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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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45話 ルエラ、ちょっと……黙って

「ご主人さん!? ご主人さん! どうしたんですか、ご主人さん!?」


 ルゥシールの声が聞こえる。

 なんかスゲェいい匂いがする。

 おぉ…………ドキドキしてきた…………スゲェドキドキして……ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ…………あ、吐く。


「ぉうっぷ!」

「ご主人さんっ!?」

「いや、彼はちょっと……葡萄酒を呑んでね……」


 気持ち悪い…………どうやら俺は、酒に酔ったらしい。


「あ、あの、ベルムドさん。ご主人さんは一体、どれだけ飲まれたんですか?」

「それがね………………一口だ」

「……は?」

「一口飲んで、そのままバタンさ」

「…………ご主人さん、お酒弱過ぎるんですね」

「しょんらことはないろっ!」

「なに言ってるか分かりませんよ!?」


 えっとたしか……ベルムドと話をして、いい感じのしんみりした空気だったからカッコつけて葡萄酒を一口飲んで…………気が付いたらルゥシールがいた。

 よく見れば、エイミーやナトリア、ルエラも心配そうな顔で俺を覗き込んでいた。

 みんなお風呂上がりだ。

 髪が濡れていて、体からほこほことした湯気を立ち昇らせている。

 エイミーが用意したのか、みんな薄手の簡単な貫頭衣を身に纏っていた。いわゆる寝巻というヤツだ。生地が薄いので、目を凝らせば透けて見えそうだ。……まぁ、見えないんだろうけど。


 エイミーはタオルを細くして、髪の毛を留めている。後ろの髪が持ち上げられて首筋が露わになっている。


 首……………………別に、色っぽくもないけどなぁ。


 ついと、ルゥシールに視線を向けるが、ルゥシールは髪の毛を下ろしており、首筋は隠れていた。


「首…………見えない」


 酔いのせいで呂律が回らない。

 最低限の言葉だけで会話をしていく。


「ルゥシール……色気……ない」

「失礼ですよっ!?」


 いやいや、そうじゃなくて、色気があるかどうか見たいのに見えないということだ。


「首…………ない」

「ありますよ、首は」

「………………みぃ」

「なんでそんな可愛い声で鳴くんですか!? ちょっときゅんとするじゃないですか!?」


 湯上がりの首筋…………


「み、見せませんよ、わたしは…………首の後ろは、そこだけは……ダメなんです」


 なんということでしょう……


「じゃあ胸を見せろ」

「嫌ですよっ!?」

「首の後ろ『だけ』は嫌なんだろう!? だから胸をっ!」

「言葉の綾です! って、急にはっきりしゃべりださないでください!」


 ……ちぇ。


「なんのために風呂に入ったのやら……」

「疲れと汚れを落とすためですよっ!」

「もっともなことを言うな!」

「もっともなことなら言いますよ、それは!」

「もっともだな!」

「どうしてほしいんですか、ご主人さんは!?」


 いや、まったくもってもっともだ。もっともな意見オブ・ザ・イヤーだ。


「おにぃたんも具合悪いの?」


 ルエラがてとてとと俺に歩み寄り、顔を覗き込んでくる。

 なんだ、この天使。

 連れて帰りたい。


「いや、大丈夫だ。ルエラは優しいな」


 優しいルエラにはいいこいいこをしてやる。

「えへへ」と嬉しそうに笑うルエラの隣で、ルゥシールが寂しそうな顔をしている。


「……わたしも、心配したのに…………一番先に心配しましたもん……」


 なんだ?

 いいこいいこがそんなに羨ましかったのか?

 今度やってやろうかな。


 酔って体がダル重くなった俺は、椅子から滑り落ち、現在は床に座っている。椅子の足が背もたれになって楽なのだ。

 だもんで、ルゥシールの頭には手が届かない。ルエラで精いっぱいだ。

 尻なら手が届くんだが……


「ルゥシールもいいこいいこしてやろうか?」

「その撫で方は確実にお尻を撫でている動きですよねっ!?」


 バカな、そんなわけあるか。と、自分の手を見て見ると……

 両手を広げ、左右の手を同時に、円を描くように動かしていた。円の大きさは……そうだな、ちょうどお尻くらいのサイズか………………本当だぁっ!? お尻を撫でている動き以外の何物でもないっ!?


