5話 やっぱ、弁償ですか?
深夜。
俺と二人きりの暗い部屋の中で、ルゥシールがその細い体を震わせている。
その顔には、不安と恐怖の表情が浮かび……目じりに涙が浮かんでいる。
「ルゥシール……怖いのか?」
小さな声で問うが、ルゥシールは視線を向けることもせず、小さな唇から虫の鳴くようなか細い声を漏らし続けていた。
すなわち……
「お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです……お金がないです…………」
ベッドの上で膝を抱え、その膝に顔を埋めるように背を丸め、頭からシーツを被っている。
実に陰気な姿だ。
クレイモアが壊れ――強度に問題があったんだろうな。うん。きっと俺は悪くない。壊してない。壊れたんだ――その弁償をするために狩りを決行していた俺たちだが、俺の体から発せられた殺気のせいで一匹の魔物にも遭遇出来ずに、現状成果は無しだった。
二日目あたりまでは余裕をかましていたのだが、三日四日と経つにつれ、ルゥシールが壊れ始めた。
そして、古の遺跡に赴いたあの日から六日目。
ルゥシールは自分の世界へ閉じこもり帰ってこなくなってしまった。
当初不足していた400Rbを稼げば事足りると思っていたのだが、実際のところ武器屋に支払ったのはレンタル代の15480Rbのみだ。その際手元に残ったのが9920Rb。それも、日々の食事代や薬草購入などの雑費ですり減り、なんやかんやで残金540Rb。
つまるところ、武器屋に支払わなければいけない金額10320Rbから差し引いて、不足している金額は9780Rbとなる。
結構な額だ。
真面目に考えないと捻出出来そうにないな。
ルゥシールに会う直前に路銀を使い切っていた俺に蓄えはない。
「なぁ、ルゥシール。お前はいくらか持ち合わせてないのか?」
ドラゴンといえど、旅をするなら金は必要だろう。多少は手持ちがあるのではないか?
そう思って聞いてみたのだが。
「すみません。わずかばかりのお金は持っていたのですが、先日思わぬ出費があり、使い切ってしまいました……」
「何を買ったんだよ?」
「それは…………ご主人さん、知ってるじゃないですか……」
「俺が?」
ルゥシールが何かを買うところなんて見たことがないが…………あ。
「ポニーテールか」
「…………」
そっぽを向いたまま、ルゥシールは何も語らない。
しかし、その顔が雄弁に語っている。「図星である」と。
「お前、そんなくだらない物に金使うなよ!」
「ご主人さんが買わせたようなものでしょう!?」
「お前が勝手に勘違いして…………でもまぁ、いいや。で、それは今どこにあるんだ?」
「処分しましたよ」
「はぁっ!? お前何やってんだよ!? お前の使用済みなら、出すとこに出せばいい値が付いたのに!」
「出しませんよ!? 目的外使用しそうな方にはお譲り出来ません!」
こいつも十分目的外使用したと思うのだが……
っていうか、ポニーの尻尾の目的内使用ってなんだよ?
