30話 魔槍サルグハルバ
申し訳ありません!
30話と31話を逆にアップしてしまいましたっっ!!
30話を31話の前に挟み込みました!
以後気を付けます!
ごめんなさい!
「侵入者だ!」
「全員、詠唱を始めろ!」
「ヤツらを生かして返すな!」
「捕らえろ!」
「いや、殺せ!」
壁の向こうのオッサンどもが一斉に騒ぎ始める。
物騒な言葉が飛び交い、あちらこちらで魔法陣が展開される。
『 イーガーレ・ボルセノズ―― 』
『 バハ・ヅレボフ―― 』
『 オバドマル・セロ・グェーズディーダ―― 』
いくつもの詠唱が同時多発に始まる。
中には、かなり高位の魔法も含まれているようだ。
こんな古ぼけた遺跡の中だってのに、遠慮する気はないらしい。
お前らと揃って生き埋めとか、俺は御免だぞ。
「ルゥシール!」
「はい!」
俺の呼びかけに、ルゥシールがこちらを向く。
俺はルゥシールに向かって視線を向け、腰の付近を指さして指令を出す。
「ヤツらに食らわせてやれ! 全弾使い切るつもりでだ! 遠慮はいらん! ぶちまけろ!」
「了解です!」
こんなところで魔法の集中砲火など笑い話では済まないからな。
全力で邪魔させてもらう。
俺の指示を聞き、ルゥシールが壁の向こうへと躍り出る。
ルゥシールに向かって低位の魔法がいくつか放たれるが、ルゥシールの速度には追いつけない。
迫りくる魔法をかわし、ルゥシールは魔導士どもの懐へともぐりこんでいく。
そして、すれ違いざまに遠慮なく、袋いっぱいに拾い集めた白いぶにぶにの赤い核を魔導士の顔面目掛けて叩きつけていく。
赤い核は魔導士どもの顔面で破裂し、凶悪な匂いを放つ汁を噴出させる。
「ぐぉっ!?」
「臭いっ!?」
「なんだ、これは!?」
「おぇーっ!」
魔導士どもから悲鳴が上がる。
部屋中に悪臭が充満してしまったが、もろに喰らった魔導士どもよりかはマシだと我慢しよう。
「馬鹿者どもめ! 何をしている! 詠唱を止めるな! 侵入者を討てぇ!」
周りに檄を飛ばす偉そうな魔導士にも、ルゥシールの魔の手は容赦なく伸びる。
「臭さごときで精神を乱すなど、未熟な証拠! 魔導士なら、これしきのことで……クッサァー!? ぎゃあああああああああ! 臭い臭い臭い! 死ぬ! 臭死ぬぅぅうううううっ!」
地面に倒れ伏したかと思うと、胸をかきむしり、もんどりうって地面の上を転がり回った。
臭過ぎて、体が思いもしない動きをしてしまっているようだ。
見ている分にはすごく面白い光景だ。
「ご主人さん! 任務完了です!」
清々しい顔でルゥシールが俺のもとへと戻ってくる。
自分が蒙った被害の分も魔導士どもにぶつけて憂さ晴らしをしてきたような、やり切った感満載のいい笑顔だった。
「素晴らしい手並みだ。流石はルゥシール!」
「えへへ……です」
褒められて嬉しかったのか、ルゥシールはニヘラと笑って頭をかく。
なら、もっと称賛の言葉を送ってやろうではないか。
「今のお前なら、『悪臭のルゥシール』の名をほしいままに出来るだろう」
「いりませんよ、そんな不名誉な二つ名!? 絶対そんな名前で呼ばないでくださいよ!? 定着したら恨みますからね!」
折角インパクトのある名前なのに。
「おい、【搾乳】! とにかくここから出ようぜ! 匂いが酷くてかなわん!」
デリックとエイミーが鼻をつまみながらこちらに向かってくる。
「すまんな。ルゥシールが所構わず匂いを発したせいで」
「ご主人さんがやれって言ったんじゃないですか!? って、わたしが発した匂いじゃないですからね!? そういう微妙な印象操作やめてもらえませんか!?」
実に細かいことを気にする奴だ。
この臭い汁のことは『るぅ汁』と名付けて、お前の必殺技にしてしまえば。
「遊んでないで、早く逃げるわよ! あいつらだって、いつまでも大人しくしてないだろうし!」
エイミーは臭さで涙目になりながらも、地面を転げまわる魔導士たちに警戒の視線を向ける。
いやぁ、あの臭さをもろに喰らったんだ、三日は立ち直れないと思うぞ……
と、思ったのだが。
「……くっ! バカにしおって…………魔導ギルドに喧嘩を売るとどういうことになるか……クサッ! ……思い知らせてっ……ごほっごほっ! おえーっ! ……思い知らせてくれるわっ!」
