26話 ガーディアン 白いぶにぶに
俺たちが進んできた通路と、ちょうどL字になるように、その隠し通路は続いていた。
どうやら、この遺跡の外周を回らせるような構造だ。
螺旋状に進んで中心部に行く造りか?
「ご主人さん! 敵は、なんか白いぶにぶにです!」
そして、その隠し通路からは無数の魔物が出現していた。
……っていうか、ルゥシール。報告するなら、もうちょっと分かりやすい言葉でな。
ぶにぶにって……まぁ、ぶにぶにだけども。
その魔物は全身真っ白な身体で、生意気にも二足歩行を行う、人型とも呼べる小柄な生き物だった。首はなく、体の天辺に赤い丸がひとつ付いているだけで、顔と呼べるものも存在しない。寒くて外套を頭からすっぽりかぶっているような姿形をしている。が、そいつは全裸だ。と言っても、隠すような器官も存在していないようだ。
簡素&単純構造。まさに敵を排除するためだけに作られた『兵器』と言ったところだ。
ちなみにそいつらは、歩くたびに表面が「ぶにん」と波打つ気持ちの悪いルックスをしている。とても、可愛くない。好きになれそうもない生き物だ。
「とりあえずは、『ガーディアン』って呼び名でどうだ?」
「なんでもいいわよ、そんなの!」
エイミーが心底気持ち悪そうに顔をしかめている。
ぶにぶに系は苦手なようだ。
そうそう、カブトムシの幼虫に手足を付けて起立させたらこんな感じかもしれない。
もうちょっと半生感を上乗せしてな。
「『半生幼虫』という名前でもいいぞ?」
「やめてよっ! 気持ち悪い!」
マジ怒りだ。
そうか、虫嫌いなのか。田舎者のくせに。
「ご主人さん! ぶにぶにが通路から出てきます!」
「いや、だから、『ガーディアン』っていう呼び名を…………まぁ、いいか。ルゥシールだし」
ルゥシールにあまり多くのことを期待しても始まらない。
今はそれよりも、目の前の敵だ。
ガーディアンは一体、また一体と、徐々に隠し通路からこちら側へと侵攻してくる。
足取りは遅いが、確実に距離を詰めてくる。
そして何より、数が多い。ざっと見ただけでも百体前後はいるんじゃないか?
「ちっきしょう! やってやんぜ、オラァ!」
デリックが先陣を切り、一番接近していたガーディアンに殴りかかる。
大岩のような拳がガーディアンの体にめり込む。
ぶよん!
――と、なんとも嫌な音がして、ガーディアンは後方へ弾き飛ばされ、壁に激突して「ぶよん!」、床に叩きつけられ「ぶよん!」、そのまま天井まで飛んでいき「ぶよん!」、あとは床と天井を行ったり来たりしながら「ぶよよよよよよよよよよよよよん!」
「気持ち悪っ!?」
思わず叫んでしまったのも仕方がない。
なんだ、あの生き物!?
そして、あの音!
