34話 召喚されたビッグな魔物
「おい、【搾乳】っ! 早くこいつを止めろ! 魔物が召喚されちまう!」
魔法陣へ向かう途中、デリックが俺に掴みかかり、魔法陣を指さして声を張り上げる。
けど、もう遅い。
起動した魔法陣は停止することなどなく、滞りなく魔物をこの世界へと召喚するだろう。
世間には知らされていないだけで、召喚魔法は魔導ギルドがすでに確立させた技術なのだから。失敗など、万に一つもないのだ。
それなりの知識があれば誰にだって稼働させることが出来る。
さっきも確認したことだが、起動するのに魔力は必要ない。
なぜなら、生贄がその分の魔力を肩代わりしてくれるからだ。
「テメェ、【搾乳】っ! フランカたちを助けてくれるんじゃなかったのかよ!?」
「わぁ~ってるよ! ……うっせぇな」
暑苦しいデリックを手で制しつつ、俺は魔法陣の真ん前までやってくる。
ルゥシールが静かに俺の隣に立った。
魔法陣の前まで来ると、威嚇するように防壁が光を放つ。
魔物が現れるまで、この城壁は消えない。
魔物が現れると同時に消えるのだが、それは魔物が魔法陣の外に出るためだ。
そうなるともう止められない。ってのが魔導ギルドの判断なのだろう。
見上げると、魔法陣の中心のその真上に十字架に張りつけられたジェナとフランカが見えた。
拘束を解こうと、必死に体を揺らしてもがいている。
「お~い、ジェナ!」
俺は、頭上4メートルという、とても高い場所にいるジェナに向かって声を投げる。
「あんまり体を揺らすと、巨乳がぶるんぶるんして俺が喜ぶぞー!」
「黙れ! 死ね! あたしを助けて速やかに死ね!」
心配してやったというのに、酷い罵詈雑言を浴びせかけられた。
あいつはダメだ。やっぱり性格のきつい女はそれだけで魅力に欠けると思う。
もう少しお淑やかな方がいいな、俺は。
「そんなわけで、フランカ! お前に乳揺れは期待出来ないから、せめてパンチラくらいはサービスしてくれ!」
「……魂ごと消滅しろ」
怖ぇよ。
パンツと魂引き換えって……どんだけだよ。
魔神でももうちょっと穏便だぞ?
「……元気そうだぞ、上の二人」
「テメェは、この状況で、なんでそんなにふざけていられんだよ!?」
「バカヤロウ! 大真面目だ!」
「尚悪いわっ、アホンダラァ!」
デリックが唾を飛ばして喚き立てる中、ルゥシールが魔法陣を指さして「見てくださいっ!」と叫ぶ。
床に描かれた巨大な魔法陣が、何かに共鳴するように激しく振動している。
魔法陣の上を光が縦横無尽に走り、光量がどんどん増していく。
間もなく、魔物が姿を現しそうだ。
「俺はいくぞ! テメェが止めても、俺はあの二人を助ける!」
「やめとけ、怪我するだけだから」
「怪我くらいなんだ!?」
「死ぬかもしれんぞ?」
「かまわん!」
「毛根が全滅するかもしれんぞ?」
「………………」
おいおい、悩むなよ。
大怪我 < 死 < ハゲって、それはいくらなんでもハゲに失礼だろうが。
謝れ、全国の薄毛に悩む人たちに。
「とにかく、俺は……っ!」
「はい、ストップ」
叫びかけたデリックを手で制し、顎で魔法陣を指す。
デリックの視線が魔法陣に向くのと、魔法陣から赤黒く輝く光の塊が湧き出してくるのはほぼ同時だった。
「出てきたようだぞ」
赤と黒が入り混じる眩い光の塊。まるでそれは、光で出来た繭のようだ。
「ご主人さん! 上のお二人の様子が!」
ルゥシールの声に、デリックが慌てて頭上を見上げる。
俺もそれに倣い視線を上げる。
「フランカ! ジェナ!」
喉が裂けそうな勢いでデリックが叫ぶ。
