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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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2話 ご主人様と呼ばないで

「……おはようございます」


 目が覚めると、ルゥシールが俺を覗き込んでいた。

 おはようのチュウでもするかのごとき顔の近さだ。


 これは、ついに来たのか……俺の初チュウッ!?


 ……の、割には、ルゥシールの顔色がおかしい。

 目の下にはクマが出来ているし、瞳の輝きもどこかくすんでいる。

 口の端は軽く引き攣り、表情がカチコチに強張っている。


「……顔色悪いな。眠れなかったのか?」

「えぇ……まぁ、いろいろ思うところがありましてね」


 俺の覚醒を確認すると、ルゥシールは体を起こし、俺から距離を取った。

 そして、片手で目元を隠し引き攣った口からブツブツと呪詛のような音声を垂れ流し始めた。


「わたしだって……若い男性の寝所へ恩返しという名の奉公へ出向いた以上、それなりの覚悟はしていたんですよ。ですが、いざそうなるとやっぱり怖くて……特にご主人様は大きな胸がお好きな様子で、ほどほどにエロくて……そんなもんだから『さぁ、寝ましょうか』という段になってすごく緊張していたんです。部屋の明かりが消え、わたしの鼓動は一気に加速しましたよ……ご主人様の温情でベッドを譲っていただいて、恩返しするべき相手を床に寝かせてしまった罪悪感から、『この人になら……』という心の奥の揺らめきみたいなものも生まれて、衣擦れの音がする度、風が窓を叩く度、ご主人様の寝息が漏れる度、いちいちわたしの心臓は跳ね上がり、怖いやら恥ずかしいやらで頭の中がぐるぐるグチャグチャして、夜が更けても全然眠れない、わぁどうしよぉ~!……って、なっていたのに………………本っっっっっ気で何もしませんでしたね!?」

「なんか、知らんが、機嫌悪いのか?」

「いいえ、別にっ!」


 ルゥシールは物凄い勢いで体を翻すが、勢いがつきすぎて一回転してしまい、気まずそうな顔をしながら慌ててもう半回転した。

 長い黒髪がふわりと宙を舞う。

 朝の光を浴びて、艶やかな髪はキラキラと煌めいていた。


「綺麗な髪だな」

「ふぇっ!?」


 素直に感想を述べると、ルゥシールは驚いた様子で振り返り、自身の髪を両手で掴んだ。指の間を、シルクのようなしなやかさで黒髪が流れていく。


「な、なんですか、いきなり!? ほ、褒めたって、別に……そんなんで機嫌を直したりは………………うぅぅ、あ、ありがとうございます」


 頬を膨らませたり、眉を吊り上げたり、不機嫌そうな表情を作ろうとしていたらしいルゥシールだが、徐々に温度を上げていく頬に打ち負け、最終的には照れながら礼を述べた。


 しかし、床で寝るのはさすがにきついな。

 もう一部屋取るかな。


 そんなことを考えていると、先ほどとは打って変わって上機嫌な様子でルゥシールが俺を覗き込んできた。


「朝食の準備を始めますね。何かリクエストはありますか、ご主人様?」


 …………んん。

 さっきからちょいちょい気にはなっていたのだが……こうまではっきり言われると聞き違いということもないだろうが……念のために確認しておく。


「……なぁ。今、なんて言った?」

「え? ですから、朝食のリクエストを……」

「その後だ」

「…………ご主人、様?」

「うっわ、エロッ!?」

「えっ、なんでですか!?」


『ご主人様』などという二人称を使う者は、だいたいがその『ご主人様』と爛れた関係になっているものなのだ。

 爛れたというのは、つまりそう……たとえば、一緒にお風呂に入ったり、膝枕なんかをしてもらったり、あまつさえ……細長い食べ物を端と端から同時に食べ始めて最終的に「チュッ」とかしてしまうに決まっているのだ! 世の『ご主人様』なんて、みんなそんなもんだ! 汚らわしい! 爆ぜろ!


 と、そこで俺は一度ルゥシールへ視線を向ける。


 もし、ルゥシールが相手ならどんな要求がなされるだろう?

 やはり、一番気になるのはあの胸――母性とか、ついでにいろんなものが詰まって今にも溢れ出してきそうな大き過ぎるあの胸だろう。

 大きい胸、溢れる母性……そうか、分かったぞ。ルゥシールの『ご主人様』が求めるもの、求めるべきもの、求めざるを得ないもの。

 それは、幼児プレイだ!

 赤ちゃん言葉で「まんま」とか言いながらあの胸を堪能するのだ!

