと聖夜の赤い下着』☆
雪深い北方の町。
この町の伝承に、クリスマスというものがあるらしい。
雪に埋まる町を、ルゥシールは「キレイですねぇ~」と瞳をキラキラさせて眺めていたが、私は……ただ寒い。それだけしか考えられない。
雪道も歩きにくいし滑るし足先は冷たいし……いいことなど何もない。
「よし。じゃあ、買い物にでも行くか」
「いいですね! なんだか、可愛らしい飾りが沢山してあって、見ているだけで楽しそうです!」
【搾乳】とルゥシールが盛り上がっている様を、私は少し離れた位置から見守っている。
……まだ少し、自分がここにいていいのかと悩む時がある。
こうして、無邪気にはしゃぐ二人を見ていると……まるで自分が『異物』のような気になってしまう。
「どうした、フランカ? 早く行こうぜ」
【搾乳】が私の名を呼ぶ。
表情を優しく歪めて、自分の二の腕をこすって……
彼はいつもこうして、私に対して『普通に』接してくれるのだ。
その普通さが、私には……とても温かい。
胸の奥がチクリと痛む。
あの顔を見る度に、いやというほど思い知らされる。
私は、彼を…………
「どした? おしっこなら我慢しろよ。そこら辺で隠れてしても、雪が黄色くなるからすぐバレるぞ?」
…………たまに本気で殺したくなる。
デリカシーのない【搾乳】を放置し、私はルゥシールと共に服屋を物色していた。
そこへ、女性店員が声をかけてくる。
そして、有り得ないほど派手な、真っ赤な下着を勧めてきたのだ。
「クリスマスなんだから、これくらい『攻め』なきゃ!」
「……有り得ない」
「何言ってんよ!」
押しの強い店員は声を荒げ、次いでグイッと身を寄せてくる。
私たちの腕を拘束し、密着するくらいに接近して、ひそひそ声でこんなことを言った。
「最近の男は奥手だから、こっちからアプローチしなきゃ。でないと、一生想いなんて届かないわよ」
そんな言葉で、ルゥシールは購入を決意したようだ。
けど、私は…………想いを届けるなんて……
一緒にいられれば、私はそれで……
「勇気をもって一歩踏み出さないと、どこの誰だか分からないヤツに掻っ攫われて、いなくなっちゃうわよ!」
「……っ!?」
その言葉に、心臓が締めつけられた。
……いなく、なる?
「どう? 今夜はクリスマス。……勝負、かけてみない?」
女性店員のそんな言葉も、どこか遠くに感じられた。
……私はバカだ。
結局買わされて、今こうして身に着けているなんて。
こんなので、どうこうなるわけでもないのに……
客がいない宿屋では、一人部屋を宛がわれた。
丁度よかった。
こんな下着を身に着けて、彼と同じ部屋でなんて……きっと眠れない。
明日の朝起きたらすぐに着替えよう。
やはり私には、こんな下着は似合わない。
バカな自分にため息を漏らし、寝返りを打った。……その時。
――カチャリ。
静かに、部屋のドアが開かれた。
ギシギシと、忍ばせた足音が近付いてくる。
……賊?
いや、この香りは…………
「フランカ? 寝てる……よな?」
【搾乳】……?
なぜ彼がここに? こんな時間に?
ま、まさか…………この真っ赤な下着が効力を…………
「……っ!?」
思わず声を上げそうになった。
彼が、私の肩に手をかけたのだ。優しく、そっと……
優しくも強引な力で、私は仰向けにされる。
こ、これは…………夜這い?
跳び起きて、声を出さなければ。
「何をしているの」と、「やめて」と……
なのに、私は瞼を固く閉じ、寝たふりをしている。
……何かを期待するように。
「メリークリスマス。俺からのプレゼントだ」
彼が囁くように優しく言い、私の胸の上にほのかに重みのある何かをそっと乗せる。
…………プレ、ゼント……?
そのまま、彼はそっと部屋を出て行き、ドアが静かに閉じられた。
室内に静寂が戻る。
私の心臓の音だけが鼓膜を震わせている。
……なんだ。違ったのか……
ホッとする。でも、どこかで残念にも思っている。
いや、今はこれでいい。
鈍感な彼がくれたプレゼント。それを受け取れただけで、私は幸せだ。
「……何をくれたのかな?」
起き上がり、胸の上に置かれた袋を開けてみる。
そこには……
『豆は胸にいいらしいぞ!』
そんなメッセージカードと共に、大量の大豆が入っていた。
……あのバカ。
使い方が違うっ!
胸に乗せても効果はない!
イソフラボンは摂取しなければ!
折角なのでこの豆はもらうとして…………
どんな方法でアノ鈍感男を血祭りにあげてやろうか……
そんなことを考えながら、私は眠りに就いた。




