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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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21話 結界を解くために

 静かな森の中を進む。

 周りには魔物の気配はおろか、獣の気配すらない。


「ホント、なんもいないわね」


 エイミーが辺りをキョロキョロ見渡しながらつぶやく。


「ご主人さんの殺気は、凄まじいですから」

「……ただの嫉妬じゃない。しかもウチの両親に対して」

「バカヤロウ。あんな美人を嫁にもらって、子供もいるのにいつまでもイチャコライチャコラして。あんなもん見せつけられりゃ、男なら誰でもブチ切れるに決まっているだろう。羨ましい」

「ご主人さん、もはや羨ましさを隠す気がなくなりましたね?」


 あぁ、羨ましいさ。

 つまるところ、今この森に生き物の気配がないのはベルムド夫婦のせいということだ。

 まったく。はた迷惑な夫婦だぜ。


「アシノウラ……あんた、もしかしてさ、ウチのお母さんのこと、好き……なの?」

「あん?」


 やや不安げに、エイミーが俺の顔を覗き見てくる。その奥に潜む真実でも見抜こうとしているかのように。


「お母さん、美人だし……やっぱ、美人の方が好きなんでしょ、男の人って」

「あのなぁ、エイミー」


 確かに美人は好きだが、人のものに手を出すつもりはない。まぁ、お子様にはそんな倫理観はまだちょっと難しいのかもしれんが。

 とりあえず、このお子様にも分かりやすい言い方で説明しといてやるか。

 少しの間とはいえ、『先生』であった俺が、大人の見本たる態度を示してやろう。


「エイミー。恋愛でもなんでもそうだが、人間にとって大切なのは顔じゃない。『ここ』だ」


 そう言って、俺は自分の胸をトントンと叩いてみせる。


「……心?」


 不安げながらも答えたエイミーに、俺は満面の笑みを向ける。


「ハズレ。おっぱいだ」

「台無しです、ご主人さん! 『心』でいいじゃないですか、そこは!」

「バカ、ルゥシール! おっぱいは『心の器』だぞ?」

「どんな言い方しても、いい話にはなりませんよ!?」


 なぜ伝わらないのか……


 ルゥシールは穏やかで、エイミーは短気。

 ほら見ろ、胸の大きさは心の大きさに比例するではないか!


 …………あ、デリックんとこのボインちゃんことジェナは短気か……


「あんたは、胸以外に興味がないの?」


 汚物を見るような目で、エイミーが俺を睨みつける。

 お前な、そんな目で人を見るんじゃないよ。俺がドーエンのジジイだったら興奮しているところだぞ。気を付けろよ。


「あのなぁ。俺は別に、特別胸が好きなわけじゃないんだぞ?」

「嘘よ」

「嘘ですね」


 即答が二つ返ってきた。

 ……なに、その息の合った感じ?

 え、ここってアウェー?


「胸でなく巨乳が好きとか、そういう軽微な差異ですよね」

「胸の中でもランクがあるって言うの? 最低ね」


 おいおい。

 言ってもないことで非難してんじゃねぇよ。

 まぁ、否定はしないけれど。


 なんかしらんが、女子二人が仲良くなったようでよかった。

 ギスギスしているよりよっぽどいい。それで俺に優しければもっといいのに。


「あ、エイミーさん。知ってますか? この辺りは木苺がたくさん採れるんですよ」


 突然、ルゥシールがそんなことを言い出した。

 確かこの付近は、ルゥシールと木苺を採りに来た場所だったな。

 その時の記憶が残っているのか、この一帯へ足を踏み入れた瞬間からルゥシールは満面の笑みを浮かべていた。


「なに、あんた。木苺なんか好きなの?」

「はい! 大好きです!」

「……木苺って、そんなに美味しい?」

「美味しいですよ! え、美味しいですよね?」


 賛同が得られずに、ルゥシールが不安げな表情を浮かべる。

 木苺が嫌いな人間など、この世界には存在しないとでも思っている顔だな、アレは。


「あたし、甘酸っぱいのってあんまり好きじゃないのよね」

「えっ、えっ!? なんでですか!? 美味しいじゃないですか!?」


 ルゥシールよ、なんでそんなに必死なんだ?

 いいだろうが、食の好みなど人それぞれで。


「あたしは、イカの一夜干しの方が好きね」


 渋いな、エイミー!?

 酒好きのオッサンか、お前は?


