27話 お袋のこと
「ほら、きびきび拾え」
「うぅ……臭……くはないんですが……気分的に嫌ですぅ……」
床に散らばった、ぶにぶに共の赤い核を、ルゥシールに拾わせている。
魔力など残ってはいないが、この核を潰せば悪臭を放つ汁が迸ることが分かったので、一応回収しておくのだ。
敵に投げつけて嫌がらせも出来るだろうし。
「敵のボスがここ一番って時に、カッコつけて能書きを垂れ始めたらすかさずその核を潰して雰囲気をぶち壊してやるのだ!」
「……あんた、やることと考えてることが、ホンット子供よね」
子供が偉そうに意見してくる。
バカめ。何も分かっていないな。
敵のボスなんてのは、ここ一番でカッコつけたがる生き物なのだ。
「よく来たな……」とか、「見せてやるぞ、本当の恐怖をな!」とか、そういうことを言わずにはいられない生き物なんだよ。
そこを挫く!
そうすれば、敵は物凄く凹む!
敵が凹めば、俺はとても清々しい気分になる。
すっきり。
ほら、いいこと尽くめじゃねぇか。
「……ガキ」
なんだか、物凄く見下された気がした。
勝手に人の思考読んで、勝手に呆れるなんて、あんまりじゃないだろうか。
っていうか、徐々に怖くなってきたよ、エイミーの読心術。
俺は、そっとエイミーから距離を取る。
と、デリックが動かなくなったぶにぶにの身体を突いたり摘まんだりしていた。
「食えないと思うぞ?」
「誰が食うか!」
手にしたぶにぶにを床に叩きつけて、デリックが吠える。
いや、だって。見たことのない餌を前にしたゴリラの動きにそっくりだったからさ。
「俺は、こいつの特殊な皮膚に興味があったんだよ」
「……そこまで行き着いてしまったのか、お前の性癖……」
「そういう興味じゃねぇよ! つか、行き着いたってなんだ!?」
ロリコンだ露出狂だモーホーだと、数々の変質的趣味を露呈してきたデリックだが、ついには臭キモフェチにまで手を染めるのか……
「……何考えてんのかは知らんが、すげぇムカつくな、その憐れむような目」
デリックは、勘はいいようだが読心までには至っていないようだ。
ま、バカだからな。
「テメェ、今俺を馬鹿にしただろ!?」
なにっ!?
お前も読めるのか、俺の心が!?
「分かりやすいんだよ、テメェの顔は!」
う~ん。
よく言われるんだよなぁ、それ。
ちょっと気を付けようかな。
というか、逆に俺が周りの奴らの心をもっと的確に読み取れるようになれば、相対的に俺の心は読みにくいということにならないか?
お前らの方が分かりやすわ! 的な。
「よしデリック。ちょっとお前の心を読んでやるから、顔をこっちに向けて国民の八割が大爆笑する小粋なジョークを考えてみろ」
「……サラッと無理な注文してんじゃねぇよ」
厳つい顔がこちらを向く。
俺はそれをジッと見つめる…………
「気の毒なほどユニークな顔だな」
「ケンカの売り方がどんどんダイレクトになってくるな、テメェは!?」
「バカヤロウ。心配してやってんじゃねぇか、お前の今後を」
「余計なお世話だ、コノヤロウ!」
「なんなら、俺がお前の両親に一言文句言ってやろうか? 『息子の人生無茶苦茶にするなんてあんまりだ』って」
「余計なことすんな! って、誰の人生が無茶苦茶だ!? そこそこ楽しいわ!」
俺の善意が伝わらないとは……よほど荒んだ人生を送ってきたのだろう。
「遺伝子って、ホンット怖いよな」
「俺の一家全員にケンカ売ってんじゃねぇよ!」
デリックは腕を組んでこちらを睨み、呆れたように息を吐く。
「確かに、俺はハンサムとは言えねぇかもしれねぇが……」
「お前の顔は、良い悪いの前に、人かそうじゃないかの境界線を行ったり来たりしているんだよ」
「……っ! ま、まぁ、俺のことはいい」
口元を引き攣らせながらも、デリックは落ち着いた声で言う。
ここで声を荒げないとは、大分丸くなったな、こいつ。
うんうん。少しは人に近付いたようだ。
「だが、遺伝子云々は取り消してもらおうか」
「なに? 遺伝子を消し去ってほしい?」
「違うわ! ウチの両親の遺伝子は、そこまで悪くねぇってことだよ!」
いや、でも…………結果が残念なことになってるからなぁ。
「人の顔を見てため息つくんじゃねぇよ!」
そうは言っても、優しい俺はお前を憐れまずにはいられないんだよ。
気の毒に。
「ウチの両親は割と見れる顔をしているし、ウチの妹はどこに出したって恥ずかしくないほど美人だからな」
「妹!? お前、妹なんかいるのか!?」
「ん? あぁ」
なんということだ……
「お前の両親は、妹に何か恨みでもあるのか?」
「どういうことだこら?」
だって、コレの妹だぞ?
