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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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3話 儲けたお金でお買い物

「結構いいお金になりましたね」


 ルゥシールが上機嫌で後ろをついてくる。

 グーロの毛皮やその他の諸々は解体屋に頼んで各素材へと切り分けてもらってから、肉以外を冒険者ギルドに引き渡した。グーロの爪からは眩暈や耳鳴りに効く薬が作られるとかで割といい値が付いた。毛皮は、頭部が吹き飛んでいたことと、魔法の余波で所々が焦げてしまったために値が下げられてしまったが……。

 冒険者ギルドで得た金額は合計で24000Rbになった。宿代が500Rbなので、単純に四十八日分だ。が、そこから食費や消耗品などなどを差っ引くと、だいたい二十数日生活するのがやっとだろう。

 細々と生活をする気もないし、武器の修理代も必要だ。今回の戦果は、俺にとっては大した金額とは言い難い。


「あとはお肉がいくらで売れるか、ですよね?」

「これは金にはしない」

「獣一頭を全部自分で食べるんですか!?」

「食うか!」


 こんな保存の利かないもんを独占するつもりはない。

 これは宿屋の親父に『提供』するのだ。


「そうすれば、宿代が数日分タダになるし、食事も少し豪勢になる。トータルで考えれば換金するよりも得なんだ」


 おそらく肉を売っても7000Rb程度だろう。

 それなら、うまく交渉して宿代十五日無料プラス晩飯に一品追加などにしてもらった方がはるかにお得だ。

 俺がこの村に来てすでに二ヶ月以上が経過している。この先、古の遺跡攻略にどれだけ時間がかかるか分からない以上、こういう地道な節約が物を言うのだ。


「色々考えているんですね」

「冒険者生活が長いからな。無知では生きていけないんだよ」


 人差し指で自分のこめかみをトントンと叩いてみせる。

 とはいえ、自慢するようなことではないのだが。ようは、図太くないと損をするというだけのことだ。

 それでもルゥシールは「はぁ~……」と長い息を漏らし俺を見つめていた。呆れられてるのかと思いきや、どうやら感心しているらしい。

 こんな(こす)いことで見直されるのもどうかと思うんだがな。


 武器の引き取りは後にするとして、とにかく嵩張る獣肉を宿屋へ持っていくことにする。

 重そうなので俺が持とうと思ったのだが、「恩返しですから!」と、ルゥシールに奪われてしまった。

 どうやら、俺の身の回りのあれこれをみんな引き受けるつもりらしい。

 本人がそれを望み、それで満足出来るのなら、俺からは特に何も言わない。

 楽出来るしな。


 宿屋の店主に獣肉を提供すると、店主は諸手を挙げて歓喜の声を上げた。

 この店主、実は料理が大好きらしく、今回のように食材を持ち込むと大喜びをして宿代をサービスしてくれるのだ。でっぷりと太ったその外見からして、食にうるさそうではあるが……いや、食にうるさくないから何でも食べて太るのかもしれないが。

 そんなわけで、俺は交渉の結果十日間の無料宿泊を勝ち取っていた。当初の予想よりも日数が減ったのは、シングルからダブルの部屋に変えてもらったからだ。

 さすがに二部屋押さえるには至らなかったが、今日からはベッドがふたつになる。やはり、床で寝るのは辛いからな。


「あのぉ……わたし、本当に床でも問題なかったんですが……」

「俺が嫌なんだよ。お前は俺の奴隷じゃないからな。扱いは対等にするさ」

「優しいんですね」

「まぁ、別に紳士ぶるつもりはないが……気になるからな」


 ルゥシールが率先して雑務をやりたがるように、俺は俺でルゥシールを気遣ってやるくらいのことはしたいのだ。優しさというわけではなく……こう…………そばで無理をされるのは嫌なのだ。

 そんな自分都合の勝手な理由なので、ルゥシールは気にする必要はない。

 

