41話 帰ろ帰ろっ……って、ルゥシール何してんの?
目を覚ましたバスコ・トロイが、俺の前に正座している。
元王国ナンバー2にして、先王の盟友。魔導ギルドの重鎮。全ての魔導士に恐れられたシレンシオ・ジュラメントの使い手である、あのバスコ・トロイがだ。
そんなバスコ・トロイが、俺の顔を見上げ、冷静な声で言う。
「貴様は、なぜ泣いているのだ?」
俺の両目は真っ赤に染まり、目からはいまだ大量の涙が溢れ出して止まらない。
原因はルゥシール。しかし、元凶はエイミーとフランカだ。
誰も魔力が残ってないから回復することすらままならない。
「…………回復、してやろうか?」
「お前、いいヤツだな、バスコ・トロイ」
「ダメよ! こいつはあたしたちを殺そうとしたのよ? そんなヤツ、信用出来ないし、そんなヤツに借りを作っちゃダメ」
エイミーがバスコ・トロイの申し出をバッサリ両断する。
いや、お前の気持ちも分からんではないがな、痛いのは俺なんだ。俺と、デリックな。
デリックは立ち上がれないらしく、いまだ廊下で横になっている。
当然というかなんというか、ジェナが付き添っている。
……おのれ、巨乳を独り占めしやがって…………
巨乳は人類の宝だろうが!
……巨乳分配法とか出来ねぇかな?
「やはり、貴様に…………王子には逆らうべきではなかった…………」
バスコ・トロイからはもう、以前のような殺気や覇気は感じられず、今はただ、枯れた木のように力なく項垂れている。自虐的な笑みが、侘しさに拍車をかける。
「まさか……私が【搾乳】されるとは……」
本当に悔しそうな……いや、燃え尽きたような……真っ白になった、憔悴しきった、気の毒な表情を見せる。
「【搾乳の魔導士】に敗れた者がみな魔導士を引退していく理由が分かったよ…………これは無理だ。堪えられない……」
おいおい。なんか失礼じゃないか、こいつ?
「まるで人を諸悪の根源みたいに」
「諸悪の根源なんでしょ」
エイミーは相変わらずバッサリだな。
そして、どこか機嫌が悪そうなのはなんでだ?
ちょっと虫の居所が悪いからそう言っているだけで、別に俺が諸悪の根源だと本気で思っているわけではないと思うのだが……
「……で、なければ、色モノ」
フランカの目が冷たい。
え、お前も?
あれ……俺、お前に何かしたっけ?
まぁ、もともと毒舌のドS気質なんだろうけどさ、それにしてもその目つきは酷い。まるで虫を見るような……
「……虫以下のゴミ屑」
……あぁ、俺、過大評価してたよ、自分を。
いや、過小評価してたのか、フランカの毒舌を。
心が折れそうになり……目も痛いし……慰めてもらおうとルゥシールの姿を探すと――
「…………くすん」
部屋の隅っこで、膝を抱えて丸まっていた。
魔導ギルドの無駄に高そうなローブを身に纏い、真っ赤に染まった顔を隠すように抱えた膝に埋める。
完全閉じ籠りモードだ。……色んなモードがあるな、お前は。
「あ~ぁ。アシノウラが酷いことするから……」
「……女の尊厳を踏みにじった」
「待て待て! 素っ裸で俺の前に立ったのはルゥシールの方だろう!?」
「素っ裸……っ!? ぅあ~ん!」
『素っ裸』というワードを聞き、ルゥシールはさらに丸まってしまった。
「極悪人」
「……女の敵」
「…………俺、悪くないよね?」
いかん。
ルゥシールがいないと、何をしても俺が悪者にされてしまう。
ルゥシール、俺にはやっぱお前が必要だよ。……色んな意味で。
「こほん」
脱線していく俺たちを見据え、バスコ・トロイが咳払いを挟む。
「あ、そうだ! 『こほん』といえば、この前宿屋でさぁ……」
「話を戻そうと行った咳払いでさらに脱線するんじゃないっ!」
ほんの冗談なのに。バスコ・トロイはギャグの通じないヤツだ。
大声を出したのが気まずかったのか、バスコ・トロイはバツが悪そうに顔をしかめ、ため息を吐いてから、再度俺に向き直った。
「私の負けだ。認めよう」
まだ認めてなかったのか?
