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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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35話 人質解放

「ヨクモ、読書の邪魔をしてくれたのぉ、小童。この代償は高くツクぞ」

「いい歳してまだ治ってねぇのかよ、その活字中毒。マジで、書斎で孤独死しちまうぞ?」

「フン。本望よ」


 巨大な旧友と言葉を交わす。

 こいつには、魔界にいる時に色々なことを教わった。

 主に、呪文関連のことなどをだ。


 魔導士が口にする詠唱は、精神を『言葉』という音声に乗せることでひと纏まりの構造へと変換していく、いわば儀式のようなものなのだ。

「暑い」と言うほど暑くなる、というのに近いかもしれないが、人間は、言葉にすることで精神を言葉と同じ状態へ導くことがある。

 お化けが怖いお子様が「怖くない」と連呼するのも、それに近いな。


 それを理解した上で、逆説的に考えてみると……詠唱に言葉は必要ないという結論にたどり着く。

『詠唱』という『言葉』の羅列は『精神』を紡ぎあげるための儀式だ。であるならば、『精神』を紡ぎあげることさえ出来れば『言葉』、つまり『詠唱』は必要なくなる。

 この『精神』のコントロールさえしっかり出来れば、俺の無詠唱やバスコ・トロイに高速詠唱のようなことが可能になる。


 まぁ、マスターするのに、死ぬような訓練が必要だったがな。


 その基礎を教えてくれたのが、魔界で【叡智の巨人】と呼ばれるこのミーミルだ。

 研究と探究が何より好きで、いつも何かしらの本を読んでいる。

 いや、もはや活字に限らず、精神構造やそこらに漂う魔力の中にまで文字列を見出し、むさぼるように読みふけっているような変人だ。いや、魔神だから『変神』か。

 複雑な封印や結界も、こいつにかかればただの文字列に見えるのだそうで、こいつを魔力で拘束したり閉じ込めるのはまず無理なのだ。

 どんな結界を張ったとしても、ミーミルの目にはその解除方法が懇切丁寧に説明書きされているようなものなのだから。


 そういう経緯もあって、このミーミルという魔神は、開錠、解呪の魔法によくその力を求められる。

 こいつは、ブレンドレル王国に伝わる封印解除の魔法にまでその名を用いられるほど、こと呪文や言葉というものに関して言えば、まさに第一人者なのだ。


「さっき、ここの結界を解いたのは、あそこの小っさい女の子なんだぞ」

「ホゥ! では、直近で感じたあの魔力は、アノ少女のものであったか」


 ミーミルが興味深げにエイミーに視線を向ける。


「純粋で澄みきった、ナカナカによい魔力であったゾ」

「だったら、今後とも仲良くしてやってくれよな」

「ウム。やぶさかではない」


 ミーミルが俺に顔を近付ける。

 こんなデカい身体を折り曲げてこそこそと、内緒話をする様はおそらくとても滑稽なことだろう。

 俺だったらきっと「似合わない」とその様を指さして笑っただろう。


 けれど、その場にいる全員が押し黙り、目玉が転げ落ちそうなほど目を見開いて俺たちを見つめていた。

 あのバスコ・トロイでさえも。


 そのバスコ・トロイの顔が徐々に歪んでいく。

 奥歯を食いしばり、悔しそうな……いや、恨めしそうな負の感情を瞳に宿らせて俺を睨む。


「貴様……何をした?」

「ん? なんのことだ?」

「とぼけるな!」


 どうやら感付いたようだ。


「広大な魔界の中に住む魔物の中で、貴様に都合のいい魔物がタイミングよく召喚されるなど有り得ない!」


 激高したかと思うと、バスコ・トロイは俯き、ぼそぼそと不明瞭な声を漏らす。


「……それにヤツは最初からどこか余裕を持っていた………………まさかっ!?」


 俯いた視線が持ち上げられ、こちらを見つめる。

 限界まで目を見開き、瞳孔までもが開ききっているように見える。


「……き、貴様…………、貴様が召喚したのか!?」

「うん。そうだけど」


 バスコ・トロイがたどり着いた見解は正しい。

 魔法陣の起動に魔力が必要なかったため、シレンシオ・ジュラメントを付けられた状態でも難なく魔法が使えた。


「有り得ない!」


 自分で導き出した見解を、バスコ・トロイは自ら否定する。折角俺が肯定してやったというのに。


「仮に、貴様が何かしらの方法で我が魔導ギルドが編み出した召喚魔法の詠唱を知っていたとしよう。だが、それでも、貴様にそれを唱える暇などなかったではないか!」

「お前、意外とバカなんだな」

「なんだと!?」

「自分で言ったんだろ?」


 そう、確かにバスコ・トロイは自分の口で言ったのだ。


「俺とお前の魔法発動時差は0.58秒あるって。しかも、撃ち合いでは敵わないってよ」


 つまり、後出しでだって、俺の方が早く魔法を発動出来るのだ。

 魔法陣の起動だって、その例外ではない。


「起動のための詠唱は何種類かあるから、どのタイプのものかってのは悩んだけどな」


 魔法陣の起動に使う詠唱には種類がある。

 魔法陣の規模や、魔力供給の方法など、状況に応じた詠唱を使うのだ。

 それを見極めるために、魔法陣を起動しようとしたバスコ・トロイを一度妨害させてもらった。


「ま、まさか…………あの時の、おかしな踊りがっ!?」

「ご明察」

「えっ!? そうなんですか!?」


 バスコ・トロイと同じくらい、ルゥシールが驚いている。


「あ、あれって、そんなに重要な任務だったんですか……言ってくださいよ……」

「バ~カ。そんなこと言ったら、お前の表情から何かを読み取られるかもしれないだろ」

「……そ、それはそうなんですが……」

「それに、俺はな…………」


 少しふてくされてしまったルゥシール。

 慰める意味も込めて、少しだけリップサービスをしてやる。


「素のお前が一番素敵だと思ってるんだよ」

「あの踊りを素だと言われても、喜べませんよ!」


 あれれ~?