…………気の毒だ。
「だから、妹は美人だっつってんだろ!?」
「身内の言葉など、信用出来るか」
身内というのは、どうしても贔屓目に見てしまうものだからな。
もっとも、ウチの妹はどこに出しても超可愛いけども。贔屓目抜きで。いや、マジで。
「まぁ、テメェに好かれるよりかは、興味も持たれない方がこっちは嬉しいけどよ。テメェの兄貴になるなんざ、御免だからな」
「心配するな。ゴリラには惚れん」
「それは、遠回しに俺をゴリラだっつってるよな!?」
「そんなわけないだろう、ゴリラ」
「言った! 今、面と向かって思いっきり言ったじゃねぇか!」
いちいち騒がしいヤツだな、まったく。
「で、白いぶにぶにを食おうとしてたのは、腹が減ったからか?」
「だから、誰が食うかよ!」
デリックは視線をぶにぶにに落とすと、少しだけ難しい顔をする。
「こいつの防御力は尋常じゃなかったからな。その皮を使えば、強靭な防具が造れないかと思ったんだよ」
「なるほど。じゃあ、こいつの皮を剥いで着てみろよ」
全身タイツみたいで、きっと気持ち悪いだろうよ。
「…………いや、やめとく」
同じ光景を想像したのか、デリックはがくりと肩を落として首を振った。
おしい。
思いっきり笑い飛ばしてやりたかったのに。
「ご主人さん。結構な量を拾いましたよ」
言いながら、ルゥシールがパンパンに膨らんだ道具袋を見せてくる。
中には赤い核がぎっしりと詰まっていた。
「これを腰にぶら下げた途端、そこら辺ですっ転んで尻もちをつき、全部壊して臭い汁にまみれるお前の姿が目に浮かぶようだ……」
「やめてくださいよ、不吉な予言をするのは!? 本当にそうなりそうで怖いじゃないですか!?」
いや、実際起こりそうだなと思ってな。
「用が済んだなら、さっさと進みましょうよ。まだまだ先は長いんでしょ?」
弓を背負い直して、エイミーが言う。
エイミーの見つめる先には、細く長い通路が延々と続いている。
代わり映えのしない景色故に、余計に長く感じる。
「この先に、またこういう気持ちの悪いのが出て来るなんてことは……無いですよね?」
ルゥシールが不安げに尋ねてくる。
が、正直分からん。
こいつらは、侵入者を排除するためのトラップだろうし、これだけで終わりだとはとても思えない。
この先にも罠はいくつも張り巡らされているだろう。それが、このぶにぶにみたいな魔物なのか、もっとほかのトラップなのかは分からんがな。
「とにかく、怪しい物には不用意に触るな。怪しくない物にも注意を怠るな。ついうっかりで命を落としかねない危険な場所だってことを、もう一回頭に叩き込んでおけよ」
俺は、どこか間の抜けたパーティーメンバー共に檄を飛ばす。
こいつらは危機管理能力とかなさそうだからな。
「……っていうか、あんたが招いた結果でしょうが、このぶにぶにの罠は!?」
「それは違うぞエイミー。怪しいくぼみに巨乳を突っ込んだのはルゥシールだ」
「ご主人さんがやれって言ったんじゃないですか!?」
どいつもこいつも、失敗を他人のせいにしようとしやがって。けしからん。
「じゃあ、こうしよう。みんなのせい」
「……あんたって、ホンット子供よね」
「おい、ルゥシールの嬢ちゃん。あのバカをしっかり見張っておいてくれよ。絶対また何かをやらかすからな」
「えっ!? そんな無茶ぶりをされましても……」
俺のナイスな提案を、どいつもこいつも聞き流していやがる。
こいつらはアレだな。
リーダーに対する敬意ってヤツがことごとく欠如しているな、うん。
……あれ? リーダーって、俺だよな?
