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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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20話 跳べっ!

「着いたぞ」


 開け放たれた入り口を見上げ、俺は呟く。


「行くぞ」


 力強い足取りで大きく一歩を踏み出す。

 そう、ここは――


「あ、いらっしゃいませ!」


 武器屋だ!


「なに寄り道してんのよ、アシノウラ!?」

「色々用事があるんだよ」

「さっさと遺跡に行きなさいよ! どんだけのんびりしてんのよ!?」

「ルゥシールのナイフを買うんだよ」


 噛みついてくるエイミーをいなし、俺はもはや馴染みのカウンターへ歩み寄る。

 髭を蓄えた筋肉質の店主は、寸前まで手に持ってうっとりと眺めていた黒い刃のナイフを慌ててカウンターの下へと隠す。……また刃物に欲情してやがったのか……

 俺が近付くと、店主は恭しく頭を下げる。

 が、俺の顔を見るや、途端に動きがぎこちなくなった。


「あ、こ……これは、マ、マーヴィン様っ! こ、ここ、このようなむさ苦しい店にわざわざ足を運んでくださるとは、感激の極みにございます!」


 あ?

 何言ってんだ、この刃物マニアは?


「わざわざも何も、何度も来てるだろうが」

「い、いや、しかし! ……まさか王子様でいらしたとは……」


 店主は額から滲み出す汗をしきりに拭っている。


 どうやら、俺の素性を知って態度を改めなければいけないと思ったようだ。

 ついでに、これまで意識せずに接していたことを悔やんでいるのかもしれない。

 失礼を働かなかったかと、ヒヤヒヤしていたりするのだろう。


「そうだよな。これが普通の反応だよな」


 いくら俺が寛大で心優しい親しみやすいハンサムボーイだからといっても、その素性を知ればこの店主のような対応になるのは普通のことだ。


「なのに、なんでお前らは全く態度が変わらないんだ?」


 カチコチの店主はスルーして、俺は背後に付き従う二人の少女へと視線を向ける。

 俺が王子だと発覚した後も、ルゥシールは何ら態度を変える様子もないし、エイミーに至っては怒鳴りつけるわ矢を放つわ、やりたい放題だ。


「あんたがバカみたいなことばっかり言うからでしょう!? だいたい、あんたが王子だろうが、そんなの、あたしには関係ないわよ」


 難しい表情を作ってエイミーは横を向く。

 まぁ、子供に身分とかは難しいか。


 ついでルゥシールに視線を向けると、ルゥシールはにこりと微笑み穏やかな声で言った。


「わたしにとって、ご主人さんはご主人さんですから」


 空気に溶けていくような微笑みは、そのまま俺の心に浸透していき、俺の中を満たしていく。


「たとえご主人さんが神様であろうと、魔神であろうと、わたしは変わりませんよ。でも、ご主人さんが変わってほしいというのであれば、わたしはいつだって……」

「いや、いい。……そのままで、いい」


 くっそ。

 なんだよ……

 なんかやたらと恥ずかしいことを言われてしまった。


 そもそも、様付けをするなとルゥシールに言ったのは俺だ。

 こいつはそれを実直に守っているのだろう。

 こいつが態度を変えないのは、俺を軽んじているのではない。

 何よりも俺のことを重んじてくれているからなのだ。


「お前は、お前のままでいてくれ……」

「はい。かしこまりました」


 違う、違うぞ。

 今俺の顔が熱いのは、この武器屋の風通しが悪いからだ。

 あと、さっきまでエイミーの矢をよけるために村中を走り回ったせいだ。

 だから違う。

 決して照れているわけじゃない。

 これしきのことで、俺が、ルゥシールになんて……


「ちょっと、アシノウラ」


 ルゥシールから顔を逸らすと、たまたまそこにエイミーがいて目がばっちり合ってしまった。

 エイミーは物凄く不満そうな顔をしている。


「同じこと言ったのに、なんでこんなに反応が違うのよ?」


 ……同じこと?


「言ったか?」

「言ったでしょ!? 『あんたが王子だろうが、そんなの、あたしには関係ない』って!」


 ……同じ意味か、それ?