俺の隣でルゥシールが臭いものでも見るような目をしている。
エイミーは、心底気分を害したのか、口に手を当てて今にも吐きそうな顔になっている。
「……【破砕】さん、余計なことをしないでください」
「デリック……ホンット、最っ低!」
「ちょっと待てよ、お前ら!?」
女子二人に非難され、デリックが必死の形相で訴えかける。
「無数の敵に先陣切って飛び込んでいったんじゃねぇか! 危険も顧みずにだぞ!? 感謝こそすれ、非難するのはおかしいだろう!?」
しかし、実際気持ち悪いのだ。
なんなら、「ぶよよよ」いってたガーディアンが徐々に速度を落として「ぶよんよん、ぶよんよん」っていってる現在もなお気持ち悪いのだ。最悪だ。
とはいえ、若干気の毒な気もするか。
ここはひとつ、俺がいい言葉を教えてやろう。
「まぁ待て、デリック。確かに、先陣を切って敵に飛び込むのは危険で、誰にでも出来ることではない。迷いなく行動に移せるのは尊敬に値することだ」
「だろ!? お前は分かってくれるよな【搾乳】!?」
「だが、『イケメンに限る』!」
「関係ないだろ、顔は!?」
いいや、関係大有りだぞ、
現に、俺はみんなの人気者だ。
膝枕だってしてもらったし、お尻枕も目前だ! ……たぶん。
「だいたい、なんで素手で突っ込むんだよ? お前、武器くらい持ってないのか?」
「お前に壊されたんだよ!」
先に人の武器を壊そうと仕掛けてきたヤツに非難される謂れはないな。
「予備の武器くらい用意しとけよ」
「ふん! 俺の武器はあの大金槌だけなんだよ! 他の武器なんざ、使いたくもねぇ!」
「だったらもっと大切にしろよ……」
「だから、破壊したお前が言うな!」
「あの、ご主人さん……ご主人さんが武器を大切にしろとか、ギャグとしか思えませんよ……」
デリックを非難する俺を、ルゥシールが非難がましい目で見てくる。
なんだよ。俺は武器を大切にしてるぞ?
ただちょっと、強度に難がある武器が多いだけで。うん、俺は悪くない。
「ちょっと! そんな話してる暇ないわよ!」
エイミーの叫びに視線を向けると……通路にびっしりとガーディアンがひしめき合っていた。
……うわぁ、気持ち悪い。
「それだけ沢山いると、避けることも出来ないでしょう! 食らえっ!」
エイミーが弓に矢を番え、勢いよく放つ。
解き放たれた矢は空気を切り裂きながら、一体のガーディアンの胸に命中する。
……が。
ぽい~ん!
と、刺さったはずの矢が弾き返された。
「見たか、エイミー!? あれが『ぽい~ん』の防御力だ! あれと同じことを、ルゥシールは出来るんだ!」
「出来ませんよ!? 一緒にしないでください!」
ボインでぽい~んが特技であるルゥシールが吠える、
まぁ、気持ちいいぽい~んと気持ち悪いぽい~んがあるからな。そこは明確に線引きしておくべきだろう。
ガーディアンのは悪いぽい~んだ。みんな、真似しないように。
「もう、やだ! あの気持ち悪いヤツ、ホンット気持ち悪い!」
エイミーが泣き言を言う。
「よぉっし! 任せろ、今度は全力で行くぜっ!」
デリックが駆け出し、全身のバネを最大限に使って、渾身の一撃をガーディアンに叩き込む。
ぶよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよんっ!
「もう、あんたは大人しくしてなさい!」
エイミーが絶叫するのも仕方ない。
デリックの打撃を食らったガーディアンが前後左右のガーディアンに衝突し、お互いがお互いを弾いて、跳ねて、その先にいるガーディアンに衝突して、弾いて、跳ねて……
弾いて、跳ねて、ぶよよよよ。
気持ち悪過ぎる。
なんだ、あの生き物……
入り乱れる生っ白いぶにぶにした生き物が、物凄い速度で飛び交っている。
食後だったら全部リバースする自信がある。
「ご主人さん。残念ですが無理です。もう帰りましょう」
「いや、諦めんなよ」
潔いな、ルゥシール。
けどちょっと待て。
デリックは武器を持っていない。
エイミーはいまだ胸の育っていないお子様だ。
「俺たちで片付けるぞ」
「この数を、……ですか?」
「あぁ。不服か?」
「いえ……不服というか…………」
チラリと、ガーディアンの群を見るルゥシール。
そして、顔色をサッと青くする。
右手で口を押さえ、「おぅっぷ!」と、際どい音を漏らす。……よく堪えた!