一番頼りになるし、何より、一番かっこいいし。
やっぱ、リーダーは俺しかいないよな。よし。
悩みが自己解決したところで、俺は配下の者どもに号令をかける。
「んじゃあ、サクッと遺跡を攻略するぞ!」
軽快な掛け声と共に足を一歩踏み出す。
と――
ガコン!
…………嫌な音がした。
足元を見ると、あからさまにスイッチらしきものが俺の右足の下にあった。
その場の床が一段押し込まれて低くなっている。
そして――
ゴゴゴゴ……
…………とっても、嫌な音がし始めた。
「うぉっ!? 天井が!?」
デリックの声に全員が頭上を見上げる。
と、想像通り、天井が低い音を響かせながら徐々に下がってきていた。
天井の端が壁にこすれて細かい砂をパラパラとこぼす。
「走れぇ!」
俺の号令と共に、一同が走り出す。
長い長い廊下。
どこまでも続いているのかと思えるほどに長く、先の方は薄暗くなって見通すことも出来ない。
「まったく! いっつも問題を起こすのはあんたなんだから!」
隣を走るエイミーが俺を責める。
「俺が悪いってのか!?」
「あんたが悪いんでしょ!?」
「あんなところにトラップのスイッチを仕掛けたやつが悪い! あんなところに作ったら、知らずに踏んじゃうだろう!?」
「いえ、トラップってそういうものですから……」
ルゥシールが小さな声で反論するが、そんなもんは知らん。
トラップを仕掛けたやつの性根が曲がり切っているのが悪いのだ。
天井はゆっくりと下りてきて、そろそろ体を真っ直ぐ起こしていられなくなってきた。
その段になってようやく、目の前に壁が見えてきた。約100メートルほど先だ。
突き当たりの壁がうっすらと見え始めると、エイミーが声を上げた。
「あそこ! あの壁にレバーがついてる!」
日々狩猟に明け暮れているせいか、視力がいいようだ。
言われてみれば、あからさまに怪しいレバーが壁にくっついており、レバーは下を向いている。
「あれを上げれば天井は止まるかもしれん!」
しかし、まだレバーまで距離がある。
俺たちはともかく、エイミーの足では間に合わない。
「デリック!」
「おう、任せろ!」
俺の合図に、デリックは立ち止まり、両足を踏ん張って天井にぶっとい両腕を突きつけた。
「ふんんぬぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああっ!」
雄叫びを上げ、落ちてくる天井を渾身の力で支える。
と、わずかにだが、天井の落下速度が低下した。
「ぐ……っ! 長くはもたねぇ! 早く走れぇ! 十秒が限界だ!」
「それだけあれば、大丈夫だ! ルゥシール!」
「はいっ!」
言うや、ルゥシールの姿が掻き消える。
体を低くし、つむじ風を纏うかのごとき速度で通路を突き進む。
あっという間にその背中が小さくなり、100メートル近くあった距離をほんの数秒で駆け抜ける。
次の瞬間には、「ガコン!」という音が鳴り響き、天井が徐々に上昇を始めた。
「………………だっはぁ~……っ!」
デリックがその場に倒れ込む。
見ると手足が軽く痙攣していた。
「助かったぜ。正直、五秒持つかどうか、不安だったんだ」
「なんだ、見栄を張っていたのか?」
「バカヤロウ! 気合いで倍の時間耐えるつもりだったんだよ!」
