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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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42話 あるルゥシールの想い

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ダメです。

 こんなんじゃ、ダメです。


 恥ずかしくて、ご主人さんの顔が見られないなんて……ダメです。


 ご主人さんとエイミーさんの足音が遠ざかっていくのを聞いてホッとしてしまうなんて……ダメダメです。


「…………みゅぅ……困りました」


 まさか、自分がここまで脆い精神をしていただなんて……だから、魔力を封印などされたんです。だから、わたしはいつもここぞという時に負けてしまうのです。

 すべて、わたしの心が弱いからに違いありません。


 無意識に、指が首に触れました。もうここには、魔法陣は存在しません。

 ご主人さんが魔界から召喚してくれたミーミルさんが取ってくれました。


 胸に楔が残っていて、完全に解除されたとは言えませんが、贅沢は言えません。

 なにせ、わたしはまたダークドラゴンの姿に戻れたのですから。

 ご主人さんのおかげで。

 これからも、ご主人さんに協力してもらえば、いつだって、何度だってダークドラゴンの姿に………………何度も、協力してもらうのでしょうか?


 途端に体温が跳ね上がりました。

 顔に血液が集まってくるのが分かります。


 いけません! いけません!

 思い出してはいけません!


 ア、アレは……戦いに勝つためであって……作戦で…………深い意味は…………

 下心はあると、仰っていましたが…………それにしたって、いつものご主人さんの軽口に相違ありません。

 ご主人さんは深く考えずに、とても際どい発言をする人なんです。

 わたしの心臓にクリティカルヒットするような言葉を、そんなつもりなく口にする人なんです。

 だから、期待など、してはいけないんです!



 ……ご主人さんが、わたしのことを好きかも……だ、なんて。



「……んぁあっ!」


 この胸のつかえは何なのでしょう?

 この体の火照りは何なのでしょう?


 どうして、目を瞑ってもご主人さんの顔が浮かんでくるのでしょう?


 だって、仕方ないじゃないですか……

 キ、キスを…………し……た………………わけ、ですし……


「にゃぁぁぁぁあああああああっ!」


 恥ずかしくて、堪らなくて、わたしは手近にあった手頃な石を掴んで、勢い任せに、出鱈目に、心の赴くままに放り投げました。


「イデッ!?」


 と、たまたま石の飛んでいった方向でのたうち回っていたバスコ・トロイの顔面にヒットしてしまいました。

 ……なぜあんなところで寝ているのでしょう? もしかして顔面に石をぶつけられて喜ぶタイプの人なんでしょうか?

 これはいけません。無視しましょう。


「………………はぁ……」


 声が震えます。

 吐く息も震えています。

 胸が高鳴っているせいでしょうか? 

 鼓動が速いから吐く息も震えているのでしょうか?


 本当は、怖かったんです。

 ダークドラゴンの姿に戻るのが。



 ダークドラゴンは、世界を滅ぼしかねない生き物ですから。



 闇のブレスはすべてのものを飲み込みます。

 触れたものをすべて。

 魔力も、生命力も、すべてを。


 まだ、封印が完全に解除されたわけじゃなかったから、無事に済んだのかもしれません。

 そう考えるならば、わたしは感謝をしなければいけませんね。

 わたしにこの封印を施した、ゴールドドラゴン――シルヴァネールに。


 いくら優しいご主人さんでも、この世界を破壊する存在とは一緒にいてくれないでしょうから…………


 もし、わたしの力が暴走して、いつか世界を壊してしまったら……




 それでも、ご主人さんはわたしと一緒にいてくれますか?