「……無理です。数以前に、見栄えが……」
「お前なぁ……土ガエル食うくせに、あんなのがダメなのか?」
「だって、虫みたいなんですもん! それも昆虫じゃなくてぶにぶに系の! 全然甘そうじゃないですし!」
「ちょっと待て。今の流れだと、お前には土ガエルが甘そうに見えてるってことにならないか?」
「甘いですよ、割と」
「…………」
「…………?」
なんというか……
「え~んがちょ」
「なんでですか!? 食文化の違いですよ! 食わず嫌いしてないで食べてみてくださいって!」
「いやぁ、ないわぁ……」
「確かに見た目はちょっとアレですけども、匂いと食感と味を度外視すれば、割といけますって!」
「見た目と匂いと味と食感を度外視して何が残るんだよ?!?」
食べ物として見た時に、そいつはもはや「食べられない」に分類されてんじゃねぇか。
「あれの美味しさを理解出来ないなんて……ご主人さん、人生の半分を損してますよ?」
「俺の人生はそんなくだらない物に半分も占拠されてんのかよ」
残りの半分にいやが上にも期待が集まるところだな。
「だいたい、あんなもん、どうやって食うんだよ?」
「口に入れて、『もぐもぐ』ってします」
「あ~、ごめん。アホのルゥシールには難しい質問だったか」
「むぅ! アホじゃないですよ、わたし!」
「って! なんの話してんのよ、あんたたち!? 前見なさい、前!」
エイミーの言葉に、視線を通路へと向ける。
…………ぎっしり。
それ以外の説明は必要ないだろう。
さほど広くはないが、決して狭くもない、高さ横幅共に3メートル程度の通路に、白いぶにぶにがぎっしり詰まっていた。
………………うわぁ。
「……ご主人さん」
不安げな表情でルゥシールがこちらを振り返る。
嫌そうな顔で、前方でぎっしりと密集している白いぶにぶにを指さす。
「【破砕】さんのパワーも、エイミーさんの空気を切り裂く矢もまるで効かない相手にどう対抗すればいいんでしょうか? それも、あんなにたくさん。おまけに気持ち悪い外見ですよ?」
外見は関係ないだろうが……
まったく……
「少しは頭を使え」
まず、多数という要素は無視だ。
多かろうが少なかろうが、目の前のヤツは倒す。それは揺るがない。一体ずつ確実に始末していけば、相手の数がどうであれ、最終的には勝てるのだ。
「一体だけに集中してみろ」
ガーディアンの内、一体だけに視界を絞る。
真っ白でぶにぶにした体。
あのぶにぶに部分は、スピードの乗った矢も、巨漢のパンチも跳ね返す。
物理攻撃ではほぼダメージを与えられないわけだ。
「そんな中、一箇所だけ明らかに異質な部分があるだろう」
「あ…………」
ガーディアンの天辺には、宝石のような赤く丸いものが付いている。
おそらくアレが、このガーディアン共の【核】だろう。
以前話したことだが、この世に存在するすべての物は【核】を破壊されれば生存することが出来なくなる。
「見てみろ、ルゥシール。あのあからさまに怪しい赤い部分を」
「なるほど。分かりました! あの赤い部分を狙えばいいんですね!」
言うが早いか、ルゥシールの姿が掻き消える。
気が付いた時には、一体のガーディアンに肉薄しており、逆手に握られたアキナケスが頭上に掲げられていた。
「やぁっ!」
そんな掛け声と共に、勢いよくアキナケスが振り下ろされる。
ダマスカス製の黒い刃が、ガーディアンの赤い核を捉える。
まさにそんな瞬間だった、俺が次の言葉を発することが出来たのは。
「あぁいうのは大抵罠だから、間違っても直接攻撃だけは……あ」
俺の認識よりも早く動いたルゥシール。
断っておくが、俺はルゥシールをハメたつもりはない。ルゥシールの行動が、俺の忠告より早かっただけなのだ。
アキナケスが赤い核にザックリと突き刺さるや否や、そこから鮮烈に赤い液体が噴き出す。
「にゃあぁっ!?」
ルゥシールの右腕が赤い液体に呑まれていく。
慌ててアキナケスを引き抜き、ルゥシールがその場から離脱する。
赤い滴をまき散らしながら、後方へ跳躍。一瞬のうちに俺の隣まで戻ってくる。
――と、同時に、辺り一面に鼻が曲がりそうな強烈な悪臭が漂ってきた。
「クッサッ!?」
ルゥシールの右腕が赤い液体を浴びてぐっしょり濡れている。
その液体が、強烈に、もう最悪なほどに、醜悪に臭いのだ。
「離れろ、クサシール! シッシッ!」
「酷っ!? それはあんまりですよ、ご主人さん!? あと、ルゥシールです!」
ルゥシールが腕を振り上げて怒る。
こら、やめろ!
