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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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46話 豊乳の神と経営戦略

「いらっ……しゃい……っ……ませぇ~……!」


 オルミクル村の中央、教会前の広場で、ルゥシールがか細い声を漏らす。


「声が小さい! もうっ一回!」

「いらっしゃいませ~! 美味しいミルクはいかがですかぁ~!」


 中央広場には、現在数々の露店が様々な商品を広げている。

 今朝早く、村にキャラバン隊が到着し、各地から持ち寄った物品を販売しているのだ。

 思っていたよりも規模の大きなキャラバンで、商人だけで二十余人、護衛の冒険者が各商人に二人から五人程度ついているため、全体で八十人程度の人が一挙に押し寄せてきたのだ。


 各地の特産品を買い取り、別の地へ運んで転売する。

 利率は高いが危険を伴う行商は、各町の商会にメリットとデメリットをそれぞれもたらしている。

 利益は欲しいが、仲間が危険に晒されたり、商品や売上金を強奪されたりする危険が付き纏うのだ。


 そこで生まれたのが、各商会が人材と運営費を持ち寄り結成されたキャラバン隊だ。

 一つの商会に突出しないのは、商売敵からの襲撃を防ぐ目的がある。

 このキャラバン隊にちょっかいをかける商会がいれば、その商会は今後どの町でも商売が出来なくなるだろう。

 金と命を運ぶ商人たちは、ネットワークも強固なものなのだ。


 北方からの毛皮や、東方からの工芸品、西方の果実に南方の香辛料。

 キャラバンの商人たちは、『世界』を売っていた。

 村人が総出で珍しい商品に群がっている。

 子供たちは目を輝かせて見慣れない工芸品や果実を眺め、奥様方は王国最先端のファッションに興味津々で、旦那さん方は武具や農具など金物にご執心のようだ。


 広場を埋め尽くすキャラバン隊の露店の数々。

 そんな中、一店舗だけ馴染みの深い連中が店を開いている。


「いら~っしゃい、まぁ~せぇ~~~っ!」


 ルゥシール率いる、ベルムド牧場ご一行様だ。

 木製のワゴンを設置し、そこに新鮮なヤギミルクを瓶詰したものを置いている。

 裏通りへ続く路地のすぐ隣に店を置かせてもらい、路地を入ったところに小さな小屋を作ってある。そこには、ミルクを搾るためのヤギを数匹待機させてある。

 商品が売り切れた場合、即座に新鮮なミルクを搾れるようにだ。

 客から見えないように裏路地へ小屋を設置しているのだ。


 ワゴンの向こう側にルゥシールとエイミーが並んで立っている。

 俺は、それを客目線で眺めチェックしているところだ。


「どうした、ルゥシール! 声が小さいぞ!」

「だ、だって……大きな声を出すと……見られますから……」


 ルゥシールがもじもじと、少しでも体を隠そうと悪足掻きをする。

 そんなことをしても、肌色は一向に隠れない。

 隠れるはずがない。

 なぜなら、現在ルゥシールは、アーニャさんお手製の牛柄ビキニを身に着けているのだから!


「声が小さくても胸が大きいからどうせ見られる」

「だから嫌なんですよっ!?」


 怒って腕を振り回すと、胸がゆっさりと揺れる。


「……うぅ。どうしてわたしがこんな格好を…………」

「どんな協力も惜しまないと言ったろう?」

「そうですけど…………この格好は……」


 言いながら、頭に装着した牛耳ヘッドドレスを押さえつける。

 そうそう。牛柄ビキニに加え、牛耳付きのヘッドドレスと牛尻尾もついている。尻尾は腰のベルトに固定されているものだ。

 そして、首の後ろにテンガローハットと、足元は膝上まであるロングレザーブーツ。両手にはレザーグローブと、牛柄&カウガールスタイルだ。

 一晩で仕上げたアーニャさんの執念。感服した。


「よく似合っているぞ」

「ぁうっ…………ご、ご主人さんは、巨にゅ…………胸が見たいだけな気がして、素直に喜べません」


 そう言ってそっぽを向くルゥシール。なのだが、しっぽが嬉しそうにぴょこぴょこ動いている。……ん? あの尻尾は動かないはずだが? …………意志の力?