「……なぜこんなことに?」

「自問自答はいいので、いい加減その動きをやめてください。幼い子供もいますので……」


 撫でるというより、撫で回すような動きをしていた自分の両手に停止命令を出す。

 酔っているせいで神経系の伝達速度が酷く遅い。

 むしろ、一回撫でまわした方が早く止まるんじゃないか? と思ったところで自然と両手がスピードアップ。


「何に対する張り切りなんですか!?」


 張り切っちゃっている俺の両手に、ルゥシールがお説教をする。

 しかし、あくまでこれは両手が悪いのであって、俺のせいではない。

 困った両手だ。


「とにかく、平気なんだったらしゃんとしなさいよね。だらしないわね」

「ん? あぁ……そうだな」


 エイミーに言われ、立ち上がろうかとしたのだが……それよりも早く、ルエラが俺の懐に潜り込んできた。

 胡坐をかく俺の上にちょこんと尻を乗せ、俺の足の上に座り込んだのだ。


「「あぁーっ!?」」


 ルゥシールとエイミーが同時に声を上げる。

 なんだよ?

 小さな娘がよくやることじゃないか。

 ウチの妹もここが好きでな、いつも「おにぃたん、おにぃたん」と…………なんか、懐かしくて涙が……


 ルエラがここに座りたいというのなら、座らせてやればいいじゃないか。

 イタズラが成功したような笑みをを浮かべて俺を見上げてくるルエラ。

 体をひねってこちらを向くルエラを正面に向かせて、頭を撫でてやる。


「「あぁっ、また!」」


 また、ルゥシールとエイミーが同時に声を上げる。

 だから、なんなんだよ、お前らは?

 子供の特権だろう、これは。


 ルエラは非常にご機嫌なようで、嬉しそうに体を揺する。

 ……が、その体重移動は地味にくるぶしが痛いからやめてほしい。


「ズル……、いえ、ルエラさん。えっと……あまり若い男女がそのように密着をするのは、ちょっとどうなのかと、わたしなんかは思うのですが……?」

「そ、そうそう! 代わって……、じゃなくて、アシノウラもずっと床に座ってるとお尻冷えちゃうだろうし」

「平気だよ~、ねぇ?」


 何が平気なのか、俺の尻の冷え具合をなぜルエラが代弁したのかは分からんが、妹とは得てしてそういうものだ。理由などないのだ。理不尽なほどに甘えん坊で、そしてそれが許される、それが妹なのだ。


「あぁ。平気だ」

「…………もう、ご主人さん……」

「…………小さい子を甘やかして……」


 ルゥシールとエイミーは何かを言いたそうにしていたが、結局何も言わず、肩をがくりと落として椅子に腰かけた。

 俺も、流石に尻が冷えてきたので、ルエラを抱っこして椅子に座り、太ももの上にルエラを乗せてやった。

 持ち上げられたのが嬉しかったのか、ルエラのテンションがグンと上がっている。

 足がパッタパタしている。……が、あんまり暴れられると尾てい骨が太ももに刺さって痛いのでやめてほしい。


「……いいなぁ」

「ルゥシールさん」

「あ……ナトリアさん、どうかしましたか?」

「ルエラは子供ですので、ノーカウントです。どうか、我慢してあげてください」

「えっ!? あ、な、何のことでしょうっ?」

「それに、ルゥシールさんがあの格好をすると非常に卑猥で、私たち未成年は直視出来ません」

「…………ナトリアさんは、なんというか……知識が豊富そうですね」


 俺の向かいでルゥシールとナトリアが親しげに話している。

 こうやって見ていると、確実にナトリアの方が頭がよさそうだ。


「ねぇねぇ、おにぃたん」

「なんだ、ルエラ?」


 膝の上のルエラが俺を見上げて、キラキラした瞳をこちらに向けてくる。


「赤たんはどこから来るか知ってる?」

「う……っ」


 空気が一瞬で張り詰める。

 全員の視線が俺へと向けられる。

 その瞳は、どいつもこいつも、「余計なことはしゃべるなよ」と釘を刺しているようだった。


 ……言えない。

 言えるわけがない。


 俺が………………赤ちゃんがどこから来るのか、知らないなんて。


「ル、ルエラは、知っているのか?」

「うん。知ってるよ」


 なんだとぉー!?


