39話 ついに、俺は……っ!
ルゥシールをジッと見つめていたカラヒラゾンは、おもむろに首を仰け反らせる。
そして、勢いよく半透明のドロッとした、ゲル状のものを吐き出した。
ゲル状の物体が不気味に波打ちルゥシールに向かって射出される。
先ほど、魔導ギルドの魔導士たちを飲み込んだ、魔力を吸収するための物体だ。
「まずいっ! 逃げろ、ルゥシール!」
と、言い終わる頃には、ルゥシールは完全にそのゲルに飲み込まれていた。
「ふにゃっ!?」
咄嗟に回避しようとしたのか、ルゥシールは後方にジャンプを試みた。
しかし、ゲル状の物体の到達の方がわずかに早く、ルゥシールの回避行動は失敗に終わった。
ただ、回避行動が功を奏して、全身をゲル塗れにされることだけは避けられた。腰から下は飲み込まれたが、上半身はゲルの被害を免れている。
「な、なんですか、これは!? なんだかとっても気持ち悪いですよぉ!?」
必死に逃れようと、体をよじり、もがき、暴れるルゥシール。しかし、見た目にはぷるんぷるんのくせに、そのゲル状の物体は強固な粘り気をもっているようで、ルゥシールの体は囚われたまま抜け出すことが出来ずにいた。
ただ闇雲に――そう、ひたすらに――ルゥシールの胸がぷるんぷるん暴れ狂うのみだった。
「いいな、このオブジェ」
「オブジェじゃないですよ!?」
寝室に一つ欲しいところだ。
毎朝、決まった時間になるとぷるんぷるんさせながら起こしてくれるのだ。
すっげぇ欲しい!
「バカなこと考えてないで助けなさいよ!」
声がした方に振り返ると、エイミーが俺に向かって弓を構えていた。
そして、矢が放たれる。
「ぅおいっ!?」
放たれた矢は真紅の魔力を纏って俺の頬をかすめて高速で通り過ぎていく。
そして、その向こうにいたカラヒラゾンの甲羅に直撃して「キィン!」という甲高い音を鳴らす。
「あと、そこにいると危ないわよ」
「ワザとだよな!? お前、ワザと俺をかすめて矢を放ったよな!?」
「偶然よ」
と言い切る瞳は、確実に「ワザとですが、何か?」と物語っていた。
この娘、怖ぇ……
「……私たちが時間を稼ぐ」
「【搾乳】はその娘を助けてあげな!」
フランカとジェナがエイミーの隣に並び立つ。
わずかだが、魔力が回復している。
けれど、そんな少量の魔力じゃ……
「……デリック」
「準備はいい!?」
「おぅよっ!」
フランカとジェナが同時に魔法陣を展開する。
そして、それに合わせるようにデリックが二人の前に立ち、腕の筋を伸ばし始める。
筋肉が盛り上がりやる気十分といった雰囲気だ。
「「 デ・エーレル・エロール――己が力を鼓舞せし者よ、大地を揺るがす剛腕を誇りし者よ、尽きぬフェノゼリーの膂力を今ここに示せ――アルドタドミール 」」
フランカとジェナが同時に魔法を発動させると、二人の周りの地面に亀裂が走り、床がめくれ上がる。割と広範囲に亀裂は及び、床のあちこちから尖った岩と化した地面が突き出してくる。
そのうちの一つを、デリックは両腕で拾い上げ、頭上に掲げる。
その岩は、直径1メートルはある巨大なサイズで、それを軽々持ち上げられるデリックの筋力は流石と言うべきか。
そして、そんな巨大な岩を頭上に掲げたデリックは、おもむろに、唐突に、雄叫びを上げながら、その巨岩石をカラヒラゾンへと思いっきり投げつけた。
「どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいいぃぃぃっ!」
巨大岩石が一直線にカラヒラゾンへ飛んでいき、直撃する。
爽快な音を鳴らし、岩石は粉々に砕け散る。
床に使われている石が粉々に砕けるとは……相当な力で投げつけているということだろう。そして、カラヒラゾンがそんな攻撃に揺るがないほどに強固な殻を持っていることの証明でもある。
にしても……すっげぇ、原始的な攻撃だな。