 もしかして、牛の神、牛神様が降臨されたのかもしれん。

 一応拝んでおこう。


 ……ルゥシールの胸が垂れませんように…………


「な、何を拝んでいるんですか!?」

「いや、折角形のいいおっぱいだから、長期保存出来るように……」

「そ、そんなことしなくても、ちゃんと気を付けて毎日体操を…………はっ!? 今の無しです!」


 なるほど。

 地道にバストアップ体操とかしているわけか。

 ふむふむ。


「偉いぞ、ルゥシール」

「そんな褒められ方は、不本意ですぅ!」


 ぷいっとそっぽを向くルゥシール。しかし、牛耳が恥ずかしそうにパタパタとはためいている。……いや、だから、なぜ動くんだよ?


 その隣で、エイミーが死んだ魚のような目をしている。

 ちなみに、エイミーは普段着だ。

 だって、ほら……ゆっさりとか期待出来ないし。


「こっち見んな!」


 怒られた。

 エイミーは今朝からちょっと視線に敏感なのだ。

 主に、隣の爆乳と比較するような視線には。


 筋肉痛は治ったようで、今日は普通に起きて、俺の手伝いをしてくれていた。

 が、ルゥシールの衣装を見て以降、ずっと機嫌が悪いのだ。


「着たかったのか?」

「着たいわけないでしょ、こんな破廉恥な衣装!」

「は、破廉恥…………」


 エイミーの言葉が胸に刺さったのか、ルゥシールはワゴンの裏に隠れるように小さく身を丸めてしまった。


「見ろ! 胸の大きなルゥシールがあんなに小さくなってしまったじゃないか!」

「一言余計な言葉が混ざってますよ、ご主人さん!」

「ルゥシールは胸が大きい!」

「それです! それが余計なんですってば!」


 ぷりぷりと怒りながらも、ルゥシールは立ち上がり、接客を再開する。

 意気込んだせいなのか、またしても牛耳がパタパタとはためいた。


「あれは……」


 と、俺の背後にキャラバンの護衛らしき初老の男が立ち止まる。

 男はルゥシールのはためく牛耳を眺めて、すぅー……、っと涙を流し、泣きながら拝み始めた。

 …………極度の巨乳好きか?


「ゴッド・モー様じゃ……」

「ゴッド・モー?」

「ワシの村に古くから伝わる伝承でな。毎年ゴッド・モー様の生誕日に、穢れなき乙女がゴッド・モー様の姿をまねて、ゴッド・モー様に感謝をささげる祭りが行われるんじゃ……そうか、今日はゴッド・モー様の生誕日じゃったな」


 今日がその祭りの日らしい。

 まったくの偶然だが、たまたまその日にルゥシールが牛の格好をしているというわけか。


「ゴッド・モー様は、決して人間の前に姿を現さない。しかし、ゴッド・モー様がその乙女を気に入ると、飾り物のはずの耳や尻尾が動き始めるのじゃ」


 まさに、今起こっている現象じゃないか!?


「そして、ゴッド・モー様が現れた年は、豊乳に恵まれるのじゃ」


 ……いや、豊乳って…………ミルクたっぷり? それとも巨乳沢山?


