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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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19話 つれてけ!

「じゃあ、狩りに行きましょうか、アシノウラ」


 魔法の授業が終わるや否や、エイミーが俺の前にやってきた。

 ただ一人魔法の発動に成功したせいか、とても上機嫌だ。

 が……


「無理だな」

「なんでよ!? この後用事ないんでしょ? どうせ暇なんでしょ?」


 おいおい。どうせとか言うなよ。

 めっちゃ忙しいっての。


「キャラバンが来るまで時間がないのよ。少しでも穴ウサギを狩っておきたいの!」

「そうは言ってもだな……」


 俺はルゥシールへと視線を向ける。

 ルゥシールも分かっているようで、同じように曇った表情を見せている。


「なによ?」

「あのですね。実は先ほどご主人さんがここで殺気を大量に放出されましたので……おそらく、この近くの動物はみんな逃げてしまったと思われますよ?」

「はぁっ!?」


 納得いかないと噛みつくエイミーに、ルゥシールはここ数日かけて行った狩りでの苦労をこんこんと語って聞かせた。

 聞くも涙、語るも涙のお話だ。


「つまり、全部あんたが悪いんじゃないのよ、アシノウラ!」

「違うな。むしろお前の両親が羨ましいのがいけないんだ」

「もうすんなり羨ましいと認めちゃうんですね、ご主人さん……」


 とにかく、狩りは不可能だろう。

 なにより、俺はこれから古の遺跡に行かなければいけないのだ。


 が、エイミーにはそのことは秘密なので……しょうがないな。


「じゃ、俺はルゥシールといかがわしいことしてくるから」

「にょにょっ!?」


 俺がナイスなフェイクでエイミーをかわそうとしたにもかかわらず、ルゥシールは奇妙な声を上げやがった。

 大急ぎで首根っこを掴まえて、耳打ちをする。


「(話を合わせろ)」

「(い、いい加減、別のパターンを考えてくださいよ!)」

「(別のって、なんだよ? エイミーを寄せつけないような言い訳じゃなきゃダメなんだぞ?)」

「(で、ですから…………二人っきりになりたいから邪魔するなとか……ごにょごにょ)」

「(は? なんだって?)」

「(なっ、なんでもないですっ!)」

「ねぇ、あんたたち。森にある古の遺跡に行くのよね?」

「「はぇっ!?」」


 俺とルゥシールが綿密な秘密会議を行っていると、不意にエイミーが図星をついてきた。

 思わず二人そろって変な声を上げてしまった。


「お、お前……なんで、それを?」

「ドーエンさんに聞いたのよ」


 あのロリコンジジイ……


「あ、あのっ、大丈夫でしたか? 情報提供の見返りに、なにか、いかがわしいこととかされてませんか?」


 ルゥシールの中で、ドーエンは完全に犯罪者ポジションのようだな。

 うん。いい傾向だ。


「なっ、ないわよ! 変なこと言うと、あたしの魔法で丸焼きにするわよ!?」

「ふへぃっ!? ごめんなさい、やめてください!」


 どうもエイミーに苦手意識を持ってしまったようで、ルゥシールは泣きそうな顔で懇願している。……けど、そいつが使えるのは超初級魔法だけだぞ。


「そもそも、遺跡のそばには何度も行ったことがあるのよ。あの辺りは狩りの穴場だから」


 やはり、エイミーの魔力がずば抜けて高いのは、遺跡のそばに長くいたせいで間違いないようだ。


「で、聞いたんだけど。アシノウラ、あんた、魔法が使えなくて困ってるんだって?」


 あのジジイは、どこまで個人情報を垂れ流しやがるんだ。

 ……まぁ、冒険者ギルドに所属した時点で、冒険者の情報は全部公開される運命にあるんだけどな。


「魔導士に協力を仰いだけど、うまくいかなかったらしいじゃない?」


 そんなことまで話したのか。今度絞めないといかんな、あのジジイ。


「そうなんですよ。ジェナさんやフランカさんの胸を散々揉んだにもかかわらず、見事に失敗したんですよ、ご主人さんは」

「バッカ、お前! 揉んでねぇよ! 触れてただけだよ! 薄~~~~~っく微かぁ~~~~~~~~に触れるか触れないかくらいの、全然楽しくない接触だったよ!」

「楽しさを求めること自体が間違っているんですよ、ご主人さん!」

「あんた…………また揉んだの?」

「揉んでねぇって!」


 俺とルゥシールのやり取りを聞いて、エイミーが魔法陣を展開する。静かに腕を上げて俺に向ける。……ってこら。クッソ初心者が、そんなもんで俺を威嚇出来ると思うなよ?