「マジでか!? どこから来るんだ!?」

「ちょっとご主人さんっ!?」

「だって超気になるじゃん!?」

「…………知らないんですか?」

「……あ。………………い、いや? 知ってる……けど?」

「…………そう、ですか」


 なんだよ、こら、ルゥシール。

 なんでそんな悲しそうな目で俺を見てるんだよ。


「先生。赤ちゃんは成人した男性と女性が同意の上で性的な交渉を……具体的には……」

「ナトリアさんっ! ストップです! ご主人さんには過ぎた知識な上に、ナトリアさんが教えるのは倫理上問題がありますので、規制を入れさせていただきますっ!」

「そうですか。では、仕方がないですね」


 何かを話し始めたナトリアを、ルゥシールが大慌てで止め、そして何やら向こうだけで完結してしまっている。

 ……おいおい、俺、置いてきぼりかよ。

 なんだよ、過ぎた知識って。


 じゃあいいよ。

 ルエラに聞くから。


「教えてくれるか、ルエラ」

「ちょーっと! ご主人さん!?」

「うん。教えてあげる!」

「ルエラさん、待ってー!」

「ルゥシール、うるさい」


 きゃんきゃん騒ぐルゥシールを黙らせ、ルエラの話を聞く。

 そういえば、こういうのって誰に教わるもんなんだろうな?

 母親か?

 そうなんだろうな。俺が知らなくてルエラが知っているんだからな。


「ちなみに、エイミーは知っているのか?」

「いっ、今、こっちに話振らないでっ!」


 真っ赤な顔をしてそっぽを向いたところを見ると、あいつも知らないな?

 ふっふ~ん。仲間がいたようだ。


「……そうか、エイミーはもう知っていたのか……」


 向こうの方でベルムドが目頭を押さえて俯いている。

 背後に哀愁が漂っている。

 自分の娘の無知を嘆いているのだろうか?