「ここは何を売っておるのじゃ? 見たところ、キャラバンの構成員ではないようじゃが?」

「この村で牧場をやっている者だ。ここではミルクを売っている」

「では一瓶いただこう。懐かしい故郷を思い出させてくれたお礼じゃ」


 初老の男は目尻に浮かんだ涙を拭い、今朝搾ったばかりのミルクを購入した。

 その際、ルゥシールをめっちゃ拝み倒す。


「あ、あの…………わたしはゴッド・モー様ではありませんよ?」

「ゴッド・モー様であるかどうかなど関係ないのじゃ…………ワシはただ……嬉しっ…………うぅっ、ありがたや~ありがたや~」

「ご、ご主人さん……?」

「拝ませてやれ。信仰心ってのは、そういうもんなんだ」

「は、はぁ……」


 男は瓶を受け取ると、満足そうに頷く。


「いいミルクじゃ」


 ま、牛じゃなくてヤギのミルクだがな。


「そうそう、それと」


 去り際に、男はもう一つゴッド・モーの伝承を教えてくれた。


「ゴッド・モー様が乗り移られた乙女に触れると、胸が大きく成長すると言われておる。当然、女性限定じゃがな」


 その話を聞いたエイミーが、さりげなくルゥシールに触れていたのを、俺は見逃さなかった。


 そんな謎の設定を残し、初老の男は持ち場へと戻っていった。

 開店して十分。最初の客が早速購入。幸先のいいスタートになったというところか。


「よし、それじゃあ。売って売って、売りまくるぞ!」


 昨日、エイミーの筋肉痛により狩りに出ることは出来なかった。

 これではベルムドたち一家の家計が苦しい。

 大切なヤギを売り払わなければいけないという、カツカツの状態なのだ。


 しかし、他に売れるものと言えば、村でも商品として取り扱っている新鮮なミルクだけだ。チーズなんかもあるが数はそこまで用意されていない。


 キャラバンは、数週間から数ヶ月かけて町から町を移動する。

 故に、青果品はあまり買い取ってはくれないのだ。日持ちがしないからな。

 ミルクなどはその最たるもので、買われるとしても、『移動中に自分で飲む分』くらいが関の山だろう。

 それではダメなのだ。


 最低でも、昨日今日で搾ったミルクは完売してもらわないと。


 そこで考えた作戦が、これだ。


 キャラバンが一つの『商品』として買い取ってくれる量に限りがあるのなら、キャラバンを構成する商人と冒険者へ直接売りつければいいのだ。

 今この場で飲む用とテイクアウトする用。

 どちらもそれほど数が捌けるものではない。

 で、あるならば…………付加価値を付ければいいのだ。


 それが、牛ビキニ販売員だ!


 巨乳で可愛い女の子とお話がしたい!

 男なんて、その程度のことで簡単にホイホイつられてしまう生き物なのだ。

 もちろんお触りは禁止だ。そんな不届き者は…………………………滅する。


「触っていいのは俺だけだっ!」

「急に何を大きな声でっ!? って、ご主人さんも触っちゃダメですよっ!?」

「えぇっ!?」

「なんでマジ驚きなんですかっ!? 常識ですよね!?」


 すぐそこにあるパラダイスに手が届かないなんて……

 だって、この前は………………そうか、あぁいう緊急事態でないとダメなのか……


「あぁ、くそっ! 魔神でも襲ってこねぇかなぁ!?」

「物騒なこと言わないでください!」

「……てか、働きなさいよ、アシノウラ」


 エイミーの目がすげぇ怖い。

「真面目に働け、もしくは退け」と、その瞳が如実に物語っている。

 だがしかし! さっきからちょいちょいルゥシールを触っているのを俺はしっかり目撃しているからな!


「とにかく、注目を集めてすべてのミルクを売りさばくのだ! がんばれ、ゴッド・モー様!」

「ゴッド・モー様じゃありませんよっ!?」

「乳シール!」

「ルゥシールですっ!」


 ワゴンに並んでいるのは瓶詰のミルクと、水差しに並々と入ったミルクだ。こちらはコップ一杯からの販売になる。美味しく飲めるように、氷の器に水差しを入れてキンキンに冷やしてある。

 要望があればホットにも出来る。

 まさにここは、ミルクバーなのだ。


「でも、木苺のミルクは美味しいので、ぜひ皆さんに飲んでいただきたいですね」


 ルゥシールが自信を持って勧めるのは、俺が考案した木苺を入れたミルクだ。

 ミルクに木苺を適量入れ、潰すことで木苺の甘酸っぱさをミルクに与える。味もピンク色に染まる外観も、非常に女子好みだろう。

 アーニャさんやエイミーも絶賛していた。ルエラは二度もおかわりしたし、実はミルクが苦手というナトリアでさえも美味しそうに飲んでいたのだ。これは、売れる!