投石って……野生のゴリラでもやるぞ。
しかし、この方法なら魔力の消費を抑えつつ、多少の足止めが出来そうだ。
デリックが大岩を投げつける合間を縫うように、エイミーが空気を切り裂く高速の矢を放つ。
武骨な大岩の投擲と、鋭利な矢の射撃。
なかなかにいいコンビネーションだ。
「……さぁ、【搾乳】は早くその娘を」
「分かった! サンキュな!」
フランカに礼を述べ、俺はルゥシールにまとわりつくゲル状の物体に向かい合う。
「ご、ご主人さん……抜けません……」
デリックたちが投擲していた間も、必死にもがいていたらしいルゥシール。額にうっすらと汗をかいている。
「待ってろ。今助けてやるからな!」
俺はミスリルソードを抜き、ゲル状の物体に突き刺す。が……
「ぶにっ」という嫌な感触が伝わってくるだけで、全然刺さらない。
「ご主人さん……」
「そんな声出すな、俺が何とかしてやるから」
「……はい」
ルゥシールの不安げな声が少しだけ柔らかくなる。
とはいえ……どうすりゃいいんだ、これ?
「そうだ、ルゥシール。ミーミルはどうした?」
あいつがいれば、これくらい何とかしてくれそうだ。……対価次第ではあるのだろうが、何とかなるならそれに越したことはない。
「ミーミルさんなら、ドラゴンの魔法陣を読むからしばらく一人にしてほしいって、開いていた部屋に籠ってしまわれました」
「どこのマニアだよ?」
途中で母親に「御飯よ~」とか声かけられたら本気で切れるタイプか?
「それから、『食事はドアの前に置いておいてくれ』とのことでした」
「何泊するつもりなんだよ、あいつは!?」
しかも、その間俺たちに面倒を見させようって魂胆か?
ふざけんな。
だがしかし、だ。
「ミーミルが部屋に籠ったってことは……」
「はい! 取れたんです! わたしの首から、魔法陣が!」
ルゥシールは嬉しそうにローブの襟元をグイッと引き下げ、首元を俺に見せる。
先ほどまでそこに刻み込まれていた黒い痣のような文様が、今は綺麗さっぱりなくなっている。
実は、バスコ・トロイに連れられてこの部屋に来る直前、俺は目撃していたのだ。
ルゥシールにかけられた封印の一部が壊れていたのを。
おそらく、バスコ・トロイがルゥシールに放った簡易版シレンシオ・ジュラメントのせいで胸元を抉り取られた際に、魔法陣の一部が一緒に吹き飛んだのだろう。
その後回復魔法で肉体を再生したのだが、魔法陣は回復されることはなく、壊れたままになったようだ。
封印の魔法は、目標に打ち込まれる楔と、効果を記す魔法陣、それらを解除させないように保護するプロテクトの三層構造で出来ている。
そのプロテクト部分が破壊され、効果を示す魔法陣が露呈していたのだ。その起動式を読み解けば、封印の解除も可能になると踏んだのだ。
流石の俺も、見てすぐに解読など出来るはずがないので、後日時間をかけてゆっくり解除してやろうとしていたのだが……幸運なことにミーミルを呼び出すチャンスに恵まれた。
俺は迷うことなくミーミルを召喚し、ルゥシールの魔法陣を見せつけた。
まんまと食いついたミーミルは、ルゥシールの首に刻まれた魔法陣を『文字列へと変換した後、具現化する』という裏技ともいうべき手法を用いて取り去ってしまったのだ。
流石は叡智の魔神だ。やることが常人の理解を超えている。
ミーミルが変態的なまでの活字中毒でよかったぜ。
「なら、これでお前はドラゴンに戻れるようになったわけだな」
魔力を封じられ、本来の姿に戻れなくなっていたルゥシール。
その封印が解かれたのだから、こいつはドラゴンの姿に戻れるはずだ。
しかし。
「申し訳ありません、それは無理なんです」
「…………無理、だと?」
予想外の言葉に、俺は困惑する。
魔法陣が体から引き剥がされ、ルゥシールは封印から解放されたはずだ。
なのに、なぜ?