「あのね、赤たんはね……」


 話したくて、というより、俺に教えたくて仕方ないという感じで、ルエラが俺の気を引いてくる。

 服を引っ張り、こっちを見ろとアピールしている。

 このくらいの歳の子は『教える』という行為にあこがれがあるのだろう。

 では、ご教示願おうか。


「…………膝枕すると出来るんだよっ!」



 落雷に撃たれたような衝撃が、全身を駆け抜けていった。



「……………………え? マジで?」

「うん。マジでっ!」


 じゃ、じゃあ………………

 ルゥシールのお腹には、………………俺の……


「ルゥシール!?」

「ないですよ!? そんなことは!」


 すっげぇ早い否定だった。


「でも膝枕って……!」

「大丈夫です! あの時の膝枕は、その、……だ、大丈夫な膝枕でしたので!」

「大丈夫な膝枕っ!?」

「なので大丈夫なんです!」

「そ…………そうか……」


 なんだろう、ホッとしたような、ちょっと残念なような……

 いやいや。冒険を続けるのに子供なんて無理だ。育てられるわけがない。


 よかった。ルゥシールが『大丈夫な膝枕』を知っていてくれて。

 無暗にするもんじゃないな、膝枕は。


 ……よし。今度する時はお尻枕にしよう。


「というわけで、よろしくな! ルゥシール!」

「なんのことかはよく分かりませんが、とりあえず、嫌です!」


 内容を聞かずに断られてしまった。

 なんという仕打ちだ……


「あとね、あとね!」


 まだ何かを『教え』足りないのか、ルエラが嬉しそうにはしゃぐ。

 俺に聞いてほしいことがあるのだろう。


「ナトリアちゃん、ルエラちゃん。ご飯の用意が出来ましたよ」


 そこへ、アーニャさんが戻ってくる。

 カモ肉を柔らかく煮込んだシチューだ。さっき俺もいただいたが、絶品だった。

 料理の量は多いが味が残念な宿屋の飯とは大違いだ。

 よかった、こっちに泊まることにして。


「じゃあ、アシノウラ。あんたお風呂入ってきたら?」

「いや、俺は最後でいいよ」

「ダメですよ。お客様なんですから」

「そうだよ。お先にどうぞ」


 エイミーに続いてアーニャさんとベルムドにも勧められた。

 ここで頑なに断るのもなぁ……


「じゃあ、お先にいただくとするかな……」

「じゃあ、ルエラも入る!」


 膝の上のルエラがとんでもないことを言い出した。


「ル、ルエラさんは、もう入ったじゃないですか!?」

「もっかい!」

「ダメよ、ルエラ! お風呂は一日一回まで!」

「えぇ~!」


 ルゥシールとエイミーがルエラを説得している。

 別に一緒に入っても構わんがなぁ。妹とも入ってたし。


「じゃあじゃあ、その前に言いこと教えてあげるね!」


 ルエラの『教えたい』欲は相当強いようだ。

 なので、風呂の前に拝聴していくことにする。

 まぁ、子供の知識だし、軽い気持ちで「そうなんだぁ」と感心する振りでもしやれば喜ぶだろう。お兄ちゃん道を極めた俺に、その辺の抜かりはない。


「ルゥシールちゃん、おっぱい凄い大きかった!」

「詳しく頼む!」

「ご主人さんっ!?」

「こ~~~~~~~~~~~~~~ぉぉぉぉぉおんなんだったよ!」

「ルエラさん!? 手! その手の動きをやめてください! そしてご主人さんはガン見しないでください!」


 ルゥシールが細い腕で大きな胸をかき抱く。

 だから、それじゃ隠れないっていい加減学習しろよな。

 むしろ押しつけられて「ありがとうございますっ!」状態なんだから。


 薄手の寝巻はゆったりとしている反面生地が薄く、普通にしていれば目立たなかった胸の膨らみが、押さえつけることで物凄い存在感を放ち始める。

 まるで、ルゥシールのおっぱいが叫んでいるようだ。「わたしはここにいるっ!」と――


 そのあまりに強過ぎる自己主張に、思わず視線が吸い寄せられる。

 それは、ベルムドも同じだったようで…………


「あなた…………ちょっと、お話が」


 自己主張を一切しない控えめバストを腕で押さえ、アーニャさんが絵に描いたような笑みでベルムドを呼んでいる。絵に描いて張りつけたような、作り物の笑みで、蛇のように不気味にうねる手招きをしている。


「いや、違う……私は………………はい、分かりました。すみません」


 反論しかけたベルムドだが、途中であきらめたのか、音もなく立ち上がると黙ってアーニャさんに従った。


「それじゃあ、私たちは先に休ませていただきますので。食器は、洗い場に置いておいてくださいね。では……」


 人の良さそうな笑みでそう言い残すと、アーニャさんとベルムドは連れだってダイニングを出て行った。


 それを見ていた俺たちは、誰一人として、口を開かなかった。


 …………あれが、羅刹というもか。


 ベルムド……また、会えるよな?