「ヤギのミルクとよく合うのよ」


 合わねぇよ。


 得意げに語るエイミーを、ルゥシールは未知の生命体を見るような目で見つめる。

 心底信じられないようだ。

 女の子がみんな甘いもの好きだなんて、幻想なんだぞ?

 ウチのオフクロなど、魔法で焼き殺した魔物の肉が何より好物だという、可愛げの欠片もない感性の持ち主だ。荒野に出向いて、巨大なトカゲを魔法で焼き殺して、その場で香草を塗りつけて丸かじりする様は、子供ながらに泣きそうになったぞ。


 そういう意味でも、ルゥシールは穏やかでいいなぁ。


「よし! ちょっくら木苺でも摘んでいくか!」

「賛成です、ご主人さん!」

「遺跡行きなさいよっ!」


 道を外れ、木苺のよく採れる場所に向かおうとした俺たちに、エイミーが牙を剥く。


「どんだけ回り道したら気が済むのよ!? さっさと古の遺跡に行きなさい!」


 なんだか、とても怒られた。


「キャラバンがもうすぐ来るの! あたしはそれまでに結果を残したいの!」


 エイミーの必死さが顔に滲み出している。

 数瞬前まで木苺のことを思って喜色満面だったルゥシールだが、今はしゅんとうなだれ、「そうですよね……」と、観念した様子だ。


 横道へと外れかけていた足を、正規のルートへと向ける。

 遺跡付近で不審者を見たと、ギルドの不審者ことドーエンも言っていたし、確かに急いだ方がいいかもしれない。


 と、その時――


「あの、ご主人さん。これって……」


 ルゥシールが足元を見つめて、俺を手招きする。

 そこへ視線を向けると、地面に細い溝が刻まれていた。入り乱れるように四本……いや、平行な二組の溝か。


「車輪の跡だな。馬車でも通ったんだろう」


 土に刻まれた轍を見て、そう判断する。

 ルゥシールも同じ意見のようで頷きを返してくる。

 しかし、その後の一言が問題だった。


「でも、馬車に乗ってどこへ向かったのでしょう?」


 この森はオルミクルの村の西南に広がっている。そして、その向こうは海だ。

 とはいえ、海に面している箇所は断崖絶壁で、人が降りられるような場所ではない。

 海へ行くなら街道を通って村を迂回するルートを取るのが普通だ。

 そして、この村と外をつなぐ唯一の街道は村の北側から伸びている。この森の正反対の位置だ。


 要するに、この森の中を馬車で通る者など、普通に考えればいないのだ。

 普通に考えれば、な。


「この先にあるのは……」


 俺の呟きに、ルゥシールはハッと顔を上げる。


「……古の遺跡、ですか?」


 おそらく、この馬車の行き先はそこだろう。

 やはり、誰かが遺跡に入っているのだ。


「急いだ方がいいな」

「そうですね」


 頷き合うと、俺たちは遺跡に向かって足を進める。

 気持ち、早足になってしまったのは仕方のないことだ。







 それから数十分歩いて、俺たちは古の遺跡へとたどり着いた。

 森の中にそびえる巨大な石門。

 その前に俺たちは並び立った。


「魔物がいなかったので、スムーズに来られましたね」


 ルゥシールが言う。

 前回来た時も、グーロを狩った後で魔物はいなかった気がする。

 煩わしくなくて助かるがな。


「そういえば、なんで魔物がいるの?」


 エイミーが不意にそんなことを聞いてきた。


「遺跡から魔力が漏れてきていて、それにつられて集まってるんだよ」

「それは知ってるわよ。そうじゃなくて!」


 不満げに俺を睨むエイミー。

 俺へと向き直り、眉をひそめて質問を投げかけてくる。


「あんたが授業で言ってたじゃない? 『魔物は結界のせいで魔界から出てこられない』って。なんでこの世界にいるの?」

「あぁ、そういうことか」


 確かに、初代国王マウリーリオ・ブレンドレルの張った結界のせいで、魔物はこちらの世界へやってくることが出来なくなった。

 大量の魔力を帯びて魔物化してしまう動物もいるのだが、エイミーが聞きたいのはおそらくそういうことではないだろう。

 生態系に影響を与えるような魔力を発するのは、やはり魔物だ。強力な魔族がこちらの世界に存在し、環境に影響を及ぼしているのだ。

 では、その魔族はどこから来たのか?