 それから、木苺でジャムを作りヨーグルトにかけて食べるのも美味かった。

 これも、入れ物を考案すれば商品になるだろう。今回間に合わなかったのが残念だが、今後のラインナップとしては期待の持てる商品だ。


「それにしても、客が食いつかないな……」


 俺は、ワゴンから少し離れた場所で観察を行う。

 遠巻きに観察する者は多くいるのだが、なかなかワゴンの前にまで進み出ない。

 全員が様子を窺っている状態だ。


「……なぜだ? ビキニの巨乳がいれば、俺なら迷わず飛びつくのに……」

「それは先生だからだと思います」


 いつの間にか、隣にナトリアがいた。

 ナトリアとルエラは、朝には自宅に戻っていった。

 今は家族で今日のキャラバンを見学にやってきているのだそうだ。


「おそらく、売り込み方がまずいのだと思います」

「売り込み方?」


 俺は深く深く思考を凝らす。


「…………もっと露出を多く」

「違います」


 バッサリと切られた。

 ナトリアは半歩俺に歩み寄り、小声で囁く。


「どの層に、何を訴えれば売れるのか、それを考慮する必要があります。例えば……」


 そう言って俺の袖を掴み、女性が固まっている場所へと連れていく。

 ワゴンを窺う女性たちの輪のそばまで来て、おもむろに立ち止まり、俺の袖から手を放す。

 そして、先ほどとは性質の違う声で囁く。


「木苺ミルクは甘くておいしいので、一度飲んでいただければ女性客には気に入ってもらえるはずです」


 小さな声だが、よく通る聞き取りやすい声だ。

 そばの女性たちが微かに反応を見せる。

 そして、それを確認すると、ナトリアは続け様に言った。


「ミルクを飲むと胸が大きくなると言いますし……あの売り子さん、凄いですよね。ミルク、大好きなんでしょうね」


 女性たちの瞳がギラりと輝く。

 一斉にワゴンへと視線を向け、ルゥシールの大きく育ちまくった胸元を凝視する。そして、同時に自身の胸に手を当て比較を行う。

 ……なるほど。これはいけるな。


「そうだな。あいつは木苺ミルクにはまっていてな、毎朝二杯は飲んでいるそうだ」

「そんなに飲めるものなんですか? ミルクですよね?」

「あぁ。甘いからな。何杯でもいけるんだそうだ。あと、程よい酸味があるから飽きが来ないとか、葡萄酒と違ってアルコールがないから酔っぱらうこともないし、腹がポッコリすることもない、とも言っていたかな?」


 女性たちが一斉に駆け出した。


「木苺ミルクを頂戴!」

「あたしにも!」

「こっちは二杯よ!」


 凄まじい勢いでワゴンに殺到する。

 興味はあったのだろう。ちょっと背中を押してやったことで購買意欲に火が点いたようだ。


「……このような感じです」

「さすがだな、ナトリア」


 本当に頭のいい子だ。


「魔法は使えませんでしたが……」

「気にしてたのか?」


 もしかしたら、ナトリアにとって初めての挫折なのかもしれない。

 けどまぁ、魔法は相性だからなぁ。


「お前に合う魔法があるかもしれん。焦らずに地道に探せばいい」

「合う合わないがあるのですか?」

「あぁ、ある。結局は魔物から力を『借りる』わけだからな。その魔物と相性が良ければ通常以上の威力を発揮することも、詠唱をすっ飛ばして行使することも出来るんだ」


 エイミーのように、ミーミルに気に入られたことで無詠唱を獲得する者もいるわけで。


「そうですか。実は、この後エイミーちゃんに魔法を教えてもらうことになっていまして」

「……あいつ、もう先生気取りなのか?」


 まぁ、俺が教えた詠唱くらいなら教えられるんだろうが。

 詠唱すれば使えるってもんでもないんだけどなぁ。


「なので、早く完売してもらわないと……」


 魔法を教えてほしくてうずうずしているナトリアは、ワゴンに群がる女性客と、そこから少し離れた位置で遠巻きに様子を窺っている男性たちを眺める。


「…………むっつりばかりですね」

「どうした、ナトリア!?」

「いえ。巨乳を見たいくせに、近くまでいけない意気地なしが多いなと」


 ……この娘、よく分かってる!?