「……ベルムドは、星になるかもしれんな…………ルゥシールの巨乳のせいで」

「なんでわたしのせいなんですかっ!?」


 お前以外に誰の責任だというのだ。そんなけしからん乳をしてからに。


「で、ルエラ。具体的なところをもう少し詳しく……」

「もういいでしょう、その話は!? ルエラさん、ご飯食べましょう! おなかすいたでしょう!?」

「えぇ~……」


 話し足りないのか、ルエラはとてもしょんぼりとした表情になる。


「こらルゥシール。こんな小さな娘を泣かせるな」

「な、泣かせてなんて……あぁ、じゃあ、他のお話をしましょう。ね?」

「ほか? …………あっ! エイミーちゃんが、物凄く真剣に足の裏を洗って……っ!」

「ルエラ! ご飯食べよう! ね! ご飯!」


 エイミーが凄まじい勢いで俺の膝の上からルエラを奪い去る。

 そして、触れるものをみな傷付けそうなほど鋭い視線を俺に向ける。


「あんたは、さっさとお風呂に入ってきなさい! その間にルエラにご飯食べさせて、完全に寝かしつけておくから!」

「いや、もうちょっと話を……」

「子供はもう寝る時間なのっ!」


 子供であるエイミーが力説する。

 ……まぁ、子供は早く寝た方がいいよな。うん。


「じゃあ、風呂……行ってくるわ」


 なんとなく、追い出された感が侘しさを感じさせるが、疲れた体は温かい湯船を求めていた。

 宿屋だと、風呂がないところがほとんどだからな。

 よくて、大きな桶とお湯の貸し出しがあるくらいだ。


 ブレンドレル以外の国に行けば、風呂という文化自体無いところもあるらしいし……考えられんな、風呂がない文化なんて……未開過ぎる。

 風呂がなければ覗きも出来んじゃないか!

 覗き文化もないような未開の地になど、誰が行くか!


 魔界ですら温泉が湧いていて、風呂文化も覗き文化もあったってのに。

 もっとも、お袋の風呂を覗いたヤツはもれなく血祭りにあげられてたけどな。

 命がけの、男たちの文化。それが覗きというものだ。

 こう、熱く、血が滾るというか…………っ!


「早く行きなさいよ、アシノウラ!」

「へいへい」


 今度はハッキリと追い出された。

 侘しいなんてもんじゃない。心が寒いぜ。


「あ、そうそう。…………覗くなよ?」

「覗くかっ!」


 念のために釘を刺し、俺は風呂へ向かった。


 割と広い風呂で、手足を伸ばして浸かることが出来た。

 流石田舎。

 一軒の家の敷地が広い。



 俺が風呂から上がると、本当にルエラは眠っていて、エイミーとナトリアも眠そうだった。

 ルゥシールにもたれかかるような格好で、二人ともうとうととしている。

 ルエラは既にベッドらしい。


「おいおい。寝る前に俺たちの寝床に案内してくれよ」

「……ん………………こっち」


 寝落ち直前のエイミーに連れられて入ったのは、簡素な造りの部屋で、客間だそうだ。

 小さなテーブルとベッドが一つ。あとは荷物をしまうための棚があるだけだ。


「…………ベッドが一つなんだが?」

「え…………っと、これは…………」


 目に見えて狼狽するルゥシール。

 だが、眠気が増して半眼になったエイミーが、最後の力を振り絞ってルゥシールの袖を引く。


「ルゥシールはあたしたちと同じ部屋」

「あ……ですよね。…………よかった」


 引き摺られるように部屋を出て行くルゥシールは、部屋を出る直前に俺へ目礼をし、微笑みを俺に向けた。


「おやすみなさい、ご主人さん。よい夢を」


 引き摺られて出て行くルゥシールに「おぉ。お前もな~」と声をかけるが、果たして届いていたかどうか。

 ドアが閉まると、本格的に一人になった。


 なんだか、物凄く久しぶりな気がする。

 周りに誰もいないのは。

 今ではこれが当然で、何も感じなかったのだが…………


「…………やばいな、泣きそうだ」


 早く寝てしまおう。

 寝てしまえば、寂しさなど感じることもなくなる。

 だいたい、騒がし過ぎるんだよ、俺の周りにいたヤツらが、どいつもこいつも!

 だから…………ちょっと寂しい。


「さぁ、もう寝よう~っと」


 灯りを消して、ベッドに潜り込む。


「おぉ、これは藁を下に積み重ねて敷いてあるのか。うん。堅さも程よくてよく眠れそうだ。布団も太陽の匂いがするな。きっとアーニャさんはこまめに掃除をする人なんだろうな。うん。出来た奥さんだ。いいなぁ、ベルムドは……」