「しかし、魔物が出ないんじゃ狩りのしようがないしな……」
「……仕方ないですね。悲しいですが、この木苺を売りましょうか」
袋いっぱいの木苺を胸に抱き、ルゥシールが涙目で決断する。
俺の渡した食糧袋では足らず、大きな食糧袋を新調したのだが……
「いらんわ」
何が決断だ。
そんなもん、売ったところでせいぜい300Rbにしかならないだろう。
って、1キロ以上も木苺を採りやがって。食い過ぎだろう。
「奥の手を、使うしかないか……」
「奥の手……?」
「なんにしても朝になってからだ。今日はもう寝るぞ」
「は、はい!」
凄まじい作戦が待ち受けている。
とでも思ったのか、ルゥシールは背筋を伸ばして返事をすると、すぐさまベッドへ横になり布団へもぐりこんだ。
俺も横になり目を閉じる。
闇の中でルゥシールの寝息が聞こえる。
そんな些細な生き物の気配に、俺はとても安心感を覚えていた。
大きく息を吐き出し、全身の力を抜く。
しっかりと休養を取らなければ。
明日行う予定の奥の手は、とてつもなく精神力を消耗するのだから。
意識がまどろみはじめ、やがて俺は眠りへと落ちていった。
「真っ二つじゃなくて、みっつに折れたからセーフだ!」
翌朝、俺は武器屋へ赴くなり、店主に向かって言い放った。
そもそも、店主の話では「真っ二つにならない限り弁償はいらない」という話だったはずだ。
なら、みっつに折れていればセーフだろう。
と、屁理屈をこねてみたのだが……店主の顔色がどす黒い赤に染まっていく。
「…………これは、もう、修復不可能ですね……」
静かな声が背筋を撫でるように響き、全身に鳥肌が立つ。
屁理屈じゃダメか……では、いよいよ奥の手だ。
「最初から壊れてた」
そう。
壊したのは俺じゃない。
きっと何か不幸な事故が重なって壊れてしまったんだ。
本来ならこれはクレームものだぞ。だがしかし、俺は懐の深い男だ。クレームなんか言わない。きっと、已むに已まれない事情があったのだろう。それくらい推し量る度量が俺にはある。
「なので、誰が悪いというわけではなく、不幸な事故だったということで……」
「ご主人さん……」
ルゥシールが何とも言えない表情で俺を見つめている。
待て。何も言うな。
もうひと押しで店主を籠絡できそうなんだ。
「店主さん、無表情ですよ……凄く、怖い無表情です」
人間は、感情の針が振り切れると無表情になるらしい。
「…………大切に扱うって、約束したのに……」
抑揚のない店主の声に、全身から嫌な汗が噴き出す。
おかしい。
ここの店主は笑顔がトレードマークの、人がいいだけが取り柄の穏やかな男だったはずだ。
こんな、殺気混じりの覇気を全身から湧き上がらせるような人物ではなかったはずだ……
「……お客さん。壊しちゃいましたね?」
光のない、深く濁った瞳が俺を見つめる。
……心臓が、悲鳴を上げた。
今気付いた。
普段優しい人は絶対怒らせちゃいけないって。
これはマズい!
なんとしても怒りを回避しなければ!
「ルッ…………ルゥシールが、壊しました」
「ちょっと、ご主人さんっ!?」
「ボクは、やめた方がいいって言ったんですよ。それなのに……」
「最低! 最低ですよご主人さん! それはやっちゃいけないことだと思います!」
「黙れ! 人の大切なものを壊しやがって! 謝れ! こちらの店主さんに膝をついて謝りやがれ!」
「わたしがですかぁ!?」
奥の手その二!
秘技【悪いのはあいつです】っ!
「すいませんねぇ、今謝らせますんで」
「卑怯っ、卑怯過ぎますよ、ご主人さん!」
強情にも抵抗するルゥシールの体を押さえつけ、何とか床へ這いつくばらせようと頑張る。
うん、俺、頑張ってる! 今、全力で頑張ってるからね!
「恩返しだと思え! 俺のピンチを救うのだ、ルゥシール!」
「こんなっ、こんなしょうもない恩返しなんて、わたしは、認め、ませんっ!」
「魔力を封じられて、弱体化してるくせにっ、妙に力強い、じゃ、ねぇ、かっ!」
「譲れないものが、わたし、にも、あるん、ですっ!」
「生意気なっ! 這いつくばれ!」
「嫌ですっ!」
激しい攻防が繰り広げられる。
このどさくさに紛れて逃げられないだろうか?
「よし、じゃあ勝負だ! 表に出やがれ!」とか言って。
…………ん、その作戦、よくね?
閃いた最高の作戦を実行に移そうと、俺が口を開きかけた時、それよりも数瞬早く店主が言葉を漏らした。
「お客さん……」
小さくて短い、たった一言の音声。
それだけで、俺とルゥシールは動きを封じられてしまった。
静寂が、店内を支配する。
「……誠意、って、知ってますかね?」
「どうもすいませんでした!」
芸術の域に達しそうなほど美しい土下座をしてみせた。
俺ほどの男になれば、土下座でさえ芸術なのだ。
素晴らしい価値があるのだ。
…………だから、どうかここはひとつ、穏便に……ご容赦を。
「はぁ………………分かりました」
店主がいつもの声でそう呟いた。
やった! 見逃してもらえた!