「お前の言い方には、なんか棘があるんだよな」

「むぅ~……っ!」


 エイミーが頬をパンパンに膨らませて俺を睨む。

 なんだ、随分子供っぽい顔も出来るんじゃないか。


「そういう顔をしていた方が可愛らしいぞ」

「はっ、はぁっ!? な、何言ってんの、バッ、バッカじゃないの!?」

「……ほら、めっちゃ棘あるじゃねぇかよ」

「あ、あんたが悪いんでしょう!?」


 俺が何をしたというのか……


「あ、あの、それで、今日はどのようなご用件で……?」


 店主が引きつった笑顔で声をかけてくる。


「おぉ。なんだいたのか、店主」

「そりゃ、私の店ですからねぇ……」


 ルゥシールたちはともかく、町の人間は『王子』という肩書を前に、今まで通りとはいかないのかもしれない。

 なんともやりにくい。


「これまで通り接してくれというのは、無理な話か?」

「とんでもございません! 王子様の仰せであれば、喜んで懇意にさせていただく所存であります!」


 ……ダメだ、こいつは。


「あ~、じゃあ。さっき隠したナイフを寄越せ」

「それは嫌です」


 刃物に関しては譲らないんだな。


「いい武器なんだろう? どこで手に入れた」

「お教え出来かねます」

「王子命令だ。寄越せ」

「一昨日来やがりくださいませ」


 この店主は……


「金なら払う。ルゥシールに最高のナイフを持たせてやりたいんだ」

「うぅ……ルゥシールさんのためと言われると…………」


 途端に店主が表情を曇らせる。

 相当に苦悩しているように見受けられる。

 なんだ?

 こいつ、ルゥシールに気でもあるのか?


「ルゥシールさんは、歩く厄災を暴走させない安全弁のような方ですし……」

「はっはっはっ、おい。その歩く厄災とは誰のことだ、この髭もじゃヤロウ?」

「ルゥシールさんがいなければ、クレイモアの一件もバックレるつもりだったでしょう!?」

「何を言っているんだ。当然じゃないか。俺は王子だぞ?」

「こんなにも権力が疎ましいと思ったのは生まれて初めてですよ、私」


 いつの間にやら、店主が元の口調に戻っている。

 おいこら、敬いの心はどうした?


「ご主人さんは、敬ってほしいのかほしくないのか、どっちなんですか?」

「俺は、ほら、あれだよ。すっげぇ敬われまくった状況で『や~め~ろ~よぉ~! 俺、そんな偉くねぇよぉ~』みたいな感じがいいんだ」

「とてつもなく面倒くさいわね、あんた」


 ルゥシールの問いに答えたら、エイミーにため息をつかれた。

 こんなに正直に答えたのに。

 知ってるか? 『正直者は三文の徳』って言葉があってだな……


「とにかく、金ならギルドにたんまりと預けてあるんだ。いい値で買い取るぞ」

「いや、でも……」


 対価を払うと言っているのに、店主はまだ躊躇いを見せる。

 こいつは、どこまで刃物が好きなんだ……


 俺がどうやって店主を納得させようかと思案していると、ルゥシールが「すすす……」と歩み寄ってくる。

 そして、控えめに口を開く。


「あの、ご主人さん。わたしはもっと普通のナイフでも構いませんよ?」

「ダメだ。あのナイフ以外は俺が認めない」

「でもですね、店主さんも困ってますし……」


 まったく、押しの弱いヤツだ。

 いいんだよ、ここは武器屋なんだから。武器を買ってやることが店主の幸せなのだ。

 あの店主は仕事と趣味を混同してしまっている、大人になりきれていない大人なんだ。

 むしろ、強引に奪ってやるくらいがあの店主には丁度いいのだ。


「適当なナイフを装備して、いざという時に破損するとか、もしものことがあったらどうするんだ? 俺はな、くだらない妥協をしたせいでお前を危険な目に遭わせるなんて真似はしたくないんだよ」

「……ご主人さん。そこまでわたしのことを…………」


 あと、他人が持っているいいものは無性に奪い取ってやりたくなる性分なんだ。

 ……と、ここは言わないでおこう。

 なんだかルゥシールが感動しているっぽいし。いい話ってことにしておこう。


「……分かりました。わたしからもお願いしてみます!」


 言うなり、ルゥシールは店主に向き直り、勢いよく頭を下げた。


「お願いします! そのナイフを譲ってください!」

「えぇ……でも…………」


 店主も、ルゥシールには弱いのか、明らかに心が揺らいでいる。

 よし、ここはもうひと押しでイケるな!