 爛れている! この世は不浄だ!


「俺を『ご主人様』と呼ぶことは、幼児プレイを強要することと同義なんだぞ!」

「え、どのあたりがですか!?」

「お前は、そうまでして俺におしめを穿かせたいのか!?」

「えっと……わたしは今、何で怒られているんでしょうか……?」


 ルゥシールは困惑したような顔で眉根を寄せる。両手の人差し指で左右のこめかみを押さえ、これまでの会話を整理しているようだ。


「とにかく、『様』はやめてくれ。好きじゃないんだ」

「そうなんですか?」

「あぁ。昔から『王子様』なんて呼ばれててな……、少々嫌気がさしていたんだよ」

「あはは。それはまた面白い冗談ですね」

「おぉっと? 俺は今小馬鹿にされているな? いい度胸だ、表出やがれ」


 事実、俺は周りの人間から『王子様』と呼ばれていたのだ。……なんでか、ルゥシールは一切信用していないようだが…………

 そんな環境に置かれて、俺はつくづく嫌になったのだ。

 様を付けるのは、格式ばった接し方を強要される者――腹の底で何を思っているかに関わらず――と、深く接することのない群衆くらいだ。

 親しくしたい者ほど様付けを徹底し、「いや、お前は様を付けろよ」という輩ほど付けやがらない。

 要するに『様』っていうのは、名を呼び合う仲にありながら一定以上接近を許さない、気の利かない結界のようなものなのだ。

 俺はこいつを出来損ないの敬称だと思っている。


 故に、様付けで呼ばれるのは御免被りたいのだ。


「分かりました! ではこうしましょう!」


 人差し指をピンと立て、ルゥシールが得意げな顔で提案してくる。


「『ご主人さん』っ!」


 ……さん付け?

 何とも言い難く、いかんともしがたく……

 俺が口をつぐんでいると、ルゥシールは自分の案に満足している風に頬を緩ませる。


「どうですか? よくないですか? なんだかちょっと可愛いですよね?」

「可愛いかどうかは知らんが……なんか、頭悪そうな響きだな?」

「そんなことないですよ! あ、じゃあ、こうしましょう! 『ご主人さん(かしこい)』!」

「あ、ごめん。頭悪いのは語感じゃなくてお前だったわ」

「酷いですよ!? こんなに真剣に考えているのに!」


 真剣に考えてそれだから頭が悪いという結論に至ったのだが……


「じゃあ、『ご主人ちゃん』……?」

「見下してんのか、コノヤロウ?」

「じゃあどうすればいいんですかぁ~っ!?」


 夜でも朝でも声がデカい。

 意味もなく声がデカい奴と、すぐに走り出す奴は高確率で頭が悪いというのが俺の持論だ。

 ……こいつは見事に合致するな。


「分かった。さん付けでいい、そう呼んでくれ」

「はい! かしこまりました、ご主人さん!」


 ただ、バカが付つほど素直なところは評価に値する。

 ……それと、嬉しい時には隠すことなく嬉しそうに笑うところとな。


「じゃあ、朝食の準備を頼む。その間に俺は準備をしておくから」

「はい! 了解しました!」


 背筋を伸ばし、王国騎士団が行うような敬礼をしてルゥシールが返事をする。

 朝から元気な奴だ。

 俺は着替えようと荷物を引き寄せ、先に所持金の確認を行う。確か、大分少なくなっているはずだが……やはりか。外の森で魔物でも狩って小銭を稼ぐ必要があるだろう。

 幸い、この村にも冒険者ギルドの支部があるため、魔物毛皮や牙などを換金することが出来る。もしくは、魔物の肉をこの宿屋に売ってもいいだろう。

 朝食が済んだら狩りにでも行くことにしよう。

 そんな予定を立て、一応ルゥシールにも伝えようと視線を向けると……


「では、狩りに行ってきます!」


 ルゥシールに先に言われてしまった。


「待てこら」

「はい?」

「朝食はどうした?」

「ですから、狩りに……」

「今から狩るのかよ!?」

「任せてください! これでもわたしトカゲや地中ガエルを捕まえるの、得意なんです!」

「……お前、普段そんなのばっか食ってるのか?」

「あ、パンも食べますよ。人間の町に降りた時とかに買っておいて。でも、パンに合わないんですよね、ぬるぬるしてて」

「確実に生だよな? お前は一切の手を加えず生でトカゲとかカエルを食ってるよな?」

「お嫌いですか?」

「試したことすらねぇわ!」


 ダメだ……こいつに飯の準備など任せられない。

 地中ガエルって、土の中に穴を掘って移動する体長1メートルの巨大ガエルだったよな?……毒持ってなかったか、あいつ?