 おかしい~ぞぉ?

「もう、何言ってんですか、テレテレ」みたいな反応を期待したのに。……ルゥシール、女子力足りてないんじゃね?


 まぁ、ルゥシールが残念なのは今に始まったことじゃないし、淑女とはいかにあるべきかってことは追々教え込んでいくとするか。


「でまぁ、お前より先にミーミルの爺さんをこっちに召喚させてもらったってわけだ」

「なにっ!?」


 バスコ・トロイがさらに目を大きく見開く。


「任意で魔物を召喚出来るだと……魔導ギルドでさえ、その領域にはいまだ到達出来ていないというのに……っ!」


 バスコ・トロイの体が小刻みに震えている。

 この手の人間は、常に絶対的な切り札を持っているもので、それが絶対の余裕を生み出しているのだ。しかし、その切り札が覆されるとその余裕は霧散し、あっけないほどに醜い本性をさらけ出してしまうってのが世の常だ。


「……ふざけたマネを…………っ!」


 バスコ・トロイも、そういう類いの人間だったらしい。


「エイミー!」


 ミーミルの登場に放心状態になっていたエイミーに声をかける。

 エイミーはハッとして、こちらに視線を向けた。

 

「隣のオッサンが、随分余裕なくしてるようだから、気を付けろよ」


 そう忠告しながら、俺は自分の耳付近を指す。

 エイミーが顔を横に向けると、そこにはバスコ・トロイの指がある。魔法陣を纏ってエイミーを狙っている。

 再びこちらに視線を戻した後、エイミーはゆっくりと頷いた。


「余裕をなくしている? 俺が? 面白い冗談だ!」


 バスコ・トロイが虚勢を張る。が、そうやって声を張り上げているのが、余裕がなくなっている何よりの証拠じゃねぇか。

 少し危険だな。自棄を起こしてエイミーに危害を加えかねない。

 少々、余裕を取り戻させてやるか……


「おい、バスコ・トロイ」


 呼びかける時は、自信に満ちた笑みを浮かべて。

 秘策があると匂わせる。

 そういうのを覆すのが好きなんだろ、お前みたいなタイプのヤツは。


「これから、上の二人を解放する。その間、エイミーに変なことするんじゃねぇぞ」

「解放、だと……?」


 うっし、食いついた。

 あとは慎重に……さりげない演技で……


「はっはっはーっ! お前のシレンシオ・ジュラメントなど、俺にかかれば簡単に外せるのだぁ!」

「っておい! バラしてどうすんだよ、【搾乳】!?」


 デリックが慌てた様子で耳打ちをしてくる。

 慌てているせいか、耳元に近付いているにもかかわらず声がでかい。意味ねぇじゃん。


「あいつにバレないようにこっそりササッと二人の魔力を吸収するんじゃなかったのか!? あいつに知られたら邪魔されちまうだろう!?」

「……吸収?」


 バスコ・トロイが反応を示したことで、ようやくデリックは自分の失態に気が付く。

 俺がどうやってシレンシオ・ジュラメントを破るのか、その方法を暴露しやがったのだ。

 慌てて己の口を押さえるデリック。が、もう遅い。足掻くように周りの空気をかき集めては乱暴に吸い込むが、そんなことで吐き出された言葉は返ってこない。


「……ふふふ。そうか。楔を打ち込んだ魔力がなくなれば、シレンシオ・ジュラメントは外せる…………確かに、その通りだ」


 バスコ・トロイが嬉しそうに口の端を持ち上げる。

 声のトーンも落ち着いて、余裕が戻ってきたようだ。


「そうだな。王子の力があれば、そこのデカブツの言う通りシレンシオ・ジュラメントは外せるだろう」


 バスコ・トロイの調子が、目に見えて上向いていく。

 ……簡単な性格してんなぁ。


「なるほど……そうか。それが貴様の余裕の正体か…………ふふふ……」


 ついには、バスコ・トロイは逆転でもしたかのように勝ち誇った笑みを浮かべ始めた。

 おいおい。俺の後ろにいるバカでかい魔神のこと、見えなくなってんじゃねぇの?


「やってみるがいい……そうすれば、貴様は己の愚かさを悔いることになるだろう」

「あ、そっすか……」


 はっ!

 いかんいかん。あまりに手玉に取れ過ぎちゃって、若干呆れか返ってしまっていた。

 エイミーに危害を加えさせないためには、演技演技。


「わははははー! 魔道ギルドトップクラスの魔導士も、俺の前ではタダのもやしっ子に過ぎんのだぁー!」


 バスコ・トロイが少し不機嫌そうな表情を見せる。

 煽り過ぎるのもいけないのかよ……調整が難しいな。

 つか俺、なんでこんなに気ぃ遣って戦ってんの?