「本当は、最初から勝てる見込みなどなかった……先王様がご逝去された時から、我々は負けていた……」
別に俺が勝ったわけでもないけどな。
「しかし、これで完全に吹っ切れた。王子には敵わない」
わっはっはっ! どーだ、まいったか!
「アシノウラ、うるさい」
「なんも言ってねぇだろ!?」
「顔がうるさい」
……勝手に人の心読んでおいて、うるさい呼ばわりとか…………
なんてお子様だ! 親の顔が見たいね!
「見ればいいじゃない。いくらでも」
「まぁ、そうだな。いつでも見れっしな」
「貴様は真面目な話が出来ない病気なのか?」
バスコ・トロイが疲れきった顔で言う。
つーか、辛気臭い話なんぞしたくもないんだよ。
「要するに、何が言いたいんだよ?」
「……私を、好きにするがいい」
空気が凍った。
「……………………ごめん、バスコ・トロイ。目覚めさせるつもりはなかったんだけれど……」
「目覚めてないわっ! そういう意味じゃない! だから、そんな顔で遠ざかっていくな! 戻ってこい! ここに戻ってきて話を聞け、王子っ!」
目覚めた疑惑のオッサンの前に立てとか……どんな拷問だよ。
俺は半身を引きながら――いつでも逃げ出せるように――バスコ・トロイの前に立つ。
「だから、私を殺せと言っている」
「は? ヤだよ、メンドクセェ」
「…………なんだと?」
「おじーちゃん、聞こえるー? メーンードークーサーイーかーらー……!」
「聞こえている! 聞き取れなかったのではなく、聞き取った上で意味が分からなかったのだ!」
「いや、だからつまりな、『メンドクサイ』っていうのは、何かをやるのが億劫で……」
「意味も理解している! あぁーもう! 誰かこいつを教育しろっ!」
「無茶言わないでよ」
「……それは王国の責任」
なんだか、寄ってたかって失礼なことを言われている気がする。
心外だなぁ。
「王子! 今、私を亡き者にしておかねば、きっと後悔することになるぞ!」
「残念だったな。俺の人生は常に前向きなのだ。後悔なんざしたことねぇよ」
初日に揉んでおけばよかったとか、バスコ・トロイの魔法で服が破れた時に横乳見ておけばよかったとか、魔法を吸収する時にもうちょっと堪能すればよかったとか、照れてないで最初からフルパワーガン見で素っ裸を見ておけばよかったとか、そもそも素っ裸だって教えなければよかったとか……まぁ、その程度の後悔しかしたことがないのだ。
「お前がまた、敵として俺たちの前に現れるってんなら、そん時はまたぶっ飛ばすだけだよ」
「……そう、か」
「あ、でも。周りの人に迷惑はかけるな。またこんなくだらない実験をするようなら、探し出してでもぶっ飛ばすからな」
「なら、今始末しておいた方がいいだろう……」
「ヤだよ、メンドクサイ」
「…………」
バスコ・トロイが困惑の表情で俺を見つめる。
どうしてこうも理解力がないのか……
「いいか。もし俺が、今この場でお前をどうこうしたとしよう」
仮定の話だ。
もしそうしたとするならば。
「そしたら、あそこでぶっ倒れてる魔導士どもの面倒を誰が見るんだよ?」
カラヒラゾンが消滅し、その余波でゲル状の物体も蒸発していた。
大量のゲルに飲み込まれていた魔導士たちは無事解放され、幸運なことに、全員息があった。
「それともなにか? お前は俺に大量殺人でもしろってのか?」
俺にとっては大した価値のない連中かもしれない。
けど、あいつらにも、あいつらを大切に思ってくれる誰かくらいいるだろうよ。
俺はヤだね。誰かに恨まれて生きるなんて。
子々孫々まで引きずりかねないもんな、そういう粘っこい感情は。
「では、王国へ突き出すなり、ギルドで裁判にかけるなり……」
「だから、メンドクセェつってんだろ」
だいたい、王国有数の魔導士にして魔導ギルドの中枢を担う国の重鎮を、実質国外追放されている身の俺が、どうやって裁判にかけるんだよ?