「そういえば、ご主人さんって、石化毒っていける口ですか?」

「いける口だと思ってるんなら、その認識が改まるまで折檻し続けるぞ?」

「好き嫌いはよくないですよ?」

「好き嫌い以前に、生き死にに関わるんだよ」


 決定事項。こいつに飯は任せない。

 俺は着替えを済ませると荷物を担ぎ、出発の準備を整えた。


「飯はいい。狩りに行くぞ」

「ご主人さんも一緒にですか?」

「金が要るんでな。あと、この付近は危険だからな」

「大丈夫ですよ。魔法を封じられたとはいえ、これでもドラゴンです。人里近辺に出没する魔物に後れは取りませんって」

「この近辺に何が出るか知ってるか?」

「さぁ? でも、どうせ大ネズミとか、出てもゴブリンくらいのもんですよね?」

「お前、冒険者だったら初日で死んでるタイプだな」

「そんなことないですよ。わたし、強いですし!」

「そうそう。そう言って帰ってこないヤツが多いんだよな」

「大丈夫ですってばぁ!」

「じゃあ、行こうか」

「ちょっと、ご主人さん!」


 不満顔でぶうたれるルゥシールを無視して、俺は宿屋を後にする。

 それから十数分後、ルゥシールのぶうたれ顔は――俺の予想通り――苦悶に歪むことになる。





「何なんですか、ここの魔物たちはぁぁぁぁああぁ危ないっ!?」


 ルゥシールが2メートルはある巨大な獣に襲われ、全力で逃げ回っている。傍から見ていると、ユニークで実に面白い。


「なに笑ってるんですか、ご主人さん!?」


 ルゥシールを襲っているのは、この森に生息するグーロという魔物だ。全身を覆う体毛は白銀色で、刃や程度の低い魔法は跳ね返してしまうほど強靭だ。

 そして、恐ろしく大食漢で目に入った者は何でも食おうとする。

 体はデカい犬のようで、顔は猫に似ている。非常に凶暴で凶悪な魔物だ。


「なんでこんなのが人里近くの森にいるんですか!?」


 グーロの攻撃を器用にかわしながら、ルゥシールは俺に声を投げてくる。

 ちなみに、俺は木の上に登りグーロの攻撃範囲から離脱している。


 人里付近には強い魔物は出ない。その認識は正しい。開拓の際に強力な魔物は予め退治してしまうからだ。それ以後も、人里付近に強力な魔物が出現すれば王国が兵を出しそれを討伐する。そんなことを繰り返すうちに、強い魔物は人里を避けて住処を作り、弱い魔物は強い魔物を避けるように人里付近に巣を作るという構造が出来上がっていた。

 が、何事もイレギュラーは存在する。

 この村がまさにそのイレギュラーなのだ。


「この森の中に古い遺跡がある。そこから流れ出す魔力に引き寄せられているんだろう」


 過去に封印を施された古の遺跡。そこには魔界大戦の際に使われた神器が封印されているという。

 俺は、その神器を狙ってここに滞在しているのだ。もっとも、封印の解除に苦戦して遺跡に入ることすら出来ていないのだが。


 魔界大戦は、今から二千年前に起こった人間と魔族との全面戦争のことだ。

 この世には俺たち人間が住むこの世界とは別に、魔族が棲む魔界がある。このふたつの世界は決して交わることのない別次元に存在していたのだが……二千年前、魔神ガウルテリオがふたつの世界を繋ぐ穴を開けた。そこから人間界へと大量の魔族がなだれ込み、驚異的な魔法の力で人間界を蹂躙した。

 魔族に支配されるまま百余年の月日が流れ、人間界に救世主が現れる。

 救世主は、魔族の放つ凶悪な魔法に抗う術を持ち一気に攻勢をかけた。

 そしてついに魔神ガウルテリオを打ち滅ぼし、魔族を魔界へと追い返した。

 その救世主の名前は、マウリーリオ・ブレンドレル。

 この魔法王国ブレンドレルの初代国王だ。

 救世主マウリーリオは魔神ガウルテリオが開けた次元の穴を魔方陣で封じると、人間側から一方的にコンタクトを取れるようにした。

 それから長い年月が過ぎた今現在においても、若干数は漏れ出てきてはいるが、魔族は人間界へ侵攻することが出来ないでいる。もっとも、その長い年月で漏れ出てきた若干数が人間界で数を増やし、こうやって人を襲ったりするようになっているのだが。