「実は、楔が刺さったままになっているらしいんです」
「らしい」というからには、おそらくミーミルに教わったのだろう。
ルゥシールの体内には、今だに楔が打ち込まれている。
そのせいで、ドラゴンに戻れないのだという。
「ドラゴンに戻れれば、こんなゲルなんか簡単に振り払い、あのカタツムリを成敗出来たはずなんですが……」
ルゥシールがしゅんとうな垂れる。
「じゃあ、一回魔力を空にして楔を外してしまえばいいんじゃないのか?」
「ミーミルさんによれば、この楔は打ち込んだ本人に取ってもらわない以上、その人が生きている限り何度でも再生してしまうようです」
なんて厄介な。
流石はドラゴンというべきか?
そう簡単には解除させてはくれない。
「ドラゴンに戻るには大量の魔力が……それこそ、フルパワーに近い魔力が必要なんです。楔を外すために魔力を無くしても、回復するまでにまた楔が再生してしまう仕様だと、ミーミルさんは解析されていました」
魔力を回復するにはどうしても時間が必要になる。
エイミーたちでさえ、フルに回復するには一日近く時間がかかるだろう。
ルゥシールはここにいる誰よりも魔力が多い。
一度空にしてしまえば、三日は回復にかかるかもしれない。
その間に確実に楔は復活してしまうだろう。
「で、ですので!」
グッと身を乗り出し、ルゥシールは真剣な顔で真っ直ぐに俺を見つめる。
やや頬が赤い。
大きな瞳がうるうると揺らめく。
「せめてお役に立てればと…………その……魔力だけでも利用していただきたく…………あの、実はわたし、魔法はあまり得意ではなくて、ご主人さんのように威力の大きな攻撃魔法とか使えないので………………つ、つまりですねっ!」
一層、グッと身を乗り出し――腰付近までを飲み込むゲル状の物体に両手をついて上半身を乗り出してくるような格好で――ルゥシールは俺の顔を覗き込んでくる。
唇がふるふると震え、微かに揺れる呼吸を漏らす。
キュッと唇が結ばれ、意を決したように、ルゥシールは俺を見つめて力強く言った。
「わたしの胸を揉んでくださいっ!」
それはもう、力強く。
きっぱりと言い切った。
「……………………は?」
「いや、ですから、む、胸を…………あ、おっぱいを」
「いや、言い直さなくていいから」
あれ、なんか立場が逆じゃないか?
なに赤い顔して眉を吊り上げてんの?
ふんすと鼻息を漏らしてるところ悪いんだけど…………何言ってんの?
「ち、違いますよ!? 変な意味ではなくて、魔力伝導率とか、そういう関連で……あ、足の裏はご覧の通りゲルの中で引き抜くことも出来ませんし……それに…………キ、キスは……………………で、ですから、そのっ……一番、無難なところというか…………」
ルゥシールの胸を揉む?
俺が?
「な、なんでそんなキョトンとした顔するんですか!? ふ、普段のご主人さんなら『いやっふぅ~い!』とか言いながら大喜びで揉みに来そうなもんでしょう!? はっ!? そ、それとも…………わたしのじゃ、…………イヤ、なんでしょうか?」
「い、いや、そんなことないぞ! けど……」
改めて、真正面からルゥシールの顔を見つめる。
恥ずいっ!
うわ、なんだこれ!
なんかめっちゃ恥ずいぞこれ!?