「ルゥシール! なんだその頼み方は!? お前は物の頼み方を知らんのか!?」


「え!?」と、驚愕の声を上げるルゥシール。

 その顔を見る限り、本当に知らないらしいな。

 頭を下げるなんて、そんなものは頼みごとのうちに入らない。

 現に、店主はその動作を見ても色よい返事を躊躇っているではないか。

 頼み事は、断れないような所作をもって行うべきなのだ。

 すなわちっ!


「ルゥシール、思いっきりジャンプだ!」

「は、はいっ!」

「もっと!」

「はい!」

「続けて!」

「はいぃっ!」


 俺の声に合わせて、ルゥシールが何度も何度も垂直に飛び上がる。

 その度に、揺れる揺れる!

 たっゆんたっゆん、揺れまくる!


「店主! この通りだ!」

「どの通りですか!?」


 俺が店主に頼み事をすると、すかさずルゥシールが突っ込んできた。

 ジャンプもやめてしまっている。


「何をしている、ルゥシール!? 揺れが足りんぞ!」

「足りなくて結構です!」


 ルゥシールの顔が真っ赤に染まっていく。


「ご主人さんを信じたわたしがバカでした……」


 両手で顔を覆い、ルゥシールはカウンターの前にしゃがみ込んでしまった。


「まぁ、確かにお前はバカだけど、そう気にするな。今に始まったことじゃない」

「……バカはあんたよ、アシノウラ」


 背後からエイミーの冷めた声が聞こえてくるが、ここは華麗に無視を決め込む。


「……もう、ナイフいらないです。爪楊枝とかでいいです……」


 何故だか心が折れてしまったらしいルゥシール。

 爪楊枝は武器にはならないだろうに……


「あ、あのつ! ルゥシールさん」


 店主がカウンターから身を乗り出し、しゃがむルゥシールに声をかける。

 労わるような、優しい声だ。


「これは、アキナケスというナイフで、ダマスカス鋼を鍛造して作られた物なんです。斬撃も出来ますが、刺突に向いています。少し重いから使いこなすのは難しいかもしれないけれど……その分、頑丈だから君の身を守ってくれるはずです」

「…………店主さん?」

「あぁ~、その…………よかったら、持っていってくれませんか?」

「……いいんですか?」

「えぇ。大切に使ってやってくださいね」

「あの。……ありがとうございます」


 ゆっくりと腰を浮かせ、姿勢を正すと、ルゥシールはアキナケスというナイフを恭しく受け取った。

 大切な宝物に触れるように、そっと、丁寧に。


「……重いです」

「でしょう?」

「はい。けれど…………とても頼もしいです」


 ルゥシールに笑みを向けられ、店主の頬もほころぶ。

 やはり、この店主はルゥシールに甘い。

 つまり。


「爆乳のおかげでナイフが手に入ったわけだ」

「「そうじゃないですよ!?」」


 ルゥシールと店主の声が揃った。

 違うのか?

 たっゆんたっゆん揺らした成果じゃないのか?


「王子様と一緒に旅をするなら、装備は現状出来得る最高の物を選んでください。命がいくつあっても足りませんよ」

「はい。忠告、痛み入ります」


 なんだか、ルゥシールと店主の絆が深まったようだ。……なんだか気に入らん。


「ご主人さん。譲って頂きました」

「あぁ。店主よ、金はギルドに預けてあるんだが、取りに行ってもらってもいいか? 俺たちはこれから出かけるんだ」

「えぇ。構いませんよ。引き渡しの書類にサインをいただければ、こちらで代金を受け取りに行かせてもらいます」


 代金を聞かずに購入してしまったが、まぁ、足りないことはないだろう。

 大量にあるからな。……小銭が。


「あ、あのさ、アシノウラ……」


 ルゥシールが、アキナケスを下げるベルトを店主に調整してもらっている間、俺たちは店内をぶらぶらして待つことにしたのだが、エイミーが話しかけてきたのは、そんな時だった。