「よぉし、ミーミル! 上の二人を降ろしてくれ!」

「対価は?」

「え、……いるの?」

「当然だ、愚か者め。魔神をタダで使えるナドと……思い上がるなよ、小童」


 この中で一番厄介なのはミーミルかもしれんな。

 ミーミルに頼んでシレンシオ・ジュラメントを解除してもらうってのは出来ない相談かもしれん。やるなら、正式な契約に乗っ取った魔法の発動が必要そうだ。

 つまり、裏技はなしってことか。

 ちょっとくらい、融通利かせてくれてもいいと思うんだけどなぁ……

 けどまぁ、対価を払えばいいんだな。


「魔界にいない魔族の組み上げた呪文ってのに、興味はないか?」

「ナンだと!?」


 喉が破裂したのかと思うほどデカい声を上げ、ミーミルは物凄い勢いで俺の顔を覗き込んできた。


「ソンな物があるのか!? 見せろ! 今スグ読ませろ!」

「後で! 後でだ!」


 顔がデカい分、暑苦しさも加齢臭も倍増だ。

 耳の裏しっかり洗えよ。そこから来るんだから、加齢臭は。


「俺の頼みを二つ聞いてくれれば、それを読ませて……いや、読み解かせてやる」

「……ホホゥ。ソノ呪文は、結界か…………イヤ、封印か?」


 ミーミルの瞳がギラリと光る。

 挑発に乗ってきたな。


「マァいいだろう! 上の二人を降ろせばいいのダナ? お安い御用だ」


 ミーミルは背を伸ばし、はるか頭上……と言っても、ミーミルにとっては座って手が届く範囲なのだが……に拘束されていたジェナとフランカを十字架ごと天井から引き離した。そして、丁寧に地面へと誘う。


「ま、ままま、まじ、まじん……魔神に、さわ、さわ、触られ……っ!?」

「………………怖かった……」


 地面に横たえられたジェナとフランカが、真っ青な顔をしてガタガタ震えている。

 その様を見て、ミーミルは得心したように頷くと、訳知り顔で呟いた。


「フム……魔力欠乏症の影響だろう」

「いや、お前が怖かったんだよ」


 ミーミルは自分のデカさを知らないのだろうか?

 とにかく、ジェナとフランカの救出は成功だ。

 ついでに、魔法陣に魔力を送っていた十字架も破壊出来た。


「話が聞こえていたとは思うが、お前たちの中の魔力を全て奪うぞ。いいな?」


 一応、ジェナとフランカには許可を取っておく。

 たとえ一時とはいえ、魔力が完全に失われるというのは魔導士にとって耐え難く恐ろしいものだからだ。

 ジェナとフランカは沈んだ表情ながらも、しっかりと頷いた。


「それで、このムカつく光の玉が取れるなら」

「……そうしなければ、一生魔法が使えない。不安だけれど……許容する」


 十字架に拘束され、身動きも出来ない状態で床に横たわる二人。

 しかし、視線の力強さは失われておらず、心はまだ挫けていないことが分かる。

 その瞳の中に見え隠れする恐怖は、いまだ二人の胸元で淡い光を放っている光の玉のせいだろう。

 バスコ・トロイが気絶すれば外れるとはいえ、こんな不快な物は一秒でも早く外したいはずだ。

 他人に命を握られているなんて、堪ったものじゃないからな。

 それに、思いがけず魔法を使ってしまう可能性もないとは言い切れない。

 こんな危険なものは、さっさと廃棄するに限る。


 それに……


「フランカ……」

「…………え? な、なに……、【搾乳】?」


 俺はフランカを見つめる。

 途端に胸が苦しくなる。……言いようのない憤りが腹の底から湧き上がってくる。

 ……惨いじゃないか、こんなの…………


「許せねぇよな…………フランカに、こんな酷い仕打ちを……」

「……さ、【搾乳】……?」


 戸惑った表情を見せるフランカ。

 ……そんな素の表情も、俺の心をかき乱す。

 フランカが何をしたっていうんだ……なぜ、フランカがここまで苦しめられなきゃいけないんだ…………


「ジェナはともかく……フランカに対するこの仕打ち……許せねぇ」

「ちょっ! なんであたしはともかくなんだよ!?」

「……さ、【搾乳】!? ま、まさか……あなた…………」


 怒るジェナ。お前は我慢しろよ、まだマシなんだから。

 戸惑うフランカ。……今、解放してやるからな、その辱めから。


「……真っ平らなフランカの胸に、これ見よがしにお椀型の膨らみを植えつけるだなんて! 何の厭味だ!? フランカの真っ平らさがより強調されるじゃないか! それとも何か!? せめて少しの間くらい胸元に膨らみを感じさせてやろうっていう親切心だとでもいうのか!? じゃあなぜひとつなんだ!? やるならちゃんとふたつ埋め込んでやれよ! たとえそれが一時の仮初めだとしても! 一生に一度味わえるかどうかも怪しい『胸元の膨らみ』という淡い夢を見させてやれよぉっ!」