 狩りに出たおかげで朝食が食べられなかった俺たちは、遅い朝食と昼食を兼ねて宿屋の一階で飯を食うことにした。

 この宿屋、店主の趣味が高じて一階が食堂になっている。

 味はいまいちだがボリュームは凄まじい。

 ……そう、味はいまいちなんだよな。下手の横好きという奴だ。店主も自覚して、料理人でも雇えば、ここももう少し繁盛すると思うのだが……


 その後、味はいまいちのくせにボリュームだけが凄まじい料理を食い……最後の方は拷問かと思ったが……しばし食休みをしてから席を立った。

 武器屋に修理を頼んだ剣を取りに行くのだ。

 鍛冶屋に直接持ち込むのはルール違反だそうで、修理の依頼は武器屋を介する必要があった。まぁ、武器屋と鍛冶屋は持ちつ持たれつ。どっちかが一方的に勝手を始めると商売に歪をきたすのだろう。小さな村なら尚更だ。


 宿屋は、メインの通りから一本奥に入った道に建っている。

 この細い路地を越えれば、冒険者ギルドや商館などが並ぶメインストリートに出る。その大通りの突き当たり、村の中央には広場があり、その広場を見下ろすように教会の細長い屋根がそびえたっている。

 小さいながらも、穏やかな雰囲気が漂う田舎町。それが、ここオルミクルに対して俺が持っている印象だ。


 目指す武器屋は、その大通りの先にある。

 特に見る物もない村の中をだらだらと歩く。

 ルゥシールは何が面白いのか、興味深そうにあたりをキョロキョロしていた。


「ご主人さん。この辺って、木の家が多いんですね」

「まぁ、森が近いからな」


 もっと都会へ行けば、石造りやレンガ造りの建物も多くなるだろうが、この村は殆どが木造だ。教会も木で出来た簡素なものだ。

 無論、道も舗装などされていない剥き出しの土だ。

 王国の勢力内であることを示すために設置されている冒険者ギルドの支部にある蔵が、唯一石を積み上げて作られている。

 この村の文明度の低さが窺えるというものだ。


「田舎故に、女子たちもどこか垢抜けてないんだよなぁ……」

「また可愛娘ちゃんですか?」

「あぁ。どっかにいないもんかなぁ」


 目の上に手のひらを翳し、ぐるりと辺りを見渡してみる。…………うん、いない。

 村に滞在して二ヶ月少々。おそらく、この村で会ったことのない人間はいないだろう。小さな村だからな。

 だから俺は、もう期待することをやめたのだ。ここにはいない。……はぁ~あ。


 と、隣を歩くルゥシールが背筋を伸ばし、ワザとらしく咳払いをする。

 ちらちらとこちらへ視線を向けては、その度にすまし顔を見せつけてくる。

 ……何の真似だ?


「本当にいませんか? 可愛娘ちゃん」

「……あぁ。見当たらないな」

「ん、んんっ! もっとよく見てください」

「………………あ、前方に、かつて美人だった可能性がないこともない女性(推定九十歳)を発見」

「もっと近くです! たとえば隣とか!」


 眉を吊り上げ訴えかけてくるルゥシール。

 ジッと見つめると、不機嫌そうだった顔をくしゃりと和らげて笑みを作る。


「自分がそうだと言いたいのか?」

「え、やっぱりわたしって可愛娘ちゃんに見えちゃいます? まいったなぁ~あはは」

「頭悪そうなので減点」

「なんでですか!? 頭関係ないです! それに、私頭悪くないです!」

「じゃあ、お前が知っている一番難しい言葉を言ってみろ」

「え……………………………………五臓六腑?」

「ふん……」

「なんで鼻で笑うんですかぁ!?」


 アホの娘は放っておいて、俺は目的地へと足を向ける。

 そろそろ大通りの端、村の入り口に着く。入り口付近は、中央広場には負けるものの、それなりに大きな広場になっている。

 村に店を持たない者が、ここで露店を開いていることがよくある。中央広場に店を出せるのは、教会が決めた日だけだからだ。今日も、小さな露店がいくつか地面にシートを広げていた。

 ここを曲がった先に武器屋があるのだが……


「わぁっ!」


 突然、ルゥシールが声を上げ、露店へ向かって走って行ってしまった。興味を持ったらしい。

 楽しげに商品を眺めるルゥシール。その背中越しに覗き込むと、そこには山で採れる木の実や果物、加工された花飾りなどが並んでいた。


「見てください、ご主人さん! 綺麗ですねぇ」


 陳列された色とりどりの花飾りを見て、ルゥシールが瞳をきらきらさせている。

 店番をしている軽薄そうな青年がニヤリとほくそ笑んでいた。カモだと思われてるな……

 こんな、そこらに咲いている野花を加工しただけの物など……げ、ひとつ300Rbだと? ぼったくるのも大概にしろ。

 こんな花飾りを買うくらいなら、渦巻きチョコパンを三十個買うわ!