「ちょっ! て、照れないでくださいよ! こっちこそが恥ずかしいんですからね!?」
「て、照れてねぇし! おぉぉおおぉ、お、おぱ、おぉ、おっぱいくらいで照れるかよ! 俺は、膝枕すら経験した男だぞ!?」
「いや、膝枕とおっぱいならおっぱいの方が難易度は上ですから」
「マジで!? おっぱい凄いじゃん!?」
「あの……あんまり連呼しないでもらえますか?」
ってことは、俺はジェナやフランカとも膝枕以上のことをしたってことになるのか?
うわっ、俺ってすっげぇプレイボーイじゃん!?
「………………ご主人さん。今、違うこと考えてますよね?」
急に、ルゥシールの声のトーンが低くなる。
半眼になり、ジトッとした視線を向けてくる。
あれ?
なんで急に不機嫌モード?
「まぁ、別に……わたしの胸になんか触れたくもないというのでしたら…………無理にとは言いませんけど……」
なんか拗ね始めた!?
どうした、ルゥシール!?
「触れたくないわけではないぞ! ただそのぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~………………………………………………えぇ~っと…………………………恥ずかしい」
「物凄く今更ですよ!?」
「ってぇ! テメェらいつまでイチャコラしてんやがんだ! 足止めしてるこっちの身にもなれってんだよ!」
遠くでゴリラ……もとい、デリックが吠える。
「胸なんか、今更だろうが! ちゃっちゃと揉んじまえ!」
失敬な。
人のことをまるでおっぱいのプロみたいに。
…………おっぱいのプロ!?
なにそれ、かっこいい!
「よし、分かった。俺もプロだ」
「なんのですか!?」
状況が状況なのだ。
ゴリ……もとい、ゴリック……あ、違う、デリックか、えぇい紛らわしい名前だな……デリックたちの足止めも、そろそろ限界にきているようだ。
物理攻撃が一切効かないカラヒラゾン相手に、投石と弓矢で対応しているのだ、長く持つはずがない。
俺が状況を打開しなければ。
そのためには、ルゥシールの協力は必要不可欠だ。
そのためには、ルゥシールのおっぱいを…………
「…………本当に、いいのか? その…………揉んでも?」
「は、はい…………恥ずかしいですけど…………状況が状況ですし…………いい、です……よ」
「む、胸だぞ? 所謂、おっぱいやパイオツと呼ばれる部位だぞ?」
「わ、分かってますよ…………い、いいですってば」
「お前の、たわわに実った、大迫力の、荘厳にして雄大な大地が育んだ太陽の恵みと呼ぶべき真夏の果実を連想させる圧倒的存在感と幾ばくかの母性を感じさせる、連なる山脈のようなその豊満な……っ!」
「比喩とかもういいですから!」
いやしかし、だがしかし……
「いやだってほら……俺が胸を触ると、お嫁に行けなくなるって……」
前にルゥシールがエイミーにそんなことを言っていた。
いや、気にしてるわけではないのだが……ほら、その…………一応、な?