 魂の絶叫だ。

 こんな仕打ちはあんまりだ。

 俺の心が泣いている。


「……ジェナ、デリック。今までありがとう。私は、最後の魔力でこの腐れ男を呪い殺す!」

「待ってフランカ! 早まらないで! この光の玉が外れてから、改めて息の根を止めればいいんだから!」

「一度経験した胸元の膨らみを失った後のフランカの絶望を想像してみろ! 胸が張り裂けちまうだろうがぁ!?」

「……今殺すっ!」

「待ちなさいって、フランカ! そしてお前は黙れよ、【搾乳】! 出来れば永遠にっ!」


 バスコ・トロイの卑劣な行動に、俺は涙を抑えられない。

 ジェナとフランカが何か言っているようだが、心の慟哭で何も聞こえない。

 きっと、俺の優しさに触れ、感涙しているとか、そういう感じなのだろう。

 いいんだ。いいんだよ、フランカ。出会いは敵同士だったけど、今は俺に甘えればいい。

 お前の辛さはよく分かるからな。俺が、分かってやるからなっ! ……ぐすん!


「……デリック。助けを求めるにしても、なぜこんなのを選んだの? …………呪うわよ?」

「ま、待て、フランカ! 早まるな! っていうか、テメェもさっさと解除しろよ、【搾乳】!」


 デリックが俺の肩を掴んで揺さぶる。

 俺の目尻から美しく輝く滴が飛び散り、辺りに幻想的なきらめきが広がる。


「そういう詩的なのいいから、さっさとやれやっ!」


 無粋なデリックに急かされて、俺はジェナとフランカの前へしゃがむ。

 じゃあまぁ、二人の魔力を空っぽにするか。

 そして俺は、そっと自分の手をジェナとフランカ、それぞれの胸へと近付ける。


「ちょっ、ちょっと待って!」

「どうした?」


 突然ジェナが声を上げる。

 顔が真っ赤だ。


「デ、デリックは、向こう行ってて!」

「はぁ? なんでだよ?」

「う、うっさいな! あんたには見っ…………見られたくないんだよ……バカ」


 あれ?

 あれあれあれ?

 この反応……もしかして。


「ジェナ。お前……この筋肉ゴリラが好きなのか?」

「いっ!? ……や、あの、お、お前……そんな、はっきり……」


 ジェナの顔がみるみる赤くなっていく。

 これは確定か?


 ……が。


「はぁ!? バカか【搾乳】!? そんなわけねぇだろ!?」


 デリックが全否定した。


「俺とジェナは仲間だ。昔からフランカを含めた三人で魔物を狩ってた戦友なんだよ! そのジェナが、そんな感情持つわけねぇだろ! ありえねぇよ! 絶対にだ! なぁ、ジェナ!?」

「…………………………そうね」


 デリックの力強い否定に、ジェナの目が死んだ。

 つーかデリック、お前はフランカに惚れてんだろうが。ならジェナがそういう感情を抱いても……まぁいいや。

 にしても……

 はぁ~……分からんなぁ。こんな筋肉ゴリラのどこがいいのか。


「つか、【搾乳】! 誰が筋肉ゴリラだ!?」

「お前だよ」

「あんたよ」


 俺の意見にジェナが賛同してくれる。

 だいたい、誰がも何も、お前さっき反応したじゃねぇか。自分のことだと認めたんだろ?


「と、とにかく! デリックは向こう行ってて」


 こんなバカで脳みそまで筋肉で出来ているようなバカ丸出しのバカデリックだというのに、ジェナは乙女のように恥じらいを見せる。デリック、バカなのに。

 うわぁ~……もったいねぇ。口調こそあれだけど、顔とかスタイルとか抜群にいいのに……特に胸。いや、巨乳。

 ……もったいねぇ。


「……なんであんたがそんなやるせない顔をしてんだよ?」


 ジェナが問いかけてくる。

 が、それに応える必要があるか?

「Q.人はなぜ人を愛するのか」と同じくらいに、聞くだけ無駄な質問だろう。

「A.そりゃ仕方ねぇだろ」としか言いようがない。


「分かった。デリックの目玉をえぐり出してから、お前たちの魔力を吸収すればいいんだな」

「よくねぇよ! 何をサラッと怖いことしようとしてんだ!?」


 それくらいされて当然だろ、お前は?

 俺、また、夥しい殺気を放出しちゃうよ? ベルムドの時みたいに。


「分かったよ! 俺が向こうに行けばいいんだな!? ……ったく、意味分かんねぇよ」


 文句を垂れて、デリックが少し離れた場所へと移動する。


「絶対、こっち見ちゃダメだからね!」


 ジェナが念を押すと「おう!」と、デリックは手を上げて応える。


「じゃあ、そろそろ始めるか」

「そうね。……さっさと終わらせてよね」

「……仕方ないとはいえ…………また胸を…………」


 二人とも、覚悟を決めたようだ。

 魔力が失われるのは魔導士として恐怖を誘う。……が、それ以上に胸を触られることを嫌がっているように見えるのは気のせいか?