 店頭に張りつくルゥシールを引きはがして店を後にしようとしたのだが、店員が目敏くそれを阻止してきやがった。


「どうだい兄さん? 可愛い彼女にプレゼントでもしてあげたら?」


 とんでもないことを抜かすヤツだ。

 突然の言葉に、ルゥシールも顔を赤くして狼狽して…………いや、なんか喜んでるな。


「き、聞きましたか、ご主人さん? わたし、『可愛い彼女』って! 『可愛い』って!」


 そんなことが嬉しかったのか……

 そんなくだらないことで喜んでいるこいつを見ていると、…………なんかムカつくな。


 可愛いってんなら、俺だって思っていたさ。

 けどな、これから一緒に旅をしていこうってヤツに、面と向かって「お前は可愛いな」とか言えるか? 言えるわけないだろう、恥ずかしい。その後の気まずい雰囲気を考えろってんだ。

 女子相手に、平気で「可愛い」なんてのたまえる奴は責任感の希薄なヤツに違いないのだ。

 俺だって言うことくらいは造作もないんだ。

 むしろ、俺の方が先に可愛いって思ったしな。

 けど、あえて言わないんだ! そこんとこ誤解しないでもらいたい。


 だいたい、「可愛い」と言われたくらいで照れているこいつもどうかと思うがな。

 そんなに嬉しいか?

 可愛いのが事実な以上、ごく当然の情報を再確認しただけだろうに。

 誰に言われるでもなくルゥシールは可愛いのだ。それが事実なのだ。

 自信を持って胸を張っていればいいのだ。

 繰り返すが、誰に言われるまでもなくそれが事実なのだから!


 ……だから、そんな軽薄な男ににこにこした顔を向けんな、イライラする。


「今なら、このゴムを付けて髪止めにしてあげるよ? どうだい?」


 ここぞとばかりに店員が売り込んでくる。

 商魂たくましいことだ。


 しかし、髪留めか……


 ルゥシールの長い黒髪を見る。

 柔らかそうで艶のある長い髪。

 癖ひとつないサラサラのストレートヘアである。腰の付近で毛先が躍る。

 この髪形はルゥシールをおしとやかに見せる効果があり、なかなかにいいものである。のだが…………そうか、髪留めか……ポニーテールとか、見てみたいかもな。


 一瞬、俺の心の針が【購入】へ大きく傾いた。

 しかし! ここで購入したら、店員に負けたことにならないか?