「…………わたしは、別に……どこかにお嫁に行く予定もつもりも…………」
ぶにぶにのゲルの上に手をついて、ローブをもじもじといじる。
おいおい、ローブがちょっとずつゲルに埋まっていってるぞ……そこらへんにしとけ。
「へ、平気です! もしお嫁にいけなくなったら……」
照れながらも、少しいたずらな笑みを浮かべて、ルゥシールは俺に視線を向ける。
「……ご主人さんの資産を食い潰しますから」
絶妙な上目遣いだ。
斜め下から見事に射貫かれた。
「……お、おぅ。そ、そうか……」
ま、まぁ、そうだな。
飯くらいは世話してやっても…………
「ってぇ! 早くしろぉぉお!」
ゴリックが吠える。……あれ、ゴリッラだったかな? まぁ、そんな感じの名前の筋肉ゴリラだ。
「うっほ、うほっほほっ!」
「『ちょっと黙ってろ』を『うほ』で言ってんじゃねぇよ。【搾乳】!」
ちゃんと伝わってるじゃないか。
「……もう、無理……魔力が…………」
フランカが床に両手をつく。
駆け寄るジェナも、相当つらそうだ。
エイミーの矢筒に残った矢は、もうわずかしかなかった。
しかし、当然のようにカラヒラゾンは無傷だ。
「ルゥシール」
「はい、ご主人さん!」
これは魔力を得るためだ。
別に俺がどうこうという、おかしな感情や魂胆や下心があるわけではない。
あいつらを救い、村を救い、そして俺の望みをかなえるために邪魔になるものを排除するための行為だ。
だから、変に考え過ぎず、普通に、スマートに、触ればいいのだ。揉めばいいのだ。揉みしだけばいいのだ。うっかり足を滑らせて顔面を突っ込んで「ごっめ~ん、足が滑っちゃった、テヘペロッ!」とすればいいのだ! いや、ペロはマズいだろ! まだ早い!
とにかく、普通でいいのだ。
落ち着いて、冷静に。
平常心で御揉み差し上げればいいのだ。
「じゃあ、行くぞ」
「はい。……どうぞ!」
身を乗り出すような格好で、前屈みになっていたルゥシールが、ぐっと胸を張る。
……が、先ほどもじもじといじっていたローブの裾がゲルの中にめり込んで抜けなくなっていた。
持ち上がるルゥシールの上半身と、抜けないローブ。
そこから巻き起こされる現象は単純明快。
ローブがひっぱられて、首元がびろ~んと延びたのだ。
それはもう、びろ~~~~~~~~んと!
あわや「ぽろりもあるか!?」というほどの勢いでローブがびろ~んだ!
「ふにょにょっ!?」
奇妙な声を上げ、慌てて胸を隠すルゥシール。
だがもう遅い!
俺の網膜にはド迫力の谷間の映像が焼きつけられていた。
「いただきますっ!」
「ちょっと待ってくださいっ!?」
「違うからっ! 状況だからっ! 魔力だからっ!」
「分かります! 分かりますけど! 勢いが凄すぎて怖いですっ!」
「下心だからっ!」
「下心じゃダメじゃないですかっ!?」
冷静に普通にとか絶対無理! 「は? なに言ってんの?」レベルだから!
なぜならそこに山があるからっっっ!!!
「本気でお嫁に行けなくなったら責任取ってもらいますからねっ!?」
「あぁ、任せとけ!」
「……………………へ?」
「……………………ん?」
「…………」
「…………」
ん?
なに、この静寂……?
………………………………………………はっ!?
「や、違うぞ!? その、あれだ! お前の恩返しが、その、なかなかきっと終わらないだろうから、その間の寝床とか飯とか? そういうのの世話的な、金銭面とか、精神面とか、そういうののヤツだ! 分かったか!?」
「……よく、分かんない………………ですけど…………けど……」
こくっ…………と、小さく頷き、ルゥシールは静かに呟く。
「それなら、安心です」
そして――
「長い恩返しになるかもしれませんが、今後ともよろしくお願いしますね」
そう言って笑うのだ。
あぁ、もう。参った。
責任?
それくらい…………いくらでもとってやるっつの。
「……っ!?」
一瞬、自分が何を考えたのか、理解が出来なかった。
何を言いかけたのか、信じられなかった。
いやいやいやいや。
落ち着こう。
こいつ、ルゥシールだから。
アホのルゥシールだから。
………………とにかく、一度保留だ。
今は、敵を倒すことに専念しなければ!
「敵を倒すぞー!」
「なんですか、急にっ!?」
「俺は、敵を、倒すのだぞぉー!」
「分かってますよ。倒しましょうね、敵ですからね」
「たおーーーーーーーーーすっ!」
「ご主人さん!? なんか、遠い世界に行ってませんか!? 帰ってきてください、ご主人さん!?」
落ち着け、俺!