汁がっ!
汁が飛ぶっ!
「なんですか、なんですか、もぉ~うっ! ご主人さんが赤いところを攻撃しろって言ったんじゃないですかぁ!」
「言ってねぇよ! 攻撃するなって言おうとしたら、それより先にお前が飛び出していったんだろうが!」
「もっと早く言ってくださいよぉ!」
「――キュルキュルキュルッ――!」
「早口でって意味じゃないですよっ! ってか、早っ!? 早口過ぎますよ、ご主人さん!? 言葉が認識出来ないレベルです!」
「とにかくだ! お前が忙しないのが悪い!」
「ぷぅっ! ご主人さんが悪いんですぅ!」
「わっ! こらっ! ぽかぽか殴るな! 汁がっ! うおっ、臭っ! クッサッ!?」
暴れるルゥシールは、もはや凶器と化していた。
フルーツを40種類くらい集めて袋に詰め込み、ジメジメとした高温多湿の場所で半年ほど放置したような匂いが容赦なく鼻の粘膜を攻撃してくる。
微かに甘く、しかも余計なまでに芳醇で、酔いそうなほど発酵してガスを発生させまくりで、癇に障るような酸っぱさを含んだ、生ごみの匂いだ。
この汁が鼻の下に付着したら、八つ当たりでどこかの小国をひとつ滅ぼしてしまいそうだ。
「うぅ……臭いですぅ………………すんすん……くさっ!? なんか、目がしパしパしてきましたよぉ…………すんすん…………やっぱり臭いっ!? ぅえぇ~ん!」
なぜ二回嗅いだ?
いや、分からんではないけども。
なんか臭いのって、もう一回だけ確かめてみたくなるけども。
「こういう臭キャラは、【破砕】さん辺りがやればいいのに……」
「おい、どういう意味だ、それは!?」
「そうだぞ、ルゥシール! デリックはそんなことしなくても臭い!」
「臭くねぇよ! ちょっとこっち来て嗅いでみろよ、【搾乳】!」
う~っわ。
男に体臭嗅げとか強要されたよ、俺。
目、合わせないようにしよっと。
「おい、無視するなよ!」
「ぷ……【破砕】さん、臭キャラ…………ぷぷっ」
「今のお前には言われたくねぇぞ、ルゥシールの嬢ちゃん!」
口元を隠して「ぷぷぷ」とやろうとしたルゥシールだが、右手が臭過ぎて「くさっ!?」と、物凄い速度で顔を背けている。
見ている分には面白いんだがな。
あれ、ウチのパーティメンバーなんだ。
「あんたたち! 遊んでる場合じゃないでしょ!? あのぶにぶに、どうするつもりなのよ!?」
エイミーの声に、視線を隠し通路側へと向けると……みっちり。
さっきよりも密度が増していた。
「エイミー……嫌なもん見せんなよ」
「現実から目を逸らしてんじゃないわよ! そもそも、あんたがおかしな扉の開け方を言い出したからこんなことになったんでしょう!?」
まったく。
過ぎたことをいつまでも。
しかし、みっちりとひしめき合うぶにぶに共の光景から、ひとついい情報が視界に飛び込んできた。
ルゥシールが赤い核を貫いたヤツが床に倒れてピクリとも動かないのだ。
どうやら、弱点はあそこで間違いないらしい。
「よし、ルゥシール! 殲滅せよ!」
「嫌ですよ! これ以上あの臭い汁を浴びると匂いが取れなくなっちゃいますもん!」
また、そういうわがままを言う……
「だからな、ルゥシール。頭を使えと言ってるだろうが……」
弱点が分かって、それを破壊する際のリスクも分かった。
なら、あとはそれをどう回避するかを考えるだけだ。
それを伝えてやろうとしたのだが……
「よぉし! だったら、ここは俺に任せろ!」
と、二度突撃して、二度とも余計なことしかしていないデリックが鼻息荒く名乗りを上げる。