「店員が可愛いねと言ったから、今日は花飾り記念日」……って、冗談じゃない。


「必要ない」


 なんとなくイラついて、きつい口調で言い捨ててしまった。

 ルゥシールと店員が揃ってこちらを向く。


「いやいや、兄さん。ここはドーンと買ってやるのが男気ってもんでしょうよ?」

「うるさい。必要ないものにかける金はない」

「ケチケチ言ってると、そこの可愛い娘に愛想尽かされちゃいますよ?」


 カチン――ときた。

 お前に何が分かる。

 お前に言われたくない。

 ……おまけに、また「可愛い」って言いやがった。


 なんでかは分からん。

 しかしながら、非常に不愉快だ。


「なぁ、ルゥシール。これを買わないと、お前は俺に愛想を尽かすのか?」

「え? い、いいえっ! そんなこと、あるわけないです!」

「だとよ」


 完全論破だ。

 本人が完璧に否定した。

 まだ出会って二日目だが、出会って数分のお前よりかは分かり合っているんだ。

 割り込んでくんじゃねぇよ。


「なんだよ、しょっぱい男だなぁ……」


 店員の口調が変わる。

 俺を客とみなさなくなったのだろう。ふん、上等だ。

 さっさとこの場所を離れよう。


「なぁ、お嬢ちゃん。ルゥシールちゃんってのか? 後でこっそりここにおいでよ、俺がひとつプレゼントするからさ。あんなケチな男は放っておいてさ。な?」

「あ、いえ。わたしは……」

「いいからいいから! 絶対似合うって! これつけてさ、一緒に飯でも食いに行こうよ」


 あろうことか、ルゥシールを口説き始めやがった。

 これは怒っていいだろう。

 別に、ルゥシールがどうとかではなく、これから旅を共にしようという仲間にちょっかいをかけ、不和を起こさせようとしているのだ。この男の犯した罪は大きい。

 切って捨てても、きっと怒られない。

 ……ち、俺の剣は今修理中か…………


「な、いいじゃん? な?」

「いえ、そういうのは困りますんで……」

「じゃあじゃあ、二個! 二個プレゼントするから!」

「いえ、数の問題ではなくて……」

「これつけたらすっげぇ可愛くなると思うけどなぁ!」


 くどい!


「やかましいぞ、店員! ルゥシールは、こんなもんつけなくても十分可愛いんだよっ!」


 ……

 …………

 ………………静寂。


 ……………………はっ!?


「ご、ご主人、さん…………?」

「あ、いや……違…………その……」


 首の付け根がじわ~っと熱くなっていく。

 口から零れ落ちそうなほど心臓が暴れている。

 ……俺は、何を口走った?


 俺の思考回路が機能を停止する。

 何も考えたくない。

 真っ白になった頭に、この次に取るべき行動が箇条書きで浮かんでくる。



1、走って逃げる

2、開き直ってルゥシールに甘いセリフを囁く

3、目撃者である露天商の青年の口を封じる



 強いて挙げれば…………『 3 』か……?


 そんなことを考えていると、ルゥシールと視線がぶつかった。

 顔を真っ赤に染め、口はアホまるだしでぽかんと半開きになり、小鼻がぴくぴく膨らんでいる。もともと大きな目が限界以上に見開かれて、ジッとこちらを見つめていた。

 ……やめろ、見んな!