 ………………いかん。

 独り言が止まらない。


 …………早く寝よう。


「……静かだなぁ」


 こんなにも静かだなんて…………これなら、多少騒がし過ぎる方が、まだマシだな。


 そんなことを思いながら瞼を閉じると……疲れのせいか、割とすぐにまどろみ始めた。

 明日は狩りだ。よく休んでおかなければ。

 激しい戦闘の後で、俺の殺気を感じ取った森の動物が逃げ出している可能性が高いが……夢の中で成功することを祈っておくとしよう。


 そして、俺は眠りに落ちていった。







 翌朝。

 狩りに出かけるとあり、俺はいつもよりも早めに目を覚ました。

 準備を整えて部屋を出ると、廊下にルゥシールが立っていた。


「ルゥシール」

「あ、ご主人さん。おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」

「いや、お前らがいなくて寂し…………静かだったからよく眠れたぞ」

「そうですか。それはよかったです」


 ルゥシールの顔を見て幾分がホッとした途端、寂しかったなどと認めたくなくなってしまった。

 うん。俺、全然平気だったよ?

 一人で眠れるし、夜中にトイレにも行けるし。

 余裕余裕。


「……ん? どうした?」


 よく見ると、ルゥシールの表情がどこか冴えない。

 はっは~ん。さては、俺がいなくて寂しかったんだな? それでよく眠れなかったのだろう。

 まったくルゥシールは……子供なんだから。


「よく眠れなかったのか?」

「いえ。ぐっすりでした」


 ぐっすりだったか……


「ただ……」


 と、ルゥシールは目の前のドアに視線を向ける。

 ここは……エイミーの部屋か?


 ルゥシールの顔を窺うと、ルゥシールはこくりと首肯した。

 俺はそのドアをそっと開ける。


 可愛らしい刺繍がふんだんに施された布団が敷かれたベッドには、小さなお子様が三人並んで眠っていた。

 ルエラは大きないびきをかいて。

 ナトリアは静かに寝息を立てて。

 そしてエイミーは…………


「うぅ…………っ」


 うめき声を漏らして、起きていた。


「エイミー、起きてるのか?」

「ア、アシノ……ウラ? か、勝手に部屋に、入らない……で、よ…………」


 酷く苦しそうだ。

 具合が悪いのか、顔すら上げず、ずっと横たわったままだ。


「どうした? 苦しいのか?」


 まさか、魔力を酷使した反動か?

 そんな不安が頭をもたげた時、隣にいたルゥシールから事の真相を聞かされる。


「……筋肉痛、だそうです」

「筋肉……痛?」


 よ~く見ると、エイミーの体は小刻みにプルプルと震えていた。

 動かすと痛いので、なるべく動かないように気を付けているのだろう。


「…………軟弱だなぁ」

「う、うっさいわね! ……あ、いたた…………」


 顔を上げ、俺を睨もうとしたエイミーだったが、腹筋でも痛かったのか、すぐにベッドに頭を落とした。

 まるで身動きが取れないようだ。


「……あんな激しい運動したら……筋肉痛にくらい、なるわよ」

「普段運動してるんだろ? 狩りとかで」

「そんなの…………比較にならない運動量だったでしょ? ぶにぶには出るし、深い穴には落ちるし、大きなカタツムリとか出て来るし…………筋肉痛にならないあんたたちの方が異常なのよ」


 自分を正当化するために酷いことを言うやつだ。


「俺はもっと過酷な状況でも筋肉痛になんかならないほど鍛えてあるんだよ。それと、ルゥシールの筋肉痛は明日来るんだ」

「やめてください、人を年寄り扱いするのっ!? 来ませんからね! 仮に来ても、来てないフリで乗り切って見せますから!」


 あんまりでかい声を出すんじゃねぇよ。

 子供がまだ寝てるんだから。


「まぁ……そんなわけだからさ…………」


 ベッドの上から、弱々しい声が聞こえてくる。

 エイミーは、しゃべるのも辛そうに、こんなことを言った。


「今日の狩り…………無しで」

「…………だよね」


 はは……どうすんだよ。

 キャラバンが来るの、明日だぞ?