『 ソラ・アンハデト――ゼパルの火よ、生命の灯よ、我が前にその力を示せ――アルス・ナール 』


 エイミーの指先に、長さ2センチくらいの小さなオレンジの火が灯る。

 俺は、その剥き出しの魔力を握り吸収する。この程度の微々たる魔力は体内に入っても気にならない。というか、勝手に排泄されてしまう。誤差みたいなもんだ。


「ちょっ! また消したわね! 今度こそ!」


 火を消されたのが悔しいのか、再び俺に手のひらを向けるエイミー。

 その手をキュッと握り絞める。


「ぅふぃっ!?」

「だから、初心者が魔力を無駄遣いするなってのに!」


 俺はエイミーの家族全員と顔見知りなのだ。

 こいつに何かあったら非常に気まずいだろうが。

 多少は贔屓目に見てしまっても仕方ないのだ。


「ほらみろ。無理するから、汗が噴き出してるじゃねぇか。呼吸も乱れてるし、瞳孔もちょっと開き気味だな。それに、なんか顔が赤くないか? 熱でもあるんじゃないか……?」

「ぴっ!?」


 赤く染まるエイミーの頬に手を添える。と、微かに体温が高く感じられた。


「おいおい。やっぱ熱あるじゃねぇか。今日はもう魔法使うな。いいな?」

「……っ! ……っ!」


 エイミーは無言で力強く二度頷いた。

 分かればよろしい。


 エイミーの頬に触れていた手と、エイミーの手を握っていた手を放す。


「あ…………っ!」


 すると、エイミーが少し寂しそうな表情を見せた。


「ん? どした?」

「………………なんでもないわよ」


 こいつの機嫌が悪くなるスイッチがいまいちよく分からん。

 年頃の娘は難しいというしな。下手に触らない方がいいだろう。よし、放置だ。


 俺は自分で自分の意見に納得し、腕を組んでうんうんと頷く。

 と――


「…………」


 ルゥシールが俺の肘の辺りをキュッと摘まんできた。

 振り返ってみるも、ルゥシールは唇を尖らせて明後日の方向を向いていた。


「……なんだよ?」

「……いえ、別に」


 なんなんだ?


 ルゥシールも年頃の娘だということか?

 さっぱり分からん。


「と、とにかく!」


 どこかポーッとした表情で呆けていたエイミーが、無理矢理眉を吊り上げて声を上げる。

 腰に左手を当てて、右の人差指をビシッと俺に突きつけてくる。


「あたしも一緒に行くからね、古の遺跡!」


 ……あぁ、ついに言い出しちゃったか…………


「避けられない運命って、あるんだな」

「……運命なんかじゃ、ないと思いますけどね、別に」


 まだ、ルゥシールはへそを曲げているようだ。

 なんだ、こいつは『運命』って言葉に嫌な思い出でもあるのか?


 どう絡んでいいか分からなかったので、特に何も言うではなく、俺はこの後の展開に思いを巡らせる。

 俺が思考モードに入ると、肘を掴んでいたルゥシールは「みゅう……」と、奇妙な声を零して俺から数歩離れた。

 窺い見ると、なんだかいじけているようだ。


 もしかしてあれか?

 なにか盛大なボケだったのか?

 俺が突っ込まなかったからルゥシールがスベったみたいになったのだろうか?

 だとしたら悪いことをしたな。

 しょうがないなぁ。ちゃんと突っ込んでやるか。


「ルゥシール」

「はいっ!」


 な?

 やっぱりそうだろ?

 この嬉しそうな顔。まったく、欲しがりなんだから。


「なんでやねん」

「…………え?」

「ん?」

「…………」

「…………」

「……あの、なにがですか?」

「なにがだ?」

「え?」

「え?」

「…………」

「…………」


 おいおい、なんだよ。この、俺がスベったみたいな空気。

 ちゃんと拾えよ、ルゥシール。

 そんな思いを込めて視線を投げかけるも、「……?」と、ルゥシールはきょとんとした顔をしている。……こいつ、マジか?