落ち着いて今やるべきことを順序立てて考えるのだ!
まず、ルゥシールの乳を揉む!
相当な大きさだからな、片手では無理だろうから両手で揉む!
包み込むように、時に荒々しく揉む!
でも差別するのはよくない! 左右平等に揉む!
右揉んで、左揉んで、右、左、右、右、左、左、左、右で最初に戻る!
とにかく揉む!
その後のことなんぞ知るか!
どうとでもなるわ!
どうとでもなればいいんだ!
「ルゥシールッ!」
「ちょっ、ご主人さん、勢いが…………にょっ!?」
抑えが利かず、ルゥシールに飛びかかる。
ローブが一層びろ~んとして、俺の勢いに拍車がかかる!
「ぽろりもあるよっ!」
「ぽろりは無しな方向でっ!」
体を逸らしたルゥシールは、下半身が固定されているために転倒することもなく、ゲル状の物体に背をつけ仰向けに寝るような格好になる。
その上に覆いかぶさる、俺。
真上からルゥシールの瞳を覗き込む、俺。
ルゥシールの大きな瞳に映る、俺。
心臓が破裂しそうな、俺。
俺、揉みます。
「……いくぞ」
「…………はい」
右腕を持ち上げ、肩の位置で止める。肘を曲げて狙いを定める。
軽く、指の運動をして、………………いざっ!
そっと腕を伸ばすと、指先が、そして掌がルゥシールの胸に触れ…………うずもれていく。
「…………んっ!」
微かに漏れるルゥシールの吐息に心臓が跳ねるが、同時に流れ込んでくる莫大な量の魔力に意識が引き寄せられる。
「あ、あの…………反対側も、どうぞ……」
ごきゅり。
いかん。喉から変な音が出た。
そうだな。今は一刻を争うのだ。両手で行こう。
左腕も同じように構え……そして、仰向けでもなお突き出している大きな胸に沈める。
柔らかく、でも弾力があって…………とても温かい。
両手で胸を押さえつけるように覆いかぶさっているこの格好は、どう見ても押し倒しているようにしか見えないだろうな。
あとでエイミーあたりに何か言われそうだ……
が、そんな状況ではなかったようだ。
「ヤバいぞっ! カラヒラゾンの動きが激しくなりやがった!」
次々に大岩を投げながら、デリックが焦りの声を上げる。
どうやら、ルゥシールの体の大部分がゲル状の物体に触れたことで、カラヒラゾンの何かしらを刺激してしまったようだ。過剰な反応を示す。
もしかしたら、ルゥシールの魔力が急速に奪われていることに怒っているのかもしれんが。
「【搾乳】逃げろ! そっちに行ったぞ!」
無茶を言うな!
このゲルは剣ではどうしようもないのだ。
動けないルゥシールを置いて避難など出来るか!
「ご主人さん、魔法で威嚇しながら足止めしてみては!?」
「ダメだ! 半端な魔法は跳ね返される。魔力を浪費するだけだ」
ただでさえ限られた魔力を浪費してしまえば、勝機は完全になくなってしまう。
ルゥシールの魔力は確かに凄い。
だが、バスコ・トロイをも凌駕する……とは言い難い程度でしかないのだ。
確かに多い! 多いが、これでカラヒラゾンの防御を突破出来るかと言われれば……微妙なところ……いや、おそらく無理だろう。
「少しも無駄には出来ない」
……どうする?
すべてを出し尽くしても勝てる可能性は低い。
その前に、カラヒラゾンを退けないと諸にダメージを食らってしまう。
一旦俺がルゥシールから離れてカラヒラゾンを…………ダメだ、時間を空けると、俺が魔力を吐き出してしまう。
ルゥシールの魔力は、他のヤツの魔力よりも優しく、俺の体に過度のストレスをかけてくるようなことはない。
気持ち悪くもならないし、吐き気もしない。
ドラゴンの純粋な魔力だからだろうか?