 エイミーが聞きたいのは、そこのところなのだろう。


「いくつか理由はあるんだが……」


 一息分ためを作って、俺は求められた解を口にする。


「一番多いのは召喚だな」

「召喚?」


 エイミーは聞き覚えがないらしく、首を傾げている。


「魔導士が特殊な方法で魔界から魔族を召喚することがあるんだ」

「何のためによ?」


 それは……答えられないな。

 だいたいは、ろくな理由じゃない。

 魔族の利用価値など、破壊以外にないのだから。


「まぁ、そんな感じでこの世界にやって来た魔族がこの世界に留まることがあるんだ」


 用が済めば魔界へ送還するのが理想なのだが……そううまくはいかない。

 魔界に閉じ込められた魔族が、自由になれるそんなチャンスを無駄にするはずがないのだ。

 召喚された魔族のほとんどは、あらゆる手段を使ってこの世界へと留まる道を選ぶ。

 たとえば、召喚主を殺害するなりして、な。


 さらにこの世界に留まった魔族が子を産めば、また新たな魔族がこの世界に誕生する。


 そうして、この世界には相当数の魔族が存在することとなった。

 そして、その魔族が垂れ流している強力な魔力に影響され、下級の魔物が誕生している。

 それが、グーロのような魔物というわけだ。


 俺の説明にエイミーは「へぇ~」と、深く頷く。


「じゃあ、魔族を召喚しようなんて魔導士がいなければ、この世界はもっと平和なんじゃないの?」

「そうだな。まったくもってその通りだと思うぞ」


 諸悪の根源は、魔族の力をおのれの欲望のために使おうなどと考える者たちだ。

 そいつらがいなければ、この世界に存在する魔族の数はグッと少なくなっただろう。

 もしかしたら、いなかったかもしれない。


 ただひとつ――

 初めからこの世界に存在していた、例外的な種族を覗けば。


 俺は、ちらりとルゥシールを見る。と、ルゥシールもこちらを見ていた。

 そうだよな。やっぱ気になるよな。


 今の話には登場人物が一人足りない。

 その例外的存在である魔族。

 魔族というカテゴリーに分類されるが、魔界の魔族とは異なる生態系を持つ生き物。

 この世界で生まれ、この世界で唯一魔力を自在に扱えた種族。


 ドラゴンだ。


 ドラゴンは魔族に分類されてはいるが、魔界の生き物ではない。

 人間よりもはるか昔からこの世界に存在し、この世界で生き続けている種族だ。

 力も、知恵も、魔力も、すべてが人類を凌駕する生命体。

 ドラゴンは、この世界の覇者と呼ぶにふさわしい。


 ドラゴンに支配欲がなかったのが、人類にとって幸いだった。

 そうでなければ、人類の繁栄は有り得なかっただろう。


 そんなわけで、人類はドラゴンを恐れている。

 そういうヤツが多い。


 だから俺は、ルゥシールの正体を誰かに話すつもりはない。


 無駄ないさかいは起こらない方がいい。

 そもそも、俺がルゥシールと出会ったあの時、俺はドラゴン討伐を依頼されてグレンガルムの丘に行ったのだから。

 金ぴかのドラゴンを追い払ったことで報奨金は受け取ったけど……ルゥシールを見逃したことは内緒なのだ。

 うん。そういう意味でも、ルゥシールの正体は隠しておく方がいいな。……全額使い切っちゃったし。


 視線が合ったまま、しばしルゥシールと見つめ合う。

 俺が頷くと、ルゥシールは微かに笑みを浮かべ、こくりと頷きを返してきた。


 今はまだ、何も言わなくていい。


「なに見つめ合ってんのよ?」


 気が付くと、ジトっとした目で、エイミーがこちらを睨んでいた。


 まったく、こいつは余計なところで目敏いというか……

 説明のしようがないことを聞いてくるよな。

 とりあえず、誤魔化すしかないか。


「見つめ合ってたわけじゃない」

「見つめ合ってたじゃない」

「違う。お互い一方的に見ていただけだ」

「見つめ合ってんじゃないのよ!」

「偶然だ」

「もういいわよ……」


 不機嫌そうに頬を膨らませるエイミー。

 よく膨らむ頬だ。

 そんな感じで胸も膨らめばいいのにな。


「そんな感じで胸も……」

「ご主人さん、ストップ!」


 目にも留まらぬ速度でルゥシールが俺の口をふさぐ。

 おぅっふ。ぷにぷに。相変わらずルゥシールの手のひらはぷにっとしている。


「(それを口にすると、また面倒なことになりますから)」


 と、ルゥシールが耳打ちをしてくる。

 確かに、不用意な発言は控えるべきだろう。


「とりあえず、結界を解放しましょう。ね!」