ジェナとフランカの身体を拘束する十字架が淡い光を発し、そこから魔力が大量に流れ出していた。
二人の魔力が魔法陣へ奪い取られているのだ。
奪われる場合は、シレンシオ・ジュラメントは反応しないようだ。
ジェナとフランカの魔力が見る見るうちに魔法陣へと吸い込まれていく。
常人よりもはるかに魔力量の多い高位の魔導士であるジェナとフランカ。その二人の魔力のほとんどが魔法陣へと強奪されていく。
それに呼応するように魔法陣は光を強くし、赤黒い光の繭は大きく膨らんでいく。
「何とかならないのか!? いや、何とかしろよ、【搾乳】!」
「落ち着け! 魔力を根こそぎ奪われても人は死なん!」
魔力欠乏症で見動きが取れなくなることはあるが、それで命を落とすことはない。
時間と共に、また魔力は体内に満ちていくのだ。
それよりも注意すべきは、身動きが取れなくなった状態で魔物に襲われることだ。
召喚の魔法陣から魔物へ受け渡される魔力。それに満足出来なかった魔物は、生贄の肉体を襲うことがある。
ただでさえ、魔界の外へ出ようと機会を窺っている者が多いのだ。
大人しく召喚されるだけ、なんて魔物はそうそういないだろう。
そんなやつがいるとすれば……俺の知る限りでは、お袋か……いや、アレは速攻で暴れるな、絶対…………だとしたら、一人しかいない。
厳つい顔をしているくせに読書好きの変人魔物に心当たりがある。
しかし、魔導ギルドの構築した召喚魔法は誰が出て来るか分からないギャンブルのような魔法だ。
その大人しい魔物がピンポイントで召喚出来る可能性は『天文学的な数字分の一』程度だろう。
俺が見守る中、ジェナとフランカの魔力はほんのわずかだけを残し、完全に魔法陣へと奪い取られてしまった。
二人とも、もう声も出せないほどに憔悴しているようで、ぐったりと体を弛緩させている。
「おい、【搾乳】!」
俺の襟首を掴み、乱暴に揺するデリックに、俺はひとついいことを教えてやる。
「あの二人の魔力は、意図的に少しだけ残されている。バスコ・トロイがそのように調整したんだろうが、なぜだと思う?」
「は? 知るかよ、そんなもん!」
「ちっとは頭使えよ。何のためにそこまでデカい顔をしているんだ?」
「顔がデカいのは関係ねぇだろ!? って、やかましいわ!」
ジェナとフランカの魔力はほんの少量、村の子供たち程度の魔力を意図的に残されている。
なぜなら……
「シレンシオ・ジュラメントの楔は、心臓に直接撃ち込まれているのではなく、心臓に溜まっている魔力に打ち込まれているからなんだ」
つまり、魔力を完全に奪い取ってしまうと、シレンシオ・ジュラメントの楔が被術者の身体から外れてしまうのだ。
打ち込む場所が消滅すれば、打ち込まれた楔が取れるのは当然の道理だ。
「それがなんだよ!?」
「俺なら、あの二人を解放してやれるぞ」
「っ!? ……お前、それでわざと?」
「あんまり魔力量が多いと、吸収するのに時間がかかるだろ? そうすると、バスコ・トロイに邪魔される可能性が高いからな」
けれど、今程度の少量ならものの数秒だ、
おっぱいに触れていられる時間が限りなく少なくなるのは悲しい限りだが…………いや、待てよ。今あの二人は憔悴しきって抵抗など出来ないはず………………にやり。
「あくどい顔になってますよ、ご主人さん」
「ルゥシール、なぜここに!?」
「さっきからいましたよ! 話の腰を折るといけないから黙っていたんです。……あまり放置しないでください。不安になります」
少し拗ねたような素振りを見せる。
え、なに? 抱きしめてもいいの?
抱きしめちゃうよ?
