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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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40話 撃破!

 暗黒の靄が晴れると、そこにドラゴンがいた。

 漆黒の鱗に覆われた体は見上げるほどにデカく、頭が天井に触れそうなことからも体高は5メートル近くあるだろう。全長は、目測だが、15メートルくらいだろうか。

 前足を地に着けた状態でこのデカさである。

 直立すればこの部屋には収まらないだろう。

 鋭い牙と、頭部に生える一対の立派な漆黒の角。

 全身が闇のように黒いダークドラゴンだが、瞳は真紅でまるで燃えているかのように見える。


 これが、ルゥシール。


 以前、グレンガルムの丘で会った時よりも、ずっと凛々しい姿だ。

 その時は全身が傷だらけで、瀕死の状態だったからな。

 面影が残っているところと言えば、赤い瞳と、両方の角の先っぽにくっついている花の髪飾りくらいか。ポニーテールを結んでいた二つの髪飾りが、今は左右の角の先端付近で花を揺らしている。


 グゥァ……


 小さく鳴いて、ダークドラゴンがこちらを見る。

 真っ赤な瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。


 俺もその燃える瞳を見返し、しばし見つめ合う。


 とても、アホ面を晒していたあのルゥシールとは思えない、邪悪にも見える恐ろしい顔つきだ。本物の獣の目をしている。


 と、見つめること数秒。

 ふいにダークドラゴンはもじもじとし始め、ついには「にゃっ!」と鳴き声を上げて両手で顔を覆い隠した。


 ……あ、間違いなくルゥシールだわ。

 ドラゴンの姿になってもアホ満載だ。


 黒い鱗がほんのりと、微か~に桃色に染まる。

 顔を隠したダークドラゴンは、照れ照れマックスとでも言いたげな態度で、くねくねと体をよじり「いやんいやん」と、身悶えている。

 ただ、とにかくデカいから、「いやん」の度に壁やら天井やらに激突してはひび割れを起こさせ、時に粉砕し、周りに被害をまき散らしていく。


「分かった! 分かったから、ルゥシール! もう暴れるな!」

「にょ?」


 ダークドラゴンの口から「にょ」はないだろ、「にょ」は。


「照れるのは後だ。今はそれどころじゃない」


 俺が説得を試みると、ルゥシールは分かりやすくしょんぼりと肩を落とした。


「い、いや! 俺も恥ずかしいぞ? けどな? 今は、ほら、カラヒラゾンを倒さないといけないだろ?」


 必死に言い聞かせると、ルゥシールはこくこくと頷いて見せる。

 ……分かってくれたか。


 と、思ったら、突然ルゥシールの顔が接近してきて、頭を俺の体にこすりつけ始めた。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!

 デカい頭がゴリゴリと俺の体を削る。角や鱗が容赦なく俺の体を切りつける。しっかり守るためか、頭部の鱗はところどころ尖って棘のようになっているのでなおさら痛い。


 あれ、ルゥシール怒ってるの?


 ゴリゴリをやめた後、ルゥシールが俺の顔を覗き込んでくる。

 俺を見つめる目は柔らかく弧を描き、微かに潤んでいた。


 あれ、怒ってないの?


「とりあえずデリックを助けてやってくれ」

「くあぁ!」


 返事なのか、さっきの咆哮とは似ても似つかない可愛らしい声で鳴くと、ルゥシールは首を持ち上げ、デリックが必死に押さえ込んでいたカラヒラゾンに前足……腕を突きつける。

 そして、スナップを利かせて勢いよく弾き飛ばした。


 吹き飛んでいくカラヒラゾン。

 パワーが桁違いだな!?

 流石ドラゴン!


「くぁっ!」


 物凄いドヤ顔でこちらにVサインを向けるルゥシール。

 俺、ドラゴンのVサイン初めて見たよ。あとドヤ顔も。


「デリック!」


 ジェナが慌ててデリックのもとへと駆け寄る。

 目に涙を浮かべ、腕に赤い傷跡が出来ていた。デリックが一人で頑張っているのを後ろで見ていることしか出来ない自分がもどかしかったのだろう。とても我慢した跡がくっきりと腕に残っていた。