「あ、あの、ご主人さん!」


 フランカの味もそっけもない胸と、ジェナの「うっひょ~生唾ごっくんものだぜ!」的なご褒美の胸に手を差し伸べたところで、不意にルゥシールが声をかけてきた。

 振り返ると、とても不安げな顔で俺を見つめている。


「ご主人さんの枷を外してからの方がよくないですか?」


 ルゥシールの視線は、俺の胸元に注がれている。

 俺の胸に埋まる、シレンシオ・ジュラメントの光の玉に。


「そうじゃないと……ほら、ご主人さんは他人の魔力を吸収するとすぐに『ばいん!』ってしちゃいますし」


 以前、散々『ばいん!』に巻き込まれたルゥシールは、俺が他人の魔力を貯蓄出来ないことを知っている。


「ご主人さんのを先に外さないと、ご主人さんが……その………………」


 爆発する、と、言いたいのだろう。

 口にすればそれが実現するとでも思っているのか、ルゥシールは結局その言葉を口にしなかった。

 代わりに、とても心配そうな視線を俺に向け続けている。


「まぁ、それはその通りなんだが……」


 どうやってルゥシールを説得しようかと考え始めたところで、遠くから耳障りな高笑いが聞こえてきた。


「ふはははははっ! ようやく気が付いたようだな、王子よ!」


 バスコ・トロイがこれでもかと胸を張って笑っている。


「しかし残念だったな! 貴様に施したシレンシオ・ジュラメントは他のものとは違う特別製だ!」


 魔力に楔を打ち込む通常通りのシレンシオ・ジュラメントならば、魔力をゼロにすれば外れる。

 では、元から魔力のない俺に取りつけられたシレンシオ・ジュラメントの楔は、一体どこに打ち込まれているのか。


「貴様だけは、しっかりと心臓に楔を打ち込ませてもらったぞ! 上位のシレンシオ・ジュラメントは俺の魔力の三分の二を消費してしまうが、貴様の力を防ぐためになら魔力など惜しまん! 解除出来るものならしてみるがいい! 子供と、筋肉と、魔力を封じられた者と、これから魔力が枯渇する者! 誰か一人でも魔法が使える者がいるのならなぁ!」


 サラッと、自分の魔力残量がもうわずかしかないことを暴露しているバスコ・トロイ。

 あのオッサン、実はバカなんじゃないだろうか?


 まぁ、それはいいとして……


 ミーミルは対価なしには魔法を使わない。

 ミーミルの力を使うならば、きちんと手順を追った魔法を使う必要があるのだ。マウリーリオが確立した、【魔法陣】【詠唱】【魔力】を使った魔法を。


「さぁ、誰に頼む!? これから詠唱を教えるのか!? そんな時間は、流石に与えんぞ! 全力で阻止させてもらう! もっとも、期待出来る者などいはしないがな!」


 そういえば、バスコ・トロイの手下が一人もいない。

 最初に遭遇し、俺が気絶させた者たちが手下のすべてというわけではないだろうに。

 ここにそいつらがいないのは、俺に利用させないためか?

 魔力を奪われたり、何らかの方法で俺に操られたり……

 バスコ・トロイは、相当俺を警戒しているな。

 まさに、「何をしでかすか分からない」危険人物扱いだ。


 ま、邪魔なヤツがいない方が、都合がいいけどな。

 いたらいたで利用しただろうけど。


「さぁ、どうする王子よ!? それとも、その者たちを見捨てるか!? 己の身可愛さに!」


 あぁ、うるせぇうるせぇ。

 そんなに煽んなよ。


 ルゥシールが不安そうな顔してんじゃねぇか。


「ルゥシール」

「……はい」


 細々とした作戦を説明している時間はない。

 けれど、これだけは言っておいてやりたいと思った。


「まぁ、とりあえず、心配すんな。大丈夫だから」

「………………」


 ルゥシールはジッと俺の顔を見つめたあと、小さくこくりと頷く。


「はい」


 頷いて、再びこちらを向いた顔には、弱々しいながらも微笑が浮かんでいた。


「あ、そうだ。ルゥシール。お前、木苺って持ってる?」

「え?」


 不意に尋ねた俺の問いに、ルゥシールはしばしぽかんとした表情を見せるが、何かを思い出したのか、唐突に顔面を真っ赤に染め上げた。


「も、もうっ、そのことは忘れてくださいってばっ!」

「あぁ、いやいや。違う。普通の木苺だ。アルコール木苺でお前がゴロニャンしてたことはすっかり忘れているから」

「普通の木苺なら、まだ沢山ありますけど…………って、忘れてないじゃないですか!?」


 ムキーッと怒るルゥシールの懐から小袋を取り出すと、そこから木苺を六つ取り出す。

 そして、そのうちの二つを持ち、俺はルゥシールの顔に両手を添えた。


「ふにっ!?」


 そっと、耳に触れる。


「な、なな、なんですか!? なんなんですか!?」

「いいから、こうしとけ」

「えっ!? なんですか!? なんて言ったんですか!?」


 真っ赤な顔でパニクるルゥシール。

 俺はルゥシールの目の前で耳を指さし、ウィンクを投げる。


「終わったら、取っていいからな」


 それだけ言い残すと、改めてジェナとフランカの前にしゃがみ込む。


「お前らも、ちょっとこれを付けてろ」


 言いながら、まずはジェナの顔に触れる。


「は!? なに? なに、これ!?」


 続いてフランカにも……と、思ったら、フランカが差すような視線を俺に向けていた。

 ……なんだよ。別に変なことはしねぇぞ?