 金縛りのように体が硬直して動かない。

 一秒でも早くこの場所を離れたい。

 じゃないと、俺の体が発火する…………


 と、視界の端に悪魔が見えた。

 そいつは、露天商の青年の皮を被っていて、不気味な笑みをニタリと浮かべていた。

 …………嫌な予感がする。


「いやぁ~、これはこれは。またとんだ失礼をしてしまいましたねぇ」


 青年の口調が店員のそれに戻っている。

 こいつ……軽薄な男は演技で、本当は、骨の髄まで商人なんじゃないだろうな……

 そんな気がするのだ。

 嫌な汗が噴き出す。

 あの笑み。あの口調。

 この店員は気が付いてしまったのだ。どんな言葉を発すれば、俺が商品を購入するのかを。

 客に商品を買わせるための嗅覚が、それを嗅ぎつけてしまったのだ。


 そして悪魔の口が開かれる。そして発するのだ。

 俺には抗うことの出来ない、とっておきの、俺専用の売り言葉を。


「あなたのおっしゃる通り、そちらのお嬢さんは何もつけなくても十分可愛……」

「よし、買った! その花飾りをひとついただこうかな!」

「いや、でも、わざわざ買っていただかなくても、お連れのお嬢さんはとっても可愛……」

「何をしているんだい、ルゥシール君! 早くこちらに来て好きなものを選びたまえ! どれも素敵だから、よく吟味してね!」

「いやいや、お客さん。うちの商品なんか、お嬢さんの可愛さの前では……」

「ふたつ! ふたつ選びなさい、ルゥシール君! 好きなものをふたつばかり頂いていこうじゃないか!」


 店員の声をかき消すがのごとく、俺は喉が張り裂けんばかりに声を上げた。

 客観的に自分の発言を聞きたくない……

 あの店員…………やっぱりプロだな。本物の商人を見たよ……


「「え、いいんですか?」」


 と、ルゥシールと店員が声を揃えて聞いてくる。

 ルゥシールは遠慮がちに。

 店員は心底嬉しそうに。

 あぁ、もちろんいいとも。……もう、好きにしてくれ。


 その後ルゥシールはとてつもなく真剣な眼差しで商品を吟味し、最終的に薄水色と淡いピンクの花飾りを選んでいた。どちらにもゴムを付けて髪留めにしてもらう。


「ありがとうございました、ご主人さん」


 どこか申し訳なさそうに、でもそれ以上に嬉しそうに、ルゥシールが買った商品を大切そうに両手で握りしめている。

 ……まぁ、グーロを売った金もあるし、これくらいはいいか。

 ふたつで600Rb。宿屋に一泊するよりも割高の買い物だったとしても……まぁ、いいだろう。


「わたし、凄く嬉しいですっ!」


 あんな笑顔を見せられちゃ、怒る気もへこむ気も失せるというものだ。


 ……って、何やってんだろうな、俺。


「……って、何やってるんでしょうか、わたし」


 ほぼ同じタイミングで、ルゥシールが俺の心と同じセリフを呟いた。

 なんだ?

 なんで急に落ち込んでるんだ?


「あの、ご主人さん! 申し訳ありません!」

「な、なにがだ?」

「わたし、恩返しをしに来たはずが……戦闘では役に立たないし、宿ではベッドを譲っていただいたし、食事もごちそうになって、おまけにこんな素敵な贈り物まで…………」


 さっきまで満開だった笑顔が一瞬で泣き顔に代わる。


「何のお役にも立てずに、もっ……もう…………もうじわげあでぃまぜんっ!」

「泣くな! 泣かなくていいから! 役に立ってるって、ほら、グーロ運んでくれたし!」

「ぞ、ぞの程度のごどじが…………わだじ……わだっ…………」


 大きな目からボロボロ涙が零れ落ちていく。

 なんとなく、こいつの魂が零れ落ちているような気がして、気が動転した。


「いや、楽しいぞ? お前といると、飽きないというか、見ていて癒される的な?」

「では! ではせめて! ご主人さんが見ていて和めるような、そんな格好をしたいと思います!」

「和めるような格好!?」

「何かご要望はありませんか!? ……その、人前に出るのに恥ずかしくない範囲で…………いいえっ! ご主人さんを和ませるためなら、わたしはどんな格好だって厭いません! 何なりとお申しつけください!」


 どんな格好でもと言われても…………

 全裸がいいと言ったら、こいつは本当に全裸になるのか?

 ……なりそうだな、今の勢いなら……それはとても危険なことだ。


 何かないか?

 常識の範囲内で、且つルゥシールが納得しそうな格好……おそらくそれは、俺が本心から見たいものでなければいけないのだろう…………何か………………あ。


「ポニーテール……」

「へ?」


 そうだ。

 ついさっき考えていたじゃないか。

 髪留めを買うのであれば、ポニーテールを見てみたいって!

 真っ直ぐで艶めく美しい黒髪。それをアップでまとめて、色白のうなじがチラリで、色っぽさ三割増しだ!


「ルゥシール! 俺はお前のポニーテールが見たい!」

「ポニーテール……ですか?」


 ルゥシールが少し戸惑っている。知らないのか、ポニーテール?

 しばし黙考し、思い至ったようで拳を手のひらにポンと打ち付け、その直後に赤面した。

 何かしらの想像が脳内を駆け巡っているのか、ルゥシールは一人で百面相をし、視線を泳がせている。ちらちらとこちらを窺っては「え……いや、でも……」と、身悶えては首をひねっている。


「……ダメか?」

「い、いえ! 平気です! かならずや、ご期待に添えてみせます!」


 真っ赤な顔をして、ルゥシールが叫ぶ。

 物凄い慌てっぷりだ。

 普段髪を下ろしている人にとって、うなじを出すっていうのはやはり恥ずかしいことなのだろうか。

 でも、だからこそいい!

 これくらいの恥ずかしさを体験することで、ルゥシール自身が「頑張ってる」と思えれば、多少は罪悪感や無力感も消えるだろう。


「で、では、わたしはちょっと、準備をしてきます!」


 言い捨てて、ルゥシールは大通りを駆け戻っていった。

 準備って……ここでも出来るんじゃないのか?