 不穏な空気を払拭するように、ルゥシールが大きな声を出す。

 そして、眼前にそびえる大きな石門へと向き直る。


 石門は相変わらずピタリと閉じ、開く気配すら見えない。

 門の中央には魔法陣が描かれ、さらにその中心に赤い宝石がはめ込まれている。

 宝石の下には半円の薄い台が突き出しており、やや窪んだその台には液体を入れられるようになっている。


「この台に聖水を注ぎ、赤い宝石に魔力を流し込めば結界は解除される」


 改めて、結界の解除法を説明する。

 魔力を流し込む方法は簡単で、王家に伝わる開錠の魔法を使えばOKだ。合言葉みたいなニュアンスの魔法だから、魔法を覚えたての子供でも使える。魔力の量もそれほど必要としない。

 知ってる者は限りなく少ないが、知ってさえいれば誰にでも使える。そんな魔法だ。


「魔法はエイミーに唱えてもらおう。なに、『アルス・ナール』が使えれば大丈夫だ。詠唱は俺が教えるから、真似っこすれば問題ない」

「真似っこって言うな。なんか子ども扱いされてるみたいで不愉快だから」


 いや、子供だろうが。


「それで、ご主人さん。魔法はエイミーさんがいるので大丈夫でしょうけど、肝心の聖水はどうするんですか?」

「現地調達だ」

「現地調達?」


 目を丸くするルゥシールに、俺はその方法を教えてやる。

 本当は別の方法を取るつもりだったのだが、幸いなことにそれとは別に物凄く簡単な方法も選択出来る状況になっている。痛いのとか辛いのは嫌いなので、簡単な方を優先させる。


「親父の書斎にあった書物に書かれていたんだが、女神の祝福を受けた聖水以外にも聖水と呼ばれるものがあるのだそうだ。それは、幼女のおしっ…………」

「嘘ですよ、ご主人さん! その書物には偽りが書かれています!」

「いや、でも、そういう記述のある書物が大量に……」

「やめてください! 前国王の趣味とか、知りたくないです!」


 何かが違うらしい。

 ルゥシールが絶対の自信をもって否定してくる。

 あの書物は、間違っていたというのか……


 仕方がないので、当初予定していた方法を取る。


 祝福を受けた液体。

 それは、『祝福を受けた家系の者の血液』でも代用が可能なのだ。


 そんなわけで、女神の祝福を受けたマウリーリオの血を引く、俺の血液を使う。


「ルゥシール、ナイフを貸してくれ」

「何をする気ですか!?」

「いや、ちょっと動脈でも切ろうかと」

「動脈切ったら死にますよ!?」

「軽くなら大丈夫だ」

「ダメです! ご主人さんが限度を弁えているはずがありません!」

「……酷い言われようだな」

「とにかく嫌です! ご主人さんに頂いたナイフで最初に斬るのがご主人さんだなんて!」

「いや、ちょっと血を出すだけだって」

「嫌です! わたしの武器はご主人さを傷つけないために存在しているんです!」


 久しぶりの、ルゥシール頑なモードだ。

 こうなると、こいつは梃子でも動かない。

 俺のミスリルソードでやるか……斬れ過ぎそうで怖いんだけどなぁ。


「もっと幸せな出血の仕方はないんですか?」

「出血自体が、幸せなもんじゃないだろう……」


 ルゥシールがよく分からないことを口走っている。

「うわぁ~い、血が出ちゃった~!」ってなるヤツなんかいるのか?


「アシノウラのことだから、エッチなことでも考えてれば鼻血を出すんじゃないの?」


 エイミーがからかうような口調で言う。

 おいおい。いくら俺でも、そんな単純なことでは……………………いや、待てよ。


「……あり、だな」

「はぁ!?」


 自分で言い出したエイミーが信じられない、みたいな顔をしている。

 しかし、鼻血ならば痛くないし、何より、それはきっと幸せな出血に違いない。


 ただひとつ……想像ごときで鼻血を出せるほど、俺はピュアではない。


 ここはひとつ……協力を頼むしかないか…………

 そして俺は、極めて真剣な目つきで二人を交互に見つめる。


「あ、あの……ご主人さん…………なんですか? 急に真剣な表情になって……」

「ちょ、ちょっと……そ、そんな目で見ないでよ……」


 ルゥシールとエイミーが身構える。

 しかし、協力をしてもらうぞ。


「これから、お前たちに協力してもらって、俺の鼻血を引き出す」

「きょ、協力……とは、具体的にどのようなことでしょうか?」

「とても、いかがわしいことだ」

「にょっ!?」

「ちょっ!?」


 素っ頓狂な声を上げる二人。

 だが、仕方ないだろう。オトナな俺の鼻血だぞ?