 ドーエンに連れられてエイミーの家に来た時は無知で無垢な少女かと思ったのに、もしかしたら、割と知識豊富女子なのか!?


「あ、ワゴンの上が完売しそうですね」

「本当だな」


 気が付けば、長蛇の列を作っていた女性客のおかげで、ワゴンに用意していたミルクは早々に捌けそうだ。

 ワゴンの周りには笑顔で木苺ミルクを飲む女性たち。その笑みがまた新たな客を呼び込み、いいサイクルが出来上がっている。

 順調にミルクは売れ、追加が必要になる。


 ここでようやく俺の策が生きてくる。


 なぜ、ワゴンから見える位置に小屋を建てたのか。

 なぜ、見える位置にありながら目隠しするような小屋なのか。

 なぜ、ルゥシールは牛柄ビキニを着ているのか。


「この勝負、もらったな。ナトリア、協力してくれるか?」

「はい。喜んで」


 誰にも打ち明けていない、俺の極秘作戦。

 ナトリアはそれに気が付いたようで、自分が何を期待されているのか、理解している顔をしている。


 群がる女性たちの間を縫い、遠巻きに見つめる男性客の視界に割り込むような形で、俺はルゥシールの前に立つ。


「あ、ご主人さん」

「いい売れ行きだな」

「はい。初回分は間もなく完売です」


 嬉しそうに報告してくるルゥシール。

 その笑顔が、お客を連れて来ることになるだろう。


「よし。じゃあルゥシール、『裏の小屋に行って新鮮なミルクを搾ってきてくれ』」

「はい!」

「『搾りたて』はうまいよなぁ」

「えぇ。搾りたてほやほやの新鮮なミルクですからね!」


 俄かに、周囲がざわつき始める。


「私もお手伝いします」


 と、ナトリアがよく通るささやき声で言う。

 広場中に聞こえるような澄みきった声で。


「一人で搾るのは難しいですし、寂しいですよね。私が搾ってあげますので、……二人で楽しみましょう」


 ザワリッ……


 広場が、静かな騒音に包まれる。

 誰も言葉を発していないというのに、だ。


「はい。沢山搾ってきますね!」


 満面の笑みを浮かべて、ルゥシールが「頑張ります!」と両腕でガッツポーズを作る。

 グッと力んだ瞬間、ゆっさりと、大きな膨らみが波打つように上下する。


「おぉーっ!」


 観衆から歓声が漏れる。


「……?」

「あぁ、いいからいいから。ルゥシールは気にせず『裏の小屋でお乳を搾ってきなさい』」

「ちょ、…………ご主人さんが言うと、なんだか卑猥です」


 その照れた表情ががとどめとなった。


 ナトリアと共に裏の小屋へルゥシールが姿を消す。その瞬間、ワゴンの前には長蛇の列が作られた。

 目当てはもちろん、『ルゥシールの搾りたてミルク』!!


 木苺ミルクを楽しんでいた女性方からは冷たい視線が浴びせられる。

 しかし、団結した男たちは強かった! 鋼の心で行列を固持し、ただひたすらに前だけを向いて順番を待った。


 そして、小屋からルゥシールが姿を現す。

 籠いっぱいに入った搾りたてのミルクを抱えて、達成感と若干の疲労感をその表情に滲ませて、うっすらと汗をかいてっ!