 まさか、宿屋まで戻って髪を結ってくるつもりか?

 まぁ、『恩返し』という大層な響きに相応しいものにしようと思えば、この場で適当に結んだポニーテールでは納得出来ないのかもしれない。

 そういうことなら期待させてもらおう。ルゥシール、渾身のポニーテールに。


 俺は、ルゥシールを待つ間に、武器屋へと足を向けた。







 深く落ち着いた色合いをした床がひんやりとした印象を与える、重厚な造りの店構え。

 店内に並べられた棚には、大小様々な武器が陳列されている。

 この村唯一の武器屋。兼、修理の受付窓口。

 包丁や鎌や農具などの生活雑貨用品も同時に扱っており、並ぶ商品は雑多で、武器だけで見てもその性能は平均よりやや低いレベルの物ばかりだ。

 カウンターの奥には、それなりに値の張る武器も置いてあるようだが。


 ドアは常に開け放たれており、いつでもウェルカム状態の店だ。

 カウンターの奥で、この店の店主がクレイモアという大振りな剣を愛おしげに磨いている。

 相当値の張る武器なのだろう。息を吹きかけ、乾いた布で拭き取り、刃に映る自分を見つめてうっとりとため息を漏らす。

 四十代半ばの、口髭を蓄えた筋肉質なオッサンが、頬を染めて刃物にはぁはぁ息を吹きかけている様は異様極まりない光景だ。

 ……こいつ、刃物に対して何を欲情してるんだ?

 なんとなく話しかけるタイミングを逸してしまったので、あえて空気を読まない入店の仕方を敢行する。


「オヤジ! 俺の剣、修理は終わったか!?」

「ぅおっ!? なんだなんだ!?」


 足音を荒げて店内に踏み込むと、店主は大慌てでクレイモアをカウンターの下へと隠した。

 いやいや。そこは普通、構えるところだろう。クレイモアは武器だぞ?


「相変わらず変態真っ盛りだな、この刃物フェチ」

「なんだ、あなたでしたか」


 店主は俺の顔を覚えているようだ。

 まぁ、割と頻繁に顔を出すようになっているし、不思議はないかもしれない。


「あんな特殊な剣、そうそう簡単に修理出来ませんよ」

「材料まで渡してあるんだ。何とかしてくれ」

「何とかはします。けど、すぐには無理です。最低でもあと七日は必要ですよ」

「なんてこった……」


 俺は盛大にうなだれる。

 つまり俺は、あと七日間武器がないのだ。手ぶらだ。

 これじゃあ、遺跡探索に行けないではないか。


「急ぎの用があるなら、代用品でも買っていけばどうです?」


 人の良さそうな顔をしたこの店主は、柔和な笑みから人の好さがにじみ出ている。威厳というよりも人望というものが感じられる顔だ。

 そんな店主なのだが、商売に関しては抜け目がない。

 ワザと修理を長引かせてたりしないだろうな?