とか思っていると、俺の視界がデカい顔で埋め尽された。
「じゃ、じゃあ! ……助けてくれるのか?」
俺に覆いかぶさるように飛びついてきたデリック。……どけ、お前など抱きしめてやるつもりはないぞ。
興奮状態の中、途中でバスコ・トロイを見やり、声を潜めたことだけは褒めてやってもいいけどな。
「あの二人のところまで行けば、すぐに解放してやるよ」
「……よし。【搾乳】、俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ。なんだって協力するぜ!」
「じゃあ離れろ。汗臭くてかなわん」
どうやらデリックは、興奮の度合いに比例して顔が近付いてくる不気味仕様なようで、非常に気持ちが悪い。そして暑苦しい。あと気持ち悪い。あ、言い忘れてたけど、気持ちも悪い。
デリックが俺の視界からデカい顔を退けるのとほぼ同時に、今度はルゥシールがこんなことを言い出した。
「でも、これはどうするつもりなんですか?」
ルゥシールの顔に緊張が走る。
視線が随分と上を向いている。
その視線を追うように魔法陣へと目を向けると、そこに一体の魔物が座っていた。
ひげを蓄え、ローブのような服を身に纏った、小難しい顔をしたジジイだ。
ただし、このジジイ…………滅茶苦茶デカい。
「巨人…………だと」
デリックの声が掠れる。
あんぐりと開いた口から吐き出された息は微かに震えていた。
ルゥシールも驚愕に顔を引き攣らせている。
それも仕方ない。
このデカいジジイ。
座っている状態でジェナたちに頭が届いているのだ。
座高が4メートルということになる。立てばおそらく、7~8メートルになるだろうか。
こんな桁違いの生き物、この世界にはいない。
こんなのがいたら、王国の食物事情と住宅事情が悪化の一途をたどるだろう。
世界中の食い物が食い尽くされそうだ。
「こんなデカいヤツ……反則だろう?」
「どう戦っていいのか、見当もつきませんね……」
巨大ジジイを見上げて乾いた声を漏らすデリックとルゥシール。
その隣で俺は、素直な感想を述べる。
「でもまぁ、ジジイだから激しい運動とかしたらポックリ逝っちゃうんじゃないか?」
「全然そんな感じしませんけど!?」
「むしろ、そこらの王国を平気で滅ぼせそうな威圧感と殺気を感じるんだが!?」
巨大ジジイにビビった二人が涙目で俺に詰め寄る。
八つ当たりするなよぉ。
「なんでみすみすこんな化け物の召喚を許したんですか!?」
「そうだぜ! あの時バスコ・トロイのヤロウをぶっ飛ばしていたら阻止出来ただろうが!」
「そしたらエイミーが危険に晒されるし、何より、ジェナとフランカの魔力を消費したかったんだって」
「その結果、あの二人の身が超危険に晒されてんじゃねぇか!」
「それに、防壁も解除したかったし」
「むしろ、防壁がなくなったことでピンチに陥ってませんか!?」
ピーピーとうるさいやつらだ。
足元で騒がれたからか、魔法陣から現れた巨大ジジイがこちらを向いた。
背中に視線を感じたのか、デリックとルゥシールの身体が小さく跳ね、言葉が止まり、体が硬直する。
錆びた鎧でも着込んでいるかのようなぎこちのない動きでゆっくり振り返る。
「ごっ!?」
「にょっ!?」
そして、奇妙な悲鳴を漏らす。
「ご、ご、ご主人さん! こ、こっちを見てます! はるか上空からこちらを見下ろしてますよ!?」
ルゥシールが半ばパニックになり、涙目で訴えてくる。
見えてるっつのに。
「さぁ、王子!? その魔物に挑み、そして、俺の前で無様に朽ち果てるがいい!」
遠くから、テンションが高めのバスコ・トロイの声が聞こえる。
一応振り返ってやると、とてもキラキラした目をしていた。
「もし、逃げ出すようなことがあれば……」
そう言って、エイミーに向けた指先の魔法陣に魔力を送る。
小さな魔法陣は高速で回転を始め、強い光を発する。
「逃げねぇから、エイミーを怖がらせんな! エイミーを泣かしたらぶっ飛ばすからな?」
「……アシノウラ」
バスコ・トロイを一喝すると、なぜかエイミーが頬を染め、バッと視線を逸らす。
なんだあれ?
もしかして俺、パンチラでもしてる?
確認してみるが、どこも破れていないし、ズレてもいない。
なんだよ、紛らわしいな、エイミーのヤツ。
あの反応は絶対男のパンチラを目撃した少女の反応だよな?
俺からは見えないところなのか?
「なぁ、ルゥシール。俺、パンツ見えてない?」
「なんでご主人さんは、こんな緊迫したシーンでも変わらずにご主人さんなんですかっ!?」
いや、俺は俺だろうよ。
なに言ってんだこいつ?
「なに言ってんだこいつ?」
俺が思ったこととまったく同じことを、デリックに言われた。……俺が。
なぜ、俺?
そんな疑問に頭を悩ませていると、召喚された巨大ジジイが、己の視線の高さにいる美女二人に気が付いたようで観察を始めた。
「おい、ジジイ!」
怪しい動きをする巨人に、俺は声をかける。
「動けない女の子をジロジロ見るんじゃないよ! 変質者か!?」
「ちょっ! バカ! なんで挑発してんだよ!?」
「仮にあの魔物さんが魔界一穏便な方だとしても、ご主人さんに『変質者』なんて言われたらブチ切れますよ、きっと!」
おい、こら、ルゥシール。ちょっと表出るか?