「おいおい。出来もしないことをやろうとするんじゃねぇよ、危ねぇな。巻き込まれるこっちの身にもなれってんだ」
「……テメェは、この状況を引き起こした自覚がまるでないようだな?」
ドッと疲れたような素振りを見せ、デリックは床にゴロンと寝転がった。
「デリック…………安らかに……」
「死んでねぇわ!」
クタクタに疲れただろう身体を起こして、デリックが元気よく突っ込んでくる。
が、すぐにへばって床へと沈む。
だから、無茶すんなってのに。
「ねぇ、アシノウラ。あそこに扉があるんだけど」
エイミーが指差す方を見ると、通路の側面に扉が存在した。
ここまで、こんな扉はひとつもなかった。
入ってみるか?
いやいや、怪し過ぎる。
「おそらく、また何かの罠だろう。スルーするぞ」
「そうね。これ以上、神経をすり減らしたくないもんね」
エイミーは俺の意見に賛同し、その扉の話はそれで終わった。
デリックの足の痙攣が治まるのを待って、通路を進むことにする。
「ご主人さ~ん!」
遠くから、ルゥシールが手を振って走ってくる。
高速ではなく、普通よりちょっと速いくらいの速度だ。
そういえば、高速移動は疲れるから長時間出来ないとか言っていたな。
あいつも限界まで頑張ってくれたということだろう。
ルゥシールが戻ってきたら、盛大に誉めてやるとするか。
そんな温かい気持ちでルゥシールを眺めていると……
「逃げてくださぁ~い!」
嫌なセリフが聞こえてきた。
そして――
ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞっ!
と、砂埃を上げながら凄まじい速度でルゥシールの背後から壁が迫ってきた。
「【搾乳】っ! こっちもだ!」
デリックの声に振り返ると、俺たちがやって来た方向からも壁が高速で迫ってきていた。
前後どちらからも壁が接近してきている。
「逃げるぞぉ!」
「でも、どこにだよ!?」
「アシノウラ! あの扉!」
「そこだぁ!」
俺は、エイミーが発見した扉を蹴破り、その中へと飛び込んだ。
続いてエイミー、デリック、そしてルゥシールが飛び込んでくる。
その直後、凄まじい勢いで壁が通過していき、激しい衝突音が鳴り響いた。
…………シャレになんねぇ。
マジで殺しにかかってんじゃん…………
「……間一髪だったわね」
「マジで、死ぬかと思ったぜ……」
エイミーとデリックが肩で息をしている。
いや、真面目な話、エイミー偉い。よくこの扉を見つけてくれたもんだ。
「ルゥシール、一体何があったんだよ?」
「それがですね……」
息も乱れていないルゥシールが、通路の向こうで起こったことを語り始める。
「レバーを引き上げて、『やった、天井が戻っていく、バンザーイ!』としたら、……指先が何か見えない糸に引っかかってしまいまして……」
「まんまと罠にかかってんじゃねぇよ!」
なんて遺跡だ。『バンザーイ!』まで想定内だってのか。
おそらく、目に見えない糸が張られていて、それが切れれば作動するトラップだったのだろう。
「まったく! 常に周りに注意を払っていないからだ! アホめ! アホのルゥシールめ!」
「……ごめんなさいですぅっ!」
「いや、あんた、他人のこと言えないから」
俺がルゥシールを叱っているとエイミーが呆れたように嘆息する。
なんでいちいち俺に突っかかってくるんだよ?
え、なに?