「……ジェナは、よく耐えた」


 フランカが俺の隣に来て呟く。

 まぁ、一緒に行っても邪魔になるだけだしな。


「……魔法が使えないのが、こんなにもどかしいと思ったのは初めて」


 フランカも、唇を噛む。

 後方からデリックに回復魔法をかけ続けていたのだろう。フランカの魔力はまたすっからかんになっていた。


「あたしも……もう、だめ……」


 エイミーが床に寝そべっている。

 矢に魔力を纏わせて威力を上げていたために、魔力が尽きたのだろう。


 どちらも、意識を失わない最低ラインの魔力しか残していない。

 ゼロではないけれど、空っぽと言っていいレベルだ。


「……ごめんなさい、【搾乳】。……デリックを」

「分かってる。任せとけ」


 前方で倒れるデリックが心配なのだろう。

 フランカが俺に頭を下げる。

 そんなことされんでも、助けに行くって。


 一度ルゥシールと視線を合わせ、俺はデリックのもとへと駆け寄る。

 俺が走り出すと、ルゥシールはカラヒラゾンへと意識を向け、警戒し始める。


 ルゥシール監視のもと、俺はデリックを抱え上げ、フランカたちの元まで運んでやった。


 そこへ、氷で出来た槍が飛んでくる。


「やっぱ、まだ生きてるか!」


 デリックを抱えたままミスリルソードを抜き、多少無理な体勢ではあるが、飛来する氷の槍を叩き落とす。

 こいつも、魔力の核がないただの氷だ。

 デリックの投石みたいなもので、魔力の宿らないものを投げつけているようなものだ。

 魔力が吸収出来ない上に、触るとダメージを受ける。

 避けるか『いなす』のが一番だ。


 で、いなした。


「ふん、甘いな。この程度の攻撃………………んふゎぁああああっ!?」


 勝ち誇って振り返ると、物すっごい沢山氷の槍が飛んできていた。

 こんな大量にいなせるか!


「仕方ない、ここはデリックを見捨てて!」

「させるか、ボケェ!」


 デリックが俺の首にがっちりと腕を絡める。

 くっそ、離れない! 瀕死のくせになんて力だ!?


「ジェナ! テメェだけでも逃げろ!」

「でも!?」

「じゃあ、代わりに俺が!」

「お前は俺を連れて逃げるんだよ!」


 ギャーギャーと騒ぐ間にも氷の槍は急接近してきて…………無理、当たる!


 キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!


 目の前に黒い壁がスライドしてくる。

 引き戸か!?

 いや、ルゥシールだ!


 ルゥシールは強固な漆黒の鱗で氷の槍をことごとく受け止める。

 そして、大きく息を吸い込むともう一度、盛大に咆哮した。


 キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!


 ビリビリと空気が振動する。

 声までもが武器になりそうな勢いだ。


 今のうちに、デリックたちを安全な場所へ避難させなければ。


「ルゥシール! すまんが頼む!」


 俺が声をかけると、ルゥシールは首を回して視線だけでこちらを見ると、


「くぁっ!」


 と、可愛らしく鳴いた。


 直後に、凄まじい衝突音が鳴り響く。

 カラヒラゾンが高速で前進し、ルゥシールに体当たりをしたのだ。

 硬い殻を腹にぶつけられ、ルゥシールが苦悶の声を上げる。


「にょ~ん……っ!」


 なんか可愛らしいな、苦悶の声!?

 大丈夫なのか!?


 不安になりしばらく様子を窺う。

 攻撃こそ許したものの、体格差は埋めようもなく、そこから先はルゥシールの独壇場だった。

 ルゥシールはカラヒラゾンを掴み上げると、高いところから地面へ叩きつける。


 カラヒラゾンは激突の直前、殻の中に体を仕舞い込む。

 岩石が破砕する音が響き、カラヒラゾンが地面へ埋まる。

 ちょっとしたクレーターが出来ているが、カラヒラゾンはそれでもダメージを受けていないようだ。

 再び殻からぬらぬらと照り輝く体を突き出してくる。


 キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!