 折角俺が好意で拾ってやったってのに、お前は放置なのかよ……なんて酷いヤツなんだ、ルゥシール。


「もう頼まれてもお前には突っ込まん」

「つ、突っ込……っ!? って、な、なにをですか!?」


 途端に顔を赤くしてルゥシールは両手を顔の前で忙しなく振る。


「そ、そこまで飛躍しなくても、わたしはただ……ちょっと握ってもらえれば、それで……」

「握る? 何を?」

「え?」

「ん?」

「…………」

「…………」


 だから、なんだよ、この微妙な空気!?

 もういいよ、この感じ!


「……もういいです」


 なんでかルゥシールに言われてしまった。

 なんだ?

 ルゥシールの中では俺がボケでルゥシールがツッコミなのか?

 いや、逆だろう、どう考えても。

 あぁ、でも。天然は自分がボケだってことに気付かないっていうしなぁ……


 俺は、今後の付き合い方について思い悩む。

 会話はキャッチボールなのだ。

 役割分担はしておいた方がいい。……ったく、ルゥシールが空気読めないから、いつも俺が苦労を背負い込むことになるんだよなぁ。


「……ご主人さんの空気読めなさ加減は、ちょっと度が過ぎていると思います」


 ふてくされたルゥシールがぶつくさと不満を漏らす。

 な?

 気付いてないだろう?

 これだから天然は……


「……ご主人さん、天然ですもんね…………」


 尚も不満を垂れ流すルゥシール。

 これ以上構っていても時間の無駄だ。自分で気持ちの整理をつけるまでは放置しておくのが吉だろう。


「だから! あたしの前でイチャイチャするんじゃないわよっ!」


 ずっと黙っていたエイミーが爆発した。

 なんで怒っているのかは分からんが……


「目の前でイチャつかれるのが嫌なら、俺たちに付きまとうなよ」

「えっ!? ……そ、それって、あたしのいないところでイチャつきたいってこと?」

「ふにょっ!?」

「誰がイチャつくか。そういうことじゃねぇよ」

「……みゅう」


 俺とエイミーが会話をする合間合間で、ルゥシールが奇妙な声を上げる。

 構ってもらえないからって、そんなアピールの仕方もないだろうに。


「とにかく! あたしは絶対古の遺跡についていくからね!」

「そう言うがな、遺跡の中にはどんな危険があるか分からないんだぞ?」

「平気よ! あたし、この村で一番弓がうまいし。それに、魔法も使えるようになったしね!」


 いやいや……

 あの程度の魔法、使えたところでだな……

 やっぱり、魔法を教えたのは間違いだったんじゃないか?

 こうやって調子に乗って、自ら危険に飛び込んでいくヤツが出てきてしまうことは予想出来たはずだ。

 だから俺はやめた方がいいって言ったのに。

 うん、言ったよな、俺?

 というわけで、村の子供たちに何かあったら、それは全部ドーエンのせいだ。苦情はギルドに言ってもらおう。

 俺は知らん。知らんからな!


「ダメなもんはダメだ」

「邪魔になるようなことしないから!」


 きっぱりと拒否するも、エイミーはしぶとく食らいついてくる。

 いや、もうすでに邪魔になっているんだが……


「俺が遺跡から漏れ出ている魔力を止めてくるから、大人しく待ってろ。魔力さえ止まればグーロもいなくなって、穴ウサギも戻ってくるから」

「それじゃ遅いの! もうすぐキャラバンが来ちゃうんだから!」

「じゃあ、俺が帰りに何か狩ってきてやるから」

「自分でやらなきゃ意味無いの!」

「あのなぁ……」


 いい加減イライラしてきた。

 子供だと思って甘くしていたが…………王子の権力を使えば子供を殴ってもその事実を隠ぺい出来るよな? やっちゃうか? グーで?


「ご主人さん、ダメですよ」

「なんだ? 俺は何も言ってないだろう?」

「言ってはいませんが……固く握った拳に『はぁ~』ってしてれば、何をするつもりかくらいは分かります」


 あ、そういうもん?