「あの赤いところをぶっ潰せばいいんだろ? 弱点が分かればこっちのもんだ!」
「ダメですよ!? あれを攻撃すると臭くなりますよ!?」
「そんなもん! 俺は気にしねぇ!」
「確かに【破砕】さんはもう既に臭いのかもしれませんけど、一緒にいなきゃいけないこっちが気にするんです!」
「……サラッと毒吐くよな、嬢ちゃんは……」
ルゥシールが必死にデリックを止める。
まぁ、デリックが暴れれば、この辺一帯が惨状になるだろうからな。
主にぶよよよな意味で。
「じゃあ、あたしの弓で!」
「やめとけって」
弓を構えるエイミーだが、それは俺が止める。
確かに弓での攻撃なら、返り汁は浴びずに済むだろう。しかし、飛び散った汁が悪臭を放つのには変わりない。
こんな細長い通路に匂いがこもったら、地獄だぞ?
「じゃあ、どうするのよ、アシノウラ!?」
「まさか、一旦退くとか言わねぇだろうな!?」
エイミーとデリックが食い下がってくる。
その顔には焦燥と悲哀の色が見え隠れしている。
ルゥシールも、難しい表情だ。
その場にいる全員が、目の前の未知なる生き物に打つ手なしって顔をしている。
当然、『俺以外の全員』が、だけどな。
「誰が退くかよ」
俺は、静かにミスリルソードを抜き、身構える。
「この俺が、逃げ出すわけないだろうが」
どこまで逃げたって、……俺にはもう、帰る場所などないのだから。
「俺の進む道は、俺の前にだけ存在してんだよ!」
叫び、そして飛ぶ。
床を蹴って、前方へ。
敵の群の中へ。
迷いなく。
止まることなく。
一直線に。
走る!
「弱点を破壊出来ないなら……」
眼前に迫る動きの緩慢なぶにぶに共目掛けて、ミスリルソードを振るう。
一度、二度、三度、四度と……目の前にいる敵と同じ数だけ、的確に。
素早く、鋭く、正確に、敵対する者の命を刈り取っていく。
「……弱点を取り外してやればいいっ!」
白いぶにぶにの頭頂部にある赤い核。
その周りの肉にミスリルソードを突き立て、抉り取るように赤い核を抉り出していく。
床に落ちると硬質な高音を響かせるそれは、純度の高い結晶のようだった。
並みの斬撃や刺突、打撃をも寄せつけない肉体に慢心していたのか……それともただ性能が悪いだけなのか……白いぶにぶに共は非常に動きが鈍く、俺の敵には成り得ない。
反撃をしようとはしているらしいが、その動作はあまりに緩慢で、俺に言わせれば棒立ちと同じだ。ヤツらが何か行動を起こす前に赤い結晶を抉り取っていく。
本体から結晶が離れると、白いぶにぶに共は糸の切れた人形のように脱力し、その場へと崩れ落ちていく。
……あ、そういや『ガーディアン』って呼び名………………ま、いっか。『ぶにぶに』で。
時間にして十数分。
微かに息が上がり始めたかなと思い始めたころ、俺の目の前にいた百数十体のぶにぶに共は全員が床へと倒れて、身動き一つ取れないただの塊になっていた。
「ま、こんなもんか」
肩慣らしには丁度よかったかな。
剣身に臭い匂いが付いていないかを確認した後で、俺はミスリルソードを鞘へと納める。
敵のいる場所への突撃を繰り返していたため、いつの間にか俺はL字を曲がって隠し通路の奥まで来ていた。
あいつらを迎えに行かなきゃなと振り返ると……
「……すごい、です」
「アシノウラ……あんた……」
「………………強ぇ」
背後にアホ面が三つ並んでいた。
「おう、終わったぞ」
ふはははは。どうだ、俺ってば強いだろう。
存分に褒め称えるがいい!