とても心地のいい魔力だ。
とはいえ、体内に溜めておける時間にさほど違いはないだろう。
とにかく、時間と魔力、この二つは少しも無駄に出来ない。勝つためには!
ルゥシールの体内から魔力が完全になくなれば、楔は外れ、うまくすればこのゲル状の物体も外れるかもしれない。それは希望的観測でしかないが、魔力を奪うための物質であれば、その可能性もゼロではない…………あぁ、くそっ! 考えている時間もねぇ!
巨大な影が、俺とルゥシールの上へと落ちてくる。
見上げると、カラヒラゾンがすぐ目の前に迫っていた。
「……っ! あと二分あればっ!」
「二分だな?」
「え?」
いつの間にか、背後に来ていたデリックが呟き、ほぼ同時に俺の前へと回り込む。
地面に広がるゲル状の物体を迂回し、俺たちとカラヒラゾンの間に体を割り込ませる。
「こいつらには触れさせねぇぞ、カタツムリィッ!」
気合一発。
デリックは両腕をカラヒラゾンのぬめる体に押し当てると、力任せに押し始めた。
両腕の筋肉が盛り上がり、血管が浮き出てくる。
力み過ぎて、顔と腕が真っ赤に染まっていく。
「んんんん………………ぬぁああああらぁああああっ!」
咆哮と共に、ズズッ……と、カラヒラゾンの体が少し後方へと押し返された。
3メートル超の巨大カタツムリを、己の腕で押し戻したのだ。
「二分以上はもたねぇからなぁ!」
「…………あ、あぁっ!」
デリックの叫びに、俺も心の底から叫び返す。
絶対なんとかするという思いを載せて。
「ルゥシール、揉むぞ!」
「は、はいっ!」
指に力を籠め、魔力を絞り出す。
少しでも早く!
すべてを吸収するために!
「ぅんんっ!」
揉む速度を上げると、ルゥシールが艶っぽい声を上げる。
…………うわぁ、エロぉ……
「ご、ご主人さん! そんな『ほわぁ~』っとした顔してないで、は、早くしてくださいってばっ!」
「お、おぉ! 分かってるよ! てか、そんな顔してねぇしっ!」
やっべ。
ちょっと見惚れてた。
危うく見惚れてたのがバレるところだった。うまく誤魔化せたからよかったけれど。
精神を集中する。
本当は感触とか、ルゥシールの反応とか色々楽しみたいところだけども! そこをググッと我慢して集中する。ぐぐぅぅぅぅっっっっっっっっっと我慢してっ!
「…………あっ」
ルゥシールが漏らした吐息は、脱力するような、弱々しいもので……それは魔力欠乏症の兆候だった。
魔力が尽きかけている。
もうすぐだ。
魔力の量を計算する。…………やはり、少し心許ない。
今ある魔力で、どれだけの攻撃が加えられるか……
どの魔法がより効率がいいか……
一点集中で最大限破壊力を持たせる魔法か……
広範囲を長時間にわたって攻撃し続ける魔法か……
蒸し焼きに出来るほどの火力で攻めるか……
動けなくなるほどの分厚い氷に閉じ込めてやるか……
ダマスカスをも切り裂く風の刃か……
どの魔法なら、奴を倒せる?
確実に倒すには、どうすればいい?
…………ダメだ。考えがまとまらない!