「分かりましたが、買い取りはお願いしますね」
「…………ですよねぇ」
「ご主人さん………………非常に、残念です」
頬を涙で濡らし、ルゥシールが首を振っている。
残念なのは買い取りになったことがか? 俺か?
あぁ、そう。俺が、なんだな。
「壊れてしまったものはもうしょうがないです。……本当は、売らずに大切に飾っておこうと思っていた一級品だったんですが…………そこは、もう、諦めました」
本当だろうか?
店主がほろほろと涙を流している。全然諦めきれていない風だが……
「いい剣だったんですよぉ……一目見た時に、運命を感じましてね…………家宝にしようと思ったくらいです」
「その割には耐久性に難があったな。まぁ、よかったんじゃないか。こんな中途半端な武器を家宝なんかにしてたら、末代までの恥……って、めっちゃ怖い目でこっち見てる!?」
「ご主人さん…………黙って」
店主の顔から表情が抜け落ち、微かに口角が持ち上がる。
もし、悪魔が今の店主の顔を見たら「……悪魔だ」って言うと思う。
それほどに、不気味な顔で俺を見ている。
「まぁ、そうですね、今日一日は猶予を差し上げましょう…………私も悪魔ではないので」
と、悪魔のような顔で言う店主。
マジ怖い……
「買い取りの差額とお預かりしている剣の修理代、しめて50000Rb。明日の朝一番でお支払いいただけない場合は、お預かりしている剣を担保としてもらい受けますので、そのつもりで」
「なっ!? ちょっと待てよ! 俺の剣は特別製で、一万や二万じゃ手に入らない……っ!」
「よろしいですね?」
「…………あ、いや、まぁ……し、仕方ない、かな、と、思い、ます。……はい」
マズい!
これはマズい!
俺の剣が没収されてしまう。
なんとしても今日中に50000Rb稼がねば!
とにかく金策を練らねば。
が、何よりもまずは……
悪魔顔の店主がいるこの場所から撤退しよう。
さりげなく。
刺激しないように……
「まいったな……」
俺は、宿屋一階の食堂にて朝食をとっている。
椅子に浅く腰を掛け背もたれに頭を乗せるような格好で。
「ご主人さん、だらしないですよ」
「うるせー。誠心誠意謝罪したせいで精神力と気力がすっからかんなんだよ」
「……誠心誠意謝罪したつもりなんですか、あれで…………」
朝食代が二人で160Rb。
残金380Rbである。
……詰んだ。
どうすればこれが一日で百倍になるってんだ。……正確には百三十二倍か。
……こうなったら、あの店主を葬って…………
「ご主人さん。なんか、邪悪なオーラが漏れ出てますよ!?」
「あ~ぁ……武器屋爆発しねぇかなぁ」
「物騒なこと言わないでください」
「……………………爆発させたらバレるかな?」
「物騒なこと言わないでくださいって! いや、真剣にっ!」
しかし、実際問題時間的にかなり厳しい。
数日かけて数をこなせば50000Rbを稼ぐことは可能かもしれない。……その獲物が見当たらないという現実は一旦置いておくとして……
しかし、今日一日ではどうあがいても無理だ。一日で狩れる魔物の数にも限度があるのだ。
たとえば、この付近に生息しているゴブリンを狩ったとして、一匹からとれる素材はせいぜい800Rb程度にしかならない。ざっくり計算して六十三匹狩らなければならない。
……群が滅びるわ。生態系に影響が出てしまうな。
グーロが二匹ほど見つかれば、あるいは…………
「そうか。価値のある素材が手に入れば、数をこなす必要はないのか」
希少性の高い魔物、または、需要の高い魔物の素材を入手できれば……
そんな思いを乗せて、俺は視線をルゥシールへ向ける。
「え……、あの、なんでしょうか?」
おろおろとするルゥシールを見つめる。
今俺の目の前には、とても希少な生命体がいる。
ダークドラゴン。
そう、ルゥシールはドラゴンなのだ。
ドラゴンと言えば、魔物の中の魔物。キング・オブ・魔物ではないか!