「なんなら、レンタルでもいいですよ。後で返してくれるなら、四割引きの値段でお貸しします」

「レンタルか……」


 それはありかもしれない。

 必要になるのは修理が終わる七日間だけ。

 新調するにはもったいない。


「ちなみに、刃こぼれとかするとどうなるんだ? 買い取りか?」

「刃こぼれ程度でしたら、こちらで修理出来ますし、構いませんよ。真っ二つに折れた、とかは困りますけどね」


 つまり、無茶な使い方をしなければ安く上げることが出来るのか。……ふむ。


「しかし、いいのか? よそ者の俺を信用して武器のレンタルなんて」

「お客さんの顔は、もうとっくに覚えてますからね。保証人が必要なら、私がなりますよ」


 そう言って豪快に笑う。

 小さな村で、尚且つあまり人が訪れないことも手伝って、ここを訪れる者は自然と目立つ。顔を覚えられるのも早いのだろう。


「それに、お客さんはこの二ヵ月で四回も修理の依頼をしてくれてますからね。もうお得意様みたいなもんですよ」


 いささか、武器を壊し過ぎている感はあるが……それも仕方ないことなのだ。冒険者とは、そういうものなのだ。


「分かった。ではお言葉に甘えて剣をひとつ貸してもらうよ」

「はい。好きなものをお選びください」

「じゃあ……」


 俺は店内をぐるっと見回し、最終的にカウンターを指さした。


「そのクレイモアを貸してくれ」

「これはダメです」


 店主がクレイモアを抱きかかえて笑顔で拒否する。


「それが、この中で一番いい武器だろうが!」

「いい武器だからこそ、ダメなんです!」


 抱きかかえたクレイモアに頬ずりを始める店主。

 おい、よせ! 斬れる斬れるっ!


「そっちに突撃槍がありますよ? それなんかどうです? 頑丈ですし」

「馬にも乗らないのに、突撃槍なんか使えるか! いいから、クレイモアをよこせ!」

「ダメですダメです! お客さん、よく壊すから!」

「借り物では無茶はしない!」

「私の目を見て言えますか!?」

「それは断る!」

「ほら、やっぱりじゃないですか!」


 力づくで強奪しようとクレイモアに手を伸ばすも、店主はクレイモアに抱きついて離さない。すごい執念だ。

 そんな感じで、店主との地味ながらも激しい攻防を繰り広げていると、不意に人の気配がした。

 振り返ると、ルゥシールが入店しており、俺の後ろに立っていた。


「あ、あの……ご主人さん…………準備、してきました、ポニーテール、です………………ど、どうですか?」


 恥ずかしいのか、視線も合わせずにそう告げる。

 が、ルゥシールの髪はすとんと重力に任せて落ちている。いつも通りの髪型だ。


「……? どこがポニーテールなんだ?」

「それは、その…………こほん! で、では、見ていてくださいね」


 そう言うと、ルゥシールはぎこちない動きでゆっくりと回転を始めた。

 何が始まるんだ……?

 と、思った、その時――


「はぁっ!?」

「なんとっ!?」


 俺と店主が揃って声を上げる。

 ルゥシールは、ちょうど俺に背を向ける格好で立ち止まり、肩ごしにこちらへ視線を向ける。


「ど、どうでしょう? ポ、ポニーテールです」


 確かに、ポニーテールだった。

 こちらを向いているルゥシールのお尻の下……軽くたくし上げられたスカートの中から覗いているのは、ふさふさとしたいい毛並みの尻尾。ポニーテールであった。


「いや、ポニーテールって、それもたしかにそうだけど、そうじゃねぇよ!」

「えっ、違うんですか!?」


 心底驚いている様子のルゥシール。だが、こっちの方こそ驚きだわ!

 どこで手に入れてきたんだ、そのポニーテール!?