「……無理、ですよね…………さすがに」


 ありえません。そんなこと。

 絶対に……


「けど……」


 ご主人さんは言ってくれました。


『お前は細かいことを気にし過ぎだ』と。

『そんなことで俺がお前にどうこう言わない』と。

『俺は、お前の主人だ』と、言ってくれました。

『お前が何をしようが、どんな力を秘めていようが、そんなもん、全部許容出来るだけの器を持っている』と。

『お前の考えていることなど、一考の価値もない些末なことなんだ』と。


 言ってくれましたよね……『俺とお前の関係は、こんなことでは一切! 全然! まったくもって変わることなどないのだ!』と…………


 凄く、嬉しかった…………思わず、泣いてしまいそうになるほど、嬉しかったんです。


 どうしてあの人は、いつもわたしが欲している言葉を、こうも簡単に言葉にしてくれるのだろう。

 どうしてあの人の言葉は、こんなにも…………わたしの心に染み込んでくるのだろう。


 ご主人さん…………わたしは、あなたが…………


「きゃぅっ!?」


 突然胸が締めつけられるような痛みが走り、身を折ってしまいました。

 胸が苦しい。

 息が出来ない。

 ご主人さんのことを考えるだけで、こんなにも…………温かい。


 胸がきゅんと軋むと同時に、首の付け根が熱くなりました。背中側の、うなじの下付近です。

 そこは、ドラゴンにとっては特別な場所。

 人間たちが【逆鱗】と呼ぶ、特殊な鱗がある場所です。


 普通なら、絶対、誰にも触れさせません。

 親兄弟でもです。

 この鱗は、……その…………生殖器よりも、もっとデリケートな場所で…………そこを触れさせるというのは…………つまりその…………


「こ、今回のはノーカンですけどね! 戦闘中でしたし! 仕方なかったということで!」


 誰にともなく、つい言い訳をしてしまいます。

 仕方ないのです。

 恥ずかしいのです。


 人間たちの間では、【逆鱗】に触れるとドラゴンが狂暴化するというのが通説のようですが、そんなの当然です。

 あんな場所を許可もなく勝手に触れれば、気性の荒いドラゴンなら国の一つくらい滅ぼしてしまいます。

 わたしだって凄く怒ります!

 あそこは、胸よりもお尻よりも、いわゆる、その…………あの場所よりも、もっとずっと、とってもデリケートな場所なんです。

 何人たりとも触れてはいけない不可侵領域なのです。


 触ってもいいのは、ご主人さんだけで………………ごほんごほん! ……今のは、無しです。


 それにしても……


「…………ご主人さんは、わたしのことをどう思っているのでしょうか……」


 はぁ……と、ため息が漏れます。


 おそらく、なんとも思っていないのでしょう。

 巨乳が大好きで、凄くエッチなくせに、とてもピュアで、驚くほどに無知で無垢で……

 同じ部屋に寝泊まりしても、なんとも思っていないようで……

 初日は、それで随分心をすり減らしましたっけね。

 物音がする度に目が覚めて……ふふ。

 今では、何も気にせず眠れるほどになりましたが。

 むしろ、ご主人さんがいると思うことで安心出来るまでに……


 だから、きっと、ご主人さんはなんとも思っていないんです。

 ご主人さんにとってわたしは、特別な女性ではなく、あくまで旅のお供で……


 …………それは、なんだか悲しいような…………


「で、でも、仲間だって言ってくれましたし!」


 それだけで……わたしは…………


「……うん。十分です」


 少し、胸が痛みますが…………今は、まだ、それで…………


 だから落ち着いて、いつも通りに、自然に……

 そうすることで、きっと私はご主人さんの隣にいられる。


「笑って、ルゥシール! あなたは元気だけが取り柄の明るい女の子でしょ!?」


 自分に言い聞かせます。


「元気だけじゃないです! 顔だってそこそこ可愛いです!」


 そんな自分に反論してみます。


「確かに可愛いですよ! でも、ご主人さんには可愛娘ちゃん認定されていないじゃないですか?」


 口答えする自分を責め立てます。


「う……っ、それは…………そう、なんですが……」


 わたしが大ピンチです! ぐうの音も出ません!


「ほら見なさい! わたしはそこまで可愛いわけではないのです!」


 わたしはさらに追い打ちをかけます! 論破は間もなくです!


「…………うぅ。そうですよね。こんなわたしじゃ……きっとご主人さんは愛想を尽かしてしまいますよね……」


 わたしの心はぽきりと折れ、もう立ち上がれません。


「そんなことはないです!」


 わたしは慌ててフォローをします。そこまで落ち込むなんて思わなかったのでやや焦り気味です。


「ご主人さんは『可愛い』よりも『エロイ』や『デカい』や『柔らかい』や『たゆんたゆん』を優先しているだけで、決してあなたを可愛くないだなんて思っていないはずです!」


 さらに強く励まします。ここで挫けてしまっては、ご主人さんに会いに行けなくなります。


「わたしは……可愛いですか?」


 不安げな声が切なさを掻き立てます。わたしの目から涙が零れ落ちます。これはもらい泣きでしょうか?