「まぁ、この程度なら可愛いもんだよな」

「可愛くないですよ!? 今まさに食べられかけていますからね、わたし!」

「そのグーロも、生きるのに必死なんだよ」

「わたしの方が必死ですよ!?」


 魔法が使えないというハンデが、ルゥシールを苦しめているようだ。

 襲い掛かるグーロの爪と牙を紙一重でかわし、拳と蹴りを巨体へと叩き込んでいく。

 身のこなしは大したもので、攻撃もほとんど命中している。だが、まるでダメージを与えられていない。

 ドラゴン本来の巨体も、鋼のような筋肉も、鋭い爪も牙も角も、必殺のブレスもない。

 今のルゥシールには、グーロを仕留める武器がないのだ。

 上から観察している限り、現在のルゥシールは身軽なだけの、普通の女の子程度の力しかないだろう。そこいらの冒険者よりも弱い。


「ご主人さんっ!」


 ルゥシールがグーロとの戦闘を続けながら声を上げる。

 微かに泣きが入っている。


「恩返しをしたく、進んで戦闘に赴いた分際でこういうことをお願いするのは申し訳ないのですが…………助けてくださぁ~い! もう、腕が痺れて……限界ですぅ~!」


 グーロが姿を現した時、ルゥシールは俺に言ったのだ。「わたしに任せてください、ご主人さんは安全なところで見ていてください」と。

 まぁ、こうなるだろうとは思っていたがな。

 俺としても、別にルゥシールを苦しめるつもりはないし、グーロを恐れて身を隠しているわけでもない。


「だが、もうちょっと頑張れ」

「もうちょっとって、あとどれくらいで……うわぁ! 危ない!」


 視線を俺へ向けた隙を突かれ、グーロの爪がルゥシールへ肉薄した。かろうじてかわすが、ルゥシールの瞳には涙がたまり始めている。相当怖かったのだろう。


 グーロは割と臆病な魔物だ。

 相手が自分より強いと悟ると奥の手を使ってくる。それを使わせることが出来れば……

 …………なのだが、どうやらルゥシールはグーロに見下されてしまったようだ。全然奥の手を使う気配がない。


「ルゥシール。気合い入れろー!」

「入れてますよぉ~……もう、使い切るほど入れ過ぎましたよぉ~……」


 ついに涙声になってしまった。……しょうがないな。


 俺は木の枝から飛び降り、空中で一回転すると、その反動を利用してグーロの後頭部を踏みつけた。

 ズンッ! と、鈍い音が鳴り、グーロが顎を地面へぶつける。

 俺がグーロの頭を蹴って地面へ降り立つと、グーロは素早く後方へ飛び退き、頭を低くして俺に威嚇の姿勢を向ける。

 本当はルゥシールに奥の手を引っ張り出してほしかったのだが……


「俺、手加減って苦手なんだよな……」


 牙の隙間から唸り声を漏らしこちらを睨むグーロ。

俺と視線が合うと、地面を蹴って飛びかかってきた。2メートルの巨体が一瞬で眼前にまで迫ってくる。鼓膜を劈くような咆哮を上げ、獰猛な牙を剝き出し俺へ襲いかかる。

 その獣の横っ面を、全力で殴打する。

 固く握りしめた拳を叩き込む。

 ゴッ! という、骨と骨がぶつかる音がして、グーロが吹き飛んでいく。若干こちらの腕も痺れたが、気にするほどじゃあない。

 弾き飛ばされた先でグーロが背中を大樹にしこたまぶつける。

「ギャッ!」と潰れたような声を上げるが、落下までのわずかな時間で体をひねり、四本の足で着地をする。体は犬なのに猫のような身のこなしだ。


「…………凄い」

「なぁ。硬過ぎるよな、あの毛皮。全力で殴ってピンピンしてんだもん。やってられないよな」

「いえ、凄いのはグーロの防御力じゃなくて……」

「しっ!……来るぞ」

「え……」


 何かを言いかけたルゥシールだったが、言葉を切ってグーロへと視線を向けた。

 俺も、同じようにグーロを見やる。


 牙を剥き唸り声を響かせているが、グーロは明らかに怯えている。

 目が血走り、口から軽く泡を吹いている。……来る。


 俺が身構えるのとほぼ同時に、グーロは大きく口を開く。

 グーロの口内がまばゆい光を放ち、次の瞬間、紅蓮の炎が吐き出された。炎は燃え広がることなく、まるで一本の巨大な矢のように俺に向かって飛んでくる。

 グーロが発動させた炎の魔法だ。魔物は、己の持つ魔力を予備動作もなく具現化させることが出来る。