「……どうするの?」

「なにがだよ?」

「……あなたの枷…………私たちから魔力を奪えば、確実にあなたは死ぬ」

「大丈夫だから、気にすんなって」

「……気にしないわけない」


 抑揚の少ない声ながら、その言葉には凄みがあった。

 フランカの深い色をした瞳が俺を捉えて離さない。


「……犠牲になるつもり?」

「そんなんじゃねぇよ。ただ助けるだけだ」

「……どうして? 私たちは敵なのに」

「今は敵じゃない」

「……敵だったし、またそうなるかもしれない」

「そしたらそん時だよ。今考えることじゃない」

「……私は、考えてしまう。デリックに頼まれたからという理由だけで、あなたは命をかけるの?」

「お前、意外と面倒くさい考え方するんだな」

「……答えて」


 フランカはとても無表情なので、こうジッと見つめられると何とも居心地が悪い。

 瞬き、一切しないんだもん。


「俺には、お前たちを助ける力がある。だから助けてやる」

「……危険を、顧みず?」

「この世に危険じゃないことなんかねぇよ」

「……死ぬのよ?」

「死にゃしねぇよ」

「……絶対に?」

「…………」


 この世に絶対などない。といっても、納得しそうにない。

 おそらく、本音を言えと、フランカは言っているのだろう。

 あぁ、もう……苦手なタイプだ。


「楽しかったんだよ。ちょっとの間だけど、バカなこと言って、騒がしくて……」

「……楽し…………あれが?」

「俺はずっと一人ぼっちだったからな」


 クソ恥ずかしいことをカミングアウトしてしまった。

 俺には友達などいなかった。

 ルゥシールがいなければ、きっと今も一人ぼっちだ。


 デリックや、こいつらの関係が羨ましいと思った。

 その中に、少しだけ混ざることが出来た、気がしたんだ。

 正直、それは、俺にとってとても凄ぇ出来事だったんだ。


「だから、まぁ。お礼? みたいなもんだ」

「……私たちを助ける理由は、友達が、いないから…………?」

「うっせぇ。友達ならもういるっつうの!」

「……どこに?」


 相変わらずの無表情で問いかけてくるフランカ。

 その鼻っ面に、俺は人差し指を突きつけてやった。


「お前らは、もう友達認定されてっからな。拒否権は無しだ。どうだ、嬉しいだろ?」


 結局のところ、体を張る理由は「気に入ったから」ってことなのかもしれない。


 勝手に友達だなどと言えば、毒舌シスターたるフランカのこと、きっと「……頭に蛆でもわいたの?」とか「……名誉棄損で王国に告訴する」とか言われるもんだと思っていた。

 けれど。


「………………そう」


 フランカは、ふわりと華が開くような笑みを浮かべて、小さく頷いたのだった。


 そして、納得したような顔で視線を外し、天井を見上げた。

 ……なんだよ。

 想像してない反応見せるなよ。

 尻がむずむずして、なんだか居心地が悪いじゃねぇか。


「……死なないのね?」

「あ、あぁ」

「……そう。じゃあ、お願い」

「…………あ、あぁ」


 なんだか急に素直になった。

 俺はどうにもしっくりこない感じにもやもやしながらも、フランカにもルゥシールやジェナと同様の処置を施す。

 すなわち、耳の中に木苺を詰めた。


「ミーミル」

「ナンだ?」


 準備が整うと、俺はミーミルを見上げてジッとその顔を見つめる。

 ミーミルに向かって、とある依頼をするためだ。

 無詠唱を行う要領で、精神を紡ぎ上げていく。

 魔力の中から文字を読み取れるミーミルには、言葉にしなくてもこれで通じるはずだ。


「ウム。二つ目の依頼、聞き届けたゾ」


 最後に、エイミーへと視線を向け、こちらにも俺の思いを届けておく。

「準備はいいか? 行くぞ」と。


「待たせたな、バスコ・トロイ。これからこの二人の枷を外す。その後で、俺の枷を外して……」


 ゆっくりと腕を持ち上げ、指で銃を形作り、それをバスコ・トロイへ向ける。


「お前をぶっ飛ばす」


 丁度、バスコ・トロイがエイミーにしているようにだ。

 因果を応報させてやる。


「見せてもらおうか……」


 薄笑いを浮かべるバスコ・トロイ。

 そんなお前に、この言葉を贈ってやりたいぜ。

『チェックメイト』ってな。


 俺は気合いを入れるために、一度胸の前で手を打つと、左右の手でジェナとフランカの胸に触れた。

 今回は遠慮などしない。全力の鷲掴みだ!


「きゃあっ!?」

「……んふゅ!?」


 二人そろって可愛らしい声を上げるが、今は気にしない。ちょっと我慢してろ!

 さらに力を込めて、揉む! 揉む! 揉みしだく!


「ちょっ……【搾乳】っ! は、激し…………!」

「…………ん、んん…………っ!」


 二人の息が乱れているのは、魔力が一気に消失しているからだ。

 全身から力が抜けるような感覚に陥っているはずだ。

 抗いようのない感覚に、身もだえているのだ。


 栓を抜かれたように流れ込んできていた魔力が突如途絶え、そして、ジェナとフランカが脱力し、動かなくなった。

 魔力を完全に失ったのだ。


「……ご主人さん。卑猥です」


 背後からルゥシールがいわれのない非難を浴びせかけてくる。

 反論してやりたいところだが…………魔力が逆流し、そう……だっ!