俺のこと好きなの?
「それにしてもトラップが多過ぎる。悪いが少し休ませてくれ」
デリックがまたも床に寝転がる。
先ほどよりも足の痙攣が激しくなっている。
「プルプルしてジジイみたいだな。粗相はするなよ?」
「ぷふぅっ! 【破砕】さん、ぷぷっ!」
「トラップを発動させた張本人二人が何抜かしてやがんだ!?」
体力の限界付近まで体を酷使しているだろうに、律儀に突っ込んでくるデリック。
こいつはきっと、貧乏くじを引く星のもとに生まれてきたんだろうな。
気の毒に。
「やっぱり、あのくぼみに何か意味があったんじゃないの?」
隠し通路が開く前に見たあの二つのくぼみ。
確かに、あれの後からトラップが立て続けに起動している。
「ということは……全部ルゥシールが悪いのか」
「ご主人さんの命令ですってば!」
しかし、他に何か方法があっただろうか?
「ねぇ、ここって王家の遺跡なんでしょ?」
「ん? あぁ。初代国王が造った遺跡だと言われている」
初代国王、マウリーリオ・ブレンドレルが自身の作った神器を安置するために作った遺跡。そのうちの一つらしい。
「じゃあさ、他に関係ある遺跡とかなかったの?」
「他の遺跡?」
「あぁ、それは俺も思ったんだが……ここに入るためのアイテムがどこかにあったんじゃねぇのか? ほら、なんだっけか……『選ばれし者の証を示せ』だったか? その『証』ってヤツだ」
選ばれし者の証……か。
「巨乳以外には思いつかんな」
「思いつけよ! なんかあるだろう!? 『この世界の始まりと終わり』『命の源』みたいなキーワードが指し示すようなもんが!」
しばし黙考する……
この付近に存在する遺跡で、何かしらのアイテム……始まりと終わり……命の源…………
……あ、そういえば。
「この村のそばに太陽と三日月の神殿があるな」
「「それだぁ!(それよ!)」」
デリックとエイミーが揃って大声を出す。
「それ、どこにあるの!?」
「太陽の神殿は西の山脈の一番高い山の山頂に。三日月の神殿は南の海の中だったかな?」
「なんでそこ飛ばしてんだよ!? 先に寄れよ! で、アイテムをゲットしてこいよ!」
「いやいや。俺が欲しかったのはここの神器であって、神殿の宝玉とか興味ないし」
「宝玉ってことまで分かってて、なんであのくぼみの時点で思い出さないのよ!?」
「宝玉は記憶の中にしかないけど、爆乳は目の前にあったんだぞ?」
「そんなもんに惑わされてんじゃねぇよ!」
エイミーとデリックが交互に俺を責める。
何を怒っているんだ?
まるで分からん。
「宝玉より、爆乳の方が価値があるだろう?」
「いえ、ご主人さん。これにそんな価値はないです。あと、爆乳爆乳連呼しないでください」
世界の至宝を差して、ルゥシールがそんな罰当たりなことを言う。
「だったらくれ!」
「無理ですよっ!?」
抱えきれないほどたわわな爆乳を、ルゥシールの細い腕が抱え込む。
今にも零れ落ちそうなそれは、この世のどんな宝よりも尊く、崇高なものにしか見えない。
「もし俺だったら、間違いなく爆乳を鍵に選ぶぞ! 宝玉なんぞくそくらえだ!」
「……ご主人さんの遺跡を攻略出来る人は、きっと一人もいないでしょうね」
暗い部屋の中に、諦めムードにも似た沈黙が落ちる。
なんだよ?