返り討ち確実じゃねぇか。
冒険者ギルドに突き出せば、それなりの刑罰は与えられるかもしれない。が、それにしたってきっと魔導ギルドから横槍が入るだろうし。
ここから最寄りのギルドっていやぁ、当然オルミクル村のギルドになるわけで……
目に見えるぜ。魔導ギルドを毛嫌いしているギルド長のドーエンがやけに張り切って泥沼の争いに足を踏み入れていく様が。
あの穏やかな村を、そんなドロドロしたものに巻き込みたくない。
「罰を受けたいなら勝手にテメェ自身を罰してろ。他人に頼るな!」
「……おかしなことを言っている自覚はないのか?」
バスコ・トロイは渋面を浮かべ、「相容れんな……やはり」と呟いた。
「んじゃ、俺らは帰るか」
「ちょっと! 本当にこいつらを放置していく気!?」
エイミーが素っ頓狂な声を上げる。
「そうだよ。それとも、何か仕返しでもしときたいか?」
「…………そう言われると……でも、こいつら酷いこといっぱいしたし!」
「じゃあ気の済むようにしろよ」
「気の済むようにって…………………………別に、どうこうしたいわけじゃないけど……」
「じゃ、帰ろうぜ」
エイミーは何か言いたそうにしながらも、結局何も言わなかった。
というか、何を言いたいのかが分からない様子だった。
気持ちは分からないではないのだが……
心情的に、バスコ・トロイをすんなり許すことは出来ない。けれど、だからといってどうこうしたいわけではない。けど、このまま見逃していいのか……ってとこだろう。
いいんだよ、見逃して。
こいつらを処罰するのは、こいつらを処罰したい奴に任せておけば。
どうしても自分の手で、ってわけじゃないなら、もう関わらない方がいい。
これ以上こいつらに俺の時間を使ってやるのがもったいない。
こいつらに、俺の時間を浪費するだけの価値なんかねぇよ。
「……でも、あいつらがまた悪さをしたら?」
「それはないと思うぞ」
いまだ納得出来ていない様子のエイミー。
しょうがないので、その不安を一つだけ取り除いておいてやろう。
「バスコ・トロイは元々俺を怖がっていたんだ。なるべく接触しないように、けれど、建前と心情的に俺を避けるわけにもいかない、実に微妙なところにいたんだ」
俺を見逃すことは先王に対する裏切りだ、とでも思っていたのだろうが……
「おかげでこいつは人生の中の随分と長い時間を浪費してしまった。俺に復讐したいって思いに縛られてな。けど、結果はこの様だ」
地面に手を突きうな垂れるバスコ・トロイは、もはやただの老人だった。
年齢以上に老け込んでしまっている。
「もう、何かをする気力もねぇよ」
「でも、それだけじゃ……」
「それに」
と、俺はエイミーの頭に手を載せる。
ぽんぽんと軽く叩き、髪を撫でる。
「へっ!? な、なな、なに!?」
「これはお前の手柄なんだけどな……」
目をまん丸く見開くエイミーに、俺はウィンクを一つ送り、親指を立ててみせる。
「バスコ・トロイ唯一のアイデンティティを、お前が見事にぶち壊してくれたからな。ありゃあ、ショックデカいぞ、きっと。もう、魔導士だなんて名乗れねぇよ、恥ずかしくてな」
バスコ・トロイはシレンシオ・ジュラメントを武器に魔導ギルドの頂に上り詰め君臨してきた。
それが、いともあっさりとコピーされたのだ。
自分にしか出来ないという自負を、ものの見事に打ち砕かれた。
それも、こんな子供にだ。
これでもまだ、魔導士としてデカい顔が出来るほど、バスコ・トロイは厚顔無恥ではない。
もし、性懲りもなくどこかでデカい顔をしようもんなら、俺が即座に駆けつけて、「幼女にでも使える魔法で威張んじゃねぇよ」と言ってやろう。
きっと、顔真っ赤になるぞ。けっけっけっ。
「……あくどい顔」
「まぁ、あんまり気にし過ぎるな」
俺がそう言ってやると、エイミーは「ふむ」と顎を摘まんで考え込んだ後で、納得したように一度頷いた。
「そうね。もしまた何か村の周りで悪さをするようなら、その時はあたしが倒してやればいいか」
おいおい。
どこまで増長するんだ、このお嬢ちゃんは?