 俺は、ルゥシールにポニーテールの説明をする。

 説明を聞き終えた直後、ルゥシールの顔は小さな爆発音とともに真っ赤に染まった。

 とんでもない勘違いだ。


「そ、それでしたら、今すぐにでも!」


 そそくさと移動して、棚の影へと身を隠す。

 次に姿を見せた時には、ルゥシールは見事なポニーテールになっていた。

 もちろん、髪の毛を後頭部で結んだ、お馴染みのポニーテールだ。


「い、いかがでしょうか?」

「お、おぅ。いいな。うん。似合ってるよ」

「……へへへ。ありがとうございます」


 恥ずかしげに俯き、あらわになったうなじを何度も手で触れる。

 普段出していないところを露出させるのが恥ずかしいのだろう。両腕が忙しなくうなじを行ったり来たりしている。

 文句なしに可愛い。

 すげぇ似合ってる。

 下ろしてるのもいいけど、アップもいい。


 ……で、いつの間にやら下のポニーテールが消失していた。


「なぁ、ルゥシール。下のポニーテ……」

「言わないでください」

「いや、どこにやったんだよ、ポニー……」

「聞かないでください」

「…………」

「…………」

「っていうか、あれ、どうやって固定して……」

「ご主人さんっ!」


 頬を膨らませ、泣きそうな目で俺を睨む。

 マジ切れだ。

 本気で恥ずかしかったらしい。

 ……いや、でも、どうやって固定を………………


 謎を残したまま、ルゥシールの下のポニーテールは永遠に失われることとなったのだった。


「こ、こほん……。それで、持っていく武器は決まりましたか?」


 妙に赤い顔をして、店主が話を元に戻す。

 そうだった。武器のレンタルをしてもらうんだった。

 とはいえ……


「そのクレイモアを見た後で、それより劣る武器など持っていけるわけないだろう」

「う~ん……」


 森にはグーロのような強力な魔物も生息している。

 こっちは命懸けなのだ。

 妥協は出来ない。


 唸る店主を眺めていると、隣にルゥシールが寄ってきた。

 動く度に、後頭部で花飾りがぴょこぴょこと動いている。

 赤と青の花飾りをふたつともつけているので見た目にも鮮やかだ。それでいて柔らかい雰囲気を持っている。

 割といい買い物をしたのかもしれない。


 ルゥシールも気に入っているのか、気が付くと花飾りを指で撫で、嬉しそうに笑みを浮かべている。


 店主が、そんなルゥシールに見惚れていた。


「ん、んん!」


 ワザとらしく咳払いをすると、店主は慌てて目を逸らし、手扇で襟元へと風を送る。

 分かりやすく顔に出る男だ。


「とにかく、これはレンタル出来ません。どうしてもクレイモアがいいのでしたら、買い取ってください」

「買い取るといくらになるんだ?」

「25800Rbです」


 25800Rb……か。


 現在の所持金、25400Rb。

 花飾りの髪留め、300Rb×2個=600Rb


 俺は、ルゥシールの肩にそっと手を置く。


「ルゥシール、申し訳ないんだけど……」

「嫌ですっ! これだけは! これだけはっ!」


 半狂乱でルゥシールが叫ぶ。

 涙をまき散らして、後頭部の花飾りを懸命に守ろうとする。

 しかし、世の中、金が物を言うのだ。

 金をケチったばっかりに命を落とすことだってあり得るのだ。


「また今度、別のを買ってやるから!」

「嫌です! 別のじゃダメなんです!」

「遺跡探索のついでに狩りもするから! 明日には買えるから!」

「違うんです! これがいいんです!」


 強情なヤツだ。


「そんな安物、どれも同じだろう?」

「同じじゃありませんっ!」


 慰めようとして、軽い口調で発した言葉を、俺は一瞬後悔した。

 そうさせるだけの悲痛さが、ルゥシールの叫びには含まれていた。


「……これは、初めてご主人さんにもらったプレゼントで、大切な、わたしにとっては本当に大切な物なんです。……似た何かじゃ、ダメなんです…………これがいいんです。ご主人さんに似合うって言ってもらえた、この花飾りが…………」


 ごくりと、誰かの喉が鳴る。

 俺かもしれないし、ルゥシールかもしれない。

 静かな、とても静かな時間が流れる。


「……わがまま言って、ごめんなさい…………」


 これは、あれだ。

 ダメだな。

 これを取り上げるなんて、どこぞの国の王様でも不可能だろう。


 しょうがない。適当な武器で我慢するか。


「……分かりました」


 静かな時間の中で、最初に口を開いたのは、店主だった。

 静かな呟きの後、店主がグッと、クレイモアを突き出してくる。


「レンタルを、認めます!」

「……いいのか?」


 こくりと頷く。

 瞼はきつく閉じられ、歯は食い縛られている。

 クレイモアを差し出す手も小刻みに震えている。


「……大切に、扱ってあげてくださいね」

「あぁ。任せとけ!」


 俺はクレイモアを受け取り、レンタル料金の15480Rbを支払った。


「ルゥシールも何か武器を持っておくか? 残金、そんなにないけど」

「いえ……わたしは、武器とか使ったことがないので……」


 ダークドラゴンであるルゥシールの戦闘スタイルは、基本魔法と特殊能力、爪や牙に、あとは素手だろう。

 たしかに、武器を振り回すドラゴンなど見たこともないな。


 俺は納得し、クレイモアを背負って武器屋を後にする。

 そのまま、南部の森へと向かい、その奥に佇む古の遺跡を目指した。








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