揃いも揃って、人を残念な子を見るような目で見やがって。
「……まぁ、アシノウラに常識的な行動を求める方が間違ってるのかも知れないわね」
「同感だ。こいつに、少しでもまともな感性がありゃあ、こんな風には成長してねぇだろ」
「大丈夫です、ご主人さん! 今からでもやり直せます!」
どいつもこいつも失敬な。
特にルゥシール。俺の人生はやり直しが必要なほど脱線はしていない。
「『欲しいものがあったら、回りくどいことはしないで直接取りに行け』ってのが、俺がお袋に叩き込まれた唯一の教えなんだよ」
今更この性格を変えることなど出来ん。
目標のために回り道など……面倒くさい。
『急がば回れ』? はっ! バカか!
『急がば走れ』の方が効率的だろうが。
だいたい、四歳のころから嫌というほど叩き込まれた教えだ。
ちょっとやそっとで、あの強烈なお袋の教えを上書き出来るはずがない。
出来るならとっくにやってるわ。
「おぉ、そうか。つまりは、今回の件はすべてお袋が悪い。責任はすべてヤツに帰結するわけだな」
何ともしっくりくる理論じゃないか。
うん、あいつが悪い。
俺が、喉のつかえがとれたような清々しい気分でいると、ルゥシールがどこか驚いたような、それでも少し柔らかい笑みを浮かべて聞いてきた。
「ご主人さんの母親さんは、ご主人さんのことを可愛がっておられたんですね」
「可愛がってって……そう聞こえたか?」
「いえ。その……以前、お家の事情を聞かされた際に感じたものと、イメージが乖離していましたので」
「ん?」
「なんとなく、ご家族の方はみなさん、ご主人さんのことを……その…………避けて、というか……煙たがっているのではないかと、そう思ったものですから」
言いにくそうに、ルゥシールは言葉を選んで口にしていく。
前に話した、家庭の事情?
「いえ、あの、聞かせていただきましたよね? ギルドの一室で。ドーエンさんと一緒に」
お袋のことなど、話したっけ?
俺が記憶を手繰り寄せていると、ルゥシールは俺が思い出せるようにと次々に情報を追加していく。
「ドーエンさんは、ギルド長をされている方です。ほら、あのロリコンの。もう手遅れの。エイミーさんを見る時の目が獣のような!」
「いや、ドーエンのことは覚えているから!」
「……っていうか、ギルド長さんって、そんな人なの?」
エイミーが引いている。
よかったな、被害に遭う前に気が付けて。
今後は近寄らないようにしろよ。変質者を隔離するのは差別でも苛めでもなんでもなく、保身だからな。存分に距離を取れ。
と、その時の会話を思い返してみるが、やはりお袋の話はしていない。
俺が話したのは、俺と王国との話で、お袋とは何の関係も……
「ねぇ、アシノウラ。あんたの母親ってことは、この国の前王妃様よね?」
「あっ!」
エイミーの質問で理解した。
なるほど。言葉が足りなかったか。
俺はどうやらルゥシールを勘違いさせてしまったようだ。
「あぁ、うん。俺の『母親』は、確かに前王妃なんだが」
その『母親』との記憶など、ほとんどない。
あるのは、虫を見るような目で俺を見ていやがったゆがんだ顔のイメージだけだ。
母親らしいことなど何もしてもらっていない。
だから、『母親』に関して俺が話をすることなど何もないのだ。記憶がないのだから。
「俺が言っているのは『お袋』の方だ。育ての親、とでもいうのかな?」
俺の発言に、周りの空気がざわつく。
あ、そうか。その話をするには先にあのことを話さなきゃいけないのか。
まぁ、大した話じゃないし。
サラッと話しておくか。
軽~く、な。
「実は俺、四歳のころに戦場へ連れていかれて、父親直々に捨てられたことがあるんだよ」
「――っ!?」
引き攣るような音を漏らし、ルゥシールが息を呑む。
眉根が寄り、深いシワが刻まれる。
「……戦場に、置き去りにされた…………んですか?」
ルゥシールの声が震えている。
デリックは空気を読んでか口を閉じ、エイミーの視線は自然と俺から逃げていく。
「……それで、ご主人さんが亡き者になれば…………これ幸いと……っ!」
ルゥシールの奥歯が鳴る。
どうもいかんな。
ルゥシールは俺の過去の話を重く受け止め過ぎている。
俺以上に、俺が背負った苦労に身を切られている節がある。
「いや、当時はあんまり記憶もなかったし、悲しいとかも感じなくてな。割とあれだぞ? 平気だったぞ?」
「……そんな、幼い子を………………」
ルゥシールの髪の毛がざわりと揺れる。
いやいやいや。重い! 重いって!