「ここは任せてください。説得してみますから」


 さっきまでいじけていたルゥシールは、途端にお姉さんの顔つきになり、エイミーの前で膝を折り目線を合わせた。

 しっかりと視線を合わせ、ゆっくりとした口調で言葉を紡いでいく。


「焦る気持ちは分かります。何かの役に立ちたい、そう思う心はとても尊いものだと思います。けれど、あなたの身を案じている人の気持ちも考えてあげてください。もし、エイミーさんに何かあれば、どれだけの人が悲しむか……。どうか、今回は諦めてくださいませんか?」


 優しく諭すように、ルゥシールはエイミーに語りかける。

 暖かい、包み込むような声で。

 エイミーは何か反論をしようとしていたが、結局何も言えずに唇を結び、俯いてしまった。


 うなだれるエイミーの頭を、ルゥシールが優しく撫でる。

 二度、三度と、細いねこっ毛に指を滑らせる。

 エイミーの小さな肩が震え始め、「……くっ」と、微かに声が漏れる。


 てっきり、説得はうまくいったのだと思っていたのだが……

 エイミーが飾らない本音を打ち明け始めた。


「……あたし。あたしはいらない子じゃないって、証明したいの…………」


 エイミーの髪を撫でていたルゥシールの手が止まる。

 ゆっくりと顔を上げたエイミーの目は、真っ赤に染まっていた。


「お父さんと、お母さんが……大好き…………だから……ずっと一緒に、いたいから…………あたし、お金を稼げるよって……養ってもらうだけのお荷物じゃないよって…………証明……した…………くて…………」


 エイミーの瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちていく。

 勝気なエイミーが、堪え切れずに流した涙の粒は、見る者の心をザワつかせる。

 俺にとっては衝撃的な光景だった。


 だから、どうしても『自分の手で』狩りを成功させたかったのか。

 だから、あんなにも必死になっていたのか。

 だから、こいつは……


 前に、「売られるかもしれない」なんて言っていたが……


「……ご主人さん」


 俺に背を向けるようにしてエイミーと話をしていたルゥシールが、ゆ~っくりとこちらを振り返る。


「凄ぐ、健気でずぅ……連れで行っであげまじょうよぉ~ぅ……っ!」


 ガン泣きだった。

 つか、お前が説得されてどうするよ。……まったく。


「あのな、エイミー」


 ルゥシールに代わり、俺がエイミーの前へとしゃがみ込むと、エイミーは袖でグイッと乱暴に涙を拭った。

 いまだ涙の溜まる真っ赤な瞳で俺を睨みつける。

 絶対に譲らないという、強い意志を込めて。

 ……やれやれ。


「俺には、どうも納得出来ないんだが……本当に、アノ両親がお前を売ろうだなんて考えているのか?」


 エイミーの両親。

 お人好しのベルムドと、世話焼きのアーニャ。

 あの二人が、いくら貧しくなろうとも我が子を金に換えようだなんて考えるとは、俺にはどうしても思えない。


「お前の勘違いなんじゃないのか?」

「そ、そうですよ! あんなに優しそうなご両親なんですし、エイミーさんを売り払おうなんて、考えるはずありません!」


 俺の意見に、ルゥシールが全力で賛同する。

 キラキラとした瞳で、力強く頷く。


 が、エイミーは沈んだ表情で、明確に首を横に振った。


「……あたし、聞いちゃったんだもん。夜、トイレに起きた時……お父さんとお母さんが話しているのを……」


 エイミーは震える唇を一度ギュッと噛みしめて、口にするのがはばかられるその言葉を、あえて口にする。


「お父さんが『仕方のないことだから』って言ったら、お母さんが『この家も、静かになるわね』って……『家族が減るのは、やっぱり悲しいわね』って…………」


 言っている間から、声は涙に震え、最後には掠れるような音へと変わる。

 エイミーの青ざめた顔なんて初めて見た。

 ルゥシールも、沈痛な面持ちでエイミーを見つめていた。が、その顔がこちらへと向く。

 何かを訴えるような、何かを期待するような、そんな目が俺を見つめている。


 ……まったく。


「ルゥシール、ちょっとこい」

「……はい」


 俺はルゥシールを連れてエイミーの前を離れる。

 背を向け、エイミーに聞こえないように注意を払ってルゥシールへ話しかける。


「お前の気持ちは分かるがな、遺跡の中にはどんな危険があるか分からないんだ。連れていくことは出来ないんだよ。同情した結果、守り切れず死なせてしまいましたなんてシャレにもならん」