 一声吠えて、ルゥシールがカラヒラゾンに襲い掛かる。

 鋭い爪を何度も振り下ろし、時には咥え、叩きつけ、尻尾で弾き飛ばし、追いかけてはまた爪で切り裂く。


 広い部屋も、ルゥシールが暴れるには狭過ぎる。あちらこちらで壁や床が崩れていく。


「この部屋、そのうち壊れるな……」


 下手したら生き埋めになるかもしれない。

 俺は、デリックを部屋の外に運び出すことにし、フランカやジェナ、エイミーたちにもついてくるように促した。


 戦うルゥシールを残し、魔法陣の部屋を後にする。

 平らな床を選んでデリックを寝かせる。

 フランカとエイミーも、魔力不足が効いているのか、即座に床に座り込む。

 ジェナだけは、心配そうにデリックの顔を覗き込んでいた。


「すまねぇな。……さすがに、体に力が入らねぇんだ」


 気持ち悪いことに、デリックがそんな殊勝なことを口にする。

 見ると、デリックの腕には無数の筋が走っていた。筋肉が裂傷したのか、皮膚がボロボロに張り裂けていた。あちらこちらで内出血もしているようだ。

 膝ががくがくと震えている。

 服を着ているために確認は出来ないが、足も、それから胴体も……とにかく、体全体に深刻なダメージを負っているようだ。


「フランカ、回復魔法は使えるか?」

「……まだ、少し時間が…………いいえ、やれるわ」


 フランカが立ち上がろうとするが、足がふらつきうまく立てない。


「いいから座ってろ。無理すんじゃぇよ、フランカ」


 デリックが、そんなフランカに声をかける。

 痛みを我慢しているのか、額には脂汗が浮かんでいる。


「それに、自分でも分かるんだよ…………この傷は、ちょっとやそっとの魔法じゃ治せねぇ」


 そう言って腕を持ち上げようとするデリックだが、微かに肩が震えただけで、結局腕は持ち上がらなかった。


「今は、自分のことを考えてろ。全員一緒に生き埋めになることもねぇからな」


 最悪の場合を想定しているのだろう。

 戦いが激化すれば、やがてこの地下の部屋は瓦解する。

 そうなれば、俺たちになすすべなどないだろう。

 ただ逃げるしか選択肢はない。


 その選択肢すら取れない状態にあるのだ、みんな。


「ま、俺がここまで頑張って時間を稼いでやったんだ。後は【搾乳】が何とかしてくれらぁ」


 軽い口調で言い、デリックが俺を見上げてくる。

 とても真剣な眼差しで。


「だろ? 【搾乳】」


 それは確認や質問ではなく、ましてやお願いや希望でもなく、俺に下された命令だ。

 それは、俺が必ず成し遂げなければいけないことだ。

 そう、デリックは瞳で訴えかけてきていた。


「あぁ。ちょちょいのぷるるんと片付けてきてやるよ」


 俺は、一人戦うルゥシールのもとへと向かう。

 あいつ一人に任せっぱなしには出来ないからな。


 俺は駆け出し、ダークドラゴンと巨大カタツムリが激突する室内へと戻る。

 そんな俺の背後に、廊下に残った連中、全員の声が飛んできた。


「「「「『ちょちょいの』の後は『ちょい』だよっ!」」」」


 ……細かい奴らだ。


 部屋に駆け込むと、凄惨な光景が広がっていた。……ここは廃墟か?

 床はめくれ、壁には大穴があき、天井は半分近くが崩れ落ちていた。


 ぅおうっ!?

 バスコ・トロイがめくれ上がった床の亀裂の隙間に!?

 …………ま、いっか。

 亀裂に挟まってた方が安全かもしれないし。

 他の魔導士はゲル状の物体に飲み込まれたままか……生きてるのかね?


 そこら辺は全部、あいつに勝てたら確認してやるよ。


 石造りの頑丈そうなこの部屋を破壊し尽くすほどの、ルゥシールの強烈な攻撃を何発も食らいながら、いまだ平然としているあの煩わしいカタツムリ、カラヒラゾンを倒したらな。


「ルゥシール!」

「ぐぁ……」


 俺の呼びかけに、ルゥシールは首だけで振り返り、なんだか泣きそうな目で情けない鳴き声を漏らした。


 グーロと戦っていた時に泣き言を漏らしていた姿に重なるものがあるな。

 分かる分かる。

 硬いんだろ?

 硬くて、攻撃してる自分の方が攻撃されてるような気がするんだよな?

 分かるから、泣くな。


「ルゥシール。お前、何か魔法は使えないのか? ドラゴンの特殊能力的な」


 打撃斬撃がダメなら魔法しかないだろう。

 しかし、俺の問いかけに、ルゥシールは一瞬表情を曇らせる。

 表情の読みにくいドラゴンの姿だが、今のはハッキリと分かった。

 あの顔は戸惑いの表情だ。


 ルゥシールは、魔法を使うことを躊躇っている?


「ルゥシール、お前……」


 何か、俺に言っていない悩みを抱えているんじゃないのか?