 ちょっとやそっとでは出てくれない。

 それはそれは、大層興奮させてもらわないとな……


「とっても、とってもエッチなことをしてもらう!」

「森の中で、何を高らかに宣言してるんですか、ご主人さん!?」

「あんた、バカじゃないの!? ううん、バカよ、あんたは!」


 どんなに非難を受けようが気にしない! 

 そう、なぜならば、これは……


「これは、エイミーんとこの家計と、ひいては村を救うことに繋がるからだ!」


 俺の一声で、ルゥシールもエイミーも反論の言葉を失った。

 ぐうの音も出ないようだ。


「そんなわけだから、協力をしてもらうぞ」

「……うぅ…………そう言われてしまっては……断れません」

「ま、まぁ……あたしの家のことも、関係してるし…………しょうがない、わよね」


 よ~しよし。

 聞き分けのいい子は好きだぞ。


 そんなわけで、さっさと頼みごとをしてもらおう。

 まずは……


「エイミー」

「は、はいっ!」


 俺が声をかけると、エイミーがびっくりするような大きな声を上げた。

 肩が持ち上がり、不自然なまでに力が入っている。

 俺を見つめる瞳が揺らめいて、唇が微かに震えて……顔が真っ赤に染まっていく。


 ゴクリ……と、エイミーが喉を鳴らす。


「か、覚悟は出来てるわ…………な、何でも言いなさいよ!」

「そうか。じゃあ……」


 俺はエイミーの目を見て頼みごとを口にした。


「向こうに行って目をふさいでいてくれ」

「……………………………………へ?」

「絶対こっちを見るなよ。あと、途中で邪魔するな。これは失敗するわけにはいかない作戦なんだ」

「………………邪魔?」


 何せ、オトナの俺が興奮するような、最上級のいかがわしい行為をするのだ。

 お子様には見せられない。

 そんなわけで、エイミーは退場~!


「…………後で、覚えておきなさいよ」


 去り際にエイミーが漏らした言葉の意味が分からない。

 ただ……とてつもない殺気がこもっていたことだけは分かった。

 ……なんなんだよ。見たかったのか? マセガキめ。


「というわけで。ルゥシール」

「へ、へひゃいっ!」


 面白い返事をする。


「お前、相変わらずアホっぽい顔してるな?」

「な、なんでですか!? そんなことないはずですよ!」


 いや、だって。物凄く締りがない顔をしているから。


「そ、それは…………だって、き、緊張…………しますもん……わたしだって……」

「お、おぅ……そうか」


 バッカ、お前。緊張なら、俺の方がしてるっつうの。

 なにせ、俺は……今日、大人の階段を上ってしまうのだから。


「でだ、ルゥシール」

「ふにゃいっ!」

「お前は普通に返事できないのか?」

「い、今はっ……無理でしゅ……!」


 ルゥシールの首から上が真っ赤に染まっている。

 ポニーテールがばっさばっさと揺れている。

 唇がキュッと結ばれ、艶めいている。


 ……ごくり。


「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

「ご主人さん!? い、息遣いが変態さんっぽいですよ!?」

「いや、だって、お前……これから…………ハァ……ハァ……」

「あぁぁあああ、あのっ! もう、早く言ってください! わたしは何をすればいいんでしょうか!?」

「そ、それは……それはな…………」


 じゃ、じゃあ、言うぞ……俺史上、もっとも破廉恥でいかがわしい行為を。


「膝枕だっ!」


 言った!

 俺はついに言ったぞ!

 普通なら、強烈なビンタを食らってもおかしくないようは卑猥なことを要求してしまったぞ!

 ルゥシールのヤツめ、さぞ恥ずかしがって……


「……あぁ。なるほど。いいですよ」


 素だとっ!?