「ふはははは! さぁ、爆発しろ、王子! 木端微塵に破裂してしまえ!」


 残念ながら、そうはいかねぇよ。


「ミーミル!」

「ウム………………すぅ……ダッハァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 大気が震撼する。

 ただでさえ声のデカいミーミルが、腹の底からの大声を張り上げる。

 鼓膜が機能を放棄し、何も音が聞こえなくなる。


 これが、ミーミルに頼んだ二つ目の依頼だ。

 ミーミルの発する大音量でその場にいる者の耳にダメージを与え、世界から音を消し去る。

 ルゥシールとジェナとフランカの耳には木苺を詰めてあるから、多少は緩和されるだろうけどな。

 反面、完全に不意を突かれたバスコ・トロイはその鼓膜に多大なダメージを受けたらしい。その顔は苦悶に歪み、エイミーと魔槍、どちらも手放せないせいで耳を押さえることも出来ない。きっと今頃は激しい耳鳴りに襲われているだろうに。耳から血液が流れている。



 そして、世界から音がなくなると同時に、俺は魔法陣を展開させる。

 それも、大量に。

 このだだっ広い部屋を埋め尽くすほどの、夥しい魔法陣がそこかしこで光を放つ。

 俺レベルになると、魔法陣くらい同時にいくつでも展開出来るのだ。


「なんの真似だ!? こんな子供だましが通用するとでも思っているのかぁ!?」


 聴覚を麻痺させられたバスコ・トロイが声の限りに叫ぶ。


 けれど、そんなもんに構ってやっている暇はない。

 俺は、音が聞こえなくなったバスコ・トロイにもはっきりと分かるように、大きく口を開けてある魔法の詠唱を始める。

 シレンシオ・ジュラメントを打ち破る、解呪の魔法だ。


「 オゴラ・エトス・イェス――叡智の神ミーミルよ、紡がれし夢幻の言霊を、幽遠なる刻の彼方に消え去りし亡国の言葉を、未だ見ぬ不可視の言の葉を…… 」


 俺が詠唱を口にすると、バスコ・トロイはぐるりと視線を巡らせた。

 まずはミーミルの方へ視線を向け、床に寝転ぶジェナとフランカ、さらに後方のデリック、そしてルゥシールを経て、再び俺へと焦点を定める。

 誰も詠唱を口にしていないことを確認したのだろう。


 バスコ・トロイの視線が俺に固定された。

 バスコ・トロイの視界の中で、唯一詠唱をしている俺に。


「 ……囚われし者の戒めを解き放て、進むべき道を照らし出せ、今新たな文言を紡ぎ出せ―― 」


 詠唱が終わると、バスコ・トロイの顔が嬉しそうに歪んだ。


「さぁ、爆発して見せろぉ!」


 そんな醜い叫び声を聞きながら、魔法名を口にする。


「 シュタリーシフルール 」


 バスコ・トロイの視線が俺の胸元、シレンシオ・ジュラメントの光の玉へと注がれる。

 そうして、バスコ・トロイが見つめる中、その光球は…………


 ポロリと、俺の胸から滑り落ちていった。


「なっ!? バカな…………なぜだぁあぁあっ!?」


 バスコ・トロイが頭を抱えて絶叫する。

 エイミーを狙っていた手も、魔槍を握っていた手も、どちらもがバスコ・トロイの頭を押さえ、髪を掻き毟る。


「シレンシオ・ジュラメントを埋め込まれた状態で魔法を使えば、光球が反応して爆発するはずだ! なのになぜ!? なぜ貴様は爆発しない!? なぜ死なない!?」

「そんなもん、決まってんだろ」


 俺は、耳の聞こえないバスコ・トロイにも分かりやすいように、大きくゆっくり、はっきりと口を動かして答える。


「魔法を使ったのが、俺じゃないからだよ」


 唇を読み取ったのか、バスコ・トロイが目を見開く。

 そして、限界まで見開かれた瞳で隣へ目を向ける。


「……よかった。うまくいったみたいね」


 そこには、魔力を使い過ぎて朦朧としているエイミーがいた。


 バスコ・トロイは知らなかったのだ。

 オルミクル村の子供たちが、この召喚魔法実験の影響で異常に魔力量を増やしていることを。

 そんな中でも、エイミーの魔力量はそこらの魔導士を凌駕するほどのものだってことを。


 俺の枷を外したのはエイミーだ。

 こいつは、俺の顔を見ただけで石門の結界を解く詠唱を完璧に読み解いた。

 驚くことに、ミーミルと同じ、魔力を読み解く力を持っているのだ。

 俺の顔を見て、俺の心を寸分違わず理解していたのはそのせいだ。


 だから、バスコ・トロイに捕まったエイミーに、俺は必死で伝えたのだ。

 声にしない言葉で。この魔法の詠唱を。


 すべての準備が整ったところで、ミーミルに頼んでバスコ・トロイの耳をダメにした。

 そして、エイミーの展開する魔法陣を隠すように、無数の魔法陣を展開させ、エイミーの詠唱に合わせて、俺は『口パク』をしたのだ。


 結果うまくいった。


 おかげで、バスコ・トロイの企みはすべて、完璧に潰えることになる。

 召喚魔法の研究も、魔槍サルグハルバの強奪も。

 そして、俺の暗殺も。

 今ここで終わりにしてやる。

 そのために、こんな面倒くさいことをやったのだ。

 少々回りくどいことに全員を巻き込んでしまったが、結果よければということで許してもらおう。


「ふざけやがってぇ!」


 白い光がバスコ・トロイの耳を包み込む。破れた鼓膜を回復させたようだ。