凄まじい精神力の持ち主が一人、臭い汁を浴びながらも立ち上がったのだ。
「あいつ、るぅ汁に堪えてやがる!?」
「ちょっと、ご主人さん! るぅ汁ってなんですか、るぅ汁って!? 酷いですよ!?」
などとルゥシールが俺に詰め寄っている間にも、魔導ギルドのオッサンは詠唱を始める。
『 オグ・バウリーゼン・ハーバーネル・エ・ウー――高き空より舞い降りし…… 』
おぉ。
アドゥ・ガナーザじゃねぇか。
堕天使の息吹とも呼ばれる、強烈な魔法だ。
空間の酸素を凍結させて一時的に真空空間を生み出す魔法だ。
これを食らった敵は呼吸も出来なくなり、絶命する。そこまでいかなくても、高確率で意識を失い、二度と目覚めない深い眠りに落ちるのだ。
うん。
危険だな。
やめさせよう。
「お前ら、下がってろ」
俺は、ルゥシールたちを俺の背後へと移動させ、手に持った魔槍サルグハルバに手を翳す。
あふれ出る魔力を遠慮なく使わせてもらう。
「はっはっはっ! 今更何をしようとも、もう手遅れだぁ! 喰らえっ! 『――アドゥ・……』……っ!」
「ほい、『 ジェロクラレオ 』っと!」
名を告げると同時に、室内に絶対零度の突風が吹き乱れた。
空気が凍てつき、空中に結晶を形成する。
キラキラと美しく輝く氷の結晶は、しかし凶悪なまでの破壊力をもって生き物の生命を削り取っていく。
音も凍る極寒。
静寂が世界を包み、もんどりうっていた者たちが皆動きを停止させる。
非常に頑張っていたあの魔導士も、ジェロクラレオの発動と同時に床へと倒れ伏し、ピクリとも動かなくなってしまった。
その倒れる音さえも、凍てつく空気は飲み込んでしまう。
俺の耳にはどんな音も届かない。
目に映るのは、細かく煌めく結晶の輝きと、動くものがなくなった開けた空間だけだった。
壁には霜が降り、白い衣をまとっている。
空気が凍ったせいか、先ほどまで充満していた悪臭も感じなくなっていた。
圧勝だ。圧勝。
あの魔導士も頑張ってはいたんだがなぁ。
まぁ、無詠唱に速度で勝つなんて不可能だろう。
「……そろそろいいか」
俺は再びサルグハルバに手を翳し魔力をいただく。
そして、マラークイガーサという行使した魔力を解除する魔法を使用する。
と、凍りついていた空間がひび割れるように瓦解していき、部屋の中は常温に戻っていく。
キンキンに冷えていた耳がじんわりと温まり、ホッとする。
「お前ら、大丈夫だったか?」
振り返ると、デリックとエイミーが抱き合っていた。
…………なんだ、お前らいつの間にそんな関係に……?
「見せつけるつもりなら爆発させるぞ……デリックだけ」
「なんでだ!?」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
俺の指摘に、二人はバッと飛び退き距離を取る。
「ちょ、ちょっと寒かったからデリックの毛皮で温まってたのよ!」
「毛皮なんぞ生えてねぇわ! 俺はクマか!?」
「似たようなもんでしょう!?」
「似てねぇ!」
そんな口論を、若干頬を赤く染めながら繰り返すエイミーとデリック。
……やっぱり爆破するか? デリックだけ。
「若い男女がみだりに肌と肌を密着させるな! 羨ま……けしからんだろうが!」
「羨ましいのかよ……」
「……あ、あたしは、別に…………アシノウラがどうしてもって言うなら……」
とにかく。この遺跡にいる間、何人たりともイチャイチャは禁止だ。
そもそもの話……デリックはロリコンだからな。リアルにエイミーが危ない。
間違いがあったら、ベルムドたちに合わせる顔がない……
もっとも、デリックが責任をもって、エイミーが成人した後に嫁にもらうと誓うのなら…………いや、あの牧場をデリックなんかが継いだら、ヤギが全部ストレスで死んじまう。
ただでさえ経営の苦しい牧場だ、一瞬で破産するぞ。
あそこのミルクは村の名物だからな。それを奪うような真似はしちゃダメだ。
もし、遺跡を出た後デリックがとち狂ったことを言い出したら………………消す。
「ゆめゆめ忘れるなよ、このロリコンがっ」
「お前は、不意にケンカを売ってくるよなぁ、【搾乳】!?」
えぇい、こっちを見るな。ロリコンが伝染する!
感染しないようにロリコン除けの呪文でも唱えておくか。
巨乳が最高、巨乳が最高! 揺れてなんぼだ!