「お、おい……ルゥシール。い、いいのか?」

「え? はい。どうぞどうぞ。それくらい」


 軽~く言って、ルゥシールは石門の前の石畳の上に座り込む。

 そして膝を揃えて太ももの上をぽんぽんと叩いてみせた。


 なんて大胆なヤツなんだ!?


「……もしかして、ルゥシールって…………遊び人?」

「なっ!? し、失敬な! わたしはいまだに綺麗な身体で…………って、何を言わせるんですかぁ!?」


 座ったままで、ルゥシールがぷりぷりと怒る。

 でもさ、膝枕を抵抗もなくOKするなんて…………経験者なんじゃ……


「膝枕なんか、誰にもさせたことありませんし、今後もさせませんよ。ご主人さんだからいいんです」

「え? ……俺、だから?」

「はい。ご主人さんにはお世話になってますし、膝枕くらいなら……あ、でも、やっぱり誰にでもという気分にはなりませんね。やっぱり、ご主人さん専用ですかね」


 そんなことを言って、にこりと微笑む。


 なんだ……

 なんだよ……


「お前、俺のこと好きなの?」

「ふなっ!?」


 いや、だって、そうだろ?

 俺だからいいとか……絶対好きじゃん、俺のこと!


「そ、そういう、極端な話ではなくてですねっ! あの、その……ご主人さんは特別というか……あぁっ、だから、そういうことではなくて…………いや、でも好きでないわけではないんですが……でもだからって、そうダイレクトに聞かれて素直にイエスと言えるようなものでもないというか………………と、とにかく、そういうんじゃないです!」


 え、違うの!?


「じゃあ、お前は好きでもないヤツに膝枕とか出来ちゃうのか!?」

「しませんってば!」

「一体どういうことだよ!? 男女間において、膝枕が最もエロイことだろう!?」

「そこが間違っているんですよ、ご主人さんは!」

「マジでっっっっ!?」

「全力で驚いてますね!? こちらこそが『マジで!?』ですよ!?」


 膝枕以上にエロいことがあるだと…………


「具体的には?」

「それはですね……………………い、言えるわけないじゃないですかっ!」


 ルゥシールは一声吠えて、座ったままの姿勢で出来る限り首を向こうへ向ける。

 首筋まで真っ赤だ。

 ……そんなにエロイことが、この世には存在するのか…………


「エロシール」

「ちょっ! やめてくださいよ、人の名前を卑猥にアレンジするのは!」


 俺の知っていた世界は、極々小さな世界だったというわけか……


 俺は地面へ四肢を突き、うなだれる。

 今の俺に、重力に逆らう力など残っていない……


「しっかりしてください、ご主人さん! と、とにかく、膝枕をしましょう!? ね?」

「好きでもないのに……?」

「なんで拗ねてるんですか!?」


 だって……


「いや、好きですよ。けど、その……そういうんじゃなくて……なくもないですけど…………だから、つまりですね……ご主人さんに対するわたしの好意というのは…………」


 眉間を押さえ、ルゥシールは必死に言葉を探しているようだ。

 知識の引き出しを開けては閉め、開けては閉め……そんなことを繰り返し、ついにパッと表情を輝かせる。


「そう! ご主人さんに対するわたしの好意は、膝枕以上お尻枕未満ですっ!」


 ………………………………

 …………………………………………

 ……………………………………………………お。


 お尻枕だとぅ!?


「じゃあ、それをひとつ!」

「ですから、未満ですってば! まだそこまでの関係には達していないんです!」

「ちきしょぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーっ!」

「全力の悔しがりじゃないですか!? そこまでのことではないでしょう!」


 そ、そうか……

 確かに、膝枕はお尻枕には敵わない……

 俺は……まだまだお子様だ…………

 俺の知らないところに、そんな世界があったなんて……


「教えてくれてありがとう。ルゥシーリ」

「ルゥシールですよっ!」


 ルゥシールがぷりぷり怒っている。

 なんか、尻の効果音みたいだな、ぷりぷり。


「そんなわけですので、あまり深く考えずに、膝枕をしましょう」


 赤くなった顔に風を送るように、ルゥシールは手をパタパタと動かす。


 そうか、膝枕はそんなに深く考えなくていいものなのか。

 …………だとしたら、そんなもんで出るのか、俺の鼻血?


「まぁ、そもそもの話、膝枕で鼻血というのは無理があるかもしれませんが……」

「だよなぁ。膝枕程度で……」



 ドキンッ!