 そんなことを聞こうとしたのだが、それよりも早くルゥシールは「ぐぁ!」と短く鳴いて、カラヒラゾンへと向き直ってしまった。

 タイミングを逸した俺は、声をかけることなく、ルゥシールの後ろ姿を見守ることにした。


 ルゥシールが両腕を広げ、上体を起こす。


 天井が崩落したおかげで、体の大きなルゥシールが二本足で立ち上がれるだけのスペースが誕生していた。

 ……ホントにデカい。

 ルゥシール、お前…………規格外にデカいのは胸だけじゃなかったんだな……


 立ち上がり、両腕を広げたルゥシールは大きく息を吸い込む。

 胸が膨らみ、首が徐々に後ろへと反っていく。

 胸の膨らみがピークに達したところでピタリと息を止め、次の瞬間、ルゥシールの――ダークドラゴンの口から漆黒のブレスが吐き出された。


 世界を塗り潰していくかのような黒いブレスがカラヒラゾンを飲み込む。全身をまるごと包み込まれたカラヒラゾン。高温なのか、それとももっと違う力によるものなのか、漆黒のブレスが触れた天井や床が溶け出す。

 圧倒的な出力をもって敵を蹂躙する漆黒のブレス。


 しかし、闇が晴れた時、そこには無傷のカラヒラゾンが悠然と立っていた。


 ……こいつ、マジで無敵かよ。


 今のブレスで、ルゥシールはきっと相当量の魔力を使ったはず………………ん?


「……うそだろ?」


 俺はルゥシールを見上げ、そしてあることに気が付いて驚愕する。


 あれだけの威力を持つブレスを吐いたというのに……

 ドラゴンのブレスはもちろん魔力を消費して発せられる特殊能力だ。

 にもかかわらず…………ルゥシールの魔力量が増大している。


「お前……何をした?」

「…………ぐぁ」


 ルゥシールが気まずそうな顔で、ちらりとこちらに視線を向ける。


「お前のブレス……相手の魔力を吸い取るのか?」


 俺の問いに、ルゥシールは…………こくりと頷く。

 そして、寂しそうな瞳で俺を見つめる。

 完全にこちらを向くことなく、視線だけで俺を見つめている。


 その眼……

 それはもしかして…………


 憐れんでんのか?


 つまりあれか?


『ご主人さん唯一のアイデンティティである【魔力吸収】を、実はわたしも出来るんですよねぇ。しかも、ご主人さんよりも広範囲にわたって、触れることなく、制限もなく。さっくり言って上位互換ですかね? いやぁ、傷付いちゃうかと思って言い出せなかったんですよねぇ、いや~めんごめんご』


 ――ってことか!?


 ふざけんなよ!  

 ベ、別に、全然っ、悔しくねーし!

 気とか遣われると、むしろ逆にアレだし!

 えぇい、その憐れんだ眼をやめろ!

 そんな眼で俺を見るな!


「ルゥシール」

「…………ぐ、ぁ……」


 怒られるとでも思っているのか、ルゥシールはびくびくとした態度を見せる。


「お前は細かいことを気にし過ぎだ。まさか、そんなことで俺がお前にどうこう言うだなんて思ってないよな? 言わねぇぞ、俺は。俺はな、お前の主人だ、主だ。分かるか? つまり、お前が何をしようが、どんな力を秘めていようが、そんなもん、全部許容出来るだけの器を持っているということだ。だから、お前の考えていることなど、一考の価値もない些末なことなんだと、それだけは覚えておけ」


 俺は大人の態度で言ってやる。

 そうだよ。

 俺はお前のご主人さんじゃねぇか。

 つまりな。


 お前の物は俺の物!


 そのチート級の反則技だって、大きな目で見れば俺の力なのだ!

 なぜなら、俺がお前に命じればその力を自在に行使出来るからだ!

 剣士単体では何も斬れない。斬るのは鋭利な刃物だ。

 では偉いのは刃物か?

 いいや違う。それを扱う剣士こそが偉いのだ。刃物は使われてこそその威力を発揮するのだ。

 つまりルゥシールがどんなに凄い力を持っていたとしたってそれを自在に操ることが出来る俺こそが最も凄いのだぁー!


 というわけで、全然悔しくないので!

 全っっっ然、悔しくありませんので!


「つまり! 俺とお前の関係は、こんなことでは一切! 全然! まったくもって変わることなどないのだ! 分かったか!?」


 俺の堂々たる宣言を聞き、ルゥシールは最初ぽかんとしていたが、やがて真紅の瞳を潤ませて、ゆっくりと頷いた。


「ぐぁ…………ぐあぁ……」


 うん。

 何を言っているのかは全然分かんないけど、きっと感動して泣いているのだろう。

 俺の、あまりの偉大さにな。わははは!

 ちなみに、マジで、全然悔しくないから。


「それが分かれば、ルゥシール! 遠慮することはねぇ! あの硬くてムカつくカタツムリの魔力を根こそぎ奪ってしまえ! そして、奪った魔力をちょっと分けてくれ」


 ルゥシールが魔力を奪っている間は、きっと魔槍による対魔法障壁も無力化されるだろう。

 そこに、俺の取って置きの魔法を叩き込む。

 これで勝てる!