もう過去のことだから!
「それに、ほんの少しだけだが、感謝もしてるんだよ」
「何にですかっ!?」
ルゥシールの剣幕に、俺は思わず言葉を発する。
その時に起こった事実を。
「魔界に放り込んでくれたおかげでお袋に出会たことをだよ」
空気が固まった。
ルゥシールはもとより、エイミーやデリックまでが目を見開いて俺を凝視している。
……ま、まぁ。多少変わった経歴ではあるとは思うが…………そんなに驚かなくても。
「ま……魔界、に…………放り込まれた……ん、です、か?」
「あ、あぁ。次元を塞ぐ結界は、人間界側からは自由に通れるからな」
ただし、逆からは通れない一方通行だが。
「魔法陣を通過したせいか、俺の身体には細胞レベルで魔法陣が刻み込まれてな。おかげで、魔法陣の展開をしなくても魔界へアクセス出来るようになったんだよ。な、便利だろ?」
多少おどけて言ってみる。
っていうか、なんなのこの空気?
俺って、そんなに変か?
そりゃ、普通の生い立ちではないとは思うけどさ。
「なんだよ、もう! そんな顔すんなよ! 確かにいろいろあったさ! けど、今現在、こんなに元気で格好良く爽やかに生きてるんだから、何も問題ないだろう?」
「いや、褒め過ぎだし……」
エイミーが引き攣った顔のまま突っ込んでくる。
そういうとこ律儀だよな、お前も。
「っていうかさ……よく生きていられたわね。四歳の頃なんでしょ、その……捨てら……放り込まれたのって」
エイミーが言葉を選んだ。
まぁ、自分が現状置かれている立場とかも考慮してのことだろう。
お前のことは捨てさせねぇから心配すんなよ。俺が何とかしてやるって。
それはさておき、その点については俺も運が良かったと思っている。
たまたま放り込まれた先にお袋がいてくれたおかげで俺は今もこうして生きていられるんだからな。
「お袋のおかげだな」
お袋が気まぐれで人間のガキを拾って育ててくれたおかげだ。
他の魔物なら、きっと即喰われていたことだろう。
まぁ、『魔力のかけらもないお前なんか、誰も食いたがらないよ』とか、お袋は言っていたけどな。
「……その、『お袋』って…………」
エイミーはそこで言葉を区切り、散々悩んだ挙句に、口を開いた。
「…………どんな人……人じゃないけど……どんな人だったの?」
お袋がどんな人だったか……か。
豪快で、さばけていて、割とボイン。
「割とボインだったぞ」
「そこじゃねぇよ、聞きてぇのは」
すぐさまデリックに突っ込まれた。
ほんっとーにボインが嫌いだな、こいつは。理解が出来ん。
あとお袋の特徴と言えば、…………やっぱ、最強だったってことかな。
「まぁ、口でああだったこうだったと話すより、名前を言った方が早いかもしれないな」
おそらく、こいつらでも知っている名前だろう。
エイミーとルゥシールは、俺の授業で聞いたばかりだからさすがに覚えているだろう。
てなわけで、俺は、俺を育ててくれた破天荒なお袋の名を告げる。
「俺のお袋は、魔神・ガウルテリオだ」
ご来訪ありがとうございます。
遺跡を攻略する頃には、
ご主人さんのことがある程度はっきりするようにしたいと思います。
遊びながらばら撒いておいたものを回収していきつつ、
お話を進めたいと思います。
明日も更新します。
よろしくお願いします。
とまと
 