 ……なんだ。

 膝枕をしようと思った瞬間、心臓が弾けた。

 破裂したかもしれない。


 ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ!


 心臓がおかしい。

 膝枕だぞ?

 お尻枕には遠く及ばない。

 たかが膝枕だ。

 こんなもの、誰だってしたことが………………俺、したことなかった!


 まずいまずいまずい!

 今日、俺、初体験じゃん!


 たとえ更に上がいたとしても、これまでの俺にとっての最高峰!

 それが膝枕だったではないか!


 緊張しないわけがない。


「あ、ああああ、ああ、あの、あのな」


 落ち着け! 

 落ち着け、俺!

 相手はお尻枕のルゥシールだぞ!

 膝枕くらいで動揺していたら、俺が負けたことになるではないか!

 怯むな! 行け! そして、打ち負かせ!


「あ、あのな、あ、あ…………あ……明日にしようか?」

「ここまで来てですか!?」


 だって心の準備が!


「落ち着いてください、ご主人さん」

「お、おぉ、おぉおおおぉ落ち着いてるよっ!?」

「なんでそんな分かりやすい嘘を吐くんですか?」


 落ち着くって、どうすれば…………そういえば、どこかで聞いたことがあるな。

 たしか手のひらに『乳』と三回書いて、揉むと………………ほっこり。


「よし。大丈夫だ。落ち着いた」

「……今、何をしたんですか?」

「なに。ちょっとした魔術の一種だ」


 心を鎮めるための儀式のようなものだ。

 是非お試しあれ。


「では。落ち着いたようですので、改めまして。……どうぞ」


 再び、ルゥシールが膝を揃えて、太ももをぽんぽんと叩く。

 短いスカートから伸びる眩しいまでに白い太もも。

 張りも艶も申し分なく、瑞々しい果実のようだ。


 …………生太もも。


「ごくり」

「はっきりと聞こえましたよ、今の音!?」


 とにかく、もう後には退けん。

 行くぞ!


「台座に並々と注げる程度鼻血が出るまで続ける。時間がかかるかもしれんが、協力を頼む」

「はい。任せてください! いつまででもお付き合いします!」


 よし。これで多少長引いたって文句は言われない。

 堪能させてもらおうじゃないか!

 生太もも!


「いざ!」

「どうぞ!」


 俺は体を石畳に横たえ、目を瞑ってルゥシールの太ももに頭を乗せる。

 横向きに寝たために、頬に太ももが触れる。

 肌と肌が直接触れ合う。

 頬に、モチッとしてスベッとした張りのある感触が伝わってくる。 

 そして、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 瞬間――



 ドッバァァァァァァアアアアアアアアアアアア!



「ご主人さんっ!? 鼻血が! 鼻血が湧き出した泉のように!?」


 一瞬で大量の血液が採取できた。

 というか、止まる気配がないし、止まる気がしない。

 あのルゥシールの甘い香り…………俺には、少々刺激が強かったようだ。


「…………ルゥシールの……刺激臭が……」

「ちょっ! やめてくださいよ! しませんから、刺激臭なんて! しませんよね!? してないですよね!? してないと言ってください、ご主人さん! ねぇ!?」


 倒れる俺に取り縋り、ルゥシールが必死に何かを叫んでいるが、大量の血液を失って貧血を起こした俺の耳には届いていなかった。


 遺跡に入る前に、意識がなくなりそうだ…………


 ただ、これだけは言いたい。



 俺、オトナになったぜ…………








いつもありがとうございます!


☆今回の割と重要っぽいところ☆


・ルゥシールたちドラゴンは魔界ではなく、

 人間界で生まれた魔族です。


・ブレンドレル家の血液は祝福を受けた液体というわけで、

 ちょっとだけ特殊な力を持っています。


・膝枕 < お尻枕です。当然です。


 また、自分の体の中心線(つむじと踵を結ぶ直線)を『X』、

 お尻の割れ目を『Y』とした時、

 XとYが垂直に交わる(いわゆる、尻たぶに頭を乗せる格好)スタイルか、

 XとYが平行に交わる(割れ目に頭をのっける)スタイルかによって親密度は異なります。

 さらに、仰向けとうつ伏せでは雲泥の差が…………


 ご主人さんはどこまでいけるのか。

 乞うご期待!


 (この物語のラストシーンは、夕日に向かってお尻枕……かも、しれない)



またのご来訪、心よりお待ちしております。


とまと

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