 これで勝てぇーる!


 そして、いつの世も、敵のボスを倒した奴が一番偉い!


 そう!

 俺こそがこの戦いのヒーローだ!

 まさに主人公!

 世界は、俺のために回っている!


「ぐぁあ!」

「え? ぅぉおっ!? ちょい待て!」


 勝利を確信してグッと拳を握りしめていた俺の襟首を、ルゥシールが器用に咥えて、俺を自身の背中へと誘う。

 ダークドラゴンの背に乗っちゃったよ。


 そこはとても高く、すべてを見下ろせるような気分にさせてくれる。

 ここが遺跡の中ではなく、小高い山の頂上などであれば、きっと最高の見晴らしだろう。


「うん。いい場所だ。俺の特等席にしよう」


 何気に言った俺の言葉に、ルゥシールは「にょっ!?」と奇妙な声を漏らし、頬を真っ赤に染めた。

 おいおい、レッドドラゴンになっちゃうぞ。

 ちゃんとダークドラゴンでいてくれよ。

 お前の奪い取る魔力をあてにしてるんだから。


「じゃあいくぞ、ルゥシール!」

「ぐぁっ!」

「二人で一緒に、カラヒラゾンを倒すぞ!」


 キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!


 耳元で咆哮され、ちょっと耳がキーンとする。

 けど、頼もしい声だ。


 盛大に咆哮した後、ルゥシールが俺に視線を送ってくる。

 その視線は、ルゥシールの首元、背中と首の境目付近を指し示していた。

 その場所をよく見ると、他とは質感の違う鱗がひとつだけあった。

 大きさは俺の顔くらいで、他と比較しても美しい光沢を放っている。他の鱗が鋼のような硬さを持っているのに比べ、その鱗は、若干だが、柔らかそうにも見える。


 そして、目を凝らしてよく見ると、その場所に魔力が集中していた。


 なるほど。

 ここがドラゴンの持つ魔力の溜まり場。

 魔力伝導率の高い場所なのだろう。


「分かったよ、ルゥシール。お前の集めた魔力をここから吸収すればいいんだな」

「ぐゎぅ……」


 こくりと頷くルゥシールは、なぜだか顔を真っ赤に染めていた、首の付け根辺りまでが赤く染まり、他の場所よりも高い熱を帯びている。

 ……なんだよ、その反応?


 尋ねようかと思ったが、話を打ち切るようにルゥシールが向こうを向いてしまった。

 そして、深呼吸を始める。

 やめろやめろやめろ!

 俺が乗ってるんだから! 肩を激しく上下させるんじゃないよ!


「ぐぅ……ゎ」


 そして、再びのチラ見。

 なんだよ?

 先に触っとけってことか?

 魔力たまってからでいいだろうが。

 先なのか?

 ……分かったよ。


 俺は、ルゥシールに見つめられながら、そのひとつだけ質感の違う鱗にそっと手を触れる。


「きゃぅんっ!?」

「なんだよ!?」


 ルゥシールが変な声を出すから、思わず手を引っ込めてしまった。


「ぐゎ! ぐゎ!」


 慌てた様子でルゥシールが何かを言っている。……が、さっぱり分からない。

 人間に戻ったら何言ってたのか聞かなきゃな。


 それから、またルゥシールがじっと見つめるものだから、俺は先ほどよりもそっと、デリケートなものを触るような繊細なタッチで、その鱗に触れる。


「……ふにゃあ…………」


 ……なんだろう。もしかしてあれかな?

 ここの鱗を触る度に、変な声が鳴るって仕様なのかな?


「ぐ、ぎゅわ、ぎゅぅわっ……」


 何か言ってるが、分からん。

 とりあえず、ルゥシールの顔が真っ赤だ。

 ダークドラゴンだってことを疑いたくなるほどの赤だ。


 妙にそわそわしながら、ルゥシールは前を向き、また深呼吸をする。

 だから! 俺、乗ってるから!


 そして、大きく息を吸ったかと思うと…………


 キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!