 あまりに不憫です。可哀相です。可憐です!

 強く! とても強く励ましてあげます!


「可愛いです! とっても可愛娘ちゃんです!」


 そうです! わたしは可愛娘ちゃんです!


「わたしは可愛娘ちゃん!」


 もっと!


「わたしは可愛娘ちゃん!」


 心の底から!


「わたしは可愛娘ちゃん!」


 さぁ、皆さんご一緒に!


「わたしは可愛娘ちゃん! わたしは可愛娘ちゃん! わたしは可愛娘ちゃーん!」

「……元気そうで何よりだわ」

「ふわぁぁあっ!?」


 驚きました。

 物凄い至近距離にフランカさんがいたのです。

 いつからそこに!?


「……ずっと見ていたけど、面白いから放置していた」

「声をかけてくださいよ!?」


 恥ずかし過ぎます。

 どうにかして記憶を抹消出来ないでしょうか?

 はっ! そうだ! 後頭部にダメージを! 斬撃を!


「……誰にも言わないから、とりあえずその物騒なナイフをしまって」

「はっ! ……いつの間に?」


 気付かぬうちに、わたしはアキナケスを握りしめていました。

 ご主人さんがわたしのために買ってくれた、刃の黒いナイフです。わたしの身を案じて、特別いい物をプレゼントしてくれたんです。……えへへ。


「……あなた、【搾乳】が好きなのね」

「わ、わたしのお乳はまだ出ませんよっ!?」


 搾乳とか、いきなり何を言い出すのでしょうか、この人は!?


「……いや、本当の搾乳じゃなくて…………【搾乳の魔導士】」

「えっ…………」


 あ、ご主人さんのことですか。

 それなら好…………


「ってぇ!? い、いや…………特には……っ!」


 ここは誤魔化します!

 わたしの平穏な生活のために

 全力で、口笛です!


「ふ~……ふふ~……ふしゅ~……」

「……ここまで吹けていない口笛は初めて見たわ」

「な、なな、何のことでしょうか? わたしはべつに、ご主人さんのことなど……話したこともありませんし」

「……話したことはあるわよね?」

「で、でも、異性として見ていないというか、人類とみなしていないというか……」

「……それは流石に【搾乳】が気の毒」

「と、とにかく、全然っ、そう、全然ですよ、全然とにかくです! 好きとかそういうのでは、全然……っ!」

「……『ご主人さんは、わたしのことをどう思っているのでしょうか』」

「………………どうか、ご内密にお願いいたします」


 土下座です。

 土下座くらい余裕です。

 どうか、温情を……


「……『私は可愛娘ちゃん』」

「ホント勘弁してください!」


 何でもしますから!


「……大丈夫。誰にも言わない。特に【搾乳】には。約束する」

「本当ですか!?」


 フランカさんはいい人かもしれません。


「…………というか、……言いたくない」

「え?」


 フランカさんは、真面目な顔をしてわたしをジッと見つめてきます。

 そして、唐突にこんなことを言ったのです。


「……【搾乳】も、あなたのことを好きだろうから」

「ぅぇぇええええっ!?」


 寝耳に水です! 熱湯です!


「熱いじゃないですか!?」

「……なにが?」

「分かりませんっ!」


 そ、そんなことが……

 ご主人さんが、…………わたしを?