と、尊大に胸を張ってみせたのだが……
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも、黙りこくって視線を俺と合わせようとしない。
……え? もしかして、俺臭い?
気付いていないだけなのかと不安になって肩口とかの匂いを嗅いでみるも、特に気になるところはない。
……自分じゃ分かんないのかな?
「ルゥシール」
「え? ……あ、はい!」
ルゥシールを手招きして呼び寄せる。
こういう時は、他人の意見を聞くのが一番だ。
俺は肘を上げ、脇全開でルゥシールへ接近する。
「悪いが、ちょっと嗅いでくれ」
「【破砕】さんと同レベルですか!?」
「失敬なことを言うな! 誰が人類最底辺のド変態か!?」
「…………って、おいこら。テメェら」
失礼なルゥシールの言葉に反論をしたところ、無礼な物言いでデリックに睨まれた。
……俺、何も悪くないのに。
「っていうか、なんなんだよお前ら? 暗いぞ?」
ルゥシールのこの表情は知っている。
「本当は自分が働かなきゃいけないのに、ご主人さんに任せてしまった」的なことを考えている時の顔だ。
気にするなと言ってもしばらくは凹んでいるので、しばらくそっとしておいてやるのが一番だろう。こいつは自分で乗り越えてくるはずだ。
でだ。
「なんなんだよ?」
俺はエイミーとデリックを交互に見る。
どっちも沈み切った顔をしている。
「正直に言うがよ……」
デリックが、重々しい口を開く。
視線は外したままで、俄かに悔しさが表情に滲み出してくる。
「俺はあのぶにぶに共を見て、…………勝てねぇと思った」
「あたしも。……逃げるしかないって、思っちゃった」
意気消沈。
それの見本みたいな顔をして二人が呟く。
「だからなんだよ?」
まったく分からん。
「勝てたんだからいいだろうが」
「勝ったのはお前だ、【搾乳】。……俺は、何の役にも立ってねぇ」
「あたしだって……本当は、もっと……役に立てると思ってたのに……なのに、全然で……」
あぁ、もう。
どうしてこいつらは、こうもウジウジと……
「お前ら、もしかしてだが……俺と肩を並べられるとでも思っていたのか?」
ぎくりと、肩が動く。
エイミーもデリックもだ。
盛大に嘆息をしてしまう。
舐めんなと言いたい。
お前らとは潜り抜けた修羅場の数が違うっつうの。
俺と肩を並べたいんなら、一回魔界にでも行って魔族の群に喧嘩のひとつも売ってこいってんだ。
「お前らが役に立たないことなんか、最初っから分かってたっつーの!」
ギリ足手まといにならない程度だと予想していた。
そのことを思えば、割と役立っている方だ。
なのに、エイミーもデリックもこの世の終わりみたいな顔をしていやがる。
……おいおい。
「あの、ご主人さん……」
重く沈んだ空気の中、ルゥシールがおずおずと声を発する。
「……もしかして、ご主人さん一人だったら、この遺跡の攻略って簡単なんですか?」
「さぁな」
そんなもん知らん。
一人で来たことはないし、今後も来ないだろうしな。
そもそも、何度も訪れたいお気に入り遺跡なんてものを、俺は作るつもりはない。
「お前らと来てんだから、お前らと来たなりの攻略方法を取るだけだろう」
「いや、ですので……もしかしたら、わたしたちはここに残った方が……」
「だいたいな、ルゥシール!」
「は、はい!?」
俺はルゥシールにグイッと身を寄せる。
顔面を真正面に捉えて、きっぱりと言ってやる。
「俺に面倒事を背負い込ませたのは、お前だろう!?」
エイミーを連れて行ってやれと言ったのはルゥシールだ。
デリックにしたって、連れてってやれ的な空気だったじゃないか。
「それにテメェらもだ!」
アホみたいに肩を落としている図体のデカい男と胸のない少女にも視線を向ける。
「テメェらには、なにがなんでもやり遂げたいことがあるんだろうが。だから俺に頭下げてまでついて来たんじゃないのか?」
そんな顔をしているうちは名前など呼んでやらんぞ?