「…………オヌシは……」
遠雷のような、低く響く、大きな呟き声が頭上から落ちてくる。
巨大ジジイが言葉を漏らしただけで、その場の空気が張り詰めた。
声まで凶器だな、このサイズだと。
「フッ……………………フフ、フハハハハハハハハハッ!」
落雷のような爆音が降り注ぐ。
巨大ジジイの馬鹿笑いは兵器級だ。
「うっ…………る……せぇ………………っ!」
デリックが耳を塞いでその場にうずくまる。
確かに脳みそを揺さぶられるような衝撃を感じる。
「ご、ご主人さん! どうしましょう!? 『ルゥ汁』をぶつけてみますか!?」
「いや、やめとけ。無駄だ」
たぶん届かないし、あの巨大ジジイ相手にそんな臭いだけのものが効くとも思えない。
つか、その臭い核の名前『ルゥ汁』でいいのか?
「ナルホドな…………奇妙な現象に巻き込まれたと思ったら…………ソウか、ココは人間界か……」
巨大ジジイが興味深そうにあたりを見渡す。
「フム……魔法陣。召喚魔法というモノか……興味深い……」
そして、自身のデカい尻の下に描かれている魔法陣を指でなぞる。
「ソレで……オヌシたちが、ワシを呼び出すために魔力を寄越したのダナ?」
目の前で動かないジェナとフランカに声をかける。
あの距離で話しかけられたら、頭がクラクラしそうだな。
「シカシ……コノ程度の魔力でワシを呼び出すなど、恐れを知らぬ愚か者よなぁ」
巨大ジジイの口がニヤリと歪む。
それと同時に、デリックの体がビクンと反応を示した。
「さっ、【搾乳】ぅうっ!」
「うるさいよ……」
耳がバカになっているのか、デリックも限度を知らないバカ声を張り上げる。
「フランカが! ジェナが喰われちまう!」
「大丈夫だよ」
「なにが、大丈夫だ!?」
「いいから、落ち着けって」
「これが落ち着いていられるか!」
「ウッホ、ウホホ、ウッホッホッ!」
「俺に通じそうな言葉で話しかけるな! って、やかましいわ!」
デリックのテンションがどんどんおかしな方向へ上がっていく。
「クソッタレがぁ! 俺はやるぞ!? たとえ勝ち目がハナクソほどもないとしても、あの巨人に戦いを挑む!」
鼻息荒く捲し立てるデリック。
そのみぞおちに、俺は優しく拳をめり込ませる。
「ごぶっふっるぁっ!」
「落ち着けって」
「ご、ご主人さん、落ち着かせ方がえげつないです……」
優しく、めり込ませたんだ。優しくな。
この拳の半分は優しさで出来ているのだ。
改めて頭上に視線を向ける。
十字架に拘束されたまま、身動きの取れないジェナとフランカ。それを見つめていた巨大ジジイ。……遠目で見るとただの変質者だな。
「美女の魔力でお腹いっぱいか? この変質者め」
「フン……こんな細っこい人間らの魔力程度では全然足りぬわ…………」
ギョロリと、音がしそうな勢いで巨大な目玉がこちらを向き……
「足りぬ分は…………」
その巨大ジジイの目が、俺を真正面に捉える。
「オヌシに払ってもらうぞ、ガウルテリオのとこの小童!」
「久しぶりの再会なんだからオマケしろよ、ミーミル」
そして俺は、久しい顔馴染みに片手を上げて挨拶をする。
「…………………………………………………………え?」
と、ルゥシールが漏らした、聞こえるか聞こえないかの瀬戸際のような小さな声をきっかけに、その場にいた俺とミーミル以外の全員が同じ音を発した。
「「「「「「えぇぇぇぇええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」」」」」」
ホンット、うるさいとこだな、ここは。
ウッホ、ウホホ、ウホーホホッホ、ウッホホ、ホホッホ!
…………あ、すいません。
デリック相手に話しているつもりになっていました。
いつもありがとうございます。
もうそろそろおっぱい揉んだりしたいですね。
あくまで、人助けのために!
人助けのために、ですよ!
またのご来訪お待ちしております。
とまと