「……ご、主人…………さん」
息も絶え絶えに、ルゥシールが俺を呼ぶ。
顔が真っ白だ。
意識がなくなりかけているのか、瞼が閉じかけている。
「…………すみ、ません。また、ご主人さんに、丸投げに……してしまって…………ドラゴンの姿に戻れれば…………あんな…………ヤツ………………」
楔が取れれば、ドラゴンに戻ることは出来る。
けれど、それには大量の魔力がいる。
どうしようもないのだ。
「…………ダメですね、わたし…………恩返し……全然出来ません…………」
そんなことねぇよ。
お前は…………
「……それでも…………一緒に…………いた……い………………」
ルゥシールの瞼が閉じる。
魔力が底を尽きる。
ローブがひっぱられて大きく肌蹴た胸元に、黒い光が浮かび上がる。
体内から楔が浮き上がって体表面に姿を見せたのだ。
その楔が、明滅し始める。
ルゥシールは、もうしゃべる気力もないのか、顔を横向け、薄く開いた唇から細い息を漏らすだけになっていた。
全身が弛緩し、意識ももうほとんどないだろう。
やがて、楔の明滅は弱々しくなり…………そして、完全に消失した。
ルゥシールの魔力が尽き、同時にルゥシールは気を失ったように脱力した。
カラヒラゾンを確実に倒さばければ……こいつは…………
………………確実に。
もっとも、確実にダメージを与えられる攻撃魔法は………………魔法?
魔法にこだわる必要、なくね?
カラヒラゾンを倒せれば…………
それだけの攻撃が出来るヤツがいれば…………
そんなヤツが…………いるじゃん。
さっきから何度も公言してるじゃねぇか。
『ドラゴンに戻れれば、あんなヤツ倒せるのに』って。
「………………よし」
俺は、腹を決める。
責任、取ってやろうじゃねぇか。もうワンランク上の責任を。
そうだよ。
もうおっぱいも揉んじゃったし、それも両方。存分に揉みしだいたし。
こっから先、こいつが俺に付き纏って、資産食い潰したとしても……それがなんだ。
むしろ、
こいつがいない生活の方が有り得ないっつうの。
「ルゥシール」
上半身をルゥシールに密着させるように身を乗り出す。
脱力している首元に顔を近付け、耳元で、ちゃんと聞こえるようにはっきり言ってやる。
「……お前の面倒は俺が見る。だから、…………怒るなよ?」
そう言って、俺はルゥシールの唇に、そっと口付けた。
弛緩していた顔を正面に向け、顎を押さえて、唇を重ねる。
一瞬、ルゥシールの体がビクンッと跳ね、その後、再び力が抜けていく。
脱力……というよりかは、身を任せるように。
頬に手を添え、唇の柔らかさを感じながら……ルゥシールの体内へと魔力を送り込む。
――と。
きゅっ
と、俺の服が掴まれる。
弱々しい力で、遠慮がちに、けれどしっかりと。
体勢を変えようと少し体を浮かせると……ルゥシールの腕が俺の後頭部を押さえた。
頭を抱かれるような格好で、俺はルゥシールに再度唇を押し当てる。
温かくて……ルゥシールの香りがする。
粘膜同士の触れ合いは、胸を揉む以上の速度で魔力を伝達していく。
頭の中がジンジンして、時間の感覚がなくなっていく。
何も考えられなくなる。
どれくらいそうしていたのか分からなくなって……
やがて、俺の中のすべての魔力がルゥシールへと流れ込んだ。
その直後、ルゥシールが俺の肩を「トンッ」と、優しく押した。
ふわりとした動作で俺の体がルゥシールから離される。
そして……
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
凄まじい咆哮を轟かせたかと思うと、ルゥシールの全身が真っ黒な靄に覆われていく。
凄まじい勢いで広がる黒い靄があっという間に部屋全体を埋め尽くし、視界のすべてを奪う。
そんな中で、俺はハッキリと見た。
何も見えない暗黒の中で、暗黒よりもはるかに黒い巨大な影が翻るのを。
靄が晴れた後、俺の目の前にいたのは、見覚えのある一頭のダークドラゴンだった。
いつもありがとうございます。
ようやく。
ようやく。
ようやく。
ダークドラゴン登場です!!
っと、そんなことはどうでもいいんです!
おっぱい揉みました!
ご主人さんおめでとー!!
そして、柔らかさをありがとー!!
次回もどうぞよろしくお願いいたします。
とまと
 