その価値すらない。
そんなヤツは、精々村人Aと敵その1だ。
だが、お前らは違う。
そうだろう?
思い出してみろよ。
ここに来たいといった時の気持ちを。
「危険は承知の上、命を懸ける覚悟だってあったんじゃないのか? 少なくとも、テメェの人生をかけてここに来たはずだ。そうだろ?」
エイミーは愛する家族と一緒にいるために。
デリックは連れ去られた仲間を取り戻すために。
「『連れて行け』と言ったお前らの目は真剣だった。少なくとも俺はそう感じた。だから連れて来た」
自分の持てるものすべてとそれ以上のものをかけて、無茶を承知で、でもやらずにはいられない、願わずにはいられない、諦めることなんか出来ない、なにがなんでも、是が非でも、どんな手段を使ってでも、手にしたいものが、たどり着きたい場所が、守りたい何かがあるんじゃないのか?
あるはずだろう、お前らには。
俺に見せたあの目は、絶対嘘なんかじゃなかった。
だから、俺は許可してやったんだよ。
俺の隣にいることを。
限定的ではあるが、俺と一緒に前に進むことを。
半永久的に認めてやったルゥシールの口添えもあったしな。
「お前らのことなんぞ、最初っから微塵も、これっぽっちも、小指の先ほどもエイミーの胸の膨らみほども期待はしてねぇよ」
ただし。
「お前らのことを信用はしている。……まぁ、今んとこは、仲間だしな」
だから、くだらないことでいちいち悩むな。
テメェらがテメェら自身を疑うな。
俺が大丈夫って言ってんだ、俺を信じろ。
「だいたいな、足手まとい扱い程度で折れちまうほどもろい意気込み程度なら最初っからついて行きたいなんて言うなってんだ」
呆れるね。
無計画で、ひたすら我武者羅にやって、それでなんとかなるのは主人公だけだ。
「お前ら、まさか自分が世界の主人公だなんて思ってないだろうな?」
はっはー!
残念でしたー!
「この世界の主人公は、俺だ!」
この世界は、俺のために存在している。
俺の都合のいいように回るのだ!
そうじゃないなら、そうなるように変えてやる。
「折角、この世界の主人公の近くにいる権利を手にしたんだ。自信持って胸張ってろ。んで、脇役なりに自分のことだけ精一杯やってりゃいいんだよ!」
足りない部分は、俺が何とかしてやるさ。
なにせ、主人公だからな。
「分かったか、ド庶民共が!」
ビシッと言い切ってやった。
どうだ、ぐぅの音も出まい!