「うぉおおおおおおおおっ!」


 男たちから……いや、『漢』たちから歓声が上がる。


「ふぉぅっ!? な、何事ですか、この暑苦しい行列はっ!?」


 状況を理解していないルゥシールはただ戸惑うばかりだったが、隣にいたナトリアはしてやったり顔だった。


「……確かに、ウチは助かるんだけど…………なんだか釈然としないのよね」


 押し寄せるお客を裁きながら、エイミーが漏らした不満は誰の耳にも届くことはなく、異様に盛り上がる漢たちの声にかき消された。

 ……ま、俺はしっかりと聞いたけどな。


 そうして、用意しておいた「いや、絶対一日でこんなに売れるわけないでしょ!?」とエイミーが言っていた大量のヤギミルクは昼過ぎには完売した。

 その場で5リットル以上を飲み干した猛者もいたほど、俺たちの店は盛況だった。


 キャラバンの構成員たちは「くそー! 次にこの村に来られるのは数ヶ月後かよ!?」「ルート変更してこの村による回数増やさねぇか!?」「俺、この村に移住しようかなぁ……」などと口々に完売を惜しんでいた。


「…………今さらなんですが…………ご主人さん、なにか仕掛けましたね?」


 大量の客に目を回しながら接客していたルゥシールだったが、一段落して頭に酸素が回ったのだろう。俺を見つけると怖い目をして歩み寄ってきた。


「そんな怖い顔をするな。売り子が可愛ければ店は繁盛する。当然のことだ」

「かわ…………っ!?」


 ルゥシールの耳と尻尾が盛大に暴れ始める。

 なんだ!? どうした!? 飛び立とうとでもしているのか!?


「あ、あのっ! も、もう一回言っていただけませんか!?」


 グッと拳を握り肘を絞めて身を乗り出してくる。

 キラキラと瞳を輝かせ、何かしら期待に満ちたような表情をしている。

 と、そんなことよりも、両腕に圧迫されたビキニの胸がエライことになっている。

 谷間が深いっ!


「谷間が深いっ!」

「そんなこと言ってなかったですよね!?」

「挟まれたら死んじゃうかもしれないな! 色んな意味で!」

「なんの話ですかっ!? …………もう、いいですよ、もう!」


 頬をぷっくりと膨らませ、ルゥシールは俺に背を向ける。

 おぉ…………背中はまた肌色率が高いなぁ…………ありがとうございます。


「……けど、まぁ………………可愛いって言ってくれましたし……許します」


 背を向けたルゥシールが呟いた言葉は小声過ぎて聞き取れなかったが、目の前で尻尾がぴょっこぴょっこと振れていたので、そこまで機嫌は悪くないようだ。


「ルゥシール」

「はい?」


 振り返ったルゥシールに、俺は親指を立てて言ってやる。


「お疲れさん」

「はい!」


 眩しい笑顔が、午後の日差しの中で咲いていた。

 ちょっとボーっとしてしまったのは、きっと温かい午後の日差しを浴びているせいだろう。

 顔がほのかに熱いのも、きっとそういうことだ。


「ご主人さん、顔が赤いですよ?」

「むふんっ!? そ、そうか!? あ~、暑いからなぁ、今日は!」

「よく冷えたミルクを飲みますか?」

「えっ、お前のをか!?」

「わたしのは出ませ…………………………そういうことでしたかぁ!?」


 何かに気付いてしまったらしいルゥシールは、今度こそ怒り、両手を振り上げて俺に向かって突進してくる。

 なので逃げる!


「もう! 酷いですよ、ご主人さんっ!」


 耳と尻尾がピーンと立っているから、凄い怒ってるっぽい。


 しばらく広場の中を駆け回り、追いかけ回され、俺はこんなことを考えていた。

 こういうのは、今回限りにしよう、と。


 だって、なぁ…………


「も~ぅ!ご主人さんっ!」


 ルゥシールのあの姿を他の奴に見せてやるのは惜しい。

 そんなことを、思ってしまったのだった。







いつもありがとうございます。



今回は経営戦略のお話でした。

どんな業種、業界に限らず、絶大な効果をもたらすもの、

それが、


可愛い売り子さん


です!


これさえあれば、大抵の物は飛ぶように売れます。


売り上げが伸び悩んでいる接客業のオーナーさんは是非お試しあれ。

もしかしたら、ゴッド・モー様の加護にあずかれるかも知れま……いや、ないな。




というわけで、

次回もよろしくお願いします。



とまと


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