「そ、それは…………分かるの、ですが……」

「とにかく。この件は、俺がきっぱりと断る。少々きついことも言うつもりだ。エイミーにとっては辛いことだろうが、あいつの命を危険にさらすような真似は出来ない」

「……はい」

「だから、俺が断った後で、もしあいつが泣いてしまったりしたら……お前が慰めてやってくれ」


 さっきのルゥシールを見て確信した。

 こいつにそういう役を任せれば間違いがない。俺がやるよりずっと効果的だ。


「俺のことを、悪者にして構わないからな」


 憎まれ役と慰め役。役割分担は必要だ。

 そして、俺は憎まれ役にぴったりだということくらい自覚している。


「あいつを慰めてやってくれ」

「はい。任せてください」


 力強く頷くルゥシールが頼もしかった。

 じゃあ、いっちょ嫌われてくるかな。と、振り返ろうとした時、再び服の袖がそっと摘ままれる。

 振り返ると、先ほどよりもずっと柔らかくなった笑顔が俺を見ていて……


「けれど、絶対にご主人さんを悪者になんてしません。わたしの持てるすべてをかけてでも。決してさせませんから」

「………………ふん。まぁ、好きにしろ」


 やばかった。

 なんだか、鼻の奥がツンとした。

 こいつは、なんでこんなに真っ直ぐに俺を見つめてくるのだろう。

 ちょっと、たまにだが……困る。


「まぁ…………任せる」

「はい。任せてください」


 温かい――と、思った。

 ルゥシールの声が鼓膜をくすぐる度に、心の奥の方が熱を帯びていくような気がする。

 どうもいかんな。こういう感覚には、慣れていない……


 振り向いた先で、いまだ目を赤く腫らしているエイミーを、何が何でも守ってやりたいなんて、そんな気分にさせられてしまう。


 こいつには、両親の温もりに身を預ける権利があるのだ。

 どんな理由があるにせよ、親の都合でそれを破棄されることなど許さない。


 俺が古の遺跡から神器を持ち出し、この付近の魔力を抑える。

 それでこの村は元通りになる。

 今が苦しくとも、きっと元通りになる。家族なんてのは、そうそう簡単に壊れていいもんじゃないはずなんだ。


 そんな特殊なもんは、ウチだけで十分だ。


 だからこそ、エイミーを遺跡に連れていくわけにはいかない。

 何としてでも説得して、待っていてもらう。


「エイミー」

「…………」


 声も発さず、視線だけを俺に向けてくる。

 幾分落ち着いたのか、呼吸はもう乱れていなかった。

 強い娘だ。だからこそ、切なくなる。


「俺を信じろとは言わない。だが、絶対に俺が何とかしてやる。だから……」


 エイミーの両肩に手をかけて、真っ直ぐに瞳を見つめて言う。


「だから、俺を信じろ!」

「…………」

「…………」


 俺がかっこいいことを言ったというのに、エイミーとルゥシールは無言のままだった。

 ……あれ? あんまり伝わらなかったか?


「…………アシノウラ」

「ん?」

「あのさ……言いにくいんだけどね……『俺を信じろ』って言ってんじゃん」

「………………はっ!? しまったぁ!」


 なんという短時間の自己矛盾!?

 これがパラドックスってヤツか!?

 くっそ、かっこいい横文字が似合うな、俺!

 知らず知らずのうちにパラドックスっちゃったわけか、くそぉ!


「ご主人さん……残念です」


 いやいや、待て待て、ルゥシール。

 今のはちょっとアレだ。俺の中の哲学的な部分が思いがけず顔を覗かせただけだ。たまにあるんだよ、俺くらい哲学っちゃってる人間にはな。

 だが、大丈夫。次はうまくやる。

 もう哲学は封印だ。

 言葉での説得が難しいなら、ぐうの音も出ない正論で説き伏せるのみ!


「とにかく。あたし、ついて行くからね」

「まぁ、待て。エイミー」

「止めたって無駄だからね! あんたがあたしを置いていっても、勝手について行くから!」


 それは非常に迷惑なんだが……

 確か邪魔しないとかなんとか言ってなかったか?