そんな希少種から採れる素材は、価値もあり、需要もあり、きっとものすごく高く売れるに違いない!
「ルゥシール。何とか本来の姿に戻って、鱗のひとつでももぎ取らせてくれないか?」
「えっ、無理ですよ! 何度もドラゴンの姿に戻ろうと試したんですけど、結局ダメで……」
「そこをなんとか、もう一回頑張ってみるんだ! そして、鱗を毟り取らせてくれ!」
「わたしも、出来ればそうしたいのですが……」
「出来る出来ないじゃない! やるんだ! そして、鱗をこそぎ落とさせてくれ!」
「うろこの取り方がどんどん酷くなってますよっ!?」
くそ、ダメか……
「お前、牙とか生えてないのか?」
「ふぇっ!? ちょっ、ごしゅ、ご主人さんっ!?」
俺は立ち上がり、ルゥシールへと近付く、そして、両手を使ってルゥシールの口を広げた。
牙は…………ないか?
「ひたひっ! ひたひれふって! ごひゅふぃんふぁんっ!」
「なぁ、ルゥシール。お前ってさぁ……犬歯、いる?」
「いりますよっ!」
体をひねり、俺の指から逃れたルゥシールは必死な形相で叫ぶ。
両手で口角をさわさわとさすっている。
痛かったのだろう、涙目になっている。
「子ドラゴンの牙ってことにすれば、売れないかな?」
「売れませんし、売らせませんよっ!」
俺に背を向け、恨みがましそうに肩口からこちらを睨んでくる。
半泣きの影響かもしれないが、耳が真っ赤に染まっている。
「そ、それにですね!」
ポニーテールにより露わになったうなじも、薄紅色に染まり色っぽさを増している。
何度か口ごもり、もごもごと恨み節を吐き出す。
「その……お、乙女の口に、指を入れるなんて…………ダメです」
困ったような顔で俯くルゥシール。
何かを言いたそうに、でも言いにくそうにして、結局何も言わない。
口に指を…………
そこでようやく俺は気が付いたのだ。
「お前の口って、そんなにばっちぃのか?」
「違います! ばっちくないです! 綺麗です! もぉ~ぅ、ご主人さんは、もぅ!」
握った拳でぱかぱかと俺を殴りつけるルゥシール。
当然痛くもないし、むしろ、拳が当たるたびにぬくもりが伝わってきてドキドキする。
おぉう……なんだよ。こういうスキンシップとか、ちょっと照れんじゃねぇか。
「やぁ~めぇ~ろぉ~よぉ~」とか言っちゃうぞ、俺?
「とにかく。今のわたしはドラゴンの姿には戻れませんので、価値のある素材は提供出来ません」
ひとしきり暴れた後で、ルゥシールが改めて宣告する。
ドラゴンの素材は無理か…………
「なら、今手に入るもので価値のあるものを………………ん?」
俺は、再びルゥシールを見やる。
ドラゴンの姿ではない、人間である今の姿のこいつから入手可能な価値ある素材があるじゃないか!
「ルゥシール! お前、パンツを……っ!」
「お断りしますっ!」
割と、マジで叩かれた。
今回はパーだったけれど。大きく振りかぶり、真下に振り下ろして脳天をビンタされた。
……やっぱり駄目だったか…………
王都では結構な高値で取引されていたんだがなぁ……
素材、形、柄、使用者のスペックに応じて値段はピンキリであったが…………え、俺は利用したことないよ? 店を覗いたこともないよ? ううん。全然詳しくないよ。ひとつ2000Rb~8000Rbとか知らないよ? お金とか、必死に貯めてないよ? 目標額が貯まったから喜び勇んで店に向かったら王都聖騎士団が店を包囲していて「公序良俗を乱す!」とか言って強制的に業務停止させられてあと一歩のところで手が届かなくて枕を濡らしたりなんかしてないよ?……ただ、今思えば、一歩間違ってたら俺、捕まってたのか…………ってことに気付いてホッとなんてしてないよ?