「あたし、魔導ギルドのトップより強いのよね?」
「んなわけねぇだろ」
スキルも経験も圧倒的に足りてねぇよ。
まぁ、才能だけは人一倍あるけどな。
「もっと勉強して、世界を知れば……どうなるかは分かんねぇけどな」
それにしても、もっとずっと先の話だ。
「…………うん。分かった」
「ん? なんか、やけに物分かりがいいな」
いつものこいつなら「今すぐ冒険に連れていけー!」くらい言いそうだったのに。
「だって…………撫でて、くれてるし」
「ん?」
「なんでもないわよ」
相変わらず不機嫌になるスイッチがよく分からないヤツだ。
けど、ちょっとだけ機嫌がよさそうにも見えるんだよな……気のせいか?
最後に二度、ぽんぽんとエイミーの頭を叩く。
さっさと帰ろう。
「おい、ルゥシール!」
「ひゃいっ!」
スゲェ高音で返事された。なんかファンキーだな、あいつ。
「そろそろ帰るぞ。あぁ、その…………いつまでも、気にしてないでだな……俺が悪いってんなら謝るからさ……」
「い、いえ! ご主人さんが悪いわけでは……っ!?」
蹲っていたルゥシールが勢いよく顔を上げるが、しばらくしゃべったと思ったら急に顔を赤く染め、再び顔を伏せてしまった。
「…………すぐに追いつきますので……先に行っててください…………お願いします……」
もしかしたら、着ているローブに不備でもあるのかもしれんな。
逆に着てるとか? どこか破れてるとか?
俺のいないところで着直したいのかもしれん。
言い出しにくいからああやって言葉を濁しているのだろう。
まぁ、それくらいは察することが出来る『デキる男』なのだよ、俺は。
「分かった。じゃあ、すぐに追いついてこいよ」
「……はい。すみません…………」
まぁ、俺が出て行けば服を着替えて追いかけてくるだろう…………服を、着替えて……
俺は、出口に向いていた体を反転させ、座り込んでいるバスコ・トロイの前にしゃがみ込む。
「な、なんだ……」
「お前に罰を与えるつもりはない。…………が、エイ!」
「おぐっ!?」
バスコ・トロイの眼球に人差し指と中指を突き刺してやった。
「目が!? 私の目がぁぁあぁああああっ!?」
うん、これでよし。
いや、ほら。ルゥシールが着替えるかもしれないだろ?
だったら目は潰すだろう、普通に考えて。
「も、もう……っ、早く帰れ、王子よ!」
「へいへい。後のことは頼んだぞ」
「あぁ、もう! 分かったからっ! 今すぐ私の前からいなくなれっ!」
目を押さえ、頭をぶんぶん振り回し、バスコ・トロイがのたうち回る。
理性を失い、獣のように怒り狂っている。
なんか、こいつイメージ変わったな。
「じゃ、行くかエイミー、フランカ」
「……私は、彼女を待つ」
「ん?」
「……さすがに、あの状態で一人にするのは危険」
「ん~……それもそうか。じゃ、頼むな」
「……了解」
ルゥシールが着替えるとしても、フランカなら大丈夫だろう。
あ、でも待てよ。案外こいつが女の子好きということも……
いや、それよりも!
「フランカ!」
「……なに?」
「お前………………巨乳に恨みとか無いよな?」
「……さっさと出て行け」
うわぁ~、超冷たい目してる~。
魔槍サルグハルバをも凌ぐ冷気だよ、これは。
「じゃあエイミー、行くか」
「うん。さすがに疲れたわ……」
なんだかんだと言って、こいつは大活躍だったからな。
「おんぶでもしてやろうか?」
「い、いらないわよ! 子供じゃあるまいし!」
「じゃあ、お姫様抱っこは?」
「……………………………………うっ、やっぱ、いい……」
「そっか」
まぁ、子供の体力は無限だからな。
歩け歩け、若者よ。
「…………そんなことされたら……倒れちゃうわよ…………違う理由で……」
急に速度を落としたエイミーが背後で何かを呟き、「なんだ?」と振り返るも、「別に!」と返された。うん、いつもの光景だ。
クタクタで、全身傷だらけで、これからこんな地下深くから地上目指して帰らなきゃいけないのかと、ホント嫌になるが…………無事に終わってよかった。
全員生還。
俺の密かなミッションは達成された。
村に帰ったら、自分にご褒美をあげよう。
そんなことを考えながら、俺は戦いの爪痕が残る大きな部屋を後にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