 凄まじい勢いで漆黒のブレスを吐き出した。

 随分と高いところにいたから気が付かなかったけれど、俺たちがこうやって話していた間も、カラヒラゾンは吹雪を吐き続けていたらしい。……気付けなくて、ごめん。


「……うっ!?」


 油断していて、息が詰まりそうになった。

 ルゥシールの、ひとつだけ質感の違う鱗に触れた手から、夥しい魔力が流れ込んできた。

 流れ込むというより、細い管に無理矢理デカイ塊を押し込まれるような感覚に近いかもしれない。

 この特殊な鱗の魔力伝導率が異常に高いのか、それとも、ルゥシールが奪っている魔力がケタ違いなのか……


 漆黒のブレスの中で、カラヒラゾンが懸命に吹雪を吐き続けているようで、時折冷たい風が吹き上げてくる。

 しかし、それもこれも、すべてをルゥシールのブレスが飲み込んでいく。

 その度に、俺の体に魔力が押し込まれていく。


 つまり、ルゥシールのブレスが魔力を吸収しているのだ。


 ……そろそろ、きつくなってきたな。


「…………くっ!」

「ぐぁっ!?」

「……大丈夫、だ……続けろ、ルゥシール」

「………………くぁ」


 これだけの魔力を体内に納めたのは初めてだ。

 たまらず声が漏れた。

 ルゥシールが心配そうにこちらを窺うが、続けさせる。


 カラヒラゾンの……いや、魔槍サルグハルバの魔力をすべて吸い尽くすのだ。


 クソ先祖、マウリーリオが石碑に記していた。

『永久不滅の魔力も、魔神共に渡ればその魔力を吸い尽くされちまうからな』と。

 永久不滅なのに吸い尽くされるとはどういうことか。

 これは俺の想像でしかないが、マウリーリオの作った神器にはある魔法がかけられているのだと予想される。それはとても簡単な発想でありながら実現が不可能に近いもの。


 永久機関だ。


 つまり、魔力を使って魔力を回復する魔法がかけられているのだと思われる。

 どんなに魔力を使っても、自動で魔力を回復してくれるのならば、それは永久不滅だ。

 しかし、魔力を回復するために必要な魔力までもを吸い取られると、吸い尽くされたことになる。そして、二度と元には戻らない、ただの槍へ成り下がってしまうのだ。


 よくもまぁ、そんなものを作り上げたと思う。

 魔力を回復する魔法と呼称しているが、マウリーリオは魔法が使えなかった。

 マウリーリオが使ったのは魔法ではない、もっと別の技術なのだろう。

 それがなんなのかは、俺には分からん。分からんが、その凄さは実感した。


 そして、その凄い神器をダメにしてしまう魔神の凄さもな。


 純人間界産の唯一の魔神。ドラゴン。

 こいつらは魔神に匹敵するレベルなのだ。

 一端の魔族など、相手になるわけがない。


 たとえ、マウリーリオの生み出した反則級の神器を使っていたとしても。


 ギィアッ、ギィアッ! ギィイイアアアアアッ!