 だというのに、今度は噛みしめた唇から一筋、血が流れていく。


 目を血走らせて叫ぶバスコ・トロイは、もう正気を失っているようにしか見えなかった。

 理性を欠いた獣のような瞳がエイミーに向けられ、瞬時に魔法陣が展開される。


「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ 」

「させるかよ!」


 バスコ・トロイの高速詠唱より早く、俺の無詠唱によって魔法が発動される。

 ジェナとフランカから吸収した魔力のすべてを込めて、バスコ・トロイの顔面に火球を叩き込む。


「どぅぶっ!?」


 潰れたような声を上げ、バスコ・トロイが吹き飛ぶ。

 その隙に、エイミーを無事奪還した。


「よぉ、エイミー。助けに来たぞ」

「……遅いわよ。魔力がすっからかんで……もう倒れそう」


 エイミーの肩を抱くと、エイミーは俺に全体重をゆだねてくる。

 完全に脱力したエイミーの頭を二度ぽんぽんと叩く。


「おつかれさん」

「…………ん。ありがとう、助けてくれて」


 喉の奥で呟かれたその言葉は、喉を鳴らす猫のように甘えた声だった。


「ふははははははっ!」


 突如、吹き飛んだバスコ・トロイが大声で笑い出した。

 俺はエイミーを連れてルゥシールたちのもとへと戻る。


 その間に立ち上がったバスコ・トロイ。

 顔の半分が赤く焼けただれ、目を背けたくなるような有り様だ。

 それでも、痛みなどまるで感じていないようで、半分潰れた顔で壊れたように笑い続ける。


「まったく、困るよなぁ、先王!? あいつは、また俺たちの悲願を邪魔するんだぜ!? そうさ、お前の息子さ!」


 天を仰ぐように両手を広げ、バスコ・トロイは遠くを見つめている。

 まるで、あの世の先王、俺の父親と会話をしているようだ。


「魔界に捨てても戻ってくる。シレンシオ・ジュラメントは解除する。魔神を召喚したと思ったら、お友達なんだそうだ! 参るよなぁ、まったく!」


 そして、全身を揺らして笑う。

 ひとしきり笑ったところでピタリと声が止み、次いで吐き出されたのは地獄の底から聞こえてくるような怨嗟の言葉だった。


「どうやれば貴様は死ぬんだ!? どうすれば俺は解放される!? 貴様が生きている限り、俺は一生貴様と、先王の亡霊に苦しめられ続けることになるだろう! 解放しろよ、俺を! いい加減にくたばってくれよ、俺のために!」


 バスコ・トロイは、俺を恐れていたのだ。

 俺が、魔界から帰ってきたあの日から。……いや、もしかしたら、俺を魔界に捨てようと提案した時にはもう恐怖していたのかもしれない。


 とにかく、バスコ・トロイは、俺が怖かったのだ。


 世界最強を誇る魔法王国ブレンドレル。その国のナンバーワンだった魔導士。俺の父親は、俺を恐れて寿命を縮めた。

 その事実がバスコ・トロイの恐怖をより強固なものにした。


 怖くて、怖くて……だから、ヤツは何も出来なかった。

 エイミーの命を奪うことも、ジェナやフランカを殺すことも。

 何が俺の怒りを買うか、分からないから。

 何をすれば俺が爆発するのか、分からないから。


 口で虚勢を張りつつ、あいつはただ俺という災害が通り過ぎるのを待っていたに過ぎない。

 出来ることなら関わりたくないという思いがひしひしと伝わってくる。


 臆病者が恐怖に駆られて、慎重論に慎重論を重ねた結果が、これだ。


 失うことを恐れた結果、すべてを失うのだ。


「終わりにしてやる! この戦いも! 俺の恐怖も! 貴様の人生もぉ!」

「あぁ。終わらせようぜ……」


 こんなふざけた茶番はな。


 魔槍を構え、殺気をみなぎらせるバスコ・トロイ。

 正気を失った狂気の魔導士が、俺に向かって牙を剝いた。








いつもありがとうございます。


今回はちょっと長かったです……

あと数回で遺跡攻略完了させたいです。


早く村に帰ってアホなことしたいです……


ちなみに、エイミーに詠唱を教えたのは33話当たりのことです。

バスコ・トロイが一人で悦に浸って語っていた時ですね。

……てか、バスコ・トロイはちょっとボーっとし過ぎですね。


いや、逆に考えましょう。

ご主人さんチームが物凄い早口で会話しているのだと。


「バスコ・トロイ、今攻撃しろよ!」的な場面が出てきたら、

それはご主人さんたちが目にも留まらぬ速さで、

四倍速くらいで行動しているのです。


例えば今回のフランカとご主人さんのシーンなんかも……


フランカ「……どうするの?」

ご主人さん「なにがだよ?」

フランカ「……キュルキュルキュルッ!」

ご主人さん「キュルキュルキュルッ!」

ミーミル「ダッハァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」

バスコ・トロイ「うっわ、うるせっ!?」



こんな感じだったんです。えぇ、きっと。


よし、次回も頑張ろう!



と、そんなわけで、

次回もどうぞよろしくお願いいたします。


またのご来訪、お待ち申し上げております。


とまと

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