 言い難そうに、もじもじとして俺を見上げてくる。


「なんだ、トイレに行きたいのか?」

「行きたくないわよ!」

「……もう、手遅れなのか?」

「違うっ!」


 エイミーが拳を高く掲げる。

 サッと頭をガードすると、エイミーはわななく拳をゆっくりとおろしていった。


「お願いが……あるんだけど」


 珍しくしおらしい素振りで、エイミーが俺を窺う。

 言いにくいのか、なかなか口を開こうとしない。

 根気よく待っていると、ようやく、小さな声を発した。


「矢を補充したいから…………お金を、貸してくれない?」

「金?」

「返すから! 絶対、狩りで稼いでちゃんと返すから! お願い!」


 ルゥシールが新しい武器を手に入れて、もしかしたら羨ましくなったのかもしれない。

「矢を」と言いながら、エイミーは新しい弓を握りしめていた。


 よく見ると、エイミーの弓は使い古されてボロボロになっている。

 これではいつ壊れてもおかしくない。

 これから古の遺跡に向かうことを考えると、買い替える必要がありそうだ。


 だが……


「難しいな」

「そう……だよね」


 自嘲気味に笑い、エイミーは表情を曇らせた。

 とてもがっかりしている。


「親しい間柄でも、お金の貸し借りはするなってお父さんも言ってたし……やっぱ、ダメだよね」


 ベルムドの教えは正しいとは思う。

 が、そんなことではなくてだな。


「お前じゃ、いくら跳んでも揺れないから頼みようがないだろう?」

「誰があんな破廉恥な頼み方するもんですか!?」


 破廉恥という言葉が聞こえたのか、カウンターの前でルゥシールが床へくずおれた。

「わたしが悪いわけじゃないのにぃ……」と、顔を覆って泣いている。まぁ、放置しておく。


「なぁ、オッサン。この弓は売り物か?」

「ウチには売り物しか置いていませんよ」


 はははと笑う店主。

 だが、お前はちょいちょい売るつもりのない武器を飾っているだろうが。


「じゃあ、この弓と、新しい矢を三十本、あと矢筒をくれ」

「はい。毎度あり!」


 威勢よく返事をする店主。

 この店で、初めてスムーズに買い物が出来たんじゃないか?

 そんな感動に打ち震えていると、あわあわとした様子でエイミーが俺の腕を引っ張る。


「ちょっと! まだ買うなんて言ってないし……それにあたし、弓まで買うつもりは……お金もそんなにないし……」

「なに言ってんだよ」


 金の貸し借りを父親に禁止されている以上、俺がこいつに金を貸すことは出来ない。

 だとするならば、だ。


「プレゼントしてやるから、ありがたくもらっとけ」

「…………え?」


 これで、貸し借りじゃねぇからな。

 それに、ボロい弓で遺跡探索はどう考えても危険だし、俺の足を引っ張るかもしれん。

 俺も助かるし、エイミーも新しい弓が手に入って万々歳。

 これで万事解決だ。

 ……かと、思ったのだが。エイミーが酷く狼狽えている。


「プ、プレ、プレゼント!?」


 握っていた弓を体から遠ざけ、恐れ多いとばかりに身を低くする。

 ……何してんだよ? お前は弓より身分の低い人間なのか?


「ほら、貸せ」


 俺はエイミーから弓を奪い取り、カウンターに向かいがてら矢の束と矢筒を手に取った。

 それらをカウンターの上に並べて乗せる。


 と、店主はそれらの商品をじっくりと見つめ、満足げに頷いた。


「はい。計算が済みましたので、もうお持ちくださって結構ですよ。料金はアキナケスと同じで?」

「あぁ。悪いがギルドまで取りに行ってくれ」


 大量の銅貨を。とは、口にしなかった。


 俺は支払いの済んだ弓矢のセットを持ち、いまだ硬直したままのエイミーへそれらを差し出す。


「ほらよ」


 軽く言って手渡すと、エイミーはそれを両手でそっと受け取った。

 しばらくボーっとした後、呟くように「……なんで?」と尋ねてきた。


 なんで、と聞かれると………………あ、そうだ。


「魔法が使えるようになったお祝いだ」


 そういうことにしておいた。


 すると、表情が消えていたエイミーの顔に、徐々に笑みが広がっていく。クシャッと破顔した直後に両腕に抱えた弓矢セットをギュッと抱きしめ、身もだえるように体を震わせた。


「ありがとう、アシノウラ! すっごく嬉しい! 一生、大事にするからね!」


 いや、一生は大袈裟だろう。

 消耗品なんだから定期的に買い替えろよ。


 けどまぁ、喜んでもらたようで何よりだ。


 エイミーがいそいそと矢筒を肩にかけ、筒が腰付近に来るように調整を始める。

 矢筒に矢の束を入れ、新しい弓を構える。


「どう? 似合う、かな?」


 キラキラとした目でこちらを見てくるエイミー。

 似合うかどうかと聞かれれば、似合うだろう。

 けど、それって弓を持って聞くことか?