「あの、ご主人さん……」
「ごめんなさい、嘘です!」
「何がですか?」
「……いや、別に」
曇りのない目で俺を見つめるルゥシール。その目は、俺の過去を糾弾するような色合いではなかった。……よし、気付いてない。誤魔化そう。
「それで、なんだ?」
「あ、はい。ひとつ提案があるんですが……」
小さく手を上げ、かしこまった雰囲気でルゥシールはその案を申し出る。
曰く、囮になると。
「ご主人さんの発する殺気が魔物を恐怖させているのでしたら、ご主人さんには森に入らず待機していただいて、わたしが魔物を探してみてはどうか思うんです」
たしかに、魔物の多くは本能により敵を避け、餌に襲い掛かる。
俺がついているより、ルゥシール一人の方が魔物との遭遇率は上がるだろう。
まして、多少なりとも知性のある魔物であったならば、見目麗しい女子を好んで襲うこともある。
囮という意味で言えば、ルゥシールは最高の逸材だ。
しかし、だ。
「危険はないのか?」
ルゥシールは現在魔力を封じられている。
魔法はもちろん使用出来ないし、力も並の冒険者以下にまで落ちている。
そんな状態で魔物に囲まれでもしたら……
「ふふ……」
「何がおかしい?」
「あっ、……いえ」
突然笑い出したルゥシールは、大きな目を細めて表情をほころばせる。
「ご主人さんは本当に優しいなと、思いまして」
蕾がほころぶような、柔らかい笑みだった。
満たされたような、嬉しそうな、くすぐったそうな……
思わず見とれてしまいそうになる、そんな笑みだった。
こいつを囮に?
「ダメだ。危険過ぎる。もし万が一のことがあったら……」
「平気ですよ。これでもわたし、ドラゴンですから」
「いや、でも、しかし……それならパンツを……っ!」
「そっちの方が嫌です。っていうか、ありえません」
ルゥシールの意志は固いようだ。
「ご主人さん」
ルゥシールが、そっと俺の手を包み込む。
両手で優しく触れて、慈しむようにぎゅっと握りしめる。
「わたしを、信じてください」
信じる…………
俺の不安は、こいつを信じられないからか?
どうすれば、信じられるだろうか……
「それに、わたしには心強い味方がいますから」
「え……?」
一瞬、思考を止めてしまった俺の鼻先に、ルゥシールの指が向けられる。
俺を指さして、自信たっぷりに――
「何かあれば、ご主人さんが駆けつけてくれると、わたしは信じていますから」
――そんなことを言うのだ。
そこまで言われれば、観念せざるを得ないだろう。
何せ、世界で一番強い男がついているのだからな。
「分かった。だが、無茶はするな」
「はい」
とにかく時間がない。
今回は、ルゥシールの案で行こう。
それに、これから先ずっとルゥシールを守りながらというわけにはいかないのだ。
グーロ並みの魔物が他にも何種類かいるが、比較的安全なこの森でルゥシールの実力を見ておくのもいいだろう。
何が出来て何が出来ないのか。
それを見極めさせてもらおう。
もちろん、危なくなったらすぐに助けに入る。
そいうことにして、俺は何とかこの案を了承した。
……いつからこんな心配性になったんだ、俺は?
まるで、妹と一緒にいるみたいだ。
妹も危なっかしい性格だったからなぁ……いつもハラハラさせられたものだ……
妹か。
あいつは元気でやっているだろうか。
もう何年も会っていないけれど……
「ご主人さん、どうかしましたか?」
「いや…………あぁ、あそうだ、ルゥシール」
「はい?」
「『お兄ちゃん』って呼んでも、別に、俺は構わないぞ?」
持てる限りの爽やかさを込めて笑みを浮かべてみた。
その結果。
「………………あ、いえ。そういうのは結構ですので」
あれぇ……なんかドン引きされてる気がする。
なぜだろう?
分からん。甘えてもいいのに……
照れ屋なのかな。
あ、そうか。そういうことか。うんうん。
そんな照れ屋なルゥシールを引き連れて、俺は食堂を出た。
森へ行く前にちょっと寄りたい場所がある。
今回の作戦に欠かせないアイテムを手に入れなければ。
俺は手元に残った380Rbを大切に握りしめた。
こいつが無事に百三十二倍になるようにと念じながら。