 カラヒラゾンが奇声を上げ始める。

 いくら抵抗しても振り払えない漆黒のブレスに業を煮やしたのか。

 それとも、逃れられない死の感覚に恐怖したのか。


 カラヒラゾンは取り乱し、出鱈目に魔力を放出し続ける。

 暴れ回り、もがき、何とか逃れようと足掻く。


 しかし、まとわりつく漆黒のブレスからは逃れられず……


 ついには魔力が尽きた。


 ルゥシールを通って流れ込んできていた魔力の供給が完全に停止した。

 途端に、ルゥシールがガクンと膝をつく。


 そうか。俺はルゥシールの魔力も一緒に根こそぎ奪い取っているのか。

 ルゥシールの体から吸収しているのだから、当然か。


「もういいぞ、ルゥシール。よくやった」


 地面へ横たわるルゥシールの頭を撫でてやると、ルゥシールが眼を細めて「にゃあ」と鳴いた。


 俺はルゥシールの背から降り、怒り狂うカラヒラゾンの眼前に立ちふさがる。

 横たわったダークドラゴンに攻撃を加えようとしていたカタツムリは、不意に現れた俺へと殺意を向ける。


 もういいだろう。

 随分好き勝手暴れてくれやがって。

 おかげでこっちはクタクタだ。


 もう、休めよ。俺たちも、休ませてもらうからよ。


「ラストに、取って置きをお見舞いしてやるぜ!」


 俺は両手を前へと突き出し、魔法陣を展開させる。

 俺の目の前に直径1メートル程度の魔法陣が、その1メートルほど向こうに直径5メートル超の巨大な魔法陣、そのすぐ向こうに手のひらサイズの魔法陣が一斉に展開する。


 カラヒラゾンの魔力は尽きた。

 とはいえ、こいつの防御力の高さは天性のものだ。

 油断なく、遠慮なく、最大級の魔法をもって撃退してやる。


「一日に何度も使ったから、きっと文句言ってんだろうなぁ……」


 俺は、俺が唯一詠唱を行なわないと魔法を行使出来ない気難しい魔神の顔を思い浮かべる。

 面倒くさがりやで、大雑把で、ガサツで、デリカシーがなく、平気で死にかけるようなイタズラを仕掛けてくる困った魔神の顔を。

 そのくせ、妙に心配性で、面倒見がいい、お人好しの魔神の顔を。


「 ―― 一番強いヤツを 最大出力で 頼む …… 」


 俺流の詠唱を終え、ふと思い立って、もう一言付け加える。


「 …… そのうち、顔を見せに行くよ ―― 」


 途端に、俺の体内に押し込められていた甚大な量の魔力が一瞬で消失する。

 丸呑みにされた、そんな感触がした。

 そして、失われた魔力は、目の前の魔法陣に集結し、魔法陣から特大の火柱を床と水平に噴出させる。

 轟々とうなりをあげ、空気を焼き尽くすような灼熱の、黒い炎――魔界の炎だ。


 噴き出された黒い火柱は次の魔法陣を経由し、その太さを直径5メートル超へと拡大させる、

 そして、巨大に膨れ上がった黒い火柱は、すぐ目の前にある小さな魔法陣に吸い込まれるように集約され、拳大の大きさへと圧縮される。


 圧縮された魔界の炎は、黒から黄金へとその色を変え、時折、血飛沫のように赤い炎をまき散らす。



 ギ、ギィ、ギシャァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアッ!!


 黄金色の炎がカラヒラゾンの体を貫く。

 その直後に、カラヒラゾンは激しい業火に包まれた。

 生贄に群がる亡者のように、ゆらゆらと踊るように、捕らえた獲物を完膚なきまでに焼き尽くす。

 地獄の業火すら生温い。

 魔界の炎は、容赦がない。


 炎の発生、増幅、圧縮。

 その先に生まれる破壊力は、『絶望』という言葉ですら生温い、絶対的な破滅をもたらす。


 カサカサと、乾いた音がしたかと思うと、炎に包まれていたカラヒラゾンの体が蒸発した。

 炭化し、崩壊し、砂となり、塵となって、やがて掻き消えるようにして、その姿はこの世界から完全に消失した。


「こんな魔法、反則だけど……お前も神器でブーストしてたんだから、おあいこだよな?」


 安堵と共に力が抜け、俺はその場に尻もちをつく。


 はぁ………………………………勝った。


「勝ったぞぉ、こんちきしょうー!」


 思わず雄叫んだ。

 いいだろう、これくらい。

 苦労したんだから


 結局、魔槍サルグハルバは失われてしまったが……まぁ、クソ先祖の遺言もあるし、いいか。

 召喚を行う施設がここまで破壊されてしまっては、バスコ・トロイの目論見もとん挫することだろう。

 そして、召喚によって現れた厄介な魔物も撃退した。

 これで、オルミクル村近辺で異常に高まっていた魔力濃度も元通りになるだろう。


 俺の目的だけ果たされなかったわけだが、結果オーライ。めでたしめでたしだ。


「ご主人さん」


 不意に、背後からルゥシールの声が聞こえてきた。

 魔力を使い果たして、人間の姿に戻ったのだろう。

 いや、戻ったというべきなのか?

 とにかく、よく見知った、あのルゥシールの姿になっているはずだ。


 そして、また楔によって魔力を封じられていることだろう。


 けれど、今回と同じ方法を取れば、いつだってルゥシールはダークドラゴンの姿に変身出来るのだ。

 今回と同じ方法を………………………………ま、まぁ、そう頻繁には無理かも知れないけどな。主に、俺の心臓への負荷的な問題で。

 ………………お、俺、なんか、凄いことしたんだよな?

 うぁあああああ…………今更ドキドキしてきたっ!?


「やりましたね。あの硬いカタツムリが完全に消失してしまうなんて。流石ご主人さんです!」

「あ、あぁっ! ま、まぁねっ! 流石だしね! 俺だしね!」



 いかんいかんいかん。

 声がひっくり返っている。

 落ち着け! 落ち着けって、俺!


 背後にルゥシールの気配を感じる。

 しかし振り向くことが出来ない。

 だってよ、どんな顔すればいいんだよ。

 絶対見るぞ。

 俺、絶対胸元に視線行く自信がある。

 視線が行ったまま帰ってこなくなる自信が!


 いやいや。

 まてまて。

 別に悪いことをしたわけではないじゃないか。

 何を気にする必要がある。

 ルゥシールの声色を聞いてみろ。

 普段通りだ。

 何も変わらない。

 だから、俺も普段通り、「おつかれさん」とか言って労をねぎらってやればいいのだ。

 何も難しいことじゃない。


 よし、いくぞ。

 普段通り。

 普段通りだ。


「よぉ、ルゥシール。お疲れさぁぁああああああっ!?」


 ルゥシールが、肌色だ。

 肌色一色だ。


 えっ!?