「…………変?」


 俺が答えないことを変な風にとったのか、エイミーの眉毛が悲しそうに下がる。


「いやいや。似合ってる似合ってる! エイミーは弓美人だな」

「弓美人?」


 あの、そんな不思議そうな顔でこっち見ないでくれるか?

 俺も勢いに任せて適当に言っただけだから。


「…………美人、か」


 しかし、勢い任せとはいえ、やはり女の子。褒められると嬉しいようで、「にひひひ」と、若干可愛さをそぐような声で笑っている。

 そして、今にも踊り出しそうな足取りで店の入口へと向かう。


「ちょっと、古い弓を置いてくるから待ってて。すぐ戻るから!」


 そう言って店を飛び出していった。

 元気な奴だ。


 けどまぁ、不機嫌よりかはいいだろう。


 ルゥシールもいいナイフを手に入れて上機嫌だろうし、この勢いのまま景気よく古の遺跡に向かうとするか。


 そんな、追い風を感じるテンションを共有しようとルゥシールを見ると…………


「……………………ふん、です」


 なぜか、ルゥシールの機嫌が悪かった。

 ………………………………あれぇ?



「なぁ、ルゥシール。なんか、気に入らないことでもあったか?」

「………………ご自分の胸に聞いてください」


 自分の胸?


 俺は自分の胸に視線を落とす。

 すると、なんということだろう。俺の胸が俺に語りかけてきたのだ。

『こんな真っ平らなつまらない胸なんか見ている暇があったら、向こうのダイナマイツボインを鑑賞していた方が有意義だよ』と。

 それもそうだ。流石は俺の胸。よく分かっているじゃないか。と、そんなことを思い、俺は視線をルゥシールの胸へと向ける。

 そして見る。

 ガン見だ。

 じぃ~~~~~~~~~~~~~~~~………………っ!


「ふぇっ!? ちょっ! ご主人さん! これはまだご主人さんの胸ではないですっ!」


 ルゥシールは顔を赤くして背を向けてしまった。

 そしてやはり少し怒っているようだ。


 …………ん? 『まだ』?


 俺が疑問に思った箇所に、ルゥシールもほぼ同時に気が付いたのだろう。

 つむじから「ぷしゅ~」と湯気が立ち上った。


「…………もうっ、知りません!」


 そのまま、ルゥシールは足音を荒げて店を出て行ってしまった。


「…………分からん」

「なんで分かんないんですかねぇ……」


 俺の呟きに、店主がぼそりと答える。

 振り向くと、憐れむような視線を向けられ、そして店主はため息交じりにこう言った。


「お客さん…………残念ですねぇ」


 ……お前が言うなよ。

 やっぱり、そのセリフはルゥシールの口から聞きたいもんだな。


 俺は店主に軽く目礼し、ルゥシールの後を追った。


 その後俺は、入り口にもたれかかるようにして不機嫌オーラを発散させていたルゥシールに対し、変な汗を背中に感じながらも必死に褒め言葉を並べた。新しい武器が綺麗だなとか、よく似合っているぞとか、そういう感じの語句をいくつも並べ立てたのだ。


「いや、まぁ、つまり、あの、あれだな……うん、ナイスナイフだ、ルゥシール。色も落ち着いて、大人っぽいしな。服と合わせやすいかもしれん。うん、ナイスナイフ、ナイスナイフ」


 最初は不機嫌だったルゥシールも、次第に笑みを零すようになった。

 それを見て、俺はなぜか心の底からホッとしたのだった。

 俺が安堵の息を漏らすと、ルゥシールはくすりと笑い、楽しそうな声でこんなことを言ってきた。


「ご主人さんは、褒めるのが下手ですね。本当に…………残念です」


 そういったルゥシールの顔は、とても楽しそうだった。








いつもありがとうございます。


ブクマしてくださった方、

たまたま通りかかっただけの方、

チラチラ見に来てくださっている方、


皆さんのおかげでやる気がウナギMAXです!

(あ、ウナギMAXっていうのは、うなぎのぼりから派生した小粋なギャグで……略)


次回もなるべく早くお届け出来るよう頑張ります。



というわけで、ちょっとだけ区切りのいい20話でした!



またのご来訪を心よりお待ち申し上げております。


とまと

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