「お前の気持ちはよく分かった。だが、今回は我慢しろ」

「今回は? ……なんでよ?」

「お前はまだ魔法を覚えたばかりだ。使いこなせているわけではない」

「遺跡の中で覚えるわよ」


 とってもアクティブな娘だな。

 発想が野生児そのものだ。


「とにかく落ち着け。冒険に出るのは、もう少し大きくなってからじゃなきゃダメだ」

「あたしはもう十分大きいわよ!」

「いいや、まだまだだ! せめて、ルゥシールくらいは大きくならないとな」

「え、わたしですか?」


 突然話を振られて目を丸くするルゥシール。

 そんなルゥシールに、エイミーは険しい目つきでにじり寄っていく。


「あ、あの……なんで、しょうか? ……い、言いにくいんですが……目が、怖いです」

「ねぇ、あんた。いつく?」

「え、っとぉ……割と、長く生きています」

「割とって、いくつよ?」

「え~……っと…………思っているよりも、もっと?」


 遠くから見ていると、柄の悪い子供に絡まれているお姉さんだ。

 ルゥシールがちらちらとこちらに視線を向け、SOSを発している。


「まったく……。お前らは何の話をしているんだ?」

「だから、年齢でしょ?」

「年齢など関係ない!」

「じゃあ何の話よ!?」

「胸だ!」

「「…………は?」」


 エイミーとルゥシールの声が揃った。そして同じアホ顔を晒している。


 ん? 分かりにくかったか?

 仕方ない。分かりやすく言ってやるか。


「おっぱいだっ!」

「言い直さなくていいわよ!」


 エイミーが弓を番え、こちらに向ける。

 だから、矢を人に向けるなって!


「まてまて! これは別にふざけているわけでも何でもないんだぞ!」

「分かってるわよ! あんたが、真正の、どうしようもない、変質者だってことはね!」

「違ぁう! いいか、よく聞け! 例えば、ジェナが使った燃え盛る岩石の魔法、あれが心臓めがけて飛んできたとしよう! そうしたらエイミー、お前の乏しい魔力ではあの魔法を防ぐことは出来ずに心臓を貫かれることだろう! だが、しかしっ!」


 ここで俺は、ビシッ! っと、ルゥシールを指さす。

 いや、ルゥシールのダイナミック且つ絶対的存在感を放つ爆乳を指し示す!


「ルゥシールのおっぱいなら、魔力などなくても『ぽい~ん!』だっ!」

「そんな防御力はありませんよっ!?」

「直径20メートルの岩石までなら『ぽっい~~んっ!』だっ!」

「わたしは怪物ですかっ!? 出来ませんからね!」


 俺の分かりやすい説明が心に響いたのか、エイミーは自分の憐れな未発達ペタ乳に手を触れ、頭を垂れた。


「……まだ、これから育つもん」

「育ってから言え!」

「……ぐっ!」


 二の句が継げず、エイミーは黙り込む。

 ようやく気が付いたのだろう。おのれの無謀さに。

 そう、無理なのだ。そんな、跳んでも揺れないような胸で冒険をするなどということは!


 どうだ、これが正論の力だ!

 反論出来るものならしてみるがいい!


「…………フランカは全く無かったけど、冒険者してたじゃない」

「そうだったぁぁぁああーっ!?」


 なんということだ!

 こんな近くに判例を翻す伏兵がいたとは!?

 おのれぇ……そこにいてもいなくても俺の足を引っ張る無い乳シスターめぇ!

 これだからぺったんこは嫌いなんだ!

 ノーおっぱい、ノーライフだ!


「ノーおっぱい、ノーライフッッッッツ!」

「ご主人さん、言い過ぎです! 謝ってください、フランカさんとエイミーさんに!」

「……あんたも十分失礼よ、ワキノアセ」

「ワキノアセじゃないです! ルゥシールですよぉ!」


 ……ダメだ。

 俺の理論が崩壊してしまった。

 まさか、こんなところで世界の真理に気付かされるなんて…………


 冒険者に、おっぱいは必要じゃない。


 ……盲点だったぜ。


「あの、ご主人さん……必要以上に落ち込んでいるところ申し訳ありませんが…………エイミーさんの説得は?」

「ルゥシール…………俺にはもう、無理だ」

「おっぱいごときで論破されないでください」

「……みんな、フランカの胸がつるぺただったのがいけないんだ…………あいつが、せめて人並みに成長さえしていれば…………揉んだ時ももう少しは楽しかったかもしれないのに……」

「後半、まるで関係のないご主人さんの未練が含まれてますよ。そもそも、フランカさんの胸は関係ないです」


 這いつくばる俺を、ルゥシールがそっと抱き起こしてくれる。


 むにゅ。


 あぁ、いいなぁ。さり気に腕に触れる横乳。

 こういうの、いいよなぁ。


「ルゥシール。動かないで。アシノウラの二の腕を撃ち落とすから」

「やめろよ! 今俺の中で一番神経が集中してる部分なのに!」

「……え? あっ!? ご、ご主人さん……その、節度を、弁えてください……」


 怒られた。…………のか?