「…………ったく、もう」
ずっと黙っていたエイミーが、重たい息を吐きながら眉を吊り上げる。
「何が主人公よ。バッカじゃないの?」
俯いていた顔が上を向き、無い胸がバンッと張られる。
「あんた見てると、悩んでるのがバカバカしくなるわよ」
「まったくだ。こんなちゃらぽらんが楽しそうに生きてるってのに……俺が悩む理由なんざねぇよな」
ついでデリックもその暑苦しい顔を持ち上げる。
「分かったよ! 戦力外は戦力外なりに全力でついて行ってやらぁ! だがなっ!」
ドンッと、ぶっとい指を俺の胸に突きつけて、デリックは瞳を爛々とさせて言う。
「俺様を戦力外呼ばわりしたつけは、いつか絶対払わせてやるからな!? 覚えとけよ!」
ふん。アホが。
そんなみっともない負け惜しみを、そんな生き生きした顔で言うんじゃねぇよ。
見てるこっちが恥ずかしいわ。
辱め返してやる。
「ルゥシール~、デリックが俺のおっぱい突っついた~」
「ちょっ!? バカか!? お前はバカなのか!?」
「なに、あんた、まだ気付いてなかったの? バカなのよ、あいつ。……っていうか、さっきあいつ、サラッとあたしに酷いこと言ったわよね?」
そんな軽口を叩く二人を背にし、ルゥシールへと視線を向ける。
と――
「……ご主人さん」
ルゥシールが瞳をウルウルさせていた。
微かに、頬が赤い。
「わたしは、ご主人さんの、そういうところが…………とても素敵だと、思いま……っ」
話し始めると同時に、目尻から滴が零れ落ちていく。
「す、すみません。なんだか、初めて会った日のことを思い出してしまって……」
慌てた様子でそれを拭い、改めて笑顔を見せる。
赤く染まった目尻が、妙に色っぽく見えた。
「ご主人さん。不束者ですが、今後とも……どうぞよろしくお願いいたします」
そうして、深く頭を下げる。
再びこちらを向いた顔に、もう涙は浮かんでいなかった。
が、穏やかな笑みを湛えていた顔がうずうずとうごめき出し、口元がふにふにと緩み始めて、ついには我慢しきれなくったかのように破顔するや――
「~~~~~~~っもう! ご主人さん、最高ですっ!」
――ルゥシールは全力で飛びかかってきた。
「おい、ちょっと!?」
避ける隙も与えず、ルゥシールは俺の首に腕を回し抱きつく。
……あぁ、ぽいんぽいん。
「ご主人さんご主人さんご主人さんご主人さんご主人さんっ!」
懐き過ぎた犬のように、ルゥシールがぐりぐりしてくる。
おぉぉぉおおぉぉおぉおぉおおおぉ……!
なんだこのご褒美!?
俺の全財産、前のサービスで使い切ったんじゃないのか? オプションか?
こういう時、いつも金切り声を上げるエイミーも、今は笑って俺たちを見ている。
デリックのヤツも、似合いもしない笑顔なんぞを浮かべている。
じゃあ、いいのか?
もう少し、このぽいんぽいんを堪能しても。
胸の奥の方を甘く締めつけるような、ルゥシールの可愛さを堪能していても…………って。
「クッサッ!?」
俺の首に回されているルゥシールの腕から、それはそれは不愉快な悪臭が放たれ続けている。
そいつが、遠慮もなく俺の顔にペタペタとくっついてくる。
んあぁぁああっ! 不快感で連合国くらいなら滅亡させられそうだ!
「離れろ、クサシール! 臭汁っ!」
「酷いですっ!? 臭汁は酷過ぎますよ、ご主人さん!?」
「だから、腕を振り回すな! 汁が! 汁が飛ぶっ! 飛んでるからっ!」
「もぉ~うっ! ご主人さんのバカァ~ッ!」
その後もぽかすかと俺を殴るルゥシール。
その腕からは、悪臭と悪臭を放つ汁が放たれ続けていて……周囲を地獄へと変貌させる。悪臭地獄へと。
俺の進む道は、俺の前にだけ存在している。の、だが……
今だけはちょっと、遺跡の入り口までダッシュで、新鮮な空気を吸いに戻りたい気分だった。
ご来訪ありがとうございます。
敵です。
まぁ、肩慣らしですが。
ご主人さんの本領はまだ発揮されずです。
さらに奥に進みます!
明日も更新します。
よろしくお願いします。
とまと