 狩りは、もう無理か。


「くやしいなぁ…………肝心な時に、あたし、役に立てなかった…………」


 泣いているのか、声が震えている。


「いや。それは違うぞ、エイミー」


 こいつは役に立ってなくなどない。

 つまり、エイミーのおかげでこの牧場は救われることになる。


「俺が何とかしてやる」


 この俺を動かしたんだからな。

 功績だぞ、これは。

 誇るといい。


「俺がキャラバンに、外から来るヤツにバカ売れする商品を考えてやる」


 俺の明晰な頭脳を頼りにするがいい。


「俺が力を貸してやるんだ……ヤギの子一匹売らせやしねぇ」


 昨夜のベルムドの顔が思い浮かぶ。

 ヤギと言えど、家族が減るのは悲しいことなのだ。


 そんな思いは、誰にだってさせたくない。


「確か、アーニャさんは手先が器用だったな?」

「え……う、うん。お父さんの腕輪を見たでしょう? 器用なんてレベルじゃないわ」


 エイミーの言う通り、アーニャさんの器用さは抜きんでている感がある。

 これは頼りになりそうだ。


「で、でも……今から何かを作ったとしても、数が揃えられないし……一個や二個作っても、そこまで高値で売れる物なんか……」

「大丈夫だ。作ってほしいのは売り物じゃない。『売るための物』だ」

「『売るための物』…………?」


 全部を説明してやっている暇はないかもしれない。

 アーニャさんの仕事を、俺が引き受けてでも、今日中に完成させなければいけないものがある。


「とにかく、エイミーは今日一日寝て、筋肉痛を完治させること。明日は具合が悪くても働いてもらうからな」

「う……うん! 任せて!」


 自分に仕事が割り振られ、エイミーの威勢が戻ってくる。

 そうしていた方がエイミーらしくていい。


「ルゥシール。お前にも協力してもらうぞ」

「はい! どんなことでも言ってください! 全力で協力いたします!」

「協力を惜しまないか?」

「もちろんです!」

「………………そうか」


 ニヤリ……


 思わず顔がほころぶ。

 これで勝てる!

 きっとうまくいく。

 今回のキャラバン隊、覚悟しとけよ。有り金全部巻き上げてやるぜ……くっくっくっ。


「あ、あの……ご主人さん? 非常にあくどいお顔になっていますが…………わたしはなにをすれば?」

「なに、気にすることはない。お前は、どんなことでも、俺に言われた通り、従順に、動いてくれれば問題ない」


 俺の指示通りに動くだけの簡単なお仕事だ。


「いや~、楽しみだなぁ……」

「あの、ご主人さん? 『やっぱりなし』っていうわけには…………?」

「忙しくなるぞ~!」

「…………『やっぱりなし』は、やっぱりないんですね。あぁ、うん。知ってた知ってた」


 乾いた笑いを漏らすルゥシールを残し、俺はダイニングへと向かう。

 今回の作戦に最も大切なアイテムを作り出すために。


 結局、その日は翌日の準備に一日が潰された。

 俺の申し出を快諾してくれたアーニャさんと二人で作戦を熟成させていく。

 牧場の手伝いは、主にルゥシールが引き受けてくれていた。


 さぁ、来やがれキャラバン!

 お前らに、売って、売って、売りまくってやるからな!


 その日も俺たちはエイミーの家に泊めてもらい…………そして、翌朝。



 ついに、オルミクル村に数か月ぶりの、キャラバンがやって来た。








いつもありがとございます!



毎日更新と言い出して、

毎日1時間ずつずらして更新するようになって24回目です。

一周しました!!


すごく、地味な、達成感をありがとう。


なんだか、この話を書き始めてから『巨乳』って書き過ぎている気がします。

『巨乳』という字の年間平均使用回数は優に超えているのではないかと。

書き過ぎで、『目礼』を『巨乳』と空目してしまうほどです。



ビジネスマナーの本を見ていて、


☆挨拶の仕方


『最敬礼』

『お辞儀』

『会釈』

『巨乳』


………………んんっ!?



って、なりました。


しかも、目礼の欄には「目を合わせてほほ笑む」と書かれていて、



『巨乳』:目を合わせてほほ笑む



何のことかさっぱり分かりませんでしたね。

いやぁ、何事もやり過ぎはよくないですね。


ま、今後ももっと『巨乳』って書きますけどねっ!



次回もよろしくお願いいたします!


とまと

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