 言われてみれば、思い当たる節が……


 思い起こしてみます。

 ご主人さんに言われた言葉の数々を…………………………



『何をしている、ルゥシール!? 揺れが足りんぞ!』

『そういうわけで、ルゥシール! 今すぐあのくぼみにおっぱいを差し込むのだ!』

『せめて、横乳だけでもぉ!』

『すっぽんぽんを見せてください!』



 ………………あれぇ、そうでもないかなぁ…………


「……残念ながらフランカさん。それは思い過ごしです……」

「……そう?」

「はい。たぶん、ご主人さんはそういう感情を持ち合わせていないんだと思います」

「……傍から見ていると、随分好意的に見えるけれど」

「それはあれです……ご主人さんは無類の巨乳好きなので……おそらく、道端に巨乳が落ちていれば拾って帰るくらいに好きなので、それでです」

「………………【搾乳】、最低……」


 しまったです。

 ご主人さんのいないところでご主人さんの好感度を下げてしまいました。

 これは訂正しなければ。


 いくらご主人さんと言えど、道端に落ちている巨乳までは拾わな…………


『おぉっ!? 巨乳が落ちてんじゃん!? ラッキー! これ俺のな! 誰も取るんじゃねぇぞ!』


 …………あぁ、拾うなぁ、あの人。

 じゃあ、訂正しないでおこうかな。


 そんなことを私が考えている横で、フランカさんは聞き取れないような小声で何かをぶつぶつと言っていました。


「……そう。じゃあ、私にもチャンスは…………」


 聞き取れないので、完全に独り言になっていました。

 独り言を言って、自分で頷いて、あまつさえちょっと微笑んでいます。


「あの、フランカさん。大変言い難いんですが……独り言とか、やめた方が……」

「……どの口が言っているの?」


 なぜでしょう?

 親切心でした忠告に対し、冷たい視線を向けられました。

 理解不能です。


「……とにかく、気持ちが落ち着いたのなら行きましょう。【搾乳】が待っている」

「え、ご主人さんが舞っているんですかっ!?」

「…………あなたは、アホなの?」

「酷いですよっ!?」


 突然のアホ呼ばわりにショック大ですよ!


「……行きましょう、アホのルゥシール」

「はぅっ!? その呼び方、浸透させるのやめてもらえませんか!? ねぇ! フランカさん!? 何でもしますよ!? 土下座ですか!? 土下座すればいいですか!? ねぇ!」


 わたしは、わたしの呼びかけを無視しててくてく歩いていくフランカさんに続いて戦闘の爪痕が残る部屋を出ました。


 あぁ、なんだか随分と長くここにいた気がします。

 ようやく帰れるんですね。

 そう思うとホッとしました。


 早く帰りましょう。

 もちろん、ご主人さんと一緒に。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 山々の向こうに太陽が沈んでいく。

 間もなく闇が世界を支配する。


「…………闇が、目覚める」


 断崖絶壁のその頂。人が到底踏み入れないような険しい山の上に、幼い少女が一人、ぽつんと立っていた。

 沈みゆく太陽が彼女の髪を黄金色に輝かせる。


 燃えるような真紅の瞳が、広がり始めた闇に飲み込まれていく空を見つめている。


「闇が世界を覆うというのであれば、私が阻止をする…………何度でも」


 彼女の真紅の瞳が遠くを見つめるように細められる。


 はるかな地平線の向こうに、一人の少女の顔を思い浮かべて、彼女は呟く。


「逃がさないからね……ルゥシール」


 その少女の名を。



 その後、険しい山の頂から、一頭のドラゴンが飛び立っていった。



 地平の彼方から微かに漏れる太陽の光を浴びて、その全身を黄金色に輝かせて。









よく来たな、貴様たちっ!

どうもありがとうございます。


ちょっと違う感じで入ってみました、

あとがきです。



◇本日のまとめ◇


・ダークドラゴンの力が全開になると世界がピンチになるよ!

「な、なんだってぇー!?」


・逆鱗はとてもデリケートなところだよ。

「そりゃ、触られたら怒るよねっ!」


・ご主人さんは、巨乳が落ちていたら拾うよ!

「そりゃあ拾うだろうー!」

「あたしも拾う!」

「ボクも!」

「俺もだ!」

「「「ひーろーうっ! ひーろーうっ! ひーろーうっ!」」」

「「「わぁーーーー!!! パチパチパチ(←拍手喝采)」」」」


・そして、ルゥシールの魔力を封印したゴールドドラゴンは、幼女だよっ!

「幼女が出たぞー!!」

「幼女だー!」

「あたしも幼女よ!」

「ボクも!」

「俺もだ!」

「「「よーうーじょっ! よーうーじょっ! よーうーじょっ!」」」

「「「わぁーーーー!!! パチパチパチ(←拍手喝采)」」」」


・名前は、シルヴァネールたんだよ!

「ふーん……」




以上です!


なんとなくひと山越えましたが、

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


とまと


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