太陽の光が遮られた闇の世界。
明かりを灯すのは、魔力により自然発火する魔草のみ。
魔界の奥深く。
武骨な岩肌を晒す巨大な岩山の山頂付近に、ぽっかりと口を開く洞窟がある。
何の飾り気もないその洞窟の中に、一人の魔神が岩壁にもたれかかるように座り、大量の葡萄酒を飲み、上機嫌に鼻歌を歌っていた。
浴びるように飲んでいるのか、飲むように浴びているのか判断しかねるほどの勢いで酒を呷り、すっかり出来上がっている。
その豪快な飲みっぷりからは想像も出来ないが、『彼女』はとても美しい魔神だった。
雪のように白い肌がほんのりと色付き、大胆にはだけた胸元と相まってえもいわれぬ色香を漂わせている。
大きく張り出したその豊満な胸は、体のラインと均衡が取れた美しい比率で、見る者の視線を独占する魅力に満ちている。
燃えるような真紅の髪は長く、艶めいて、彼女の美しさを一層際立たせる。
「くふふふ……随分と派手に使ってくれたじゃないか」
普段は何の音沙汰もないくせに、必要な時は遠慮なく己の魔法を使う、人間界にいる知り合いを思い浮かべ、彼女は楽しげに笑う。
楽しい気分が、さらに酒を美味くし、さらに飲む量と速度を上げていく。
「今回は相当苦戦したようだね。大方、油断でもしたんだろうが……」
ぐびりっと、豪快に喉を鳴らし、巨大な樽の半分にも及ぶ量の葡萄酒を一気に飲み干す。
「おっと……あいつに限って油断なんてことはあり得ないか」
口元を腕で豪快に拭い「ぷはっ!」と、息を漏らす。
その口が、嬉しくてたまらないとでもいうように弧を描き、満面の笑みを形作る。
「油断出来るほど、普段から頭使ってないだろうからな。ずっと緩みっぱなしの人生に、『気のゆるみ』なんざあるもんかい。くふふ……」
ついには腹を抱えて笑い出す。
「ってことは、何か変化があったんだろうね、あいつの人生に…………そうさね、例えば……」
空になった樽を投げ捨て、彼女は目をきらりと輝かせる。
「……女でも出来たか?」
ゆらゆらと炎を揺らす魔草の火が、彼女の顔を照らし、妖艶な美しさを演出する。
どんな男でも放ってはおけないほどの美しさを持ちながら、彼女は一人で酒を飲んでいた。
いつもそうであるように。
いくら美しくとも、彼女に声をかける者などいない。
そんな命知らずは……一人として。
「ふふん、生意気に色気づきやがったか、あのバカ息子は! くふふっ!」
魔界の天井に大きく描かれた魔法陣を見上げて、魔神ガウルテリオは上機嫌で笑った。
魔法陣がよく見える特等席で、一人酒を飲む。
それがガウルテリオの楽しみであり日課だった。
酒の肴は主に、十数年前、気まぐれで拾い育てたおかしな人間のこと。まるで自分の息子のような感覚を抱いている一人の人間のこと。
そいつが人間界に戻り、今何を思い、何をしているのか。
それを想像するだけで、ガウルテリオは最高の気分になれるのだ。
酒も美味くなる。
ただ一つ……
「女が出来たら、約束通り…………あたしに見せに来いよ。姑として、厳しく審査してやるからね!」
……たまに、ほんの少しだけ、寂しくなることがある。
それだけが、悩みの種だった。
「じゃあ、まっ! 息子の脱童貞に! …………あ、それはないか。あいつ、ヘタレだもんな」
幼き日の『バカ息子』を思い浮かべ、苦笑を漏らす。
そして、心底楽しそうな瞳で魔界の天井を見上げ、魔法陣に向かって新しい酒樽を掲げる。
「バカ息子の初恋に、乾杯っ!」
いつもありがとうございます。
とまとです。
◇まとめのような補足のようなもの◇
無詠唱で魔法が使えるご主人さん(マーヴィンって名前なの、覚えている人いますかね?)ですが、
彼が唯一【詠唱】を必要とされる相手、
それが魔神ガウルテリオなんです。
ブレンドレル城を破壊したのも、
ルゥシールの傷を治したのも、
カラヒラゾンを消滅させたのも、
みんなガウルテリオの魔法です。
ご主人さんの使える最高の魔法です。
ちなみに、ガウルテリオはルゥシールといい勝負の巨乳です。
ご主人さんが唯一反応を示さない貴重な巨乳なんです。
だって、お袋の乳ですし……
というわけで、
次回、もう一話別視点の話を挟んでから村に帰ります。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
とまと