 なに!?

 ルゥシール全然普通じゃないじゃん!?

 なにこのサービス!?


 えっ、えっ!?

 俺って、もうそこまでの領域に達したの!?

 俺のしたことって、そこまでのことだったの!?

 ここまでの肌色は、「プレゼントはわ・た・し」の時くらいしか出会えないもんじゃないのか!?


 俺、普通でいちゃダメだったのかも!?


「え? ご主人さん、一体どうしたんでぇぇぇぇぇぇえええええええええええっ!?」


 俺の表情を見て、ルゥシールは一瞬何が起こったか分からなかったようだが、自身の格好を見て、事の重大さに気が付いたようだ。


 肌色なのだ。


 ルゥシールは、とても巨大なダークドラゴンへと変身した。

 となれば、当然、服なんかは破れてしまう。

 そして、その状態で人間の姿に戻ると……こうなる。


 そう。所謂ひとつの……



 素っ裸だ。



「にゃぁあああっ! 見ないでください!」


 ルゥシールは胸を両手で隠し、こちらに背中を向けてしゃがみ込む。

 が、そんな姿すらもご褒美だ!

 ホント、どうも、ありがとうございますっ!


 これは、誰がなんと言おうと、網膜に、そして脳みそに、刻み込まねばっ!


「……アシノウラ」

「……【搾乳】」


 ぽん。と、俺の両肩に二つの手が置かれる。

 振り返ると、そこにはエイミーとフランカがいて……


「「えいっ」」


 二人同時に、俺の眼球に人差し指を突っ込んできた。


「ぬゎあああああああっ! 目が!? 俺の目がぁぁあぁああああっ!?」


 物凄く痛い!

 この遺跡に入ってから今までで一番痛い!


「……このローブを着て」

「あぅ……すみません、フランカさん」


 あぁ、俺の見ていないところでフランカが余計なことをしているっぽい!


「あんたねぇ! ルゥシール泣かせてどうすんのよ!?」


 エイミーが俺の隣で怒っているが、それは俺のせいじゃないと思う。


「ホンットあんたは、ろくなことしないわよね」


 ちょっと待って!?

 俺、めっちゃ活躍したよね!?

 スゲェ厄介な魔物にとどめさしたよね!?

 その他にも、トラップからみんなを守ってきたよね!?


「これまでの功績が、素っ裸を見ただけでチャラになるというのか!?」

「なるわよ」

「じゃあ、真っ裸だったら!?」

「……一緒」

「すっぽんぽんっ!」

「ご主人さんっ! もうやめてください!」


 おのれ……

 こんな仕打ち……

 功績がチャラになるなんて…………どうせチャラになるなら…………いや、むしろチャラになってもいいから……


「もうチャラでいいからすっぽんぽんを見せてください!」


 俺の魂の叫びが響き渡り、その直後、腹部に激しい痛みを感じた。

 誰の、どんな攻撃かは分からない。ケリなのか、拳なのか、魔法なのか……

 とにかく、いい一撃だった。


 俺はゆっくりと倒れ、床に沈んだ。


 魔物には勝ったのに、俺、気絶します。


 あ、ちなみに。

 すご~く遠くの方から、「ぬわぁぁああっ! 俺の目がぁああっ!」とか聞こえてきたので、おそらくデリックもジェナに目潰しを食らったのだろう。

 うんうん。

 デリックは見るな。



 そんなこんなで、とりあえず、古の遺跡攻略完了! …………で、いいのかな?









ご来訪ありがとうございます。


ようやく、『古の遺跡』攻略完了です。

ここからはぼちぼちと事後処理をして、次の目的地を目指したいと思います。



まさか、最初の遺跡で40話も使うとは…………



ちなみに、敵味方含めて死者はカラヒラゾンのみです。

今後も人間はなるべく死なない方向で行きたいと思います。


魔物は狩りますが。


もし、ここでバスコ・トロイが絶命していたら、

彼の死因は


『M字開脚』


もしくは、


『乳、揉まれ死に』


になっていたことでしょう。


生きててよかったね。

生きてるって素晴らしい。


人間は、『M字開脚』や『オッサンの乳揉み』からも教訓を学べる尊い生き物なんですね。

凄いです、人類!




と、いうわけで、

この後また村に帰ります。

村で片付けなければいけないことがまだありますので。


よろしければ、またご笑覧くださいますよう、

心よりお願い申し上げます。



とまと

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