よし、これでいいだろう。
「あぁっ! にしてもくそ寒い!」
デリックがガサガサと自分の腕をこする。
クマみたいだな。
「ヤツら、死んだのか?」
「殺してはいない。子供の前だしな」
「……甘ちゃんが」
デリックが眉をしかめる。
「不服か?」
「いいや」
しかし、その後で口角を持ち上げて、どこか、人を食ったような笑みを浮かべた。
こいつだって、エイミーの前では人殺しなんかしたくないくせに。
なんだかんだで、さっきからずっとエイミーを守るように行動しているしな。
面倒見がいいのか、ロリコンが手遅れな段階まで来ているのかのどっちかだろう。
3:7で後者だが……
「で、こいつらはいつまで寝てるんだ?」
「しばらくは目を覚まさないだろう。仮死状態ってやつだ」
「んじゃ、向こうの部屋を調べてくるぜ。ついでに上着でもあれば拝借する」
相当寒かったのか、デリックは言い残してさっさと壁の向こうへと向かっていった。
「嬢ちゃんも来い。風邪引いちまうぞ」
「あ、うん!」
エイミーは返事をした後、こちらに顔を向けて「あんたも早く来なさいよ。あいつだけじゃ不安だから」なんてことを言ってきた。
デリックよ。頼りにされてないぞ。気の毒に。
エイミーも寒かったのか、腕を抱えるような格好で壁の向こうへと駆けていった。
「ご主人さん」
ルゥシールが俺を呼び、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その度にたゆんたゆんと大きな胸が誇らしげに揺れる。
よかった。凍らなくて。
「よかった。凍らなくて」
「……ご主人さん。また漏れてますよ」
ルゥシールが困ったような顔で、口元を指さす。
おぉっと。また心の声が漏れていたか。
「それにしても、凄い魔法でしたね……」
「ん? おぉ、まぁな。……って、お前」
ルゥシールも他の二人と同じく、寒そうに自分の腕を抱いている。
手のひらで二の腕をさするような素振りを時折見せる。
魔法を解除しても、絶対零度の強烈な魔力は体に刻まれ、まだ尾を引いているようだ。
「寒かったか? 悪かったな」
「いえ。半分は、驚きのせいですから」
よく見ると、ルゥシールの腕が小刻みに震えていた。
「……怖い、か?」
「いいえ。感動です」
感動……されるようなことだろうか?
俺が小首を傾げると、ルゥシールはどこか自慢げに、腕を抱えていた手を腰に当て、胸を張って満面の笑みを浮かべてみせた。
「ウチのご主人さんは、やっぱりすごい人だったんだなって」
「……っ」
寒さのせいだろう。
きっとそうなんだろうが……
頬をリンゴのように赤く染めて、嬉しそうな笑顔でそんなことを言われると……
ときめいちゃうだろうが、まったくもう。
「……と、とにかく、寒くしたのは悪かった。敵を殺さずに行動不能にしたくてな。魔力を解除するタイミングをずっと見ていたんだ。早過ぎると行動不能に持って行けないし、遅すぎると死んじまう。微妙なラインだったんだ」
なぜだろうか。
口から勝手に言い訳が飛び出していく。
「はい。分かっています。寒いのなんて、全然気にしていませんよ」
「いや、でも、あれだ。風邪とかな、引くといけないだろ? なのに、敵の方ばっかり見て、お前たちのことを気にかけている余裕がなかった。それは、リーダーとしては反省するべきだと思うし、なんつうか……その…………まぁ、つまりな」
頭の処理が追いつかない。
考えるよりも早く言葉が零れ落ちていき、それに焦って、ついには体が勝手に動き出してしまった。
俺の思考などとは関係なく、俺の身体は台座を降り、ルゥシールの隣へと歩み寄っていく。
そして、おもむろに……
「へ? ご主人さ…………ぅにょっ!?」
ルゥシールを抱きしめていた。
「…………ご、……ご主人……さん?」
「いや、だから、これは……アレだ」
なんだよ?
なんだっていうんだよ?
なんて言うつもりなんだ、俺は?
頭はパニックを起こし、何も考えられない。
にもかかわらず、俺の口は勝手に動き続ける。
腕にも勝手に力が入って、グッとルゥシールを抱き寄せる。
「…………寒いだろうから、温まれ。俺の身体でよかったら、いつでも貸してやるから」
なに言ってんだ、俺?
なに言っちゃってんだよ、俺?
流石にこれはないだろう?
ルゥシールだって、困るだろう。
許可なく女に抱きつくなんて、無自覚でおっぱいを揉みしだくことよりも大変なことだ。
……ん?
いや、無自覚なら揉みしだいたっていいだろうよ?
無自覚なんだから。
悪意はないし。
故意じゃないし。
けど、……これは、ダメだろ?
普通の女なら怒る。
短気な女ならブチ切れる。
なのに……
ルゥシールは俺の首筋に頭をそっと乗せて、体重を預けてくる。
そして、微かに震える声で、こんな言葉を囁いた。
「…………では、少しだけ」
心臓がはねた。
息が詰まった。
ルゥシールの声を聞いた耳が、ジンジンと熱を帯びていく。
「……あ、あぁ。ごゆっくり」
そんな場違いな言葉を吐いた後、俺はそこから先ひたすらに黙りこくっていた。
抱き寄せたルゥシールの肩が、凄く冷たいな……なんてことを、漠然と考えながら。
俺はそうして、しばらくの間ルゥシールを温め続けた。