 口を尖らせながらも、ルゥシールはどこか嬉しそうに見えるが……


「とにかく、何を言っても無駄よ。あたしは、あんたたちについて行くから!」


 矢をこちらに向け、真剣な眼差しでエイミーが言う。

 …………あぁ、まったくもってやれやれだ。


「あの、ご主人さん……」


 ルゥシールがエイミーを見ながら、体を俺に寄せる。

 声だけを俺に向けて、囁くように言葉を送ってくる。


「ご主人さんは、強いですよね?」

「ん? あぁ。かなりな」

「わたしも、全力でお手伝いします。ですから……」


 そうして、またあの目だ。

 何かを訴えるような、何かを期待するような、そんな目が俺を見つめている。


 ルゥシールよ。

 お前は他人に甘いのか、俺に厳しいのかどっちなんだ?

 お前の望んでいるものは、相当にリスクの高いことなんだぞ。


「ご主人さん。わたし、ご主人さんを、信じています……っ!」


 そんな言葉で、俺を安く使おうとするな。


 まったく。

 どいつもこいつも、まったくだ。

 まったくヤロウばっかりだ。


「…………まぁ。俺の殺気のおかげで、そこらの魔物はみんな逃げちまったろうし、そこまで危険じゃなくなってるかもな」


 もちろん、俺も含めて、まったくヤロウばっかりなんだけどな。


「ご主人さんっ!」


 ルゥシールの表情がパッと明るくなる。


「おい、エイミー。ついてきたけりゃ勝手にしろ。ただし、それ相応には働いてもらうからな?」

「っ!? …………じょ、上等じゃない! 何かあったら、あたしがあんたたちを守ってやるわよ!」


 一瞬嬉しそうな顔を見せ、すぐに不機嫌さを装って眉を歪める。

 しかし、その偽装は失敗だ。口元がふにゃふにゃ緩んでいる。


 あ~ぁ。これで遺跡探索の難易度がグンと跳ね上がっちまったなぁ。


 盛大にため息を吐くと、隣からルゥシールが俺の真正面へと回り込んできた。

 キラキラと瞳を輝かせて、頬を薄紅色に染めている。


「ご主人さん……」

「なんだよ。また『残念です』か?」

「いいえ」


 そして、我慢の限界とばかりに、俺目掛けて飛びついてきた。


「最高ですっ!」


 頭を抱きかかえるように両腕を回し、ギュッと体を密着させてくる。

 大きな二つの膨らみが俺の顔を挟み込むように押しつけられる。


 こちらこそ………………最高ですっ!


 まぁ、乗りかかった舟だ。

 グダグダ考えてないで、気持ちを切り替えていこう。

 そうすりゃ、こういう『いいこと』があるかもしれないしな。


 やる以上は成功させる。

 古の遺跡に眠る神器を手に入れ、不審者がいればぶっ飛ばして、そして、全員無事に帰ってくる。


 三人で力を合わせて乗り切るんだ。

 チームワークってやつが大事になるわけだ。


「そんなわけで、よろしくな、エイミー!」


 幸せの双丘から顔を出し、エイミーへと視線を送る。


 ――と。

 魔力をギンギンに帯びた矢が俺の眉間を狙っていた。


「だから…………イチャイチャするなぁぁぁぁぁぁぁあああーーーーっ!」

「ちょっ、お前っ! マジか!?」

「え、えっ!? にゃぁぁぁあああああっ!」


 飛び交う魔矢をかわしながら、俺とルゥシールは村の出口へと走った。

 ……遺跡にたどり着く前に、終了したりしねぇだろうな。



 とにかく、いよいよ古の遺跡に乗り込むぜ!









いつもありがとうございます。


次回も、なるべく早めにアップする予定です。

今後ともよろしくお願いいたします。 ^^v


とまと

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