 かつて人間たちを追い詰め恐怖させた力。グーロが吐き出した炎は、その魔力の塊だ。


 だが、それが俺にとっては好都合なのだ。


 魔力は核を持ち、その核から流れるように魔力を広げている。

 具現化した魔法も同じだ。

 目を凝らし、魔力の核を正確に捉える。

 この核を破壊すれば、魔法は一瞬で霧散する。しかし、俺は破壊なんてもったいないことはしない。


「ルゥシール。俺の秘密をひとつ教えてやる」


 俺は、他の人間とは違う、ちょっと特殊な存在なのだ。

 まずは、魔力を目で見ることが出来る。

 魔法を使って相手の魔力量を図ることの出来る奴はいるだろうが、目で見ることが出来るのはそうそういないだろう。


 そしてもうひとつ。

 これから実践しようとしていることなのだが……


「ご主人さんっ、危な……っ!」


 炎の矢が迫り、ルゥシールが叫び声を上げるが、俺は慌てない。

 炎の矢に向かって真っ直ぐ腕を伸ばし、後は正確に………………魔力の核を握りしめる。


 その瞬間、魔法は掻き消えて、俺の体内へ魔力が流れ込んできた。


 俺は、魔力を奪い取ることが出来るのだ。


「んじゃ、返すぜ、この獣ヤロウッ!」


 奪った魔力を一気に魔法へと変換する。

 先ほどグーロが放った魔法を、今度は俺が放つ。

 自分の魔法をそのまま突き返されたグーロは一瞬体を硬直させ……それが致命的な隙を作り……自身の魔法によって頭を吹き飛ばされた。


「あぁ…………胸が焼ける」


 魔物の魔力を体内に取り込むのは、実は割と気持ちが悪いものなのだ。

 自分のものではない力が体内へ侵入してくる感触は何度やっても慣れない。それに、魔獣の魔力は、気のせいだとは思うのだが、若干獣臭い気もする。

 おかげで、胸がむかむかして吐き気が止まらない。


 新鮮な空気でも吸って気分を紛らわそうとする俺の傍らで、ルゥシールは呆然と呟きをこぼす。


「…………跳ね……返した?」


 ルゥシールにはそう見えたのかもしれない。

 けれど、さっきのは俺が放った魔法だ。

 グーロの頑丈な毛皮は、強力な魔法で貫くのが一番。なので俺はいつもこうやって退治しているのだ。

 ただ、参ったことに……

 俺が戦うと、どうも殺気が辺りに拡散されてしまうようで……

 臆病なグーロは森の奥へと逃げてしばらく姿を見せなくなってしまうのだ。

 毛皮や肉、爪や牙と、利用価値の高いグーロはいい稼ぎになるので連続して狩りを続けたいのだが…………これでまた十日くらいは姿を見せなくなるだろうな。

 だからルゥシールに追い詰めてもらって、とどめだけ俺が刺すという方法を取りたかったのだが…………


「……弱っ」

「ひ、酷いですよ! これでも結構頑張った方なんですから、せめて労いの言葉くらいかけてくれたって……」

「……ショボッ」

「…………すいません」


 肩を落とし、うなだれるルゥシール。

 同行を許可したはいいが、……こいつを連れて旅するのは結構大変かもしれない。

 少々鍛えてやる必要があるかもな。


「とにかく、もう狩りは無理そうだから、一旦村に帰るぞ。獲物を持ってきてくれ」

「え……物凄い血だらけなんですけど…………」

「だから俺、触りたくないんだよな。獣臭いし」

「…………ですよね」


 嫌そうな顔はするものの、ルゥシールは素直に指示に従った。

 2メートルもある血だらけの獣を肩に背負うと「……獣臭いですぅ……」と、涙目になりながら、俺の後をついてきた。


 こいつを売ればそこそこの実入りにはなるが、それでも十分な額ではない。

 武器屋に修理してもらっている剣の代金も払わなければいけないし、宿代もバカにならない。……二部屋取るのは考え直さなければいけないかもしれないな。


 何にせよ、さっさと封印を解いて古の遺跡を攻略するほかないだろう。


 俺は決意も新たに、村への帰路に就いた。

 後ろからついてくる獣臭いルゥシールから、若干の距離を取りつつ。


「なんで離れるんですかぁ!?」

「臭いんだよ!」

「酷いですよぉ! わたしの方が臭い思いしてるのにぃ!」


 とりあえず、グーロはさっさと売ってしまおう。そう思った。











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